老害の評論家が日本人を歪める

  チャンネル桜と雑誌『WiLL』を罵るわけではないが、どうして西尾幹二なんで隠居老人を重宝するのだろう? 専門のニーチェ研究だってイマイチなのに、世界史まで手を伸ばしている。(筆者は昔、西尾氏の『ニーチェ』1・2巻<中央公論社>を読んでいるので、その感想である) GHQ焚書シリーズは酷い内容なのに、アメリカの次はイングランドを批判し始めた。チャンネル桜の新春対談で、水島総社長を相手に新著『地球侵略の主役 イギリス』の宣伝をしていたのである。(西部邁も新春対談に出演していた。筆者は西部氏個人には好意を持つが、彼の論調には異議がある。これも長年西部氏の文章を読んできたから根拠がある。いずれ何かの機会に論じたい。) チャンネル桜の視聴者には、西尾氏の意見にすっかり洗脳されているものが多い。でも、彼らは本当に日本史を勉強したことがあるのか? 日本史を学校で勉強したことがない筆者は、他人のことをつべこべ言えないが、庶民の常識と簡単な通史で議論できる。

  西尾氏を論ずる前に、日本人の分類をしたい。大まかに言って、日本には皇室と公家、武士、農民、職工、商人などの身分があった。鎌倉時代以前は貴族の世で、源氏が幕府を開いてからは武人の世である。その武士の時代も、戦時と平時があって、建武の中興や戦国時代は侍が戦闘集団として活躍し、江戸時代はお侍が役人や文化人として活動した。明治維新で武士階級は無くなったが、元大名家とか士族の家系意識はしばらく残っていたから、戦闘民族の気質を日本人は保っていたのである。維新の元勲が鬼籍に入り出すと、学校秀才の軍人や官僚が天下を取った。こうして考えてみると、日本人の性質が時代によって変化したことが分かる。西尾氏の意見を聞くとき、我々はどんな日本人の立場で反応するのだろうか。戦国武将の観点なのか、それとも天下太平の時代に、のんびり漢籍を読んでいた儒者としてなのか、そこをはっきり考えるべきだ。

  対談番組で西尾氏は、中世ヨーロッパはソ連や支那の如き「巨大な政治体制」だ、と定義する。そんなこといったら、バビロニア、アッシリア、ペルシア、エジプト、カルデアなどの古代帝國だって巨大な政治体制だろう。さらにモンゴル帝國は世界史上初の最大帝國だ。中世ヨーロッパは一応ラテン・キリスト教世界として纏(まと)まっているように見えるが、各地の封建領主がしのぎを削るパワー・ゲームの中にあった。中世の西歐にソ連のような鉄の官僚機構があるわけないだろう。NKVD、GRU、KGBを見て中世ヨーロッパに同様の組織があったと考える西尾氏は、合成麻薬か大麻を吸飲しているのではないか。封建領主が野心家で、他国侵掠を試みたから、倫理的にケシカランと言ってみても無駄。他国に隙あらば征服しようとするのが、戦士集団の棟梁が背負う宿命だ。村役場の出納係なら、平穏な公務員生活を送って、恩給だけが将来の楽しみだ。賃金生活(大学教授)が長かったから、刀をもつ人生が分からないのだろう。

  西尾氏はイングランドの海洋支配を指摘して、イギリス人の征服史を批判する。海上の戦略拠点を押さえて、アジアやアフリカ、アメリカ大陸を支配したことが、西尾氏は気にくわない。西尾氏はイギリス人が各地の港を支配することに成功し、フランスが失敗したことをあげる。フランスは君主政を破壊して、国家の中枢を失い、国内闘争で忙殺されていたから、長期的計画をもって世界支配ができなかったのだ。また、フランス人は試験で選抜された官僚を行政官として崇めたから没落したのである。この点はエドモンド・デュモリン(Edmond Demolins)の『アングロ・サクソン優越論(Anglo Saxon Superiority)』が詳しい。高揚した西尾氏は、イングランドがフランシス・ドレイクなどの海賊を利用して、植民地を拡大していったと語る。こんなの現在で言えば、民間活力の導入だ。アニメ『キャプテン・ハーロック』じゃあるまいし、倫理的海賊なんていたのか? 王室が一から海軍をつくるより、在野の豪族を使った方が安上がりだ。

  第16・17世紀の西歐で海賊が海軍の役割を果たすのは、そんなに非常識ではなかった。当時最強のスペイン無敵艦隊を撃退しようと思ったら、海千山千の海賊の方が実戦馴れしている。元帝国陸軍の兵卒だった老人ならよく分かるだろう。士官学校を優秀な成績でご卒業された少尉殿より、たたき上げの軍曹のほうが遙かに頼りになった。戦国時代の状況を想い出してみよ。村上水軍は瀬戸内海の潮がどう流れるかを熟知していた。官僚でこんな目利きをもつ奴は居ない。九鬼水軍は信長の命で鉄甲船を造ったが、もともと地方の豪族である。陸上でも雑賀衆(さいかしゅう)は、不気味な傭兵集団として名を轟かせていた。数丁の鉄砲を代わる代わる撃ち、高速連射で敵を殲滅する恐ろしい豪族なのは有名。信長は長篠の合戦でこれをパクったんじゃないか。西尾氏は海賊の登庸(とうよう)くらいで、イギリス人が如何に非道だったのかを伝えたいのだろう。この老人は引退後に趣味で歴史を囓(かじ)ったら、大発見をしたと勘違いしているのだ。

戦闘的武士と萎縮した江戸時代

  戦国時代には、才能豊かな軍師が在野にいたし、得体の知れない強者が各地に散逸していた。たとえば、美濃の斉藤道三(どうさん)は下克上の代表格である。主君土岐頼藝(ときよりのり)を追放して美濃を乗っ取ったことくらい子供だって知っている。蝮(マムシ)の道三の隣には、魔王織田信長がいた。煮ても焼いても食えない松永弾正(だんじょう)久秀は三好三人衆(長逸、政康、岩成友通)と共に足利義輝を殺害したのである。松永弾正は茶人としても一級で、高価な茶釜を持っていたくらいだ。弾正と道三と宇喜多直家は身分にとらわれず悪辣なことを実行したから、戦国時代の三梟雄(きょうゆう)と称された。室町幕府の権威など無視して、勢力を伸ばす守護大名や軍師、土豪など、日本には冒険心に満ちた野心家が溢れるほど居たのである。しかし、三河の田舎大名であった家康が徳川家と幕府の安泰を最優先にして、活気ある戦国時代に終焉をもたらしたのだ。実力主義の怖さを骨身に染みて分かっていた家康は、年齢重視の長子相続や権威に従順な朱子学の導入で、日本人を萎縮させたのである。また、諸藩が軍事力をつけぬよう参勤交代を用いて財力を削いだ。陰険だなぁ。

  一方、ヨーロッパ人は武力を増大させ、軍制を近代化すると共に、科学技術を向上させて兵器を開発していた。たとえば、英国のヘンリー7世の大砲製造は画期的であった。また、ヨーロッパの城は要塞化も見事で、函館の五稜郭をみればヨーロッパの築城が優れていることが分かるだろう。藤堂高虎も感動したはずだ。江戸時代に日本人は下らない漢籍、すなわち支那人の屁理屈や空論を一生懸命勉強していたのである。論語を読んだら戦争に強くなるのか? 武士の本業は戦闘だ。むかし、製造業者が本業そっちのけで、ゴルフ場やホテル、不動産業に力を入れていた。ところが、バブルが弾けて会社は倒産、あるいは赤字転落の借金地獄なんてことがあった。幕末に武士が焦ったのはよく分かる。

  要するに日本人は戦士国家を封印して、百姓主体の農業国に安堵していたのである。西尾氏は西歐列強のアジア征服を糾弾するが、支配されたアジア人がアホなだけだ。ムガール帝国のインド人は、支配者がモンゴル(すなわちムガール)系皇帝からイギリス系皇帝に交代しただけで、庶民はいつも通り差別と貧困の生活を送っていたのである。支那の民衆は昔から皇帝の奴隷。異民族支配なんか珍しくない。阿片戦争も大した事件じゃなかった。今で言えば、タバコの販売競争で喧嘩になった程度のことである。それを陰謀上手な支那人が、嘘を混ぜて拡大したのだ。捏造と宣伝と洗脳の三位一体は、毎度お馴染み、支那人の十八番(おはこ)。日本人はすぐ引っかかる。

  西尾氏はイギリス人が海を制圧し、アメリカ人が空を独占したと騒ぐ。しかし、日本人は自ら世界制覇を辞めてしまったのだ。鉄砲が伝来してから日本人は銃の開発に取り組み、大坂冬の陣・夏の陣までくらいは重火器の発展がすごかった。徳川軍が大坂城に撃ち込んだ弾は何だ?西尾氏は、家康が用いた国友製・芝辻製の大砲や西洋から輸入したカルバリン(culverin)砲やセーカー(saker)砲を説明しろ。日本の武士なら支那や朝鮮の軍隊を簡単に殲滅できたであろう。ところが、江戸時代になると徳川幕府は武器の開発を禁止。島国なのに海軍を持たせないようにした。毛利家の陸軍は衰退し、長州藩は領土縮小。薩摩の島津家は海軍を持つことができず、幕末まで我慢。仙台の伊達家は海外交易が中止となった。江戸幕府が日本の発展を封じ込め、偉大だった猛将智将の子孫が、文化人になってしまったのである。論語を読んだらアームストロング砲を造れるのか? 明治維新でようやく陸海軍を創設して、武人国家に戻ったのに、共産主義に心酔した軍人と官僚が大東亜戦争を起こして、先人の努力を台無しにしたのである。これを疑う人はぜひ海軍の南進を説明してもらいたい。西尾氏にはこの重大な観点がすっぽり抜け落ちている。彼が具体的に左翼軍人をリストアップした著書は無い。現実的な「たたき上げ」将兵は対米戦争に反対だった。とりわけ昭和天皇は大反対。しかし、わざと敗戦にして日本を共産主義化したい人物が熱心に対米開戦を推進したのである。事実、敗戦後日本共産党は大躍進した。日本が負けたことに大喜びしていたのである。その勢いで皇室を潰したかったのも事実だ。

  キリスト教徒の日本人が少ないのと知識が足りないせいもあって、日本人はキリスト教を又聞きで非難したり、異様に憎んだりする。でも、実際に聖書を熟読し、教会史を合わせた西歐史を学ぶ日本人は非常に稀(まれ)。学校では宗教がタブーになっているから、神道だって知らない若者がほとんど。これじゃ歴史教育は片手落ちだ。西尾氏はヨーロッパ人が、キリスト教の布教とアジア・アフリカ征服をからめて行ったことを批判するが、それは世界史的にみたら普通だろう。日本は対米戦争が始まってから、アジアの植民地解放をを掲げて大東亜会議を開いたが、どうして開戦以前ではないのか? おかしい。御前会議ではインド人やビルマ人、マレー人のことなんか議題に無かった。支那大陸からの撤退や満洲問題なら話題になったが、アジア人を解放するなど緊急の課題ではなかったのである。日本も朝鮮を統治したり、インドシナを占領したら神社を造った。日本人も宗教を利用してしまったのだ。アジア人が神道信者になるなんて、今なら笑ってしまうだろう。西尾氏はキリスト教徒を責めるなら、第7から第15世紀までのイスラム教徒の聖戦をも解説せねばなるまい。意外と言及されないことは、我々は西歐史を熱心に研究するが、オリエント諸国については関心がないのだ。アラビア語やペルシア語、モンゴル語、ヒンドゥー語を習得して、一次資料を精読することはしない。モンゴル語の資料を読んでロシア史を語るのは、岡田英弘博士くらいである。

根暗な学者のひがみ心

  西尾氏の言論を聞いていると、江戸時代の因習的な儒者の愚痴に思えてしまう。何か外国の夷狄が神洲に上陸するのは穢らわしい。護摩(ごま)を焚いて悪魔払いをしている坊主と同じだ。西洋医学を駆使する蘭学医を憎んだ漢方医と似ている。自分より能力のある医者を西洋の魔術師と呼んで排斥する奴はいかがわしい。農村の長老は商売上手な若者を嫌う。畑仕事しか知らない村長は、堺や博多の商人が詐欺師に見えてしまうのだ。百姓が汗水垂らしてつくった米を、ただ流通させるだけで大金を手にする商人は、農民の敵である。戦国時代に下克上でのし上がった豊臣秀吉や一介の軍師竹中半兵衛は、室町幕府の身分秩序からすれば異端である。信長は尾張の弱小藩に生まれた“うつけ者”なのに、有力大名の今川義元を倒して天下人になってしまった。京のお公家さんは歯ぎしりして憎んだのである。無力な学者や知識だけは豊富な高僧も反抗したが、神仏を恐れぬ信長に滅ぼされてしまった。高野山一向宗の全滅を見よ。しかも、信長は宣教師が献上した地球儀を見て、海外征服まで考えたのである。実際、秀吉は明朝を攻める計画を練った。小西行長にとっては迷惑な遠征である。西尾氏の精神は、武士の闘魂が萎えてしまった江戸時代の寺小屋学者と同じだ。

  アメリカのグローバリズムを非難するのは簡単だし理解できる。(日本人はユダヤ人の暗躍を勘定に入れない欠点がある。) 伝統的生活を保守したい愛国的アメリカ人も、グローバリズムが嫌いで、ワシントンやニュー・ヨークの大富豪をよそ者扱いだ。アジア大陸に駐留するのは反対だし、何の意味があるのか空しいだけである。それに、グローバル経済でアジア人が入国してくるのは、もっと反対。一方、アジア人に落ち度はないのか。西欧人から見れば、他の民族があまりにもだらしないのだ。軍事力を磨いた西欧人が、アジア人と戦い簡単に勝利を納めたので、調子に乗ってどんどん征服を続けてのである。古代ローマ人と同じで、封建騎士は戦士気質を持つから、戦争で生計を立てようとするのだ。武士が農耕で食っていくのは江戸時代くらい。日本は戦国時代を短期間で終了してしまったが、家康タイプが現れなかった西歐は戦国時代を継続したのである。西洋列強は第19世紀になってようやく、明治維新で武人国家に戻った日本と対峙した。アカンタレのアジア大陸を超えたら、強力な戦闘民族たる日本人が立ちふさがったのである。日本人が共産主義とアジア主義に感染しなければ、日本は順調に発展して独立国の地位を世界で確立できたであろう。西尾氏の西歐批判は、まるで朝鮮人の日本糾弾みたい。武力であっけなく敗れた朝鮮人が、中華思想や長幼の序を持ち出して、無知蒙昧の弟分たる倭人(わじん/日本人)のくせに、兄貴分の朝鮮民族を支配するのは“けしからん”と騒いでいる。日本人はただ笑って適当にあしらうだろう。西欧人も西尾氏を鼻で笑って「ばぁぁーか」と思うだろう。こんな儒者的老人を有り難がる日本人は反省しろ。我々は武士に戻るべきである。



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