卑怯な橋下徹の誤魔化し
 
 他人の出生を詮索するのは気が引ける。本人の努力では変えられない先天的属性(attribution)で判断するのは不公平だし、内心忸怩たる思いがある。しかし、世間は合理性や能力制度だけで成り立つものではなく、どうしようもない感情が支配する生命体なのだ。そこに政治家として公権力を握る者には、その経歴と出自・血統を明らかにしてもらいたい。政治家がもつ思想は、その人物の真意や情念に深く関与しているからである。
  橋下市長が、在特会の桜井誠会長との激論で気になる発言があった。

「民族まとめて、国籍まとめて評価したり、ああいう発言は止めろ」 
「韓国人・朝鮮人を一括りにして、ああだこうだ言うな、大阪では」

「大阪ではお前(桜井氏に対し)みたいな差別主義者はいらない」

  一般国民は喧嘩腰の遣り取りばかりに目を向けて、橋下市長の思考形態・政治姿勢に刮目(かつもく)しない。南鮮人・北鮮人を一括りにして考えてはならないのなら、日本国民が一致して政治の方向性や、将来の国運を決めたり出来ないではないか。しかも、テレビでは外国人からの日本人全般についての評判が全国ニュースで流れたり、日本人の国民性についてのバラエティー番組もある。日本人を一括りにして芸人や政治家がテレビ番組で言いたい放題、勝手なことを堂々と述べている。今までほとんど誰も橋下氏のように怒鳴って糾弾してこなかった。『たかじんのそこまで言って委員会』に出演していた頃の橋下氏も自由に暴論を吐いていた。

  なぜ、朝鮮人に対してだけ、その悪行を指摘して暴露することが、朝鮮への民族差別になるのか。昔は在日鮮人が民族主義を掲げて、しばしば抗議活動を行っていた。いかにも日本統治の被害者ヅラして、数々の優遇措置や特別待遇を享受してきたのは見逃していいのか。在日アメリカ人や在日フランス人とは比べてみよ。在日朝鮮人ほど、入国・滞在条件や税制で優遇されていた外人はいない。橋下氏の考えでは、在日特権ではないらしい。たとえば、偽名(通名)でいくつも口座をつくったアメリカ人を、橋下氏は何人挙げることができるのか。国民でもないのに国民保険加入の恩恵に与り、国民年金加入、生活保護まで受けている外国人の在日鮮人は特権民族ではないのだ。日本人は南鮮で同じ待遇を受けることができるなら、橋下氏にぜひ教えて貰いたい。

  朝鮮人に対する日本人の卑屈な態度を叱り、事なかれ主義の役人や政治家の怠慢・悪行を公の場で指摘する桜井氏が、な差別主義者なのか。街中で声を上げると、下品で下劣なのか。なぜ橋下氏は内容を問題にしないのか。日本国にとって有害な政策や法案なのに、国民が観ていない所で隠れて決めてしまう政治家の方がよっぽど悪いだろう。朝鮮人に対しては正論を吐くと差別発言者にされるなら、こちらの方が恐ろしい。橋下氏は桜井氏の質問に「具体的」理由をあげて答えなかった。ただレッテル貼りばかりで、橋下氏が理路整然と反論する事を期待した国民は失望したであろう。もちろん、マスコミは内容より、ゲンカ対決をおもしろおかしく報道しただけでお終い。茶化して真相には触れないのが彼らの習性だ。国民は真実の内容が知りたいのである。これだから我々はマスコミが嫌いなのだ。

恥ずかしい出生から沸き上がる憎悪

  『週刊朝日』の記事で橋下氏の過去が暴露されてしまった。父親が被差別部落出身で、土井組系津田組のヤクザであった事実が、世間に晒されてしのまったのである。自殺した父親の過去を背負って、母子家庭で育ちながらも努力して大学進学を果たした橋下氏を、たんに被差別部落ヤクザの倅と馬鹿にする日本国民は下郎である。弁護士資格を取ってまともに働いたのだから、立派であると評価すべきだ。在日鮮人の中には、ヤクザになる者が異常に多い。暴力団組員にならなかった橋下氏が、民間人の資格でどんな発言をしようが構わない。しかし、政治家としての言行には、我々も注意しなければならない。

  かつて自民党には野中広努という被差別部落出身者の大物議員がいた。共産党が強い京都で、公明党と上手く連携して権力を手に入れ、ついに幹事長や内閣官房長官にまでなってしまった。野中がいかに北朝鮮へ利益供与したかは、ここでは触れない。だが、部落出身者ゆえに日本人に怨みを抱き、朝鮮人に同情して国益を損ねた大罪がある。それなのに、勲一等旭日大受賞を野中にくれてやった日本政府は狂っている、としか言いようがない。卑しいとされる血統からくる日本への怨念が、野中を反日分子にしてしまったのである。

  ここで、少し被差別部落について述べておく。この問題については、高橋貞樹 『特殊部落』 (更正閣 、大正13年)を参照されたい。

  古代日本の社会組織の基調をなすものは、氏族を単位とする族制の社会であった。古代日本の氏族はだいたいが血縁社会で、血族の村々が国体をつくっていたのである。貴族や官職者のもとに、農民がいて、その下に卑賤な階層があったのだ。当時、最も重要な経済活動が農業で、農民が公民(大御宝<おおみたから>)であって、職工や鍛冶屋、土木業者は百姓に入らない「非人」とされた。(『上掲書』 p.57)
 
 工業奴隷たる「雑戸(ざっこ)」が極度に蔑視されたのは、獣を屠殺したり、その皮を剥いで製品を作ったからである。「原日本人は清浄を好み血の穢を忌む」民族であったから、出産での出血や死骸を忌避したがったのである。(p. 71) 皮革業者や食肉業に部落出身者が多いのは古い時代の名残である。朝鮮料理屋は朝鮮人の間で蔑まれており、白丁(ぺくちょん)は卑賤な者とされる。日本人にも分かる朝鮮社会の差別である。古代日本に渡ってきた支那人・朝鮮人が農村に入れず、獣をあつかう穢多になったのも自然であった。犬を天井から吊して殴りつけたり、皮を剥いだりして食肉にする朝鮮人を見れば分かるだろう。日本人の感覚からすれば、屠殺した牛を平然と切り分けて、睾丸や目玉、舌、心臓、腸まで食べる朝鮮人は野蛮に思えた。アジア人は動物の屠殺に馴れていいる民族であった。

巨大な朝鮮人ネットワーク

  芸能界に在日・帰化朝鮮人が多いのも理由がある。農村共同体に属さない「浮浪民」のうち、人の軒先で祝言(ほぎごと)する者が、「ほかひびと」と呼ばれていた。また「乞食」と書いて「ほかひびと」と読むこともあった。それは祝福の言葉を述べて食べ物をせがんだためである。祝いの詞(ことば)だけでなく、自分の労力や技藝をもって食べ物を得た者も乞食であった。節を付けて面白く歌ったり、楽器を用いて踊ったり、人形や猿をまわして観客に披露したり、と様々な工夫をして生活していたのである。こうした中から、歌舞伎役者が誕生してきたのである。かつては俳優を河原者、河原乞食、小屋者と賤しんだのは、元々が浮浪者であったから。やがて河原者から藝人や遊女も出てきた。

  卑賤な民族たる朝鮮人は立派な日本人の仲間に入れなかったから、いかがわしい職業につく者が多かった。パチンコ屋、高利貸し、朝鮮料理屋(いわゆる「焼き肉屋」)、風俗業、水商売など日陰の職業である。そこに、芸能界も含まれる。良家の娘が知らない男の前で裸になり、乳を揉まれてうめき声をあげる事など恥ずかしくて出来ない。それに、堅気の親がヤクザが跋扈する業界に大切な娘をくれてやるなど、とうてい考えられなかった。大物演歌歌手が暴力団との交際を囁かれているのは周知の事実。ヤクザの群れに娘を預ける親など居ないだろう。ヤクザと昵懇の事務所など言語道断。恥ずかしい真似をするよう命令され、世間にみっともない姿を晒したあげく、粗悪品のごとく使い捨てにされる業界だ。

  元々暴民で下層階級の朝鮮人なら、一か八か人生を賭けたって惜しくない。だから朝鮮藝人が多いのである。芸能界では歌手や俳優、漫才師など朝鮮の血筋をもつ者が裏で協力し合って、強靱な朝鮮人脈を築いている。朝鮮系藝人が日本人に対して団結し、相互扶養のネットワークを張り巡らしているのだ。普通の日本人なら目を背けたくなるおぞましい世界である。橋下氏が芸能界で脚光を浴びるようになったのも、その卑賤な家系が有利に働いたのかもしれない。

「日本人は敵だ」という無意識の行動

  橋下氏は自分の出自と照らし合わせて、在日朝鮮人等に同情しているのだ。日本国民の側に立って朝鮮人の不正や特権を糾弾することは嫌なのだ。同和の自分を差別し、馬鹿にしてきた日本人は共通の敵である。不条理な差別と辛い人生を共有しない一般国民のために、マスコミと対立して政治的リスクを背負う事など一切したくないのである。橋下氏が朝鮮人に同情を抱いている理由は、日本国民が両者の敵だからではないか。だから、桜井氏に対し異常なまでに感情的になり、大阪市長らしからぬ態度で接してしまったのであろう。

  桜井氏が抗議活動を起こした動機など、全く興味がないのである。朝鮮人を辛辣に批判する桜井氏の姿が、かつて自分を馬鹿にした日本人にダブって見えるのだろう。弁護士の橋下氏なら、いくらでも抗議してくる人物に対処した経験があるはず。冷静に論破することが出来たであろう。だが、あの日の橋下氏が見せた昂奮の拒絶反応は一体何だ。おそらく、胸の奥に閉まっておいた感情、つまり「部落ヤクザ」の子たる劣等感が蘇り、橋下徹は少年時代に戻ってしまったのだろう。その悲しくも哀れな橋下少年を、我々は映像で観たのである。  


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