布教が国民的趣味のアメリカ人

  キリスト教徒の西洋人は海外布教が三度の飯より好きだ。特にアメリカのプロテスタント教会は、開拓者精神に富んでいるから、キリストの福音を知らないアジア人に、つい期待をしてしまう。アジア大陸が魅力的なのは、その膨大な人口である。未開の暗黒大陸に“うじゃうじゃ”いる無知蒙昧の民衆に、聖書の光を照らしてやれば、異教から回心して、続々とキリスト信徒が誕生するだろうと夢見てしまうのだ。サンマかイワシの群れを網で捕獲するかのように、大量のクリスチャンが一気に収穫できると思っている。(聖ペトロが漁師だったよね。) 実際、北京や上海、広東に蝟集(いしゅう)する支那人を観ると、アメリカ人宣教師は昂奮してしまう。ちょうどデイヴィド・ロックフェラーが、桁外れの支那の人口を目の当たりにして、巨大な市場と見なしたのと似ている。だが、真相は違った。支那大陸は不毛の大地で、信仰の種をいくら蒔いても芽が出ない。たまに発芽した種は毒麦に成長するだけである。

  神道には布教活動が無く、もっぱら素朴な自然崇拝と先祖への崇敬が中心である。だから日本人は、如何なる苦難にも屈せず、主キリストの言葉を伝えようとする情熱が分からない。福澤諭吉は立派なアメリカ紳士が、なぜあんな子供騙しの宗教を信じるのか、呆れていたのである。アメリカ人宣教師にとって、理想の使徒は聖パウロで、各地を巡って福音を伝える姿にしびれてしまう。昔、ロバート・デ・ニーロ主演の『ミッション』は、聖パウロの回心をヒントにして制作された映画である。アメリカ人宣教師は、布教のためなら殉教者にでもなるつもりでいる。もっとも、古代ローマ帝國であったライオンに食われるといった殉教は、いくら何でも想像していなかったであろう。甘い。支那では起こりうる。だって、ライオンより獰猛なのが支那人だから。いずれにせよ、こうしたことを念頭に置かないと、なぜアメリカ人が支那大陸で災難に遭っているのに、布教を断念せぬばかりか、本国からの送金が続くのかが理解できない。

支那を理解したアメリカ人の炯眼

  戦前のアメリカ人でラルフ・タウンゼント(Ralph Townsend)ほど支那を理解した者は居まい。彼の祖先は英国から渡ってきたアングロ・サクソン人であったらしく、合衆国にとって真の国益を主張した愛国者らしい家系である。大学を卒業後、新聞記者を経て母校のコロンビア大学で教鞭を執ったという。しばらく学者生活をした後、国務省に入った。モントリオールの副領事を務めてから、1931年に上海へ転属となったらしい。満洲事変や第一次上海事変を体験したタウンゼント氏は、福建省の福州副領事として勤務したのである。共和党系の政治思想を持つ彼は、フランクリン・ローズヴェルトの容共姿勢に異議を唱えたり、アジアでの混乱を契機とする国際紛争紛争介入に反対していたのである。つまり、タウンゼント氏は、チャールズ・リンドバーグやロバート・タフト、ハミルトン・フィシュのような古き良き時代のアメリカ人紳士であった。(「ミスター・リパブリカン」と呼ばれたロバート・タフトは、なぜか日本で無視されている。立派な人物だったのにねぇ。筆者もいずれ紹介したい。)

  支那に奇妙なくらい愛着を覚える多くのアメリカ人と違って、タウンゼント氏は冷徹に支那を考察し、鋭い知性で支那人を分析していたのである。彼の著書『暗黒大陸中国の真実(WaysThat Are Dark)』は読んでいて明瞭であるし、また痛快でもある。(田中秀雄 先田賢紀智 訳 芙蓉書房出版 2004年/筆者註:原書と照らし合わせると、この翻訳書には意訳が多いが、引用はこの和訳を用いる。) 支那を研究するアメリカ人や日本人にとって必読書であろう。(こういう有益な本に限って、大学の教養課程では紹介されないのだ。)

  タウンゼント氏は支那人に道徳観念が全く無く、倫理的行為が損になる社会に、支那人が住んでいることを指摘する。世界一計算高い人間になった支那人は、道徳というものを馬鹿にする。善い心掛けを持っても無駄。正義感に燃えたら、痛手を負うか憂き目にあう。タウンゼント氏曰く、

  およそ考えられることは何でも起こる。洪水、凶作、飢饉、戦争、イナゴが襲ってくる。これだけではない。人まで襲ってくる。人といっても悪代官だけではない。隣の人まで襲ってくるから「蓄え」の余裕がない。これじゃ「頑張ろう」という気もなくなる。善人ぶっても何もならない。目的のためには手段を選ばない。生きるためならあの手この手と智慧を絞る。生きるためだけではない。つかの間の快楽を得るためにも同じこと。悟りを開こうという求道者もいたのはいた。これとて風見鶏にかわりない。(p.120)

  こんな支那人にキリスト教の信仰や精神を求めるのは、木に寄って魚を求めるようなものだ。支那人とは木の根を掘っても小判を求める強欲民族である。支那には昔からキリスト教宣教師が来ているのに、まったく信仰が根付かない。1933年当時、自称クリスチャンは290万人いたそうだ。信者でなくても、プロテスタント系の学校に約22万5千人、カトリック系の学校には29万人もいたという。キリスト教徒の支那人がそんなにいるたとは信じられない。朝鮮人と同じく、利益になれば容易に信者となる。信者になると西洋人が味方に附くからだ。こうした無駄な布教活動を維持するために、年間1千万ドルも要したらしい。もう、馬鹿ばかしいの一言に尽きる。

  タウンゼント氏の結論は明快である。彼が観察したところ、そもそも支那人はキリスト教を必要としていない。(p.147) 儒教や道教を信じていようが、支那人には宗教心が欠けており、何よりも実践が伴わないのだ。彼らはキリスト教を嫌っているのではなく、宗教自体に関心がないのである。(p.148) 支那人は宣教師に対して、口先では「キリスト教は奥が深いですね」と褒めるが、それで終わり。行動がない。支那人が科挙に合格したくて、四書五経を必死で勉強したのは、「本の中に銭がある」という実益を見たからである。聖書をいくら読んだって銭が見当たらない。支那人が「天に富を積みなさい」(マタイ6:20とルカ12:33)の箇所を読んだら、直ちに聖書をゴミ箱へ捨てるだろう。ビル・ゲイツやウォーレン・バフェトの金儲け本の方が、支那ではよっぽど人気がある。質素倹約より酒池肉林を希望。しかも、支那人は永遠の命を、来世ではなく現世で欲しいのである。宝石ひとつ持っていないキリストより、長寿薬を持っている仙人のほうが有り難い。

裏切りと失望の支那布教

  キリスト教の宣教師は忍耐強いというか、前向きの楽天家、悪く言えばSMショーのマゾ役を天職と考える俳優である。支那人に隣人愛や教育、医療、福祉を与えたところで、宣教師に感謝しないのだ。「宣教師は駄目。貧乏で、高級品は買わない」と使用人や行商人までもが馬鹿にする。(p.153) 支那人からみれば、湯水の如く金を使うのが外国人。ところが宣教師は“しみったれ”。他の外国人は皆立派な家に住み、綺麗な服を着ているのに、キリストの僕(しもべ)はズタ袋を着て質素な暮らしに満足しているのだ。これでは支那人から評価されず、侮蔑されても無理はない。こんなに馬鹿にされた宣教師は更に酷い目に遭うのだ。

  宣教師に世話になっておきながら、見事に恩を仇で返した人物として、ジョージ・シュセン師(Rev. George Hsu-chien)が挙げられる。彼は孫文の秘書であったが、伝道師になりミッショナリー仲間から信頼された人物であった。ところが、国民党の誘いに応じて、1926年のクリスマスに漢口で反キリスト教週間を組織したのである。かつて信仰を持っていたはずの人物が、ミッション・スクールを閉鎖せよ、とかキリスト教組織を内部から破壊せよ、とのスローガンを掲げたのだ。煽動された群衆は町に繰り出し、外国人を殴りかかったので、ほとんどの者は町を捨てて上海に逃れたという。

   タウンゼント氏は福州でのひどい話を紹介している。ある敬虔な女宣教師が、奴隷のような扱いを受けている支那人の男の子を引き取り、面倒を見たそうだ。彼女はその子を学校に通わせ、将来「神の御使い」になってくれるのでは、と期待していた。ところが、排外運動が吹き荒れる状況になり、彼女も避難しようとしたら、暴漢どもが玄関先に現れたのである。このならず者は掠奪を働いたのだが、その先頭に立っていたのは、自分が拾って面倒を見てやった男の子であった。彼女は命からからがら逃げだし、その日一番の船で米国に帰り、二度と支那には戻らなかったそうである。(pp.159-160) 彼女にとっては非常にショックな出来事であろうが、これが支那人の正体であり、幻想を抱いたアメリカ人の方が悪い。

  お人好しの馬鹿は、アメリカ人宣教師だけではない。あるイギリス人宣教師が、拾った支那人の少女に精一杯愛情を注ぎ、教育を施した。しかし、この子はあちこちで「お母さんの財産は全部私のものになるのよ」と言いふらしていた。実の親以上に何不自由なく育ててもらったのに、その支那人娘が興味を示すのは、養母の信仰ではなく財産であったとは、呆れてモノがいえない。

  宣教師は子供に失望したと思ったら、今度は大人の支那人に脅されたのである。1927年から宣教師は国民党政府の監視下に置かれ、小学校ではキリスト教すら禁止されていたのだ。大学では要望があれば、選択科目として教えてよいことになっていた。これじゃ本国のアメリカ人が寄付して建てた学校の意味が無いだろう。国民党は「校長は支那人でなければならない」との規則をつくり、外人の校長は追放され、アメリカ人のお金で養われた支那人が校長の座に就いていた。しかも、調子に乗った支那人は、学校で国民党の党規を教えろ、とまで命令したのである。結局、校長が支那人だから、宣教師は羊の如く従っていた。教科書だって国民党宣伝部が作成したもので、拝外思想に溢れ、アメリカ人教師を罵倒する内容であったらしい。こんな教科書で洗脳された学生は教師を侮蔑したから、アメリカ人教師は学期の終わり頃になると泣きたくなったそうである。ある高校で、支那人生徒二人が試験中カンニングをしたので、それをアメリカ人の女教師が厳しく咎めた。ところが、叱られた二人は生徒会長や校長とグルになって、この教師を吊し上げ、生徒総会の席上で謝罪させたのである。屈辱感に打ちのめされた女教師は、帰宅して神に何時間も祈りを捧げ、「何事も神の御心」として諦めるしかなかったという。もう、マンガや漫才の話になっている。

虐殺・迫害されても支那人をかばうアメリカ人

  支那では一番腕っ節の強い匪賊が政府をつくる。現在の支那共産党は内戦に勝った暴力団であることは明らかだ。戦前、合衆国政府は日本を非難し、国民党を支持していた。その国民党は排外運動や外人殺戮を裏で操っていたのである。福州で高齢の女宣教師二人が、追剥ぎに捕まってしまう事件が起きた。現地の支那人のために生涯を捧げた聖職者は、名ばかりの「裁判にかけられ」、「帝国主義者」のレッテルを張られて、あっけなく処刑されてしまった。二人の虜囚は体を切り刻まれて、長時間もがき苦しみながら絶命したのである。たぶん肉を少しづつ削ぐ凌遅(りょうち)刑であろう。こんな残酷な殺人や掠奪が起きても、暴力の嵐が鳴りを潜めるや、宣教師らは「とうとう支那人もキリスト教徒になってくれた」と喜ぶ。冷静な民間人は、「支那人ことだ、また元の本性に戻るよ」、と認識していたそうだ。

  1900年に義和団事件が起きたのは有名である。この排外闘争で無防備な宣教師が殺されてしまった。過去何度も痛い目に遭っている宣教師は、同僚が惨殺されても、まだ支那人を疑わなかったという。1926年になっても国民党を、支那人救済の最後の「輝ける盟友」(final glorious ally in China's redemption)と持ち上げていたのだ。(原書p.184) しかし、現代のアメリカ人なら、宣教師の恩恵を受けていた支那人は何をしていたのか、と疑問に思うだろう。自分の身が第一の支那人は、アメリカ人の命が危険に曝されても、見て見ぬふりを決め込んでいた。西洋人に寄り添って利益があれば、支那人はキリスト様でもお釈迦様でも拝む。しかし、一文にもならぬばかりか、武装した匪賊や暴徒がくれば、哀れな宣教師を見捨てて一目散に逃げるのだ。支那人に、「卑怯者」とか「恥知らず」といった非難は通用しない。単なる言葉は弾丸ではないからだ。

  長年ミッション・スクールで教育された支那人から、まともな偉人が全然輩出されないのである。米国のハーバードやコロンビア、イェールといった大学に留学した支那人さえ、混乱の支那を改善するような指導者が出てこない。西歐のキリスト教会は既に1億ドルも援助し、優秀な教師を数千人も派遣していたのである。それでも宣教師らは支那人の演技にコロッと欺されてしまう。天性の詐欺師たる支那人は、いかにも期待していたアメリカ人に裏切られて、打ちひしがれた表情を示す。とても素人とは思えない、オスカー受賞俳優も顔負けの演技を披露するのだ。すると、初心(うぶ)な宣教師は、哀れな支那人の期待を裏切ってしまった、と反省してしまう。こうなれば支那人のしめたもの。外人の骨までしゃぶって、有り金を全部吸い取ろうとする。日本の経団連はよ~く肝に銘じろよ。

  支那人に散々迫害されながらも、宣教師らが布教活動を止めない心理を、タウンゼント氏は分析していた。アメリカ人をはじめとする西洋人宣教師は、日本人より支那人に好意を寄せる。彼らは日本人を好きになれない。なぜなら、可哀想な人間が居ないからである。(p.170) タウンゼント氏が嘆いているが、アメリカ人とは不思議なもので、可哀想だと思えない相手を好きになれない人種であるそうだ。宣教師はこの傾向が強く、惨めな支那人を見ると、我が身の危険を顧みず、救ってあげようとする殉教精神が湧き上がるらしい。ところが、日本人は自分が如何に惨めであるかを外人に示して、施しを受けるなんて死んでも嫌だ。武士は食わねど高楊枝。貧乏を恥じる以上に、哀れを乞うことを我慢できない。日本人は支那人のように、人としての矜持(きょうじ)を捨てることが出来ないのだ。したがって、アメリカ人にとって、日本人は援助の対象とならず、かえってライバルのように映ってしまうのだ。

  筆者はタウンゼント氏に賛成するが、もっと醒めた目で観察してしまう。アメリカ人宣教師には、救世主願望あるいは使徒願望があるのではないか。惨めな民衆に恩恵を施すことで、キリスト(メシア/救世主)になった感覚が堪らないのではないか? 2004年にイラクで邦人拘束事件が起きた。共産主義かぶれの高遠菜穂子が武装勢力に捕まったので、日本政府が高額の身代金を払い解放してもらった。この愚かな女は日本国民に感謝せず、貧民のイラク人向けに慈善活動をしたくてたまらない。そこでイラクを再び訪れた。NHKが同行取材したから、覚えている国民もいるだろう。彼女は貧乏なイラクの子供が近寄ってくると、感激の涙を流す。悲惨な生活を送る子供を前にして、無上の喜びを感じたのである。日本では味わえない快感であろう。豊かな日本で、乞食のような子供を発見することは難しい。ところが、イラクでは単なる小娘が救世主になれるのだ。そんなに人助けがしたければ、高遠は日本で老人介護のボランティアでもしたらよかろう。だが、日本に留まっては輝きが無い。日本の老人を助けても、それは平凡な筋肉労働に過ぎない。しかし、外国で貧民を助けると、何か“高尚な行い”と感じることができる。支那人を援助するアメリカ人にも、こうした偽善の快楽があるのではないか。

  日本や欧米のビジネスマンでも支那人に度々欺される。彼らは自分の尺度で異質なアジア人を測ってしまうのだ。支那人は初対面の相手にもニコニコと接し、とても愛想がいいし、口が達者である。英語が苦手でも、拙い言葉で最大限のお世辞を言うし、恥も外聞もどこかに置いてきいてる。転んでもタダで起きないし、強きに媚びて弱きを挫く。踏みつけられた雑草よりも忍耐力があって、ゴキブリよりも生命力が旺盛である。全面核戦争で最後に生き残るのは支那人であろう。大気汚染程度で全滅するのは日本人くらいだ。日本人は熾烈な生存競争に馴れていない。国際政治の場でも、抜け目のない支那人に、日本人はいつも負けている。日本人にとって不利な点は、長く付き合わないと日本人の良さが分からない所にある。賢いアメリカ人はこうしたことが分かるのだが、残念なことにアメリカ人の大半は鈍感なのだ。今の国力比較からすれば、我々日本人がアメリカ人を教育せねばならない。寅さんは「男はつらいよ」と零(こぼ)したが、実在したら「日本人はつらいよ」と言ったかも。つづく。




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