ドイツはゲルマン人の国だった

tumblr_m2i8k9beautiful kid 3









  現代は言論の自由があるようで無い。我々は「日本は日本人の国」とか「萬世一系の皇室」を公然と口にできる。なんたる幸せ。米国で「アメリカはイギリス人の入植者が建てた共和国」とか、フランスは「ガリア人とゲルマン系フランク族との王国」だった、イングランドは「アングロ・サクソン人の王国」などと公言すれば、レイシストか右翼と規定されてしまう。日本人が「そんなの常識だ」と歌っても、西歐社会では通用しない。どんなに嫌でも異民族・異人種との共存が前提条件となっているのだ。敗戦国ドイツはもちろのこと、勝利者であるはずの米国やブリテン聯邦(イングランド、オーストラリア、カナダなど)でも白色国民が堂々と暮らせなくなってしまった。有色人種が移住してきたり、黒人の公民権運動と国際共産主義が絡まって白人撲滅思想が広まったのである。

  悪いことは更に起きた。白人の人口が減少してきたのである。生活水準が上がったら、出生率が下がってしまった。有色人の移民や難民はどんどん増えて行くのに、主流国民の白人が減っているのだ。ドイツなどかつてはゲルマン人の多い国だったのに、都市部から徐々に有色外人の血が混じり始め、何人種だか解らぬ住民が誕生してしまった。危機感を抱いたドイツ人がゲルマン国家の再生を掲げれば、すぐにレイシストだ、ネオ・ナチだという烙印を押されて社会から抹殺されてしまうのだ。特に白人づらしているアシュケナージムのユダヤ人が陰に陽にドイツ・ナショナリストを排除・駆逐しているのである。隣国フランスは既にケルト系ガリア人国家ではない。シャルル・ド・ゴール(Charles A.J.M. de Gaulle)将軍が生きていたら絶句するほど、フランスは有色人混淆国になってしまった。フランスはまるで北アフリカの一部のようである。白人の人口減少を食い止める方策はないのか。無いことはない。少子化対策は何とドイツ第三帝国にあったのだ。

アーリア人増加計画があった

  ドイツ史に詳しい者なら「レーベンスボルン (Lebensborn)」 を知っていよう。それは「生命(Leben)」の「泉 (Born)」を意味する。ワイマール共和国時代にはドイツ人の減少が問題になっていた。第20世紀初頭の出生率が(人口1000にたいして ) 33であった。ところが1920年代には20.3に低下し、1933年には 14.7になってしまったの である。わずか一世代(約30年)で出生率が半分に落ち込んだのである。ナチ党のハインリッヒ・ヒムラー(Heinrich Luitpold Himmler) はドイツ人女性がその義務を放棄したのだと憂慮したのである。子供を産まない国家は墓場への道を歩んでいる、と断言したくらいだ。戦時中、ノルウェーのSS志願者に対して、「男は、息子を持てば安らかに死ねるものだ」と。( キャトリーン・クレイ/マイケル・リープマン 『ナチス・ドイツ支配民族創出計画』 現代書館 1997年 p. 90) 現在の日本人はこうした考えに反発してしまうが、当時は核戦争前の通常兵器による戦争だったから、国家総力戦となれば将兵の死亡率が鰻登りになることは必然であった。だから、男子人口が増えて貰わないと、国家はその軍隊を維持できない。軍隊規模が縮小すれば弱い国家になってしまい、列強が繰り広げる熾烈な生存競争には勝てないのだ。

  ヒトラーが政権を取ったことでパラドックス(逆説)が起きた。ヒトラー総統がドイツ国家を私物化したことは噴飯物だが、自分の持ち物だから素晴らしい人間による偉大な国家にしたかった。今の日本の政治家は、国民や国家はしょせん赤の他人だからどうなってもいい、と考えてしまう。私服を肥やしたらさっさと政界を引退して責任を逃れたい、と思っている。有力な長老議員にとって、20年ないし30年後の日本などどうなろうが知ったこっちゃない。悪魔の化身とされている割には、ヒトラーは妙に保守的道徳家で、卑猥な文化や下品な知識人が嫌いてあった。酒池肉林を好む独裁者かと思えば、健康志向の禁欲家だったことは有名だ。経済学部卒業でもないのに、国家財政を立て直し、国内のインフラ整備に熱心だった。国家社会主義を掲げていたから、労働者の待遇や生活水準向上にも努力したのである。当然のことながら、ドイツ帝国を構成するドイツ国民の質にも注意を払ったのである。美しくて健康で優秀なゲルマン人の維持・育成を推進したのである。

   ユダヤ人によって極悪人にされているヒトラーなのに、不思議と良いことをしていたのである。たとえば、シャハト博士を経済大臣にして、インフレ退治をしてドイツ経済を恢復(かいふく) させたのは、英米の学者でも評価している。日本人なら羨ましく思うのが、「国民/大衆車」という意味のフォルクス・ワーゲンを、ドイツの大衆でも買えるようにしたのである。ドイツ社会の改善を目指したヒトラーは経済面では、有効需要を創出したケンイジアンでもあった。独裁者だったので、決断が早かったし、思い切ったことを断行したので新鮮な政策も多かった。意外にもヒトラーは女性に対して保守的な思想を持っていて、女性は家庭で子育てをすべし、との考えであった。ドイツ国家を支える国民は健康な肉体と健全な精神を持たねばならぬ、との信念を持っていた。悪魔のイメージとかなり違うのである。
 
  ヒトラーは女性に何が何でも家庭に籠もって主婦になれ、と言っていたのではなかった。主としてナチ婦人団(NSF) といった党の組織で活動することは奨励されたのだ。NSFは1938年には団員数130万を誇っていたのである。子沢山は賞賛されたし、子供を多く産んだ母親にはドイツ母親十字勲章が授与されていた。ヒトラー・ユーゲントのメンバーはこの勲章を授与された母親に対して公衆の面前で敬礼しなければならなかった。子供を産んだ母親が尊敬される社会なんて、何となくいいことに思えてくる。10人くらい産めとは言わないが、多く産んでもらった方が良かったのは確かだ。10歳以下の子供を3人以上もつ母親は、「名誉母親証」を与えられ、商店の順番待ちの列で優先的に扱われた。また、地方行政当局は、こうした母親たちに家賃と公共料金の割引を行ったのである。人種的にふさわしいことが証明された若い夫婦には、独身者からの特別税を財源とした融資が行われた。子供が一人生まれるごとに融資額の4分の1が免除され、4人目の子供が生まれれば、返済は終わるのだ。高等教育には規制が導入されたのである。女子学生は全体の10パーセントだけになり、裁縫が必修科目となった。戦争が近づき、男が工場で不足して女性が必要になると多くの規制は、無くなっていったのである。

  レーベンスボルン計画の根本にあるのは、ドイツ帝国にふさわしいアーリア人種のドイツ人を増やすことである。過去には優生学への意識がなかったので、ゲルマン人が黒髪の毛深いムーア人や不快な顔つきのユダヤ人と結婚してしまうことがあった。特にユダヤ人はアラブ人のような中東アジア系、あるいはトルコ人みたいなハザール系が一般的であった。血統を誇った貴族でも財産目当てでユダヤ人と結婚したりするので、ヨーロッパ人らしからぬ容姿になってしまったのだ。ヨーロッパ人は第19世紀末になって、ようやくこうした異人種混淆に気がつき、人種保存の必要性を理解したのである。当時のアメリカでは、黒人と白人の異人種間結婚(miscegenation) は法律で禁止されていたし、白人の親が許さなかった。優生学は英米仏蘭でも盛んで、上流階級の支持者も多かった。ドイツ人だけが異常な人種差別主義者ではなかったのである。

  意外なことにヒムラーは医学的に不可避であるという理由以外で、アーリア人女性が中絶を行うことに反対し、中絶した者は禁固二年の刑に処せられた。第二次大戦が始まると、禁固刑が死刑になったのである。避妊具の供給は厳しく制限され、産児制限を主張する者は弾圧されたのである。だが、非アーリア人の妊娠中絶や望まない外人の子を身ごもったドイツ人女性の中絶は奨励された。離婚法も緩くなって、以前は姦通が唯一の離婚理由だったのに、配偶者が妊娠拒否や妊娠中絶、三年の別居などすれば離婚できるようになった。そして、未婚女性が身籠もっても、アーリア人のふさわしい血統であれば大切にされたのである。父親がいない婚外子でも国家が面倒を見てくれたのである。母親が結婚・未婚でも美しく可愛らしい赤ん坊ならかまわないという理由があった。結構いい面もあったのだ。

  現在の欧米では、妊娠中絶が珍しくなく、たんなる金銭的理由や恥かき妊娠による中絶も行われてきた。胎児は人間ではなく、モノ扱いだから、殺したって罪にならない。だいたい、妊娠中絶を「プロ・チョイス(pro choice)」と呼んで正当化しているのだから、ナチスの蛮行を非難できまい。米国の医師には、堕胎した胎児の首をひねって殺し、便器に捨てる奴までいたのだ。実の母親に殺された胎児は天国に召されるのか分からない。ただ、国家ではなく、個人が殺すだけなので殺人罪にはならないだけだ。

 レーベンスボルン協会を生み出したヒムラーは、子供のいない結婚は情事に過ぎないと公言していた。SS隊員には良き見本を示すよう要請し、子供は最低4人持ってくれ、と諭していた。そこでヒムラーはレーベンスボルン計画を説明した。

 1. 人種的、遺伝的に価値のある大家族を支援すること。
 2. 人種的、遺伝的に価値のある妊婦、また、母親本人と子供の父親の家系について人種・殖民本部(RuSHA) が綿密な調査を行った後、等しく価値のある子供を産むであろうと期待された妊婦たちの世話をすること。
 3. こうして生まれた子供たちの保護。
 4. 出産後の母親の保護。  ( 『ナチスドイツ支配民族創出計画』pp.98-99)

  アーリア人カップルの結婚・出産を奨励するのと共に、未婚女性が抱える非嫡出子を保護したのである。この未婚女性たちにとって、レーベンスボルンが魅力的だったのは、子育ての責任を出産後すぐにでも放棄できることであった。もちろん、母親が自分の子供と一緒に施設を出て、自分の手で育てることもできた。結局のところ、ちゃんとしたアーリア人の子供であれば、SSおよび国家が責任をもって育てるという事であった。一見するとレーベンスボルンは、人種主義に凝り固まった恐ろしい計画と施設に思えるが、社会福祉政策とと国家強靱化計画の混合体であった。

アーリア人礼賛は手前味噌

  このレーベンスボルンがなぜ非難されたかというと、非アーリア人であるユダヤ人が醜い容姿をもつので、ドイツ帝国から追放され迫害されたことに起因する。ユダヤ人の遺伝子はドイツ民族の遺伝子を穢(けが)し、ドイツ人の肉体を退化させるし、醜くするものと判断されたからである。不細工なユダヤ人はドイツ人とセックスするな、と厳命されたことがユダヤ人にとって屈辱なのだ。よくナチスの人種理論を非科学的と、ユダヤ人は嘲嗤(ちょうし)するが、それは最初から科学的研究の成果ではなく、嫌悪感情を格好良く飾るために、科学の看板を取り付けたに過ぎない。だから、戦後になっても、各国でアーリア人礼賛が存続するのは、ナチの美的感覚が良かったからである。

  しかも、ユダヤ人には都合の悪いことがある。ナチス政権誕生以前から、自己嫌悪に陥っていたユダヤ人は結構いたのだ。高名なユダヤ詩人ハインリッヒ・ハイネや、アメリカの有名なジャーナリストのウォルター・リップマンがよく知られた自己嫌悪のユダヤ人であった。ユダヤ知識人が執拗にナチの人種理論家を叩いたが、それはドイツ人がユダヤ人の急所をうまく突いたからである。我々はいつもユダヤ人の批判を耳にするが、ではアーリア人だらけになったドイツに住むゲルマン系ドイツ人にとって、どんな不都合なことが生じたのか? 金髪碧眼の北方種族だけの学校や職場になったら、何人のドイツ国民が困ったのか。鷲鼻で険悪な人相のユダヤ人がいなくて寂しい、と訴えたドイツ人は何万人いたのか。1000名か? まさか、10人以下だったのか。我々はドイツ人側の正直な意見を聞くことができない。我々のドイツ史観はユダヤ製なのである。現在のアメリカ白人やイギリス人なら、ゲルマン人だけの村や職場が羨ましくってしょうがない。心の底でユダヤ贔屓のチャーチルなんかくたばれ、「ヒトラー総統万歳」と叫びたくなるだろう。

  人々はなかなか口には出さないが、千年以上もユダヤ人はヨーロッパに住み続け、嫌われながらも必死で西洋人にしがみついていた。ヨーロッパがパレスチナより格段に素晴らしく、白人の西洋人が美しくて忘れられないのだ。何度虐殺されてもヨーロッパから出て行きたくない、大金を払っても居坐りたいのが醜いユダヤ人の願望であった。そんな寄生虫みたいな民族をヨーロッパの愛国者は嫌ったのである。そのうえ、社会主義者や共産主義者にはユダヤ人の比率が異様に高い。ローザ・ルクセンブルクやエマ・ゴールドマンといった過激派が有名であった。ロシアで虐殺の限りを尽くしたボルシェビキ革命家にもユダヤ人が多かった。NKVD指揮官のゲンリク・ヤゴーダ(Genrikh Yagoda) を、なぜか日本人は知らない。このユダヤ人が1000万人近くの虐殺を犯したことは一般に知られていない。また、ユダヤ人の英雄イリヤ・エレンブルク(Ilya Ehrenburg) が、ソ連兵にドイツ人女性を強姦して殺せ、と扇動する文章を書いたことも知られていない。イスラエルはドイツ人や東欧の女性を輪姦するよう薦めたユダヤ人作家を褒め称えている。こんな民族性のユダヤ人を、ドイツ人が疫病神とみなしたのもうなづける。

  日本には「手前味噌」という言葉がある。そこで考えてみれば、ドイツ人が自分の民族を賞賛して何か悪いのか? 北方人種(Nordic Race) のゲルマン人が自らの肉体的特徴を自慢したり、保存しようと努力することがなぜ道徳的に悪いのか、あまり説明されないのだ。日本ではアラビアの純血種(サラブレッド) が高値を付けて売買されるし、ペツトの犬や猫は血統書付きの高級種が人気である。黒髪の日本人が毛を金色に染めたり、青い瞳になるようなコンタクト・レンズも販売されている。南米では高級化粧品やドレスの広告には、北欧美女が起用され、高額のギャラが支払われる。美人コンテストでは圧倒的にゲルマン美女が有利である。インド人は西欧人のように肌をクリームで白くすることに熱心だ。アフリカ黒人は白人の美にどうしても憧れてしまい、美形黒人とは白色美女に近い容姿をもつ者とされるのだ。結局、多くの民族がナチ党員と同類なのである。

  黒鬚をはやして鷲鼻のユダヤ人は、金髪碧眼の北欧種族を非難するが、自分が異質なセム族の容姿をもつからドイツ人が羨ましいのだろう。事実、イスラエルでは西歐白人の売春婦が大人気で、貧乏国の東欧白人娘が高値で輸入されている。経済的に脆弱なロシアやウクライナが狙われ、透き通る白い肌の娘が密輸されているのだ。いわゆる「ナターシャ」売春である。ナチ・ドイツの人種政策をやかましく批判するのに、売春宿に入ったら急にヒトラー支持者になるユダヤ人は異常である。頭でナチどもを叱っても、ゲルマン人女を想像すると股間が膨れてしまうのだ。しかも、ユダヤ人は大の黒人嫌い。アフリカ人など獣扱いが普通である。パレスチナのアラブ人を平気で大量虐殺できるユダヤ人は、欧米に住むと平和の天使に変身するのである。知らぬは日本人ばかりなり、だ。

  もとから怨み深い民族性のユダヤ人が、ドイツばかり集中的に非難するのは何故か。ドイツ人と勝手に思い込んでいたユダヤ人が、ヒトラーの登場で外来種族と再認識されてしまい、悔しい思いをしたから恨み骨髄なのだろう。ドイツ人が強靱な肉体と美しい容姿を自慢したって、「手前味噌」といってやればいいだけの話だろう。ヨーロッパ域内でアーリア人礼賛をしたっていいじゃないか。ユダヤ人同士で互いに褒めあえばいいだろう。ユダヤ人はイェルサレムに帰ってアラブ人やシリア人、レバノン人と一緒に暮らせば良かったのだ。似たような顔つきの中東アジア人同士なら人種差別が少ないはずだ。しかし、ユダヤ人は元々他民族蔑視の思考が強いので、中東アジアでは人種差別主義者になってしまう。ヨーロッパ人に対しては人種平等思想を説教するくせに、アラブ人に対しては容赦ない異教徒弾圧者に変貌するのである。まあなんとも身勝手な話である。

  日本ではナチ・ドイツの人種政策やユダヤ人迫害を批判した書籍ばかりが書店に並んでいる。これらのほとんどが、ユダヤ人によるものか、彼らの影響を受けた知識人、あるいはたんなる左翼のいずれかである。冷静に考えた歴史家の本があまりにも少ないのだ。ユダヤ人が中世ヨーロッパからパレスチナへ戻っていれば、歐洲での虐殺は無かったであろう。また、ヨーロッパの君主や貴族がもっと早くユダヤ人を駆逐して、イェルサレムに追放していれば、ヒトラーが殺したくてもユダヤ人が見つからず困ったであろう。我が国を考えてみよ。江戸時代の日本で、徳川幕府がユダヤ人を600万人殺そうとしてもできなかった。なぜならユダヤ人がいなかったからである。ヨーロッパでも、フランス革命以降に、ゲットーからユダヤ人を解放するなら、全員パレスチナに送ってしまえば良かったのだ。嫌われ者のユダヤ人をヨーロッパ社会に野放しにしたことの方が罪深い。ゲルマン人がゲルマン人だけで暮らしたいと思うのは自然なことであろう。たかり民族のユダヤ人が、迫害されたことを宣伝して唯一の被害者面しているのは腹立たしい。日本人はユダヤ人の史観ではなく、独自の歴史観でヨーロッパ史を学ぶべきである。 
 


人気ブログランキングへ