シオニストが延長させた歐洲戦争

  アメリカ人とは誰だか分からない。昔なら、アメリカ合衆国はイギリス人がが君主政から共和政にした国家と言えたし、宗主国イングランドから独立した分家であるとも言えたのだ。かつては西歐諸国からの白人が主な移民だったのに、やがて東欧や南欧から下層階級の貧民が押し寄せる事態になってしまったのである。気前よく移民を許可したら、アメリカ人としてのアイデンティティーがあやふやになってしまったのだ。そうした移民に混じってやって来たのがユダヤ人である。招かれたわけでもない異質な居候(いそうろう)が、寛大な西歐白人の社会で商売させてもらって豊かになった。カネを持ったユダヤ人は徐々に本性を露わにしてくる。一方、ヨーロッパではテオドール・ヘルツェル(Theodor Herzl)らが、ユダヤ人独自の国家を建設しようと、シオニズム運動を始めたのである。ユダヤ人の祖国はバレスチナに建てるべし。シオニズム(Zionism)の濫觴(らんしょう/始まりのこと)。新国家建設に当たっては、アフリカや南米まで候補地に挙がったが、やっぱり古の都イェルサレムにしなけりゃ。驚いてしまうが、シオニズムの中心人物たるヘルツェルは、典型的自己嫌悪型のユダヤ人で、異質なユダヤ人はヨーロッパ人に同化できないと悟っていた。だから自分たちが安心して暮らせる祖国を持とうとしたわけだ。ヒトラーと同じく、ユダヤ人から財産を奪ってしまえ、とも述べていたくらい奇人であったという。そんな中、第20世紀始め頃に歐洲大戦が起こり、シオニスト・ユダヤ人に好機が訪れた。

  第一次世界大戦の起源は複雑だから省く。注目すべきは、歐洲随一の陸軍国家ドイツと七つの海の支配者ブリテンが激突したことである。強豪ゲルマン兵がジョン・ブル(イギリス人)と干戈を交えれば死屍累々となるのは必然。こんな激戦が二年も続けばいくらイギリス人が不屈の精神を持っていても、なんとかして和平の途を探そうと思うだろう。だが、そこにシオニスト・ユダヤ人が戦争支持を持ちかけてきた。戦費不足に悩んでいたブリテン政府にとっては美味しい話だ。富豪ユダヤ人の資金と人脈に加えて、米国を引きずり込むという取引材料が揃えば、ブリテン政府首脳も考えるだろう。しかし、ユダヤ人の居住地をパレスチナに認めてしまうバルフォア宣言は、中東アジア地域のアラブ人を刺戟してしまう。確かに、バルフォア宣言では、パレスチナをユダヤ人のために民族的郷土(National Home)として再編すると明記している。(Jonathan schneer, The Balfour Declaration, Random House, New York,  2010, p.335) セム人種(ユダヤ人)の「イスラエル国家」とは述べられていないが、一般のアラブ人には通用しない。それにブリテン政府は、アラブ人を味方にして利用するため、フセイン・マクマフォン協定を結んでいたのだ。オスマン帝国からの独立を目指していたアラブ人にとっては裏切り行為である。

  ユダヤ人は各国に住み着きながら、各地に散らばった(Diaspora)ユダヤ人仲間と連携して行動を起こす性格をもつ。英国では、ロシア出身のシオニストであるハイム・ワイズマン(Dr. Chaim Wizmann)やハーバート・サミュエル(Viscount Herbert Samuel)、アルメニア出身のジェイムズ・マルコム(James Malcolm)らが暗躍して、政界に影響を与えていたのである。サミュエルのいとこエドウィン・モンタギュー(Edwin Montagu)はアスキス内閣の閣僚で、インド担当大臣を務めていた。(ただし、モンタギューはシオニズムに反対であった。)そして最も重要なのは、ブリテン財界の大御所ライオネル・ロスチャイルド男爵(Baron Lionel Walter Rothschild)がシオニストで、お金の匂いをふりまいていたことだ。それに、戦時中首相になったロイド・ジョージも、シオニスト・ユダヤ人を支援していた。(ウィンストン・チャーチルも幼い頃からユダヤ人らと親しく、当時のイギリス帰属にしては珍しく、彼らと個人的交際を続けていたのである。)

  米国のシオニストで異彩を放つのは、法律家のサミュエル・ウンターマイヤー(Samuel Untermeyer)だろう。彼はウッドロー・ウィルソン大統領のスキャンダルをもみ消したことで、ウィルソンに貸しがあった。むかし、ウィルソンはプリンスト大学の学長時代に、隣人の奥方へ熱烈な恋文を送ったことかあり、それをネタにお金をゆすられていたのである。彼は要求金額4万ドルが工面できず困っていた。そこでウンターマイヤーはカネの肩代わりをすることにし、その条件としてユダヤ人ルイス・ブランダイス(Louis Brandeis)を次の連邦最高裁判所判事に指名するよう持ちかけたのである。ウィルソンはこの取引に応じて、手紙を取り戻すことができた。(Robert John, Behind the Balfour Declaration: Britain's Great War PLedge to Lord Rothschild, The Journal of Historical Review, Vol. 6, No.4, 1985/86) 有名なユダヤ人判事ブランダイスは、こうした裏取引で誕生したのである。そういえば、フランクリン・ローズヴェルト大統領も若い頃、ユダヤ人ヘンリー・モーゲンソーに金銭面で世話になったことがあり、後にモーゲンソーを財務長官にしている。ウィルソン大統領には、エドワード・ハウス(Edward M. House)という有力な側近がいて、軍暦がないのに「大佐(Colonel)」と呼ばれていた。このハウス大佐もユダヤ人贔屓で、ブランダイス判事や国内シオニストと連携して、大統領に何かと耳打ちをしていたのである。

  現在まで続く米国の中東アジア介入戦争は、露骨に言えば、シオニスト・ユダヤ人のために行われているのだ。もちろん、石油という戦略物資が大きな要素になっていることは事実である。しかし、中東アジアでずうっとイスラム教徒と英米が戦っているのは、パレスチナにユダヤ人国家を無理矢理作ろうとしたからである。ユダヤ人が本当に祖国(イスラエル)を欲しいなら、ヨーロッパやアメリカでぬくぬくと暮らしているユダヤ人が武器を持ってパレスチナで戦えばよいのだ。だが、シオニズムなんか、一部の偏屈ユダヤ人の妄想としか思っていなかったのである。たとえば、ブリテンには1913年頃、30万人くらいユダヤ人が住んでいて、シオニスト組織に加盟していた者は8,000人ほどであった。特にロンドンには15万人くらい住んでいたが、シオニストであると自称したのは4,000にも満たなかった。(Schner, 上掲書 p.110) 米国でも1913年頃は、300万人くらいいたユダヤ人のうち、シオニスト組織に属していたのは12,000人も至らなかった。(Leonard Stein, The Balfour Declaration, Simon & Schuster, New York, 1916, p.67) だから、シオニスト・ユダヤ人は、彼らの夢を実現するためにユダヤ人青年ではなく、アメリカ人やイギリス人の若者を戦地に送ったのである。

  西歐各地のユダヤ人は国籍や国境を飛び越えて、民族の血で連携し世界政治を操るのだ。ちょうど竹藪のようなものである。それぞれの竹は地表で独立して伸びていくが、地下では互いの根が絡み合って、地震や台風に遭っても倒れることなく強い。ユダヤ人も迫害されても再び起きあがる。グローバリスト・ユダヤ人は、豊富な資金と人脈を梃子(てこ)のように使って、巨大な国家を動かすのだ。日本人はイギリス人やアメリカ人の政治家や官僚を見るが、彼らの背後で糸を引くユダヤ・ロビーを見過ごす傾向がある。現在でも、日本のマスコミはウクライナ問題や対テロ戦争を報道するが、米国や英国の政府に巣くうユダヤ人脈を抉り出すことはない。アメリカ政治を勉強している日本人でも、ユダヤ人政治団体のAIPAC(the America Israel Pablic Affairs Committee)やADL(Anti-Defamation League)のみならず、各テレビ局の経営者や国務省、CIAなどの政府機関に潜むユダヤ人を一体何人挙げることが出来るのか? もしも、ユダヤ人脈を日本の一般国民が知ったら、その膨大なリストに驚愕するだろう。ユダヤ人に関する不都合な事実を暴露する者は、反ユダヤ主義者の烙印を押されてしまう。それでも筆者は日本国民の為にヤバイ歴史を述べていきたい。



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