教科書に載せて全日本人に知らせたい現代史 支那人の卑史 朝鮮人の痴史
黒木 頼景
成甲書房


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リメイクは失敗する

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(左: 前作の「ストロベリー・ナイトの」のキャスト  /  右: 新作「ストロベリー・ナイト・サーガ」のキャスト)

  先月、何年ぶりだろうか、久々に邦画や日本のTVドラマを観た。というのも、筆者が楽しみにしていた米国のTVドラマ『ヴァイキング』のシーズン5(後半)と英国のNetflixドラマ『ラスト・キングダム』のシーズン3が終わってしまったからだ。次に何を見ようかと迷っていたところ、たまたま知人に「ストロベー・ナイトのリメイクが放送されるから、前作を観てみれば」と勧められたので、「久しぶりに邦画でもいいか」と思い、幾つかのエピソードに目を通してみた。前作の感想は「まぁ、こんなものだろう」と一応合格点をつけたのだが、新作のリメイク版を観てビックリ。学藝会並みの出来映えだったからである。

  このTVドラマは誉田哲也(ほんだ・てつや)のベストセラー小説を基に制作されたというから、多少まともな脚本になっており、大人でも楽しめる内容となっている。事件を捜査する刑事たちが調べを進めてゆく内に、犯人の意外な実像や複雑な人間関係に気づき、やがて隠された真実が見つかる、という筋書きだ。視聴者は主人公の姫川玲子(ひめかわ・れいこ)と一緒になって事件を推測し、違った角度からの捜査を楽しむ。そこには推理小説の常として、ダイヴァージョン、すなわち陽動作戦というか、間違った方向への誘導があり、各場面に事件解決へのヒントが隠されているのだ。たぶん、ジグソーパズルのピースを一つ一つ当てはめながら、全体像を完成させる構ような成になっている。だから、視聴者はこのドラマに引き込まれてしまうのだろう。

  また、主任の姫川には暗い過去があるのも特徴の一つだ。彼女は高校生の時、暗闇の場所で強姦魔に襲われ、ナイフで刺された上にレイプされてしまったのだ。この心傷は刑事になっても姫川につきまとい、一生消えることのない心の闇となっている。警察署では毅然とした態度を取る姫川だが、夜の街を一人歩きすると、ふと昔の記憶が蘇り、震えて立てなくなくなってしまう。犯人を追跡する姫川が犯罪者の異常心理を理解できるのも、彼女に同じ心理があるからだ。辛辣な勝俣警部補が「お前は刑事に向いていない !」と罵倒したのは、姫川のダークサイドを知っていたからだろう。性犯罪者というのは、たとえ逮捕・起訴されても、死刑にはならず、せいぜい臭い飯を数年食えば釈放されてしまうから、強姦の被害者が「殺してやりたい !」と恨みを抱いても無理はない。陵辱された女性の苦悩は一生続くのに、強姦魔は6、7年のお勤めで自由の身なんだから「赦せない !」と思っても当然だ。

  リメイク版のストーリーは基本的に前作と同じで、違いはキャスティングにある。前作だと、主役の姫川役には竹内結子が起用され、副官の菊田和男は西島秀俊が演じていた。また、捜査一課第十係の主任を務める姫川には若手の部下がいて、小出恵介、丸山隆平、宇梶剛士が演じている。ただし、「姫川班」のメンバーではないが、捜査の都合上、井岡博満という鬱陶しい巡査部長がくっ附いている。この役には生瀬勝久が起用されていた。たぶん、深刻な場面の連続とならないよう、緊張緩和のために、井岡のような緩いキャラクターを添えているのだろう。姫川にベタ惚れの井岡は、アホ面下げて、しょっちゅう「レイコちゃ~ん」と言い寄る。姫川は「気持ち悪い !」と吐き捨て、ガツンと肘鉄を食らわすが、井岡はそれにもめげず諦めない。視聴者は、こうした道化的キャラクターに呆れてしまうが、段々と慣れてくるので何となく必要な人物と思えてくる。生瀬にはこういう役が似合っているのかも知れない。新作で「井岡」を演じる今野浩喜は邪魔なだけで、論評する価値すら無い。

  姫川には天敵にも等しい勝俣という警部補がおり、彼はいつも姫川に辛く当たっていた。彼は煮ても焼いて食えない、海千山千のベテランで、一方的に姫川から捜査情報を引き出そうとする。勝俣は元公安らしく、裏取引や強引な尋問さえ厭わない。世間の裏や捜査の複雑さを充分理解しているが故に、勝俣は猪突猛進型の姫川を「刑事に向かない」と言い放つ。この忌々しい刑事役を武田鉄矢が演じていて、結構好評らしい。 しかし、筆者が監督なら別の役者を用いる。新作で「勝俣」を演じる江口洋介は、武田に負けまいとしているのか、矢鱈と演技がわざとらしい。彼も事務所と制作者の力学で起用された役者なんだろう。江口氏は昔、『古畑任三郎』に出ていたので覚えているけど、二軍のサッカー選手みたいな風貌で、特別なオーラがあるとは思えない。でも、人気俳優なんだろう。

  今の俳優には詳しくないので、昔の役者で言えば、「勝俣」役には成田三樹夫さんみたいな人物が適役だ。キレ者で抜かりの無い捜査を行う刑事役にはピッタリの俳優である。何しろ、敏腕刑事を演じさせれば一流で、微妙な表情となればお手の物。名脇役と称された成田氏は、本当に“うまい”役者だった。武田鉄矢もいいけど、彼はどちらかと言えば、冴えない中年警部が似合っている。1980年代、彼は『刑事物語』で自ら監督・主演を務め、ジャッキー・チェンのようなアクション・シーンを撮っていた。片山刑事に扮する武田氏が、木製ハンガーをヌンチャクのように使い、犯人を逮捕するシーンはちょっと話題になった。「金八先生」上がりの武田鉄矢は、交番勤務の巡査くらいが丁度いい。

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(左  :  成田三樹夫  /    右  : 清水紘治)

  もう一人、姫川のライバルとなるのが、捜査一課の警部補たる日下守だ。この役には伊藤憲一が起用されていたので、演技力には問題ない。姫川の上司である今泉係長には、高嶋政宏が当たっていたが、どう評価していいのか判らない。なぜなら、どの中堅俳優が起用されても違和感が無いからだ。おそらく、彼のスケジュールが空いていたから役が回ってきたんだろうけど、「別にあの役は高嶋じゃなくてもいいから、誰でも代わりがきく」と思えてしまうのだ。今の状況じゃ難しいと思えるが、贅沢を言えば、清水紘治みたいな俳優がいい。上層部から部下を庇う係長なら、清水さんくらいの力量がなくちゃ。高嶋は所詮「親の七光り」で登用される雑魚役者だから、まともに論評する気にはなれない。

Sato 2(左  /  佐藤慶)

  問題なのは、捜査一課の管理官「橋爪」を演じる「渡辺いっけい」だ。捜査会議で姫川にガミガミ言う上司役なんだが、癇癪を起こして怒鳴りつける演出だから、却って白けてしまう。どうせ、姫川を叱りつけるんなら、声を低く抑え、冷たくドスの利いた言葉で咎める方がいい。たぶん、演技指導をする監督の佐藤祐市が未熟なんだろう。あるいは、もしかすると視聴者が馬鹿なので、はっきりと伝わるように、わざとらしいセリフ回しにしているのかも知れない。捜査一課の管理官役には佐藤慶ような名優を起用すべきなのに、キャンキャン吠えるだけのチンピラ俳優を据えるとは、この役柄にどんなイメージを描いていたのか尋ねてみたい。(『大都会 / 闘いの日々』で「深町警視」を演じた佐藤慶は絶品だった。今だと、佐藤氏のような俳優はいないんじゃないか。)

  竹内版の『ストロベリー・ナイト』は視聴者から結構な評価を得たというが、今回の『ストロベリー・ナイト・サーガ』は残念な結果となってしまった。まだ、始まったばかりなんだけど、初回をスペシャル版で放送したところ、視聴率が何と7.8%しかなく、第二話で浮上するかと思いきや、更に下がって6.4%へと落ちてしまった。筆者は「6%以上もあったんだから、いいじゃないか」と思ってしまうが、制作者からすると悲惨な数字らしい。せめて10%くらいは欲しいそうだ。前回の竹内バージョンは平均して15%くらいあったので、相当ガッカリしたものと思われる。確かに、前作を凌ぐ意気込みで作ったんだろうから、その視聴率が前作の半分くらいじゃ泣けてくるだろう。でも、フジテレビのリメイク作品はどれもこれも似たようなものらしい。まだ観ていないんだけど、フジテレビは松本清張の『砂の器』をリメイクし、東山紀之を起用したそうだ。必殺シリーズの「中村主水」を台無しにしたアイドル歌手が、またもや名作の主役になるなんて信じられない。映画版の加藤剛を知っている人なら唖然とするはずだ。やはり、ジャニーズ事務所の力なんだろう。もっと恐ろしいのは、アメリカのヒット・ドラマ『Suits』を日本版にして放送したことだ。織田裕二を主役にしたそうだが、どんな結果になったのか想像がつく。たぶん、惨敗したんじゃないか。

  リメイク版の『ストロベリー・ナイト』が低視聴率になったのは、どうもキャスティングにあるらしい。確かに、前作で魅了されたファンにとったら、今回のキャスティングは納得できないはずだ。まず、姫川役の「二階堂ふみ」には、重荷というか不適格さを感じざるを得ない。捜査班を率いる主任の役には、ちょっと若すぎるのだ。必死で役に打ち込んでいる努力は認めるけど、何となく高校生女優が背伸びしているようで、観ていて痛々しくなる。遠慮無く言えば、小娘の演劇会に近いということだ。男社会の警察で、若い女性が捜査主任になったという設定なんだから、梶芽衣子(かじ・めいこ)くらいの実力派女優を採用しなければならないのに、藝能事務所が派遣した小娘を使っているんだから厭になる。今では古臭くて話題にならないけど、『修羅雪姫』の梶さんには存在感があった。当時、まだ二十代だったけど、如何にも「映画女優」という雰囲気を漂わせ、結構見応えがあった。ちょっとマニアックだが、女刑事の役者を考えると、ふと「Gメン75」で吹雪刑事役を演じた中島はるみを想い出す。ただ、今では誰に訊いても覚えていないので、「時代遅れなのかなぁ~」と反省することがある。(夏木マリや江波杏子は別格。)

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(左  :  梶芽衣子  /  右   :  中島はるみ)

  話を戻す。『ストロベリー・ナイト』の視聴者はどうしても竹内結子と比べてしまうから、二階堂氏にとっては不利な立場になる。おそらく、観客は竹内氏のイメージで姫川を捉えてしまうから、代役の二階堂氏を目にすると、生理的に嫌ってしまうのだろう。これはよくあることで、007シリーズのジェイムズ・ボンド役には賛否両論がいつもあるし、『バットマン』のブルース・ウェイン役、シャーロック・ホームズ役、『子連れ狼』の拝一刀役もそうである。ホームズ役はジェレミー・ブレットが一番良く、ロバート・ダウニー・ジュニアなんて論外。シャーロックとは別物である。とりわけ、「拝一刀」役なら絶対に萬屋錦之介で、北大路欣也は安上がりの代用品ていど。ボケ老人用に作った時代劇に適した役者である。ちなみに、原作者の小池一夫先生は、若山富三郎の拝一刀を評価しておらず、田村正和の方を好んでいたらしい。拝一刀のイメージは正和様なんだって。

  とにかく、二階堂氏よりも酷いのが、「菊田」役の亀梨和也だ。前作で菊田役を演じた西島秀俊はそれなりに評価できる。たぶん、番組のファンには好評であったはずだ。ドラマの中で「姫川班」を支えている菊田は、主任としての姫川を尊敬する一方で、密かに好意を抱いてる。だが、彼はそれを顔に表さない。安っぽいドラマをつくる脚本家だと、番組を盛り上げるために二人を熱愛カップルにしがちだが、前作の『ストロベリー・ナイト』では菊田の感情を抑制し、“もどかしい”くらいの不器用な男にしていた。しかし、これが却って良かったんじゃないか。素直に「好き」と言えず、沈黙したまま彼女に付き従い、姫川に何かあれば体を張って護衛するする姿が麗しい。女性ファンが西島氏に憧れるのもうなづけよう。

  ところが、今回の「菊田」を演じる亀梨は“ボンクラ”刑事にしか見えない。姫川主任の「相棒」というより「木偶(でく)の坊」だ。彼のファンには悪いけど、筆者には住宅販売の新人訪問員か、牛丼屋の学生店員、倉庫係の新入社員ていどに思えてしまうのだ。公式的には主演らしいが、「姫川班」にくっ附いているだけの「一反木綿(いったんもめん)」といったところ。厳しく言えば、影の薄いエキストラといった感じである。もちろん、亀梨本人に罪は無く、彼を採用したプロデューサーや監督、配役を命じた所属事務所の不手際だ。ネット情報によると、亀梨氏は「KAT-TUN」という歌手グループのメンバーで、多くのTVドラマや映画に出演している。(この「カート・タン」というバンド名は何の略なのか判らないけど、きっと若い子が熱狂する人気グループなんだろう。) 以前、彼は『3年B組 金八先生』に出演していたというが、それよりもビックリするのは、『妖怪人間ベム』の「ベム」役を演じていたという事実だ。筆者はしばらく民放のTVドラマを観ていなかったので、まさか、子供の頃に観たアニメがドラマ化されているとは思わなかった。さらに驚愕すべきは、懐かしのアニメ『ど根性ガエル』もドラマ化されていたという事だ。もう、立ち眩みしそうな話だが、現実とは誠に恐ろしい。ネタが尽きた日テレは、信じられないことを平気でするだなぁ。破廉恥テレビ局だから仕方ないけど、「いくら何でも・・・」と天を仰ぎたくなる。

  フジテレビは例の如く、TVドラマで好評を博した『ストロベリー・ナイト』を映画化した。つまり、無料放送で視聴者を獲得したテレビ局は、この人々を劇場に誘ってお金儲けをしたということだ。『インビジブル・レイン』という劇場版では、大沢たかおが極清会の組長「牧田勲」役を演じ、彼の正体を知らない姫川を誘惑する。そして、姫川は迂闊にも牧田に惹かれてしまい、肉体関係を持ってしまうのだ。(あり得ないけど、車内セックスとなっていた。) この無茶苦茶な筋書きはともかく、大沢氏には組長を演じるほどの実力やオーラは無い。代紋を背負う組長の迫力に欠けるし、チンピラ役ですらこなせなんじゃないか、と思えてくる。本人は実力派を気取っているんだろうが、観客からすれば白々しい演技にしか見えない。こういう役は渡瀬恒彦のような俳優じゃないと無理だ。渡瀬恒彦には迫力があったし、相手を萎縮させるほどの「眼光」を持っていた。実際、彼は喧嘩が強かったし、女性を惹き付ける魅力があったので、主役を張るには充分な素質を持っていた。これなら、大原麗子が惚れたのも解る。女心をくすぐる渡瀬は、たとえ別れても嫌いになれないタイプだ。大沢氏には熱心な女性ファンがいるんだろうが、男性の観客からすれば格下の脇役にしか過ぎない。とても、重要な役柄を任せられるような俳優とは思えないから、キャスティングの背後には事務所の“力”が働いていたのだろう。

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(左  :  大沢たかお  /  右  :  渡瀬恒彦)

  大人の視聴者は、「なんか、最近のドラマはつまらない」と愚痴をこぼしてしまうが、「ドラマ」と思っている方が間違いなんじゃないか。我々が観ている映像は、演劇じゃなく「長編CM(テレビ広告)」なのかも知れない。つまり、人気藝人が商品となっているだけの宣伝フィルムということだ。ある番組プロデューサーが述べていたが、「今、TVドラマを観ているのは馬鹿だけ」ということらしい。こうした視聴者はストーリー性など気にせず、ただ贔屓の俳優が出ているから観ている、といった類いの人々であるそうだ。彼らはお目当ての役者が出れば「キャ~」と喜ぶだけで、作品の質なんか“どうでもいい”と思っている。だから、制作者は本気になって作らない。どうせ凝ったドラマを作っても、こうした視聴者は理解できないから、知的レベルを下げて、なるべく多くの人に観てもらおうと考えている訳だ。確かに、何百万単位の大衆に向けて放送しているから、底辺層レベルに合わせた作品にしないと受け容れてもらえないのだろう。要するに、観ている人が中学生程度の知的レベルなら、中学生でも解る内容にしているというこだ。

  「つまらない」ドラマの原因は幾つか考えられるが、最も致命的なのはキャスティングがテレビ局や制作者側に無く、大手プロダクションにあることだ。素人はドラマの脚本が出来てから、それぞれの役に当てはまる俳優を探すと思っている。しかし、実際はその逆で、まず起用する役者が既に決まっているという。大手藝能プロダクションがゴリ押しする「タレント(藝の無い動物)」を売り出すためにドラマが企画され、脚本が求める役者かどうかなんて関係ない。つまり、主役を張る「タレント」が芝居の出来る人かどうかなんて、最初から問題にしていないのだ。確かに、六本木や青山で歩いているお嬢ちゃんをスカウトして、歌手や俳優にさせているんだから、藝(歌唱力 / 演技力)が無くても当然である。音痴のアイドル歌手がレコード大賞に輝いたり、大根役者が日本アカデミー賞とかブルー・リボン賞をもらったりするのは、審査員が裏で藝能事務所と繋がっているからだろう。だいたい、何で笑福亭鶴瓶がブルー・リボン賞の主演男優賞に選ばれるんだ? それに、最近の邦画は筆者の理解を超えている。鶴瓶と同じ年に、綾瀬はるかという「タレント」が主演女優賞を獲得したというが、出演作の『おっぱいバレー』って何なんだ? 最初、筆者は裸のバレリーナかと思ったが、調べてみたら、バレーボール部の話であった。

  とにかく、現在のTVドラマは滅茶苦茶である。何しろ、ドラマ制作の主導権を事務所側が握っているので、現場には「所属タレントの出番をもっと増やしてくれ」という困った注文が来るし、「イメージが崩れるシーンは撮るな」とか、「肌の露出やベッドシーンは厳禁」など、様々な制約が課せられる。こんな干渉を受ければ、作り手は馬鹿らしくなって、「もう、どうでもいいや!」と投げやりになるだろう。

  そもそも、今のドラマはCMスポンサーのご機嫌を伺いながら作っているから、ドラマの内容など二の次三の次らしい。マーケット・リサーチをして観てくれそうな年齢層を調べ、その対象に向けたドラマを作るだけだから、主眼はスポンサーへと注がれ、視聴率だけが目標となる。したがって、起用される役者は、固定客を持つ人気俳優かプロダクションが押しつける看板タレント、プロデューサーに可愛がられている藝人、スポンサーが化粧品のCMとかイベントに使っている女優などである。亀梨という「タレント」はジャニーズ事務所の歌手であるというから、おそらく所属事務所がネジ込んだ役者なんだろう。あの演技力を観れば、誰も「実力で主役を獲得した」とは思わない。闇の指図か無言の圧力が働いたはずだ。

  またもや脱線したので話を戻す。インターネットには、出演者に対する批判や罵倒が見受けられるが、それはお門違いというもので、本当に悪いのは彼らを起用したテレビ局と、強引に自社商品(タレント)ねじ込むプロダクションだ。筆者が歳を取ったせいかも知れないが、姫川役を演じている二階堂氏を観ると、「一生懸命、与えられた役をこなしているんだなぁ」と“つい”同情したくなる。何となく仏心が出てきて、「もしかしたら、本人は嫌がったのに、事務所が命令したのかなぁ」と勘ぐってしまうのだ。それに、画面を眺めていると、「ご両親は心配しながら見守っているんだろうなぁ~」と考えてしまい、ドラマに集中できない。可愛い娘が上京して、主役に抜擢されたんだから、親としては嬉しいはずだが、世間からの激しいバッシングを耳にすれば心が痛むはずだ。二階堂氏はまだ二十代半ばなんだから、もっと温かい目でみてやってもいいんじゃないか。ネットでは酷評されているが、それほど演技が下手なわけでもないから、経験を積めばそのうち上手くなるさ。ここでは関係ないけど、二階堂氏を目にすると、小学校の運動会で一生懸命走っている女の子を連想してしまう。二階堂氏には失礼なんだけど、幼い顔立ちなので、どうしても「近所の小学生」に見えてしまうのだ。だから、個人的には、彼女を厳しく評論したくない。

  それでも、『ストロベリー・ナイト・サーガ』のキャスティングに関し、かなり辛辣な評価を述べてしまった。だが、もともと無料で観ているんだから、文句を付ける方が間違っている。雑誌でドラマを云々する評論家は6%の視聴率をあざ笑っているけど、角度を変えて見れば、「6%も獲得したぞ」と言えるんじゃないか。実際、1%の視聴率がどれくらいの人数になるのか判らないが、サンプル数や地域格差を考慮すれば、だいたい15万ないし20万人くらいだから、6%なら約120万人が視聴したことになる。ただ、制作費を払ったスポンサーは不満だろうから、テレビ局側に「どうなっているんだ !」と苦情を呈するはずだ。お金を出す人は口も出すから当然だろう。したがって、大人が満足できるようなドラマを観たい人は、劇場映画に行くしかない。ところが、銀幕で鑑賞する映画は駄作ばかり。日本映画の衰退は著しい。良質な作品を求める観客が、アメリカのTVドラマや洋画に流れたのも当然だ。

  今、手元に「民間テレビドラマ視聴率ランキング(1990~2016年)」のリストがあるんだけど、 どのドラマも観たことがない未知のドラマばかりである。(浦島太郎にでもなった気分だ。) 辛うじて知っているのは、『3年B組 金八先生』と『古畑任三郎』くらい。驚いたのは、2006年に『西遊記』(フジテレビ / 最高視聴率29.2%)と、2007年に『華麗なる一族』(TBS / 最高視聴率30.4%)がリメイクされていたことである。所属事務所と出演者を記載したリストによれば、前者は香取慎吾が孫悟空役で、後者は木村拓哉が主演を務めていた。どちらも、ジャニーズ事務所のタレントだから、「やっぱり、宣伝ドラマか !」と思ってしまう。孫悟空なら堺正章が印象的なのだが、香取氏のバージョンは「どのようなもの」であったのか、想像しただけでも恐ろしくなる。また、山崎豊子のドラマといったら、仲代達矢とか田宮二郎を思い浮かべるが、「今では木村拓哉なんだ」と分かり、「もう昭和の時代には戻れないんだなぁ」と悲しくなる。

  つい最近耳にしたんだけど、来年、テレ朝が大ヒット・ドラマの『24 -Twenty Four-』をリメイクして、日本版を放送するそうだ。制作する前から自爆が予想できるのに、あえて作ろうとするんだから、テレ朝の社長や担当プロデューサーには何か秘策があるに違いない。昔から、テレ朝は大東亜戦争を執拗に「無謀な戦争」と非難していたが、開局60周年記念に「無謀なドラマ」を企画するなんて、中々やるじゃないか。タバコをくわえながら、ガソリンで水浴びするようなものだ。まっ、人間は一生のうちに一度くらいは、失敗と分かっていても挑戦することはあるさ ! それにしても、誰が「ジャック・バウアー」を演じるのか興味がある。たぶん、「どきどきキャンプ」の岸学(きし・まなぶ)じゃないことだけは確かだろう。




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