大ヒットの秀作

  AMC局が制作した『Breaking Bad』は久々の大ヒット・ドラマで、紛れもなく人気NO.1の秀作である。なにしろ、ドラマのキャラクターや筋書きが、巧妙にしかも自然と結末に収斂するよう脚本が練りに練られている。たいしたものだ。映画配給会社に雇われた「映画評論家」の提灯レビューなんがじゃない。日本の評論家の「この映画はこの夏、絶対おすすめ」とか「感動で涙が止まらない」など歯が浮くような批評を聞いた一般観客が映画を見終わった後、金返せと腹を立てることがよくある。筆者はお杉とピーコのようなホモ野郎とは違う。このブログは正直に批評する。
  ドラマのプロットを簡単に述べる。

  主人公のウォルター・ホワイトは元は優秀な化学者であったが、昔の共同研究者と別れて今は高校の理科教師。安月給教師なので洗車のアルバイトをしなくてはならない。

  ウォルターの妻スカイラーは家計のため元の会計事務所に勤めることになるが、夫の秘密主義(裏家業は内緒にされていた)に不満で上司と姦通してしまう。娘を産んだばかり。

  息子のウォルター・ジュニアは脳性麻痺のせいで言語障害があり、歩くことに不自由があるため松葉杖が離せない。父親を尊敬している。

  マリーはスカイラーの妹で万引き癖が止まらない役柄。彼女は地元警官のハンクと結婚。メタンフェタミンを製造張本人が義理の兄ウォルターであることを知らずに麻薬犯罪捜査に着手する。

  ジェシー・ピンクマンはウォルターの教え子でコカイン中毒の中退者で薬の小売人。ウォルターと一緒にメタンフェタミンを製造販売する。

詳しいストーリーや他のキャラクターは公式サイトで調べて貰いたい。ここではドラマで描かれる米国の内情を紹介解説してみたい。

父親と夫としての威厳

 日本では癌を告知された夫はどうするだろう。普通は今まで仕事が忙しかったせいで、ほったらかしだった家族との時間を大切にする、良き夫かつ優しい父親に変身するのだろう。このドラマはそうした「ほのぼの家族の心温まる日常」などはなっから縁がない。肺ガンを宣告されたウォルターは、何とかして家族が苦労しないように金を稼ぐ方法はないかと考える。ここが日本と違っている。家族思いとは、妻子と一緒に遊園地にいって最後の思い出をつくることではないのだ。まづ金をどうにか確保し、自分が死んだ後、家族が惨めな暮らしをしなくてもいい状況を、生きているうちにつくること。思い出写真のアルバムなど何の役にも立たない。札束の箱が現実的。幸せはお金じゃないのよ、といった甘い感傷物語を日本の脚本家がドラマにして悦に入っている。女子高生のの寝言をいい大人が真面目に演じているのだ。実にくだらない! 倉本聡か山田洋次あたりが書きそうな脚本だ。

  アメリカ社会の冷酷な現実を知っている者なら分かるであろうが、小春日和の温室で暮らす日本人にはピンとこない。アメリカ人は気さくでもその社会は弱肉強食の冷酷な世界。Heaven and Hell、天国と地獄の境で上下しながら暮らしている。有能な者は巨万の富を築き、敗者は貧民窟でシャブ中か食券もらって生活保護の黒人と一緒。健康保険だって掛け金が高くて入れない者が沢山いるし、職場解雇なんて年中行事だ。だから、身体障害者の息子と赤ん坊の娘の面倒をみながら、あくせく働かねばならぬ妻を想像すれば、なんとしても財産を残さねばと思うのが家長である。

  一家の大黒柱、威厳を放つ家長なんてとっくに過去の遺物になっている日本とアメリカは根本的に違う。夫は一国の城主。家臣の家族を養う義務を有するし、それが当然である。銃をもって悪漢から家族を守ることすら含む。日本の父親が銃を発砲して女房子供を守ることなど考えられない。ダメ亭主、いつも元気で留守がいい、なんて川柳を詠んで喜ぶ女房がいる国では理解不可能。一家の統治者であり、女房を腹心として子供の生活を監視指導するのが父親の権利であり、任務でもある。特に息子の人格形成には、父親の威厳や後ろ姿が重要である。ラテン語で Verba docent, acta trahent. という格言がある。翻訳すると「言葉でも教えることはできるが、やる気にさせるには模範を示さねばならぬ」という意味。家父はパンをもたらし、家族に切り分ける主人(Lord)である。資産があるから自由がある。貧乏生活に自由はなく、他人への隷属があるのみ。
 
   優秀な化学者ウォルターは今でこそ「しがない高校教師」であるが、かつては友人エリオット・シュワルツと共同研究をしていたのだ。そのエリオットとあることで訣別し、彼は研究の成果で特許を取り大金を稼ぐようになったのである。起業家になり羽振りのよくなったエリオットがある日、ウォルター夫妻をパーティーに招いた。見違えるような人生の成功者に変貌した旧友と、教職とバイトをしても生活が苦しい自分を比べてたら、ウォルターが落ち込むのも無理はない。そんなウォルターの癌を知ったエリオットは、彼に治療費をだそう提案した。裕福になった嘗ての友人から、恵んで貰うなんて男のプライドが許さない。ウォルターは痩せ我慢をして申し出を断ってしまうのだ。痩せても枯れても有能な研究者だったウォルターは、落ちぶれた現在を認めたくなかったのだ。 低所得の惨めさを噛みしめる一場面である。
  
  病院で治療を続ければ、自分の命が削られてゆくことが嫌でもわかる。ウォルターは自分の才能、すなわち化学知識を活かして大金を稼ぐことが出来る近道は、メタンフェタミンを作って売りさばくこと。犯罪だろうが悖徳の商売だろうがかまわない。まもなく癌で死ぬ者に死刑は怖くない。捕まって困るのは妻子が犯罪者の家族と白眼視されること。道徳など話題にならないところが、このドラマが人気になった理由のひとつ。徹底して現実志向を追求するウォルターを描くことに魅力がある。
 つづく。



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