お花畑でまどろむ日本人

  
日本人は本当にプロパガンダに弱い。外国人が刀や鉄砲で襲ってくれば、敢然と立ち向かうのに、情報戦や謀略戦となると、てんでダメ。話にならない。人のいい日本人は詐欺師にとって絶好の標的だ。鴨がネギ背負ってやって来るようなもの。昔は紙芝居で、今はテレビがプロパガンダの手段。大学では「国際関係学科」だの「国際政治学部」などを設置して、世界で活躍できる国際人の育成を計ると謳っている。陰謀渦巻く熾烈な世界に、脳天気な学校秀才が飛び込んで、いったい何が出来るのか。欧米では軍事学や地政学が必須科目なのに、平和憲法を掲げる日本人には必要なしときている。パレスチナと違って、日本のキャンパスにはロケット弾が降ってこないから、リアリティーが沸かないのだろう。

Inoguchi 小泉政権で少子化担当大臣に任命された猪口邦子を覚えているだろうか。あの工事現場のブルー・シートみたいなドレスを着て、内閣発足の記念写真におさまった、老けたお嬢さん大臣だ。彼女はかつて上智大学で教授を務め、専門は国際関係論だった。後に国連の軍縮会議で、日本代表の特認全権大使に就いていたのである。イェール大学で論文を上手に書けてアメリカ人に褒めてもらったから、外国の軍人が自分のお願いを聞いてくれると思っていたのだ。核兵器を保有する大国や通常兵器で血みどろの激闘をしている外国人が、丸腰の女の戯言を聞くわけないだろう。口が達者なだけのオバはんが、ドスの効いた軍人相手に何ができるのか。子犬みたいに「キャン」と吠える事しかできまい。少子化担当大臣になってした事は、お見合いコンパの提唱だった。あ~あ。試験秀才の考えることは違うねぇ。座布団一枚あげたくなる。こんな年増の小娘、ドラえもんみたいなオバタリアン、猪口に給料が出ていたのである。まったく、税金の無駄遣いは各所で行われているのだ。

  話が逸れたから元にもどす。日本や欧米の先進国は民衆政体(democracy)をとる大衆社会である。国民がそれぞれ一票を有し、政治家を選ぶ。ゆえに大衆の頭を支配すれば、権力が手に入る。烏合(うごう)の衆たる国民は自分たちが独自の意思で選択したと思い込んでいるから、積極的に命令に服する。先進国の行政組織が能動的で、軍隊が強い所以である。支配層を形成する少数エリートは、国民の思考経路、つまり脳味噌に手を突っ込んで神経を握るのだ。そうすると本人が知らぬ間に手足が動いている。操作していることに気づかれずに、他人を遠隔操作しているのである。

  たが、大衆に難しい教義や思想を押しつけるわけには行かない。無理矢理は逆効果。子供に粉薬を飲ませようとしたって、苦いから子供は直ぐに吐きだしてしまう。「良薬口に苦し」と諭したってムダ。プリンかシロップに混ぜて、デザートとして食べさせる方が楽である。大衆なんか幼稚園児くらいの頭しかもたない。だから、大衆にはミヤネ屋とか池上彰、関口宏、古舘伊知郎くらいが丁度いいと、テレビ局制作者は思っている。NHKで小学生相手にニュースを説明していた池上が、民放で大人相手に同じ姿勢で解説しているのだ。まともな大人なら「馬鹿にするな」と怒鳴るだろう。

  ちょっと教養のある国民は「こんなこと分かり切った話だ」と言うだろうが、彼らが外国メディアの舞台裏を研究しているだろうか。日本のメディアは、アメリカから垂れ流されるニュースや解説を和訳しているのが現状だろう。ワシントン特派員だなんていっても、現地の新聞、テレビ討論番組を観たくらいで記事を書いているのだ。元NHKの日高義樹どは、下手な英語を自慢したいだけで、テレビ東京で番組を持たせて貰ったのである。「ヘンリー・キッシンジャー博士に聞く」というレギュラー番組では、ただキッシンジャーの喋ることに頷いて聞くだけだった。「それはごもっとも」と応じるだけのインタヴューなら、若くて可愛い女子アナの方がよっぽどいい。英語の文法を間違えて喋るくらいなら、通訳をつけて厳しい質問のインタヴューをしたほうがよい。テレビ局に雇われているような日本人ジャーナリストに優秀な奴はいないのだ。

  毎日新聞やテレビを観ている日本人は、それらを誰がどんな意図で作っているのか、気にしないし学校でも一切教えないのだ。支那産野菜で作った輸入漬け物など、重金属汚染がひどく、食べ続けると脳や内臓に障碍が出ることは、最近よく知られるようになった。しかし、マス・メディアについてはまだまだ。毎日観ているテレビ番組の解説が、精神や思考にどれだけ有害なのか、そのおぞましい裏側を気にしないのである。

  大衆を操作するときは、絵本で教えることが肝心。一般有権者は社会問題や外政方針を知るために、300ないし400ページの学術書など読まない。せいぜい新聞か週刊誌から情報を得るくらいである。日本なら『東京スポーツ』か『フライデー』、『女性自身』といったところかな。裏世界の権力者が大衆操作に用いるのは、やはりテレビ・ドラマや映画である。なぜか? 魅力的な映像作品は、大衆が積極的に、つまり自ら進んで銭を払って観るからだ。大衆は自主的に見たものに影響されるのである。金日成やスターリンのような独裁者が押しつける意見を、大衆は鵜呑みにしない。説得は強制できない。嫌々ながら受け入れた思想は、すぐに捨てられてしまうからだ。

  西歐世界では民衆政治が第18世紀のフランス革命により勃興したので、大衆に関する研究が進んでいた。たとえば、高名な心理学者のギュスターヴ・ル・ボンによる大衆研究は日本でもよく知られている。彼の『群集心理』 ( Gustave Le Bon 櫻井成夫 訳 講談社学術文庫1993 )は、大衆心理を研究した名著である。

  ル・ボン曰く、群衆は刺激に翻弄されやすく、いったん受けた衝撃の奴隷になってしまう。単独の個人は刺戟(しげき)を受けても、不都合なことを理性で悟ることがある。しかし、群衆はこの制禦能力を欠いている。群衆は刺戟次第で寛大にも残酷にも、勇壮にも臆病にもなる。(p. 41) 群衆はあらかじめ計画や思想をもって行動せず、刺戟に左右されて矛盾した行動をとる。群衆は昂奮しやすく、衝動的で動揺しやすい。(p.43) そして群衆は暗示を受けやすく、暗示の感染を受けて頭脳が反応し、感情の転換を起こしてしまう。理性的に考えることはないから、荒唐無稽な伝説や説話を飲み込んで不思議に感じない。
 ル・ボンの考察は卓越しているが、詳細を述べているとキリがないから、このくらいにしておく。

John Sununu  そろそろ本題に入る。アメリカ人の脳味噌を作り替えるにはTVドラマや映画がいい。アメリカの一般人など本当に無知である。日本についての知識なんか「スシ、アニメ、ゲイシャ」止まり。ましてや、中東アジアの歴史とか勢力図など興味もないから、異星人の紛争くらいにしか思っていないのだ。

  ひと昔前、第一次湾岸戦争の時、ジョージ・H.W.ブッシュ(「ポピー」という渾名がある)大統領には、ジョン・スヌヌ(John H. Sununu)という元ニュー・ハンプシャー州知事のホワイト・ハウス首席補佐官がいた。パレスチナ出身の家系でハバナ生まれのスヌヌは、大統領と執務室で湾岸戦争の議論中に「バグダッドて、どこだ?」と真顔で質問したという。元ザパタ・オイルのビジネスマンだったブッシュはさぞかし驚いただろう。イラクのバグダッドをどこか知らない補佐官なんて。アメリカ人は一般的に地理が苦手で、知っている外国はカナダとメキシコである。日本は南半球か支那大陸のどこかだと思っているくらいだ。普通のアメリカ人にとって、初めてのの外国旅行が、所属部隊での派遣先、中東紛争地帯という、笑えぬ話があるくらいだ。

  知識人はあまり言いたがらないが、アメリカではイスラエルの政治力が絶大でてあることは、隠しようもない事実である。米国の政治・経済・文化・芸術・学問はもちろん、テレビ・メディアや映画産業もユダヤ人に支配されている。まるで合衆国がイスラエルの衛星国になったみたいだ。ここのところが、日本人にはよく理解されていない。外見でユダヤ系アメリカ人と西欧系アメリカ人の区別がつかないからだ。ちょうど、イギリス人やフランス人が日系日本人と在日朝鮮人と帰化支那人の区別がつかないのと似ている。日本人は支那人や朝鮮人と一緒にされると怒るが、西欧人には皆同じに見えるし、日本語を話しているから同類と考えてしまう。

  このユダヤ人が支配するテレビ・映画界は、イスラエルとアメリカ・ユダヤ社会の利益を陰で支援しているのである。普段なにげなく観ているテレビ・ドラマが実は洗脳番組であったりするのだ。日本の大学には「アメリカ政治学原論」ゼミや「アメリカ・メディア」講座があるが、テレビ局の生々しい舞台裏やタブーを解説する授業はいない。筆者は学者が気づかぬ点を述べたい。
つづく。



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