無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

2016年04月

屈折した日本人の心(後編) / 選ぶなら西歐人

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意外な強制収容所への意見

  真珠湾攻撃で困ったのは、日本に居る兵卒ばかりでなく、米国に暮らす日系人も同じだった。公民権(citizenship)を持っていたのに、敵国人として収容所に送られたのは、明らかな憲法違反である。当時のアメリカ白人が、日系人に人種偏見を持っていたことは確かだ。人種と肉体が違うということは、これほどまでに深刻な事態を招くものであり、知識人がいくら「自由」や「平等」を謳っても、現実は理論通りには行かないものである。普段は紳士的な白人でも、一旦非常事態になると、心の底に隠していた本音を表してしまうのだ。したがって、民族や人種が違っていれば、離れて暮らした方がいい。

  日系人の強制退去の話を聞けば、国籍が違う我々とて、腹の立つことがある。せっかく築いてきた畑や店を没収されたり、手放さなければならなくなり、理不尽さに嘆く日系人の気持ちはよく判る。日系人のマサオ・イノタは、FBIの家宅捜査を受け、様々な財産を持って行かれたらしい。中には、子供が遊んでいたおもちゃのピストルまで押収されたそうだ。(アイリーン・スナダ・サラソーン編『The Issei 一世 パイオニアの肖像』p.200) 商店を経営するツグオ・オガワは、収容所送りになるので、店の商品を処分せねばならなかったという。戦争勃発後は日本人の店だということで、お客の足が途絶えていたし、仕入れのために借金もしていたから、なんとか在庫を処分したかったそうだ。退去まで猶予があったので、問屋に商品を買い戻してもらおうとしたところ、足元を見られてしまったという。市場価格は仕入れた時より高くなっていたのに、買い戻し価格は、仕入れの時と同じ金額であった。「法律違反の疑いが濃かった」が、立場が弱かったので、泣く泣く商品を原価で売ってしまったので、借金を返せなかったという。(p.217)

  多くの日系人にとり、収容所送りは噴飯物であったが、絶滅収容所というわけでもなかったので、辛い日々の中にも救いがあったようだ。リヨ・オリテは当時を回想して、「センターの中で保護されている、と感じました」と語る。収容される前は、石を投げられたり、嫌がらせを受けていたので、センターに送られて、ほっとしたのだろう。(上掲書 p.227) オリテ氏の意見で驚くのは、その収容所暮らしである。「収容所に入ってからは、朝起きて御飯を作らなくても良かったし、風呂は焚いてもらえ、食事も用意してもらえた。皿洗いもしなくてよかった」らしく、「センターでの生活は楽しかったです。戦争中でなかったら、天国でしたね。日本人の身の上に何が起ころうとしているのか分かりませんでしたが、戦争中にもかかわらず、このような生活ができて、ありがたいと思いました」。(p.228) もちろん、悲惨な生活を体験した日系人もいたが、楽観的な人もいたとは驚きだ。

  ニスケ・ミツモリの話も意外である。収容施設に送られたことについて、「私は日本人のためによいことだ、と信じていました」と述べ、「アメリカはキリスト教国で、自分の国民を飢え死にさせるようなことはしない、と思っていたのです」と語っていたのだ。(上掲書 p.229) 彼はインタヴューの質問に対し、率直に答えていた。「強制退去がおこなわれると聞いて、日本人は助かる、と本当に思いました。私たちの心配と不安はこれで解決されるだろう」と思ったそうだ。「たくさんの人が不安をもっていることを聞いていましたので、退去の知らせを耳にして、私は大喜びしました」と語っているんだから驚いてしまう。(上掲書 p.230) 日本で反米思想を吹聴する日本人と違って、米国で実際に「差別」を体験した日系人の昔話は興味深い。確かに、日系人は白人からの理不尽な差別に苦しんだが、その一方で、素晴らしい人物と出逢ったり、日本では見られない「公平さ」も経験したのだ。だから、色々あっても米国を離れなかった。本当にひどい国なら、さっさっと帰国して二度とアメリカの土を踏まないだろう。

  日本人は根が素直で、筋を通すから、何が正しいことか分かっている。「義理」や「人情」を重んずる日系一世のジュヘイ・コウノは、二世に対し「もし、日本人の本当の精神を見せたいなら、日本が勝とうと負けようと、義理のあるアメリカに忠誠を尽くしなさい」と何度も言ったそうだ。彼は対面したFBIの係員に、日本人らしさを語ったという。「私たちはアメリカという国に借りがあります。良い日本人なら、そのことを知っているし、たとえ敵国の人間であっても、アメリカに忠誠を尽くすのです」。(p.290) 戦前の日系移民は、日本人としての誇りを忘れていなかった。恩を仇で返す朝鮮人とは大違いだ。ハワイに住んでいたコウノ氏は、戦争が勃発すると、ホノルルの司令官デロス・エモンズ陸軍中将のもとに行き、軍隊に入りたいと懇願したそうだ。エモンズ司令官は、この志願兵にたいそう心を打たれ、嘆願書を公表するよう、ホノルルの新聞社に渡したという。さっそく、この話は各紙の記事になった。米国に忠誠を誓う日系人2世の勤労部位は、VVV(大学勝利部隊)と呼ばれ、これが基になって、有名な442部隊が編成されたという。(pp.213-214)

  日系人と対照的なのは、人格が歪んでいる朝鮮人だ。朝鮮人は何処に住もうが、我々に妬みや憎しみを持っている。ミネジロウ・シバタはイワシなどを獲っていた漁師である。彼と仲間の日系人は、とんでもない濡れ衣を着せられたそうだ。戦争が始まった頃のこと。現地に住む朝鮮人の医者が、政府にサンペドロの日本人漁師は全員スパイだと告げ口をしたそうだ。そこで、特別調査委員会が設置され、日系人すべてに訊問が行われたが、一人もスパイはいなかった。(p.205) 当り前だ。日本政府に対米工作部隊なんて発想は無かったからだ。昔から朝鮮人は、根拠の無い「妄想」で日本人を貶めていたのだ。こんな連中と顔つきが似ているので、日本人は歐米諸国で損をする事がよくある。そういえば、米国に居たある日本人留学生が、「朝鮮人」と間違われて腹を立てた話を聞いたことがある。支那人や朝鮮人と一緒にされることが、いかに日本人にとって屈辱的なことか。日本にばかり住んでいるジャーナリストには分かるまい。支那・朝鮮に同情的な左翼でも、外国でアジア人として扱われると怒り出す。なぜなら、支那人や朝鮮人と同類に見られるからだ。「あんな奴らと一緒にするな ! 」と言いたくなるのが、海外に住む日本人の本音である。

  櫻井よしこや西尾幹二のような、怪しい「保守派」言論人は、「営業保守」で雑誌に登場するだけで、本当の事実には関心が無いのかも知れない。彼らは日系人の苦労話を一般読者に披露するが、なぜ日系人は米国から脱出したり、亡命しなかったのかを伝えようとしないのだ。政府職員などに拘束され、収容所に輸送される前に、逃亡する余裕はあったはずだ。しかも、要請があれば、日本政府は彼らを引き取る意思もあったはず。それなのに、日系人は難民として日本に帰るつもりはなかった。彼らは心の底でアメリカ人を信頼していたのだ。つまり、虐待して殺すことはないだろう、と踏んでいたのだ。それに、普段の交際から、白人の中にも立派な人物がいるから、死ぬほどこき使われて餓死するなんてことはあり得ない、と信じていたのだ。これが、ロシア人や支那人なら別である。何があっても一目散に故郷の日本へ戻ったに違いない。支那大陸に住んでいた日本人なら分かるはずだ。支那人やロシア人を信用するなんて、どんな馬鹿でもしないだろう。自分の命が懸かっていれば、呑気な「綺麗事」を言ってはいられない。

  日系人の話を聞く時に、一世か二世かを確かめねばならない。一世は自分から進んで渡米したので、アメリカ人から嫌な事をされても、しょうがないと我慢できた。差別を受けて帰国しなかったのは、悪い白人ばかりではなかったからだ。しかし、二世の子供たちは、親の本音を知らないので、単に「有色人種だから差別された」と言って怒っている。ちゃんと親が事情を言い聞かせればいいのだが、子供に辛い思いをさせたという罪悪感から、本当の事が言えないのだ。出稼ぎ人の一世は、所帯を持ったり子供が生まれたりした時、日本に戻るべきだった。それをしないで、グズグズと住み続けたから、悲劇が起こったのである。最初の目的を果たしたら、お金を持って故郷に帰れば良かったのだ。こうした後ろめたさが日系一世にはある。彼らがユダヤ人のように、いつまでもグチャグチャ恨み節を言わないのは、自分で蒔いた種ということが分かっているからだ。

西歐人への好意と反撥

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(左: アルメニア人 / 支那人 / メキシコ人 / 右: アフリカ人)

  よく、日本人は「世界」と口にするが、それは歐米諸国が主流である。アゼルバイジャンとかイエメンを念頭に置いて、「世界」を語る庶民はいないだろう。かなり昔のことで正確には思い出せないけど、藝人の山田邦子がある会話の中で、「アメリカ人」について聞かれて、「私、アメリカ人て、白人のことだと思っていました」と答えていたのを覚えている。アメリカには黒人や支那人、キューバ人、メキシコ人なども多く住んでいるのに、白人だけというのは、余りにも無知である。しかし、庶民が興味を持つのは圧倒的に西歐の白人だからしょうがない。つまり、魅力的な文化を持つヨーロッパ人にしか興味がないのだ。歌手やダンサー、スポーツ選手とかの特殊な才能をもつ人物なら、黒人やヒスパニックでもいいが、たんなる平民だと興味を持てない。黒人が皆バスケット・ボールやダンスが上手というのは偏見である。一般の日本人からすれば、凡庸で無教養な黒人と付き合うことは、これといって何のメリットもない。黒人のフッションが好きな人でも、縮れ毛のアフロ・ヘアーにする、昔の笑福亭鶴瓶みたいな男性は、さっぱり見かけなくなった。また、美白化粧品は高くても買うが、肌を黒く焼いて鼻の穴を大きくする美容整形にお金を払う女性は、まずいないだろう。しかし、金髪に染める女性や男性がいるんだから日本は不思議な国である。

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(左: と中央西歐人女性 /右: 黒人女性)

  今では誰も読まなくなったけど、ナチスの理論家でアルフレッド・ローゼンベルク(Alfred Rosenberg)というエストニア人がいた。彼は工科大学で建築学を専攻したのだけれど、ギリシア藝術やゲルマン種族について興味を持ち始め、『二十世紀の神話』を書いて有名になった。戦後はユダヤ人や左翼学者から非難され、ボロクソに貶されているが、彼が述べたゲルマン藝術の価値や人種的な美の理念には頷くところが多い。だいたい藝術批評なんて学問は、主観的で何とでも言える分野だから、「見方が偏っている」とか「科学的・合理的根拠が無い」、と文句をつけても徒労に終わるだけだ。西洋美術に関する箇所で、ローゼンベルクはギリシア彫刻とゲルマン人の容姿について述べている。

   北方人種と云ふ、種に制約された美が、外的な静力学として現れたのが希臘主義で、かう云つた種に独特な美が内面的動学として現はれたのが北方的な西洋である。ペリクレスの顔とフリードリッヒ大王の頭とは、同一の人種魂、人種的には本来同一である美の理想の緊張幅を表はす二つの象徴である。(アルフレット・ローゼンベルク 『二十世紀の神話』 吹田順助・上村清延 訳 中央公論社 昭和13年 p. 233)

  西洋美術の絵画を鑑賞すれば、いかにギリシア藝術の影響が強いかが分かる。だが、実際のギリシア人なら、日焼けした肌で黒髪の女性の方が普通だったのに、彫刻にするモデルは北方種族の女性なんだから、ギリシアにもスラブ系かゲルマン系の市民がいたのだろう。当時、エジプトは高度文明国だったから、エジプト人の女性が「理想美」になっていてもおかしくはなかった。しかし、古代ギリシア人はエジプト人的容姿が好きではなかった。ルネサンス時代の絵画を見ると、もう白い肌のゲルマニア的女性が主流で、ムーア人みたいな黒髪のアラブ的女性は人気がなかったようだ。ヨーロッパ人は昔から「アーリア的理想美」を追求していたみたいだ。ローゼンベルクは述べている。

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(左: パルマ・ヴェッキオの聖母マリアとイエズス/右: ヴッキオの美人画)

  ヴェネチヤ派のジョルジョーネは彼のヴェーヌスに於いて、正に北方的な婦人美の古典的作品を創造し、また同じくヴェネチヤ派に属するパルマ・ヴェッキオは、金髪碧眼の大きな婦人より外には更に興味を持たなかった。かうした美の理想は極めて強く刻出されたので、黒い婦人達は、美しく、即ち金髪に見えんがために毛髪の色を染め変へるやうにさえなつた。(上掲書 p.235)

  ローゼンベルクの見解はもっともである。我々はラファエロの聖母子像などを観るが、そこに描かれているのは白い肌で金髪か栗毛色の髪をしたゲルマン的娘のマリアと幼きイエズスである。中東アジア系ユダヤ人の親子なら、両方とも黒髪で、鉤鼻、くすんだ肌で、もっと“いかつい”人相をしていたはずである。ミケランジェロのダビデ像も、ユダヤ人ではなく、ヨーロッパ人にしか見えない。もっとおかしいのは、日本の漫画である。日本人で北歐種族の容姿はまず見かけないのに、登場人物が北歐人というのが珍しくない。特に少女漫画雑誌など、スウェーデンかデンマークで出版されたのか、と疑いたくなるような内容である。

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(左: A.J.クック / 中央: ヴィーナスの誕生 / 右: ユダヤ人男性)

  ここでちょっと筆者の体験で申し訳ないが、ある少女と漫画雑誌の話を紹介したい。筆者が学生の頃、あるスカンジナヴィア系アメリカ人の家族と親しかった。憐れに思ったのか、そこの奥方が筆者をよく夕食に招いてくれた。その家を訪れたら、末娘のカレン(小学生1、2年くらいの少女)が日本語を勉強していたのだ。筆者が、「カレン、何やってんだ?」と尋ねると、彼女は「これ読みたいから」と、月刊か週刊の少女漫画雑誌を指した。日本で育ったアメリカ人少女は、魅力的な日本の漫画をどうしても読みたかったので、平仮名を覚えれば読めることに気がついた。漫画には「ルビ」がふってあるので、発音できれば外人の子供でも意味が分かる。母親は中年太りなのに、その娘はとても可愛らしく、いかにも可愛らしい北歐系の子供である。しかも、漫画の主人公と同じ容姿をしてるから違和感が無い。白人の子供が日本の漫画を読んでいる姿が、筆者にはとても新鮮であった。漫画のキャラクターを書いているのが非北歐的日本人で、読んでいる子供が非日本的北歐系アメリカ人なんだから、何だか奇妙であった。

  日本人の保守派には、妙に屈折した西歐嫌いがいるが、庶民は至って正直で、藝術の自由を謳歌している。好きなことを自由に表現できる日本は素晴らしい。ただ、西歐に好意を持つ日本人で問題なのは、日本人のくせに同胞を馬鹿にする連中である。特に、親の仕事により、西歐で育ったりした日本人が、帰国してからアメリカ文化やフランス文化を鼻に掛けて、英語やフランス語ができない日本人を下に見たりする。そして、これに劣等感を抱く日本人もいるから情けない。例えば、自分が英語を喋る事が出来ないと、我が子を英会話スクールに通わせたり、アメリカン・スクールに入学させて、バイリンガルにしようとするのだ。大切な幼児期を二重言語生活でメチャクチャにする阿呆な親がいるんだから、日本の国民教育は地に堕ちている。英語なんて現地に育てば、乞食でも話すことができるのに、それを有り難がっているんだから馬鹿らしい。日本語習得を犠牲にしてまで学ぶものでもなかろう。

  筆者も英語を流暢に話すことを自慢する英文科の女学生と会ったことがあるが、その時「うぁぁ、フィリピン人みたいに上手ですね」とからかってやった。アメリカ人になったつものり彼女は不愉快な顔をして、筆者を睨みつけていた。日本人として生きることを大切にしない、愚かな西洋かぶれは日本から出て行けばいい。そうすれば、どれほど日本が上等な国であるかが分かるだろう。英語なんかより、京都の言葉を話せる方が何倍も素晴らしいのに、「お遊戯英語」に大金を払っている日本人は間抜けである。英語が話せると「国際的ぃぃ!」と考える国民が多いのは、学校で英語の試験を強制され、試験の点数でランク附けされるからであろう。仕事などで必要なら別だが、一般国民にとっては雑談用の英語より、日本史を学んでご先祖様に感謝することの方が先だ。貴重な遺産である日本語を粗末にする日本人は、自ら「根無し草」になる愚か者である。

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(左: ウェルシュ・コーギー / 右: スコティッシュ・フォールド)

  日本人は西歐に対して複雑な感情を持ちすぎる点に問題がある。西歐が好きだと白人になったつもりで「西歐べったり」になるし、西歐で何か不愉快な事を経験すると、「やっぱりアジアがいいな」と思ってしまう。そうして、NHKの罠に嵌まって、「日本はアジアの一員でぇ~す。お隣の韓国と仲良くしましょ~ねぇ」というフレーズに賛同してしまうのだ。外国人と接する時は、日本人同士の付き合い方ではなく、別の考え方をもつべきだ。すなわち、日本人以外の人間は、地球上の生物と考えればいい。例えば、ある日本人が支那大陸のパグが嫌いで、ブリテンで人気のウェリッシュ・コーギーや、耳が折れた猫のスコテッシュ・フォールドが好き、と言っても問題はないだろう。だから、朝鮮半島やルソン島のアジア人が嫌いで、ノルウェーの北歐人やアメリカ大陸のアングロ・サクソン人が好き、と言ってもおかしくはない。白人全員から好かれることを期待する方が愚かであって、日本を好きな白人だけを相手にすればいいのだ。それに、西歐の白人は日本に密入国したり、偽装結婚をして日本国籍を取らないから、我々にとって最も良い外国人である。中流階級の西歐人女性が、日本のキャバレーで裸踊りをしたり、特別滞在許可を得るために、中高年の日本人男性とセックスして子供を産むなんてことはしないだろう。日本人が自国に招いて交流したいと思う外国人は、日本人にとって望ましい外国人であるべきだ。

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(左: 北歐系女性 / 中央: イギリス人女性 / 右: フィリピン人女性)

  日本人が間違いを犯すのは、常識に反した行動を取ったり、本心に背いた選択をする時である。戦前は右翼国粋派を装った左翼が「白人の帝国主義を許すな ! アジアとの連帯を!」と叫んで調子に乗っていたが、常識的に考えれば、白人国家のアメリカやブリテン、オランダ、フランスと争わず、日本も帝国主義の一員になっていれば良かった。インドネシアやフィリピンが白人に支配されたって、日本が困るわけでもないし、内地で日本人差別があった訳でもない。白人国家と貿易を続けていれば、日本の中流階級はもっと成熟したはずである。白人が嫌いな日本人は、歐米に旅行しなければいいだけだ。それに、付き合うなら西歐白人の方が、アジア人やアフリカ人よりも遙かに気分がいい。これは自分の身や家族にかかわる、実際の場面を想像してみれば判る事だ。例えば、アメリカやブリテン、あるいはドイツに転勤することになった日本人夫婦が、現地で子供の学校を探す時の事を考えてみれば分かるだろう。日本人学校や幼稚園が無い地域だと、現地の子供と同じ幼稚園や学校に我が子を通わせねばならない。その時、子供をもつ親は、どんな基準で選ぶのか? もし、幾つかの幼稚園があって選べるとしたら、一番気に入った所に決めるはずだ。例えば、ユダヤ人の幼稚園か黒人ばかりの保育園、イスラム教徒が経営する幼児施設、白人が多いキリスト教系幼稚園、異人種・異民族混合の公立施設などがあった場合、日本人なら白人の幼稚園を選ぶだろう。普通の日本人で不気味なユダヤ教やイスラム教の学校は選ばないし、第一、ヒケもじゃのユダヤ人やアラブ人が先生なら、子供が怯えるし、母親だって嫌がるだろう。また、異民族混淆施設だと、園児の育ちや言葉がバラバラで、我が子の成長が心配になる。

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(左: アフリカ人の子供 / 中央: ユダヤ人 / 右: アラブ人)

  結局、白人だらけの幼稚園が一番良く見えてしまう。もし、若い白人女性ばかりが保母さんで、キリスト教会が経営する幼稚園でも、嫌がらないだろう。普通の日本人なら、自分が好ましいと思う人物に子供を預けるのであって、いくら博士号を持った教育学の専門家であっても、アラブ人やユダヤ人みたいな中東アジア人とか、黒光りのケニア人、褐色のモロッコ人などは避けたい。なるべくなら若くて美しい白人女性の方が子供だって喜ぶし、旦那だって幼稚園のイベントに協力してくれるかも知れない。そういえば、故ダイアナ妃は保母さんだった。スペンサー家のご令嬢が幼稚園で働くなんて驚きだが、彼女は理想的な保育士だった。しかし、未来のプリンセスは、スチュワーデス(air hostess)になりたかったそうだ。英国人作家のポール・ジョンソンとの会話で、ダイアナは素直にその理由を打ち明けていた。

  結婚する前になりたかったのは、客室添乗員だったの。でもね、それになるための知的な教育が充分ではなかったのよ。(Paul Johnson, Brief Lives, Hitchinson, London, 2010, p.93)

   あれだけの美貌があればスチュワーデスくらいになれたかもしれないのに、それを知識が足りないからという理由で諦めたというんだから、何とも“もったいない”話である。もっとも、幼稚園の子供たちは幸せだ。あんな美人なら、「うちの子もその幼稚園に入れたかった」と悔しがる父親も多いだろう。「政治的正しさ」からすれば、白人女性ばかりの幼稚園は、性的・人種的・文化的に“とんでもない”施設だが、日本人の親は黒人ばかりの幼稚園より遙かに“まし”と考えるはずだ。

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(左: イギリス人の子供 / 右: ダイアナ妃)

  前回、高山正之の白人嫌いについて触れたが、日本人は西歐白人に過度な善意や好意を期待するから、それを裏切られた時ショックに感じてしまうのだ。白人に対してなら自ら進んで卑屈になる日本人や、白人と聞けば直ぐ反感を感じる日本は、両方とも片思いが強いからだろう。日本が好きな日本人でも、反日分子に会えば彼らを憎んだり嫌ったりするが、全体として日本人を嫌うことはない。それと同じで、日本を毛嫌いする西歐白人と無理して付き合う必要はない。日本が好きな西歐人だけを歓迎すればいいだけの話だ。地球上の人間を比較して吟味すれば、西歐人が最も好ましい外人であることが分かる。それを無意識的に分かっているから、日本の庶民は熱心に西歐の文化や社会を学び、歐米人と交流したいと望むのだろう。ヒンドゥー語やアラビア語を学ぶ日本人が少ないのは、いくら偉大な文明を持っているとはいえ、インド人やアラブ人に魅力を感じないからじゃないのか。昔、ベトナム戦争が泥沼化した時、散々アメリカを非難した左翼でも、アメリカ文化が好きだったり、留学するならアメリカを選ぶ人が多かった。言行不一致が左翼の特徴だけど、やはり個人の生活となれば、建前ではなく、本音で動いてしまうということだ。日本人の不幸は、我々とかけ離れたアジア人の近くに日本列島が存在し、我々と文化レベルが近い西歐人と地理的に離れている点にある。戦争中、収容所に送られた日系人はアメリカ白人を憎み恨んだが、アメリカを去ることはなかった。彼らはアメリカ白人の中に、怨恨を帳消しにするほど素晴らしいものを見たのだろう。「元日本」の朝鮮半島から一目散に脱出した日本人は、本心に忠実だったからだろう。





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屈折した日本人の心 (前編) / 高山正之は朝鮮人に似ている?

白人社会への愛と憎しみ

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  「ハートブレイカー(Heartbreaker)」という言葉は、よく歌の題名になりやすい。ちょっと記憶を辿れば、レッド・ツェッペリンやパット・ベネター、それにグランド・ファンク・レイルロードの名曲が思い浮かぶだろう。世間の歌手が恋に破れた者の気持ちをどう唄おうが勝手だが、国際政治で失恋の怨みに凝り固まって日本の国益が見えない人は困る。こんなことを言い出すのは、ちょっと前にチャンネル桜の「日いづる国より」を見ていたからだ。その番組では、コラムニストの高山正之がゲストに招かれていて、彼の発言を聞いてみたが、どうも気になって何となく違和感を覚えた。

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  なるほど高山氏は左翼一色のマスコミ界では傑出しているが、悲しいかな、単純思考に嵌まったジャーナリスの域を出ていない。高山氏は無意識なのだろうが、白人に対して愛憎入り交じった感情を持っている。もしかしたら、ロサンジェルス勤務時代に白人ジャーナリストか、身近なアメリカ人に意地悪をされたのかも知れない。とりわけ、ジャーナリストには傲慢で卑劣なクズが多いから、高山氏はチンケな“黄色人種”と見なされたのではないか? 大した能力も無いくせに「白人」であることだけが唯一の自慢である新聞記者が、アメリカにはごまんと居るのだ。堅実な家庭に育った青年なら、ジャーナリストなんて職は選ばないだろう。それに、アジア人と似たような容姿を持つ日本人は、支那人か朝鮮人と一緒にされるからショックを受けることがある。こうした劣等民族と接して嫌な思いをしたアメリカ白人は、日本人に対しても侮蔑的な態度を無意識に取ってしまう。こう扱われれば、温和な日本人が腹を立てても当然だ。

  確かめたわけじゃないけど、普段の話し方を聞いた限り、高山氏は英語を流暢に話せるとは思えない。もしかしたら、現地のアメリカ人スタッフから馬鹿にされたんじゃないか。会社から派遣された日本人駐在員には、英語が苦手で周囲のアメリカ人にうまく反論できず、フラストレーションを貯め込む人が結構いたりする。また、たとえ英語を話すことが出来ても、アクセントおかしかったり、発音の強弱が下手でモゴモゴ話す日本人は、アメリカ人から相手にされなかったりするのだ。筆者もある大学でアメリカ人から孤立した日本人留学生を見たことがある。ある時、彼の水飴みたいにドロ~とした英語の喋り方を聞いて納得してしまった。断っておくが、日本人は美しい日本語を話すことができれば良いのであって、英語が得意な支那人やフィリピン人になることが素晴らしいわけではない。しかし、英米に住むなら言語でハンディーキャップを背負うことになる。前もって会話で苦労することを覚悟すべきだ。それが嫌なら日本から出ない方がいい。

  筆者が何故こんなことを考えたのかと言えば、高山氏が朝鮮人的日本人に見えたからだ。朝鮮人が南鮮で日本の悪口を述べるのは彼らの自由だから構わない。朝鮮国内でぐちゃぐちゃ文句を垂れる蛙は放って置けばいいじゃないか。ただし、来日して我々を罵る朝鮮人がいたら、頭を傘バットで殴ってやれ。それが無い人は、靴下に小銭を入れて振り回し、勢いよく叩きつければかなりの効果を期待できる。でも、一般人は 「馬鹿な鮮人だ」と蔑んで相手にしないだろう。後進国から来たという事も弁えずに、勝手な理屈で日本を非難する朝鮮人は、身の程知らずの馬鹿であるからだ。日本に支えて貰っているくせに、その認識もないまま一等国民を気取る朝鮮人は、見ている我々の方が恥ずかしくなってしまう。一方、米国や西歐について辛辣に語る高山氏は、世間で好評を博す。たぶん、それは日本国民の奥底で燻る対米劣等感を癒やしてくれるからだろう。しかし、白人をことさら非難する日本人ほど、心の底で猛烈に白人を愛している。まるで、武家のご令嬢に片思いを寄せる町人か職人みたいだ。一目惚れの女から相手にされない男のヒステリーはみっともない。日本の知識人も同じだ。彼らは一生懸命歐米の学問を勉強しているから、日本に無関心だったり、日本について偏見や誤解を持っている西歐白人を目にすると、どうしても怒りが込み上げてくる。その気持ちは分かるけど、白人が日本について無知なのはしょうがない。だって、彼らが日本を勉強しなくても困ることはないじゃないか。

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(左: 植民地時代のビルマにいたイギリス人/右: 市場で物を売るビルマ人)

  ここで高山氏の見解が、どうして変なのかをいくつか例を挙げてみよう。まず、白人による植民地支配についてだ。高山氏は歐米列強がアジア・アフリカを支配したことを非難するが、それが日本にとってマイナスなのか、と問いたい。例えば、高山氏はイギリス人のビルマ支配を批判するが、日本は「植民地解放戦争」などせずに、英国のビルマ統治を継続させるべきであった。なぜかといえば、イギリス人が異民族を統治すれば、必ず民族対立が生じて無用な出費がかさむし、余計な人員をさかねばならず、植民地搾取で潤っても全体としてみれば、赤字経営になってしまう。しかも、半永久的ないざこざで常に悩まされるし、下層の白人から異人種混血が起こってイギリス人の肌が茶色くなる。強力な陸海軍を持つ日本なら、英国とビルマの仲をうまく調停する「善意のブローカー(honest broker)」を演じるチャンスが出てくるだろう。そうなれば、日本は両国に恩を売りながら、常に彼らがいがみ合うように仕組めばいいじゃないか。英国と対立するより、英国から技術や情報を貰った方がどんなに得なのか誰にでも分かるだろう。これは日露戦争で証明済み。ビルマ人が塗炭の苦しみを味わっても、我が国が有利な立場になるのなら、帝国主義を是非とも続けてもらいたい。高山氏はなぜ日本よりビルマの利益を優先するのか分からない。

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(左: 利用すべき白人男性/中央: 白人女性/右: 避けた方がいい黒人女性)

  日本人は米国の保守派白人を陰で支援すべきだ。高山氏は中南米移民を排斥するドナルド・トランプを賞讃せずむしろ批判的だが、日本を徹底的に制禦しようとする民衆党に比べればちよっとはマシだろう。それに、アメリカ人が人種的対立で揉めているなら、もっと騒ぎを大きくしてアメリカ社会が分裂するよう工作するのが、我が国の外政ではないのか。どうせ支援するなら、建国の民の子孫を応援し、日本人の味方につけた方がいい。白人保守派の方がメキシコ人や黒人より好ましいと思う日本人は多いはずだ。アメリカでは移民排除を主張する白人は少数派だから、なおさら日本政府は資金援助をして彼らを一大勢力にし、日本の擁護者にすれば慰安婦像撤去の運動で力強い味方となる。アメリカ人を仲間にするなら言論ではなく、札束でひっぱたくのが効果的だ。国土を神聖なものとみなす保守派は、穢らわしい朝鮮人の彫像など目障りと感じるだろう。だいたい、外交とは策略を用いるものだ。人種的亀裂を深めてやれば、白人を支援する日本人の株が上がり、日本研究を専攻する学生を確保しやすくなる。何はともあれ、アメリカ社会に日本の手下を増やすことが肝心だ。もし、アメリカ人を利用するなら、ハンサムな白人青年を見つけるべきだ。大衆は論理や演説内容で人を判断せず、外見や学歴で勝手な思い込みをするものだし、とくにオバはんのアメリカ人には色男の方が説得力をもつ。また、白人美女ならテレビ局が積極的に出演依頼をしてくるから、外務省の役人より数千倍も日本の国益を代表してくれるはずだ。高山氏のように白人を日本国内で非難したって、何の得にもならない。

  昔、アメリカ史を専門にしていた東大教授の猿谷要が、奴隷制度やインディアン撲滅を引き合いに出して、しょっちゅうアメリカ白人を非難していた。高山氏もこの左翼学者と同じような思考に染まっているのではないか。高山氏は白人がインディアンを虐殺したと騒ぐが、インディアンは無抵抗で殺されたわけではく、リトル・ビックホーンの戦いでも知られているように、勇敢に戦って敗れたのだ。皆殺しは可哀想だけれど、白人よりも強力な武器や兵力を用意しなかったのだから、負けたのはスー族やシャイアン族の不覚であろう。異文化を吸収しない戦闘民族は、戦場で惨敗しないと反省しないのだ。その点、日本は明治に近代化を成功させたから立派であった。家康が德川家の安泰を優先させたため、日本が海軍を創設できなかったのは痛恨の極みである。幕末になって非常に苦しんだ事を思い起こせば、いかに鎖国政策がマイナスであったかが理解できるだろう。ついでに言えば、もし家康が西歐とのパイプを繋いでいれば、「グレート・ヘンリー(Henry Grace a Dieu)」とか「メアリー・ローズ(Mary Rose)」といったチューダー朝の軍艦を輸入し、日本海軍の建設が実現したかも知れない。(ヘンリー七世の建艦については別の機会に述べてみたい。興味のある方には、Geoffrey Moorhouseの「 Great Henry's Navy」という本をお勧めします。)

  日本人の研究者でも、白人入植者によるインディアンの虐殺を非難する人が多いが、日本史と違い世界史は残虐な戦争で満ちているから、アメリカ人を批判しようとすれば、たぶん世界の全民族を責めることになる。平和な日本の方が例外なのだ。高山氏は白人がインディアンの女子供を殺したことに言及するが、もしアメリカ人がインディアンの女子供を見逃していれば、再びインディアン戦士が白人に襲いかかったであろう。つまり、幼いインディアンは成長して、親兄弟の仇を討つはずだから、ジョージ・A・カスター中佐のようなアメリカ人であれば、将来の安全を確保するために鬼となるだろう。日本は同質民族というお陰で、みんな仲良く暮らしていたから、戦国時代でもそこそこ穏やかだった。敵軍を殲滅せずとも平和を保てたのだから幸せだ。「平和」とはある意味、徹底的な危険の排除である。脅威は芽のうちに摘み取ることが肝要だ。残酷なようだけど、地球ではこれが一般原則である。古代ローマを思い出せば分かるだろうが、宿敵カルタゴの土地に塩を撒いて荒れ地にしたのは、商業民族のカルタゴ人が二度とローマを攻めないようトドメを刺すためであった。また、戦地で強固な陣地を築いたのは、夜間でも安全を確保するためである。ところが、日本人ときたら鉄壁の兵営を戦地に建設しなかったし、工兵隊すらもたなかったというから呆れてしまう。安全に対する日本人の認識は甘いと言わざるを得ない。

  ただ、危機意識が低い日本人でも、戦国時代はちよっとマシで、冷徹なところがあった。家康は德川家の将来を危うくする豊臣秀頼の存在を気にしていたから、何としても豊臣家を滅ぼす必要があったのだ。そこで難癖をつけて大阪冬の陣・夏の陣を無理やり起こし、豊臣家を徹底的に攻撃し、秀忠の将軍職を安定させたのである。戊辰戦争の時も、ちょっと残酷なところがあって、西郷隆盛は德川慶喜の処刑にこだわっていた。大政奉還しても德川家は依然として薩長にとり脅威で、いつ反撃されるか分からない。第一、強力な海軍力を誇る幕府軍は不安の種だ。慎重な大久保利通も慶喜の抹殺に賛成だった。しかし、勝海舟が断固として拒否したから慶喜公は命が助かったのである。高山氏は平和な日本人の感覚で白人国家を批判するが、日本の倫理基準で世界の民族を裁けば、どの民族も有罪となってしまうだろう。それでも、アメリカ白人を批判したいなら、日本人が彼らを攻撃し、アメリカ大陸から追い払うしかない。しかし、そんなことを妄想すれば、朝鮮人みたいになってしまうから、机上の空論は慎むべきだ。

アメリカが憧れだった日本人

  明治以来、日本人は妙にアジア人に肩入れし、ヨーロッパ人に反撥を覚えることが多かった。対米コンプレックスが強い高山氏も、やたらと白人優越主義を憎み、黄色人種という自己意識が根深い。しかし、日本人は白黒黄色の種族ではなく、「肌色人種」であるはずだ。外国で白人が何を言おうが、平然と構えていればいいのに、心に何らかの傷を持つ高山氏は、他の日本国民に同じような憎しみを持つよう焚きつける。日本で日本人差別が無ければ、欧米諸国やアジアの元植民地で人種差別があってもいいじゃないか。白人の縄張りで白人が威張っても当然だろう。モンゴル人がモンゴル帝國内で威張っていたり、イスラム圏でイスラム教徒が上流階級になっていても不思議ではない。レイシスト国家であるイスラエルでは、公然と黒人差別が横行し、パレスチナ人の虐殺はナチス並で、ユダヤ人とアラブ人との結婚を糾弾するラビでも普通に暮らしているのだ。しかし、日本人は気にしないだろう。白人がそんなに憎いのであれば、来日する白人を差別してやればいいじゃないか。これこそ相互主義だ。しかし、それを実行しないんだから、日本人の方が悪い。たぶん、西歐白人が来ないと寂しいから、アパルトヘイト政策を取れないんじゃないか。西歐人歌手やハリウッド俳優が来日しないと、商売が繁昌しないし、英会話講師が欲しい日本の学校も何かと困るから、ためらってしまうのだろう。

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(左: ユダヤ人 / アラブ人 / チンギス・ハン / 右: モンゴル人の朝青龍)

  日本では象牙の塔に閉じ籠もる知識人と、本音と建前を微妙に混ぜながら暮らす庶民は、色々な点で違っている。白人帝国主義を打倒して「大アジア共栄圏」をつくろうなんて幻想を抱く日本人は戦前にもいたけど、庶民はアジア人なんて本当は嫌いだった。アジア主義を唱えた頭山満や内田良平、安岡正篤(やすおかまさひろ)、細井肇(ほそいはじめ)なんかは、支那人の実態が分かっていなかったから、日本にとって有害だった。戦前は朝鮮総督府が「内鮮融和」とか「内戦一体」を謳ったが、朝鮮人の婿や嫁をとった士族などいなかったし、商人や勤め人、役人などでも朝鮮人と結婚する者はまずいなかった。朝鮮語を学ぶ者は稀だったし、総督府の役人ですら、給料の上乗せがあっても真剣に学ぶ者は少なかったのである。ましてや、ベトナム語とかマレー語を学ぶ日本人なんかいやしない。フィリピンに派遣された軍人だって、茶色のタガロク族女を好きになったからといって、婚約者にすべく郷里の両親に紹介するなんてことはきなかった。現地妻はあくまでも性慾の対象であって、実家の跡継ぎを産む母親ではない。

  日本の保守派知識人でも、戦前にアメリカ白人が日系移民を差別したことを恨んで、未だに批判する者が多い。西歐史に詳しい渡部昇一先生でも、日系移民への差別を非難していたが、肝心要な点を忘れていた。それは、日本人が自発的に米国へ渡ったという事実である。今では高齢者の日本人でも口にしないが、日系移民は出稼ぎ目的で渡米したのだ。彼らにとりアメリカは「憧れの地」あるいは「希望の国」であった。例えば、貧しい農家に生まれたニスケ・ミツモリさんは、高等学校に進学できず、授業料がタダの県立学校に進みたかったが、まだ17歳だったので入学できなかった。ところが、待っているうちに日露戦争が始まってしまい、兵隊になるのが嫌だったミツモリ氏は、進学を諦めアメリカに渡ろうと決心した。しかし、彼には明確な渡米目的はなかったという。それでも、ミツモリ氏はアメリカに着けば何とかなるだろうと楽観していたそうだ。(アイリーン・スナダ・サラソーン編『The 一世 パイオニアの肖像』 南条俊二 訳 読売新聞社 1991年15-16頁。)

  当時のアメリカは貧乏な日本と比較にならぬほど豊かで、大志を抱いた青年にとって夢を叶える国だった。リイチ・サトウ氏の父親は、若い頃かなり放蕩を重ねて財産を手放してしまったという。しかも、女房子供を抱えていたから、二進も三進も行かず地元で苦労していたらしい。そこで、彼は失ったものを取り戻すためハワイに渡って、サトウキビ畑で12年間働いたそうだ。ある程度のお金を貯めて帰国したサトウ氏の父は、失った田畑や山林を買い戻すことができた。そればかりか、彼は以前よりも財産を増やしたそうである。(上掲書 24頁。) 彼が持ち帰った2、3千ドルは、当時の日本人にとったら相当な大金で、日本に戻ってきた人は故郷で何でもできたらしい。例えば、家を建てたり田畑を買ったり、という具合。だから、アメリカに向かう人たちは期待で胸を膨らませていた。息子のリイチさんも村に残っていては埒が明かないと考え、日本より二倍の賃金がもらえるアメリカで働きたいと望んでいたそうだ。

  明治の頃の日本人は西洋の文化に驚きと魅力を感じていた。ある日、サトウ氏は村の表通りで、奥さんと赤ん坊を連れている牧師を見かけたという。その時、サトウ氏はビックリした。何と赤ん坊を抱いていたのは、一緒に歩いている奥方ではなく、旦那さん、つまり牧師の方だったからである。「そのような光景は、当時の日本では、まったく目新しく、珍しいことだったのです」とサトウ氏は語っていた。彼は家から飛び出し、その牧師を眺めたところ、「とてもモダンで西洋的、ハイカラだ」と思ったそうだ。彼はその頃から渡米を考え始めていた。儒教的倫理なら耳にタコができるほど聞かされていた日本人でも、女性に対する接し方には無頓着で、貴婦人に対する奉仕という概念が皆無だったから無理もない。今では道端でカップルがキスをしていても珍しくはないが、ひと昔前の日本人なら恥ずかしくてできないだろう。異性の友人同士が、送別会や引っ越しのときに抱き合って別れを惜しむなんてことは、普通の光景ではない。私的な体験談で申し訳ないが、筆者が学生寮を去る時、アメリカ人で女学生の友人が次々に抱きついてきて、別れを惜しんだことがある。その時、筆者は「日本とはかなり違うなぁ」と内心思った。でも、嫌じゃなかったことだけは確かだ。

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(左: 西歐人の幼児 /中央: フランス人の少女 / 右: 西欧系の白人女性)

  そういえば、明治か大正時代にフランスへ旅行をした日本人の紀行文を読んだことがある。彼がフランス人の知人宅を訪れ、その家族としばらく談笑して帰ろうとした時のことだった。この知人には幼い娘がいて、たいそう可愛らしい少女であったという。まるでフランス人形のようなこの幼女は、別れ際に客である日本人に抱きついて「さよなら」と告げたらしい。抱きつかれた日本人は、祖国では体験できぬ西洋風の行動にいささか戸惑ったようだが、まんざらでもなく、逆に感動して嬉しく思ったと述べていた。案外、日本人は西洋人の風習に好感を持っているのかも知れない。我々は支那風の偽善的な作法と歐米人の気さくな態度を比較・体験した時、どうも西歐の風習に魅力を感じる傾向がある。江戸時代までは諸文化を比較できなかったから、支那を必要以上に尊敬していたが、明治になって歐米に渡航できるようになると、両者を“比べる”ことが出来るようになった。現在の我々でも、当時の日本人が儒教文化をゴミ箱に捨てた気持ちがわかる。それに、支那人に抱きつかれたら気持ちが悪い。やはり、支那人とは離れて暮らしたいものだ。

  アメリカに移住した日本人の体験談は面白いので、次回も引き続き紹介したい。くどいようだけど後編に続きます。




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