クリスマスの異教的起源

  日本は不思議な国だ。キリスト教国家でも見ないのに、グレゴリウス暦(西洋暦)を採用して、日曜日が休日(安息日)になっている。宗教排撃の共産党員だって、元号は嫌いでもキリスト教暦を使っていのだ。どうした無神論者の共産党。意気地がないぞ。筆者が子供の頃には、学校給食に「クリスマス献立」があった。日教組の教員ですら問題にしなかったのは奇妙だ。筆者の恩師のフランス人神父は昔バブル時代に、宝石で飾られた銀座のクリスマス・ツリーを見て驚いた。異教の国でこんなに盛大なクリスマスがあるなんて。我が国は本当に西歐文化が好きなのだ。しかし、イエズス・キリストの使徒12名や後の聖パウロなど初期のキリスト教徒が、日本人の大好きなクリスマスを見たら「これは何の祭りか?」と尋ねるだろう。聖書にはクリスマスの記述がどこにも無いのだ。我々はゲルマン化されたキリスト教を導入したのである。

  クリスマスの起源はいろいろな要素が混じり合っていて説明がややこしい。その原因は聖書にキリストの誕生日がいつなのか記されていないからである。そうはいっても、イエズスが誕生するときに、ベツレヘムの羊飼いたちが野宿をしながら夜通し羊の番をしていた、という記述がある。(ルカによる福音書2:8) でも、12月のパレスチナ地方で野宿する馬鹿な羊飼いはいないだろう。寒くて外で羊の番なんてできない。おそらく当時の慣習からして秋の10月頃と推測される。それでも、太陽神(ラー)を信仰していた古代エジプト人による影響だとか、12月にサトルルヌス(Saturnus)という農耕神をローマ人が祝う祭りに対抗してキリスト教徒が始めたとか、諸説様々である。クリスマスのプレゼント慣習はローマ人が冬至に子供や貧民に物を贈った風習の名残である。キリスト教がローマ帝国の公認宗教になるまで、帝国内ではミトラ教が流行っていたから、その宗教の残滓がキリスト教に入り込んだとも言われる。第5世紀の西歐教会は、ミトラ教徒が拝んでいる義の太陽神が誕生した日に祭日を祝っていたりしたのだ。

  もっとも説得力がありそうなのは、イングランドの修道士ウィンフリート(Wynfrith/Winfred)が、ドイツへ布教活動をした結果、12月の冬至祭がキリスト誕生日に入れ替わったとする説である。ザクセン人の父とブリトン人の母の間に生まれたウィンフリートは、異教徒のゲルマン人にキリスト教を伝えるべく、8世紀初めにフリースラントへ向かったのである。このイギリス人宣教師は教皇グレゴリウス2世により、第4世紀の殉教者に因んで「ボニファティウス(Bonifatius)と名付けられ、後に全ゲルマニアの大司教に叙任された。

  ある時、聖ボニファティウスはガイスマール(Geismar)村に赴き、ゲルマン人らが崇拝していた聖なる樫(かし)の木(Donar's Oak/ Thor's Oak)を切り倒し、雷神トール(Thor)が彼の頭上に雷を落とすかどうかを試して見せた。伐採時に強風は吹いたがボニファティウスには何も起こらなかった。ゲルマン人の異教に勝ったことを示したその宣教師は、伐採した樫の木で家を建てるよう促したという。また、彼はその地に小さな樅(もみ)の木を植えて、キリストの象徴にしたのである。ボニファティウスはこの樅の木をゲルマン人に自宅の中に置くよう言いつけ、キリストが生活の中心であることを諭したのである。樅の木がクリスマス・ツリーに使われる所以である。

  それではクリスマス・ツリーが現代アメリカで流行したのは何故か。それはドイツ系移民やヘッセン軍人が、イングランドや初期アメリカに持ち込んだ風習だから。最初にクリスマス・ツリーを飾り立てたのは、第16世紀のラトヴィアのリガ(Riga)であったとされる。意外なのは、といっても伝説なのだが、信仰の革命家マルティン・ルターが子供たちに、暗い夜空でいかに星が輝くかを見せるため、キャンドルでクリスマス・ツリーを飾ったらしい。それというのも、ある冬の晩彼は説教の内容を考えながら帰宅の途にあった。歩きながら頭上の常緑樹からこぼれ見えてくる星の輝きを目にしたという。このシーンを再現して家族に見せたかったルターは、居間に木を立てて、枝にロウソクをワイヤーでくくりつけて火をともしたのである。いかにも森の国ドイツらしい逸話である。

  こうしたドイツ風クリスマスはアメリカ植民地では奇異に受け止められたのである。ドイツやネーデルラント(所謂オランダ)から来たゲルマン系移民は異端者のように見られたのだろう。日本でもペンシルヴァニアの厳格なメノー派アーミッシュは、ハリソン・フォードの映画などで少し知られているが、彼らは主にドイツ系移民の末裔である。ところが、イギリス系アメリカ人のプロテスタント信徒らは、クリスマス・ツリーなど異教の風習だから、馬鹿にしたり刑罰を加えたりしたのだ。偶像崇拝を嫌った敬虔なアメリカ人ならやりそう。ピューリタンの権化オリヴァー・クロムウェルは、クリスマス・キャロルや飾り立てた木、楽しいお祭り騒ぎを不敬とみなしたのである。旧約聖書、つまりユダヤ教に惹かれたプロテスタントは、陽気で官能的なことが嫌いであった。これなら日本人の方がよっぽと寛容だ。1659年マサチューセッツ評議会は、12月25日のイベントはいかなるものでも刑罰に該当する旨の法律を通過させたのである。こうした厳格さは何と第19世紀まで続いたのだ。

  米国でクリスマス・ツリーが根付いたのは、英国の流行にアメリカ人が憧れたことが理由であった。アン女王崩御の後に、ハノーバーのブランシュヴァイク・リューネブルク公爵家(Herzogtum Braunschweig-Lüneburg)からやって来たジョージ1世が国王についたが、国民には今ひとつ人気がなかった。この王様英語を喋らず、臣下とはラテン語で会話したくらいの生粋ドイツ人。イギリス人がドイツ文化を真似るわけがない。それでも英国にはドイツ系商人が住んでいて、クリスマス・ツリーの風習を持ち込んではいた。このドイツ風文化がイングランドで行われるようになったのは、ヴィクトリア女王の治世になってからである。女王の結婚相手、ザクセン出身のアルバート公の影響であった。ウィンザー城で女王と公爵が子供たちと一緒にクリスマス・ツリーを囲んで祝っている姿が宣伝され、人気に火がついたというわけ。尊敬する女王陛下が行っていることだから、庶民も真似しだしたのである。かつての母国イングランドで流行ったことは、旧植民地アメリカでもすぐ流行文化になった。ちょうど京の都で流行った文化が江戸へ下るようなものだ。第20世紀になると、忌み嫌っていたドイツ風異端文化がアメリカ人に受け入れられ、家族的雰囲気を醸し出すクリスマス文化なった。

ユダヤ人が侮蔑するアメリカ文化

  日本人のキリスト教徒は全人口の1パーセントに満たないのに、クリスマス・イヴとなれば街は賑わい、若い男女は発情するし、子供はケーキとおもちゃを楽しみにしている。本来はキリストのミサなのだからカトリック信徒が教会に集まる宗教儀式だ。でも異教徒の日本人は、ホテルやレストラン、ラブ・ホテルくらいにしか行かない。まあいいか。しかし、日本のテレビ局はロックフェラー・センターのクリスマス・ツリーやショッピング・モールのサンタクロースを紹介するが、アメリカのユダヤ教徒がクリスマス・イヴに何をしているのかは報道しない。

  キリスト教徒が呼ぶ「クリスマス・イヴ」をユダヤ教徒は、邪悪な霊(または力/Klipot)が支配する夜と考える。ユダヤ教の神秘思想(カバラ)では、“あの男”、つまり「天主の子(Son of God)」を自称した汚らわしいイエズスが生まれた忌まわしい夜とみなす。こんな不吉な夜には喜ばしい結婚式や改宗儀式(mikveh)を行わない。代わりによくするのがチェスである。厳格なハシディーム派教徒は安息日用の便所紙をつくるそうだ。これは天主が定めた安息日には如何なる労働もしてはならないという戒律からきている。つまり、用便の時にトイレット・ペーパーを切るのも労働の一種と見なされるからだ。嫌な夜には一年分の便所紙をつくろうとするユダヤ人を、アメリカのキリスト教徒は何て思うのか。しかし、彼らの大半はこの慣習を知らない。日本人からすれば、安息日の戒律をそこまで厳格に守らなくても、と思ってしまうが、厳しさを極める中東アジアの宗教は我々の緩やかな信仰とは質が違うのだ。

  クリスマス・イヴは穢らわしいキリスト教徒の宗教儀式なので、ユダヤ人にとって何ら神聖なものではない。だからキリストを気にせず普段通りの生活や宗教活動をしてもよいはず。しかし、ユダヤ教徒にはクリスマス・イヴにトーラー(戒律書/モーゼの五書)を勉強せぬよう、禁じる者もいるのだ。可笑しいのはイエズスの誕生日に受精したユダヤ人の子供は、生まれてから背教者になるやもしれぬから、産めよ増やせよという主の命令、つまりセックスは控えるようにしている。(Shahar Ilan, For them, it's wholly unholy, Haaretz, December 24, 2004) 憎いイエズスが生まれた日に子供を授かるなんて、ユダヤ教徒は考えただけでも寒気がするのだろう。

  こんなキリスト憎悪のユダヤ人は、キリスト教国アメリカを抹殺しようとしている。憲法の政教分離を盾にとって、公共の場でのキリスト教行事を非難したり、学校などでも、日曜がキリスト教徒の安息日なら、ユダヤ教徒には土曜日を休日にせよと要求したりする。アメリカ人ならイスラエルに住め、と言いたくなるだろう。アメリカ人キリスト教徒にとって噴飯物なのは、ユダヤ教徒がその豊富な政治献金で政治家を買収し、ホワイト・ハウス前に「メノーラ(Menorah)」というユダヤ教の巨大な燭台を建てたことである。1979年にメノーラが初めてホワイト・ハウスに建てられたとき、政教分離に反するとして大論争が巻き起こった。明らかに宗教的儀式なのに、1989年に連邦最高裁判所は、それを「世俗的シンボル」と判断したのである。合衆国憲法でいう「政教分離」とは「国教」をつくらないという意味で、キリスト教を公共の場や政治から排除する目的ではなかった。オバマ大統領はユダヤ人の聖職者や有力者をホワイト・ハウスに招いて、ユダヤ教のハヌカ(Hanukkah)祭りを祝っていた。(A Real Festival of Lights: Hanukkah at the White House 2014/5775, The White House .gov, December 19, 2014) オバマは名目上キリスト教徒だが、本当は共産主義者でキリスト教など気にしていない。選挙用の仮面をつけているだけ。

  ヨーロッパからやって来た貧乏ユダヤ人が、米国でカネをもうけて成金になったら、アメリカの伝統文化を攻撃し、自分たちの宗教を押しつけるのである。アメリカ人キリスト教徒は、こうした賤民の図々しさに憤るが、巨額の政治献金をできない庶民だから、唇を噛みしめて屈辱に堪えるしかない。西欧系白人がつくった国家なのに、中東アジアやハザール地方からの下品な民族が、いつの間にか主人面して威張っているのだ。これは日本人にとっても他人事ではない。パチンコ・マネーで政界に食い込む帰化朝鮮人や、北京政府からの工作資金を使う帰化支那人を見れば分かるだろう。支那人や朝鮮人の移民や帰化人が今以上に増えたら、日本でも同様の伝統文化攻撃が始まるだろう。そのとき、我々は勇敢に戦えるのか? 朝鮮人が「人権侵害だ」「ヘイト・スピーチだ」とわめけば、とたんに腰砕けになる日本人を見ていると心配になったしまう。.



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