独立運動の発端

  出来もしないことを出来る、と言い放つ朝鮮人には附ける薬がない。儒教文化という肥だめに長いこと浸かっていた劣等民族には、具体的行動を伴って政治を行う能力が無い。いつも掛け声で終わってしまう。無残な結果になれば、「アイゴー(哀号) !!、アイごぉ~う 」と泣けばすむ。馬鹿らしいが、これが毎度のことなのだ。情けないけど、“This is Korea”って言うしかない。肛門と口らニンニク臭い屁が出る朝鮮人が、我々の隣に坐れば立ち去ることはできよう。しかし、地理的現実は変えられない。我々は日本列島をみんなで押して、ハワイ方面に動かしたくなる。朝鮮人は日本人が嫌いでも金に困れば、いつでも日本人にたかってくるのだ。愚痴をこぼしても今更しょうが無いけど、朝鮮人の過去を知らないと、いつまでも因縁つけられるから、ちょっとは朝鮮統治を勉強したほうがいい。そこで今回は、頭のおかしい朝鮮人がよく引き合いに出す、「3・1独立運動」について、ちょっとした経緯の説明と巷に流れる俗説を述べてみたい。(以下は朝鮮憲兵隊司令部編 『朝鮮三・一独立騒擾事件』 巌南堂書店 昭和44年を参考にしている。)

  朝鮮人がよく引き合いに出す「3・1独立騒擾(そうじょう)」は、大正8年(1919年)3月1日に決行された。これは大韓帝国皇帝高宗の葬儀に合わせて計画された騒動である。説明するのも馬鹿らしく嫌なのだが、朝鮮人はこの「連続暴動」を独立運動と呼んでいるのだ。さも立派な人物が高邁な理想を掲げ、義憤に駆られた民衆が呼応し、極悪な日本の官憲に立ち向かった英雄譚にしている。だが、これは合衆国大統領ウッドロー・ウィルソンが、例の「14箇条の平和原則」を発表したのを受けて、朝鮮の知識人が薔薇色の独立を夢見ただけ。「偉大なるアメリカの大統領が、民族自決の演説を行ったぞ ! そうだ、そうだ、ウリ(我)も独立しよう」と朝鮮人のキリスト教徒らが舞い上がってしまった。皆様ご存じ朝鮮人の「ウリ・ウリ思考」である。そこで、東京にいた鮮人留学生が神田のYMCA会館に集結し、「「独立宣言書」を採択したのである。実学はからっきしダメな朝鮮人でも、こうした空理空論の文章を書かせると上手い。儒教の弊害がよく分かる。

  ところで、ウィルソン大統領が意味していた民族自決とは、敵対国のドイツ帝国、オーストリア・ハンガリー帝国、オスマン帝国を解体するための口実で、英仏の植民地に適応する原則ではなかった。もちろん、日本に朝鮮を手放せ、と命令するわけがない。日本が嫌だといったら、合衆国海軍を派遣するのか? アメリカ兵が朝鮮人のために戦うわけなかろう。しかし、米国に留学していた朝鮮人らは、もしかしたら祖国朝鮮人が日本から独立できるかも、と妄想してしまったのだ。東京の朝鮮人留学生らは2月8日に「朝鮮青年独立団」の名で、「独立宣言」の印刷物を各大臣や貴族・衆議院、各国大使館、朝鮮総督府、各新聞・雑誌社などに郵送したのである。笑ったら悪いが、朝鮮総督府の長谷川好道・総督に宛てた印刷物には、朝鮮建国4250年3月3日との日附が記されていた。朝鮮人は宣言文の中で、「五千年の歴史を有する二千万の民衆とを有する我朝鮮」と述べている。(p.31) 朝鮮人は昔から、誇大妄想病を発症していたのだ。朝鮮人にとったら、恐竜までもが祖先なんじゃないか? 五千年の歴史を有する朝鮮人は、ピラミッドの原型を建設していたとか、伝説のアトランティス大陸は朝鮮だった、とか言い出しかねない。捏造が趣味の朝鮮人学者なら、天空の城ラピュタもあったと言うかもしれないぞ。(馬鹿にされる学説に事欠かない民族である。)

  熱しやすくて冷めやすいのが朝鮮人の特徴である。この独立要求はさっそく朝鮮半島に伝搬し、運悪くそこへ李太王(高宗)の薨去(こうきょ)が重なってしまった。大衆を動員しようと考えていた朝鮮人首謀者らは、3月3日に予定された葬儀に連動させようと画策したわけである。朝鮮人の民度は恐ろしく低いから、正確な情報より荒唐無稽でも噂の方が大いに拡散する。野次馬根性の強い朝鮮人は、李太王の葬儀を拝観しようと田舎から多くの者が京城に集まってきた。一方、京城や平壌の鮮人学生は帰郷して、独立運動の件を地元に吹聴していたという。誰かが犬のクソでもスパイスだと言えば、キムチ作りの甕(かめ)に入れてしまう朝鮮人だ。事実と虚偽の区別がつかない。朝鮮人のある者は、日本の官憲が李太王を売国奴として毒殺した、とのデマを流して民心の激昂を計ったらしい。(p.55) 各地から集まっていた群衆はこれを盲信し、火に油を注ぐ結果となってしまった。発狂癖のある朝鮮人だから仕方ないか。愚民を知りたければ、朝鮮人を見てみることだ。

  悪質なのはこれだけではない。朝鮮人の巡査補や補助員を誘惑・煽動する手段として脅迫が用いられたのである。もし、補助員が騒擾の際、民衆を銃殺したら、独立の暁にこれを調べ上げ、補助員は全員殺す旨を伝えたという。また、彼らが辞職せぬ場合は、その一家はもちろんのこと親族を皆殺しにするとの文書をまき散らしたらしたのだ。「罪九族に及ぶ」という大量処罰が横行していた支那文化圏らしい。この脅しが功を奏したのか、ある都市では巡査補全員が職務を放棄して、独立運動に加盟したという。鉄道職員にも脅しをかけ、「倭奴(日本人)に仕えて独立運動に加わらぬ者は、速やかに自殺せよ」とまで迫った。根拠も無しに早合点する朝鮮人だから、もう朝鮮は独立したというから、日本人はいつ内地(日本)に帰るのか、と訪ねる者がいたらしい。中には官庁の名を騙(かた)って、「朝鮮は既に独立せり」という文章を配布した者までいたのだ。これを信じてしまった暴民は、兇器を携えて憲兵隊庁舎に来襲し、建物の引き渡しを要求したという。(p.56) 日本の官憲は脅迫や煽動を行った者の検挙に努めたという。本当にご苦労様。でも、これにて一件落着とは行かなかった。こんなものじゃ収まらなかった。暴動の嵐はこれから始まるのだ。

朝鮮人暴徒を支援するアメリカ人宣教師

  朝鮮人の狂暴な騒動を述べる前に、独立運動の起源と経緯に少し触れてみたい。独立騒ぎの発端は、ウィルソンの十四箇条演説だけではなかった。実は、前々か不逞鮮人が祖国復興を叫び、不穏な風潮を膨らましていたのである。大正6年8月にスウェーデンのストックホルムにおいて、英国社会党の大会が開催されており、上海居住の不逞鮮人、申圭植らが朝鮮社会党の名で参加していた。その大会で朝鮮独立をほざいていたのだ。また、ハワイに蝟集(いしゅう)していた朝鮮人は、ニューヨークで弱小国会議が開かれるや、そこに朴容萬を派遣したという。不逞鮮人らはロシアの過激派とも接触していたらしい。こうした素地があったからこそ、ウィルソンの宣言を利用する煽動計画が実行されたのである。朝鮮人に教育を授けたら、共産主義者が大量発生する結果になってしまった。征服地で原住民を無知無学のままに留めていたヨーロッパ人は賢かったと言えよう。妄想を科学と称する共産主義は、空理空論が得意な朝鮮人の性格に適していたのだ。

  独立運動は朝鮮人社会主義者だけが煽ったのではない。朝鮮人には有力な米国のキリスト教徒や宣教師が協力者となっていたのである。彼らが直接デモや暴動を指導したわけではないが、独立騒擾を起こす朝鮮人を陰ながら支援していたのだ。当時、朝鮮には外国人宣教師が数多く住んでおり、ミッションスクールで布教と教育に従事していた。彼らの教え子には当然キリスト教徒の朝鮮人がいたので、異教徒でキリスト教に関心がない日本人は、彼らにとりまるで共通の敵みたいになっていた。総督府の報告でもキリスト教系学校生に、暴動参加者の比率が高かったという。たとえば、東京女子学院生徒の金瑪利亞(きん・まりあ)は、東京における鮮人留学生を煽動した女子親睦会の代表であった。しかも、朝鮮独立団の代表に金品を渡していたのである。また、東京女医学校生徒の黄愛施徳(こう・えすと)は、キリスト教徒経営の梨花学堂に赴き、教師の朴仁徳や申俊勵、金ハルニンら7名と会合した。彼らは協議した末、独立運動の団体を結成することや各学校の生徒は全部休校すべしとの決定を行った。(pp.24-25) その他にも、東京留学鮮人の女学生たちは、京城府内の各女子校生徒を煽動したのである。

  独立騒擾はこうした不逞キリスト教徒と在外排日鮮人が連携して煽っていたのである。キリスト教徒側の有力者たる李昇薫や梁甸伯、吉善宇などが協力していたし、上海居住の鮮于爀が煽動を計画していた。上海から密かに京城に潜入した張徳秀は官憲に逮捕され、東京に於ける鮮人留学生の騒擾が上海居住の排日鮮人らによる仕業であることを白状した。(p.47) この鮮于爀という不逞鮮人は、上海の朝鮮人が経営する海松洋行に居住していて、明治43年の総督暗殺では陰謀に荷担した札付きのワル。彼は平安北道の牧師たる梁甸伯を訪ね、ウィルソンの民族自決提案は世界の潮流だから、それを利用しようと相談を持ちかけたらしい。そして、独立運動の企画を達成するために、米国在住の李承晩と渡りをつけようとしたのである。アホらしいが、パリ講和会議に朝鮮代表を派遣しようとした。そんなこと非現実的で無理なのに、朝鮮人は勝手に明るい未来を創造してしまうのだ。朝鮮人のキリスト教徒は、世俗の利益を求めて改宗したカルト信徒がほとんど。牧師の梁甸伯は総督暗殺事件首謀者の一人であったし、李昇薫も事件に関与していたのだ。朝鮮人の牧師には今でも変態や痴漢がいるように、欧米の一般キリスト教徒と一緒にしてはならない。それに、長崎の日本人信徒を見れば分かるが、真面目な日本人とは性質が違うのだ。

  朝鮮人キリスト教徒が悪党なら、外国人宣教師は彼らの幇助を行った共犯である。宣教師の大部分は朝鮮人に同情を寄せる一方で、日本の官憲に対して反感を抱き、日本人の暴動鎮圧を悪意を以て解釈していた。それを子細に調べて、ちょっとでも欠点があれば、それを誇張して吹聴したという。宣教師にとり布教対象の朝鮮人は仲間であり、朝鮮人と反目する日本人は共通の敵であった。このような西欧人の態度は、朝鮮人の依頼心を惹起し、反日行動や抗議デモを起こしても支援してくれるのではないか、といった期待を助長したのである。実際、宣教師らが騒擾行為に援助を与えたり、教唆をした者までいたらしい。騒ぎを犯した朝鮮人を匿ったり、便宜を図った外人までいたのである。(p.70) 宣教師は三十年来築いてきた苦労を水の泡にしたくなかったので、悪徳鮮人をもこっそりと支援したのである。

  アメリカ人は外国人に理想を教えるが、いざ実行となり困難にぶつかると、さっさっと逃げてしまう。今でもそうだ。中東アジアで、デモクラシーは素晴らしいと唱えて選挙を実施するまでは良かったが、その後の自治には責任を持たない。混乱の民衆政治を野放しにして、自分たちはトットと帰郷してしまうのだ。朝鮮でも同じである。京城在住米国総領事ベルクホルツは、民族自決は人類の特権にして、朝鮮人の主張に耳を貸さず、高圧的手段を執ることは適切ではない、との意見を表明した。京城のセブランス病院のスコフィールド医師は、朝鮮人に同情し、朝鮮人に会うたびに賛辞を述べていたという。このしょうもない男は、南大門で朝鮮人四、五千人が騒動を起こした際、怪我をする鮮人を心配して、包帯を持った看護婦11名を派遣したのだ。

  朝鮮人を支援したアメリカ人は、もちろんけしからんが、それよりひどい奴がいた。事実無根の「捏造」までした悪質なアメリカ人がいたのだ。京城在住の宣教師ビリングスは、騒擾事件で起きた出来事を大きく歪めて伝えたのである。日本の官憲はキリスト教徒を首謀者とし、平壌においては五、六人を十字架に縛りつけ「十字架の味は如何」と聞いて陵辱した。また、13、4歳の女の子に罰金を科したとの話を作ったという。こうした捏造を基にして、他の鮮人贔屓外人と共に「キリスト教徒圧迫論」なる本を編集しようとしたのだ。(p.75-76) 日本人を嫌っていたアメリカ人は偽造までして、朝鮮人の御機嫌を取りたいという卑しい根性を持っていたのである。朝鮮に派遣されるアメリカ人には、品性が劣り教養が低い人物が大勢いたから、政治に於ける善悪の区別がつかない。

レーニンにも頼んだ朝鮮人

   事大主義は朝鮮人の宿痾(しゅくあ)である。歴史上いつも支那に隷属していたから、強国に媚び従うことが常識になっていた。米国は日本より強い。国土も日本の数十倍もある。物質的にも豊かだし、偉そうな態度の日本人でさえ、アメリカ人の前では謙虚になる。これなら朝鮮人に崇米思想が芽生える。有力者を庇護者(パトロン)にもって、気分は一等国民。朝鮮人だけでは出来ない犯罪でも、アメリカ人が背後に控えていると大胆な行動をとることが出来る。朝鮮に渡ってきた宣教師などは、何の取り柄もない連中で、行政能力や経験はゼロ。資金だって本国からの送金が頼りだし、不便で不潔な田舎暮らしが嫌い。本音では京城から離れて暮らしたくないけど、神様に仕える身だから我慢。日本人が整備したインフラを当然のように使っているくせに、ちょっとでも日本人の行為が気に喰わぬと、アメリカ国籍をちらつかせて横柄に振る舞う。実に有害下劣な部外者である。「独立」という言葉は、彼らにとって甘い響きがあり、不甲斐ない朝鮮にもつい勧めてしまう。

  朝鮮人が工業製品を作れたり、電気水道のある生活を享受できたのも、全部日本人のお陰である。日本人に支配されなければ、イモ虫より惨めな一生しか送れない。イモ虫はいずれ蝶になれるが、朝鮮人はずっと糞尿の中に埋もれて、気がついたら死んでいた、という人生だ。川島清治郎は独立論を唱えている朝鮮人に対し、それ虚妄の論議と見なしている。川島氏は日本の朝鮮独立支持者を窘(たしな)める一方、在鮮の米国宣教師による教唆煽動にも苦言を呈している。

  「米国のの宣教師など敢えて博愛慈善の仮面を被りつつ、数十年来未だ曾て朝鮮民族の生活状態に就いて思いを致さず、徒に彼の簇々たる民屋の間にありて赤煉瓦の教会堂を建て陰険なる口調を以て無心の人民を蠢惑し日本の善政を呪詛し朝鮮の不安を醸さんとするのは何の心である乎」(『朝鮮論』 大日本社 大正13年 p.21)

川島氏は、日本の殖産産業や教育、医療、インフラ整備といった事業に言及し、日本の資本投資があったから朝鮮の産業が発展し、豊かさがもたらされたと力説する。日本だからそこまで資本を投入したのであって、外国ならお金をつぎ込むことはなかったであろうと断言する。ひとり日本人のみが無限の費用を支払ったのだと誇っていた。彼は「日本は朝鮮の無限の恩人である」と喝破している。(p.24)

  朝鮮人の依頼心が強いことはよく指摘される。誰かに依頼して事を利己的に解決しようとする。これが悪用されると賄賂となり、贈賄に伴う詐欺行為へ発展することもある。たとえば、裁判において判事とか検事に直接金品を渡せない場合、彼らの知り合いである第三者に頼んで、買収行為を行う。これを示す間抜けな話がある。ある朝鮮人が裁判所の退庁時間を見計らって、門に近づいてきた裁判官に走り寄り、日常の挨拶をしたという。依頼人の出資者は、この光景を遠くから眺めており、自分の事件について便宜を図ってもらえると勘違いする。ところが、挨拶をした者は依頼人を騙し、渡されたお金をそのまま懐に入れて着服してしまったという。(『朝鮮人の思想と性格』 朝鮮総督府 昭和2年 P.50) 小狡い朝鮮人は、ちょっとした詐欺が得意だ。でも、日本人の判事を官庁の出入口で買収できる、と考える朝鮮人には呆れてしまう。


  朝鮮人の夢遊病について面白い逸話がある。かつて上海仮政府国務総理の李東輝がクレムリン宮にレーニンを訪ねた。朝鮮赤化に要する資金30万円を請求した際、レーニンは李に向かって、朝鮮における満鉄の経営マイル数(長さ)や敷設予定線はどうなのか、朝鮮人の生産能力は全鮮の何パーセントか、学校教育の普及状態、銀行数、および内鮮経営銀行の公称総資本金額を質問したという。ところが李はこれに一つも答えられなかった。するとレーニンは幾分不機嫌になって、こう述べた。「朝鮮人はどうも口先は達者だが内容がない、やれ朝鮮をどうしなければならないいの、斯うしなければいけないのと雄弁に言うが、科学的に朝鮮を論じる人は未だ嘗て出逢った事はない。朝鮮の内情も知らない者に何の赤化が出来るか。君達の言うことは総て私には藝語としか聞こえない。もっと勉強しなければいけない。」(p.54)

  李の通訳は、三十万円の代わりに大変なお目玉をもらいました、と後に語ったという。レーニン、よくぞ言ってくれた。切れ者のレーニンだから、朝鮮人の妄想を一刀両断。もう、レーニンに拍手。筆者はレーニンが大嫌いだが、彼の朝鮮人批評には喝采を送りたい。日本人はよーく噛みしめてみるべきだ。朝鮮人が口先だけで独立を叫んだって、その後誰が何をするのだろうか。日本人の技術者や教師、医者、行政官が引き上げ、日本の資金も全部なくなり、貧乏で無能な朝鮮人だけが取り残されるのだ。文字通り、残りカスである。朝鮮人の内輪揉めが目に浮かぶ。国内は混乱が続き民衆は不満を募らせ、泣きべそかいて日本人に戻ってくれと懇願するに違いない。南鮮が米国から独立した後、朴正煕が日本政府に頭を下げてお金を恵んでくれと頼んできた。日韓基本条約で得た巨費を産業発展に使って、ようやく朝鮮の経済を復興できたのだ。困ればいつも日本人がお金を出して助けてくれる、という甘えの構造が出来上がってしまった。その際の切り札が歴史認識だ。

  そもそも、朝鮮など併合したのが失敗であった。失敗と言うより災難の始まり、日本が泥沼に沈むキッカケとなる愚挙であった。朝鮮独立騒擾の暴力行為は次回にのべる。

(後編はこちら)


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