黒木 頼景
成甲書房
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所属はどちらでもいい?!
最近、チャンネル桜の対談番組を目にしたら、西尾幹二がゲストに招かれており、乗り気じゃなかったけど、一応話を聞いてみようと思って観てみた。今ではすっかり老け込んで耄碌ジジイとなっていたが、ヒステリー気味の不満は健在で、安倍政権に対する憎悪に満ちていた。安倍首相や昭恵夫人に対する非難はさておき、西尾が取り上げた日本社会の外人問題は傾聴に値する。筆者はスポーツに詳しくないので明確な事は言えないんだけど、西尾はテニス選手の「大坂なおみ」を取り上げていた。彼女は世界ランキングの上位に入るプレイヤーで、その成績ゆえに世間の脚光を浴びている。
(左 / 大坂なおみ )
しかし、大坂氏は本当の意味で「日本人選手」なのか? もちろん、黒人との混血児だから興味を持たれるのは仕方がない。水島総社長との対談において、西尾も彼女の素性や国籍、私生活について知りたがっていた。報道によれば、彼女の父親はハイチ人だが、母親は日本人であるという。だが、その出生地はともかく、育った土地はアメリカで、幼少期を過ごしたのは日本ではないらしい。日本語の読み書きがどの程度できるのかも定かではないが、母親との会話を除いて、日常会話は主に英語のはずだ。確かに、母方の血統により半分は「日本人」なんだろうが、見た目は黒人に近く、思考様式も外人的と評される。したがって、普通の日本人には、どうしても異邦人に見えてしまう。
ただし、インターネットの情報では、彼女は日本国籍を選択しているようなので、法律上は「日本の選手」なのかも知れない。この動機は素人でも理解できるだろう。なぜなら、もし彼女がアメリカ国籍を選択すれば、選手層が厚く、優秀な選手団に混じった新星プレイヤーとなってしまい、それほど目立たない。ところが、優秀な選手が少ない日本に来れば、大坂氏は断然目立つ。トップ選手を取材したいマスコミが押しかけるし、日清食品やアディダス、WOWOW、YONEXといった大手企業がスポンサーに附くから収入も増える。反対に、「アメリカ人選手」になっていたら、今のような地位を獲得できたかは疑問だ。やはり、女子テニス界のトップ選手が不在の日本に住んでいるから注目されるんじゃないか。そもそも、スポーツ選手にとって「国籍」はポイント・カードみたいなもので、特典があったり便利なモノならどれでもいい。歐米諸国や日本の国籍は、ステータスの高い「プラチナ・カード」で、ハイチの国籍なんてか花札以下。ホケット・ティッシュ程の価値しか無い。できれば破り捨てたい貧乏籤(くじ)だ。
テレビや新聞が持て囃す大坂選手だが、一般の日本国民は彼女を「日本人選手」として応援しているのか? メジャー・リーグで活躍するイチロー選手とか、海外のゴルフ・トーナメントに出場する石川遼なら、心から声援を送っている人も多いだろう。 引退した伊達公子も、多くのファンから支持されていた。だが、大坂選手は違う。まるで、山梨学院の陸上部に属するエチオピア人選手みたいだ。たとえ、日本語を流暢に喋っても、大坂選手には同胞意識を覚えないし、日本人選手が世界の檜舞台で活躍している、といった感動が湧き起こらない。筆者の素朴な質問だけど、巷のオバちゃんやオッサンは、メジャー・リーグで奮闘する大谷翔平選手を憧れと期待で称讃するが、同じ感情を大坂選手に対して持っているのか? おそらく、説明に苦しむ違和感を抱いているはずだ。
(左: マリア・シャラポワ / 右: ビキニ姿のシャラポワ )
ここでは直接関係無いけど、外国人は異人種が同胞になったら、どのような反応をしめすのか? 例えば、ニャガン(Njagan)出身のロシア人選手マリア・シャラポワ(Maria Sharapova)は、日本や米国でも人気があって、英国のウィンブルドン(Winbledon)をはじめとして、全米、全豪、全仏でも優勝した実力者である。さらに、その美貌を以てファッション・モデルもこなし、「東レ」が日本でのテニス大会に招いたことは記憶に新しい。他方、米国出身のヴィーナス・ウィリアムズ(Venus Ebony Starr Williams)と、その妹であるセレーナのウィリアムズ(Serena Jameka Williams)も世界的に有名だ。しかし、日本での認知度は低く、ファッション・モデルとしての需要も低い。シャラポワなら雑誌の表紙とかグラビアで引っ張りだこなのに、ウィリアムズ姉妹のビキニ姿を撮した欲情的なグラビア写真など無い。もし掲載した日本の雑誌があれば貴重品だ。
(左: ヴィーナス・ウィリアムズ / 右: セレーナ・ウィリアムズ )
興味深いのは、もしウィリアムズ姉妹がロシア国籍を取得したら、ロシア人のテニス・ファンは彼女達を歓迎するのか? スラヴ系ロシア人がアフリカ系選手を「同胞」と見なすなんて想像できない。アメリカの白人と違ってロシア人は露骨だから、即座に「嫌だ(ニエット)」と拒絶するんじゃないか。人種平等の洗脳を受けていない一般のロシア人は、ウィリアムズ姉妹の成績よりも、その容姿で判断してしまうのだ。そう言えば、シャラポアを「ロシアの妖精」と呼んだ日本人はどうなのか? 筆者は妖精とか河童を見たことがないから、それらがどのような格好をしているのか分からない。(筆者が知っているのは漫画『ベルセルク』に出てくる妖精と「かっぱ寿司」のマスコットくらいである。) たぶん、ロシアに棲息する妖精はシャラポアみたいな姿をしているのだろう。じゃあ、ウィリアムズ姉妹は「アフリカの妖精」と呼べるのか? 日本には沢山の漫画雑誌があるけど、「黒い妖精」なんて見たことないぞ。もしかしたら、どこかの漫画本に描かれているだろうけど、人気キャラクターにはならないと思う。イタリアのアニメ『カリメロ(Calimero)』は黒いヒヨコだし、「ジャングル黒べぇ」はアフリカ人のピリミー族だから除外。ちなみに、「黒べぇ」は飛行機でやって来たアフリカ人の密入国者だ。
(左: ウィリアムズ姉妹 / 右: 大坂選手 )
多民族社会に突入する日本
安倍晋三総理は一応「保守派」の政治家と見なされているが、その政策を眺めると、元民主党の議員で構成された左翼政権か、と思えてくる。自民党は技能実習生や高度人材の“輸入”に熱心で、アジア人の大量流入を望む竹中平蔵がウキウキしている。支那人や朝鮮人はもとより、畑で見かけるタイ人やビルマ人、水商売のフィリピン人、工場で働くベトナム人に加え、民族料理店を営むトルコ人やインド人、ペルシア人なども珍しくない。自民党の尻を叩く人材派遣業者や製造業者は、安い賃金で外人を扱(こ)き使えるから嬉しいだろうが、彼らを支えるために、多額の負担を強いられる一般国民は堪ったものではない。日本語を解さない外人の為に役所や病院、警察で通訳が必要となるし、風習の違いから来る近隣トラブルも増えている。元々が下層階級の労働者だから、生活が荒んでいるのは当り前で、目先の利益を得るためなら犯罪も厭わない。伝統的な日本人なら生活保護を貰うなんて恥ずかしくて出来ないが、支那人や朝鮮人は「当然のご褒美」として歓迎するし、東南アジアからの出稼ぎ人からすれば、会社から支給されない特殊なボーナスに見えてしまう。「貰えるモノは何でも貰う」がアジア人のモットーだ。
(左: タイ人 / 支那人 / トルコ人 / 右: インド人)
案の定、アジアからの外人に生活保護が支給されている。。厚生労働省の平成28年度統計によれば、外国人の生活保護受給世帯数は、月平均で前年度に比べ0・4%増えている。景気が上向いているここ数年は、増加率が鈍化しているが、18年度(3万174世帯)からの10年間で見てみると、56・0・%も伸びているという。また、人数ベースで調べてみても、外国人の家庭が受け取る福祉は大幅に増えている。28年度は月平均7万2014人と、18年度の4万8418人から48・7%も多くなった。(「生活保護受給の外国人4万7058世帯 過去最多 背景に無年金や語学力不足も」、産経新聞、2018年5月3日)
外国人を雇う企業は面倒な負担を一般人に押しつけている。例えば、仮に日本人を雇うと自給1,000円を払わねばならぬが、アジア系外国人を雇えば750円で済むとしよう。だが、日本語の授業とか健康保険、宗教面での配慮、子供が通う学校など、様々な費用を考えれば、自給3,000円ないし5,000円以上を払う破目になる。だから、企業は余計な負担を我々に押しつけるのだ。それに、もし外人労働者が飲酒運転で一般人を轢き殺しても、雇用主に責任は無い。以前、茨城県龍ケ崎に住む夏作揚という支那人が、クルマで小学生の少女をはねて、その後、わざわざクルマを降りて殴り倒し、一目散に逃走するという事件があった。しかも、この支那人は逃亡途中に別の子供をはねたという。しかし、マスコミによる追跡取材が無かったので、未だに動機が明らかにされていないのだ。
また、不景気になったからといって企業は気軽に外人を解雇するが、失業した外人は何処に再就職するのか ? 単純作業をしていた外人には、「これ」といった技術は無いし、ロクな就職先も無い。日本人労働者だって、単純な仕事ばかりじゃ手に職が附かないから、再就職の時に苦労することは確かだ。外国人ならもっと困るだろう。日本語だって不自由なのに、家族を抱えてどのような生計を立てて行くつもりなのか ? ところが、外人を連れてきた業者は、「そんなの知らねぇよ !」と顔を背ける。用が無くなりゃポイ捨てが当り前。アフター・ケアなんてあり得ない。結局、尻ぬぐいするのは一般国民だ。たとえ役人が面倒を見たって、原資は税金なんだから同じ事である。
外人輸入に疎い庶民は、確定申告時に目玉が飛び出るほどの税金を巻き上げられてびっくり仰天。「どうして、こんなに高いんだ?!」と憤るに違いない。歐米諸国では既に社会問題となっているが、生活保護を受けている外人の子供たちは、親と同じ道を辿りやすいし、たとえ自立できたとしても、低所得階層から抜け出せないことが多い。日本人は低所得外人の「階層化」や「固定化」に無頓着だ。米国では1970年代に「福祉依存の母親(welfare mother)」というのが問題になり、政府の役人や学者たちが、この悪循環をどうやって断ち切るか、を真剣に考えていた。だが、次から次へと移民・難民が押し寄せるので、貧民対策は解決の対象ではなく、永遠に続く年中行事になっている。すなわち、「お手上げ状態」ということ。
NHKの巧みな表現
一方、左翼偏向のマスコミは、地元民が移民や難民に対する嫌悪感を抱かぬよう、自国民の方を懲らしめる予防策を打っていた。教養人を対象にした報道番組は、貧しい家庭に育った移民の子供を取り上げ、熱心に勉強する中学生とか、有名校に合格した高校生、立派な職業に就けた有色人種に焦点を当てる。取材記者は公平を装うため、落第生となり麻薬に溺れるような負け犬も紹介するが、メインは人生における輝かしい成功を納めた優等生だ。貧しい環境にもめげず、昼も夜も一生懸命勉強し、名門校を卒業した医者とか弁護士、経営者をラスト・シーンに持ってくる。無警戒に画面を眺めている視聴者は、まんまと感動し、「やはり移民や難民だからといって、異人種の彼らを差別してはいけないんだ」と考え、「慣習や容姿の違いで排斥しようとする奴らは右翼だけど、私は善人だから彼らを受け容れなくちゃ」と思ってしまう。こうした「ドキュメンタリー特集」は単純な「お涙頂戴物語」だけど、結構引っ掛かる人が多い。一般人はテレビ局に「編集のプロ」とか「熟練の脚本家」、「映像の魔術師」がいることに気付いていないのだ。詐欺師というのは暴力団ばかりではなく、テレビ局や大学にも存在するのである。
偶然だが、4月28日にBSのNHKで放送された「セカンドの美学『シャア・アズナブル』」を観た。これは人気アニメ「機動戦士ガンダム」に出てくるキャラクター、「赤い彗星のシャー」を扱った娯楽番組であるが、そこに“いかがわしい”取材があった。NHKは外国でも好評な日本のアニメだということで、日本に住む外国人がどう反応しているのかを調べたそうだ。すると、北海道に住むフィリピン人で、熱狂的なガンダム・ファンであるヘクター・アトム・ポサダス(Hector Atom Posadas)を見つけた。さっそく、彼にインタビューするため、北海道の十勝を訪れたNHK記者は、「シャー・アズナブル」の赤い軍服を着たヘクターに出逢い、彼がどうしてシャーを好きになったのか、その話を聞くことにした。(それにしても、派手なコスプレ姿のフィリピン人が、よりにもよって北海道に住んでいるとは。新人だけでも嫌なのに・・・。子供の頃に北海道を旅行した筆者にとっては、何とも陰鬱な状況である。日本は悲しい時代になってしまった。)
インタビューを受けたヘクターは幼い頃、母親が買ってくれたガンダム・プラモデルが切っ掛けだった、と打ち明けてくれたのだが、NHKのナレーションが“問題”なのだ。NHKの女性アナがナレーションを担当していて、彼が子供の頃、「海外出張の多かった母親が、ガン・プラを買ってきた」と述べていたのである。筆者は思わず耳を疑った。「海外出張 ?!」って聞けば、骨董商とか貿易商みたいな職業か、と思えるじゃないか。でも、何となく怪しい。数々の「前科」を持つNHKのことだ。“不都合な事実”があると、巧妙に隠す癖がある。以前にも紹介したけど、NHKは肝心な点を視聴者に伝えないことが多い。今回だって正直とは限らないじゃないか。これは筆者の憶測だけど、ヘクターの母親は水商売のフィリピン人かも知れない。日本のキャバレーとかフィリピン・バブに勤める出稼ぎ人の母親が、たまにある帰国の際に、当時人気を誇っていた日本のガン・プラを、我が子への「お土産」として購入し、それを実家で暮らす息子に与えていたとも考えられるのだ。NHKは「出稼ぎ酌婦」と紹介したくなかったから、耳障りの善い「海外出張」に言い換えたんじゃないか。断っておくが、事実は不明である。
(左: フィリピン人の踊り子 / 右: フィリピン人の子供 )
NHKが行ったインタビューの中で印象的だったのは、ヘクターが感銘を受けたというシャー・アズナブルの言葉だ。ヘクターはシャーについて書かれた本を取り出し、シャーがなぜマスク(仮面)をつけているのかを話した。そして、彼はシャーが体現する「過去を捨てる生き方」に感動したという。これも筆者の推測だけど、ヘクターは自分の「過去」を捨てたいんじゃないか。つまり、フィリピン人という民族性は日本という異国では自慢にならない。出来る事なら何処かに葬って、新たな人種、民族、人間に生まれ変わりたいと考えても不思議じゃないだろう。アメリカに暮らすユダヤ人だって、おぞましい過去を持つ「異人種」より、アングロ・サクソン人が創った国家に属する「アメリカ人」という名称の方を好む。例えば、デーブ・スペクターは日本人の前で「アメリカ人」というブランドを自慢するけど、西歐系アメリカ人が聞けば、「なぁ~んだ、ロシアから流れ着いたユダヤ人の小倅か !」と“せせら笑う”だろう。こうした西歐人モドキの異邦人は、無知な日本人が相手だと、「どうだ、オレ様は戦勝国で超大国のアメリカからやって来たんだぞ !」と大威張り。馬鹿らしいけど、デーブ・スペクターは黒髪を金色に染めればゲルマン人になれると思っている。こんな変装は日本人から見ても滑稽だ。
(左: ビルマ人の少年 / 右: アフリカ系アジア人 )
日本人は本当にお人好しで脳天気である。アジアから移民を受け容れれば、街並みが変わるだけではなく、自分達の肉体までもが変わってしまうことに気づいていない。我が子が通う幼稚園や小学校にアジア移民の子供や混血児が増えるだけでも嫌なのに、息子や娘の結婚相手がアジア系とかアフリカ系になったらどうするのか? 。大学教授や文化人は言及しないけど、肉体が変わってしまうと精神まで変わってしまうのだ。人間は集団生活をするので、外見や仕草で「仲間」と「よそ者」を区別する。普通の日本人はいくら日本語が達者でも、アフリカ人のような顔附きの人間を、従来の意味で「日本人」とは思わない。しかし、現代の教育はこうした違和感を「悪」と断罪し、人種偏見を持たぬよう“調教”しようとする。だから、大人の抑制を持たぬ小学生や中学生は、こうした洗脳に生理的な反撥を示し、教師の居ないところでアジア系生徒の悪口を述べたりするのだ。アジア人生徒やアフリカ系混血児に対する「仲間はずれ」が絶えないのは、子供たちが持つ本能的拒絶反応なのかも知れない。
同種同族の国民が欲しい
(左: 雑種犬 / 中央: サモエド犬 / 右: コーギー犬 )
人間と動物を一色単にして述べるのは危険だが、犬や猫を例に取ると解りやすいこともある。現在では優生学とか人種衛生学は悪魔の学問であるが、全否定すると大切な部分まで捨ててしまうことになりかねない。各民族が独自の特徴、遺伝子、風習を保存しようとするのは間違いなのか? 「ホロコースト」を叫ぶユダヤ人は、アブラハムから継承する血統を誇っているし、黒人の遺伝子を殊さら嫌っている。しかも、西歐諸国で「人種のるつぼ」を謳っていたのに、イスラエルに住むと排他的で、アラブ人やイスラム教徒を迫害。これって二枚舌じゃないのか。日本人やヨーロッパ人にも二重思考がある。一般人は人間の血統に無頓着を装っているが、犬や猫、馬といった動物になると平気で血統証明書を見せびらかす。試しにペット・ショップを覗けば、人気の種類が高値をつけ、雑種は安値が当り前で、店によっては取り揃えていないのだ。人気のある種類は、純血の秋田犬とか、英国のウェリッシュ・コーギー、白くて大きなサモエド犬、猫だとノルウェージャン・フォレストやスコッティッシュ・フォールド、ブリティッシュ・ショートヘアなどで、1、2万円で買えると思ったら大間違い。貴重なペットを購入するお客は、動物の命ではなく、その可愛さとか外見に対してお金を払っているのである。もし、どんな種類でも平等なら、保健所で殺処分を待つ犬猫でいいじゃないか。
( 左: ノルウェージャン・フォレスト / 中央: スコティッシュ・フォールド / 右: ブリティッシュ・ショートヘアー)
普通の日本人や西歐人も時折「人種差別」の側面を見せる。例えば、養子を取る時、白人夫婦はなるべく自分達に近い白人の赤ん坊を選び、高い仲介料を斡旋業者に払う。孤児院には黒人やヒスパニックの子供が多いのに、彼らには需要が少なく、「値段」も安い。黒人の赤ん坊だと二束三文で、大抵は売れ残り。しかし、こうした「在庫品」でも成長するので、幼い養子を求めるカップルから敬遠されてしまい、益々引き取り手がいなくなる。さらに可哀想なのは黒人の男の子で、仕方なく黒人を養子に迎える白人カップルは、なるべく女の子を選択するそうだ。というのも、男の子を選んでしまうと、大きくなってグレた場合、非常に厄介な事になるからだ。確かに、腕力のある不良黒人が一旦暴れ出すと、養父だって負けてしまうから大変だ。また、いくら慈悲深い白人夫婦に育てられても、黒人少年は自然と同種類の黒人を友達にする。ところが、その中には下品で非行に走る者もいるから、寂しがり屋の黒人は「悪事」と分かっていても、つい共犯者になってしまう。全部とは言わないが、異人種の養子を迎えた家庭は、不幸になる確率が高い。
(左: 黒人の赤ん坊 / 中央: 黒人の親子 / 右: フィリピン人の赤ん坊)
日本人夫婦もなるべく自分の遺伝子を持った子供を欲しがる。不妊治療を受ける女性だと、自分の卵子を用いた体外受精を考えるし、それが駄目なら兄弟の子を譲ってもらうとか、何らかの養子策を取るのが一般的だ。いくら子供が欲しいからといって、朝鮮人とかフィリピン人の孤児は選ばない。だいいち、愛情が湧かないし、亭主だって他人の精子で生まれた子供じゃ厭になる。もし、亭主の精子を諦めた日本人女性が人工授精を考え、精子バンクを訪れた場合、彼女は日本人男性の精子を選ぶはずだ。人によってはゲルマン系白人男性の精子を選ぶかも知れないが、アフリカ人の精子を選ぶ者はほぼ皆無だろう。わざわざ黒人との混血児を選ぶ女性がいるとは思えない。また、精子提供者をモンゴル人でもインド人でも、マレー人、トルコ人、ケニア人、グルジア人でも構わない、と答える日本人はいないだろう。ロシアン・ルーレットじゃないんだから、「出産した時のお楽しみ」なんていうケースは無いぞ。
(左: 北歐系の幼児と猫 / 中央: ゲルマン系の親子 / 右: 西歐人の少女 )
西歐人もそうだが、我々日本人も人種や民族性について、無意識的な「禁忌(タブー)」を刷り込まれている。そもそも、なぜ自分の国に住んでいるのに、先祖代々の容姿を受け継ぐことがいけないのか? ドイツのゲルマン人がチュートン的特徴を保存したいと望むのは当然で、ジャーマン・シェパードを飼いたいと望む日本人が、純血のシェパードを求めるのと同じ気持ちである。もし、モンゴル人がモンゴロイドの子孫を残したり、ギニア人の夫婦が黒人の養子を迎えたら、日本人は彼らを「レイシスト」と呼ぶのか? だいたい、日本人は西歐白人ばかりに目くじらを立てるから異常だ。アメリカの白人も同じ症状に悩んでおり、イギリス系入植者が建てた国に住んでいながら、「白人であることを誇っては駄目」と叱られ、「人種的色盲(colour blind)教育」を強いられている。自宅や郷里を「ホーム」と呼んできたのに、合衆国を「スウィート・ホーム(愛しき祖国)」と呼べないだから、アメリカの白人は憐れだ。今じゃ野球場だけが例外となり、「ホーム・グラウンド」と呼ばれている。
日本も確実に「多民族社会」に突入おり、あらゆる場面で異人種共存となってしまった。「グローバル企業」を目指すユニクロの柳井会長は、さすが“国際派”である。たまたま同社が制作した「Kidsショート・パンツ」のCMを観たんだけど、そこに登場するモデルは日系日本人の子供じゃなく、縮れ毛の黒人とかアメリカ人気取りのアジア人少年なのだ。まるで米国の衣料メーカー「ギャップ(GAP)」のテレビ広告みたいだけど、ユニクロの名物会長さんは、異人種混淆社会を理想としているんだろう。こうした大企業をスポンサーにしている日本のテレビ局が、多文化・多民族主義を称讃していてもおかしくはない。色々なバラエティー番組で、ヨーロッパ系混血モデルと一緒に、アジア系・アフリカ系の藝人を採用しているじゃないか。まるで「抱き合わせ商品」を売りつけるテレビ・ショッピングみたいだ。
話は戻るけど、何が何でもオリンピックで金メダル数を増やしたい日本人は、アフリカからドンドン優秀な運動選手を輸入すればいい。身体能力の優れた黒人の子供1千万人を連れてきて、奨学金と国籍を与えれば、「日本人選手」になるし、それと同時に、一般国民も黒人との混血児をもうけて、エリート教育に励めば、メダリストの息子や娘を持つことができるだろう。しかし、こうした黒い孫や異質な近所の子供を眺めた高齢者は、「うわぁぁ、素晴らしい」と叫んで喜ぶのか? 「昔は良かった」なんて呟くようになったら不幸だ。でも、現実は嫌な方向に進んでいる。相撲を観ればモンゴル人だらけ。サッカーの試合を観戦すれば南米人が目立つ。陸上競技には黒い混血児がいっぱい。ラグビーの早慶戦でもトンガ人やサモア人が主力選手。箱根駅伝ではアフリカからの留学生が走っている。こんなスポーツ界を目にする日系人は、それでも「ニッポン頑張れ !」と応援するのか? フランスのサッカー「代表選手団」を観た、あるケルト系フランス人が愚痴をこぼしていた。「なんだ、アラブ人ばかりじゃねぇか !」てね。
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