有色人種との同化は無理

  フランス白人とイスラム教徒の軋轢が止まらない。フランスの風刺週刊誌『シャルリー・エブド(Charlie Hebdo)』本社が銃撃され、またもやイスラム教徒によるテロ事件が注目されている。この襲撃は、イエメンを拠点とするアルカイーダ系武装組織「アラビア半島のアルカイーダ(AQAP)」が指示した報復行為らしい。ヨーロッパ人や日本人は、すぐ狂信的宗教による暴力と考えることは、宗教と世俗が分離した社会に馴れてしまった人間の無知である。イスラム教徒にすれば、社会正義のように、宗教的正義を実践しているのだから、聖戦を批判する欧米人や日本人の方が間違っているのだ。このような異質な人間を移民や難民として、大量に受け入れる欧米の軽挙妄動が悪い。最初から移民・難民を拒否して、自国を同質な民族に保たなかった欧米の指導者に責任がある。

  人種意識をなくそうとするフランスは、人種別国勢調査が存在せず、フランス国民の人種的プロファイリング(素性分析)をしづらい。人種による分類は統合と同化の理念に反するという。しかし、一説によれば、人口の一割に当たる600万人がムスリム系住民であるらしい。それでも、肉体的な特徴や両親の家譜を調査をすれば、非西歐人の割合は上昇するだろう。いくらフランス政府がムスリム移民に同化を勧めたって、家系や肉体がヨーロッパ的になるわけでない。肉体と精神はひとつになっているから、ムスリム系国民がいくらフランス文化を身につけても、部外者意識は消滅しないのだ。今回のテロ事件は、アルジェリア移民の息子二人が起こした。サイド・クアシ(Said Kouachi)とシェリフ(Cherif)の兄弟は、孤児院で育ち、モスクに通ってイスラム教徒過激派に成長したのである。(Lamiat Sabin, Fox News reporter worries that typical bad guy terrorists will escape if skin colour, The Independent, 9 January 2015) 彼らはフランスを祖国だなんて微塵も思っていないだろう。移民に同化を勧めてフランス国民にしようとした知識人や政治家は腹を切れ。机上の空論で実際の政治を行ったツケが、移民を嫌がる一般国民に押しつけられたのである。

  こうした暴力を嫌うイスラム教徒がいることは確かだ。平穏な生活を送って、幸せな家庭を築きたいアラブ系住民もいるだろう。しかし、普段から憎しみが募る多くのムスリム移民は、ヨーロッパ国内で勃発した報復テロを歓迎するのだ。たとえば、スウェーデのイスラム教徒は、パリで起こったテロ事件を称賛している。「このような襲撃が増えるようアッラーに頼め、そしてこれに係わった兄弟姉妹に祝福あれ」との書き込みがあったという。「彼らがスウェーデンに来てスウェーデン人口の半分を処刑してくれたらなぁ」と書く者もいたそうだ。(Hundratls muslimer i Sverige hyllar terrodådet islam ska ta över världen, Fria Tider, 7 januari 2015) 中東アジアやアフリカからやって来た移民や難民は、いくら現地の文化に同化しようと努力しても、まづ肉体(遺伝子と祖先)が違うし、家庭での習慣や思考を削ぎ落とすことはできない。異質な移民・難民の2世や3世は、生まれたときから見下される身分に分類されているのだ。第1世代は、故郷の貧困を痛感しているから、西歐での差別に堪えるが、その子や孫は納得できない。白人の学校より、有色人種が集うモスクの方が心地よいのである。

  啓蒙主義時代を経た世俗社会に住む欧米人には、政治・宗教一致の世界が当然の民族を理解していない。現在のヨーロッパ人にとって神権政治(theocracy)は暴政である。インマニエル・カントが『啓蒙とは何か』(岩波文庫 1950年)で触れたように、宗教とは如何に大きなものでも私的集会なのである。

  教会の伝道者が、教区の信者達を前にして彼の理性を使用する仕方は、もっぱらその私的使用である。教会の会衆は、いくら大勢であっても初戦は内輪の集まりにすぎないからである。(p13)

第18世紀の大革命以来、フランスでは政教分離(ライシテ/laïcite)が急激に進み、公的生活の場でキリスト教が排除された。この宗教撲滅により、フランス人の伝統的国家観のみならず、社会倫理・道徳の衰退を招いた。フランス人に国民としての活気がない理由がそこにある。こんなフランス人が政治から宗教を取り除こうとしたって、敬虔なイスラム教徒の目には、アッラーへの信仰を弾圧する政策としか映らない。役人の命令がアッラーの教えに優ると考えるムスリムは居ないのだ。フランスの政治家が何と言おうが、イスラム教徒は宗教戒律を捨てないし、政治が宗教に反するならば、その政治が間違っていると考える。

  フランス白人にとっての脅威は頑固なムスリム国民の存在だけではない。ムスリム家庭の出生率が、ケルト系白人家庭のそれを遙かに上回るのだ。ただでさえ白人女性の晩婚化や独身割合が増えているのに、イスラム教徒の妻は若くして結婚し、出産を数回繰り返して子だくさんの家庭を築く。昔から外人が多いマルセイユでは、アルジェリア人、コモロ諸島出身者、チュニジア人、モロッコ人、アフリカ人、中東アジア人で溢れている。その結果、このフランス第三の都市は、25万人にのぼるムスリム住民が多数派になってしまった。当然の現象として、フランス各地にはモスクが建設され、その数は100から150に達し、現在も建設中のモスクがある。(Colin Randall, France building more than 100 mosques, The National,August 8, 2011) かつてフランス人はカール・マルテルに率いられて、イスラム教徒の大軍を撃退した。しかし、第21世紀のフランス人は、丸腰のムスリム移民・難民に対して何もできない。核兵器をもつフランス共和国が、津波のような移民・難民の前では無力なのだ。悲鳴を上げるフランス白人は、ただ「出て行け」と叫び、デモ行進を繰り返すくらいしか為す術がない。かくして穏健な庶民は“外人排斥を掲げる極右”へと変身するのである。

国民の根を切断したフランス革命

  フランス大革命はフランス王国を打倒しただけではなく、その臣民を抹殺し、生存者を孤児(みなしご)にしてしまった。革命以前(所謂アンシャンレジーム)、フランス国民は、フランク族とガリア人の土地に根を張って暮らしていたのである。先祖代々王室と共に生きていた臣民にとって、フランスを体現する王が国父であり、国家の心臓であった。フランス臣民は国難で辛い時は王や領主と共に堪え忍び、国家が栄光に包まれる時はその栄誉を共に喜んだ。しかし、王室と貴族を心から憎む革命家は、王国と臣民との絆を容赦なく斬ってしまった。革命のギロチンは王侯貴族の首だけではなく、フランス臣民の歴史と伝統をも切断したのである。血腥い革命の嵐が、ナポレオンの没落と共に終結したら、フランスはただの廃墟になっていた。

  我々は観光旅行でしばしば遺跡を目にする。エジプトのイスラム教徒はピラミッドの意味を知らないし、古代の太陽神崇拝などには関心がない。エジプト人は異教徒のヨーロッパ人や日本人が熱心に発掘を進めている脇で、ただ料金を取って儲けることしか興味がないのだ。ギリシアのアテネを訪れる日本人観光客は、壮大なパルテノン神殿を見て記念写真を撮ることに熱心である。しかし、その神殿に建立されていた女神アテナイ像を見たことがない。現地のギリシア人は古代アテナイ人の子孫ではなく、どこかの馬の骨であり、古代の信仰とは無縁である。彼らは他人が建てた神殿を自分の遺産にすり替える、観光収入だけが頼りの“ぐうたら”国民である。現代のフランス人とは、エジプト人やギリシア人と同類で、消滅した王国の遺跡に暮らす住民である。フランス革命で破壊した王国の遺産を外人に見せてゼニを徴収するのだ。きらびやかなヴェルサイユ宮殿でも、国王がいなくなった単なる故宮博物館である。天皇陛下がいらっしゃる江戸城(宮城)とは、重厚さや威厳の点でも雲泥の差がある。

  日本の学校で行われる西洋史の授業では、フランスの国王や貴族が贅沢三昧で民衆を搾取・弾圧したことしか教えない。歴史担当の教師が共産党員か単なる月給取りであるから、具体的に歴史を調べたり、現実的視点から考察することがないのだろう。イポリット・テーヌは革命以前の地方領主、有名なミラボー伯爵(Comte de Mirabeau)の祖父について記述している。

  自分の郡が不毛でその小作人達が怠慢なのを見ると、彼は男も女も子供も軍隊組織にし、どんなに天気が悪いときでも・・・・自身その先頭に立ち、彼らに金を払って働かせ、百年の賃貸契約で与えてある土地を開墾させ、岩山に大きな壁をめぐらせたり、オリーヴの樹を植えさせたりする。(イポリット・テーヌ 『近代フランスの起原』 上巻 岡田真吉 訳 昭和38年 pp.65-66)

日本でも、名君と評される藩主がいたのは周知の事実。越後の上杉鷹山や會津の保科正之などは、主君の鑑とされるし、西郷隆盛が農民をこよなく愛したことは全国民に語り継がれている。一般人には意外であろうが、『忠臣蔵』で悪役の吉良上野介だって、名君で庶民から慕われていたのだ。フランス史でも地方領主が皆暴君と思うのは間違いである。

  我々は左翼学者が編纂した歴史教科書を通して、悪代官としての貴族像を刷り込まれているのだ。ミラボーの捌役(さばきやく/雑用係)が、沿岸警備の幕僚を務める古い家系の貴族について手紙の中で述べている。

  私はまだ彼らの一人も兵士である農民に対して激昂した所を見たことがない。同時に兵士である農民達が子が親に対するような尊敬の念を持っていることを見た。・・・それは道徳の点から見て地上の楽園であり、素朴そのものであり、真の族長的偉大さである。即ち農民達の貴族に対する態度は、自分の父に対する優しい息子の態度であり、貴族達は粗野な言葉でしか農民達に話しかけないが、その態度は親切でにこやかである。主人と召使との間に相互的な愛情が見られる。(pp.66-67)

  君主政や封建制での社会とは、臣民・領民あっての国家である。普段から領主や国王が庶民を粗末に扱い、搾取の対象としか見なしていては、一旦緩急の秋(とき)に兵卒たる領民が奮闘しない。君主は強国にするたに領民を慰撫し、臣民との関係が大家族の絆であるよう保つ必要がある。こうした君臣の交わりを千年続ければ、その結束は巌(いわお)のように固くなるだろう。

  フランス革命をブルジョワ階級による民衆の解放と喜んでいる歴史家は詐欺師である。国家の背骨や心臓を破壊されたフランスでは、その空白にコルシカの独裁者や狂気の革命家、無責任な政治家、共産主義者が腰を据えただけ。フランスの庶民にとって、何か良いことがあったのか? 革命の争乱で伝統を誇る貴族が壊滅し、ナポレオン戦争ではフランスの若者が大量に戦死。寡婦と孤児が生み出され、息子を失った親は涙を流すのみ。国王を失った国家体制はダッチロールを繰り返して衰退の道を転がり続ける。気がつけばドイツに連戦連敗。フランスの栄光は沈んだまま。こんなフランス人が一致団結するのは、サッカーの国際試合の時だけだ。そのフランス・チームだって、アラブ系やアフリカ系の選手で占められている。フランスの三色旗が白、黒、茶色になっていた。フランス白人にとっては泣きっ面に蜂どころか、キツツキまでたかってくる。

  共和政万歳を唱える庶民でも、偉大な時代を想い出せば、強力な君主の時代しか浮かばない。フランス王国の創始者クローヴィス、サラセン人を撃退したカール・マルテル、カロリング帝國を築いたカール大帝がすぐ思い浮かぶ。それ以降なら、「アウグストゥス(Augustus)」の添え名をもつフィリップ(2世)・オーギュスト、端麗王(le Bel)フィリップ4世、良王(le bon roi Henri)と呼ばれたアンリ4世、聖王ルイ9世が挙げられ、ルイ14世に至っては太陽王(Le Roi Soleil)である。ナポレオンが出現して没落すると、フランスは帝政と共和政の間で揺れ動き、低迷が続く。第二次世界大戦でやっとシャルル・ド・ゴール将軍がフランス史に登場した。将軍は君主の代役として強力な大統領になり、民衆的体制で揺れ動いていた共和政に安定をもたらしたのである。陽気で楽天的だが、気まぐれで勝手放題のフランス人には、豪腕の国家元首が欠かせないのだ。しかし、もはや「国王陛下萬歳」とフランス人は口に出せない。神話時代から続く皇室を有する日本人が羨ましいだろう。

武力によらない征服

  こうしたフランス史を認識しないと、フランスの国民性や国籍問題が分からない。革命後にフランスは
出生地主義(jus soil)に基づき、国内で生まれた者に国籍を与える、という愚挙を制度化してしまった。昔は、ドイツのように血統主義(jus sanguinis)だったのに、よそ者のナポレオンは、外国人でもフランスに定住する両親から生まれた子供は、フランス人の思考様式、フランス人の習慣、自分が生まれた郷里に対する愛着を持つ、と思い込んでいた。(ロジャー・ブルーベイカー 『フランスとドイツの国籍とネーション』 佐藤成基、佐々木てる 監訳 2005年 p.146) それなら東北弁や関西弁の日本人が、フランスに転勤してパリで娘を生み育てたら、その子はパリジェンヌになるのか? 法的または書類上はフランス娘かも知れないが、日本人から見れば日本人の子供である。いくらフランす語が流暢に喋れて、フランス式マナーを身につけても、フランス人であるとは了承できない。国籍取得には血統が重要なのだ。

  理性や普遍主義、平等、自由などの綺麗事を並べて喜んでいたフランス人は、外国人が流入してくることに鈍感であった。フランスの豊かさを求めて、東欧や南欧から下層民がゾロゾロやって来て、フランス人気取りで住み着いたのである。さらに事態を悪くしたのは、フランス人はアジアやアフリカを植民地にしたあげく、その披征服民にフランス国籍を付与する暴挙を犯したのである。植民地を放棄するのがよほど惜しかったのであろう。その結果、フランス人の大半が外人の両親や祖父母、曾祖父母を持つに至ったのである。ベルギー人やドイツ人ならいいが、アルジェリア人やモロッコ人、ベルベル人といったマグレブ系人種、アフリカ黒人、シリア人やレバノン人、ユダヤ人、ベトナム人といった非ヨーロッパ人が入り乱れて国民を形成しているのだ。これでは「フランス」人とは誰でどんな国民なのか分からない。特に中世から寄生するユダヤ人は、ナショナリズム(国民国家主義)を嫌う。国民(Nation)に属さない異質な種族が、フランスの政界や学界に多数潜り込んでいる。ユダヤ人が国境軽視の普遍主義とフランス革命を称賛するはずである。フランス人を抽象化しておくことが彼らの利益になる。こうした環境でこそ、国際ユダヤ人が伸び伸びと活動できるのだ。

  フランスのみならず、移民難民を引き受けたヨーロッパ各地で、イスラム教徒あるいは有色人種と現地白人の衝突は続くだろう。精神的に弱くなったヨーロッパの白人は、どんどん祖国を異邦人に蚕食(さんしょく)されて、片田舎にしか生活圏を見いだせない事態に陥るだろう。異邦人駆除が禁止されたままなら、やがて先祖と似た容姿を持つヨーロッパ人は消滅する。優性遺伝子をもつ異邦人と混血すれば、白色人種のヨーロッパ人は、遺伝子的に抹殺されるであろう。植民地にされた怨みを持つ移民は大喜びだ。ヨーロッパ人の女と交わり、その子宮にイスラム教徒の精子を植え付ければ、生まれてくる子は非白人となり、アッラーの僕(しもべ)として育てることが出来る。剣を持たずに白人を征服できるのだ。こんなことはヨーロッパの保守派も分かっている。しかし、移民・難民が洪水のように流れ込んでくるので、防ぎようがない。それに世間体を気にするエリートは、右翼のレッテルを恐れる。だが、手をこまねいて「後悔先に立たず」と反省しても手遅れなのだ。



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