女をモノ扱いする支那社会

  支那人女が偽装結婚で滞在許可を狙ったり、日本国籍を取得しようと目論むのはよくあることだ。最近も、定住ビザを取得する目的で偽装結婚をしたとして、横浜市に住む支那人・王万金が捕まった。支那籍の王は自称サービス業者の原田博と共犯して、鶴見区役所に嘘の婚姻届を提出したという。王には夫婦としての居住実態が無く、原田と離婚した翌年には、別の支那人男と結婚していたのである。(TBS News, 2014年11月4日) こうして定住ビザを取得した支那人女が、別の支那人男を日本に引き込み、我が国は支那人であふれかえることとなる。こうした偽装結婚の氾濫もさることながら、支那人の結婚観とは何だ? 日本人にとり、結婚とは慶事であり、人生の重大事である。それなのに支那人ときたら、お金かビザのために結婚するのだ。彼らの頭がおかしいのは確かだが、それは陰惨な歴史から由来するのである。(以下の記事は、井出季和太 著 『支那の奇習と異聞』 平野書房 1935年 pp.1-34 を参照)
 
  支那社会では男の子が尊重される。男は家を継ぐことが出来て、家の経済を助けるが、女は費用をかけたって、他家に嫁ぐから金の無駄。もし離婚してくれば家の厄介者となる。ここで、ひとつ支那の奇習をご紹介。

  童養媳(どうようそく)は普通の婚姻による嫁ではなく、正式な結婚の前に夫の家に入る見習い妻のようなものだ。結婚前にやってくる女の子は11歳ないし8、9歳の子供で、16、7歳になれば正式に結婚する。えぇー、小学生じゃないか、と驚くなかれ。昔は初潮を迎えれば、セックスできる女と見なされたのである。可哀想なのは、この童養媳は姑により酷使され、毎日茶を煮たり飯を炊いたり、洗濯をしたり、と一切の家事や雑用を命令されたのである。姑(しゅうとめ)が義理の父母を兼ねているときは、童養媳をいっそう残酷に扱うのである。些細なことでも、もし気にくわないときは罵り、殴打することもあるし、食事を与えないこともある。これがために娘の成長にも影響するし、盗み食いの悪習も身につけてしまうのだ。童養媳がいざ結婚しても良い結果は生まれない。結婚のロマンスなど一切無いから、夫婦間に反目が起これば、同床異夢の生活を送ることになる。冷め切った夫婦は、一年中口をきかぬこともあるだ。

  それでも、支那では妻を娶るのが一般的だが、淫乱で妖艶な風土をもつ広東省では、婿取りの悪習がある。婿殿といっても、日本でよくある家業を存続させるための夫ではなく、礼儀や羞恥心もない豚や犬のような生活をしている男である。当時は後家の婿取りが流行していた。ある婦人が孀(やもめ)になり孤独になると、まづ婿を取りを考える。雇われ婿に条件をつけて、姑や子の養育をさせておきながら、愛人を家に引き入れるのだ。幾人かの夫は平気で同居し、まるで兄弟のように同棲するのだ。実におぞましい。淫乱生活の結果で生まれた子は、誰が父親か分からない。当然だ。しかし、世間はこれを怪しまない。かえってその婦人は能力があると言われるのだ。支那人は脳に精子が詰まっているのだろう。よかった、我々は日本に生まれて。

  1993年に上映された『幸福の条件(Indecent Proposal)』を覚えている方もいるだろう。往年のハンサム男優ロバート・レッドフォーとデミ・ムーアが共演した作品だ。物語はこうだ。デイヴィッドとダイアナ(デミ扮する) が一攫千金をねらってカジノで博打を行うが、所持金をすべて失いスッカラカンになってしまう。そこへ億万長者のジョン(レッドフォード) が現れ、夫のデイヴィッドに夫人を一晩貸してくれたら、100万ドル差し上げよう、と提案する。夫婦は迷いながらも、その不謹慎な申し出(indecent proposal) を承諾してしまう。こんな話は、レッドフォードのような二枚目が、デミ・ムアーのような美女に提案するから、観客も納得するのだ。豚のように太った成金の不細工男が言ったら気持ち悪い。ところが、支那では女房の貸し借りをしていたのである。支那人は女をレンタル便器のように扱っているのだ。自分の女房を他人に貸し出すなんて神経は、善良な日本人には理解できない。

  支那には「典妻(てんさい)」という風習がある。これは女房の質入れである。夫が金銭を得るために一定期間他人に自分の妻を占有しようさせ、期間の満了と共にお金を弁済し、妻を取り戻す契約である。妻を質入れする夫は「質入主」で「出典人(しゅってんにん)」と呼ばれ、妻を受け取った「質受人」は「承典人(しょうてんにん)」と呼ばれた。質入れ期間に生まれた子は質受人に属する。期間中に妻が死んだときは、双方で立ち会って埋葬する。典妻の契約は法律で認められていないから、その期間に生まれた子は庶子である。典妻の動機は、①金銭を得ること、②性欲を満たすこと、③子を得ることである。レンタル妻の期間は普通10年にわたる。5年くらいの場合もあるが、極く稀である。質値段は安く、10年もので僅か30元そこそこで、5年ものならば10元くらいであった。典妻の第一目的は子孫をもつためであるから、質受人は受け取る女の醜美は気にとめないし、けっこう待遇を良くした。だが、ある程度の時が経っても子を産まず、あるいは産んでも障碍児(しょうがいじ)ならば虐待することもあった。たいていは、罵倒したり殴打して残酷な扱いをする。レンタル女の夫がこれを聞きつけても介入する権利は無く、女は黙って堪えるしかない。

  子供を欲しくて妾を囲おうとした男が居ても、本妻の嫉妬を懼れて養子を迎えようとする場合がある。しかし、実の子ではないから家庭内でゴタゴタが起きる。そこで典妻の契約をする。一方、貸し出される女の方は“貧乏の子だくさん”というケースがあり、そのうえ怠け者の亭主を抱えていたりするので、恥を忍んで典妻に応じるのである。典妻を迎える目的は、男の家で子孫を育て祖宗の嗣子(しし) をもつことにある。後継者を他人の子宮で作るのだ。女を迎えるに当たって、彼女の窮状、容姿・年齢・性格などの条件を媒酌人に依頼する。女の方は男の家が金持ちであるかどうか、忠実であるか、男の容姿や体形・年齢などは特に要望しない。条件が合えば日取りを決める。お金目当ての女ということだ。


  典妻と一味違う「租妻(そさい)」があった。これは妻の賃貸借である。典妻と異なるのは、一定の金銭を貰って妻を他人の自由に委ねること。つまり男の性的欲望を満たすことを主目的にする。妻を売春婦にして派遣するという風習である。だから期限も比較的短いものが多く、淫売式精神を加味している。夫が貧しく妻を扶養できぬときは、他人に賃貸するのだ。夫は媒酌人を介して期間と賃料を協議して契約書を作成する。賃貸条件や連れ子の有無、病死したときの責任まで記載する。租妻は妾と違い、権夫(ごんふ)と原夫(げんふ)がある。租妻の産んだ子はどうなるかはあらかじめ契約しておく必要がある。妻を賃貸することで商売の元手を得たり、債務の弁済をしたり、子供の教育もできる。また、異郷の旅行者も人妻を借りることが出来る。家に来た客が期限を決めて人妻を借りてセックスする。その期間は夫が外出して、嫌なシーンを避ける。期限がくれば妻がその客と親しくなっていようとも、客を拒み滞在を許さない。もし客が延長を申し出れば、新たな契約が必要となる。また、浙江省では客人を接待するために妻を無償で一夜の提供をすることがある。

  こうした常軌を逸した慣習が、アジア大陸にはある。支那人や朝鮮人の家に嫁いでしまった日本人女性が体験する、「世にもおぞましい」アジア的結婚生活の根底にある。核家庭に生まれて、箱入り娘として大切に育てられた日本人娘が、支那人や朝鮮人に嫁いだら、下女の扱いを受けるだけでは済まない。無知蒙昧で頑迷なジジイやババア、親類一同が無邪気な日本人妻によってたかって意地悪をするのだ。ドブに堆積したヘドロのような因習に、どっぷり漬かった陰湿な家庭で、彼女らは泣きながら堪えるしかないのである。先祖の供養だとか“儒教的しきたり”とか、訳の解らぬ行事に押しつぶされるのである。後悔しても遅いのだ。

何が何でも男の子を欲しがる支那人

  支那や朝鮮は徹底した男尊女卑社会である。日本の社会は実質的に、女性の楽園であり、カカア天下である。支那・朝鮮では、子供をもつことについても、男の子を後継者と見なすが、女の子は別人扱いとして顧みない。妻が妊娠して女の子が生まれると大変な不幸であるから、分娩前に神様に祈ったり、易者に占って貰ったりする。三人以上女児が生まれたら、母親は三日間慟哭(どうこく)して食事もろくに取らないし、人に顔を見せない。姑も恨んで物を言わず、嘆いてふさぎこむ。支那人や朝鮮人が、如何に精神異常文化を持っているかが解る。

  男の子が生まれて2歳にもならないうちから、父母はその子の妻を見つけ始める。いったん決まった女はたとえ夫となる男が馬鹿・白痴であっても、恐ろしい親の剣幕に従わねばならない。しかも、貧しい家の多くでは、童養媳をはなはだ過酷に使うのである。生き地獄のような生活を送る者もいたのである。「等郎嫂(とうろうそう)」という蛮習がある。ある夫婦がまだ生まれぬ子のために、一人の娘を貰って「小媳婦(しょうそくふ)」とし、未来の子の妻とすべく待っている。夫を待つ女ということ。もし、この女の子が相当な年になっても、夫が生まれぬ場合、この小媳婦を他家へ嫁がせる。この女は処女であっても再婚者とされ、処女よりも身分が下となり、中流家庭の子とは結婚できなくなってしまう。等郎媳は童養媳と同じく、いづれ息子と結婚することになるのだが、年が離れていたり、幼年時代から一緒に居たことで二人とも様々な悪印象が残る。これでは夫婦の感情が悪くなるのも当然だ。しかるに自分の息子を溺愛する親は、その夫婦間が悪いと見れば、別の媳婦(そくふ) を娶ってやるのだ。既に同居している女は、別の新人が来れば退けられ、世捨て人のような生活を送らねばならない。貧乏家庭なら、この女を金に換えて他家へ再婚させるが、裕福な名家だと世間体もあって、売り飛ばすわけにもいかない。したがって中古女房は、陰惨な家庭につながれたまま、寂しい人生となる。

  支那人の結婚観をこうして見てくると、もう我々の結婚観とは異質なものであることが分かるだろう。「二婚親(にこんしん)」も嫌な風習である。これは夫が死んだ者とか、夫婦間の不和で親または夫に売られた者が再婚する者を指す。奇妙なのは二婚親の値段が未婚の処女より高いことである。数回重婚して男の子を持つ場合、「随身賠價(ずいしんばいか)」として娶る者には歓迎される。それは跡継を欲する情が激しいので一挙両得となるからだ。ただし、重婚者は歓迎されるが、一般の価格は低い。二婚親を娶るときは姑が、妻を売却する側の夫と金額交渉し、「出字(売渡証書)」を貰う。まあ、中古品の譲渡証明書である。妻が不貞をはたらけば、よそへ嫁がねば、売却されてしまうのだ。夫に捨てられた婦人を買い取り、二婚親として仲介売買する「贅媽(ぜいま)」というババアもいたのである。女はもう中古自動車みたいだ。

  そして、支那版夫婦スワッピング見たいな風習もあった。甘粛省では男が多く女が少ないので、男女関係が自由であった。兄が死ねば弟がその嫂(あによめ)を妻とし、弟が死ねば兄がその義理の妹を妻とする。兄弟で一人の妻を共有することが珍しくなかった。一人の女を兄弟で輪姦するようなものだ。妻が兄弟それぞれの宿を回って床に就くことがある。子供が生まれれば長子は兄の子とし、次の子は次男の弟に与え、三番目は三男に与える、といったルールであった。

  支那にはインドの悪習と似たものがある。夫を亡くした寡婦が殉死する風習である。寡婦が自殺するとき舅と姑に相談すると、義理の両親はこれを婦徳と賞めて庭に高台を造り、吉日を選んで親族や朋友に手紙を出す。儀式に連なる客は皆清潔な衣冠を着けて席に着く。すると婦人は親戚や舅姑に最後の別れを告げて、台の上に上り、赤い縄を首に巻いて自殺する。客は断末魔の赤縄の動きを眺めても助けようとはせず、かえって両手を胸の前で合わせて主人のために慶賀し、烈婦としてその女を祝福するのだ。主人もまた顔に喜びの表情を浮かべるのだ。もう「ぞっとする」なんて表現では言い表せない。支那人なんてもう、どうなってもいいじゃないか。

   支那人の感覚や性格は、精神異常者(psychopath) か、屍体愛者(necrophilia) のようである。死者のために「冥婚(めいこん)」まである。これは未婚男女の死後結婚である。男女が共に死んだ場合と、男女のいずれかが死んだ場合とがある。男子が先に死んだときには、富貴の家や中産家でも両親は、ほぼ同年齢で同時期に死んだ女の子を物色する。見つけたら媒酌人を介して、その娘の家と相談して死児の婚姻を契約し、その婚姻を取り決める。婚姻の儀式を執行して祖廟に納めるが、女の棺は男の墓に運び右側に埋葬する。その時から死んだ女は男の家の嫁とされ、その名前を家の系図に載せ両家は縁戚となる。

  許嫁(いいなずけ)の男が婚姻前に死んだら、許嫁の女はその男の家に嫁ぎ、男の位牌と結婚を挙げる。その後は夫の喪に服して終生貞節を守り舅姑に奉仕する。これを「守清(しゅせい)」と呼び、これを破り他家へ嫁ぐ女は不逞であり、無礼者として地元の人々から嗤われる。それに両親からも排斥されてしまう。その許嫁の女が守清を欲しないとき、他の女が代理となる。その男の家の財産や地位に目が眩んだ女が転がり込んで、「守清」の生活をする。この風習は年老いた者か、容姿が醜くくて結婚できぬ者がなる。未婚の男が未婚の死んだ女を娶ることもある。これは「娶鬼妻」と名付けられ、多くの女の骸骨を墓から掘り出し、その男に届けるという古来の風習である。

  ああ、もう嫌だ。こんな呪われた支那人のことなかんて知りたくもない。江戸時代の日本人は、実際の支那大陸を知らなかったので、漢籍だけ学んで勝手に支那を理想化していたのである。現実を知らずに、書物の中にいる支那人を尊敬していたのである。いまでも支那人の正体を知らぬ日本人が、支那人と「見合い結婚」という人身売買契約で、支那人妻を迎えている。農村の愚かな中高年男性が、支那人女に引っかかっている惨状が、時々ニュースで流れる。支那人の実態を分かったときは手遅れという場合もある。保険金を掛けられた夫が、自分の両親もろとも殺されて“あの世行き”になることがある。馬鹿者は痛い目に遭わないと分からない、というが、死んだら後悔すら出来ないのだから不憫である。南無阿弥陀仏。アーメン。



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