無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

2016年10月

ブラッド・ピットは正直な父親かも / 「血は水よりも濃い」は常識

養子より実子の方が可愛い

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  日本人とアメリカ人の違いは色々あるけれど、養子縁組に関してはかなり隔たりがある。実子に恵まれない日本人のカップルが、他人の子供を養子に迎えるときは、たいてい自分か配偶者の親類を選ぶ。よく知られているのは、岸信夫議員の例だ。彼は安倍首相の実弟で、幼い時に跡継ぎのいなかった岸家にもらわれたそうだ。偉大な祖父である岸信介の家系が途絶えては一大事。安倍首相の御母堂もよくよく考えての決断だろう。それに、岸家だって赤の他人より血縁者の方がいいに決まっているじゃないか。ただし、養子にされた子供は実の母と離れて育つから可哀想だ。物心がつく前なら抵抗が無くていいが、成長してから真実を知れば、少なからずショックを受けるだろう。
 
  一方、血縁に固執する日本人と違って、アメリカ人の夫婦には血統へのこだわりが薄い。我々だと驚いてしまうが、異人種の子供であっても養子に迎え入れてしまうのだ。子供に恵まれなかった白人カップルが、どうしても欲しいと願えば、アフリカ人やアジア人の子供でもいいと思ってしまうから深刻である。本当は同じ種族の養子が欲しいけど、供給量が極端に少ない。白人女性で我が子を手放そうとする者はまずいないだろう。仮に、偶然見つかっても値段が高いから大変だ。ところが、黒人の子供だと供給過多で、見棄てられた子供はリストにびっしり詰まっている。孤児院は熱心に引き取り先を探しているくらいだ。映画と違い現実は冷酷で、有色人種の子供ならそこら辺に余っている。黒人の親だと割合かんたんに子供を手放すから呆れてしまうことも多い。昔だと、養子縁組をしたい夫婦は、斡旋団体に赴いたりして、戦争で親を亡くしたベトナム人の孤児を周旋されることもあった。近年だと、自然災害で不幸になったハイチの子供、あるいは紛争で両親から里子に出されたアフリカ人の子供などがいて、こうした不憫な児童を養子に迎える白人夫婦もいる。

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(左: カンボジア人の赤ん坊 / アフリカ人の少女 /  ヨーロッパ人の赤ん坊  / 右: 西歐人の少女)

  異人種を敬遠する我々から観ると、このような里親をちょっと疑いたくなってしまう。「本当に愛情を持って育てられるのか? 」と訊きたくなる。でも、そんな心配をするのは日本人の余計な癖で、個人主義が徹底しているアメリカ人には馬耳東風。子供の面倒は20歳まで。それ以降は勝手に暮らせ、親と子供は別の人生を歩むもの、というのがアメリカ人の考え方だ。厳しい言い方をすると、貰われた子供は養子縁組という幸運に感謝すればいいだけで、里親が「子育て」という趣味を“楽しむ”ことができれば問題なし。そんなことよりも、実子を持てなかった夫婦は悲しみを慰めるための何かが必要で、その役目を犬、猫、養子のいずれかが果たせばよいのである。アメリカ人にはご先祖の偉業を受け継ぐ子孫とか、絶やしてはいけない高貴な血筋、なんて考えは無いから、自分が生きている間に「充実した時間」を持てれば満足なのだ。ということで、家門の存続など気にしないから、白人の赤ん坊をゲットできなかった夫婦は、貧しい第三世界で適当な子供を入手して、人間に近い「ペット」として可愛がっている。

Angelina & John VoghtAngelina & Marcheline Bertrand





(左: 父親のジョン・ヴォイトとアンジー / 右: 娘とマーシェリン・バートラント)

  今でこそアンジェリーナ・ジョリーは世界的人気を誇る女優であるが、少女時代は意外と不幸で、両親は離婚するし、通っている学校では相手にされず、何度か手首を切って自殺を図ったこともあるという。しかし、美人にはチャンスが訪れる。父親が『真夜中のカーボーイ』や『チャンプ』で有名なジョン・ヴォイト(Jon Voight)だからと言うわけじゃないが、彼女なりに努力した結果、『トゥーム・レーダー』で一躍脚光を浴びる女優となった。母親はマーシェリン・バートランドという美人だから、アンジーは親に感謝すべきだ。(鏡が割れるようなブスだって世の中にはいるんだぞ。) そうは言っても、アンジーは男運に恵まれず、2000年、見るからに奇妙な雰囲気を醸し出す男優、兼ミュージシャンのビリー・ボブ・ソーントン(Billy Bob Thornton)と結婚したが、2003年には破局。しかし、その僅かな間に、カンボジア人の幼児マドックス(Maddox)を養子に迎えたのだ。『トゥーム・レーダー』の撮影がカンボジアで行われたことで、寂しがり屋のアンジーは偶然出逢った現地の子供を養子にしようと思ったらしい。それまでのアンジーは母親になることなんて一度も考えたことがなかったという。若い頃の彼女は赤ん坊を欲しくもなかったし、妊娠することも望んでいなかったそうだ。(I never wanted a baby, Daily Mail, 17 February 2016)

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(左: ビリー・ボブ・ソーントン / 中央: マドックス / 右: ブラッド)

  ところが、ララ・クロフトを演じたアンジーはカンボジアをいたく気に入り、生後7ヶ月のマドックスのことが可愛くなって、自分の子にしようと決めたらしい。ただし、夫のビリーがどう思っていたのかは分からない。まぁ、お金持ちの俳優夫婦だから、子供の一人や二人くらい持つなんて屁でもこない。子供がおとなしい時だけ、「ピカブー(Peekaboo !)」と遊んでやって、臭いおしめの取り替えや夜泣きの世話など、厄介な仕事は乳母にやらせておけばよい。(「ピカブー」とは、日本で言うところの「いないないバァー」といった幼児向けの遊び。) あの偏屈なビリーが眠い目をこすりながら、ぐずる赤ん坊をあやすなんで想像できない。ビリーは本当にアンジーがカンボジアで拾ってきた子供に愛情を持っていたのか? 自分の子供だって嫌になるのに、血の繋がっていないアジア人の幼児を根気強く育てるなんて、ちょっと信じられない。真相は公表されていないから何とも言えないが、映画やコンサートの仕事で忙しい有名人の子育ては大変だろう。(養子を取って数ヶ月後に離婚したから、ビリーには名残惜しさが無かったのかも知れない。)

  離婚した美人にはセカンド・チャンスどころか、三番目や四番目のチャンスが到来する。離婚したての独身女たるアンジーは、映画『ミスター&ミセス・スミス』で共演したブラッド・ピットと恋に落ちてしまう。ところが、落ちた所が修羅場だった。当時、ピット氏には女優の夫人がいたのだ。その細君とはTVドラマ『フレンズ』でトップ女優となったジェニファー・アニストン。アンジーはこの人気女優から、ハンサム俳優の亭主を寝取ったんだからすごい。英語圏ではキツネやクーガーを美人の代名詞とするけど、アンジーはこの肉食動物並にハンティングが上手い女豹だった。簡単に言えば「姦通」とか「不貞」となるが、いくら既婚者のピット氏といえども、当時のアンジーが放つ色気には勝てなかったんだろうな。悪いと分かっていても抵抗できないのが男の哀しい性(さが)。アンジーとの不義密通を知ったジェニファーは激怒。二人は2005年に離婚して、自由になったブラットは蝶の如く愛人の元へ。

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(左: アンジェリーナ・ジョリー / 中央: ブラッド・ピット/ 右: ジェニファー・アニストン)

  浮気に寛容な日本だと、「女房と畳は新しい方がいい」なんて言うが、ジェニファーからアンジーへと飛び移ったブラッドは、まるでフェラーリからランボルギーに乗り換えたプレイ・ボーイみたいだ。普通の男は、初婚でトヨタのカムリか日産のパルサーくらいの女房がせいぜい。離婚して鞍替えする次の女房といったら、中古の軽自動車か燃費の悪い外車がほとんど。くじ運が悪いと韓国の自動車なんてこともある。(韓国車なら乗らずに廃車にした方がいい。精神的に害がある。) しかし、ブラッド・ピットは天下の二枚目スターだから心配ご無用。美女の方から近寄ってくるんだから。ただ、アンジーには連れ子のマドックスがいた。一般の女性なら連れ子の結婚は困難で、外国からの養子となればもう絶望的だ。しかし、アンジーもブラッドも大金をうなるほど持っているから大丈夫。庶民のように2LDKの長屋住まいじゃない。住宅ローンや固定資産税で苦しんでいるサラリーマンとは違うのだ。とはいっても、自宅に引き取る養子だから、真剣な決意が必要である。当時、彼らはまだ正式な結婚関係を結んでいなかったから、ブラッドは「未婚の養父」という奇妙な立場にあった。

異人種を拾ってしまうアンジー

  たまに、報道番組で取り上げられるけど、猫好きの女性は路上とか街中で捨て猫を見かけると、つい拾ってしまう癖がある。何も知らない家族は突然猫の数が増えて驚くが、「だって可哀想じゃない」と訴える身内の聖人には反論できない。こうしたご婦人と同じなのがアンジー。ベトナム人のパックス(Pax)を養子にしたと思ったら、次はエチオピア人のザハラ(Zahara)を引き取った。特に、このエチオピア人の女の子には辛い過去がある。彼女の母親はエイズで死亡したと伝えられ、ザハラは首都アディス・アベバの孤児院に預けられていた。そこへ、国連難民援助活動に係わっていたアンジーがザハラを見つけ、養子として米国に連れて行ったそうだ。ところが、彼女の母親は生きていた。ザハラの母メンテワブは貧しい家庭の娘で、市場でタマネギを売りながら学校に通う少女だった。ある晩のこと。祖母が仕事で家を空けた時、突然見知らぬ男が侵入してきて、メンテワブを強姦したという。数ヶ月するとお腹が大きくなってしまい、周囲の者に隠せなくなっていた。事情を知る親戚は彼女を見棄ててしまい、孤独の中で娘を出産する破目になったらしい。生まれてきた赤ん坊は、「朗報」を意味する「イェマレヒ」と名づけられたが、間もなく「テナ・アダム」と改名されたという。(Stephen Bevan, Why did an adoption agency tell Amgelina Jolie I had dieed of AIDS when they gave her my baby? , Daily Mail, 26 November 2007)

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(左: ザハラとアンジー / 中央: パックス/ 右: マドックス)

  辛うじて娘を産んだメンテワブだが、赤ん坊を育てるだけの余裕は無い。娘は栄養を必要とするのに、母親はそれを満たすことができず、日に日に痩せ衰えて行く。このままでは骨と皮だけになってしまう。こう危惧したメンテワブは娘を村の評議会に預け、どこか遠くへ逃げてしまったそうだ。ザハラを預かった孤児院の担当者は、処遇に困ったのか、心優しいアンジーに嘘を言って赤ん坊を渡してしまったという。後にアンジーは母親の生存を告げられるが、それでもお構いなしにザハラを手元に置いていた。夫のブラッドも承知の上だから、二人の間に養子を巡っての齟齬(そご)は無い。ただ、実の子のシロー(Shiloh)と双子のヴィヴィアン(Vivienne)とノックス(Knox)が生まれたから、ブラッドには養う子供が六人もいたのだ。(六人相手に遊ぶとなれば、相当な体力がいるから、ブラッドは相当頑張ったんだろうな。) 日本人がこういった父親を見れば、「本心から実子と養子を平等に愛せるのか? ちょっとした事でも“えこひいき”があるんじゃないか? 」と疑いたくなる。例えば、子供が何かをして叱る時、実の子なら「愛の鞭」で諭すことが出来るが、別の男の精子で生まれた養子だと、尻でも叩く時に愛情を忘れてしまうことがあるだろう。もちろん、妻が愛する養子や連れ子を可愛がる亭主はいるけれど、自分の血を受け継がない子供に対して、どこか醒めた感情を抱いてしまう夫が存在することも確かだ。ましてや、自分の子供が生まれれば、いくら平等を心掛けていても、何らかの形で養子とは違った愛情を示してしまうこともあるだろう。したがって、こうした偏愛を押し殺すと、心の中に鬱血が溜まってしまうから危険だ。

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(左: シロー / 中央: ヴィヴィアン/ 右: アンジーとノックス )

  アンジーとブラッドは実子と養子が入り混じった家庭生活を楽しんでいたようだが、ブラッドの両親は複雑な気持ちであったらしい。祖父のビルと祖母のジェーンにとったら、待ちに待った息子の子供は可愛い。実質的な長男のシローは幼い時のブラッドと瓜二つ。双子のヴィヴィアンとノックスも、父親と同じく金髪で透き通った瞳を持つ小さなブラッドである。まるで大きくなった息子が再び小さくなったみたい。祖父母にとったら生き甲斐になってしまう。ところが、祖母のジェーンは義理の娘(アンジー)をあまり好ましいとは思っていなかった。不妊の身でもないのに、外人の子供をもらい受け、実子と一緒に育てている。これじゃあ、感謝祭やクリスマスのときに家族水入らずで過ごすことが出来ないじゃないか。せっかく孫と一緒に和気藹々と祝うはずのひと時なのに、アフリカ人やアジア人の「よそ者」がいるのだ。一方、養子のマドックスやザハラ、パックスだって、口には出さないが肩身が狭いだろう。シローやヴィヴィアン、ノックスたちは、「おばぁ~ちゃん、クッキーちょうだい」とか「おじいちゃ~ん、お馬さんごっこしてぇ~」と素直に甘えることができるが、養子の身分だとオモチャを相手にして遊ぶしかない。実子のシローがカウボーイに扮してオモチャの拳銃で祖父を撃っても、おじんちゃんは笑いながら、「あぁ、撃たれた ! 苦しい」と演じてくれるけど、パックスが同じことをすれば、祖父がベトコンに殺された米兵みたいで痛々しい。もちろん、ビルもジェーンも養子を拒絶しているわけではないが、息子の実子をだっこした時とは違っ感情を持っていたのだ。

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(左: 祖父のビルと孫のノックス / 右: 祖母のジェーンとノックス)

  ブラッドの両親は理解力を示す祖父母だが、異人種養子が流行っている米国やカナダでは、黒人やアジア人、ヒスパニックの子供を養子にする、「リベラル」な息子や娘に反対する両親がいるそうだ。やはり、実の孫がいいそうで、血の繋がらない異人種の「孫」だと愛情が湧かないという。こうした事例は結構あるらしい。例えば、ある白人夫婦が二人の実子がいるのに、アフリカ人の女の子を一人養子に取った。ところが、亭主の母親はいい顔をしなかったそうだ。養子縁組をしてから数年後、クリスマス休暇を迎えた時である。彼は実家へ子供たちを連れて帰郷したことがあった。当然、祖母は孫に会えて嬉しい。だが、黒い「孫」はそこそこの歓迎であった。孫に会うのを楽しみにしていたおばあちゃんは、予めクリスマス・プレゼントを買っていたそうだ。おもちゃを貰った孫は二人とも大喜び。しかし、黒い養子にはプレゼントが無かった。おばあちゃんは「孫」の為にプレゼントを用意したが、承諾していない養子の為に余分な贈り物を買う義務は無いと考えたらしい。落ち込む養子を見た夫婦は、その子を慰めたそうだが、現実を噛みしめた養子は目に見えない重要性を悟ったそうだ。確かに、祖母の仕打ちは酷いかも知れない。しかし、彼女は最初から反対していたのだ。それなのに、息子夫婦は祖母の苦情を斥けて養子を貰ったんだから、あれこれ文句を垂れてもしようがないだろう。

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(左: 幼い時のアンジーとヴィヴィアン /中央: 少女時代のアンジーと息子のシロー / 右: ザハラ)

  ブラッドの母親ジェーンが嫁に不満を抱くのは、何も養子の件に限った話ではない。アンジーの政治信条にも問題があったのだ。ハリウッド女優だから仕方ないけど、アンジーはコチコチの民衆党系リベラル派である。人種平等を掲げる彼女はバラク・オバマの支持者で、このマルキスト大統領が掲げるLGBT(同性・両性愛者と性転換者)政策に賛同していたのだ。ところが、義母のジェーンは敬虔なプロテスタントのキリスト教徒。ゲイやレズビアンの同性婚なんてもっての外。なんで息子が反キリスト教的思想を持っているのか、古き良きアメリカの伝統を重視する彼女には不満だった。明らかにアンジーの影響だ。左翼ジャーナリズムに洗脳された日本人だと、ジェーンのようなアメリカ人を頑固な「右翼」とか「キリスト教原理主義者」と見なしてしまうけど、彼女みたいなアメリカ人は普通である。品格や道徳を尊ぶ時代に育ったアメリカ人には、先祖代々の伝統を踏みにじり、神聖な信仰を揶揄するヒッピー世代のピンク・リベラルは異端者で許せない。日本でいえば、天皇陛下を侮辱して、神社に石を投げるような「進歩派」で、こういった赤い連中を想像すれば誰にでも分かるだろう。ゴシップ情報によると、ジェーンはエキセントリックなアンジーより、常識的なジェニファー・アニストンの方と馬が合ったようだ。たぶん、ジェニファーなら外人の養子を取るような真似はしなかったであろう。息子と別れてもジェーンは彼女と親しいというから、息子のブラッドは奇妙な気分になってしまう。

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(左: ブラッドと父のビル / 右: 若い頃のブラッドとシロー)

  熱しやすくて冷めやすいのは鉄だけじゃない。交際7年目にして、アンジーとブラッドは2012年に結婚した。ところが、2016年になると二人の中は険悪となり、ついに離婚に及んでしまったという。藝人の破局は珍しくはないが、子供の親権を巡っては両者の主張が真っ向から対立するので、醜い泥仕合になる場合が多い。ブラッドとアンジーのケースは更に複雑である。子は鎹(かすがい)と言うから、旦那は女房と別れても、我が子を諦めることはどうしても出来ない。でも、養子はどうなるのか? 離婚間際、ブラッドはカンボジア人の養子マードックスと口論になったという。真相は定かではないが、両者の間に険悪なムードがあるのは事実らしい。アンジーは子供たちだけはブラッドと仲良くさせたいようで、子供たちを父親に会わせているが、肝心のマドックスは養父に会いたくないという。(Sarah Grossbart, Maddox Jolie-Pitt Refused to Attend Emotional Reunion with Dad Brad Pitt, USWeekly, October 19, 2016) ブラッドよりも前に養母と同居していたマドックスは、新入りの養父より馴染みのあるアンジーと暮らしたいそうだ。ブラッドは世間体もあるから、あからさまにマドックスを邪険にできないが、離れ離れになる事態に未練は無いだろう。重要なのはシローとヴィヴィアン、ノックスという実子の親権である。ブラッドの両親だって実の孫だけが心配で、養子と会えなくても寂しくはないだろう。ピット家にとって「血は水よりも濃い」のは当然だから。

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(左: アニストンとブラッドの両親 / 右: アニストンとブラッド)

  我々にとって、アンジーとブラッドが実子と養子をどうしようと知ったことではない。大切なのは、養父が離婚によって養子と縁が切れても、さほど痛みを感じないという点だ。ましてや祖父母が異人種の「孫」に会えないからといって、嘆き悲しむことはないだろう。やはり、自分の血と肉、すなわち遺伝子を受け継ぐ孫の方が可愛い。いくら敬虔なビルとジェーンだからとて、黒い孫娘を抱いて「いとしい」とは思えない。やはり、息子と同じ金髪で白い肌をしたヴィヴィアンを抱きしめた方が幸せである。もし、ピット家の跡継ぎになるなら嫡男のシローかノックスであろう。おじいちゃんのビルだって、カンボジア人やベトナム人の法的な「孫」より、血の繋がった直系の孫に財産を渡したいはずだ。いくら息子が書類で「子供」にしたとはいえ、名目上の「孫」を失うことへの悲しみは少ない。もしかして、スッキリしたとか。口には出せない感情だってあるだろう。特に、異人種を養子にした場合、自分でも気づかない不満や反感を持っていたことに気づくことがある。表面的には養子の孫を可愛がっているが、離婚によって縁が切れると、再会を熱望することはないからだ。認めたくはないけど、常識的に考えれば分かるだろう。例えば、家族の思い出アルバムを開く祖父母が、遊園地で遊ぶ孫の姿や息子夫婦と一緒に映っている記念写真を見れば、自然と笑顔がこぼれることもある。アメリカ人だと冷蔵庫に孫の写真を貼ったり、書斎の机に孫と一緒に撮影した写真を飾ることがあるだろう。しかし、疎遠になった養子の写真を大切に財布に入れておく祖父母は、「いない」とは言えないが、「多くない」または「少ない」と言えるんじゃないか。日本では異人種養子をとった家庭に関する調査が見つからないので、本当のところ詳しいことは分からない。

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  有色人種の養子をもらったアンジーは、たくさんの子供に囲まれて幸せだろうが、養子となった子供たちの心情は複雑だ。マドックスやパックスにとって、アメリカ合衆国は祖国ではないし、国民となっている西歐人とは異質で、いくらなんでも同国人とは思えない。貧乏国から高額所得者の家庭に移り住めたことは嬉しいが、自分は何者なのかがはっきりしないから、成長するにつれ戸惑ってしまう。ジョージ・ワシントンをはじめとする建国の父祖が自分の祖先じゃない事は明白だし、一緒に住んでいる養父も自分の父親ではない。街を歩いている親子連れを見れば同じ顔をしているのに、自分に優しい養母とは、別人のように顔も肌も違うのだ。黒人のザハラはもっと辛いだろう。養母は白くて美しいのに、自分は黒くて縮れ毛だ。一緒にアンジーと街を歩いていると、児童福祉局の保母といるように見えてしまう。ショーウィンドーに映る自分と養母の姿だって、眼を背けたくなるくらい対照的である。しかも、自分の実父は実母を強姦した犯罪者。名前さえ分からぬ極悪人なんだから、自分が何者なのか、誰の子供なのか考えたくない。学校に通って授業を受けても、アメリカに属していないアフリカ人と思えてくる。かといって、母国のエチオピアに戻るつもりはないから、「忠誠の誓い」を暗唱しても虚しいばかりだ。自分のアイデンティティーをアンジーに求めても肉体が異なるし、養父のブラッドはもう他人のようになっている。過去を捨てた少女に、合衆国の過去を教える教師はもっと大変だ。野良犬みたいにエチオピア人を拾ってきたアンジーは、愛情を注いでやったと自己満足しているが、知能が発達した「人間」として成長するザハラには、仔犬なら持たない辛い意識がある。

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(写真 / 白人と黒人の混淆家族)

  目下、日本人は支那人や朝鮮人、フィリピン人、タイ人などに帰化を許し、「日本国民」にしているが、一体どれだけの日系日本人が彼らを「仲間」とみなしているのだろうか? 一緒に暮らしたり、休日を楽しく過ごした養子だって、離婚を機に疎遠となるんだから、一度も家族や友人、隣人、同胞になったこともないアジア人だと、赤の他人というより無関係な異邦人といったところだ。しかし、こうした帰化人は紛れもなく同じ権利を持つ「日本国民」となっている。もし、朝鮮系日本人が国際ジャーナリストになって、イラクやアフガニスタンで拘束されれば、恐喝された日本政府は数十億円、あるいは百億円以上の身代金だって支払うだろう。朝鮮人贔屓のマスコミは、必ずや「何が何でも救出しろ!」と連日わめくから、追い詰められた首相は「テロリスの要求は呑まない」と言いつつ、「海外支援金」という名目でカツアゲに同意するはずだ。どうせ、身代金なんか他人のゼニ(税金)だから、どれだけ払っても政治家は困らない。国家の矜持(プライド)をドブに捨てた日本は、お金で決着がつくなら積極的に交渉に応じてしまうのだ。他方、裏取引を知った日系国民は、帰化人に対する忿懣を爆発させるから、異民族との溝はさらに深まるだろう。

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(写真 / ゲルマン系ヨーロッパ人の家族)

  保守派の日本人は大反対だろうが、平穏な暮らしを望む大衆は、「税金で片がつくなら、いいんじゃない」と認めてしまうのが落ちだ。問題なのは、難しい救出作戦を命じられた時の自衛官である。もし、帰化支那人の華僑や国籍を取得した元在日朝鮮人の学生、酌婦(いわゆる「ホステス」)の母をもつ日比混血児のビジネスマンなどが、外国でテロリストに拉致された場合、首相が特殊部隊に“邦人”救出を命じるかも知れないのだ。もちろん、我が国の自衛官は即座に対応するだろうが、残される家族はたまったもんじゃない。彼らの中には「何であんな人たちのために、私の夫が命を賭けなきゃならないの?」と自問する女房がいるかも知れないし、「邦人って言うが、あいつ等は支那人や朝鮮人じゃないか。うちの息子と引き替えに助けるだけの価値があるのか?」と愚痴をこぼす親だっているだろう。一番不憫なのは父親を見送る子供たちである。使命感に燃える父親は凜々しいが、永遠の別れになってしまうので涙が溢れてくる。たとえ、帰還できても片腕や両脚が無くなっていたり、何らかの爆風で意識不明の重体か、大やけどで化け物になってしまうかも知れないのだ。

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(左: 白人の子供たち / 中央: 白人と黒人の姉妹 / 右: 黒人を養子にした白人女性 )

  日本政府は続々とやって来るアジア人を「日本国民」にしているが、彼らは好ましい外国人ではない。一般国民は他人事のように考えているが、国籍を与える事は彼らを「家族のような同胞」として認めることになんるだ、と自覚すべきである。一旦、彼らの帰化を認めてしまえば、二度と再び外人に戻すことはできない。女房や亭主となら離婚できるが、国籍を取得した外来種とは縁を切れないのである。マスコミは移民や難民を気軽に考えているけど、彼らは「日本国民」つまり日本という大家族のメンバーになるべく、我が国へ入ってくるのだ。日本語が拙い支那人やフィリピン人でも、日本国籍を取得してしまえば、差別が許されない「日本人」になってしまう。我々は彼らから「ワタシも日本人アルヨ」と言われれば、「何言ってやがるんだ、アホか !」と反撥するが、法的には否定できないんだぞ。一般人は呑気に構えているけど、国家的養子縁組で帰化鮮人と日系人が義兄弟になるなんて、考えただけでもゾっとするじゃないか。日本人には一つ致命的な弱点がある。こうした外国系国民と分かれたくても、亡命するための海外領土を持っていないのだ。昭和の頃、小松左京の『日本沈没』という映画があって、日本人の移住先を模索する専門家が、日本民族が移住する適当な国は無いから、震災があれは゛日本列島と共に海に沈むのが幸せである、と結論づけていた。ただし、こんにちの我々には、二つの選択肢がある。朝鮮半島を眺めながら日本海に沈むのか、それとも宏大な太平洋で溺れ死ぬのか、といった究極の選択だけれどね。


卑史痴史_表1_1018X<お知らせ> 
筆者の本が近日発売になるので宜しくお願いします。


教科書に載せて全日本人に知らせたい現代史 支那人の卑史 朝鮮人の痴史 [単行本(ソフトカバー)]
黒木 頼景
成甲書房

ジャック・バウワーが政治的に正しい大統領に ! / 大衆教育はTVドラマで

緊急のお知らせ

  この度、私の本『教科書に載せて全日本人に知らせたい現代史 支那人の卑史 朝鮮人の痴史』が、成甲書房より発売されることになりました。11月12日に発売予定なので、もし宜しければお近くの書店かアマゾンでご購入ください。本のタイトルをクリックしていただければ、アマゾンで予約購入もできます。

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最高司令官になった素人

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(左: 「デジィグネイテド・サヴァイヴァー」で大統領役のキーファー・サザーランド / 右: ドナルド・トランプ)

  アメリカ合衆国は大衆参加政治(デモクラシー)を採用する国家だから、一般国民の意志が国政を左右する。こんなことは分かりきった事だから、いちいち議論するまでもない。しかし、その世論は如何にして形成されるのかというと、大抵の学者はマスコミだと答えるだろう。しかし、現実的には映画やTVドラマ、娯楽雑誌などがかなりの影響力を及ぼしている。だいたい、報道番組に登場する御用学者が社会問題をいくら真剣に解説したところで、大衆はそんな小難しい説教など理解できないし、つまらないから数時間もすれば忘れてしまうのだ。一般視聴者が興味を持つのは、解説者の服装や表情くらい。例えば、「あの人のネクタイ、ちょっと派手じゃない?」とか「この人きっとカツラよ !」、「隣の女子アナ、随分と化粧が厚いわね !」とか、ニュース内容に関係の無い事柄ばかりに関心が向くのである。したがって、頭の良い左翼分子は愚劣な国民を操作するために、娯楽映像を用いて「政治教育」を行おうと考えるのだ。その一手段がTVドラマである。

24 Jack Bauer 224 David Palmer 1(左: ジャック・バウアー / 右: デイヴィッド・パーマー役のデニス・ヘイスバート)

  美容整形が大好きな朝鮮人のセリフじゃないけど、「人は見た目が一番」は社会の本質を突いている。烏合(うごう)の衆がある人物を評価する時、その人の性格や能力を即座に察知することはできないから、どうしても外見で判断してしまう。人間は理性より感情で動くからしょうがない。TVドラマの制作者はこれを充分に弁えている。自分たちで勝手にストーリーや人物を設定し、単なる役者を実際の偉人であるかのように見せるんだから、視聴者を特定の方向に導くなんてお茶の子さいさいだ。例えば、大ヒットTVドラマである「24」を思い出せば分かる。主人公のジャック・バウアー(キーファー・サザーランド)は、愛国心に満ちた対テロ特殊捜査官で、大統領を目指すデイヴィッド・パーマー上院議員をテロリストの暗殺から守るという物語であった。その大統領役には黒人男優のデニス・ヘイスバート(Dennis D. Haysbert)が登用され、冷静沈着で決断力に富む政治家を演じて結構評判が良かった。でも、脚本家がそう設定したんだから当然である。しかし、大衆は現実と虚構を区別できないから、ドラマで黒人が優秀だと現実の世界でも、同じくらい有能だと思ってしまう。アホなアメリカ人だと、ヘイスバート氏に政界進出を勧めたというから、テレビの影響力は恐ろしい。

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(左: バラク・オバマ / 大統領と神様役のモーガン・フリーマン/ 右: ジーナ・デイヴィス )

  だがここで注目すべきは、制作者が意図的に「立派な黒人大統領」を描いたことである。このドラマが放送された2001年だと、後に大統領となるバラク・オバマはまだイリノイ州の州上院議員であったから、全米に知られた人物ではなかった。しかし、ハリウッドの左翼勢力はどうしても黒人や女性の大統領を実現させたい。ということで、事ある毎にまだ誕生しない立派な大統領を銀幕に映していた。例えば、映画「ディープ・インパクト」ではモーガン・フリーマン(Morgan Freeman)が黒人大統領を演じていたし、TVドラマ「コマンダー・イン・チーフ(Commander in Chief)」ではジーナ・デイヴィス(Geena Davis)が女性大統領を演じていた。(「24」でヒラリー・クリントンをモデルにした女性大統領のアリソン・テイラーが登場したのはご存じの通り。) 日本ではあまり知られていないが、フリーマンは米国の人種問題について発言する俳優として有名で、白人が建てたアメリカという国家を心底憎み、根底から転覆させたいと願っている。過去に彼が演じたキャラクターを見てみると、裁判官、刑事、准将、博士、下院議長など身分の高い役柄が目立つ。しかも、映画「ドライヴィング・ミス・デイジー」では文盲の運転手だったのに、ジム・キャリー主演の映画「ブルース・オールマイティー」では神様に昇格していたのである。一方のデイヴィスもこれまた名うての極左分子で、ジェンダー差別の撤廃を訴える筋金入りのフェミニスト。ハリウッドには左翼が溢れていて、盟友のスーザン・サランドン、ショーン・ペン、アレック・ボールドウィン、ダニー・グローヴァーと挙げたらキリが無い。

Susan Sarandon 1Sean Penn 2Alec Baldwin 1Danny_Glover








(左: スーザン・サランドン / ショーン・ペン/ アレック・ボールドウィン / 右: ダニー・グローヴァー)

  「24」でテロリストに立ち向かう捜査官を演じていたサザーランドは、今年の秋、新たなTVドラマ「デジィグネイテド・サヴァイヴァー(Designated Survivor)」で主役に抜擢され、大惨事が起こったことで大統領になるトム・カークマンを演じることになった。この「指名された生存者」というのは、大統領や閣僚に不測の事態が起こった時に、政府機能の存続を確保すべく儲けられた役目である。つまり、予備の閣僚といったところ。ドラマの中では、連邦議会で年次当初演説(State of Union)を行う大統領と閣僚、上下両院の連邦議員が、テロリストが仕掛けた爆弾により全員死亡するという設定になっている。閣僚の一人で都市住宅開発長官のトム・カークマンは、議事堂から離れた場所でテレビを見ながら大統領の演説を聴いているが、突如としてテレビの中継が途絶えてしまう。そこで当惑したカークマンが窓の外を見ると、議事堂から炎が上がっている。大統領以下が即死ということで、SS(警護官)がいきなり現れ、補欠扱いのカークマン長官を直ちにホワイトハウスに連れ出す、というシーンでドラマが幕開けとなるだ。

JFK 3JBJ 1FDR 1Harry Truman 1







(左: ジョン・F・ケネディー / リンドン・J・ジョンソン / フランクリン・D・ローズヴェルト / 右: ハリー・トルーマン)

  架空の設定だから仕方ないけど、附けたし程度の閣僚と思われる都市住宅開発長官(Secretary of Housing and Urban Development)が、いきなり合衆国軍の最高司令官になるんだから驚天動地。でも、米国は最悪の事態を予め考えているんだから、やはり「まとも」である。大統領が暗殺されたり、突然の病死で倒れた場合、ちゃんと継承順位が決められており、権力の空白を招かないよう準備しているのだ。大統領が死亡した場合、副大統領が昇格するのは、ケネディー大統領を引き継いだジョンソンやローズヴェルの後継者たるトルーマンを思い出せば分かるだろう。もし、副大統領の身に何かあれば、次は下院議長で、以下、上院臨時議長→国務長官→財務長官→国防長官→司法長官と続き、都市住宅開発長官は12番目である。(そういえば、井伊直弼も相次ぐ兄の死で藩主となり、ついには大老になったんだから、事実は小説よりも奇なりだ。) 意外なことに国土安全保障長長官は18番目となっている。日本人にはちょっと納得できないのは、国防長官より財務長官の方が上位になっている点だ。五人の政務官が死亡している非常事態なのに、ゼニ勘定の閣僚が軍隊の指揮官になるなんておかしい。文官優位制(civilian supremacy)の原理があるのは分かるが、国家の安全保障を考えれば、財務長官より国防長官の方が司令官に相応しいんじゃないか。(ただし、初代財務長官のアレクサンダー・ハミルトンは、元陸軍大尉だったから、独立当時のアメリカ人には安心感があったのだろう。現在だと、ユダヤ人のジャック・ルー長官なんだから頭が痛い。)

Alexander Hamilton 1Jack Lew 3菅直人2鳩山由紀夫








(左: アレクサンダー・ハミルトン / ジャック・ルー / 菅直人 / 右: 鳩山由紀夫)

  ちなみに、我が国では総理大臣が死亡した場合の継承順位が曖昧となっていた。一応、組閣の時に継承順位を決めているが、以前はあやふやだった。小渕恵三首相が急に倒れた時、彼の代理を務めたのは官房長官の青木幹雄だったから、日本が如何に有事を看過していたかが分かるだろう。建前だからしょうがないけど、総理大臣は自衛隊の最高司令官なんだぞ。いくら急病だからといっても、首相の代行がはっきりしていないからといって、とりあえず官房長官が臨時の指揮官じゃあ、自衛官は天を見上げて泣きたくなるだろう。だいたい、村山富市や鳩山由紀夫、菅直人、福田康夫、森喜朗などが総理大臣を務めていたんだから、我が国は防衛を放棄していたのも同然だ。それに、防衛大臣だってロクな奴がいなかった。女房の七光りで議員になれた田中真紀子の旦那(田中直紀)とか、金丸信や加藤紘一といった売国奴がなっていたんだから呆れてしまうじゃないか。民主党の一川保夫(いちかわ・やすお)に至っては、自身が安全保障の素人だから「シビリアン・コントロール」なんだ、と訳の解らぬ理屈を述べていた。(青空球・児好児やユートピアの漫才だって、もうちょっとまともだぞ。) 一川防衛相は、在日朝鮮人に参政権を与えようと頑張っていたくらいだから、旋毛までもが左巻きなのは明らかである。それにしても、歴代の防衛大臣がこのていたらくじゃ、職場放棄の自衛官が出てきてもおかしくはない。

Fukuda Yasuo 2田中直紀Ichikawa Yasuo 1金丸信







(左: 福田康夫 / 田中直紀 / 一川保夫 / 右: 金丸信)

真っ赤に染まった宣伝番組

  ハリウッドの左翼制作者は、ほとんどが民衆党支持者である。中道の共和党候補者はもとより、保守派が推すドナルド・トランプなど蛇より気持ちが悪い。名前を聞くのも、顔を見るのも嫌だ。特に、中南米人やムスリム移民を排除しようとしているから、多民族・多文化主義者にとっては天敵である。この忌々しいトランプを何としても落選させたいリベラル派は、左傾化したニュース番組くらいじゃ物足りないから、ドラマを用いて強力な反トランプ宣伝を試みた。そこで利用されたのが、「デジィグネイテド・サヴァイヴァー」である。

Michael Gaston 2(左 / ロイス知事役のマイケル・ガストン)

  議事堂が爆破されて、大統領や上院・下院議員たちが殺されると、国民は恐怖におののき、全米各地で民衆による不穏な動きが起こった。ムスリム移民が数多く住んでいるミシガン州ディアボーンでは、白人とムスリムたちの反目が巻き起こり、ジェイムズ・ロイス州知事はムスリム系住民に外出禁止令を出したり、ちょっとでも不審な行動をする中東アジア系の者を逮捕するよう警察に指令を出していた。こうした「人種差別」により、ミシガン州では益々人種対立がエスカレートする。これを知ったカークマン大統領は、即刻このような取り扱いを止めるよう勧告するが、ロイス知事は鼻で笑って従わない。選挙で大統領になったわけでもないカークマンなんか無視。棚からぼた餅で大統領になった男には、統率者としての威光が無いのだ。カークマンを蔑ろにするロイス知事は、自分こそがミシガン州の最高統治者であると自負しているから、暴動を鎮圧するため州兵(national guards)まで動員して治安維持に乗り出す。いつものことで珍しくないけど、ハリウッドの制作者たちは人種偏見に満ちた政治家だと、必ず頑固そうな白人役者を選ぶ。こんな時だけは、人種の多様性を無視するんだから、左翼というのは自分の都合で主義主張をねじ曲げる連中である。

Kal Penn 1(左 / セス・ライト役のカル・ペン)

  ムスリム系アメリカ人への偏見は、首都ワシントンにも及んでいた。ホワイトハウスで孤独を味わうカークマン大統領には、偶然親しくなったスピーチ・ライターのセス・ライト(Seth Wright)がいた。このライト役はインド系アメリカ人のカル・ペン(Kal Penn)が演じている。ペンは「24」のシーズン6にも出演していた役者で、そこではムスリム・テロリストの協力者を演じていた。茶色い肌のペンはグジャラティ族のインド系アメリカ人で、両親はインドからの移民であるらしい。ドラマの中では、有能で機転の利く側近を演じている。これは左翼制作者がお得意の演出だ。彼らは意図的に白人俳優を斥け、人種的配慮から「優秀なマイノリティー」を登場させている。彼らの意図的な演出は他にもあった。ペン扮するライトはホワイトハウスへの出勤途中に、パトロール中の警察官から不審人物と思われ、路上で職務質問を受けることに。身体検査を受けた彼の容疑は晴れたが、視聴者には警官への嫌悪感が刻まれていた。“マイノリティー”移民を擁護するドラマ制作者は、実にイヤらしい連中で、有色人種の通行人をテロリストと間違える白人警官の場面をわざと挿入したのである。彼らは黒人に不当な暴力を加える現実の白人警官と、中東アジア系国民に人種偏見を抱く架空の警官を重ね合わせたのだ。白人警官にとって不愉快なシーンではあるが、白人社会を憎むドラマの制作者はお構いなし。それとなく一般視聴者に、「ムスリム系住民に対する偏見を持つなよ」と刷り込んでいたのである。

George Wallace 3(左 / ジョージ・ウォレス)

  ハリウッドの制作者たちが描く「理想の大統領」は、いつも有色人種へ理解を示し、マイノリティーに同情的なリベラル派か、毅然とした黒人かのどちらかである。大統領に昇格した元ジャック・バウアーも、ムスリス系アメリカ人の味方で、ロイス知事の暴挙を何とか食い止めようとする。ドラマの脚本家は1963年のジョージ・ウォレス知事をロイス知事のモデルとしていた。アラバマ州知事であるウォレスは、ケネディーやジョンソンらが推し進めていた人種統合政策に反対で、人種隔離政策を望む南部白人を代表していたのである。彼は黒人の児童が白人の小学校に入るのを許さなかったが、裁判所の命令で覆されてしまった。また、二人の黒人学生がアラバマ大学に入るのを阻止したり、抗議デモを行う黒人集団を州兵を用いて排除しようとしたが、ケネディー大統領の介入で挫折する破目になった。日本人は左翼的アメリカ人の影響でケネディー大統領を賞讃しているが、南部民衆党に残っていた保守的な白人たちは、この東部育ちのお坊ちゃんを苦々しく思っていたのだ。ドラマのプロデューサーたちは、こうした歴史を下敷きにして、ロイスをウォレス知事に、カークマンをケネディー大統領にダブらせていた。ドラマの中では、カークマンが甘言を用いてロイス知事を飛行機に乗せ、ワシントンに招くシーンがあった。ところが、新大統領と面会したロイス知事は、直ちに国家反逆罪で逮捕されてしまう。騙されたロイス知事は苦虫を噛み潰す。しかし、ヘドが出そうな極右知事が拘束されて、有色人視聴者は拍手喝采。リベラル派の視聴者も胸をなで下ろす。白人視聴者だけが何となく不愉快で「しょんぼり」してしまうのだ。これが保守派に対する「教育映画」の目的である。

designated-survivor Kevin McNally 1(左 / コクラン将軍役のケヴィン・マクナリー)

  左翼かぶれのドラマ制作者による保守派への嫌がらせはさらに続く。今度はホワイトハウスで大統領に助言を与えるハリス・コクラン陸軍大将が血祭りになる番だ。「アル・カイーダ」による9/11テロを彷彿させるように、「アル・サカール(Al-Sakar)」というテロリスト集団が、議事堂爆破の犯行を表明する録画映像をホワイトハウスに送りつけた。「やはり」と思ったコクラン将軍は、直ぐさまテロ攻撃への報復に着手すべし、と大統領に迫る。ところが、カークマン大統領は衝撃を受けたものの、まだ事件の全容が掴めないので軍事行動を取る事には消極的だった。FBIの調査では、アル・サカールがテロの首謀者であるらしいが、その可能性は75パーセントであったため、慎重なカークマンはあと25パーセントの証拠、つまり100パーセントの調査結果を求めたのである。こうした優柔不断な大統領に対し、コクラン将軍はアル・サカールへの報復として、空爆を強く要請するが、カークマンは逆にその将軍をクビにしてしまうのだ。もう、お決まりのストーリー展開に辟易するが、ハリウッド左翼に軍人への敬意は無い。白人の軍人なんて皆「戦争マニア」だと思っている。白人のタカ派軍人は常に攻撃的で、証拠も無いのにすぐ報復戦争を始めたがる、というイメージを視聴者に植え付けるのだ。だが本当は逆で、軍事に無知なくせに好戦的な大統領を、アドヴァイザー役の高級軍人が宥めるといのが現実である。

人種偏見に満ちたプロデューサー

  それにしても、一体どんな連中がこんな左翼ドラマを作っているのか? まず、ドラマの原作者はデイヴィッドグッケンハイム(David Guggenheim)というユダヤ人作家である。日本の映画ファンには、デンゼル・ワシントン主演の映画「セイフ・ハウス」を書いた作家と紹介すれば分かるだろう。グッゲンハイムはまだ若手作家だからまだ知名度が低いが、エグゼクティヴ・プロデューサーには、ハリウッドの大御所マーク・ゴードン(Mark Gordon)が就いている。彼は全米プロデューサー・ギルドの名誉会長を務め、手掛けた映画やドラマにはヒット作が多い。例えば、メル・ギブソン主演の映画「パトリオット」やキアヌ・リーヴス主演の「スピード」があるし、TVドラマでは「クリミナル・マインド」、「グレイズ・アナトミー」、「レイ・ドノヴァン」など、日本人にも馴染み深い作品がある。ところが、このユダヤ人プロデューサーには、黒人に対する侮蔑発言の前科があった。彼はあるTVドラマの打ち合わせの時、黒人女優が目の前にいるのに、「ニッガー(黒ん坊/nigger)」と二回も口にしてしまったのである。(Nikki Finke, Producer Mark Gordon Uses N-Word Twice At TV Pilot Table Read, Deadline, August 11, 2010)

David Guggenheim 1Mark Gordon 2mel gibson 1







(左: デイヴィッド・グッゲンハイム / 中央: マーク・ゴードン/ 右: 「パトリオット」のメル・ギブソン)

  ユダヤ人が黒人をバカにするなんて珍しくもないが、一応、ABCテレビの名物プロデューサーという立場上、黒人への罵倒語は慎まなければならない。たぶん、ゴードン氏は気の置けないユダヤ人仲間と一緒の時だと、気軽に「ニッガー」という言葉を使っていたんじゃないか。だから、台本の読み合わせの時、うっかり口にしてしまったのだろう。ただ、彼の弁護をするなら、「ニグロ」という言葉は元々差別用語ではない。ラテン語の「黒(niger)」から由来する単語なので、侮蔑を含む言葉ではないが、隔離政策時代に白人が黒人を「ニグロ」と呼んでいたから、禁止用語になっただけである。それでも、普通の白人が「ニッガー」と呼ばないのは、黒人が猛烈に反撥するからだ。(でも、黒人コメディアンのクリス・ロックやエディー・マーフィーが「ニッガー」を使っても非難されないんだから、黒人社会の内部では容認された用語なんだろう。) ゴードン氏だってこれくらいのことは弁えている。でも、リラックスしていたから、つい口にしたんだろう。まぁ、言葉狩りをする心優しいユダヤ人も、時にはヘマを犯す事があるということだ。

  テレビに登場する藝人や制作者が政治信条を持つことには反対しないが、視聴者に告げず娯楽番組の中にこっそりとイデオロギーを注入するのは問題である。確かに、ドラマの制作だってビジネスだから、番組の中でスポンサーの商品を使って御機嫌を取ることはあるだろう。それは視聴者だって分かっているから、特定のクルマや飲料水、衣服、家電製品などは気にならない。しかし、国家の命運を左右したり、社会の基盤を破壊するような洗脳なら、世間から批判されて然るべきである。思想的に無防備な一般人を、特定の政治思想に染め上げるんだから、テレビ局は政治プロパガンダ機関になっているのと同じだ。

Larry Silverstein 2(左 / ラリー・シルヴァースタイン)

  ハリウッドのユダヤ人は、かつて主流国民だった西歐系アメリカ人を揶揄したり、侮辱したりしても「表現の自由」と言い張って平然としているが、もし西歐系アメリカ人が自らの種族を礼讃したり、ユダヤ人を物笑いにする作品を作ったらどう思うのか? おそらく、各界に潜むユダヤ人が一斉に非難の声を上げるに違いない。というのも、ハリウッド村には、ユダヤ人を愚弄の対象にしてはならない、という不文律があるからだ。しかし、ユダヤ人プロデューサーが西歐人を愚弄して、それが黙認されるなら、西歐人プロデューサーがユダヤ人を茶化す番組を作ってもいいはずだ。例えば、ラリー・シルバースタインみたいなユダヤ人大富豪が、米国内でアラブ人を使ったテロ事件を起こす映画である。たぶん実現されないと思うが、大統領を裏で操るAIPACのようなユダヤ・ロビーなどをドラマで描いたら、結構「リアルでおもしろい」との評判を得るんじゃないか。また、ドラマのキャティングも民族的多様性を無視して、すべてを西歐系俳優で固めたら白人視聴者は喜んで観るだろう。実際、黒人用映画とか、ヒスパニック向けメロドラマ(「ソープ・オペラ」)があるんだから、白人用ドラマがあっても不思議ではない。

 2Harry Lennix 1Rob Brown 1OJ Simpson 2








(左: 「デジィグネイテド・サヴァイヴァー」でFBI次官補役のミケリット・ウィリアムソン / 「ブラックリスト」でFBI支局長役のハリー・レニックス / 「ブラインドスポット」でFBI捜査官役のロブ・ブラウン/ 右: シンプソンと殺害されたニコール夫人 )

  アメリカのTVドラマだと、FBI長官とかCIAの上級職、警察署長など不自然なくらい黒人俳優を多く登用しているから、白人視聴者の中にはうんざりしている者も結構いる。たぶん、現実の世界では白人警官が黒人犯罪者を数多く検挙しているので、ドラマの中で立場を逆転させれば、黒人視聴者からの反応が良くなる、とテレビ局は踏んでいるのだろう。ジョージ・オーウェルの『1984』みたいな世界では、白人の容疑者を黒人警官が殴ったり、床にねじ伏せて手錠をはめている。こうなりゃ、日頃から白人警官に不満を募らせる黒人は気分爽快だ。しかも、正義の味方を演じる黒人が、金髪の白人女性を恋人にする設定なんだから、黒人視聴者は白昼夢を見ることができて大満足。O.J.シンプソンやタイガー・ウッズ、エディー・マーフィーになった気分を味わえるかも。一方、ハリウッドの制作者たちは視聴率を稼ぐと共に、白人たちへの嫌がらせも達成できるから一石二鳥である。もし具体例を知りたければ、今放送中のアメリカ・ドラマ「ブラインド・スポット(Blindspot)」を観ればいい。

Eddy Murphy 1Tiger Woods & Elin 2Tiger Woods 3






(左: エディー・マーフィーと恋人のペイジ・ブッチャー / 中央: タイガー・ウッズと元妻のエリン夫人 / 右: ウッズと恋人のリンゼイ・ヴォン )

  娯楽産業や映画業界をユダヤ人に乗っ取られて、白人観客が憤慨するのは分かるけど、ある意味、自業自得だから仕方がない。千年以上も昔から厄介な民族ということが分かっているのに、ユダヤ移民を受け容れてしまったのだから当然である。ユダヤ人というのは革命が大好きで、他人の国に住みついて、現地の社会や文化を批判しながら、改造と破壊に邁進することが趣味ときている。ユダヤ人はイギリス人が建てた共和国を、「白人が主流でけしからん!」と譴責するが、それならイスラエルもユダヤ人が支配民族となっていて「けしからん」と言えるんじゃないか。日本人なら、コンゴやケニアで作られたドラマが「黒人俳優ばかりでけしからん」と言わないし、タイやインドで作られた映画に日本人が出ていないから人種的多様性に欠けると非難しないだろう。支那で製作された反日映画はとんでもないが、それとて支那人の自由だから我々は干渉しないし、「もっと日本人や朝鮮人の役者を使え」とも言わないはずだ。

  移民社会になると内部の民族対立が激しくなる。昔からいる国民はどこからともなくやって来た「よそ者」を見下すし、新たに国民となった異邦人は「先住民族」に劣等感や敵愾心を抱く。ハリウッドの左翼たちはアメリカに“たかる”ことを恥じない有色人種を擁護するが、異質な民族と共生を強制されるアメリカ白人はたまったもんじゃない。移民排斥を訴えるトランプはマスコミから叩かれているけど、彼は建国者の子孫とその同類たる西歐系アメリカ人を代表しているのだ。日本人がこの愚かな「先住民」から学ぶとしたら、異質な外来種にマスメディアを占拠させてはならない、という点だ。アメリカ白人というのは奇妙な集団で、外部からの武力攻撃に対しては勇敢なのに、内部からの精神的攻撃に対しては驚くほど脆い。銃弾の嵐には立ち向かう勇者でも、「平等」とか「差別」、「人権」といった言葉の弾丸を聞けば怯んでしまうのだ。我々はこういった愚かなアメリカ人を眺めているんだから、彼らの失敗を繰り返してはならない。


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