無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

2015年08月

アメリカ文化をぶち壊せ / 被告席に坐る白人と裁くユダヤ人

図々しい居候

KKK 3Betrayed  Debra Winger









(左: KKKの集会 / 右: 「背信の日々」のデブラ・ウィンガーとトム・ベレンジャー)

  人にそれぞれ性質があるように、国家にも独自の体質がある。アメリカ合衆国が人為的国家なら、我が日本は自然と神話の産物だ。アメリカ人が自国を天主(God)に祝福された共和国と考え、日本人を得体の知れない(enigmatic)民族と思おうが彼らの勝手。我々からすれば、アメリカのキリスト教徒は可哀想だ。彼らが信じる救世主イエズスは、大昔に昇天したまま戻ってこない。幽霊さえいない寂しい国家だ。一方、日本人は神様の子孫たる天皇陛下をいつでも拝謁できるし、お言葉だって毎年拝聴できる。キリスト教ではモーゼやアブラハム、預言者といった特別な人物しか、創造主の言葉を聞いたことがないのだ。こうした違いがあっても、両国民はお互いの文化を尊重するし、イチャモンをつけようとしない。ところが、西歐人を羨むユダヤ人は、西欧文化がお気に召さない。街で見かけた美女を附け狙うストーカーと同じ心理をもつ。「俺が好きなのに、あの女は俺に振り向きもしない」と腹を立てるのだ。変態精神に凝り固まったユダヤ人は、自分がブサイクなのを棚に上げて、「アメリカ人女の心は曲がってる。よし、俺様がその根性を叩き直してやろう」と考える。そこで早速、藝能界を支配するユダヤ人は、アメリカ人の精神改造に取りかかり、汚れた西欧的脳味噌を娯楽映像で洗濯しようとすのだ。

  アメリカ合衆国は入植地のイギリス人が、叛乱を起こして建設した国家である。彼らがイギリス文化を継承しながら、独自の文化を築くのは彼らの自由である。白色人種のイギリス人が、アメリカ大陸で白人のパラダイスを理想としたっていいじゃないか。肌色人種の日本人は、南アフリカ共和国が兇暴な黒人の天下になっても気にしない。アフリカは黒人の居住地だからだ。我々はイラクがシーア派の国家になろうが邪魔をしないし、イランが世俗国家に転換したって騒がない。日本の庶民には常識があるので、他国のお家事情に干渉しない。隣の家がキュウリの漬け物を作るのを見て、白菜にしろと注文をつけないだろう。姑が嫁の味噌汁を気に入らなければ、自分で別の味噌汁を作ればいい。しかし、ユダヤ人は西歐白人の国家に泊めてもらった異邦人なのに、いつの間にか居候(いそうろう)の身分を忘れて、主人の生活態度を批判するようになった。世話になった旦那の財布を握ったり、主人の女房に指図する。調子に乗ったユダヤ人は、子供の躾けにまで干渉し出す。もし、こんな居候がいたら、即刻家から叩き出されるだろう。だが、現在のアメリカでは逆転現象が起こっている。

  アメリカに住むユダヤ人にとって一番脅威なのは、白人至上主義者の存在である。人種意識の高い白人は、本能的に異質な民族を嫌う。特に田舎のアメリカ白人は、理屈で丸め込むことが出来ない。そこで、ユダヤ人は都会の気取った白人から洗脳しようと考える。凡庸なアメリカ人は文字ばかりの本を薦めても直ぐ飽きてしまうので、動く絵本すなわち映画で説明しないと分からない。あるコメディアンが披露したジョークがある。「ジョージ・W・ブッシュ大統領は、寝る前に読書するそうです。たたし、絵本ですがね」と馬鹿にし、観客は大笑いしていた。ハーバード大学の経営学修士号を持ってるげと、ブッシュ大統領はインテリ臭くなかったからだ。ユダヤ人はアメリカ白人から仲間として認めてもらえなかったから、彼らの西歐文化やキリスト教を憎むし、自らの肉体的特徴を讃美する西欧系アメリカ人をやっつけたいと思う。よく知られているのは、フランクフルト学派のユダヤ知識人で、難解な学術用語を使って初心(うぶ)なアメリカ人を騙していた。日本の新左翼が大好きだったヘルベルト・マルクーゼ(Herbert Marcuse)やマックス・ホルクハイマー(Max Horkheimer)、ジェルジ・ルカーチ(Gyorgy Lukacs)、セオドア・アドルノ(Theodor Adorno)を思い出せば分かる。丸山真男なんかを尊敬していた左翼なら懐かしい名前だろう。このユダヤ人どもは、「理性」とか「客観性」などの言葉をちりばめた「啓蒙思想」を口にしながら、西歐人の行動様式や思考形態を“批判”していた。

Herbert Marcuse 5Max Horkheimer 2Gyorgy Lukacs_GyorgyTheodor Adrno 1







(左: ヘルベルト・マルクーゼ / マックス・ホルクハイマー/ジェルジ・ルカーチ / 右: セオドア・アドルノ)

  一般人は彼らの文章が難解で、まどろっこしいから何を言わんとしているのか理解できない。簡単に言えばこうだ。例えば、男性と交際するのも恋文を交換したり、手を握っただけで頬を赤く染めるような、若い娘は「抑圧された社会」で育っているからおかしい。もっと淫乱でいい、とフランクフルト学派は言いたいのだ。また、厳格な父親をもつ家庭は抑圧的で、子供の自主性を押さえ込んでいるから、もっと自由を与えろ、と勧める。しかし、父親の権威をなくして育った子供は、単なる我が儘のガキんちょで、放埒なだけだ。しかし、悖徳のユダヤ人左翼にとっては、礼儀作法の正しい士族の子や名家の貞淑な娘というのは、「伝統」や「家訓」といった拘束衣に縛られた隷属民に過ぎない。権威者の長老や父親の桎梏から、若者を解放してあげるのが、正義と自由をもたらす“立派”で“先進的”なユダヤ知識人というわけ。倫理的に卓越し、高尚な精神を持つユダヤ知識人は、奇妙な因習と息苦しい家庭から、無知蒙昧なアメリカ白人どもを解放してやるんだ、と意気込んでいたのだ。アメリカ人なら、「あのユダヤ坊主どもは何言ってやがんだ ? 」と怪訝に思うだろう。フランクフルト学派のユダヤ人が南部の白人の前にしゃしゃり出れば、「俺たちより優れたユダヤ人だって ? お前が俺たちに説教するだと ? ふざけんな ! 」と襟首を掴まれて睨まれる違いない。しかし、腕力勝負を避けるユダヤ人は「男らしい」決闘を好まない。文化ホールや大学の講堂に都会人を招いて、いかにも上品そうに振る舞い、気取った口調で講義を垂れる。しかし、学術用語が分からない馬鹿な大衆には、映画を使ってアメリカ白人が如何に偏屈な人種であるかを教えてあげるのだ。ここでは、ユダヤ人が作った反人種主義の映画の中で、筆者が印象に残った作品を紹介したい。

大したことのないKKK(クー・クラックス・クラン)

Debra Winger 1(左/デブラ・ウィンガー)
  1988年に公開された『背信の日々(Betrayed)』は、トム・ベレンジャー(Tom Berenger)とデブラ・ウィンガー(Debra Winger)という有名俳優が共演していた。安心できるスターを揃えた制作者たちは、さぞかし「ヒットするのでは」と期待したことだろう。ところが、蓋を開けてみると、興行的にはあまり成功した映画ではなかった。興行成績はともかく、この作品は、いかにもハリウッドのユダヤ人が作りそうな、白人を懲らしめるためのプロパガンダ映画である。ちなみに、主人公のデブラ・ウィンガーは、正統派ユダヤ教徒の両親を持つユダヤ人で、10代の頃イスラエルのキブツ(kibbutz)に参加したことがあった。このキブツとは、イスラエルに入植したユダヤ人のある一派が始めた、集団主義に基づく自治的共同体である。理想的な共産主義的農村と言った方が分かりやすいかも知れないが、要は平等な者が集まって農作業したり、共同生活をしながらユダヤ的絆を深める運動である。1970年代くらいまで人気があったが、1980年代になると次第に縮小していったらしい。外国に住むユダヤ人の若者が魅了され、キブツに集まったという。例えば、米国からは後に人気コメディアンになるジェリー・サインフェルド(Jerry Seinfeld)や俳優のサーシャ・バロン・コーエン(Sacha Baron Cohen)といったユダヤ人が参加していたし、非ユダヤ人では映画『エイリアン』で有名になった女優のシガニー・ウィバー(Sigourney Weaver)やデュランデュランのヴォーカル、サイモン・ル・ボン(Simon Le Bon)が訪れていた。1970年代は新左翼の全盛期だったから、非ユダヤ人の西歐人でも、ちょいっと左翼かぶれな若者はキブツに興味があたったらしい。

Jerry Seinfeld 1Sasha Baron Cohen 1Sigourney Weaver 1Simon Le Bon 1








(左: ジェリー・サインフェルド / サーシャバロン・コーエン / シガニー・ウィバー / 右: サイモン・ル・ボン)

   物語は、シカゴで活躍するトーク・ラジオの司会者が、白人至上主義者によって射殺されることから始まる。暗殺された被害者は、都会に住む典型的なリベラル派のユダヤ人。保守的な田舎の白人から憎まれても不思議ではないくらいの左翼的人物だ。「ゲイやレズビアンも対等な人間だ」と主張する、いわゆる「人権派」のリベラル文化人。彼を嫌う白人たちは、「シカゴ」を「病んだ(シック/Sick)街」に引っ掛けて、「シック・カゴ」と発音する。このシーンは実際に起きた殺人事件を基に作られていた。1984年、コロラド州デンヴァーでラジオ・トーク・ショーの司会を務めるアラン・バーグ(Alan Berg)が射殺される事件が起きている。犯人は「騎士団(The Order)」という白人組織に属するデイヴィッド・レインを始めとするネオ・ナチ4人組であった。セミ・オート・マシンガンのマック10が、実際の殺人に使われたので、映画でも同型の銃が小道具として用いられている。射殺されたバーグ氏はユダヤ人であった。

Tom Berenger 2Alan Berg 1







(左: ゲイリーとケイティー / 右: アラン・バーグ)

  シカゴで起きた殺人事件を調べるため、FBIエージェントのキャサリン・ウィーヴァー(デブラ・ウィンガー)は、ケイティー・フィリップスという偽名を用いて潜入捜査に取りかかった。彼女はネブラスカ州の片田舎で農業を営むゲイリー・シモンズ(トム・ベレンジャー)という白人男性に好意を持たれる。ゲイリーは息子ジョーイと娘レイチェルを持つ父親だが、交通事故で妻に先立たれ、母親と一緒に暮らしているという設定。ゲイリーはケイティーに惚れて、二人は親密になる。しばらくして、ケイティーは田舎町で開催される独立記念日のお祭りに招かれた。子供用にちょっとした遊園地を提供するイベントは、いかにも中西部の古き良きアメリカを象徴する祭りである。地域に住む家族がそれぞれ集まって祝う記念日は、ほのぼのとして気分が良い。ケイティーはゲイリーの家族に温かく歓迎された。特に母親を亡くして寂しがるレイチェルからは、母親のように慕われる。ゲイリーの母が子供達の面倒を見ていたが、やはり年増のおばあちゃんより、若いケイティーの方が魅力的。彼女も子供達を可愛がり、潜入捜査を忘れるほどゲイリーに惹かれ始めた。ただし、町のみんなにすんなりと受け入れられたわけではない。ゲイリーの仲間の一人ウェスは用心深く、ケテイーがイナゴ(grasshopper/政府の犬)じゃないか、と疑っていたのだ。

Tom Berenger 3Betrayed Wes









(左: トム・ベレンジャー / 右: ウェス役のテッド・レヴィン)

  ケイティーに惚れたゲイリーは、彼女とベッドを共にすると、ある夜、特別な狩りに連れ出した。ゲイリーの白人仲間が集う場所には、黒人青年が連行されてきたのだ。猟犬とライフルを抱えた白人どもが、10発しか弾の入っていない銃を黒人に渡して解放する。彼らはその黒人を追跡してハンティングを楽しむのだ。この人間狩りで哀れな黒人は射殺され、何も出来なかったケイティーは罪悪感に苛まれる。映画の主題が、白人至上主義者の典型的な残虐性と、黒人に対する底知れぬ憎しみにあることは明白だ。観客は、集団リンチを行う冷酷な白人に嘔吐を催すが、一般の白人を適当に殺しまくる現実の黒人とは対比しない。今だって黒人による「ノック・アウト・ゲーム」があるじゃないか。無防備の通行人をいきなり殴りつけて、転倒させることで喜ぶ黒人がいるのだ。中には頭を道路に打ちつけて死亡する被害者もいる。FBIの本部に戻ったケイティーは、上司で元恋人のマイク・カーンズに殺人を報告するが、更なる情報収集のためにゲイリーの元に戻るよう説得される。彼は躊躇う部下にゲイリーの正体を教える。ゲイリーの妻は交通事故ではなく、意図的に殺されたことを、カーンズはケイティーに告げたのだ。恐ろしい夫の元から逃げ出した妻は、夫の仲間に見つかって轢き殺されたのである。この場面では、「またか」とうんざりしてしまうプロットがある。捜査チームにアル・サンダース(アルバート・ホール)という黒人捜査官が加わっているのだ。ハリウッドの定番だから仕方ないのだが、黒人俳優は警察官役がとても多い。理想的な法秩序の番人は黒人なのだ。ハリウッドには、FBIのエリート・チームに必ず黒人を入れるという規則があるのかも。高度な知識と能力を備える黒人は少なく、本来FBIやCIAに黒人は多くない。実際、有色人種優遇制(affirmative action)という逆差別制度がないと黒人が要職に就けないのだ。

John Heard 1Albert Hall 1(左: カーンズ役のジョンハート / 右: サンダース役のアルバート・ホール)
  ゲイリーのもとに帰ったケイティーは、白人至上主義者らの陰謀を探ろうとする。親密になった彼女に隠し事をしたくないゲイリーは、徐々に秘密を打ち明けるようになった。彼は全米に蔓延る白人の秘密組織に属していたのだ。しかし、ケイティーにはまだその全貌が掴めない。ここで興味深いのは、ケイティーと心を通わせる子供達を見る観客が、知らず知らずのうちに再教育されている点だ。この作品は根深い人種偏見を持つアメリカ白人を更生させる目的をもつ。ゲイリーの娘レイチェルと息子のジョーイは、寝室に来てくれたケティーに向かって、平然と黒ん坊とユダヤ人に対する侮蔑語を口にするのだ。父親から教わった黒人とユダヤ人への偏見を、当然の如く喋る子供に観客は衝撃を受ける。普通のアメリカ人なら、純粋で無邪気な子供に憎悪と敵意を植え付ける父親に拒絶反応を示すだろう。親に従順で可愛らしい子供が口にするから余計衝撃的なのだ。これがシカゴでよく見かける黒人少年なら、観客は「さもありなん」と納得して驚かない。筆者にも経験があるが、黒人家庭の子供は躾が悪く、下品な言葉を自然と発するから参ってしまう。周りの大人が低能で、語彙が少なく、「品格」という概念も無いから、子供の前で卑猥な言葉を平気で口にする。近所の子供だって似たり寄ったりだから、物心がつく頃には小さなギャングなってしまうのだ。

Betrayed 2Betrayed 4








(左: ケイティーとゲイリーの間に坐る娘のレイチェル / 右: 息子のジョーイと娘レイチェル)

  映画は白人至上主義者のKKKが好む排他的キャンプを映し出す。ゲイリーは子供とケティーを連れて、モンタナ州にあるネオ・ナチのキャンプ場へと向かった。そこにはゲイリーの友人や武器を持ったミリシア(武装民間人)がうようよ居るのだ。キャンプ場ではKKKの集会が開かれており、炎がともされた巨大な十字架を前にして、賛美歌を合唱する人々がいる。また別の所では、軍服を着た大人が子供達にライフル射撃の訓練を施していて、ゲイリーの娘レイチェルも民兵から撃ち方を習う。こうした異様なキャンプにジャック・カーペンターという下院に出馬予定の政治家が現れた。彼にはゲイリーの古い友人であるフリンが補佐官として附いていたが、ゲイリーにはカーペンターが票を貰うため、みんなに媚びる偽善者と見えてしまい気に入らない。ユダヤ人の脚本家や監督は、アメリカの南部や片田舎で政治家になろうとす白人至上主義者を憎んでいる。だから、黒人を始めとするマイノリティーを排斥しようとする白人勢力を、一般人が恐れて近づきたくない暴力的右翼として描くのだ。映画の冒頭で、武装した白人至上主義者が、クルマを降りようとしたユダヤ人DJを殺したとき、スプレーでクルマの車体にZOGと落書きをするシーンがあった。これは「シオニスト<ユダヤ人>に支配された政府(Zionist Occupied Government)」の略だ。ユダヤ人演出家は、「合衆国政府がユダヤ人に支配されている、と妄想を抱く白人のクズどもは、こんな奴らですよ」と暗に言いたいのである。でも、現実を見るとKKKの戯言(たわごと)が本当になっているからすごい。兇暴な白人レイシストは、古代イスラエルの預言者と同じだった。(例えば、旧約聖書のエレミヤ書44章を読んでね。) 真実を告げる預言者は、ユダヤの民衆から投石を喰らう末路になる。

Betrayed 1











(写真 / ミリシアが集うモンタナ州のキャンプ場)

  白人至上主義者は大義に燃えるがお金が無い。ユダヤ人のように国際金融を操って大金を儲けたり、政治献金を行って更なる権力を手にする、といったことが出来ないのだ。せいぜい、小麦を栽培するか、牛を育てる程度。心血注いで競走馬を育てたって、競馬場の胴元がユダヤ人だったりする。貧乏農夫でしかないゲイリーの仲間たちは、全国的テロを行う資金調達のため、地方銀行を襲うことにした。現金強奪は成功したのだが、強盗団の一人、あのケイティーを疑っていたウェスが、逃走中に警備員に撃たれて死んでしまった。予想外の悲劇にショックをうける強盗団。しかし、その射殺は予め用意されていたシナリオだった。銀行の警備員に扮した黒人捜査員サンダースが、ウェスに狙いをつけて撃ったのである。覆面捜査員のケティーを疑うウェスは、作戦継続に邪魔なので始末したというわけ。ユダヤ人の映画では度々、社会の擁護者たる黒人が下劣な白人犯罪者を射殺するシーンが見られる。現実の世界では、国民の安全を守っている白人警官が、チンピラの黒人や有色人種の兇悪犯を射殺しているのに、ユダヤ人はフィクション映画の中でその立場を逆転させ、黒人が正義の名の下に白人を殺すという脚本にしていた。白人を憎み銭を愛するユダヤ人は、黒人観客が気分爽快になるよう計算しているのだ。

David Clennon 1Jeffrey DeMunn 2Tom Berenger 8Debra Winger 2









(左: カーペンター役のデイヴィド・クレノン / フリン役のジェフリー・デマン / トム・ベレンジャー / 右: デブラ・ウィンガー)

  ケティーと一緒に銀行強盗を実行したゲイリーは、彼女にやがて開始される大規模テロ計画を打ち明ける。彼が床下に隠した書類には、全米各地に広がる白人至上主義者のネットワークが書かれているのだ。ケティーはゲイリーが留守の間に、その書類を持ち出し、上司のカーンズに渡してしまう。しかしその後、政治家のカーペンターに仕えているフリンが、ゲイリーにFBIの極秘資料を見せ、ケティーが潜入捜査官のキャサリン・ウィーヴァーであることを教えてしまうのだ。愕然とするゲイリー。正体がバレたとは気づかぬケティーは、普段通りゲイリーとベッドを共にするが、側で寝るゲイリーの魂は砕け散っていた。テロ決行の当日、ゲイリーはケイティーをクルマに乗せて、ある場所に連れて行く。誰も居ない工事中のビルで、ある人物をライフルで狙撃する計画だった。その標的はなんと、白人票を求めたジャク・カーペンターである。補佐官のフリンはカーペンターを抹殺して、自分が候補者になる魂胆だった。フリンは志半ばで暗殺された友人の後継者として、マスコミの脚光を浴びるという筋書きを立てたのだ。

  ライフルを構えるゲイリーは最後の賭に出た。彼はケティーの正体がバレていたことを明かす。FBI捜査官と分かった以上、彼女は目の前で行われようとしている殺人を阻止せねばならない。拳銃を向けるケティーが、引き金を引くのか、それとも暗殺を見逃すのか、ゲイリーは決断を迫る。躊躇いながらも、彼女は選択を強いるゲイリーの胸に、銃弾を撃ち込んでしまった。その後、ケイティーは哀しみに満ちたゲイリーの顔が忘れられず、上司が引き留めるのを無視してFBIを去ることに。しばらく時が経ち、再びゲイリーの町に戻ったケイティーは、教会から出てくるレイチェルを見つけて抱きかかえた。しかし、教会に出席している人々の視線は鋭く冷たい。レイチェルを呼び戻す祖母の目つきは険悪だ。物語はレイチェルがケイティーに手を振って別れを告げる場面で終わる。

アメリカの過去を憎む者が制作者に

Jozef Esterhas 2Sharon Stone 1Sharon Stone 2







(左: ヨゼフ・エステルハス / 中央と右: 「氷の微笑」のシャロン・ストーン)

  『背信の日々』はアメリカ白人が、二度と過去の白人社会に戻らぬよう、調教するためのプロパガンダ映画である。原作者はヨゼフ・エステルハス(Jozef A. Esterhs)というハンガリー系アメリカ人で、ハンガリー貴族のエステルハージ(Eszterhazy)家に連なる血筋らしい。ところが彼には話したくない事実があった。第二次世界大戦中、彼の父親は祖国ハンガリーでナチ・ドイツの協力者であったという。ヨゼフは大人になってから、父親がナチスのために反ユダヤ主義のパンフレットを書いていたことを知り、とても恥ずかしく思ったらしい。それ以来、ナチ党の手下だった父親とは絶縁関係にある。アメリカに渡ったヨゼフは映画界に入って職に就き、ジェニファー・ビールスがダンサーを演じた『フラッシュダンス』や、シャロン・ストーンの代表作『氷の微笑』を手掛けた。『氷の微笑』は、シャロンがノーパンで警察のインタヴューに応じるシーンばかりが話題になる映画だった。それでもエステルハスは、300万ドルほどの大金を手にしたんだから良かったじゃないか。とにかく重要なのは、ユダヤ人に対する罪悪感を持った脚本家が、『背信の日々』の原作を書いていたことだ。

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(左: 「フラッシュダンス」のジェニファー・ビールス / 中央: コスタ・ガヴラス / 右: アーウィン・ウインクラー)

  原作者はナチスの片棒を担いだ父親を恥じていたが、監督は共産主義者の父親を持って困っていた。監督のコスタ・ガヴラス(本名/Konstantinos Gavras)は、父親がコミュニストでソ連シンパときていたから、ギリシア国内で大学に通えず、フランスに渡って勉強したという。彼がフランス経由のギリシア移民であったのは、父親の経歴に原因があったのだ。カヴラスは政治色の強い映画を撮る監督で、フランスの名優イヴ・モンタンが主演した『戒厳令』や、ジャック・レモン主演で南米の軍事クーデタを描いた『ミッシング』がよく知られている。曰く附きの原作者と監督が制作した『背信の日々』には、これまたユダヤ人の大物プロデューサーが就いていた。アーウィン・ウィンクラー(Irwin Winkler)は、あの「ロッキー」シリーズ1、2、3、4、5全てを手掛けた人物で、その他にもダスティン・ホフマン主演の『アウトブレイク』やロバート・デ・ニーロの傑作『レイジング・ブル』で有名だ。こんなユダヤ人の大御所が、白人至上主義者を題材とした映画をプロデュースするんだから、観る前からどんな作品なのか容易に想像がつく。ユダヤ人が支配する社会の実態や、イスラエル・ロビーに膝を屈する政治家に触れるわけがない。だいたい、財力の乏しい白人を巨悪のように描く一方で、世界的規模のパワー・ゲームを行う大富豪のユダヤ人は無視、なんておかしいだろう。お金が無いから、女房が縫ってくれた白頭巾を着て、寂(さび)れた田舎の森で騒ぐしか能のないKKKが、一体どれほど怖いのか?

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(写真/トム・ベレンジャー)
  映画の配役じたいがそもそも意図的だ。感情に流されず、職務に忠実なFBIの潜入捜査官はユダヤ人女優で、冷静沈着な同僚が黒人俳優である。知的で正義感に燃えた捜査官には、マイノリティーがなるという不文律があるのだろう。ところが、KKKの主人公は映画『プラトーン』で有名になったトム・ベレンジャーときている。ユダヤ人監督であるオリヴァー・ストーンのヒット作では、ベレンジャーはベトナム人を残酷に殺しても平気な鬼軍曹という役柄であった。本質的に文弱のユダヤ人は、武力で片をつけようとする白人男性が嫌いだ。一方、西欧系白人は、本能的にセム人種を敵視する。ユダヤ人からすれば、ベレンジャーみたいな白人は、娘に近づこうとするユダヤ人を有無を言わさず拒絶する父親のように見える。ベレンジャーは南部や中西部によくいる典型的な白人が似合う。ベレンジャーの容姿は、よそ者が寄りつかない南部の酒場で、事情を知らないユダヤ人や黒人が入ってきた時、もの凄い形相で睨み付ける白人を思わせるのだ。日本の映画ファンには、トム・ベレンジャーは『山猫は眠らない(Sniper)』で優秀なスナイパー、トマス・ベケットを演じた俳優として人気がある。ベレンジャーには、孤独だが愛国心に溢れた海兵隊の狙撃手がよく似合う。何はともあれ、ユダヤ人が描く南部人とは、考えが狭く偏見に満ちた田舎者とか、学歴が低いことを何とも思わないのに、銃器となるや異様な関心を示す荒くれ者といった人物が一般的。一方、ユダヤ人は寛容な心を持ち教養豊かな都会人とか、洗練されたマナーと人道主義に溢れた精神を持つ陽気な紳士、となる。絶対に、強欲で臆病な投資家とか、陰険で下品な左翼とは描かれない。

白人中心のアメリカは許さないユダヤ人

  ユダヤ人は『背信の日々』といった映画で大衆を教育しながら、現実の社会に現れる白人政治家を吊し上げる。ユダヤ人が所有し運営するテレビ局では、彼らが雇うキャスターと御用学者で番組が制作され、どんな地位にある者でも、白人社会を掲げる政治家だと、恐ろしい仕置きに掛けられてしまう。ユダヤ人有権者には民衆党支持者が多いが、贔屓政党の議員であろうと容赦はしない。天寿を全うして亡くなったロバート・バード(Robert Byrd)上院議員は、民衆党の長老議員として有名だった。何と1953年に上院議員となってから、ウェスト・ヴァージニアの選挙区で連続8期の当選を果たし、2010年まで上院の座を守り続けていたのだ。ところが、驚くほど長い任期を務めたバード議員には、触れられたくない黒い経歴があった。1940年代、彼は友人等と共にKKKの仲間を集め、ウェスト・ヴァージニア州のソフィアに支部を設けたという。政治的才能に長けていたバード氏は、友人達の人望を集め支部のリーダー格になった。しかし、1953年に連邦下院に出馬するためKKKの仲間とは縁を切り、以後は反共主義者として振る舞ったらしい。だが、執念深いユダヤ・メディアは、公的に懺悔を表明しない限り許さないので、バード議員はさっさと降伏したようだ。あるメディアのインタヴューで、「私が犯した最大の誤りは、クー・クラックス・クランに加わった事だ」と述べていた。(Timothy Noah, What About Byrd, Slate, December 18, 2002) 黒人に反対する姿勢は不利とみたバード議員は、長いこと“良心的”リベラル派の重鎮であった。

Robert Byrd 5Emma Miyazawa 2宮澤喜一4小野田寛郎








(左家ロバート・バード / ラフルアー宮澤エマ / 宮澤喜一 / 右: 小野田寛)

  ここでちょっと脱線するが、日本の政界を振り返ってみたい。少し前に、フジテレビの『ワイドなショー』という番組の録画映像を観たことがある。番組には宮澤喜一の孫娘ラフルアー宮澤エマが、ゲストとして出演していた。彼女は偶然元総理大臣の孫というだけで、藝人活動の一環で出演したのだから何も悪くはない。ところが、司会の東野幸治や松本人志が、宮澤喜一を褒め称えていたのだ。どうせ、プロデューサーからの入れ智慧か何かで、彼女の家系を絶賛するよう指示されていたのだろう。詳しいことが分からない視聴者は、宮澤喜一が偉かったかのような印象を受ける。しかし、この宮澤という首相は、徴兵逃れの上に、天皇陛下を江沢民に売り飛ばす売国奴であった。母方の祖父小川平吉が有力議員だったから、前線送りを免れることができたのだ。つまり、母ちゃんが息子の安全を父ちゃんに頼んだのだろう。同級生の侮蔑を肌で感じた宮澤は、過去をほじくり出されぬよう、左翼メディアの親分たる朝日新聞に媚びた。リベラル派をアピールしてテレ朝にゴマを擦る卑劣漢なんて吐き気がする。

  フジテレビの『報道2001』では、あの小野田寛郎少尉と同席する場面があった。司会の竹村健一や小野田氏の前でも、涼しい顔をしていた宮澤の映像をもう一度再放送して欲しい。終戦が伝わらず何年もフィリピンで臨戦態勢をとっていた英雄が、帰国しても居場所が無く、軍人が蔑まれる社会になっていた。一方、南方戦線で飢え死にしたり、肉片となって消滅した将兵に見向きもしなかった卑怯者は、国際派やハト派を演じて総理大臣になれた。卑劣な真似をすれば出世できる日本は、本当に腐敗している。立派な軍人と醜い下郎が共演する、おぞましい映像を流したフジテレビは、何も知らぬ孫娘を使って一儲けしたいのだろう。実にイヤらしいテレビ局である。(日曜日は「ドラゴンボール」と「NHK杯将棋」しか観ない筆者だが、フジテレビはワイド・ショーでも洗脳をしていたとは。今では竹村健一の「世相を斬る」が懐かしい。)

Strom Thurmond 3Strom Thurmond 1(左: 若い頃のサーモンド / 右: 晩年のサーモンド議員)
  話を戻す。左翼メディアに屈服したのは、バード上院議員だけではない。彼と同じく上院の長老だったストロム・サーモンド(Strom Thurmond)議員も、白人社会を維持し、黒人を排除することに熱心だった政治家であった。元サウス・カロライナ州知事のサーモンドは、黒人をを差別するジム・クロウ法に賛成していたくらいの白人主義者で、南部民衆党員の名物議員である。彼は元々リベラル的人物だったらしく、フランクリン・ローズヴェルトのニュー・ディールを熱心に支持していたという。当時、社会主義者ではないけど、ピンク色の大統領を支持したアメリカ人は多く、レーガン大統領も民衆党員だった。しかし、トルーマン大統領が市民権運動に傾くと、サーモンドは民衆党と袂を分かち、南部民衆党員を代表とする独立派の大統領候補者となった。奇妙に思えるかも知れないが、南部民衆党員はリベラル派の経済政策を支持しても、人種や社会問題となれば共和党員みたいな保守派になる。教育現場で白人と黒人の生徒を混ぜてしまう「ブラウン判決」が最高裁で下されると、サーモンドは公民権法に反対するため、議会で24時間もの議事妨害(filibuster)に出たという。南部にはアメリカ政治の重心があり、地元意識と愛国心の強い有権者が多い。だから、共和党・民衆党を問わず保守的な政治家なら、黒人を押さえ込む人種隔離政策を主張し、共産主義とリベラル思想に反対した方が、絶対選挙に有利である。

  テキサス州選出のリンドン・ジョンソンが大統領に昇格し、公民権運動を後押しするようになると、1964年サーモンド議員は共和党に入った。当時の共和党には、保守派の希望であるバリー・ゴールドウォーターが居て、大統領を目指していた。1960年代までのアメリカでは、公の席で黒人との統合に反対だ、と口に出来たのだ。彼も公民権運動に反対していて、南部で人気が高かったものの、リベラル派寄りの共和党員が離れてしまい、結局大統領になれなかった。ちなみに、ゴールドウォーターは監督教会(Episcopal Church)所属のキリスト教徒であったが、ユダヤ系アメリカ人である。意外に思えるが、彼は黒人組織NAACPのアリゾナ支部を創立したメンバーであったのだ。したがって、彼は頭ごなしに公民権法に反対していたのではない。1964年の法律に異議を唱えていたのは、公共施設の使用に関する第2項と、公平な雇用に関する第7項が、州の権限を侵食していると考えたからである。(Lee Edwards, Barry M. Goldwater : The Most Consequential Loser in American Politics, The Heritage Foundation, First Principles, No. 11, July 3, 2014, p.8) 大きな声では言えないが、まともな教育を受けていない低能な黒人に、組織運営なんか出来るわけないじゃないか。ユダヤ人が指導者や裏方になったからこそ、公民権運動は成功したのだ。彼らはユダヤ人が白人社会を破壊するための駒でしかない。NAACPの創立メンバーは、ほとんどユダヤ人である。

Barry Goldwater 1phyllis schlafly 1Ronald-Reagan 1William Buckley 1








(左: バリー・ゴールドウォーター / フィリス・シュラフリー / ロナルド・レーガン / 右: ウィリアム・バックリー)

  彼は大統領になれなかったが、有名な女性保守派論客のフィリス・シュラフリー(Phyllis Schlafly)たちから、熱烈な支持を受け、テキサスやカルフォルニアで票を伸ばすことができた。こうした保守派の勢力が後に、カルフォルニア州知事のロナルド・レーガンに結集されたからこそ、1980年代に共和党が政権を奪回できたのである。失われたアメリカの伝統を復活しようと呼びかけたレーガンは、リベラル路線に不満を持つ南部保守派の民衆党員たちを魅了し、地滑り的な大勝利を収めることができた。それにとりわけ、レーガンは陽気だった。彼が集会に現れると、みんな愉快な話やユーモアを期待する。共和党の躍進で一つ注意せねばならない点がある。それは共和党保守派がユダヤ人を批判しなかったことだ。例えば、『ナショナル・レヴュー』誌の創立者で、保守派の重鎮だったウィリアム・バックリー(William F. Buckley, Jr.)は、保守派陣営に潜り込んでいたユダヤ人を批判しなかった。本当に左翼分子を攻撃するなら、保守に偽装したユダヤ人を抉り出さなくてはならない。しかし、裕福なユダヤ人を批判すると、雑誌の広告収入が減少するし、テレビ番組への出演が無くなってしまう。だから、抽象的な左翼批判に留めて、左翼勢力の核心を突かぬよう配慮していたのだ。アメリカの保守勢力が抱える哀しいお家事情である。やせ我慢は武士だから出来るのであって、金銭の神が君臨するアメリカでは、保守派の国士もユダの金貨に目が眩むのだ。「お金は大事だよ~ぉ」と謳った保険会社アフラックスのCMを思い出す。

Essie_Mae_Washington-WilliamsStrom Thurmond 5Strom Thurmond wife Nancy









(左: エシー・マエ・ワシントン・ウィリアウムズ / 中央: サーモンド議員の家族 / 右: サーモンド夫人のナンシー)

  サーモンド議員は人種隔離制度を支持した過去を公式に謝罪していないが、彼の行動は若き日の過ちを悔いているように思える。1970年代、彼は南部上院議員として初めて黒人の秘書を雇ったし、黒人の連邦判事を後押しした。1980年代には投票権法(Voting Rights Act)支持に回り、マーティン・ルーサー・キングの誕生日を全米の祝日にしようと働きかけたのである。1940年代には、人種隔離を破壊し、黒人が白人の劇場やプール、住宅、教会に入ってくるのを許すよう南部人に強制するには、まだ軍隊が足りないぞ、と豪語していた人物が、月日を経るうちに段々と黒人に擦り寄っていたのだ。(Timothy Noah, The Legend of Strom's Remorse, Slate, December 16, 2002) 北部のインテリとは違ってガッツのある南部人でさえ、社会正義を掲げた左翼勢力による集中攻撃には耐えられなかったのである。これを見れば、マスコミによる白人社会撲滅キャンペーンが如何に凄まじかった分かがるだろう。ちなみに、サーモンド議員には、混血児の隠し子がいた。その子はエシー・マエ・ワシントン・ウィリアムズ(Essie Mae Washington-Williams)という作家である。サーモンドの実家には黒人の女中がいて、当時22歳だったサーモンドは、16歳の彼女に手をつけて孕(はら)ませた。彼は軽率な行為から生まれたこの娘を公表できず、100歳近くなるまで黙っていたのである。だから、人種隔離を支持する一方で、黒人への配慮を見せていたのだ。

Trent Lott 1Jefferson Davis 1mark potok (Director, Jew, Intelligence Report)








(左: トレント・ロット / 中央: ジェファソン・デイヴィス / 右: SPLCのユダヤ人マーク・ポトック)

  リベラル派が支援する民衆党員ですら攻撃されたのだから、況んや共和党議員なら容赦なく折檻(せっかん)されるはずだ。左翼の棍棒が上院多数派総務(Majority Leader)のトレント・ロット(Trent Lott)議員に振り下ろされたのである。ストロム・サーモンド議員の100歳を祝うパーティーで、ロット上院議員は、「彼が大統領選に出馬していたら、我々は彼に投票していただろう。我々はその事を誇りにしていたはずだ。全国民が我々の指導に従っていれば、長年の問題は綺麗に片づいていたはずなのに」と述べていた。(John Nichols, Trent Lott's Uptown Klan, The Nation, December 12, 2002) ロット議員の政治姿勢には、白人意識の強いアメリカ人に賛同する傾向があった。例えば、南北戦争で南部大統領になったジェファソン・デイヴィスは、叛逆者扱いだったので、アメリカ国民権を喪失したままになっていた。ロットはデイヴィスの国籍回復に尽力していたのだ。彼はまた、異人種デートを禁止する事で有名だったボブ・ジョーンズ大学が、優遇税制を受けられるよう働きかけたという。ミシシッピー州選出の上院議員だったからしょうがないのだが、ロットは「南軍の息子たち(Sons of the Confederacy)」という組織を支持していた。黒人奴隷を保持するために戦った将兵の息子たちが作った親睦団体だ。アフリカ系アメリカ人が激怒しても無理はない。

  それにロット議員は、あの悪名高い「南部救貧法センター(SPLC)」が非難する、「保守派市民カウンシル(the Council of Conservative Citizens)と繋がりを持っていたのだ。ユダヤ人が設立した左翼団体SPLCは、この保守派団体を「ホワイト・カラーのKKK」と呼んでいた。こうした左翼連中は、保守派団体の中にユダヤ人批判者がいたり、鉤十字がプリントされたTシャツを着た参加者がいたりすると、「あっ ! ネオ・ナチの集会だ」と騒ぎだし、雑誌や新聞に特筆大書する。これは余り知られていないが、SPLCはユダヤ人や左翼支援者から寄付金を集めるため、ネオ・ナチや極右グループのリストをちょくちょく公表しているが、その統計で悪質な操作をしているのだ。例えば、たった2、3人程度の同好会や私書箱だけの右翼団体、ナチ・グッズを集めているだけの個人でさえ、極右勢力の一つとカウントして、全米に散らばる反ユダヤ人組織のように宣伝している。呆れてしまうが、会員が幽霊になってしまった右翼団体だって、彼らにとっては脅威なのだ。確かに別の意味で恐ろしい。KKK組織が減少すると献金が減ってしまうのだ。そうなっては困るから、事情を知らない一般人の恐怖心を熱心に煽っていた。したがって、マイノリティーや弱者救済という看板を掲げていても、ユダヤ人が創立した金儲け団体というのが、SPLCの正体である。巨額の献金に目が眩んだユダヤ人達にとっては、黒人どもの境遇改善より、組織の存続の方が重要なのだ。

Hamilton Fish 1Charles Lindberg 4Charles Lindberg 3Herman Goering 1






(左: ハミルトン・フィッシュ / チャールズ・リンドバーグ / パイロット姿のリンドバーグ / 右: ヘルマン・ゲーリング)

  自分たちの民族を最優先に考えるユダヤ人は、愛国心の塊みたいなアメリカの英雄にだって、非難の矛先を向けるのだ。彼らはナチ・ドイツに好意的だったチャールズ・リンドバーグ(Charles Lindbergh)を糾弾する。偉大なるパイロットだったリンドバーグが、ドイツ空軍のヘルマン・ゲーリング元帥によって、ベルリン・オリンピックに招待されたことは有名である。以前、ゲリーングはヒトラーの名代で、リンドバーグにドイツ鷲十字勲章を贈っていたのだ。真の愛国者だったリンドバーグは、「アメリカ第一主義者(America First)」だったから、ユダヤ人の間では評判が悪い。現在なら、大統領候補にもなった保守派の重鎮パット・ブキャナン(Patrick Buchanan)がそうだ。ローズヴェルト大統領の友人で、戦争を契機に訣別した下院議員ハミルトン・フッシュ(Hamilton Fish)も、ユダヤ人や左翼知識人から孤立主義者として揶揄されていた。しかし、アメリカ兵の命を第一に考えたフッシュ議員は、歐洲大戦は不毛に終わることを予見していたのだ。アメリカにおいて、品格を持つ古風な政治家は彼で最後だろう。リンドバークも古き良きアメリカを代表する紳士であった。1941年9月11日、アイオワ州デモインで開催された集会で、リンドバーグはユダヤ人が合衆国を戦争に追い込もうとしている、と非難したのだ。(Rafael Medoff, President Lindberg ? Roth's New Novel Raises Questions about Antisemitism, The David S. Wyman Institute for Holocaust Studies, September 2004)

Ernest Hollings 2(左/ーネスト・ホリングス)
  今ではユダヤ人が第一次大戦と同じく、第二次大戦もアメリカ軍を戦争に引きずり込もうとしたのは明らかなのに、ユダヤ知識人はアメリカ優先主義者を辛辣に批判する。サダム・フセイン打倒を掲げてブッシュ大統領が戦争を提起した時、アーネスト・ホリングズ(Ernest Hollings)上院議員は、イスラエルの安全を確保するため、アメリカ合衆国を利用しているのだろう、と喝破した。実際、大量破壊兵器が見つからなかったのに、アメリカ軍はイラクを攻撃したし、後にその情報自体が「ガセネタ」と判明したから、アメリカ兵は嫌になってしまう。結局、得をしたのはイスラエルだった。それに、軍事施設の建設を請け負ったハリバートン社が、チェイニー副大統領の古巣ということが知れ渡ったから、国民の猜疑心は益々深くなったのだ。もっとおかしいのは、ワールト・トレード・センターの残骸を、ブッシュ大統領がさっさと処分してしまい、ビルの鉄骨をクズ鉄として支那に輸出したことである。ビル倒壊の原因究明を命じる立場の最高司令官が、率先して証拠隠滅を計ったのだ。ベテラン刑事ならブッシュ大統領に手錠を掛けたくなるだろう。不思議なことに、陰謀映画ならお得意のハリウッドが、9/11テロの大統領加担説を映画化しないことだ。いくらフィクションでも、絶対にしてはならぬ掟があるのだろう。

Dick Cheney 1 Bush 2








(左: デック・チェイニー / 右: ジョージ・ブッシュ)

  アメリカは偉大なようで異常な国である。異邦人が建国の民を侮蔑する事ができるのに、建国者の子孫はユダヤ移民の末裔を批判できない。アメリカ白人は祖先の罪を糾弾され、良心の代表者と称するユダヤ人に詫びている。人道主義や平等思想はユダヤ人の特許となってしまった。映画館の座席に坐るアメリカ白人は、まるでサンヘドリン(ユダヤ教徒の宗教法廷)の被告席に坐っているみたいだ。人種偏見と無知蒙昧に凝り固まった白人は、映画の中でユダヤ人の検事と判事によって裁かれる。こうした再教育映画は、やがて日本でも定着するだろう。映画界に進出した朝鮮人や支那人の子孫が、映画監督やプロデューサーとなって、反日映画を当り前のように作るに違いない。映画に投資する朝鮮系スポンサーなら直ぐ見つかるだろう。だって、パチンコ屋とか高利貸し、通信会社、菓子メーカーなど、いくらでもいるじゃないか。朝鮮系帰化人の俳優が正義の味方になって、朝鮮人や支那人を嫌う日系人を叩きのめす映画が制作されるかも知れない。

John Wu(左/ジョン・ウー)
  昔の日活映画のような勧善懲悪の作品が企画され、米国でお金持ちになった支那人や朝鮮人が出資することだってあるだろう。実際、『フェイス・オフ』や『ブロークン・アロー』、『ミッション・インポシブル2』を手掛けた支那人監督ジョン・ウーは、若い頃小林旭主演の映画を何度も見たという、大の日活ファンである。朝鮮半島の南鮮人だって、昭和の日本ドラマをこっそり見て感動していたのだ。日本人の感覚を身につけた朝鮮人が、日本人向け映画を撮影するのは簡単だろう。出資者を見つけた監督なら、朝鮮人女性を拉致する反日映画だって可能だ。冷酷な日本人憲兵が、トラックに詰め込んだ朝鮮娘を輪姦して、郭(くるわ)に売り飛ばす、といったシナリオを書くかも知れない。フィクションと断れば制作は自由だし、アメリカ人俳優を使ったハリウッドとの合作映画なら、セリフも英語で世界中で公開できる。支那人ならユダヤ人の映画会社と組んで、「南京大虐殺」映画を再び企画するかも知れない。将来、日系日本人が日本人の血筋であることを恥じる日が来るだろう。映画の中で極悪人とされ保守的日本人が、朝鮮系巡査や支那系捜査官に射殺されるシーンを見て、拍手を送る日系人の子供が居たら哀しい。作り話だから、といって笑っていられない時代が来た時、日本人はどうするのか。



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映画だから許される嘘 / 朝鮮人が模範とするユダヤ人

Jane Seymour 5Meryl Streep 1Ronald Reagan 3








ユダヤ人を見習った朝鮮人


  毎年8月は歴史論争が盛んになる。キャバレーじゃあるまいし、毎月何か目玉が無いと景気が悪いのか? 今年は戦後70年で安倍談話が出たけれど、10年後の2025年にだって、戦後80周年のお祭りがあろだろう。もしかしたら、小泉進次郎が首相になっていて、亡き父を偲ぶ特番があったりして。このまま隷属状態が続けば、千年でも恨み続ける朝鮮人に倣って、日本の左翼は戦後100周年まで頑張るはずだ。その朝鮮人が朝鮮半島だけで「日本人が憎いよぉ~。死ね ! 哀号、アイごぉ~う」と泣き叫ぶならいい。馬鹿にも表現の自由があるからだ。しかし、アメリカで慰安婦像の設置なんか迷惑である。日系アメリカ人や在米日本人が抗議をしても当然だ。しかし、何か変じゃないか? 雑誌『正論』や『WiLL』でも、なぜ朝鮮系アメリカ人が、慰安婦像をグレンデール市に設置するのか説明しないのだ。アメリカの白人や黒人にとって、朝鮮人の売春婦はどうでもいいはずだ。アメリカ人なら、「俺たちの国土ではなく、日本に建てろ。日本と朝鮮の問題じゃないか。目障りだ。どけろ」と言いたくなるだろう。しかし、彼らは朝鮮人の勝手にさせてしまった。どうも腑に落ちない。

  世界中から辛い思いをした売春婦を集めて銅像を作ったら、一体いくつ設置することになるのか? もし、朝鮮人の性奴隷が可哀想なら、アメリカの黒人奴隷はもっと可哀想。そうなりゃ、全米各地で白人の旦那に強姦された黒人女や、子供と引き離された母親奴隷の彫像を建てねばならぬ。こんな事が流行になったら、小さな村でも黒人奴隷像が乱立してしまう。まともなアメリカ人なら直ぐ気づくはずだ。しかし、保守派のアメリカ人でさえ、反対の声を上げなかった。どうしてか? それはアメリカ国内にホロコースト博物館があるからだ。米国の帰化鮮人はユダヤ人を手本にした。執念深いユダヤ人は何時まで経ってもドイツ人を許さない。怨念が活力となる朝鮮人と同じで、民族の敵は第40世紀になっても極悪人のままである。ユダヤ人は何処に住もうが、自己宣伝を止めることはない。乞食同然の難民としてアメリカに渡ってきたのに、財力をつけると次第に図々しくなった。ユダヤ人はアメリカを自分の国のように考え始め、他人の国土にもかかわらず、自分たちのプロパガンダ博物館を建設したのだ。西欧系アメリカ人にとっては、アメリカ社会に偉大なる貢献をしたドイツ博物館こそ望ましいのに、鼻つまみ者を憐れむ記念館が聳(そび)えている。日本から送られた桜の木なら、首都ワシントンに相応しいが、ホロコースト博物館など景観を損ねる障害物に過ぎない。

  本来なら、ホロコースト博物館は全部イスラエルに建てるべきなのに、ユダヤ人を虐殺したわけでもないアメリカ人に披露するのは、アメリカ白人に対する警告の意味も込められている。ドイツ人のように、ユダヤ人の外見を気にせず、ユダヤ人を同胞と見なすよう命令しているのだ。反ユダヤ主義に傾くことは、普遍的倫理に反する犯罪である、と刷り込みたいのであろう。それには、博物館でパンフレットを売っているだけじゃダメだ。アメリカ人は本を読んで勉強しないから、絵本か演劇にしないと分からない。そこで、ユダヤ人は映画やTVドラマでアメリカ人を洗脳しようと考えたのだ。

嘘でも事実にできる映画

Meryl Streep 2(左/メリル・ストリープ)
  ユダヤ人はプロパガンダ映像を作らせたら超一流である。ヨゼフ・ゲッペルスだって三舎(さんしゃ)を避ける。ユダヤ人はヨーロッパ人の精神を研究し、操ろうとする異民族の嗜好に合った映画を作った。洗脳映画は色々あるが、ホロコーストに焦点を当てた作品を見て行きたい。例えば、1982年に公開された『ソフィーの選択』は、日本人にも馴染みがある。何てったって、あの名女優メリル・ストリープ主演の作品だ。彼女が演じたソフィー・ザウィストウスキには、暗くて恐ろしい過去がある。この映画では、彼女の過去が暴かれるシーンがクライマックス。カトリック信徒であるソフィーは、ユダヤ人ではないけど、アウシュヴッツに送られたポーランド人という設定。ポーランドでは反ナチスのレジスタンスが組織されていた。彼女は軽い気持ちでこの組織に加わったことから、SSに逮捕されてしまった。無力なソフィーは屠殺場に送られる羊と同じ。10歳の息子ジャンと7歳の娘エヴァと共に列車に押し込められたソフィーは、一路アウシュヴッツへ輸送される破目になった。列車が強制収容所に着くと、哀れな囚人の選別が行われている。

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(左: 捕まる前のナタリー / 右: 列車に閉じ込められたナタリーと子供達)

  お決まりの冷酷なドイツ人が、列に並ぶユダヤ人を罵倒していた。傲慢を絵に描いたようなドイツ人官吏が、ソフィーに目をつける。偉そうにした官吏は、彼女にイチャモンをつけたあげく、子供二人のうち、どちらか一人を選べと強要した。選ばなければ二人ともガス室送りにするぞ、とソフィーを脅迫したのだ。そんなことは出来ない、と必死で慈悲を乞うソフィー。しかし、馬鹿丸出しのドイツ人は激昂し、彼女を怒鳴り散らす。業を煮やした官吏は、情け無用とばかりに、子供二人を奪おうとした。その瞬間のことだ。ソフィーはとっさに息子ジャンを選び、娘のエヴァを見棄てることに。熟慮の上での決断ではない。まさしく反射的な、本能的とも言える、一秒もかからぬ返答だった。息子を抱きかかえた瞬間、娘のエヴァはドイツ人に連れられて行く。母親に向かって叫ぶエヴァ。見る者の心臓に爪を立てるような叫び声。エヴァが救いを求めながら見せる泣き顔が、ソフィーの魂を破裂させるように潰すのだ。こうして、娘の死刑を自ら選択する母親に、観客は言い得ぬ哀しみと同情を覚える。鬼畜に連行される少女と泣き崩れる母親の姿は、我々の脳裡に焼き付き離れない。

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(左: 脅迫するナチの官吏 / 右: 娘エヴァとナタリー)

  娘を見棄てるシーンで、ソフィーを演じるストリープはさすがだ。こういう演技は実力派女優でなきゃ。事務所の圧力で役をもらった大根役者では無理だ。『クレイマー、クレイマー』とか『マディソン郡の橋』で実力を発揮した女優は、観客の心を掴むのが上手い。しかし、ここには落とし穴がある。観客はこれを事実に基づく映画と思ってしまうのだ。確かに、監督や配給会社は事実と言っていなかった。お客が勝手に思い込んだだけ。『ソフィーの選択』は、ウィリアム・スタイロン(William Styron)の小説が原作である。彼は強制収容所の体験者ではないし、歴史研究者ですらない。スタイロン氏は、戦後間もなく出版されたオルガ・レンギエル(Olga Lengyel)の小説を読んで感動したという。彼女はハンガリー人の医療助手であり、アウシュヴッツ収容所で生き延びた体験を元に、1947年『5つの煙突(フランス語の原題/Souvenir de l'au-dela)』を書いた。彼女の話によれば、子供はガス室に送られて殺されたという。ただし、彼女が本当に見たのかは不明。小説には信頼できる学問的検証が必要無いから、多少の嘘を混ぜても良心が痛まない。

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(左: オルガ・レンギエル / ウィリアム・スタイロン / アラン・パクラ / 右: 囚人役のメリル・ストリープ)

  彼女の悲惨な体験だって、どの程度脚色されているのか分かったもんじゃないのに、その小説を元にしてスタイロン氏が更なる小説を書き、その上ユダヤ人監督のアラン・パクラ(Alan Pakula)が制作したのだ。かなりのフィクションであることが分かるだろう。しかし、ホロコースト映画で描かれる虐殺や悲劇は、ほとんど真実であるかのように観客には思えてしまう。お客は完全にメリル・ストリープに感情移入をしているから、自分がナチの官吏に脅かされているような気分になる。娘を差し出したことで、発狂寸前になるソフィーになりきった観客は、本当にドイツ人が少女をガス室で殺したのかを疑わない。ハリウッド映画が歴史教科書になっているアメリカでは、無知な大衆の錯覚が社会を動かす。ちなみに、パクラはロバートレッド・フォードとダスティン・ホフマンが共演した『大統領の陰謀』やジュリア・ロバーツ主演の『ペリカン文書』を手掛けた監督である。ポーラント人のソフィーを演じたストリープは、ユダヤ人ではなく、オランダ・ドイツ・イギリス系のアメリカ人であるらしい。しかし、彼女はユダヤ人に媚びる真似を止めない。最近でも、ある晩餐会で故ウォルト・ディズニー氏を公式に非難していた。生前、彼が「アメリカ理念保存同盟(Motion Picture Alliance for the Preservation of American Ideals)」に属していたので、この偉大なるアニメーターを反ユダヤ主義者と糾弾していたのだ。(Ben Beaumont-Thomas, Meryl Streep attacks Walt Disney on antisemitism and sexism, The Guardian, 8 January 2014)

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(左: ジョン・ハワード・ロウソン / ハーバート・ビバーマン / レスター・コール / 右: サミュエル・オルニッツ)

  この団体が出来たキッカケは、共産主義の脅威であった。当時、ハリウッドには赤い制作者や役者が至る所に棲息していたから、映画産業の健全性を守ろうと考えた業界人は、共産主義や全体主義をハリウッドから排除しようと考えていた。そこで、反アメリカ的行動を監視する議会と協力し、アメリカ的価値を毀損しようとする人物を摘発していたのである。日本でも悪名高い「ハリウッドの10人」を調べれば分かるが、共産主義者と見なされた10名の中で、驚くことに6人がユダヤ人。ローソン(John Howard Lawson)、ベッシー(Alvah Bessie)、バイバーマン(Herbert Biberman)、コール(Lester Cole)、モルツ(Albert Maltz)、オーニッツ(Samuel Ornitz)はユダヤ系アメリカ人であった。(Patricia Erens, The Jews in American Cinema, Indiana University Press, Bloomington, 1988, p.194) この他にも、グレー・ゾーンに入る赤い映画人はたくさんいたという。考えてみれば、アメリカの総人口中わずか1、2パーセントしかいないはずのユダヤ人が、共産主義者や左翼活動家の多数派を占めているのは異常である。ディズニー氏が連邦議会下院の公聴会で、共産主義者らしい人物について証言したことは確かだ。この事実をもって、メリル・ストリープか非難したというわけ。しかし、ディズニー氏は熱狂的な反ユダヤ主義者ではない。彼は自由で品格のあるアメリカを心から愛していたので、それを破壊しようとする者に反対していただけである。

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(左: アルヴァ・ベッシー / アルバート・モルツ / ウォルト・ディズニー / 右: ニール・ギブラー)

  ハリウッド事情に詳しいジャーナリストで、ディズニー氏の評伝を書いたニール・ゲイブラー(Neal Gabler)は、ディズニー氏が反ユダヤ主義者でないことを断言していた。要は、ストリープが生半可の知識で、ハリウッドのユダヤ人にゴマを擦ったということだ。ちなみに、アメリカ理念保存同盟には、ゲイリー・クーパー、クラーク・ゲイブル、ジョン・ウェインといった有名俳優が名を連ねている。当時は無名の俳優だが、後の大統領ロナルド・レーガンも賛同者であった。彼は俳優組合(Screen Actors Guild)の総裁であったから、ハリウッドの裏事情に詳しかったのかも知れない。それにしても、気品のあったウォルト・ディズニー氏の会社が、ユダヤ人に買収されたのは痛恨の出来事である。CEOになったマイケル・アイズナーは、ディズニー氏が描いた美しい西歐世界を、金儲けを第一に考える多民族混淆の汚物に変えてしまった。

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(左: シンデレラと王子様 / 中央: マイケル・アイズナー / 右: キスをする黒人の同性愛者)

  白い肌の西欧的お姫様は、茶色のヒスパニック淫売へと変身する。ヒスパニック移民のお客を意識した経営戦略だ。それだけではない。フロリダ州にある夢のディズニー・ワールドでは、ゲイ・パレードが開催されたのだ。ディズニー氏が生きていれば激怒して、アイズナーの首を締めたんじゃないか。日本では報道されなかったが、ゲイ・パレードのスポンサーに日産も入っていたのだ。ファミリー・カーをアピールする日産自動車が、気持ち悪い同性愛者を支援していたのである。筆者の知り合いで、日産ディーラーの社員はこの話を知らず、事実を聞いて唖然としていた。普通の社員はオッサンのペニスに興味は無い。日本だと不都合な情報は隠蔽されてしまうのだ。

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(左: ゲイリー・クーパー / クラーグ・ゲーブル / ジョン・ウェイン/右: ロナルド・レーガン)

  ホロコースト映画を紹介するなら、1988年に全米で放送されたTVドラマ『戦争と追憶(War and
Remembrance)』を忘れてはならない。この作品は大手のABC局が制作したミニ・シリーズで、あの著名なユダヤ人作家ハーマン・ウォーク(Herman Wouk)の小説が原作となっている。日本でもテレビ放映されたから、覚えている方も多いんじゃないか? だって、主役級キャストの中に、ボンド・ガールだったジェーン・シーモア(Jane Seymour)がいたし、往年の名俳優ロバート・ミッチャムも出演していたのだ。ユダヤ人って、ホロコースト映画の制作となったら張り切っちゃうし、テレビ局も本腰を入れるから、投資するスポンサーも附きやすい。このドラマは『戦争の嵐(Winds of War)』の続編で、前作は4千万ドルの制作費だったが、本作は1億400万ドルも使ったらしい。(当時の為替レートが128から129円台なので、おおよそ126億9千万円くらいの額になる。) 撮影ロケだって10ヶ国にわたり、延べ21ヶ月の撮影期間を費やしたそうだ。(Valerie J. Nelson, The Los Angeles Times, March 28, 2006) 日本の映画関係者からすれば羨ましい。最近公開された実写版『進撃の巨人』は、制作費が足りなかったそうで、映像がイマイチというか貧相だったから、観客からは評判が良くないという。もっとも、肝心の役者が大根だからしょうがないのかも。(筆者は観ていないので、正確なことは言えない。これはあくまでも巷の評価です。)

Jane Seymour 6John Gielgud 5Dan Curtis 1Herman Wouk1








(左: ボンド・ガールのセーモア / ジョン・ギールグッド / ダン・カンーチス / 右: ハーマン・ウォーク)

  『戦争と追憶』のクライマックスといったら、何と言っても第11話であろう。物語はアメリカ人と結婚したユダヤ人女性、ナタリー・ヘンリー(ジェーン・シーモア)と伯父のアーロン・ジャスロー(ジョン・ギールグッド)が、アウシュヴィッツに送られる場面がメインとなる。ナタリーはイェール大学教授である伯父と一緒にイタリアに滞在中、ひょんな事からドイツ人に捕まってしまう。ポーランドにある強制収容所へ送られるユダヤ人は、息苦しい列車内で家畜以下の扱いを受ける。排便はバケツにするだけで、飲み水はほんの僅かしかもらえない。一方、客室に乗ったドイツ軍将兵は、豪華な食事とお酒に舌鼓を打っている。食べきれないほどの料理を満喫するドイツ人の側で、音楽家のユダヤ人がアコーディオンを弾くよう命令されているのだ。腹を空かせたユダヤ人は残飯すらもらえない。大学教授のアーロンは列車内で便所掃除。ある駅に列車が止まったとき、偶然ユダヤ人にリンゴが詰まった袋が渡された。臭気漂う暗い列車の中で、ユダヤ人は貪るようにリンゴを食べる。憔悴したナタリーは、久しぶりに見るまともな食べ物を手に取り、涙を流しながら新鮮な果実を囓(かじ)った。ユダヤ人は自分の惨めさを表現することにかけては、第一級の才能を示す。感心するほど演出が巧みである。ドイツ人の冷酷さを見せつけられた視聴者は、すっかりユダヤ人に同情してしまう。プロデューサー兼監督のダン・カーチス(Dan Curtis)は、1年間もアイデアを練ったというから大したものである。

  アウシュヴッツといえば、ガス室殺人の代名詞。実際にあったかどうかも怪しい施設だが、ユダヤ人が「あった ! 」と言うから事実になった。列車から降ろされたユダヤ人は、ドイツ人官吏の適当な判断で生死を決定されてしまう。「老いぼれ」とか「役立たず」と判断された者は、処刑が確定されたも同然の列に振り分けられる。薄汚いババアを即決でガス室送り、と指図したドイツ人は、美しいナタリーを前にして、イヤらしい眼で舐めるように見る。若くて美しいナタリーは生きることを許された。しかし、高齢の伯父、アーロン・ジャスロー教授は地下室行き。冷たいコンクリートで建てられた地下室には、恐怖で震えるユダヤ人がひしめいていた。彼はそこで服を脱ぐよう命令され、絶望的な状況になす術(すべ)もない。アーロンはただ神に祈るしかなかった。薄暗い通路には、裸にされたババアやジジイのみならず、子供を抱える若い母親もいて異様な雰囲気である。何が起きるのか分からず、ただ不安に怯えるユダヤ人は、ジャワー・ルームに入るよう命令された。

Nazi Officers 2Jane Seymour 7








(左: 冷酷なナチ官吏 / 右: 列車から降ろされたユダヤ人)

  事情も分からず命令されるままのユダヤ人が、シャワー室に入るや否や、突然扉が閉められた。一瞬の出来事にパニックを起こしたユダヤ人。鋼鉄のドアがロックされと、その乾いた音が死刑の合図となった。猛毒チクロンBが詰まった缶が、真っ暗なシャワー室の中に投入され、発生したガスによりユダヤ人がもだえ始めた。戦慄の恐怖がユダヤ人を襲うが、詰め込まれた部屋の中ではどうすることも出来ない。悲鳴を越えた絶叫が部屋中に響き渡り、まさしく阿鼻叫喚の生き地獄となった。大人ばかりか、老人や幼い子供までが、毒ガスによって倒れて行く。観る者の呼吸が苦しくなるほどの場面である。年端も行かぬ少女が、最期に振り絞った声が耳から離れない。人間の命が事務的に抹殺される光景は凄惨だ。

  こんなシーンを見たら、無知なアメリカの視聴者は、脳幹を殴られたような衝撃を受けてしまう。ユダヤ人というだけで、無辜(むこ)の人々が強制収容所に送られ、毒ガスで虐殺されるのだ。しかし、このドラマが狡いのは、シャワー・ルームの何処に缶が投げ込まれたかが不明なところにある。金網で仕切られた場所に、数個の缶詰が放り込まれるのだが、ズーム・アップされた画面では、部屋の何処なのか分からない。ユダヤ人の研究書では、部屋の天井に取り付けたハッチから、チクロンBのチップが詰まった缶が投げ込まれたという。しかし、アウシュヴッツのハッチは戦後、ソ連によって設置されたもので、当時はなかったらしい。しかも、チクロンBが揮発するには、数時間待たねばならないので、シャワー室の人間は直ぐ死ぬことはないという。ドラマは缶の投入口を意図的に隠している。はっきり描くと批判が起こるので、わざと曖昧にしたんじゃないか? 天井のハッチを見せなかったのは、ドラマ制作者が迷った挙げ句に考えついた智慧、すなわち苦肉の策であろう。

John Gielgud 2John Gielgud 4(右/ローマ教皇役のジョン・ギールグッド)
  感情を揺さぶるホロコースト映画には、アメリカ人やヨーロッパ人をユダヤ人にする、という催眠術が仕込まれている。視聴者が迫害されるユダヤ人に感情移入して、あたかも自分がナチスに虐待されているような気にさせるよう、巧妙に演出されている。とにかく『戦争と追憶』の役者がいい。特に、アーロン・ジャスローを演じたジョン・ギールグッド(John Gielgud)が最高だ。シェイクスピア劇で鍛えられた英国人俳優のギールグッドは、映画でユリウス・カエサルも演じたことがある実力派。(彼はリトアニア人とポーランド人の血を引くイギリス人であった。) 日本人なら『炎のランナー』や『エレファントマン』、『ガンジー』に出演した彼を覚えているんじゃないか。晩年の作品だと、ケイト・ブランシェット主演のヒット作『エリザベス』で、ローマ教皇を演じた俳優、といえば若い人も思い出すだろう。こんな名優がユダヤ人学者を演じたのだから、視聴者はすっかりユダヤ人側についてしまう。それに、美人女優のジェーン・シーモアがナチスに虐待されるのだ。美人は“善”という意識が人々にはあるので、彼女が冷血漢に酷い扱いを受ければ、どうしても可哀想に思える。もし、ナタリー役をイスラエル首相のゴルダ・メイヤーとか歌手のジャニス・ジョップリン、フェミニストのベティー・フリーダン、ジャーナリストのヘレン・トーマスが演じたら、観客の同情心が低下してしまうかも。

Jane Seymour 2betty friedan 2Helen Thomasjanis joplin 1







(左: ジェーン・セーモア / ベティー・フリーダン / ヘレン・トーマス/右: ジャニス・ジョップリン)

  ジョン・ギールグッドの演技は素晴らしく、「サー(Sir)」の称号を貰えたのもうなずける。しかし、彼の性癖は賛成できない。サー・ジョンはゲイであった。数々の栄誉に輝き、その実力を認められた俳優が、同性愛者だったなんて信じられない。だがこの名優には、死にたくなるほどのスキャンダルがあった。1953年10月20日の午後11時くらい回った頃だ。チェルシーにある公衆便所で、彼は男性の使用者にしつこく声を掛けていた。逮捕された時、彼は「アーサー・ギールグッド」と名乗っており、自営業者と称していたらしい。しかし、実際は英国演劇界の大物であった。この偉大なる俳優は、女王陛下の戴冠式が行われる4ヶ月前に、ナイトの称号を授与されていたのだ。「サー」の称号をもつ役者が、便所で男あさりとは。何とも情けない。彼は警官に逮捕されたが、判事が言い渡した10ポンドの罰金で済んだ。(Jane Warren, Gielgud's secret shame, Express) このような恥をさらしたギールグッドは自殺さえ考えたという。ある保守党議員は彼の称号を禠奪(ちだつ)せよ、と議会の同僚に呼びかけた。ところが、誰も賛成しなかったので、その提案は破棄。まあ、パブリック・スクール出身者にはゲイが多かったし、政治家だって同性愛を隠している者もいただろう。性的嗜好に触れぬ事は大人の智慧だ。これには山崎拓・元副総理も賛成するだろう。(山拓が作ったポルノ写真集ってどんなのか見てみたい。)

Peter de Rome 1Ian McKellen 2








(左: ピーター・デ・ローム / 右: イアン・マッケラン)

  ちなみに、ギールグッドはポルノ界のゴッド・フーザーと呼ばれるピーター・デ・ローム(Peter de Rome)のために、ポルノ映画の脚本を書いていたそうだ。(Ben Beaumont-Thomas, John Gieglud wrote gay porn film, producer says, The guardian, 26 November 2014) 人気映画『X-メン』に出演したイアン・マッケランがギールグッドの追悼文を書いていたが、サー・ジョンは生前、同性愛者に対する扱いを改正する法律に関心があり、ロビー団体に定期的な献金していたという。映画では「マグニート」を演じていたイアン・マッケランも、私生活では気持ちの悪いゲイである。1960年代くらいまでは同性愛が罪だった英国でも、今ではゲイやレズビアンが堂々と公道を闊歩している。人気歌手のエルトン・ジョンは、同性愛者であることを公言していたのに、ナイトの称号を貰って「サー・エルトン」となってしまった。2014年に英国で同性愛結婚が合法化され、デイヴ・ファーニッシュと結婚したそうだ。驚くのは彼だけではない。1960年代に開かれたウッドストックにも参加し、既成社会の反逆児だったローリング・ストーンズのミック・ジャガーも、高齢になったら従順になって「サー」の称号を貰っていたのだ。麻薬患者だったキース・リチャードは、馬鹿らしくて相棒を「サー・マイケル」なんて呼べないだろう。

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(左: エルトン・ジョンとファーニッシュ / 中央: ミックジャガー / 右: キース・リチャーズ)

ユダヤ人の仕置きを受けたカトリック司祭

  ユダヤ人は自分たちが確立した「ホロコースト信仰」に異を唱える者は、たとえ高位高官の異教徒でも容赦はしない。ガス室による民族絶滅神話は、科学的検証を必要としない厳然とした歴史的事実であり、物的証拠を要求する異端者は社会的に抹殺される。日本では雑誌『マルコポーロ』がサイモン・ヴィーゼンタール・センターによって断罪され、花田紀凱(はなだ・かずよし)編集長は解任処分。ユダヤ人の抗議に焦った文藝春秋社の田中健五社長は、『マルコポーロ』を廃刊にすることで詫びを入れたのだ。触らぬ神に触ってしまった花田氏は後に『WiLL』の編集長で復活。しかし、このリンチにより日本の出版界はビビった。ユダヤ人はマッカーサー元帥よりも怖いと分かったのだ。まるで、タバコの火を押しつけられた仔犬のように、タバコを見ただけで小便をちびってしまう。アメリカだって、CNNのリック・サンチェスはユダヤ人を批判した廉でクビ。俳優のメル・ギブソンもユダヤ人の悪口を言って藝能界を干されてしまった。一時期まったく姿が見えなかったのはそのせいである。最新作の『マッド・マックス』にも出演できない。大物俳優のマーロン・ブランドーも、ユダヤ人をテレビで批判したが、彼は既に高齢者で盛りを過ぎていたから大した被害はなかった。ユダヤ人を公式の場で批判するなら、失業や左遷、引退を覚悟せねばならない。

simon wiesenthal 1花田紀凱Richard Williamson 12







(左: サイモン・ヴィーゼンタール / 中央: 花田紀凱 / 右: リチャード・ウィリアムソン)

  2008年頃だったか、ユダヤ人が練り上げたホロコースト神話をカトリック司教が否定して大騒ぎになった。アメゼンチンに派遣されていた英国人司祭のリチャード・ウィリアムソン(Richard Williamson)は、テレビのインタヴュー番組で、ガス室殺人の信憑性に疑問を表明し、毒ガスによる皆殺しはなかったとし、ナチスに虐殺されたのは600万人ではなく、30万人程度であろう、と明言したのだ。(Nick Squires, Bishop Williamson apologies for gas chamber comment, The Telegraph, 26 February 2009) この爆弾発言にヴァチカンは大わらわ。ユダヤ人団体はもとより各界からの非難が湧き起こり、ローマ教皇庁はウィリアムソン司教に発言を撤回するよう圧力を掛けた。厄介事の拡大を懸念したヴァチカンの意を汲み、ウィリアムソン司教は自分の過ちを謝罪することにしたのだ。彼は自分の発言を後悔し、二度とその件に言及せぬ事を誓ったらしい。

  ウィリアムソン司教は何を謝ったのか? ガス室殺人があったのに、事実を無視したことについて謝罪したのか? 違う。いわゆる「世間をお騒がせした」罪で謝ったのである。ユダヤ人やマスコミがギャアギャア騒ぐから、仕方なく謝って丸く収めたのだ。司教はドイツのシュピーケル紙のインタヴューで答えている。

  私は生涯を通して、いつも真理を求めてきました。これが、なぜ私がカトリック信仰に改宗し、司祭になったかたかの理由です。私は自分で確信した真実のみ口にするのです。物事を違った角度で考える正直者や知能の高い人々が居ることを信じているからこそ、もう一度、歴史的証拠を見直さなければなりません。スウェーデンのテレビ局のインタヴューで同じ事をいいましたが、歴史的証拠が焦点となる問題であって、感情が問題になるのではありません。もし、私がこの証拠を発見したなら、私は自分の見解を訂正します。しかし、それには時間がかかります。(Spiegel Interview with Bishop Richard Williamson, February 9, 2009)

Marlon Brando 1Mel Gibson 1Rick Sanchez 1Raul Hilberg 2






(左: マーロン・ブランドー / メルギブソン / リック・サンチェス / 右: ラウル・ヒルバーグ)

  ウィリアムソン司教の態度は立派じゃないか。彼はガス室殺人についての具体的調査が無かったので、大量殺戮の噂を信じなかっただけである。強制収容所のユダヤ人を解放した英米軍が、ちゃんとした科学的捜査を行っていれば、ウィリアムソン司教もホロコーストを肯定したはず。しかし、最高司令官であるトルーマンやチャーチルが、ホロコーストの科学的調査に興味が無かったのだ。おかしいのはシュピーゲル側である。同紙の記者は彼に「教養あるカトリック信徒がどうしてホロコーストを否定できるんですか? 」と尋ねていた。この記者は典型的なくるくるパーのジャーナリストである。「どういう根拠で私はホロコーストを信じているんだろう ? 」と自問するのが先だろう。ジャーナリストなら事件の「裏」を取れ。具体的な殺人方法を示しした公式資料を入手して、専門家に吟味を依頼することをせずに、最初からユダヤ人、つまり被害者の言い分を鵜呑みにするのは、ジャーナリスト失格である。ジャーナリストなら、殺人事件があったという証拠をまず掴むべきで、その後で事件を否定する者に物的証拠を提示して詰問すべきだろう。手ぶらでインタヴューなんて怠慢だ。

Gas Chamber Auschwitz 1(左/アウシュヴッツのガス室とされた部屋)
  ホロコースト研究の第一人者であるラウル・ヒルバーグ博士だって、科学的調査報告書なんか一つも所持していなかった。以前、このブログで紹介したが、博士はユダヤ人の証言だけで、ガス室殺人の存在を肯定したのである。ユダヤ人研究者に特徴的なのは、分厚い本を執筆するが、ガス室殺人になると1ページにも満たない記述でサラリと流す。『ヨーロッパ・ユダヤ人の絶滅』の下巻では、各地で起きたユダヤ人虐殺事件や裁判、刑罰、賠償について詳しく書いている。しかし、アウシュヴッツの殺人描写はたった2ページ(柏書房 pp.226-227)に過ぎない。根拠だってフィリップ・ミュラー(Filip Müller)の『アウシュヴッツの目撃証言(Eyewitness Auschwitz)』だけ。読者が一番知りたいガス室の構造や換気装置の有無についてはスキップ。毒ガスでの殺人が15分くらいで終わり、30分でドアを開けて死体を運び出すなんてあり得ない。ユダヤ人の死体運搬係が、防毒マスクもつけずに、ガス室に入って遺体を一体づつ運び出すなんて馬鹿げている。それに、焼却炉が24時間フル操業でも、あんなに大勢の遺体を焼却するなんて不可能だ。また、遺体を燃やす燃料が大量に必要なはずで、それをどうやって確保したのか? 支那人に倣って生き埋めにした方がいいじゅないか。大半のホロコースト専門家は、ユダヤ人が舐めた苦汁については、長々と詳細に述べるのに、肝心の殺人方法や物的証拠、公式な科学捜査についいては、疑問を感じず徹底的な捜査をしようとしないのだ。かつては、ダッハウの強制収容所でもガス室殺人があったはずなのに、今じゃ「ドイツ国内にガス室はありませんでした」なんて軽く流している。ソ連が占領地区の収容所を調査させなかったことを誰も怪しまない。偽情報や捏造を得意とするロシア人が、収容所でどんな小細工をしたか考えるべきである。

  ユダヤ人や左翼メディアは、ホロコーストに疑問を挟む者を、徹底的に糾弾して「ネオ・ナチ」の烙印を押してしまう。一般人が長ったらしい歴史書を読まないことをいいことに、マスコミは感情的な議論を繰り返す。洗脳された一般国民は、猜疑心を持つ者に対し、「お前は反ユダヤ主義者だろう」とか「君は歴史修正主義者よ」、あるいは「アンタはネオ・ナチね」と決めつける。これが、ユダヤ人が根気強く重ねてきた努力の結晶であろう。娯楽作品で一般人に根拠の無い物語を注入したことが効を奏したのだ。日本人だって遠山の金さんが背中や肩に桜吹雪の刺青を彫っていて、お白洲で悪党を裁いていたと信じている。しかし、奉行がお白洲に出て、裁判を行うことはなかったし、刺青だって講談師の作り話だ。水戸黄門は水戸藩を滅多に出たことがないのに、九州や四国にまで出向いて悪代官を成敗していたことになっている。なんで外様大名の家臣が葵の御紋にひれ伏すんだ? みんなでメッタ斬りにして知らぬ顔をすればいい。おかしいのは、悪役は格さんや助さんを背後から襲わないのだ。刀で背中をブスリと刺される心配の無い乱闘なんて変だろう。要するに、映像の力は強烈なのだ。作り話も10年間くらい言い続ければ、歴史的事実になってしまう。この間違いを指摘する者は「歴史修正主義者」となる。

  ついでに言うが、歴史教育をまともに受けていないアメリカ人は、ニュルンベルク裁判を英米流の法廷と勘違いしている。エドワード・クック卿の「ボナム医師事件」で有名なのだが、検事側と裁判官がグルになった判決は無効となる。これは欧米の法学者や法科大学の学生にとったら常識。ニュルンベルク裁判で検察側は、自分たちが必要とする資料をいつでも簡単に入手できた。しかし、弁護側が検察側の引用する記録や資料を見せて欲しいと要求しても、叶わないことがよくあったらしい。驚くことに、被告側に有利な資料を探し出すのののが困難な上に、検察側が利用した記録が「消滅している」事も珍しくなかったという。(ウェルナー・マーザー 『ニュルンベルク裁判』 西議之 訳 TBSブリタニカ 1979年 p.146) 都合の悪い証拠は自然と蒸発してしまうしは。殺人事件なのに弁護側が証拠や記録を自由に使えなかったり、入手を邪魔されるなんて、米国や英国では考えられない。これじゃあ、ヤクザや支那人のリンチと同じである。ホロコーストの生存者が語った証言だって、ちゃんと反対尋問(cross-examination)されたものではない。スティーブン・スピルバーグが制作した『ラスト・ディズ』では、様々なユダヤ人が体験を語っているが、物的証拠を提示したものではなく、怪しい証言が混じっている。検証作業が伴わないから、ホラを吹いても分からないし、可哀想な生存者を疑う者はネオ・ナチ扱いされてしまうのだ。

  難民としてアメリカ合衆国に住みついたユダヤ人は、マスコミや藝能界を牛耳って、ホロコーストの真実を隠蔽した。何もしないとアメリカ人はすぐ過去を忘れるし、冷静になれば歴史を再検討し始める。そうなる前にすべき事は、彼らの空っぽな頭に大量の情報を流し込むことだ。人間には1日24時間しかないから、勉強時間は貴重なのだ。学界に君臨するユダヤ人は、アメリカ人に余計なことを考えさせず、ハリウッドのユダヤ人は、彼らが起きている時間に楽しい映像を見るよう仕向けた。心理学に秀でているユダヤ人は、他人の思考や文化を批判したり、その精神をいじくって別のものに変えてしまうことを得意とする。狡猾なユダヤ人は、人種的にドイツ人と近い西欧系アメリカ人を、映画やTVドラマを通してユダヤ人に改造したのだ。気違いにされたアメリカ人は、独立心が強くて尚武の精神に富んだドイツ人よりも、他人に依存してヌクヌクと暮らす寄生民族を仲間と思っている。しかも、金貨の入った靴下で殴られれば、髭もじゃの中東アジア人がサンタクロースに見えるようだ。札束で左の頬を打たれたアメリカ人は、嬉しくなって右の頬を差し出す。こうした馬鹿な白人を朝鮮系アメリカ人は眺めた。そして、ユダヤ人を師匠としたのである。ユダヤ人が他人の国でホロコースト博物館を建てるなら、偉大な朝鮮人も悲惨な過去をアピールしようと考えたんじゃないか? 朝鮮人移民は入手したアメリカ国籍を最大限利用して、憎い日本人を懲らしめようと思いついた。根拠の無い「奴隷狩り」だって、声高に叫ぶうちに真実になる。時が経てば証言者が亡くなり、検証が難しくなって朝鮮人に有利なると踏んでいるのだ。東洋史に無知なアメリカ人は、まさか朝鮮人が妄想から銅像を建立するとは想像できまい。アメリカ人なら逆に、日本人はきっと恥ずかしい過去を抹殺し、証拠隠滅を計ったに違いない、と勘ぐってしまう。それは、アメリカ人がよく用いる手口だから、日本人も同じと考えてしまうのだ。

Meg Ryan 9Dennis Quaid 3Tamlyn Tomita 1







(左: 元妻のメグ・ライアン / 中央: / デニス・クウェイド / 右: 妻役のタムリン・トミタ)

  アメリカ人は日本人を恐ろしい民族と考えているが、ユダヤ人はその数千倍恐ろしいことに気づいていない。彼らは西歐各国に溶け込み、その言語を習得し、居候している国の社会や文化、制度、法律などを変えてしまうのだ。城壁の外にいる単純な日本人よりも、壁の内側で政治や経済を支配する異邦人の方が、よっぽど有害である。英語やフランス語を話すユダヤ人が、山のように大量の歴史書を出版し、図書館の棚を独占するのだ。日本人の歴史書は、オタク族さえ手にしない。日本語を読める者などいないからだ。日系人は驚くほど民族意識が薄い。ユダヤ人と対照的である。米国に移民して帰化した日系人が、アメリカの西欧文明を改造したり、アメリカ白人の精神を変質させようと画策したことはない。カルフォルニアやニューヨークに住む日系人が鯉のぼりをあげたり、凧揚げをして遊ばないのだ。ひな祭りを忘れた日系人少女は、金髪碧眼のバービー人形を手にして喜んでいる。大統領候補者に何百億ドルも献金する日系アメリカ人なんていないし、オレゴン州に日系人収容所を再建しようとする大富豪もいないのだ。

Come See the Paradise 1Relocation Camp Oregon





(左: 「愛と哀しみの旅路」のデニス・クウェイドとタムリン。トミタ / 右: 日系アメリカ人収容所)

    デニス・クウェイド(Dennis Quaid)が主演した『愛と哀しみの旅路(Come See the Paradise)』は、強制移住を命じられた日系アメリカ人の悲劇を描いているが、この作品を知っているアメリカ人はまずいない。デニス・クウェイドの元妻メグ・ライアンなら誰でも知っているが、共演者のタムリン・トミタなんか聞いたこともない。アジア人女優なんか皆同じに見えてしまう。この映画は『ミシシッピー・バーニンク』を撮影したアラン・パーカー監督の作品だと教えても、「そんなのあったの ?」という反応が普通だ。1990年にひっそりと公開され、煙のように消えた作品である。日本人だってこんなC級映画の存在は知らないだろう。日本の都市を空爆して、炎による大殺戮(ホロコースト)は無視されるのに、いかがわしいユダヤ人の絶滅は誰でも知っているのだ。プロパガンダ映画の影響力は絶大である。次回はユダヤ人が映画で扱うアメリカ文化について述べたい。




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