金持ちのゲーム

  アメリカでは、どんな事でも起こりそうだ。テロ事件から大統領暗殺だけじゃない。バットマンや超人ハルク、スーパーマンでさえ本当にいそうな国である。カルフォルニアにターミネーターが出現しても不思議ではない。妙にリアリティーがあるから、シュワルツネッガーが知事になれたりするのだ。日本でこんなスーパー・ヒーロー作品を撮影したら、何故かおかしくなって笑いそうだ。いい年した役者がスパイダーマンやワンダー・ウーマンを演じたら、滑稽な仮面ライダー映画になってしまうだろう。まあ、日本はそれだけ平穏で常識的な国ということだ。現実の世界に戻れば、ビジネスマンでも日本人とは違う。アメリカや歐洲には、とてつもない権力を駆使して利益を上げるビジネスマンがいるし、場合によっては戦争を仕掛けて儲けることだってある。日本人の実業家では考えられない。どうも人間の性質が違うのだ。

  こんなことを考えたのも、子供の頃によくテレビでお正月用映画を観ていたからである。でも、最近は感動作がない。筆者が小学4年生の時、好きだった映画は、テレビで再放送されたスティーヴ・マックィーンの『華麗なる賭け(The Thomas Crown Affair)』(1968年作品)である。(幼かったので劇場には行けなかった。) 子供の頃だからかも知れないが、非常に印象的だった。まづ、金に困っているわけでもない裕福なビジネスマンが、綿密な計画を立てて銀行強盗を成功させるのだ。目的は金銭ではなくスリルである。それに、犯罪と恋愛をゲームとして楽しみ、ドラマの最後はハッピー・エンドにならないという、アメリカ映画らしくなかったからだ。この作品はピアース・ブロスナン主演でリメイクされたが、やはりオリジナルの方がいい。まだ映画を観てない読者へストーリーを紹介したい。

Steve McQueen 3(左  / スティーヴ・マックィーン )
  主人公のトーマス・クラウン(マックィーン)は不動産や為替で儲けるヤリ手のビジネスマンである。ハーバードビジネス・スクール卒で資産は400万ドルくらい。クールな36歳のハンサムで、離婚経験者で子供は元妻が引き取ったという。とても犯罪を計画する紳士に見えない。しかし、トーマスは面識もないバラバラの男5人に指示して、銀行の金を強奪させる。ところが、銀行強盗等はトーマスの顔や声さえ知らない。電話で命令を受けるだけ。計画通り金を奪った4人の犯人は、五番目の男が待つ車に奪った現金を載せ、各自がそれぞれ現場を去る。運び屋の男は、ある霊園のゴミ箱に指示通り現金の袋を押し込む。しばらくして、トーマスが霊園に車で現れ、現金を持ち去るのだ。見事な完全犯罪である。つまり、実行犯の誰が捕まっても、仲間や黒幕のことは一切分からない。報酬は分割して各人に送金される。こんな完全犯罪を捜査担当のマローン警部は解決できないのである。

  困ったのは銀行ではなく、266万ドルの被害金を払った保険会社。そこで大金を損した保険会社は、美人で有能な調査員ヴィキー・アンダーソン(フェイ・ダナウェー)を招聘し、捜査に当たらせる。彼女は警察に銀行関係者のリストを見せてもらい、犯罪の性質にふさわしい人物を探そうとした。彼女はトーマスの写真を見たとたん、知能が高い首謀者イメージに該当すると確信した。まったく、女の勘は鋭い。早速ヴィキーはトーマスに接触する。そして、大胆にも自分の正体をトーマスに暴露するが、彼は微塵も動揺しない。ヴィキーはトーマスと交際しながら、何とかして尻尾を掴もうとするが、返ってトーマスを愛してしまう。マローン警部はイライラするが、ヴィキーは手法を変えることはない。彼女はトーマスに自首するよう勧めるが、彼はうなづこうとはしないのだ。一方、トーマスは国を離れるため、自分の財産を処分するよう顧問に手配し、最後の賭に出る。ヴッキーと別荘で過ごすトーマスは、もう一度同じ手口で銀行強盗を実行すると告げるほど大胆不敵だ。そしてトーマスはあの霊園でヴィッキーと落ち合い、現金を持って国外脱出をしようと持ちかける。トーマスはヴィッキーが警察と一緒になって逮捕する側に廻るか、警察には秘密にして恋人のトーマスと一緒に旅立つか、という二者択一をセッティングしたのである。

Faye Dunnaway 1(左  / フェイ・ダナウェー )
  前回同様、銀行強盗が成功し、現金を積んだ車は霊園にやって来た。警察と待ち伏せていたヴィッキーはトーマスが来たものと思い、警察官に包囲された車に近づく。すると車はたんなるメッセンジャー・ボーイが運転しており、頼まれた電報をヴィッキーに手渡した。そこにはトーマスの言葉が記されていた。「金を持って来てくれ。そうでなければ車をやるよ」というメッセージを読んだヴィッキーは後悔と悔しさと悲しみを混ぜた表情で、泣きそうになりながら上空を見つめる。そのころトーマスは既に旅客機に乗っていて、はるか上空を飛んでいた。きっとヴィッキーは警察と逮捕に来ると踏んでいたのか、一緒に来ない方にトーマスは賭けていたのだ。何も語らず目を閉じたまま瞑想するトーマスの表情が印象的だった。

  30歳代半ばで既に巨万の富を築き、知的スリルを求めて、銀行強盗を成功させるなんてすごい。トーマスは知能が高いうえに、ポロやゴルフが得意ときてる。しかも、単座グライダーまで操縦して楽しむんだから、庶民がお金持ちに憧れるのも当然だ。さらに、ファッション・モデルのような美女が付き添うなんて格好良すぎる。たぶん、毎日が何不自由ない生活だから、実際の犯罪が刺戟的なゲームになるのだろう。こんな人物設定は1960年代(昭和30年から40年代)の日本では考えられない。日本人観客は、せいぜい石原裕次郎が小さなヨットに乗って恋愛する映画に夢中だった。ギターを持った加山雄三か小林旭の活劇ドラマはシリーズ化され、大勢のファンが詰めかけていたんだから。現在の若者だと、笑ってしまうどころか、バカらしくてとても観ていられない。日米の生活水準差というか、国民生活の成熟度が違っていたのだ。「やはり」と言っては何だけど、約半世紀前の『華麗なる賭』は今観ても色褪せていない。若い頃のフェイ・ダナウェーは綺麗だった。ミニ・スカートからすらりと伸びた脚が子供心をくすぐっていた。また、警察に捜査されて焦るはずなのに、動揺せず至ってクールだったマックィーンにも脱帽したものである。

Thomas Crown Affair 1  実際、欧米では凄腕のマーチャント・バンカーや金融資本家がいる。AIGやベアリング社、ゴールドマン・サックス、チェース銀行、モルガン・スタンレーなどを想い出せば頷けるだろう。むかし、トーマス・ジェファーソンが友人に宛てた手紙で、「武装した軍隊よりも、銀行制度の方がよほど危険だと本気で思っている」と述べた。(Letter to John Taylor, May 28, 1816 inThe Writings of Thomas Jefferson, ed. by Albert Ellery Bergh, Thomas Jefferson Memorial Association, Washington, 1903) 実際、銀行家は貨幣で貨幣を増やし、軍事力を行使せずに他国を財政破綻させることができてしまう。第18世紀のころからイングランドでも金融資本家に対する警戒感が出ていて、ダニエル・デフォー(Daniel Defoe)は、パブリック・スクール出身のジェントルマン階級こそが国の誇りと考えていた。有名作家のジョナサン・スウィフト(Jonathan Swift)は、ロンドンのシティーに集まる金融業者は海外への資本流出を加速させ、農業への生産的投資を減少させる途危惧していたのである。金融業界というのは、製造業や農業とは違いどこか怪しく危険な香りを醸し出していたのだ。財力は政治家とその配下の軍人をも動かす、国家にとっての脅威と映ったのである。

  トーマス・クラウンのような個人的趣味で犯罪を犯すくらいの人物なら、我々はむしろ安心する。銀行のお金が奪われただけなのだ。米国内でテロを演出し、軍隊を中東アジアへ派遣してしまう金融資本家の方が遙かに怖い。『華麗なる賭け』は単なる娯楽映画なのだから、肩の力を抜いて楽しむもことができる。それにしても、トーマスとヴィキーがチェスをしながら、互いを見つめ合い、我慢しきれずトーマスが彼女にキスをする演出は憎いくらい上手い。それに、別荘近くの浜辺で、ふたりがバギーに乗って楽しむ場面は羨ましかった。もっとも、小学生の筆者はバギーの方に関心があったが。今回はお正月なので、ドロドロした政治や歴史の話はお休み。次回からは通常ブログにしたい。



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