無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

2015年01月

英国の乳は蜜の味 甘い汁を吸う難民 / 弱者を装う移民

犯罪者の外国人を追放しない英国

  EU(歐洲聯合)は発足当時、ヨーロッパ諸国が統合されて米国に対抗しうる理想の共同体と称えられた。ところが、20年も経つと一時の熱狂は冷酷な現実の前で、徐々に醒めてしまった。冷静になった西歐人は致命的誤謬(ごびゅう)に気づいたのである。廉価な労働力が使えて良かったと思っていた人々も、東欧からの下層民が大挙して押し寄せる光景を見て背筋が寒くなった。豊かな先進国とはいっても、無知で粗野な移民がまともな職に就けるはずがなく、民族的差別にあったり、文化的摩擦によって現地人に嫌われてしまい、結局最後は犯罪に走る移民が急増したのである。失う物がわずかで道徳心が薄い異邦人は、手っ取り早い娯楽に手を染める。経済的利益をもたらす外国人が、一転して人的被害をもたらす疫病神に変身するのだ。「男は狼なのよ~」と呑気に歌っていた時代は遠い過去。女性がモビル・スーツ着て外出する未来が来るのではないか。(アニメの『ガンダム』かマンガの『レッド・アイズ』を参照にしてください。)

  人心が荒んだ貧乏国には社会道徳などない。とくにヨーロッパで忌み嫌われるジプシーは、どこの国でもだらしない生活を続け、まっとうな暮らしを守りたい住民から憎悪の対象となる。やりたい放題の外国人を駆除できぬイギリス人は、自国の治安に不安を抱きながら毎日を過ごす。そんな中、ジプシーの男4人とイラクからのクルド人1人が、ピーターボロー地区で12、3歳くらいの少女5人に襲いかかった。強姦犯一味は少女たちを麻薬漬けにしただけではなく、金を稼ぐためにギャングどもの前で、彼女たちに性的行為をするよう強制したのである。被害者のうち二人は、チェコとスロヴァキア系の少女で、他の三人はイギリス人少女であった。

  主犯格のゼェノ・マーガ(Zdeno Mirga/18歳)は強姦罪と少女売春強制罪で16年半の懲役刑を受けたが、弟のドゥサン(Dusan)とデイヴィド・ズィガ(David Ziga)は罪に問われなかった。麻薬密売人のハッサン・アブドゥラ(Hassan Abdulla)も同罪で20年の懲役刑を言い渡されたが、このイラク人移民は、札付きの幼児強姦魔で以前にも麻薬所持で有罪になっていたのだ。レナト・バログ(Renato Balog/18歳)とジャン・カンドラック(Jan Kandrac/17歳)も、強姦罪で懲役刑となった。(Tom Rawle, Immigrant child sex gang jailed for 54 years as judge slams their disrespect for the UK, Daily Star, 20 February 2014) こうしたニュースは珍しくない。英国中どこでも起きている。だから、今では穏健なイギリス人でも移民反対を表明しているのだ。当然だろう。こんな移民犯罪者が街中を闊歩しいているのだから。
 

  非西歐世界から有色移民を受け入れることすら英国人は嫌なのに、政府や裁判所は犯罪者の外国人を中々追放しないのだ。2012年、ソマリアからの不法移民であるアブディカリム・アバス・アブディサマド(Abdikarim Abbas Abdisamad/33歳)は、ナイト・クラブで知り合った女性(24歳)に、失業して一文無しだと愚痴をこぼした。同情したその女性は、哀れなソマリア人を泊めてあげようと自宅に招いたらしい。すると、この恩知らずの黒人は、彼女を強姦したうえに激しい暴行を加えたのである。彼女は17ヶ所も負傷する惨事にあった。コヴェントリー裁判所で10年の実刑判決を受けたソマリア人には前科があったという。2009年に暴行罪で半年間刑務所に服役し、強制退去の処分を受けていたのだ。しかし、この前科者は移民の身分を保持していたし、祖国ソマリアが内戦状態だったので、英国政府は彼の滞在延長を許可してしまった。だが、今回の強姦事件をうけて、英国内務省もようやく重い腰を上げ、兇悪外国人の駆除に取り掛かったのである。(Emily Allen, Illegal immigrant raped young woman three years after judge ordered him to be deported Daily Mail,  20 April 2012) ところが、移民を追放するとなれば、司法手続きが厄介なうえに、手間がかかって費用が嵩(かさ)むし、何と言っても「人権」問題が大きな障害となる。強制退去はなかなか実行されぬのが現実だ。とくに送還先がひどい独裁国だったり、紛争地域になっていると、「犯罪者」外国人の“人権”とやらを“考慮”せねばならぬらしい。強姦被害者は暴行で頬骨が砕け、数ヶ所にも及ぶ裂傷に苦しみ、さらに糸で縫われた傷口を毎日見ながら嘆き悲しむのだ。彼女には何らの補償も慰安も救済もない。「人権」なんかより遙かに重い「イングランド臣民の権利」はどこに行ったのか。

  罪を犯した外国人を中々排除できないのに、悪質な外国人は様々な手段で英国に入ってくる。日本でも大問題になっているが、不逞外国人が偽造パスポートを密売するのだ。アルバニア出身のメディ・クラスニキ(Medi Krasniqi)は、数千枚もの偽造書類を作り不法移民に販売したという。値段は手頃な50ポンドくらい。トーカ堂の北義則社長も、ビックリ価格。(テレビ・ショッピング界の名物社長) 共犯のアルセーヌ・メシ(Arsene Meci)は、偽の運転免許証、国民IDカード、旅券、社会保障書類を作っていた。(Two men forged thousands of passports and IDs, The Times, 31 December 2014) こんなむ熟練職人など要らない。我が国にとっても他人事ではない。日本政府は高度技術者をアジアから輸入すると息巻いているが、国民はどんな偽造熟練工が来るのか不安であろう。日本の大学に留学した理工系支那人学生は、偽造クレジット・カードを製造したり、コンピューターから情報を盗み出すことが得意だ。こうした努力をまっとうな職場で発揮しないのが支那人である。もちろん、被害者は賠償を取れずに泣き寝入り。

  西歐諸国では国籍取得の際、移民に筆記試験を課す場合がある。救急コール・センターに勤めるワシム・フセイン(Wasim Husain)は、300ポンドを貰って別人のために国籍取得試験を受けた。ところが、試験会場の職員は彼が身分証明書として呈示したパキスタン旅券を怪しみ、別室に連行したそうである。この職員が旅券は偽物と判断し、フセインが替え玉であることを見破ったので、怒ったフセインは旅券を奪い取った。昂奮したフセインは、旅券のページを引きちぎると口に入れて食べ始めたのである。そして部屋を脱出しようとしたが、ドアがロックされていたのであっけなく有罪となってしまった。(Martin Fricker, Fraudster EATS fake passport after being caught taking someone else's British citizen test, Mirror, 26 November 2014) ところで、旅券てどんな味がするのかなぁ? 几帳面な日本人なら「旅券の裏にこれは食べ物ではありません」と表記するかもしれない。(昔、コタツで肉を焼かないでくださいという警告文があった。嘘みたいな本当の話。)日本では外国人が日本国籍を取ろうとしても、特別に厳しい審査があるわけではない。そもそも国籍試験という発想がないのだ。大学受験は厳重に行われて、替え玉受験や裏口入学が発覚すると一大事。有名大学だと盆踊りとクリスマスを兼ねたように騒ぎまくる。しかし、大切な日本国籍については無関心。密入国より学歴詐称の方が重罪なのだ。

  文明国の病理に、犯罪者への人権考慮がある。日本や欧米以外の第三世界では、犯罪者など「下人」であり、虫けら同然で、「人権」といった浮ついた言葉はない。普通の国民にさえまっとうな権利や自由がないのだから、容疑者や受刑者に公正な裁判や人道的配慮など誰も主張しないのだ。支那では人命が饅頭より安い。しかし、英国では犯罪者が“家族の絆”や“人権”を言い立てると、法秩序を守るはずの政府や裁判所が腰砕けになってしまう。偽造パスポートで入国してきたモハメッド・ザルフィカ(Mohammed Zulfiqar)は、15,000ポンドを謎の闇業者に支払って、2002年に密入国を果たした。しかし、11年が過ぎ、警備会社の門番として就職しようとした際、審査書類に添えたパスポートが偽物と判明して逮捕されたのである。他人の安全を保障しようとする会社に、不法入国者が応募したのだ。間抜け野郎としか言いようがない。モハメッドが買ったパスポートには、盗難被害を届けていた人物の名前が明記されていたのである。しかも、彼が使っていた国民補償番号は、既に死亡した人の番号であった。(Emma Glanfield, Illegal immigrant who used fake passport to smuggle himself into Britain and work now claim being deported would breach his human rights, Daily Mail, 20 March 2014) そういえば、鳩山由紀夫はあの世から、個人(故人)献金を受けていたんだ。日本人も笑えないだろう。

  処罰されたモハメッドには交際している女性がいて、二人の間には5人の子供までいるのだ。人権法の第八条は家族が一緒に住む権利を補償しているので、犯罪者であっても無実の女性の夫で幼い子供の父親であるモハメッドを国外追放には出来ない。捜査当局の家宅捜査で、怪しい代物だがパキスタン旅券をモハメッドが所有していたことが明らかになった。しかし、もともと偽造旅券で入国したので、彼の国籍がパキスタンとの確かな証拠はないのである。仮に彼が自白してパキスタン国民だと判明しても、パキスタン政府が受け入れるとは限らない。したがって、刑期を終えればモハメッドは英国に住み続けることができる。出所した前科者は家族団欒を楽しむことができるのだ。実に腹立たしい。英国の臣民はこんな犯罪者の家族を野放しにしたまま、その子供を教育して、やがてイギリス国民として迎えるのだ。密入国者が犯罪を実行したら、その家族が幸せになる仕組みには、とうてい納得できない。罪を犯せば家族もろとも不幸になる世間でなくては、正義と秩序ある社会にならないだろう。

頻発する福祉詐欺事件

  外国人にとって欧米社会の魅力とは、何と言ってもその手厚い社会福祉だ。アフリカやアジアの貧困国では、セイフティー・ネットは家族か親戚だけ。赤の他人がゼニをくれるなんて信じられない。英国は簡単にお金をくれることで有名だ。2001年、迫害を理由にイランから逃れた来たというマスード・モンタゼリ(Massoud Montazery)は、英国政府に庇護申請を行ったが却下された。政治的迫害を理由にすれば許可されるとでも思ったのだろう。しかし、イラクではどの野党にも属したことがないこのイラク人は、何ら国籍を証明する書類も所持していなかったくせに、女房だけはしっかり連れてきて、英国に着くや「政治難民です」と言い放った。庇護申請を拒否されたにもかかわらず、英国を去らず居残って福祉詐欺をはたらいた。

  この男は何と55万ポンドも銀行に貯め込んでいて、2万5千ポンドの福祉金を騙し取っていたのだ。張り込みをして待ち伏せていた移民局職員は、金に困っているはずの男が、悠然とメルセデス・ベンツを運転してる現場を取り押さえた。デザイナー仕立ての服に身を包んだ詐欺師の隣には、ちゃっかりと毛皮のコートを纏った女房が坐っていたという。福祉詐欺を調査する役人が、彼の屋敷を捜査したら、高級車のジャガーX-TypeとBMWを発見して驚いた。えぇー、うらやましい。(日本の勤労者だってこんな格好いいクルマを買えないのに。) このイラン人夫婦は子作りだけは怠けず行っていて、共犯の女房は二人の子供を英国で産んでいる。また、子供を利用して居坐る腹づもりなんだろう。言語道断の詐欺外人を扱ったリバプール裁判所の判事は、それでもこの夫婦を強制退去処分にしなかったのである。マスードにはたった9ヶ月の懲役と、無償労働を課しただけで、英国に残れる状態を許したのである。(James Tozer, Benefit cheat asylum seeker had £500,000 in the bank and drove a Mercedes, but was caught out by wife's fur coat, Daily Mail, 25 January 2008) 英国の裁判所にも、やはり頭のおかしい判事が結構いるということだ。

  乳牛は死ぬまで搾れ、というのが難民の習性である。お金を腐るほどもっている英国人からは、いくら搾っても罪悪感が湧かない。庇護申請者のマヒラ・ルスタム・アル・アザウィ(Mahira Rustam Al-Azawi/49歳)は、偽の身分証明書を使って8年間にも及ぶ福祉詐欺をはたらいていた。この女は住宅三軒を購入したり、息子を授業料免除の学校へ通わせたりして、70万ポンド以上の福祉金をくすねていたのである。一度もきちんと働いたことがないアル・アザウィは、100万ポンド以上の価値がある三つの屋敷を購入し、そのうちの二軒は賃貸物件にしていたという。一般のイギリス人だって公立学校で我慢しているのに、この女は息子を1学期の費用が4,164ポンドもかかる、ロンドンの私立校コルフ・スクールに通わせていたのだ。警察が彼女の豪邸(80万ポンド相当の価値)に踏み込んだら、そこは「アラジンの洞窟」ならぬ、証拠物件の宝庫であった。偽造書類や数種類のパスポート、偽の身分証明書や運転免許証が次々と出てきたらしい。

  裁判では、この外人詐欺師が生活保護申請をしていたり、自分やいとこ、母親の名義などで税金還付さえ受けていたことが明らかとなった。彼女は13の容疑で有罪となったが、たった3年の実刑判決を喰らっただけ。アル・ザワウィは最初はイラクからの留学生として英国に入ってきて、卒業するとイラクヘ戻った。しかし、再び英国に戻って来て、庇護申請を行い、所得や住宅の面で補助を受けたのだ。図々しくも、短期間だがアイルランドに住んで、偽名を用いてアイルランド国籍まで取得していた。(Nick Mcdermott, Iraqi asylum cheat who got £700,000 in benefits, three houses and private school for her son, Daily Mail, 26 June 2010)

  今度は副業にも熱心な詐欺師の話。ファンタ・シゼイ(Fanta Sesay)はシエラ・レオーネ(Sierra Leon)から英国にやって来て、庇護申請を行い18万ポンド以上の社会福祉を騙し取った。詐欺は9年間にも亘って行われていて、2005年から2012年の間でも、20,800ポンドの所得補助と121,000ポンドの住宅補助、38,700ポンドの児童手当還付金を不正に受けていた。庇護申請者なので合法的に働けないはずであったが、偽の名前と国民保険番号、誕生日を用いてホマートン病院と聖トマス病院で看護助手として働いていたのだ。この違法就労で240,000ポンド以上の所得があった。裁判で明らかとなった被害額は合計で42万ポンドにも上ったという。リンゼイ・バーン判事は28ヶ月の実刑を言い渡した。

  シゼイはシエラ・レオーネから英国に着いたとき庇護申請を行ったが却下されてしまった。退去期限が近づくと英国人と結婚してしまい、無期限滞在許可を得てこの楽園に居坐ったのである。2005年までは、移民としての身分が確定されていなかったから、就労も出来なかったし、福祉を受けることさえ出来なかった。しかし、2003年に偽名や偽造書類を使ってホマートン病院に勤めだした。偽造書類を用いたのは、行政当局に所得を探知されぬための防御策である。病院勤めをする一方で、シゼイは失業中の片親という申請理由で所得補助の福祉金を受けていた。また、英国で働いていないという申告をして、児童手当還付金をもくすねていたのだ。2009年には、またもや偽造書類を使って、ガイ病院と聖トマス病院でも働き始めたという。(Alex Ward, Benefit cheat asylum seeker from Sierra Leone stole more than £180,000 while holding down two jobs, Daily Mail, 19 September 2012) 詐欺をしながら病院で熱心に働いていたシゼイの本職は、介護助手なのか「詐欺師」なのか分からない。事件内容を知ると呆れてしまうが、英国の役人も日本の役人と同じく、やっぱり「税金とは他人のゼニ」なのだろう。


  聞くも涙、語るも涙の講談は、落語と同じで害はない。しかし、捏造はイケナイよねぇ。嘘つきは朝日新聞の始まりだ。アフリカ東部(ケニアと推測される)から入国してきたアミナ・ミューズ(Amina Muse)は、ソマリアで武装した民兵に輪姦されたとの理由から難民資格を得た。この難民申請を行った女は、6人の子持ちで、恐ろしい体験を語って英国人を騙したのである。悲惨な過去を背負うフリをしたアミナは口が達者だった。悪辣なソマリア人等によって目の前で兄弟が殺され、そのうえ強姦されたという話をしたところ、この酷(むご)い体験談に驚いたイギリス人はブリテン国籍を与えてしまった。しかし、彼女の悲劇はまったくの作り話。福祉詐欺を行うための下拵(したごしら)えに過ぎなかった。この女がソマリアで強姦されたという日時には、スウェーデンで出産をしていたのである。さらに、スウェーデンでも5万ポンドを騙し取っていたのだ。偽名を使いスウェーデンとイングランドを行き来しながら、詐欺を行っていたのである。こうしてイギリス人納税者が騙し執られた金額は、40万ポンド以上にのぼったという。(Michael Seamark and Tamara Cohen, Asylum seeker who claimed to have been gang-raped and witnessed family's murder in Somalia exposed as £250k benefit fraudster, Daily Mail, 11 January 2011)

  ここで時系列を述べてみよう。1995年、ミューズは三人の子供を連れてスウェーデンに入国し、アヤン・アブドゥル(Ayan Abdulle)という偽名でパスポートを貰った。そしてスウェーデンで子供を2人産み、デンマークで1人産んだのである。この狡賢い黒人女は、北欧諸国が有色人難民に甘いことを利用したのであろう。悲劇を語ればいくらでも金を吸い上げることを熟知していたに違いない。2003年には、英国でアミナ・ミューズという別の偽名を用いて庇護申請を行ったのである。しかし、この申請は却下されてしまった。ところが、この決定は2004年に覆され、滞在許可が下りたのをいいことにして、虚偽の福祉申請を行ったのである。2009年にはブリテン国籍まで取得できた。2004年から2010年までの間に、ロンドンのニースデンで所得補助、住宅手当、介護手当、子供手当など計261,358ポンドを騙し取ったという。カムデン地区からは112,985ポンドも懐に入れて、四つの寝室が附く住宅に住んでいた。

   こんなに公金が詐取されたのに、イギリス人納税者は調査のために15万ポンドも費やした。さらに納得できないのは、裁判所がミューズを強制退去処分にしなかったことである。こんな詐欺師でもブリテン国籍をもっているから追放できない、と言うのだ。イギリス人が激怒するのも無理はない。そもそもが嘘で固めた入国・滞在身分なのだから、国籍取得だって嘘に基づく犯罪行為のはずだ。常識的に考えれば、嘘を信じた役所がブリテン国籍を与えてしまったのだから、国民と役人は詐欺の被害である。あんな性悪女は犯罪者の烙印を額にでも焼き付けて、北海かドーヴァー海峡にでも沈めればいいんじゃないか。

  他人の不幸は鯛の味。とはいっても、日本人も他人事として高見の見物はもうできない。福祉の甘い蜜にたかってくる外国人は、日本にも押し寄せている。アフリカ人やアジア人は欧米を太った雌牛と見なすが、日本人だってネギを背負ったカモだから同じである。移民流入で大失敗を犯した西歐人を見て、日本政府も同じことをしようとするのだから、正常な日本国民は反対せねばならない。異人種・異民族を輸入した者は責任を取らず、外国人がどんな犯罪をやらかしても知らぬ顔を決め込む。窃盗や殺人、強姦に遭って被害を受ける一般人は、不逞外人を招待した覚えはない。しかし、犯罪者はそんな区別をせずに、犯行を重ねるだろう。昔、人生幸朗(じんせいこうろう)の「ぼやき」漫才に、「責任者出てこい !」という決めセリフがあった。本当に責任者は棺桶に入っても出てこい、と言いたくなる。隣近所に異邦人が住み着き、街中には強姦魔や強盗犯がうろつくから、安心して外出も出来ないし、寝ているときも不安でならない。移民政策責任者は巨額の退職金を得て、高級住宅地で安全な余生を送るのだ。これに抗議する者は、「極右の差別主義者」らしいが、日本ではこういう人物を「常識人」と呼ぶ。誰か竹中平蔵を大阪の西成地区に連れ出してくれないかな。




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嫌いな黒人と似ている朝鮮人

馬鹿にする黒人と同じ風習

  朝鮮人が日本人から嫌われる理由とは何か。色々あって説明するのに困る。尊大だったり、不潔だったり、短気であったり、と悪いところを挙げたらキリがない。朝鮮人の顔が嫌い、という生理的拒絶反応はしょうがないとしても、朝鮮人が馬鹿にされ敬遠されるのには、それなりの理由があるのだろう。それに、日本人だけではなく、在日朝鮮人でも恥ずかしく思う文化・慣習があるのだ。朝鮮人が自分の正体を隠しながら、日本で生きているのも分かる気がする。朝鮮人の実態があまりにも酷くて、貧困を極めているからだ。そんな朝鮮人の一面をちょっと述べたい。

  日本では頭上に物品を載せる習慣は無いが、朝鮮では婦女子が物を頭に載せて運ぶ風習があった。これは各家庭に井戸が無かったし、共同井戸をもつ部落が少なかったせいもあって、水汲みのために水甕(みずがめ)を頭に載せて歩いていたのである。科学技術が未熟というより、あまりにも惨め過ぎる原始的生活しかなかったから、運搬手段の改良すら発想できなかったのであろう。頭に載せることで相当重い物でも運べたらしい。外出の時でさえ、風呂敷包みを頭上に載せる習慣があったという。マヌケな小僧みたいだ。ちょっと滑稽である。朝鮮の女は働き者と言われるのも分かるなぁ。でも、朝鮮人はこうしたウォーキングが、いいエクササイズになったんじゃないか。現代の我々はお金を払ってジムに通い、ルームランナーで走ったり、重いベンチ・フレスを持ち上げているのだから。しかし、朝鮮人の歪んだ体形は嫌だろう。朝鮮女性が蟹股(かにまた)で歩くのは、重い荷物を頭に載せて歩いていたせいかも知れない。(堀貞次良 『内鮮風習理解の書』 朝陽社 昭和18年 p.95) 

   朝鮮人は黒人であるアフリカ人を見下し馬鹿にするが、実は彼らと同じ風習をもつことが恥ずかしい。カゴを頭に載せて物を運ぶなんてことは外人に知られたくない。とりわけ憎い日本人に知られたくないのだ。泣き女だって在日朝鮮人は、本心ではとても恥ずかしく思っている。朝鮮で生まれていれば、人生で重大な葬儀に鼻水垂らして泣いても平気だろうが、大げさな身振りをしない慎み深さや、人前で感情を堪えることが美徳とされる日本に生まれ育つと、在日朝鮮人だって祖国の慣習がおかしいことに気づく。お金を払って他人に泣いて貰うことで、葬儀を盛り上げようなんて、その発想自体が嫌である。朝鮮人が泣き女について語りたくない別の理由は、同じ風習がアフリカにもあるからだ。たとえば、ケニアでは葬儀のとき泣く職業があり、プロの「泣き女(男)」が存在する。サミュエル・オチェングというプロの泣き男によれば、ついていない時は3.8ポンドしか貰えないが、多いときは12ポンド貰えることがあるという。(Dennis Okari, Kenya's paid mourners face uncertain future, BBC News, 7 November 2014) 面白いのは、葬儀の時どうしても涙が出ない場合は、笛を吹いて誤魔化すそうである。でも、運動会かドリフターズのコントみたいで、つい笑いたくなるが。(しかし、太ももをつねってアザをつくるよりいいか。)

  朝鮮人のジェスチャーが日本人に不快感を与えることもある。日本では一般に腰に手を廻したり、当てたりすることは横柄な態度とされているが、朝鮮では男女とも腰に手を廻して相手に接するという。無知な朝鮮人が日本にやって来たのだから、日本人と軋轢が生じるはずだ。普段から生意気な態度をとる朝鮮人が、こんな身振りをしたら日本人は怒ってしまうだろう。日本人が激怒する朝鮮人の仕草の一つに、足で物を動かすことが挙げられる。(p.147) 支那人もよくやる動作だが、日本人にしたら無礼極まりない。朝鮮人女が膝を立てたまま坐ったり、その姿勢で飯を食う姿も、日本人は「はしたない」と感じてしまうから、よけい朝鮮人に対する嫌悪感が増してしまう。不作法に足を使う朝鮮人だが、妙にその履き物は大切にしたのである。朝鮮人は履き物を脱いで上がる所なのに、かえって部屋に上がってから脱ぐといった滑稽な行動をとる。(p.159)

軍艦に喜ぶ朝鮮人と呆れる日本人

  支那人のミニチュア版というべき朝鮮人は、自分の真価が分かっていないくせに、やたらと大人(たいじん)ぶって、自分を実力以上に見せたがる。軍事組織の構築や科学技術の開発においても、日々発展させる地道な努力より、一挙に獲得しようとする傾向が強い。そこで、朝鮮人が日本人から劣等民族とみなされる原因を探るため、一例を紹介し考えてみたい。

  朝鮮にまだ大韓帝國があった頃、皇帝高宗の即位40年称慶礼式を挙げるにあたって、朝鮮人は馬鹿らしいほどの大騒ぎをしていた。世界の列国から大使を招待するというので、何が何でも一流でなくてはならぬ、と張り切っていたのだ。いかにも面子を重んずる朝鮮人らしい。そこで、東京から馬車や上等な椅子を購入するとかして、一切万事ハイカラにせねばならぬと見栄を張ってしまった。朝鮮人にとって命よりも大切な、あのアホらしい“見栄”である。世界各国の軍艦が仁川で祝砲を放った時、答礼せねば一国の体面に関わるといった名(迷?)論が出たという。そこで、月尾島に砲台を築き、軍艦揚武(ようぶ)を購入することになったそうだ。(塩崎誓月 『最新の韓半島』 青木嵩堂 明治39年)

  慎重な行動を取れぬばかりか、論理的思考すらない朝鮮人は、面子を優先させて後先考えずに行動してしまう。月尾島の砲台を造ったのはいいが、未だ国際上の通牒も済まさぬというのに、たまたまドイツの軍艦が祝砲を打ったものだから、朝鮮人指揮官は早速答礼をせねば、と単純な心得で突然発砲してしまったのだ。仁川周辺の朝鮮人もその轟音に驚いたが、もっと驚いたのはドイツ軍艦の方であった。ドイツ軍人は即座に京城のドイツ公使館へ通達したのである。ドイツ公使が国際法を無視した発砲を咎めると、朝鮮側の外交担当者や軍部のおエラ方は真っ青になり、平謝りの醜態を晒した。昔から朝鮮人は国際常識がなかったのである。

  軍隊という訓練を要する武装組織は、もともと朝鮮人には縁遠い代物であった。箸とペニスより重い物をもったことがない両班にとって、武人というのは野蛮人であって、漢詩を詠む高級文人には及ばない。文弱の朝鮮人支配者層にとって、軍事は専門外だったから、軍艦は自国生産ではなく、外国から輸入するものであった。「軍艦」と称されていた「揚武」だが、元は英国船「Pallas」を日本が25万円で購入し、石炭運搬船として使っていたのである。この商船を三井物産が仲介して、朝鮮に売買する契約を結んだのである。こんな中古船舶に12インチ砲などを設置して戦艦らしく見せかけた。朝鮮人にとって晴れがましい唯一の軍艦だから、その艦内の装飾は手が込んでいたらしい。皇帝が乗船するときのために玉座の船室を設けており、高級な椅子や銀の燭台が設置されていたという。(p.198)

  しかし、軍艦の内装は見事でも、乗組員の質が最低であった。何か沈没したセオル号を想い出してしまう。軍艦揚武には、もちろん朝鮮人の艦長や副艦長が乗っていたのだが、これがズブのアマチュア軍人であった。艦長の愼順晟は25、6歳の若造で、日本に留学して大坂商船学校を卒業したらしい。四等運転師の免許をもらったばかりの鮮人が船長になっていたのだ。一方、副艦長は金肅房という髭面の鮮人だが、この男も軍人ではなく、仁川の花開洞で女郎屋の亭主をしていたという。こんな野郎が一躍軍艦の副艦長になってしまったのだ。朝鮮人のいい加減さはこんなもんじゃない。船の水兵が乞食だった。というのも、食事をたかる乞食を抱えた朝鮮の官吏が、軍艦見物に一緒に連れてきて、そのまま水兵にしてしまったのだ。中には、詭弁を用いて厄介な乞食どもを軍艦に残したまま、何食わぬ顔で帰ってしまう官吏がいたそうだ。あぁ~、朝鮮的人材活用だねぇー。

  驚くなかれ、こうした官吏は泥棒でもあった。軍艦内部を見学した序(つい)でに、玉座にあった銀の皿や洋食用のナイフなどを持ち帰ってしまった。(p.202) これじゃあ、日本のホテルでバスローブからトイレット・ペーパーまで盗んで帰る支那人と変わらないではないか。不要な食客乞食は置いていくのに、貴重な器物は懐に入れて持ち去るとは、呆れてモノが言えない。そんな泥棒官吏を処分すればよいではないか、と塩月氏が艦長に問うと、処罰できる権限は何もないし、泥棒官僚のほうが地位が高いので手が出せないと答えたという。トホホ。

  武士に睨まれただけで失禁(小便漏らし)しそうな朝鮮人は、軍事が苦手でも“一流国家”の体面だけは守りたかったらしい。ロシア公使から揚武はボロ船で実弾一個発射しただけで船が破損するのでは、と馬鹿にされたのだ。そこで朝鮮人の軍部大臣は、実弾発射を命令したのである。しかし、軍事訓練も受けていない、だらしない船員で砲撃が出来るわけがない。当時は秘密であったが、揚武には日本人の参謀である某佐官が、監督という肩書きで平服に身を包み乗船していたのである。その他にも、休職あるいは予備役の日本人海軍将兵がたくさん乗っていて、機敏に動き回りながら砲弾を発射していたのだ。(p.199)

  これらの覆面日本人乗組員等が舷側の速射砲4門を各5発づつ発射すると、見学していた朝鮮人官吏は着弾した実弾による水柱を見て拍手喝采。轟音で耳が聞こえなくなった朝鮮人らは、12インチ砲を発射するとき、震えが止まらず怖くて近づけなかった。実弾発射を喜んでいる朝鮮人は、日本人「監督」から「お前等もいずれ士官になるのだから、チト発砲してみろ」と揶揄されたとき、皆で「麗しい」譲り合いを始めたという。勇気を発揮したある朝鮮人が、砲に向かって射撃しようとしたのだが、なんともへっぴり腰で、恐怖と緊張のあまり指先に全身の力が集中されていた。清水の舞台から飛び降りるような心境で、砲を発射するとその衝撃で朝鮮人一同が腰を抜かしてしまった。日本人から見れば、抱腹絶倒の一場面であったらしい。朝鮮人のある高官は巧みな日本語で「朝鮮にもこれで軍艦が出来ました。今後大いに海軍拡張の方案を立てるつもりです」と真面目に語ったという。「おいおい、本気かよ!」とツッ込んではいけません。

  熱しやすくて醒めやすいのは朝鮮人の性格だが、自分勝手な解釈で約束を反故にするのも彼らの特性である。朝鮮人は礼式が終わると、せっかく購入した軍艦揚武も無用の長物に思えてきた。にわかに軍艦不要論が持ち上がり、契約者の三井物産と韓国宮廷の間に揉め事が生じてきたのである。四月に仁川に着いた軍艦は五月になっても授受の手続きが済んでいなかった。そこで日本の林公使が間に入って調停役を果たし、50万円の契約金を減額して月払いの分割支払いにしたのである。代金支払いでゴネた朝鮮人は、軍艦の維持すら出来なかった。それまでは三井物産が食料や燃料の調達をしてあげていたが、引き渡しが済んだ後は、朝鮮人が艦を運行する羽目になったしまった。日本人に頼りきりだった朝鮮人は、艦の食料が尽きて大慌て。軍部と艦長は相談したあげく、艦長と副艦長が懐からお金を出して込めと塩を買うことになったらしい。食料でさえ頭になかった朝鮮軍部なのだから、船員の給料が一度も支払われていなかったと聞いても驚かない。この軍艦揚武は老朽化すると、朝鮮人の船員育成のため実習船として活用されたらしい。

  朝鮮人と係わるとロクなことがない。律儀で真面目な日本人は、無礼で無能な朝鮮人と接すれば、繊細な精神が擦り切れて疲れてしまう。永遠の劣等国である朝鮮とは、アフリカの未開国並に付き合えばよい。無理して友好を築こうとするから、日本人は損害を被るのだ。しかし、南鮮人は身の程知らずというか、根拠もなしに先進国と公言できるのだから、精神構造が我々と根本から違っているのだろう。「日韓友好議連」の政治家には思考能力があるのだろうか。



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