「従軍慰安婦は鮮ピー」

  
戦前には従軍記者や従軍看護婦がいたが「従軍慰安婦」という名称は無かった。内地(日本)や外地(朝鮮)からの売春婦がいて、朝鮮人売春婦は一般の将兵から「鮮ピー」、売春宿は「P屋」と呼ばれていた。朝鮮人のプロスティテュート(prostitute)なので、略して「鮮ピー」という。マスコミは元軍人等に取材すれば分かるのに、絶対に当時の名称を報道しない。つまり、朝鮮人売春婦の実像がバレないように慎重を心がけているわけだ。朝鮮人売春婦については、故中村粲・獨協大学教授発行の『昭和史研究所會報』が詳しく説明していた。この會報は一般人に知られていないが、貴重な証言がたくさん寄せられていて貴重な資料となっている。この中で面白い体験談を披露しよう。

  ある陸軍主計軍曹のS.G氏が支那で慰安所を設置することになった話である。彼の上官である野田(仮名)大隊長がS氏を執務室に呼び、司令部高級副官からの書簡を提示した。書簡は「慰安所を作ったらどうか」との内容で、大隊長は先輩からの提案を無碍に断れず、S氏に頼んだという。そして、彼の元に現れたのは、中支派遣軍御用達・金山洋行の金山文憲という朝鮮人女衒(ぜげん)であった。ちなみに、「女衒」とは、金に困っている家庭に行って、娘を銭で買う売春斡旋仲介業者である。日本人女衒だと朝鮮語を話せなかったから、朝鮮人女を購入する際の交渉は無理。よって、朝鮮人売春宿を経営していたのは、ほとんどが朝鮮人であった。これを南鮮人は認めたくないのだ。
 話を戻す。その鮮人「金山」はS氏に馴れ馴れしくこう言ってきた。

  「はちめまして。私コント(今度)おたくさまのプタイ(部隊)でオセワになる、コーユー者テス。」と名刺を差し出す。その鮮人はもう慰安所設置を決めていた。S氏が「勝手なことぬかすな。馬鹿者め」とたしなめると、金山
は、
  「なにパカナコトあるか。ここのコウキュウフカントノ(高級副官殿)ワタシにユケゆうた」と反論する。すったもんだで、いろいろな話をした後、
  「コマタ(困った)とのコトタナー。トーショゥ、トーシヨゥ。アイゴー、アイゴー」と言い出した。

  結局、S氏は承諾し、金山と慰安所の見学する事になり、漢口駅へと向かったのである。その附近にはP屋が軒を連ねて建っていたが、スラム街の佇まいで、すえた臭いが漂っていた。(「慰安婦問題 証言と手記 第一回 慰安所はこうして出来た」 『會報』 第14号 平成10年6月10日)
(朝鮮には「ぱぴぷ Pa、Pi、Pu」といった破裂音や「だ(da)」とか「ぶ(bu)」などの濁音が発音できなかったので、日本人が聴くと滑稽に思えた。)

  金山は金に汚いとの評判で、彼用意する鮮人娼婦はブスばかりだったらしい。じつは大隊長の勧誘も実その朝鮮人女衒からの要望であった。慰安所は経営者も売春婦も朝鮮人で、S氏の知る限り、日本人が朝鮮人売春婦を使用していた例は無かったという。日本人の官憲が有無を言わさず朝鮮娘を拉致してきたなど捏造である。

  日本人が朝鮮女を性奴隷にしたのもデマであり、虚構である。鮮ピーらが一体いくら金を取っていたのか。S氏がある鮮ピーに手取りはどれくらいか尋ねたことがある。
  
  「そータネ、平均150円から2百2、30円くらいテスネ。」と答えた。チップは別に取っていたとのこと。

  それがいかに高給であったことか。一等兵・二等兵の給料が8円80銭で、上等兵が10円24銭だった。兵站司令部の田中伍長によれば、鮮ピー等は月に二、三度メリケン袋が弾けるほど10円札5円札1円札を詰め込んで漢口の野戦郵便局からそれぞれの実家へ送金していたのである。ちなみに陸軍大佐の俸給が月額310円の時代であった。これだけ高収入があった鮮人娼婦が、性奴隷だなんてアメリカ人には信じられないだろう。日本人の若者だって驚いてしまう。
  手記には、鮮ピー等が商売熱心だったことも記されている。ちょっと卑猥な話になるが、我慢して欲しい。S氏がP屋で耳にした兵と女の会話が生々しい。

  「イラサイ。 ハヤクココ来い。早くツポン脱げハヤク。・・・サア早くコム(サック)チプン(自分)テハメヨ、はめたらサッサと乗って来い。」しばらくして鮮ピーの声がした。

  「イタイ痛い。このヘータイ ワタシそぞ(処女)ダヨー。お前のチンポオおきのたよ(大きくなった) チョットまて。」
    盛んに唾を吐く音がして鮮ピーが声をあげる。

  「サー兵隊、つばつけたから、ユクリ、ユクリおいて」「イタイ、イタイ、わたしのXXX、こむ(ゴム)タナイヨ、お前のチンポ今まで一番大きいよぉ・・・」

  こんな卑猥な会話の中で、鮮ピーは上乗せ料金を客と交渉したりする。兵隊が払う料金は1円50銭で、ピーの取り分は1円、親方には50銭が入る。1日5人の客を取ったら、10円になり、25日間働いて250円儲かる。陸軍中佐の月給くらいだ。昼間から股を開いて、さっさっと兵隊の相手をしてボロ儲け。(『會報』 第15号 平成10年7月10日)

   これでは朝日新聞が捏造記事を書きたくなるのも無理はない。日本にやって来た元鮮ピーの老婆らは、真実が発覚せぬと踏んで言いたい放題の嘘を並べていたのである。慰安婦報道の一番嫌らしく汚い点は、戦争世代が亡くなりかけて証言者が極僅かになってから、始まったことである。なぜ、昭和30年ないし40年代に騒がなかったのか。生き証人が多く存命していると、朝日やNHKは困ってしまう。反論されるのが怖いのだ。だから、朝日新聞だけが事実隠蔽をしていたのではなく、毎日・読売・共同通信らも同罪である。本気で取材すれば、昭和や平成初期の段階で真相が判明したはずである。読者には真実を伝えないように、わざと怠惰な記事を書いていたのである。そんなヨタ記事新聞を購読していた日本人は、インクで汚れただけの紙切れを有り難く拝んでいたことになる。新聞社には賠償責任がないのだろうか。 


人気ブログランキングへ