無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

2016年12月

まだ「たかり」を止めない在日鮮人

朝鮮人が話したくない過去を暴く !
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税金をもらってシャブの売人に

  「この朝鮮人野郎 !」と殴りたくなるような事件がまた起きた。近畿厚生局麻薬取締部が、無職の在日韓国人である李光士(り・みつし / 70歳)と河井国護(かわい・くにもり / 68歳)を覚醒剤取締法違反(営利目的所持)の疑いで現行犯逮捕したという。(2016年12月21日附『朝日新聞デジタル』) 大阪市東成区に住む李は、自宅で覚醒剤44グラム(末端価格314万円)を所持しており、河井は知人名義で借りていた長屋の一室で覚醒剤39グラム(末端価格277万円)を所有していたそうだ。「遊興費が足りなかったので売っていた」というのが、二人の動機であったらしい。

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(左: 押収された李光士の覚醒剤 / 右: 生活保護詐欺で逮捕された辛雲起)

  まったくもう腹立たしいというか、憎たらしいというか、日本の役所は図々しく居坐る南鮮人に何と「生活保護」を与えていた。つまり、我々の「税金」で養っていたのだ。いくら他人のゼニとはいえ、役所はあまりにも太っ腹すぎるじゃないか。もっとケシカランのは、朝日新聞が李を「韓国籍」の外国人とは伝えず、単に「無職」としか記していなかったことである。要するに、またもや朝日の「特別配慮」が発動されていたということだ。どうして日本政府やスマコミはこうも朝鮮人に「親切」なのか? 税務署は日本国民から“きっちりと”財産をむしり取るくせに、朝鮮人をはじめとする在日アジア人には格別の待遇を与えている。そもそも、貧乏な在日南鮮人を引き取るのは、韓国政府の「務め」じゃないのか。それなのに、在日同胞を「棄民」扱いにした上に、「日帝支配」を非難するなど無礼千万。だから朝鮮人は嫌われるんだ。生活保護をせがむ在日鮮人など、鼻毛と尻毛を結んで日本海へ沈めてしまえば良いのである。

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(左: 生活保護の詐欺で捕まった許愛栄 / 右: 生活保護を不正受給した朴順京)

  敗戦後に密入国してきた朝鮮人にはクズが多い。(この辺の事情は拙著『支那人の卑史 朝鮮人の痴史』の第5章を読んでね。) 今年八月、同じ大阪市でも西成区に住む無職の南鮮人、魚興秀(ぎょ・こうしゅう / 65歳)が事件を起こした。この朝鮮人は西成区のファミリーマート太子店に押し入るや、カウンターにいた女子店員に果物ナイフを突きつけ、「金を出せ」と脅迫し、現金を奪おうとしたそうだ。(2016年8月19日附産経新聞) そこで、男性店員が非常通報装置を押したので、警察官が直ちに駆けつけ、その場で強盗犯を捕まえという。女性従業員に怪我はなく、この強盗は未遂に終わったから、まぁひとまず良かった。

  それにしても、上記の不逞鮮人ときたら、一体どんな人生を送ってきた連中なのか。報道によると、魚(ぎょ)は「生活保護費」を酒代に使い果たしてしまい、お金が無くなったのでコンビニ強盗をしようと考えたらしい。もう、普段は温厚な日本人でも、「こらっ、鮮人 ! テェメー、いい加減にしろ !」と激昂するだろう。だいたい、賤民が高度文明国である日本に住めただけでも有り難いのに、そのうえ役所から福祉金(他人のお金)をもらって、酒を呑んでいたただと? こんな鮮人を耳にすれば、誰だって「はぁ~?」とナマズみたいに口を開けて呆れるじゅないか。(漫談師の「まちゃまちゃ」なら、マイクを床に叩きつけて睨み付けるぞ。) これじゃあ、日本国民が納税拒否を言い出してもおかしくはない。我々の税金は節分の豆以下なのか?

  覚醒剤所持で捕まった李光士も、引っぱたいてやりたくなる程アカンタレである。70歳にもなって麻薬の密売とは、どんな育ち方をした老人なんだ? 三面記事なので詳しく報道されていなかったが、この鮮人にも家族や親戚くらい居るだろう。肉親にも見放された碌でなしじゃないのか? 少なくとも、普通の暮らしをしてきた奴じゃない。高齢の在日朝鮮人には「不良のなれの果て」が多いから、晩年に惨めな暮らしをする者が珍しくはないのだ。それに、相棒の河井の素性も怪しい。彼はいつから生活保護を受け始めたのか? また、どうやって二人は出逢って、誰から覚醒剤を入手したのか? (まさか、河井が帰化鮮人ということはないよな。) いつも不満なんだが、マスコミは藝人の色恋沙汰なんかほっといて、こういった悪質外国人の素性と背景を報道すべきだ。不倫や離婚をした歌手とか俳優が税金を食い潰した訳じゃないだろう。日本のマスコミは朝鮮人の犯罪だと突撃取材を避けるから、余計に一般国民が朝鮮人を「胡散臭い」と思うのである。もし、彼らが朝鮮人を「対等者」と見なすなら、どんどん不逞鮮人の家庭環境を暴くべきだ。皮肉なことだが、朝鮮人への偏見を助長しているのはマスコミの方なのである。

憧れの日本に住みつく朝鮮人

  朝鮮人は矛盾に満ちた民族である。朝鮮民族の血統を大切にするくせに素性や本名を隠すし、親からもらった身体まで改造しようとするから変だ。しかも、世界に冠たる文化を誇る民族なのに、有名なのは屑野菜を拾い集めた臭い漬け物だけ。サッカーの国際試合となれば愛国心を発揚する割に、国家への愛着が無く、チャンスがあれば外国へ逃げようとする。最も嫌いなはずの日本が一番憧れる国なんだから、朝鮮人の思考経路には何らかの異常があるとしか思えない。右脳と左脳を繋ぐ脳梁が切断されているのか、前頭葉が破損しているのか分からないが、日本人には理解できない構造になっているのだろう。

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(写真 / 感情的な朝鮮人)

  韓国政府は盛んに反日教育を行ってきたので、頭のおかしい国民は事ある毎にヘイト・スピーチを繰り返すが、日本へ移住できるとなったら別の行動を取るらしい。2011年に東日本大震災が起きた時、我が国は大変な国難を味わった。しかし、朝鮮人には絶好のチャンスだった。日本人がパニックに陥っている隙を狙って、我が国へ忍び込もうとした朝鮮人がいたのだ。ところが、彼らは釜山で摘発され、密航の夢は打ち砕かれてしまったという。( 崔碩栄 『韓国が「反日国家」である本当の理由』 彩図社 平成24年 p. 45) 朝鮮人は原発事故を耳にして、「日本は危険だ」とか「放射能汚染が深刻だ」とわめき立てたくせに、こっそりと日本に侵入しようとしていたのである。しかも、相変わらず日本旅行が一番人気だったというから、彼らはどれ程日本が好きなのかが分かるだろう。でも、朝鮮人が日本の街をうろつくのは目障りだから、「安全を考慮して」北京にでも旅行してもらいたい。支那は朝鮮人にとって中華の国だし、儒教の本場で思い存分支那の空気を満喫すれば本望だろう。ちょっとくらい肺が汚れたっていいじゃないか。

朝鮮人に懺悔する日本人

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(左: 船に乗っている朝鮮人 / 右: 農村の朝鮮人)

  それにしても、平成生まれの子供は、なぜ朝鮮人が特別扱いされ、生活保護費まで貰えるのか分からない。特別永住を許す法的措置など色々と理由が考えられるが、その根底にあるのは「日本人は朝鮮人に対して酷いことをした」という罪悪感が挙げられる。実際のところ、不当に非難される「朝鮮統治」は、貧乏人よりも貧しい朝鮮人が得た最高の「恩恵」で、世界史的に見て「奇蹟」に近い対外援助であった。歐米人がこの支配を賞讃しないのは、日本への嫉妬心でこり固まっていることに加え、歴史家が日本の文献を読めないからである。もし、歐米の研究者が朝鮮総督府の資料や東邦協会の出版物を読めば、如何に我が国の先人が朝鮮統治に心血を注ぎ、多くの朝鮮人が幸福になったかが分かるはずだ。しかし、肝心の日本人自身が朝鮮人に謝っているんだから、外国人を責めることはできない。

  戦後、朝鮮統治を悪かったと刷り込まれた日本人は結構多かった。崔碩栄がある日本人教師と朝鮮人学生の話を紹介している。忠清道公州にあった名門校「公州師範学校」に通っていた朝鮮人Aが、当時を思い出して証言を残していたという。A氏によれば、日本人教師は「内鮮一体」を実践し、日本人と同じように朝鮮人を扱っていたから、日本に対する拒絶感とか反撥は無かったらしい。彼は日本が負けるはずがないと思っていたので、終戦の時など泣けてしまったそうだ。彼には千葉先生という恩師がいた。戦後まだ日韓の国交正常化前で、往来が難しかったのに、千葉先生は教え子たちに会うため、わざわざ韓国にやって来たという。

  そこで、恩師を迎えた教え子たちが挨拶すると、驚いたことに千葉先生はその場で土下座をし、平伏したまま立ち上がろうとはしなかったそうだ。意表を突かれた元学生たちは、「先生、部屋に上がって下さい」と言葉を掛けるが、千葉先生は依然として門の前で土下座をしている。彼らが再び「上がって下さい」と懇願すると、千葉先生は「君たちが私を許すと言ってくれないと上がれない」と答えたそうだ。すると、彼らは「戦時中のことは国家がやったことで、先生は何も悪くありません」と述べたらしい。それでも千葉先生は「事情があるんだ。許すと言ってくれたら上がる」と頑なに拒んだという。当惑した教え子たちは仕方ないので、理由も分からず「許します」と口にしたそうだ。

  千葉氏の要望を叶えた元学生たちは、ようやく恩師にその「事情」とやらを尋ねた。なんでも、戦時中、漢文を教えた際、ある朝鮮人学生にビンタを喰らわせた事があったそうだ。「もし日本人ならビンタをする事はなかったろう」と後に反省したらしく、千葉氏は日本に帰ってからも悩んでいたらしい。千葉氏は朝鮮に戻って教え子に謝らないと死んでも死にきれないと考え、やっとのことで旅券を発行してもらい、朝鮮を訪れることができたというのである。千葉先生は集まった弟子たちに、「ここに私から叩かれた者はいるのか?」と尋ねた。そこで、教え子たちは「叩かれたことはありません」と返答したそうだ。すると再び先生は、「私に叩かれた事がある子を誰か知っているか? 」とか、「叩かれたという話を聞いたことがあるのか?」とも訊いてきたという。彼らの中にはそんな噂を聞いた者がいなかったので、「知りません」と答えた。さらに、彼らは「もし自分が教師になっていたら、千葉先生と同じことをしていたかも知れませんよ」と付け加え、「先生も謝ったし、私たちも許すと言ったので、これで終わりにしましょう」と持ち掛けたそうだ。(上掲書 pp. 149-150)

  たぶん、千葉氏は「馬鹿」が附くほど真面目な教師なんだろう。当時、進歩的知識人が「軍国主義」の大日本帝國を糾弾し、朝鮮や支那に“迷惑をかけた”と頻りに叫んでいたから、敗戦でしょげていた日本人は謝るしかなかった。否、「謝罪すること」が“流行”となっており、我が国が犯したという“罪状”を認めて土下座することが、「善人」の証明になったのである。小林秀雄のように、これを拒否できる知識人は少数派で、有名人だからできたのであろう。しかし、これといった知識も勇気も無い一般人は、大学で偉そうに説教する学者から、「お前らのような帝國の手先は、朝鮮の独立と尊厳を踏みにじり、日本に文明をもたらした朝鮮人の恩恵を忘れんだ。しかも、朝鮮人を侮辱しただけではなく、彼らの言葉を奪った挙げ句、朝鮮人を虐待し続けたんだぞ!」と叱られたのである。こんな叱責を受ければ、「戦犯」を恐れる一般国民は怯えるじゃないか。良心的な教師だと、ますます自虐的になり、かつて自分が犯した「愛の鞭」が、実は「朝鮮人への侮蔑」だったと反省するようになる。だから、千葉先生のように「教え子に謝らねば」と考えてしまうのだ。こうした罪悪感が行政の現場にも引き継がれ、本来なら外国人に対して拒絶するはずなのに、議員の圧力も加わって、役所が在日朝鮮人に福祉を与えるようになってしまうのである。

裕福だった戦前の来日朝鮮人

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(写真 / 朝鮮人の鉱夫たち)

  「日本は朝鮮を殖民地化し、朝鮮人を差別していた」というプロパガンダは、田原総一朗のような阿呆んだらの日本人ばかりではなく、両親や祖父母の正体を知らない在日3世、4世、5世に伝播し、多くの「虚像」が時を経るにつれ「実像」に変化してしまった。ところが、貧乏の極地にある朝鮮から逃げ出して、明るく輝く日本に渡ることができた在日1世は幸せだった。たとえ、下っ端の鉱夫として炭鉱で苦労しても、文明的生活の“おこぼれ”に与(あずか)った朝鮮人は、桃源郷にでも住んでいるかのような気分であった。例えば、日本人には普通だった電気のある生活を送り、都会に出ればクーラーのある百貨店で買い物ができたのだ。朝鮮の片田舎では、人間が豚と同じくらい不潔で、南京虫や蚤と一緒に暮らしていたんだから、日本で捕まって牢屋に入っていた方がましである。それに、罪を犯しても弁護士がつく世界だし、朝鮮と違って日本の刑務所には拷問がないから安心だ。

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(左: 高村光太郎 / 岡本綺堂 / 夏目漱石 / 右: 永井荷風)

  洞窟よりも暗くて寒い朝鮮から見る日本社会は、四季折々の優雅な風情が楽しめる楽園だった。何処をみても眩しい。例えば、街ではお洒落な服装をした娘が「カフェー」でコーヒーを飲んでいたりする。今の小学生は知らないだろうが、彼らが祖父母や曾祖父母に聞けば、高村光太郎や岡本綺堂が「カフェ・プランタン」でお茶を飲んでいたよ、とか「資生堂パーラー」にはよく永井荷風や谷崎潤一郎が通っていたよ、と教えてくれるだろう。今でも神楽坂の「松栄亭」に行けば、夏目漱石が好んで注文していた「洋風かきあげ」を食べることができる。一方、貧村に住んでいた朝鮮人には夢に現れる希望すらなかった。ここで面白いエピソードを一つ。ある鮮人少年が村に住む日本人夫婦の家に招かれ、緑茶をご馳走になったという。普段お湯くらいしか飲めない少年は、その香ばしい極上のお茶を口にして、お腹がビックリしてしまったそうだ。今まで触れたこともない「贅沢品」を、日本人の家庭で体験したのである。こんな朝鮮人から見れば、日本の水呑百姓だって遙かに幸福だ。「貧乏」という基準が桁違いなのである。

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(左: カフェ・プランタン / 右: 銀座のカフェで働く女給たち)

  ちょっと前まで、在日朝鮮人の孫たちは、祖父母が強制連行されたと信じていたが、実は鮮人労働者の待遇は悪くなかった。給料が安くて同僚の日本人から「ぞんざいに」扱われたのは、技量が足りない未熟練労働者であったからだ。しかし、彼らにはそこそこ小遣いがあって、休暇を楽しむことも出来たのである。例えば、元朝鮮人渡来者がインタヴューに答えていたが、1ヶ月に3日ほど休みがあって、休日には酒の配給があったから、それを飲みながら花札に興じていたそうだ。彼は600円ほど所持金を持っていたが、金に困った友人に頼まれて、全部貸してしまったことがあるという。(上掲書 p.145) これはすごい。月給が100円から200円の時代だぞ。ちなみに、戦前のウィスキーがいくらだったのか調べてみると、一級ウィスキー1本(720ml)を例に取れば、昭和4年で4円50銭、16年になると5円87銭、20年だと28円になっていた。(週刊朝日編 『続続・値段の明治大正・昭和 風物史』 朝日新聞社 昭和57年 p.29) これが「強制連行」で「奴隷」の如く扱われていた異民族の「悲劇」なのか。これじゃあ、大金を貯め込んだ「鮮人慰安婦(鮮ピー)」と同じだろう。

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(写真 / 戦前の東京にあったカフェ)

  日本人が在日朝鮮人や帰化鮮人に毅然とした態度を取れないのは、虚構に基づく歴史を刷り込まれているからだ。もし、“本当の”日本史を学校で教わったり、在日1世の本性を学べば、日本人は朝鮮人を前にして卑屈になることはないだろう。「日本人であることへの罪悪感」を払拭することが、現在行われている歴史教育改善への第一歩となる。

  正月を迎えようしているのに、朝鮮人の話で年末を締めくくるなんて残念だ。もっと楽しい話題を書きたかった。でも、これが日本の現状なんだからしょうがない。皆様も良い新年をお迎え下さい。




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犯罪者が住みつくヨーロッパ / 予想されていたテロリズム

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(左: 陽気なチュニジア人の女性たち / 右: 憂鬱なヨーロッパ人女性)

クリスマスの悲劇は必然的だった

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  ベルリンで起きたクリスマス・マーケットの惨劇を見て、「だから言ったじゃないか!」と「右翼」勢力は叫ぶだろう。12月19日、クリスマス・イヴを前にして人々でごった返すベルリンの市場を、チュニジア人テロリストのアニス・アムリ(Anis Amri / 24歳)がトラックで突っ込み、12名を死亡させ、49名に怪我を負わせた。アムリはこの虐殺を行うため、ポーランド人男性が運転するトラックを強奪したそうで、その際、抵抗したトラック運転手を殺害したそうだ。また、アムリは彼を刺殺しようと挌闘した時、誤って身分証明書を車内に落としたので、身元がバレたらしい。事件を起こしたアムリは犯行後に逃亡し、ドイツ政府は10万ユーロの報奨金を発表して、憎きテロリストの情報を広く求めたという。

  一方、このチュニジア人殺戮犯は、犯行前に動機を示唆するビデオ映像を撮影しており、得意げにイスラミック・ステート(ISIS)への忠誠を誓っていたのである。(Sheena McKenzie, Berlin attack suspect Anis Amir Killed in Milan shootout, CNN, December 24, 2016) ウエッブ上に流された映像を見ると、彼が悪名高いアブ・バクー・アル・バガダディ(Abu Bakr al-Baghdadi)に心酔していたことが分かる。ビデオ録画の中でジハード(聖戦)の勇士を気取るアムリは、「毎日ムスリム同胞を爆撃する十字軍どもをぶっ殺すんだ」と粋がっていたのだ。こうしてイスラム教過激派に転向していたアムリは、ドイツでテロを実行するや、そこから国境を越えてイタリアへと逃げて行った。23日の早朝、彼はミラノ北東部にあるセスト・サン・ジョヴァンニで警察官に呼び止められ、不審な行動から職務質問を受けたという。すると、アムリは22口径の拳銃を背嚢(バックパック)から取り出し、いきなり警官に向けて発砲したそうだ。そこですかさず、パトカーにいた警官がアムリを射殺したという。負傷した警官のクリス・モリトは一命を取り留め、病院で恢復に向かっているそうで、もう片方の警官ルッカ・スカタは無傷だった。

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(左: 襲撃事件の現場 / 右: アブ・バクー・アル・バガダディ)

  それにしても、射殺されたアニス・アムリという極悪人は、一体どんな人物なのか?

  ドイツでテロリストになったアニスは、1992年チュニジアの片田舎であるウェスラティア(Oueslatia)の小さな町で生まれたという。この男は小さな頃から悪ガキで、イスラム教徒の過激派少年というより、貧乏国によくいるケチな犯罪者といったことろである。故郷にいる頃から出来損ないで、13歳の時に学校を中退し、一時はチュニジア警察に麻薬所持で捕まったこともあるという。(Kate Connolly, Anis Amri : from young drifter to Europe's most wanted man, The Guardian, 23 December 2016) そんなアニスは2011年にヨーロッパへ渡ろうと決心する。というのも、彼は海岸の街ガブスでトラックを盗んで逃亡したからだ。逮捕されぬまま5年の懲役刑を宣告されるが、行方を眩ましたアニスにとっては何でもない。しかし、彼の両親は息子が無罪と信じているそうだ。こんな戯言(たわごと)を聞けば、誰でも「へぇ~、そうかい」と呆れてしまうだろう。小さい頃から酒を呑んだり、盗みをはたらいていたドラ息子が、トラックだけは盗まなかったというのか? 筆者には分からないけど、「馬鹿」って遺伝するのかな?

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(左: アニスの両親 / 右: 記者に答えるアニスの兄ワリド)

  チュニジアを脱出したアニス・アムリは、移民を積んだボートに乗り込み、一路夢の国ヨーロッパへ向かった。密航するアフリカ移民が目指すのは、地中海に突き刺さったような長靴の国で、浅黒い人間がひしめくイタリアである。アムリをはじめとする密航者は、二隻のボートで地中海を横断したが、一隻は途中で海に沈んでしまい、アムリが乗ったもう片方のボートは、無事「ランペドゥーサ(Lampedusa)」島に着いたという。一旦ヨーロッパの地に上陸してしまえば、偽装難民にとっては“しめた”もの。歐洲各国には外人に“親切な”左翼がいっぱい。ソファーに寝転びながら、やれ「子供の人権」だとか「ヒューマニズム」を訴えている。それなら、自分の家に引き取って一生面倒を見ればいいじゃないか。でも、彼らは他人の税金で「移民・難民を養え !」と宣(のたま)うんだから、心優しい左翼の人道主義者は根性が違う。ついでに言えば、不法難民対策には鉄拳制裁が一番。もし、イタリアの海上警備隊がボロ船を容赦無く撃沈すれば、北アフリカの沿岸で密航を考えている不届き者は、多少なりとも「どうしようかな?」と考えるはずだ。確実な死を覚悟して出港する「移民」はそう多くあるまい。しかし、甘い受容方針を取っていれば、砂糖に群がる蟻のように移民・難民がやって来ると考えるべきだ。

  前科者の再犯率は高くて、アムリも例外ではない。トラック泥棒を切っ掛けにしてイタリアへ渡ったアムリは、故郷の家族に宛てた手紙の中で、「渡航先でお金を稼いで家に送るから」と伝えたそうだ。で、その結果は? 暴行、窃盗、放火を犯して牢屋行き。これじゃあ、仕送りをする親孝行じゃなくて、前科を重ねる親不孝者である。チュニジア版「ハートブレイカー」でも作詞できるんじゃないか。でも、歌うのがロバート・プラント(Led Zeppelin)かマーク・ファーナー(Grand Funk Railroad)、パット・ベネター(Pat Benatar)かは知らないよ。ともかく、アニスがトンデモない外人であった事は確かだ。まず、偽装難民の常識である、身元が判明しそうな持ち物は全て処分。次に、彼は年齢を偽って未成年と称した。こうすれば、オツムのおかしいヨーロッパ人の同情を惹くことができて、強制送還される虞(おそれ)が無いからだ。チョロイ白人を騙したアニスは、カタニアの学校に通わせてもらったが、そこでも事件を起こす。喧嘩をやらかしたり、盗みをはたらいて迷惑をかけた挙げ句に、今度は自分の「難民申請手続きが遅い !」と腹を立て、ランペドゥーサの宿泊所に放火したというのだ。この罪により、彼は4年の懲役刑を受けた。

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(写真 / ヨーロッパへ押し寄せるアフリカ難民)

  こんな野郎はつべこべ言わず、さっさと叩き出せばいいのに、イタリア人の難民担当者は彼を「未成年」だから可哀想と思ったのだろう。もう、移民や難民に騙されるイタリア人は、片っ端から逆さ十字架の刑にして、半日くらい反省させた方が良い。(キリストの使徒聖ペトロは、逆さまになって磔の刑に処せられたという伝説があるから、敬虔なイタリア人も本望だろう。) ゴロツキのアムリは臭い飯を喰っても改心することはなく、却って兇暴さを増したようで、獄中でも暴力沙汰を引き起こして反抗的な態度をとり続け、さらに過激思想にまで染まったというから手の施しようがない。歐米諸国の刑務所というのは、囚人を懲らしめるための仕置場というより、兇暴性に磨きをかける修練所と考えた方がいいくらいだ。アメリカの刑務所では、囚人が読書をして悪智慧を仕入れるし、体育施設で筋肉を更に鍛えるから、出所する頃には一層兇悪な犯罪者になっている。例えば、通行人を一発殴って失神させるくらいの筋力になっているから、無差別強盗が「上手」になっているということだ。

  計算ずくでヨーロッパにやって来る難民など、一々精査していないで一括送還すべきなのに、ヨーロッパの左翼政府はいつまでも彼らを留めている。刑務所から釈放されたアムリは、故郷のチュニジアに送還されるはずだった。本来なら前科者であるアムリは即刻出身国に追い返される「はず」だったが、イタリア当局は彼を「チュニジア人」と証明できなかったため、なかなか強制送還できなかったのである。(Justin Huggler, Massinissa Benlakehal and Josephine McKenna, Everything we know about Anis Amri, the suspected Berlin Christmas market attaker, Telegraph, 23 December 2016) これで偽装難民が身分証明書類を全部破棄する理由がお分かりだろう。裸一貫のアムリを「チュニジア国籍者」とチュニジア政府に認めさせることは難しいのである。本人が黙秘を続ければ、何処の出身者か断定できないし、故郷にいる家族についても白状しないから、拘束している行政機関はどうすることもできない。ということで数週間後、拘束されていたアムリは釈放され、彼は法の網を潜りながらイタリアを後にしたという。つまり、イタリア当局は厄介な偽装難民を他国に押しつけたのだ。イタリア人は暗に「フランスかドイツ、あるいは極楽のブリテンにでも行っちゃえよ」、と囁いていたのである。シリア難民が押し寄せたギリシアと同じで、イタリアも負担となる難民をドイツに丸投げしたということだ。

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(左: 空港で警戒態勢を取るドイツの警備官 /  右: 北アフリカからの難民)

  犯罪予備軍のアニス・アムリは2015年、「難民のパラダイス」たるドイツに到着した。北ライン・ウェストファリアの内務相ラルフ・イェーガー(Ralf Jäger)氏によると、アムリはエジプトで政治的迫害を受けたと偽って入国したそうだ。そして、アムリはベーデン・ヴュテンベルクを経てベルリンに腰を落ち着けたという。「政治的迫害」と聞けば、日本人はすぐに同情するが、そんなのエジプト人警官に小石を投げつければ、簡単に政治亡命者になれるのだ。口先だけで「独裁体制への叛逆」を行ったと称する反政府活動など怪しくて信用できない。案の定、アムリの難民庇護申請は却下されたが、ドイツでも強制送還されることはなかった。なるほど、彼が「エジプト人」ではないと分かったが、かといって「チュニジア人」と証明できた訳でもなかったから、ドイツ当局としてはアムリを追放処分にできない。それに、チュニジア政府もアムリを「自国民」と薄々分かっているが、こんなグズ野郎を引き取るつもりはないから、そのままドイツに預けおくことにしたのだろう。

 それでも、 「正体不明」だからといって放置できない。ドイツの役人が一生懸命努力したので、8月になるとチュニジア当局はアムリに出国用の旅券を発給することに合意し、ベルリンでの襲撃が起こった日の二日後に配送される予定だった。ドイツの治安当局はアムリが危険人物(gefähder)と分かっていたから、なるべく早く追放したかったという。当時、アムリはイスラム教過激派の思想に染まっており、ISISの為に闘う志願者をリクルートした廉で逮捕されたアブ・ワラー(Abu Walaa)と接触を持っていたらしい。彼は「アフマド・アブドゥラジズ・アブドゥラ(Ahmad Abdulaziz Abdullah A)」という異名で知られており、歐洲に住むイスラム教徒に向かって聖戦(ジハード)を呼びかけ、結構な数の若者を惹きつけたそうだ。その結果、多くの追随者が逮捕されていたという。アムリは別の要注意人物とも接近していたようで、ドイツに住むイスラム教徒の若者を焚きつけ、過激主義を吹き込んでいたトルコ人原理主義者のハッサン(Hasan C)とか、ドルトムントでヘイト・スピーチを繰り返していたボバン(Boban S)という説教者とも接触していたそうだ。

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(左: アブ・ワラー / 右: アニス・アムリ)

  急進的イスラム思想に感染したアムリは、益々その狂暴性を増大させ、ベルリン警察の調べによると、インターネットで爆弾製造の技術まで学んでいたという。確証はないが、彼は自爆テロの志願者だったらしい。警察はアムリを逮捕するだけの証拠を掴めなかったが、監視対象にはしていたそうで、犯行の数日前、彼がイスラム過激派の巣窟となっているモスクから出てくるところを、監視カメラが捕らえていたようだ。しかし、ベルリン警察による監視は、これ以上正当化できないと上層部に判断され、中止が命じられたという。(Alison Smale, Carlotta Gall and Gaia Pianigian, Ordered Deported, Berlin Suspect Slipped Through Germany's Fingers, The New York Times, December 22, 2016) アムリは監視の目から姿を眩まし、再び現れたのはトラックを運転して殺戮を犯した時だった。偽装難民に甘いドイツ政府は、大量の流血を以てしても移民・難民を一掃することができない。ナチスの亡霊に取り憑かれ、諸外国から「戦争犯罪人」と白い目で見られるドイツ人は、たとえ怪しい難民、出稼ぎ目的の移民でも、「人権」の壁が立ち塞がるので、彼らをを排除できず、福祉や補助金を惜しみなく与えたうえに、貴重な国籍まで与えているのである。どうりでゲルマン人らしくない「ドイツ国民」が増えている訳だ。

異邦人が主流民族になる西歐諸国

  今回の襲撃事件で移民・難民に関する缺陷(けっかん)や問題が浮き彫りになった。例えば、パスポートや入国書類、IDカードを破棄した難民の正体をどうやって調べるかである。これが意外と難しい。本人が黙秘を続けると、入管職員もお手上げである。指紋やDNAを採取したって、警察のデータ・ベースに「前科」の記録があるわけじゃないし、喋る言葉から判断するわけにも行くまい。アムリのようにアラピア語を話すからといって、即「チュニジア」出身者と断定できないし、彼が偽証したようにエジプト人かも知れないのだ。したがって、強制送還するにしても、拘束者の国籍が判明しないので「送り先」を特定できない。また、チュニジア政府だって身元不詳の犯罪者を受け容れたくはないから当然拒絶する。

  結局、追放処分が惰性的に延期され、拘束された不法入国者は無駄飯ぐらいの状態が続き、拘留所が新たな不法入国者で満員となれば、古株の外人から順に釈放するしかない。かくして、兇悪犯が一般社会に解き放たれることになる。何も知らされない庶民は事件に巻き込まれることで、初めて拘留所の実態を知ることになるのだ。負傷して生き残った人はいいけど、死亡した被害者はあの世で政府を恨むしかない。アムリによって殺された被害者の遺族は、移民・難民を大量に引き込んだメルケル首相を非難したそうだ。あんな偽装難民がドイツに居なければ、死亡者は素敵なクリスマスを迎えることができたはず。被害者の家族だって突然の訃報でショックを隠しきれない。楽しいはずのクリスマス・イヴがお通夜では、あまりにも遺族が可哀想すぎるじゃないか。遺族はこれから毎年クリスマス・シーズンになると、亡くなった息子や娘、親兄弟を偲ぶことになるんだぞ。

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(左: 歐洲で増えるムスリム移民 / 中央: 少数派になるゲルマン系女性 / 右: 西歐系男性)

  近年頻発するテロ事件は、本来なら未然に防げたはずだ。だいたい、ドイツに非西欧系の有色人種がいるから、余計な警備体制を敷かねばならないのである。もし、昔みたいにゲルマン系白人ばかりのドイツなら、黒いアフリカ人や褐色の中東アジア人は何処に立ち寄っても目立ってしまい、常に警察官の目が気になって行動範囲が狭まくなるし、テロ攻撃の準備をする時にも様々な困難が生じてしまうだろう。例えば、アラブ人にはアパートメントの部屋を貸さないから隠れ家を確保しづらいし、爆弾製造の為に薬品や肥料を購入しようとしても販売店に怪しまれ、警察に通報される虞もある。大学や企業からも排除すれば、イスラム教徒は滞在理由をなくし、祖国に帰るしかない。左翼知識人は賛成しないが、西歐の大学は将来のテロリストやスパイを養成しており、高学歴のイスラム教徒が精密な兵器を開発したり、コンピューター犯罪を実行できるのも、歐米諸国の教育を受けたお陰である。だって、青木周蔵とか大島浩がドイツに駐在していた、大学のキャンパスや研究所にアラブ人の若者がうようよしていたのか? 戦前のドイツなら、イスラム教徒が続々と国籍を取得することはなかったし、犯罪者の温床となるモスクがそこら中に建てられるなんて想像もできなかった。こう考えてみれば、現在が如何に異常かが理解できるだろう。

  アニス・アムリの事件でもう一つ特徴的なのは、彼がイタリアに上陸する際、本当の年齢を偽ったことである。経済難民たちは西歐諸国が未成年に「弱い」ということを見抜いており、成人の難民はこぞって19歳だとか18歳、あるいはもっとサバを読んで17歳と申告するのだ。特に、不法外人に甘い英国だと、狡賢い難民は「弱者」を演じて騙そうとする。以前、フランス北部のカレー(Calais)に「ジャングル」と呼ばれる不良外人の居留地があって、現在はフランス政府により撤去されたが、大勢の不法入国者が屯(たむろ)していた。カレーの港からイングランドのドーヴァーを目指す偽装難民は、フェリーやトラックに隠れて渡航しようとするし、もっと大胆な連中は英仏海峡トンネル(Cahnnel Tunnel)を徒歩で通行しようとする。

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(写真 / カレーから英国にやって来る「子供」の難民)

  こうして密入国を果たした「成人偽装難民」は、運悪くブリテン当局に捕まると、強制送還を避けるべく18歳以下の「未成年」を口にするという。仮に、入管職員の尋問を受けても、身分や年齢を証明する所持品を一切持っていないので、取調官はこの「不法入国者」を「成人である」と断定できない。たとえ、取調官が拘束者を“見た目”から「成人では?」と怪しんでも、それを科学的に証明することができないから、追放する理由としては不充分となってしまう。英国内務省のガイドラインによれば、入管当局が判定できない年齢の申請者は、ひとまず「疑惑の恩恵」を受けることができ、「子供」と扱われるそうだ。(Giles Sheldrick, Fury at ‘soft checks’ on child migrants : Adults pretending to be children say aid workers, UK Express, October 19, 2016) つまり、確実に「成人」と判明しない難民は、どれほど疑わしくとも、とりあえず「18歳以下の子供」と見なして滞在を許可する、という方針なのである。

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(左: 第三世界からの移民たち / 右: 驚きの表情を見せる少女)

  最近、「未成年難民」は400名も入国したそうで、こうした「子供」はブリテンという楽園で新たな住居をもらったそうだ。もう一つ注目すべき点は、この「子供」達の中には、英国に定着した親戚が住んでいることだ。経済難民はこうした「伝手(つて)」を当てにして密入国を果たすのである。「連鎖移民(chain migration)」とは誠に恐ろしい。一人の移民が別の移民を連れ込み、どんどん非西歐系住民が増えてくるからだ。例えば、第三世界の外国人が仕事か留学で英国に定住すると、必ず国籍を取得するから、帰化した外人は「土台」となって兄弟姉妹や両親、さらに親戚まで呼び寄せようとする。まず、帰化人は「家族の結合」という原則を利用して、故郷の配偶者と子供を呼び寄せるし、「ブリテン国民」となった兄や姉を頼ってやって来る弟や妹も、やがて国籍取得を果たす。こうして「ブリテン人」となった弟や妹は、兄と同じく自分の配偶者や子供達を英国に招き、ついでに高齢の両親まで呼び寄せたりするのだ。これだから、イングランドの都市部には茶色いヒンドゥー教徒やシク教徒、パキスタン人、アラブ人、アフリカ人、ジャマイカ人が溢れているのである。よく、ロンドンを訪れた日本人観光客が、「あれっ? ここはボンベイだったかなぁ。いや違う、カイロかイスタンブールじゃないか?」と迷ってしまうのも当然なのだ。

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(左: ブリテン社会に増える非イギリス人 / 中央: マイノリティーの白人女性 / 右: 減少するアングロ系の子供)

  ブリテン社会が悲惨なのは有名だが、多民族主義で苦しいのはフランスも同じである。今ではフランスが白人国家だなんて信じられない。ブルボン王朝時代なら、ケルト系やゲルマン系の「フランス白人」が大勢いたけど、現在ではアルジェリアかモロッコと見間違うほどの人種構成なのだ。特に南部がひどい。日本で有名になったK-1格闘家のシリル・アビディーなど、フランス語を流暢に喋る北アフリカ人みたいだし、彼の故郷であるマルセイユはアラブ・アフリカ系住民でごった返している。露骨に言えば、フェニキア人の「カルタゴ」とソックリだ。こうした地域ではフランク系フランス人が少数派になっており、人種を巡る問題も深刻になっているらしい。

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(左: シリル・アビディー / 右: 路上で礼拝を行うフランスのイスラム教徒)

  例えば、フランス南部に位置するエロー(Héraut)県に、ベジエ(Béziers)という都市がある。そこの市長を務めるロベール・メナード(Robert Ménard)氏は、「政治的失言」で裁判にかけられたのだ。事の発端は9月に発信したツイートであった。新学期が始まる9月に、生徒の容姿を目にした彼は「現在進んでいる深刻な人の入れ替えを示す衝撃的な証拠だ」とつぶやいたそうだ。(Robert Ménard devant le tribunal pour provocation à la haine, Le Monde, 21 décembre 2016) もちろん、この「深刻な入れ替わり(grand Remplacement)」という言葉はメナード市長のものではなく、ムスリム移民に乗っ取られた白人キリスト教徒のフランスを憂うレノード・カムス(Renaud Camus)が発した警告であった。しかし、「政治的に正しくない」言葉を引用したから、法廷に引き摺られてしまったのである。

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(左: ロベール・メナード / 中央: レノード・カムス / 右: フランスのアフリカ系生徒)

  では、なぜメナード市長はこうつぶやいたのか? それは学校が直面する現状を認識したからだ。街の中心にある学校では、ひとクラスを構成する生徒の91パーセントが、イスラム教徒の子供たちで占められていたのである。(French Mayor to be Tried for Muslim ‘Problem’ Comments, Breitbart, 22 December 2016) 普通の日本人なら「えっっ!」と思わず声を上げて驚くだろう。日本に置き換えてみれば、30人クラスのうち26、7名の生徒が、フィリピンやマレーシアからのイスラム教徒になっているようなものだ。いくら何でも日本だと、こんな状況はとても考えられない。日本人の親がイスラム教徒の学級を見たら、我が子を通学させようとは思わないだろう。たとえ、「インターナショナル・スクール」が大好きな親でも、「何なの? このアジア人だらけのクラスは? 冗談じゃないわ ! ふざけないでよ!」と吐き捨てて、理想的な多民族学校を去るんじゃないか。

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(左: 新しいフランスの子供 / 右: 旧来のフランス的な子供)

  それにしても腹立たしいのは、移民や難民を輸入した企業経営者が自分の子供だけは移民のいない私立学校に通わせていることだ。貧乏外人の子供と一緒にされては我が子の学力が落ちるし、そもそも劣等民族との交流などもってのほか。上流階級の親にとって、同じ身分の子供どうして育つことが理想なのである。ところが、移民がいない高級私学は低所得の庶民にとって「高嶺の花」だ。生活に余裕のない親は悔し涙を堪えて、我が子に諦めるよう言い聞かせ、異民族混淆の公立学校へ送るしかない。低賃金の外人労働者を招いたわけでもない庶民が、身勝手な経営者のツケを払う破目になるなんて馬鹿げている。庶民には異邦人が排除された学校を選ぶ事ができないから、教育における「選択の自由」が無い。さらに、移民が近所に住みついても引っ越しをする事はできないので、「移住の自由」も無いのだ。一方、不逞外人を引き入れた政治家や企業家は、警備会社によって守られた高級住宅地に住んでいる。

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(左: 昔のフランスにいた子供  / 右: 多民族時代のフランスにおける子供たち)

呑気な日本の報道番組

  歐米のメディアは相変わらずリベラル色の強い報道姿勢を取っていたが、翻って我が国はどのようにベルリンの襲撃事件伝えていたのか? 大手全国紙や地上波テレビはドイツ・メディアの報道を単に翻訳して伝えるだけの「垂れ流し報道」だった。アムリによる犯行の残忍さを語るが、その背景にある人種間の軋轢や難民による損害を詳しく解説することはない。御用学者や藝人をスタジオに招いては、「あってはならない事件です」とか「被害者がお気の毒です」といった「お決まり」のコメントばかり。あとは深刻な表情を浮かべたキャスターが、当たり障りの無い締め括りの言葉を述べておしまいだ。多民族主義を推進するテレビ局にとって不都合なニュースは流さない。

  例えば、ティル・シュテファン(Till Steffen)というドイツの政治家が、警察に政治的圧力をかけて、アニス・アムリの顔写真を公表せぬよう妨害したというのだ。(Dave Burke, He's more concerned about Facebook comments than catching a terrorist, Daily Mail, 23 December 2016) ハンブルルグ司法当局で長官を務めるシュテファン議員は、アムリの写真が世間にばらまかれると、イスラム教テロリストへの恐怖が広まってしまうし、人種的憎悪も引き起こしてしまう、と虞(おそれ)たからだった。要するに、兇悪犯の追跡と逮捕より、ムスリム系住民の安全を優先したということだろう。日本のテレビ局がドイツに根強くはびこる「リベラリズム」の弊害を報道しないのは片手落ちである。そう言えば、米国で黒人の暴動やデモ活動が起こった時も、わざと「若者による抗議」という婉曲な報道に終始していたのが、地上波テレビ局と左翼ジャーナリストだった。はっきり「黒人」と言えばいいのに、「政治的正しさ」を念頭に置いているから、明白な事実を報道できないのである。

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(左: ティル・シュテファン / 中央: 歐洲のムスリム移民 / 右: 風間晋)

  筆者が偶然12月24日に観た「ユアタイム」(フジテレビ)では、冒頭にベルリンの襲撃事件を取り上げていたが、いかにも左翼姿勢を前面に打ち出す番組らしかった。その日は、市川沙耶の脇に解説者の風間晋(かざま・しん)が控えていて、ドイツの難民事情に触れていた。風間氏によれば、ドイツでは「難民(refugee)」と「移民(immigrant」のカテゴリーに属さない「流民(migrant)」が存在し、法的な位置づけがなされていなという。ゆえに、法的な枠組みに納まらない「流民」は、得てして過激思想に染まりやすいというのである。番組では明言を避けていたが、風間氏は暗に「流民」を「法的枠内」に入れるよう勧めていたのだ。まったく、外務省上がりのサラリーマン記者は呑気なもんだ。第三世界からの難民なんかは、法的保護や福祉金を与えず、どこかヨーロッパから遠く離れた絶海の小島にでも収監し、明るい未来が決して来ない囚人の毎日を送らせることが必要である。密入国すれば「生き地獄行き」という結末が待っているなら、さすがの不逞外人も多少は躊躇するだろうし、難民が減少する事さえ有り得よう。それでも難民の数が減らなければ、難民の扱い方は支那方式かロシア流にすると宣伝すれば、偽装難民たちも怯えるだろう。温情ある取り扱いをするから、難民がつけ上がるのである。

  ヨーロッパやアメリカのみならず、日本にも移民や難民に同情する一般国民や支援団体がいるが、彼らは難民や移民から強姦された女性や、テロ路活動で殺された子供や老人に同情したことがあるのか? ドイツにはメルケル首相と同じく、「人道主義」を掲げて危険な移民や難民を擁護する政治家が多いけど、彼らのうち一人でもいいから、ベルリンでの悲劇に責任を感じ、辞職を表明する議員はいるのか? 彼らは自国民の生命と財産よりも、外国人を守ることに情熱を注ぎ、異人種に対する差別や偏見の防止を最優先課題としているのだ。ところが、ドイツの庶民は平凡でも安全な日常生活を望んでいて、イスラム教徒やラブ人などと共存したいとは望んでいないのだ。だから、与党のCDU(キリスト教民主同盟)を離れて、「極右政党」と呼ばれるAfD(ドイツの為の選択肢)へと鞍替えするのである。

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(左: 第三世界から来るドイツへの難民 / 右: メルケル首相)

  外国人に優しいメルケル首相であるが、もしゲルマン系国民から「我々はホーム・カントリーに住みたい」、と要求されたら、どう答えるつもりなのか? 「ホーム」とは肉親だけの家であり、「祖国(Vaterland)」とは祖先から受け継いだ国である。普通のドイツ人はチュニジア人やトルコ人、アラブ人と一緒に暮らすことに反対だ。ドイツはドイツ人の国である。日本人だって、異質な人相をしたシリア人やクルド人難民を自宅に背負い込むのは嫌だろう。もし、彼らが自宅のコタツに入ってくつろいでいたり、便器に坐って堂々と大便をしていたら不愉快だ。(ハリセンで頭をひっぱたきたくなるだろう。) また、会社から帰ってきた父親が一番風呂を浴びようと楽しみにしていたら、もう既に居候のアラブ人が入った後で、せっかくのお湯が濁っていたら腹が立つ。それに、高校生か中学生の娘が湯船に入ろうとした時、黒く縮れた陰毛が水面に浮いていたら間違いなく「ぎゃぁぁぁぁ !!!」と絶叫するぞ。(もしかして、その場で失神か?) ハーリド・シェイク・モハッマドみたいな毛むくじゃらのアラブ人が湯船に浸かって、体をこすった挙げ句、体毛を何本もお湯に残していたら、間違いなくホスト家族は激怒するだろう。「具体的な共存」というのはこうしたものである。観念的な人類愛のというのは嘘だ。

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(左: 昔ながらのヨーロッパ人家庭 / 右: 毛深いハーリド・シェイク・モハッマド)

  日本人は「綺麗事」を喋る政治家やテレビ局に登場する知識人に騙されてしまうが、移民や難民が一旦日本に入国したら、もう追い返すことはほとんど不可能である。彼らは生活がかかっているから一生懸命日本にしがみつくが、一般国民は彼らと直接触れることがないので無関心なことが多い。我々が気楽に暮らしている内に、ドンドン異邦人が新たな「日本国民」となってしまい、「家族」のような国家が「雑居ビル」みたいな長屋になってしまうのだ。こうした帰化人の中からテロリストや犯罪者が現れても不思議ではない。もうヨーロッパやアメリカで「社会実験」を済ませているから、どんな危険性を孕んでいるのか一般人でも分かるだろう。信用されないけど、筆者の予言は当たることもあるんだぞ。いずれ、「だから言ったじゃないか !」という日が来る。




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