かつては武士の国であった日本

  今月の衆院選挙は消費税率が争点になってる。選挙で国民に消費税率10パーセンに賛成か否かをわざわざ問わずとも、答えは「否」であろう。増税して景気回復なんてありえない。したがって、今回の選挙は増税をしたい財務省対安定政権を狙う安倍首相の対決である。増税停止のためにお祭り騒ぎをしているだけだ。これじゃ議会制民衆政治(parliamentary democracy)ではなく官僚制衆愚政治(bureaucratic ochlocracy)である。徴税権と予算権を握る役人を黙らせるために選挙が必要なのだ。しかし、日本国民が本当にすべきことは、拉致された同胞を奪還するのか、見捨てるのかを決断することである。

  日本国民が数百人も北朝鮮に拉致されて三十年以上も放置されて、未だに全員救出されていない現状は異常である。しかし小泉政権以来、拉致問題解決は「お決まりのフレーズ」となってしまった。極悪犯罪集団の金王朝と「話し合い」で拉致問題は解決しないだろう。ヤグザと北鮮人に対しては「武力」以外の選択肢はない。圧倒的軍事力で殲滅するしか、邦人救出は不可能である。北鮮がアメリカ国民を拉致しなかったのは、報復を受けて皆殺しにあうことが明確に分かっていたからである。悪人は自殺を選ばない。北鮮人は日本人が軍事行動を起こさないことを確信したから、我が国の女子供を拉致したのである。北鮮が我が国に加えた侮辱は、日本が武士の国ではなく、商人の国に成り下がったことを象徴する事件であった。

ヴァイキングの復讐は血を流す

  ヨーロッパの北方種族(Nordic Race)は、我が国の武士と似ていた。北欧のヴァイキングは武を貴ぶ気概に満ちていた。「力」という言葉は彼らの言語番附の最上位にあったのである。彼らが肉体と精神を爆発させる姿の奥には、ひとつの神秘的性質が潜在していた。活火山のような感情の噴出は、戦士気質の衝動と根源的な生(vita)に結びつけられていた。

  「弱くあること」は彼らにとっては恥辱であり、挫折であり、それ以上に犯罪とみなされた。力を得ること、力を有すること、力を実証すること、これが彼らの生の課題であり、使命であった。(ルードルフ・プェルトナー 『ヴァイキング・サガ』 木村寿夫 訳 法政大学出版局 1981年, p.109) 

力が弱いと自分の自由や独立が維持できないのだ。ある北欧の戦士が尋ねられた。「汝は何を信ずるのか」と聞かれ、彼は簡潔に答えたという。「吾はわが力を信ず。他の何ものをも信ぜず」と。

  ヴァイキングの子供は初めから「戦いの倫理」を叩き込まれたのである。投石、競争、跳躍、乗馬、登山、水泳は基本的鍛錬科目であった。そして幼少期から武器の取り扱い方を教えられ、これに馴れ親しむことが当然であった。教典を暗記して坊主になることが尊敬される社会ではない。我が国でも侍の子は武藝に磨きをかけていた。たとえ四書五経を習得していても、剣術で劣ることは武士にとって屈辱であった。明治維新の頃活躍した勤王の志士は、痩せても枯れても武士であったことは周知の事実。下級武士とて三井の番頭より偉かったのは、命を賭けて戦ったからである。政治に奔走する者は生命の危険に晒されていたのだ。一般国民だって、薩摩隼人(さつまはやと)の示現流のみならず、神道無念流、北辰一刀流、柳生新陰流を知っているだろう。桂小五郎(木戸孝允)は神道無念流で免許皆伝の剣豪であったし、坂本龍馬は北辰一刀流で免許皆伝の剣士であった。それでも常に暗殺の気配がつきまとっていたのである。桂の子分であった伊藤博文(俊輔)は人を斬ったことのある総理大臣だ。日露戦争の時、伊藤は本気で力士隊を率いた頃の俊輔に戻る肚であった。受験勉強で霞ヶ関官僚になった文弱とは違う。

  自由とは武力があってこそ維持されるのである。ヴァイキングの子弟は斧や槍が愛好する玩具であった。現在の日本人の親は包丁すら危ないから子供に持たせない。日本人は幼稚園の頃から、人を傷つけないことが最優先される教育を受けているのだ。小学校に入れば、左巻きの女教師から「話し合い」のデモクラシー教育を施される。中学・高校では平和教育と日本罪悪史観を脳幹に叩き込まれて一丁上がり。そのうえ大学では赤い教授に洗脳されて、立派な左翼思考の大人に形成されるのだ。ヴァイキングの子供の方がよっぽど日本の武士らしい。北欧だと自由身分の男は、幼少の頃から武器を携帯することで農奴と区別されねばならなかったし、仕事や酒宴の時でさえ武器から目を離してはならなかった。こういう雰囲気の中で生活誌、たえず戦闘に備えて熱心に訓練を積んだのである。

  ヴァイキングの子供がどんなのかを示す逸話がある。5歳の男児が他の少年たちが遊んでいるところへ行き、仲間に加えてくれと頼んだところ断られてしまった。それは彼がまだ流血を覚えていなかったからである。その幼児は深く恥じ入って帰宅した。しかし、その夜は眠ることが出来ず、寝床からこっそり起きあがり、父の槍を執ると、それを父の馬の脇腹に突き刺したのである。馬が息絶えるとまた寝床に戻り、心静かに眠りについたという。たった5歳の幼児が槍で気晴らしをするのだ。今ならこんな兇暴な子は精神科病棟送りだろう。また、別の7歳の少年の話。この男の子は格闘技で11歳の少年に負かされると、斧を持ってきて遊び相手の頭部を打ち割ってしまった。(『ヴァイキング・サガ』pp.109-111)

  暴力をあまり気にしない社会は凄まじい。ある12歳の少年は父親に叱責されたことを不当に感じたのである。そこで復讐を決めた少年は、父が尊重していた管理人を打ち殺してしまった。ところが、父と息子はこのことについて良しとも悪しとも語らなかったという。息子が鬱憤晴らしに他人を殺しても気にしなかったのだ。また、新しい剣を手に入れた青年の話もすごい。彼は鋼鉄製で輝く両刃の名剣を目にして、試し切りがしたくなった。まず数本の低木をなぎ倒し、高木の枝を落としたところで、父の農奴に出くわした。その青年は即座に刀を振りかざして、農奴の首を斬ってしまった。帰宅した彼は、楽しげにそのことを家族に話し、刀の切れ味を語ったそうだ。「え! 話題はそこじゃないだろう」と突っ込むのは現代の日本人。農奴なんか人間の部類に入らなかったし、家畜程度の価値しかなかったのである。

  ヴァイキングの社会では流血が不可避であった。そもそも生命は僅かな価値しか持たなかった。現世での生に執着しない根本原理で暮らしていたのである。「汝殺すべからず」という誡(いまし)めは、戦士気質の北方種族には通用しなかったし、魅力もなかった。これに対し、戦の場で倒れることは名誉なことであった。所謂「藁(わら)の上の死」ほど恥辱的なものはなかった。れっきとしたヴァイキングは戦いの中で死ぬべきであった。(p.112) 彼らの道徳律はいかなる時も死ぬ覚悟を持って生きることであった。戦死や処刑の時でも「あの男は泣いた」とか「あいつは泣きべそをかいた」という評判は男子として最も堪えがたいものであった。力への崇敬や死への覚悟からも分かる通り、ヴァイキングの青少年は、勇気、武勲、恐れ知らず、剛胆、自己主張、行動意欲などを身につけるよう訓育されていたのである。(p.114)

  ヴァイキングが持つ観念の中では名誉は自尊の問題というより、他人から受ける敬意に関する問題であった。他者から疑われることなき評判であって、名誉を汚されたらそのままにしない。そして如何なる侮辱といえども身命をもってこれに対処せねばならぬ強制であった。ヴァイキングたる者がこれを怠るときは、彼の生涯に絶えず汚点がつきまとうことになる。受けた侮辱は治癒せぬ傷のごとく彼の内面で腫れ上がり、やがて彼の人格を崩壊させてしまうのである。侮辱は手厳しい復讐によってのみ世間の目から抹消されるのである。復讐は義務であった。(p.116) この義務を履行しない者は、自由民共同体の中で生きる価値がない、卑しい等級の者と見なされた。侮辱を受けても復讐をためらう者は、自分の家族から怒りを買い、しばしば血族からも問責されたのである。復讐なければ名誉なし、名誉無ければ生活なし。復讐の道徳命令は復讐者に重大な犠牲と高い物質的負担を課すこともあった。復讐を達するために時としてグリーンランドやビザンツまでの航海をなす事もあったという。

名誉をなくした商人国家

  平成の日本人は日本海を渡って同胞を奪還し、北朝鮮の金王朝および労働党を皆殺しに出来ないだろう。明治維新の頃なら、薩摩・長州のみならず幕臣の中からも朝鮮人征伐論が噴出し、西郷隆盛を総大将にして武士の大軍が朝鮮に上陸しただろう。薩摩の桐野利秋らが切り込み隊長となって朝鮮人を片っ端から斬り殺し、朝鮮を血の海にするはずだ。會津藩士や桑名藩士なら名誉恢復(かいふく)のために殺戮の鬼になるだろう。日本人は朝野をあげて、邦人救出と血の復讐に拍手喝采を送るに違いない。ところが、尚武の精神が旺盛だった日本人は、敗戦と共に消滅してしまった。武士の魂たる刀を捨てたことは、名誉を捨てて生きることを選んだことを意味する。どんな侮辱を受けようとも、札束と土下座で丸く収めることにしたのだ。

  北朝鮮から同胞を助けるために自衛隊法すら変えようとしないのが現在の日本国民である。心ある自衛官だって「邦人救出」を明記する法律が無いのだから、手も足も出ない。空挺師団や海自特殊部隊でも宝の持ち腐れである。外国の軍人と接触する自衛官は惨めである。自国民を見捨てる軍隊と思われ、軽蔑の目を堪え忍ばねばならぬのだ。日本人の敵は日本人だった。邦人救出のために軍隊を用いることに反対するのが、NHKや朝日新聞に従う国民なのである。北朝鮮はこれを承知しているから、身代金をつり上げて日本から巨額の資金をむしり取ろうとしているのだろう。

  北朝鮮の民衆は金日成親子を賞賛するだろう。日本人を拉致したら、お金が貰えるのだ。しかも、犯罪者たる金王朝に対し、日本政府は拉致被害者を返してくれたことに感謝するのだから。武力行使の選択肢がない日本政府は、ただひたすら札束を北鮮人の前に積み上げて、土下座するしかない。北鮮人の前に跪いて十年以上経つ間に、被害者家族は高齢のためどんどん亡くなってゆく。娘や息子を攫(さら)われたまま、悔し涙を流しながら息を引き取るのだ。こうした姿を無視しながら、日本国民の大半は景気対策と政界編成しか頭にないのである。今月は天長節(今上陛下誕生日)がある。天皇陛下と皇后陛下は拉致被害者を思えば胸が痛むだろう。我が国の保守派国民は何を守ろうとしているのか。名誉はカネにならない。しかし、子孫に誇ることができる。未来の日本国民に残すのが借金だけとは、あまりにも情けない遺産ではないか。  



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