無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

2017年06月

「信」無くば政治は成り立たない / 西郷隆盛にあった人徳


所詮は他人のゼニ

  東京都議会選挙が近づくにつれ、築地問題で揺れる都政を小池百合子はどうするのか、といった不安や、加計問題を乗り越えた安倍晋三総理大臣の支持率が下がったぞ、といった報道で世間はマスコミに踊らされている。でも、常識的に考えれば、前川メモは単なる役人の私的文書だし、安倍総理からの「ご意向」は文部官僚の失敗を隠す言い訳に過ぎなかったことが明らかになった。こんな下らない事で国会が廻っていたのでは、ウィーン会議のワルツの方がよっぽどマジである。それでも、まだ民進党や共産党を支持する有権者がいるんだから、国民の方にも責任があるだろう。ただ、蓮舫はある意味すごい。普通なら恥ずかしくて人前に出られないのに、開き直っているのか知らないが、逆に青筋立てて怒っている。日テレの「スーパーJOCKEY」でガンバルマンズと一緒に出演していたから、コントや馬鹿騒ぎが得意なんだろうなぁ。

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(左: 蓮舫  / 中央: 小池百合子 /  右: 安倍晋三)

  一方、首相から首都に目を移せば、これまたマスコミと野党の左翼踊りで時間と税金の浪費になっていた。たかだか地下水ごときで、「食の安全は確保されているのか ?」とか、「基準値を超えた汚染水で不安だ !」と騒いでいたが、誰もその地下水で魚を洗ったり、味噌汁を作る訳じゃないだろう。小池都知事は最初から事情を分かっていたはずだ。本音は、この騒擾を自分の基盤作りに利用しようと思っただけじゃないのか。彼女は何かと言えば「都民を優先します !」と民衆に媚びるが、肝心の主役は都民じゃなくて小池氏自身になっている。その証拠に「都民ファーストの会」は実質的に「百合子ファースト友の会」だし、何人当選するのか「捕らぬ狸の皮算用」で忙しい。市場の引っ越し延期で道路建設も遅れたんだけど、その損失額はどうするんだ? 豊洲移転延期に伴う損失だって、莫大な金額になっているのに、「誰がそのツケを払うのか」と考えれば恐ろしくなる。でも、所詮は「他人のゼニ」だから、小池都知事には痛くも痒くもない。最終的責任は小池氏にあるというが、何百億もの損失を彼女が贖うのか? 「ユリコ写真集」の売上げくらいじゃ、とてもカバーできないぞ。(たとえ、熟女ヌード写真集にしたって、女の肌には“賞味期限”ってものがあるんだ。どうでもいいけど、古本屋のおっちゃんは、いくらの値をつけるんだ? 世間にはマニアックな人も多いから、意外と高値がついたりして。)

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  ついでに言えば、小池氏が提案した筑地跡にできる「食のワンダーランド」って何だ? 市場が豊洲に移転した後、築地をレストラン街にしようと考えているのだろうか。仮に、そうなった時いくら掛かるのか、明言を避けていたから、どうも怪しい。もしかして、豊洲移転への言い訳に使おうとしているんじゃないか。以前、彼女は選挙公約で「冒頭解散」と口にしていたが、都知事の権限で不信任決議も無しに都議会を解散できるのか? また、小池氏は選挙中に秋葉原を訪れ、「東京全体をアニメランド」にすると公言していたが、その後どうなったのか? 魔法使いサリーに扮して、「魔法使いユリー」を気取っていたが、都民をたぶらかすだけの妖術師だった、なんて冗談じゃないぞ。巷で「白塗りババア」と陰口が絶えないのは、政党を移動する渡り鳥から、風見鶏へと変身し、都政に進出したら「サギ」に生まれ変わったからじゃないのか。
 
やはり偉かった西郷隆盛

Ozaki 2(左  /  尾崎咢堂)
  こんな政治家の体たらくを見ていると、民衆政治を褒めている学者の頭を引っぱたきたくなる。現実的には無理だけど、理想的政治家を求めれば、「憲政の神様」と呼ばれた尾崎咢堂(がくどう / 行雄)を思い出す。明治の政治家には偉人が多いけど、その中でも咢堂は傑出した人物と言えるだろう。しかし、その咢堂が崇敬する西郷隆盛はもっと偉かった。憲政の神様が尊敬するくらいだから、西郷は「神様」よりも凄かったということになる。咢堂翁が物心つく頃には、この大西郷は既に有名人であった。尾崎は長じて論説を書くジャーナリストになるが、事もあろうに、朝廷の官職を辞して薩摩に帰った西郷を批判し、「西郷隆盛討つべし、薩閥討つべし」と記事を書いて、新聞に載せてしまったのだ。そんな処女論文を書いた咢堂だが、南洲に対する敬意は尋常ではなかったらしい。尾崎は「なぜ、西郷はあのように偉大だったのか」が解らなかったらしく、この謎はずうっと彼の頭にこびり付いていたそうだ。

  一般的な理解でなら、西郷の凄さは誰にでも分かっていた。咢堂はそれを「徳望」と指摘する。人々が西郷を慕ったのは、まさしくその「人柄」であり、彼独特の「人徳」である。それにしても、西郷南洲はある意味恐ろしい人間であった。まるで彼は人の魂を吸い取るように、見知らぬ者をも惹きつけ、命懸けの闘いに引き込んでしまうのだ。当時の世間には、「西郷の為なら死ねる !」とか、「西郷先生と一緒に戦えるなら、官軍でも朝敵でも構わない !」と思う人が多くいたらしい。これは嘘みたいな本当の話。ただ、いくらなんでも「朝廷に刃向かってもいい」なんて常識外れというか、怖い物知らずというか、もう狂気の沙汰である。こうした心情を持つのが、西南戦争に参加した薩摩隼人なら解るが、逢って話をしたこともなければ、写真すら見たこともない、ただ「西郷」という名前を聞いた者が、「あの人の為に命を捨てよう」と決心するんだから驚きである。

Saigo Takamori 1( 左 /  西郷隆盛)
  こういう訳で、咢堂は「なぜ多くの人が西郷に感服したのか」、その根本理由を知りたかったそうだ。ところが、ある養老院を訪問したことで、偶然にも西郷の偉大さが判ったらしい。彼は養老院の入院者を目にして、「貧富や階級の点で様々な入院者がいるものだなぁ」と思ったそうだ。そこで、養老院の幹事に彼らの特質とか共通点は何かと尋ねたらしい。突然の質問に戸惑っていた幹事だが、一つだけ気がついたことがあった。養老院にいる者は皆自分の事ばかり考えて、他人の世話は一切せぬ人であることだった。(「西郷はどこが偉かったか」 『尾崎咢堂全集』 第五巻、公論社、昭和三十年、p.487) この共通性を教えてもらった咢堂は、瞬く間に「ああ、これだ !」と西郷の偉さが理解できたという。西郷は養老院に入る人とは正反対の性格を持っていたのである。

  自分のことばかり考えている人は、すべての人に見棄てられ、元官吏であろうと、かなりの資産家であろうと養老院に送られてしまうのだ。それに反し、西郷は自分の事を考えない。いつも他人のことばかり考えている。だから、人々は西郷の為に働こうと思ったのだ。養老院に入る人は「同情の心」が無い。何ぴとに対しても同情を寄せないという共通項がある。しかるに、西郷は誰に対しても同情を寄せてしまうのだ。自分の命を棄てても「あの者を助けたい」と考えてしまうのが西郷の性格である。ゆえに、島流しになろうが、僻地に飛ばされようが、決して人に対する思いやりを忘れはしないのだ。たとえ役職で給料をもらっても、自分では使わず、周囲の者に預けて、勝手に使わせてしまう。確かに、東京で豪華に暮らす大久保利通と違って、薩摩に戻った西郷は質素な生活に甘んじていた。燦然と輝く陸軍大将だったのに、薩摩の百姓みたいな日々を送っていたんだから、黒船に乗ったアメリカ人が見れば、腰を抜かして驚くだろう。

  この敬天愛人の薩摩藩士は、何事につけても自分自身のことは考えず、終始人様のこと、国家のことを優先して生きてきたのである。普通の人間なら、裕福になりたい、旨い物を食いたい、見栄を張れる役職に就きたい、惚れ惚れするような恋人に出逢いたい、華やかな人生を送りたい、など世俗的な欲望を持っているものだ。ところが、西郷南洲ときたら、お金も要らず、名誉も要らない、地位も望まず、女も買わず、ときている。支那人から見れば、何の為に生きているのか解らない。何てったって、酒池肉林がチャイニーズ・ドリームなんだから。支那大陸では神様だってお金に弱く、賄賂漬け。支那人は地獄に預金通帳を持ち込むくらい、金銭に対しての執着心が強い。だから、支那のいわゆる「聖人」が西郷に会えば、その清らかさに目を剝いて驚くだろう。書物の中にしか存在しない聖人君子が現実の世界にいるんだからさぁ。尊敬される孔子だって、権力への「スケベ心」がある。欲の無い人間なんて「モン・プチ」を遠慮する猫より珍しい。(註 / 「モン・プチ」とは人気の生餌缶詰のこと。)

  西郷は凡ての人に向かって、己の命に代えても助けようと考えたから、その同情が西郷に向かって反射したのである。(上掲書 p. 488) 西郷なら自分の為に命を棄ててくれる、とみんなが信じていた。これなら、誰もが西郷の為に命を捧げようと思っても無理はない。西郷は徹頭徹尾、公平で無私の人であった。上下貴賤の区別無く誰とでも接し、一身を以て人を救うという“情”を持っていたから、みんなが感服した。おおよそ、人や社会を動かすのは感情である。なるほど、高位高官の人物なら庶民を動かすこともできょう。だが、それは強制を以て人の体を動かしているに過ぎない。つまり、その心を動かしている訳ではないのだ。大勢が集まる会議で討論が紛糾した時、西郷のような責任者がいてくれると非常に助かる。なぜなら、西郷による鶴の一声でみなが納得したからだ。例えば、困った人々が西郷に決断を乞うと、この偉人は「皆がヨカと思うところをすればよか」とだけ述べて、他には何も言わなかったという。「俺が正しい」とか「お前が間違っている」とか、屁理屈を並べて説得するようなケチなことはしないのだ。全責任を西郷が取る。事によれば切腹をして詫びるだろう。西郷は余りにも命を粗末にするから、却って周囲の者が罪悪感に苛まれてしまうのだ。だいいち、やましい事をしている者は、西郷の目を直視できまい。西郷みたいな豪傑は、みんなが呆気にとられている脇で、囲碁などを指して平然としているんだから肝が据わっている。このように、威厳と人徳に溢れた人物だから、みんなが「西郷どん」に敬服してしまうのだろう。

  西郷の如き人徳者と対蹠的なのが小池都知事である。確かに、小池都知事はマスコミや有権者を操るのが上手いし、旋風(ブーム)を巻き起こして大衆を思うがままに動かしている。あるいは、動かしているように見える。だが、彼女は決定的な資質に欠けているのだ。それは人徳である。現在の小池氏は時代の寵児だから、みんなが彼女の一挙手一投足に注目しているのだろう。しかし、その軽薄な熱気が冷めた時、いったい何人の側近や部下が、何名の同志や同僚が彼女と一緒に沈んでくれるのか? 西郷は月照を助けたかったが、微力ゆえ助けられなかった。だから、一緒に死ぬしかない。志を共にした月照にしてやれることは、自分の身を投げることのみ。西郷の心には、死後の憂いも、裏の計算も、一切無かった。純粋な気持ちだけ。もし、月照が逆の立場でも、西郷の為に命を棄てようと考えたはずだ。我々が何時までも二人のエピソードを語り継ぐのは、そこに我々の「心」が共振するからだろう。庶民は愚かに見えても、本物を見抜く力は持っている。

   小池氏のもとに集まる議員や新人候補者は多い。しかし、その実態は当選を求めての打算的な烏合の集である。小池氏には、たとえ選挙で勝てなくとも小池百合子と共に戦いたい、一文無しになってもいいから彼女を助けたい、ただ一緒に居るだけでいい、と思う仲間がいるのか? 何の見返りも求めず黙って死んでくれる同志が小池氏にいるとは思えない。小池氏だって、そんなことは思っていないだろう。なぜなら、誰もが利益を求めるから集まっているんだし、小池氏も自分の魅力が大衆の熱狂にあることを判っている。だから、次から次へと新鮮で刺戟的な話題を提供せねばならない。興奮するようなネタが尽きれば小池氏の没落となる。彼女が目指しているのは、小泉純一郎が演じた「改革者」という役柄だろう。既存の政治構造をぶっ壊すことで民衆の喝采を浴び、一躍スターダムにのし上がる手腕に惚れているのだ。でも、その嵐が過ぎ去った後の始末は? そんなの関係無い。小島よしおもビックリ。彼女にはそもそも関心が無い。瓦礫が散乱する政界の掃除は有権者に押しつけて、自らの任期が満了すれば、嬉々として退任だ。百合子スマイルを浮かべながら、「みなさま、ご機嫌よう。さようなら」でお終い。

乃木だったら

  咢堂は大人物の資格にも触れていた。指導的立場や高い官職にある人は、ある程度有能でなければならないが、物事の隅々にまで精通している必要は無い。具体的で細かい事務仕事は、能吏を据えて任務に当たらせれば良い。咢堂曰わく、小悧巧にして小智慧を働かす者は小使いの仕事である。(上掲書 p.493) 大臣はそんなことをすべきではない。咢堂は当時スキャンダルになった「シーメンス事件」を取り上げていた。これは海軍高官に絡む収賄事件であったが、直接的には関係の無い山本権兵衛や斉藤実までが責任を取らされて辞任。無茶苦茶だけど、内閣総辞職にまで発展したから、深刻な事件であった。伝え聞くところによると、五万円とか六万円の賄賂であったらしいが、そんな瀆職の五つや六つ、同時に起こったところで国家は何の損傷も蒙らない。どこの国でも、どの時代でも、こんな事件は起こるものだ。問題なのは、内閣の頂点に立つ者の資質である。トップが人徳を持っていないから、人々が騒ぐんだ、との見解を咢堂は持っていた。取締る立場の人間が怪しいと思われるから、人々に猜疑心が芽生えてくるのである。最高責任者が取締るべきものを取締り、悪人が悉く罰せられ、善人は必ず讃えられると世間が思えば、シーメンス事件が幾つ起こっても世間は騒がない。

Nogi 2(左  /  乃木希典)
  こうした持論を述べる咢堂は、乃木希典大将の如き総理大臣を想像してみせた。仮に、収賄事件が起きたとしよう。しかし、「これは大変だ。乃木が怪しい !」と世間が疑うだろうか? たぶん、そうならないだろう。なるほど、何万円かの賄賂が遣り取りされたかも知れぬ。だが、乃木が居る以上、必ずきちんと調べ上げ、公平な処分を下すはずだ。乃木の如き清廉の士がいれば、誰も騒がす皆が安心する。世間がざわめくのは、上に立つ者が違うタイプの人間だからである。これは西郷隆盛にも言えることで、西郷が首相ならどんな瀆職事件が起きても安泰である。「西郷どんなら不正は絶対しない」と皆が信じているからだ。西郷南洲が大金に目が眩んで不正をはたらくなんて想像できないし、小銭稼ぎのためにセコい嘘をついたり、失敗を隠すために嘘を重ねるなんて考えられない。小役人がいくら欲得づくで不正を犯しても、西郷がいれば正義が行われるに違いない。こうした絶大な信頼感が当時の世間にはあった。「信」無くば立たず。人心が離れたら「政(まつりごと)」は成り立たない。

  翻って、現在の政治家を見てみれば、どいつもこいつも怪しくて信頼できない。蓮舫が次期首相になったらどうするんだ? 「怪しい」どころ話じゃないぞ。疑惑が凝縮した闇鍋みたいで、目にするだけでも鳥肌が立つ。保守派国民から希望を託された安倍首相だって、やることなすこと裏切りの連続である。「まさか」やらないだろうと思った消費税アップを断行して、景気の失速を招いてしまったし、積極的に移民を輸入しようと謀る竹中平蔵を追放せず、この政商が口にする意見を鵜呑みにしている。周囲を見渡せば赤い菅義偉が官房長官として居坐り、支那人の下僕である二階俊博が幹事長となっている。親友の塩崎久弥は左翼崩れのアカンタレ。皇室会議のメンバーに反日分子が入っているのに知らぬ顔。雑誌『諸君!』や『正論』に潜り込んだ偽装学者の山内昌之ばかりか、極左教授として悪名高い御厨貴が、ぬけぬけと皇室破壊に勤しんでいる。保守派国民の一部は安倍氏を確信的左翼と思っているが、案外それほどでもなかったりして。究極的には単純な馬鹿というのが真相なのかも知れないぞ。本人は保守派を自認しているが、やっていることは左翼政策で、周囲に気を使いながら長期政権を目指しているうちに、左翼と変わらぬ政権になっていたという、笑えない推測も可能なのだ。

  一般国民にはアクセスできない情報や内部事情もあるので、時が経たないと本当の事は分からない。ただ、安倍氏を支持している国民に失望感が漂い、信頼感が低下たこと、そして安倍氏に代わる次期首相が見当たらないことだけは確かだ。安倍首相の裏切りに腹を立てる保守派国民がいるが、自民党にあれだけ左翼議員がひしめいているんだから、安倍氏一人が奮闘しても埒が明かないのは当然だろう。それに、安倍首相の後任が誰になっても、安倍氏と同じレベルか、それより酷くなる場合だってある。保守派国民にとって苦痛なのは、首相に担ぎたい次の神輿がいないことだ。いくら何でも、フジテレビが応援する石破茂じゃ嫌だよねぇ。じゃあ、民進党みたいに「ボロ神輿、軽くてちょっとパーがいい」では自爆と同じだ。ちょっとくらいは責任感のある総理大臣でなきゃ。

  テレビや新聞は選挙が近づけば、やれ「マニフェストだ !」、「目玉の政策は?」とはしゃぎまくるが、一般有権者には複雑怪奇な政界の仕組みや煩雑な法律のことは解らない。いくら候補者が立派な公約を掲げたって、一旦当選してしまえば公約を反故にしても構わないし、議員の日常をいちいち監視している訳じゃないから、二、三年も経てば、前回の約束破りを忘れ、再び同じ候補者に投票してしまうのだ。結局、一般国民が考慮すべきは、その人物が信頼できるかどうかの一点に尽きる。政務調査費の誤魔化しとか、支持母体への利益供与とかがあるかも知れないが、国家の根幹を揺るがすような真似はしないだろう、と信じられる議員に投票するしかないのだ。でも、悲しいことに、国家の防衛を蔑ろにする議員が普通で、真の愛国者がいない代わりに、筋金入りの左翼主義者が国会に溢れている。在任期間だけの利益しか考えぬ議員が大半で、国家の大事を考える議員が数える程しかいないんだから情けない。まぁ、政治家の質は国民の平均以下、というのが相場だから、高望みしない方が利口だ。いくら民衆政治の原理において国民に責任が無いとはいえ、日本的常識からすれば選ぶ方にたって責任はある。民衆から愛される西郷隆盛が偉大だったのは、「民衆から選ばれなかったから」という皮肉もあるから、とかく世間は難しい。デモクラシーはデモス(民衆)に任せてはならない、というのが教訓なのかも知れないね。
  


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失敗を繰り返せ ! / 悪魔のようなTBS

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多民族がひしめく公立学校

  当り前の事だけど、詐欺師の特徴は「詐欺師」と名乗らないことにある。TBSも同じで、綺麗事で以て本性を隠してきた。このテレビ局は外国人導入となれば矢鱈と熱心で、移民は少子化が進む日本に必要だとか、労働力不足の解決に役立つと宣伝する一方で、移民を受け容れる日本側の態度を改めましょう、とか移民排斥の「右翼」がいるので、外国人の「人権」を尊重しましょう、と説教を垂れる。それなら、TBSの社員が率先して移民や難民と共同生活を送ってみろ、と言いたい。高給取りの重役やチーフ・プロデューサー、ディレクターなどは、高級住宅地や閑静な住宅街に邸宅を構えているんだろうから、貧しいアジア移民を自宅に迎えて養ってみれば、少しは「右翼」の気持ちが分かるだろう。実際、一人の外人に寝袋を渡せば、一軒で20人から30人くらいは収容できるはずだ。広い屋敷に住むテレビ局員は他人に説教していないで、“寛大な心”で可哀想な難民に宿を提供してやればいい。湯船も便所も共同で使えば「友情」が湧いてくるかも知れないぞ。ただし、家族が「風呂場や便器を共有するのは嫌だ」とゴネる場合もあるから、テレビ局社員の中には「移民・難民、反対 !」を叫ぶ奴が出てくるかも知れない。

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( 写真 / お洒落な朝鮮人の青年たち )

  とまぁ、こんな事を考えると、6月13日に放送された「NEWS 23」の特集を楽しむことができる。番組では教育現場で日本語の不自由な外国人児童が急増していると報じていたのだ。TBSが取り上げたのは横浜市の市立「南吉田小学校」である。この繁華街の外れに位置する小学校は、驚くほどの多民族混淆施設になっていた。全児童数732人のうち、半数以上の400名が外国籍児童あるいは混血児となっているのだ。外国人児童と言っても、イギリス人やドイツ人、ノルウェー人とかの西歐人じゃなくて、支那人、フィリピン人、タイ人、朝鮮人などのアジア人がほとんどである。こうした状況は当然ながら、中学校にも波及していて、伊勢佐木町に近い中区にある横浜吉田中学校にも、外国人の生徒が多いという。2015年の数字だが、全校生徒403人中外国人は154名もいたそうだ。(2015年2月12日附「神奈川新聞」)

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(左: フィリピンの少女  /  右: セクシーなフィリピン人女性)

  南吉田小学校では、日本語の習得に困っている外国人児童のために特別授業を設けていて、226名がこの授業を受けているそうだ。しかし、教員不足もあって週に2、3回ほどしか受けられないという。そこで、補習授業の一環として、日本語が不得意な子供たちは、地元にあるNPO法人運営のの「信愛塾」に通っているらしい。そこでは様々な背景を持つ子供が集まっていて、父親が日本人でも母親がインドネシア人とかフィリピン人、支那人と様々だ。塾の壁には朝鮮語、支那語、タガログ語、タイ語に加え、ウィグル語で書かれた紙切れが貼ってあった。もう、どんな塾なのか察しがつく。「信愛塾」の竹川真理子代表は、塾の経営は個人や企業からの寄付で成り立っており、常に火の車だと述べていた。塾で子供たちを教えているのは、ボランティアの人であるというが、どんな思想を有していて、いかなる経歴の持ち主なのか、明確に説明されていなかったからスッキリしなかった。もしかしたら、元日教組の活動員とか、退職した左翼教師、左巻きの学生だったりしてね。純粋に子供を助けたいという人もいるだろうが、自発的にアジア人の世話をしようとする者には、多民族主義の信奉者とか左翼系反日分子がいたりするから要注意だ。

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(左: 支那人の赤ん坊  /  右: アフリカ系支那人の少女二名)

  文科省の報告書によれば、日本語指導が必要な児童や生徒の数は年々増加しており、現在のところ全国で4万4千人もいるそうだ。「NEWS 23」のキャスターを務める星浩は、米国のESOL(English for Speakers of Other Languages)」を持ち出して、外国人への日本語教育を進めるよう仄めかしていたが、どうして日本人がこうした子供立ちの面倒を見なければならないのか? 星氏は外国人も税金を払っているのだから、彼らの子供たちが平等に教育を受けるのは当然だ、と述べていたが、外国に住めば税金を払うのは当り前で、逆に一円も払わずに住んでいる奴の方が異常である。日本の義務教育は先ず以て日本人の為であり、外国人の子供を育成する為ではない。だいいち、国民教育を施す日本の学校で、日本人になるわけでもない支那人の子供や、出稼ぎ目的のブラジル人が連れてきた子供に、「良き日本国民になりましょう」と呼びかける方がおかしいだろう。南吉田小学校では、児童に対し支那語や朝鮮語、その他のアジア言語での挨拶を教えていたが、日本人児童にも、こうした「授業」を施しているとは思えない。

  税金を払う事と国民の権利を有する事は本質的に別である。在日の支那人やフィリピン人が住民税や所得税、消費税、ガソリン税、固定資産税を払っても、日本国民になる訳じゃない。もし、日本に住みながらこうした税金を払わずに済むのであれば、その者は特権階級の外国人となってしまうだろう。TBS社員には「国民」が持つ権利と義務を解らない奴が多い。例えば、もし日本人が南鮮に住めば、様々な税金を納めることになるだろうが、兵役という「血税」を払う義務は無い。なぜならば、在鮮日本人は南鮮国民ではないからだ。これは日本人が特権階級に属するからではなく、外国人であるから徴兵に応じる必要が無いだけである。在日南鮮人の方こそ「徴兵逃れ」という重罪を犯したまま、のうのうと日本に住んでいるんだから、TBSはこうした朝鮮人の方を批判すべきだ。兵役を忌避した姜尚中が関口宏の「サンデー・モーニング」に出演し、我が国の憲法を云々するなど言語道断だ。こんな卑劣な奴に「ご意見」を伺うTBSの番組スタッフは、本当に日本人かなのか?

  何年住もうが、在鮮日本人は南鮮人と“同等な”権利を有さないし、政府から差別的な待遇を受けても仕方ないのだ。南鮮人の役人に日本人の子弟を立派な朝鮮人にするという義務感は無いし、在鮮日本人の方だって南鮮に忠実な「国民」になろうとは思わない。南鮮に住んでいても、我が子に英語を学ばせる親ならいくらでもいるが、朝鮮語を学ばせて日本に帰国しようだなんて親はいないだろう。だいたい、自分の子供を現地の朝鮮学校に通わせて、「南鮮人」としての自覚を持たせたいと考える親がいるのか? それに、朝鮮に永住したいと考える日本人は何人いるんだ? 日本に永住したい朝鮮人なら何万人もいるが、南鮮国籍を取得したい日本人など滅多にいないだろう。

  ここで、ふと思ってしまうのは、混血児には親の血筋で分類されてしまうことだ。つまり、“自慢できる”国籍の親と“恥ずかしい”国籍の親がいるということだ。例えば、チュートン系白人のイギリス人やドイツ人、オランダ人の親なら、友達の前でも堂々と「お母さんはサクソン人です」とか「フランドル人です」と公表できるが、フィリピン人や朝鮮人の母親を持っていると、質問されない限り答えないし、なるべくなら隠そうとする。氏族名だって父親の名字を用いず、日本人の母の姓にして、朝鮮風の「金」とか「朴」、支那風の「劉」とか「李」を避ける。フィリピン人の母親も、「ゴンザレス」とか「ムチョス」といった姓を捨てて、夫の「鈴木」とか「佐藤」という名に変えて、日本人になったつもりでいる。彼女たちは自宅でタガログ語を話していても、子供には日本人らしい名前をつけたがるのだ。どんな社会にも「格上」と「格下」が存在してしまうので、アホらしい標語である「差別はいけません」とを宣伝するなら、アジア移民の流入を禁止すべきなのだ。必然的に民族差別が生じるなら、前もってその萌芽を摘み取っておく方が賢い。嫌いなアジア人を迎えているのに、先生から「馬鹿にしちゃいけません」と叱られれば、感情を抑圧される子供たちは、却ってアジア人への侮蔑心を増幅させてしまうのだ。

国民教育が無駄な外人の子弟

  今のところ、移民の子供や混血児の子供が、日本の公立学校に通って勉強しているが、こうした児童は「日本国民」の自覚をもつよう訓育を受けるとは限らない。実際、こうした外国系の児童を受け持つ教師は、日本語を理解させるだけでもてんてこ舞いなのだ。こんな現状だから、算数や理科のような科目がどうなっているかは容易に想像がつくだろう。日本語で何を聞かれているのか解らぬ児童が、抽象的概念や論理的思考をマスターするとは思えない。それでも、小学校の勉強だから、図形の面積や速度計算などは、ちょっと練習問題をこなせば解るし、植物の構造や液体の気化、天体観察など難しくないから、日本人児童と同じレベルに直ぐ追いつくだろう。

  だが、中学校に進むと問題が深刻となる。もし、小学校の勉強を疎かにしてしまうと、中学校の数学や理科、英語で躓くかも知れないのだ。たとえ学校の成績が悪くとも、中学を卒業し堅気の職業に就くのならまだ良い。問題なのは、日本国籍持つ混血児と、これから取得しようとする外国籍の子供に、「日本国民」の意識と義務感が備わっていないことである。フィリピン人やタイ人、支那人の母親を持つ子供が、日本語の語彙に乏しいのはしょうがないけど、こうした子供でも、成人すれば国籍を取得して「日本国民」となってしまうのだ。彼らは大人になったからとて、母国のタイやフィリピンに帰ろうとはしないだろう。必ずや日本人と結婚して日本に永住するのだ。しかも、選挙権と被選挙権を持つ有権者としてである。そして、無意識的に持つ日系日本人への恨みから、アジア系の蓮舫とか福山(陳)哲郎などの議員に投票してしまうのだ。これは何も彼らの政策が素晴らしいからではなく、異邦人の面影を残す候補者に「共感」を覚えてしまうからである。

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(左: セクシーなフィリピン女性  /  右: 子供を抱えるフィリピン人の母親たち)

  普通の日本人は日本人の両親と祖父母を持って生まれてくるので、わざわざ「日本人」という意識をもっていない。当たり前すぎることには意識が向かないのである。だが、外国に住んだり、海外旅行をすると、否が応でも「日本人」なんだということを思い知らされる破目になる。例えば、「お前、ジャパニーズだろう。相撲レスラーみたいに動いてみろよ ! キャハハハ !」と馬鹿にされれば腹が立つ。また、「日本の浮世絵や工芸品は素晴らしい。それに、日本人は正直で勇気がある」と褒められれば嬉しくなる。そこで、自分の国の文化や伝統を再確認するようになるのだ。ところが、アジア系混血児はこうした意識に目覚めない。朝鮮系の子供が歐洲を旅行して、教養人から「東郷元帥は偉大な軍人だ」と話しかけられても、「はぁ、そうですね」としか言えないだろう。自分の祖父母が薄汚いい朝鮮に住む下層民だったりするから、まさか「私は白丁の子孫です」とか「パーリア(賤民)の家系なんです」とは恥ずかしくて言えないじゃないか。また、外国人の血が半分、あるいは4分の3、ないしはゼロというアジア系国民だと、自分がどの民族に属しているのか判らなくなる。学校に通っている間、これといった国民教育を受けないので、「大阪居住者」とか「名古屋住民」、「東京都民」といった意識しかなく、仮に海外に住んだとしても、現地の外人に対して「日本を祖国とする日本国民」とは言いづらい。何となく自分を完全な日本人とは思えないからだ。

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(左: 妖艶なタイ人女性  /  右: 可愛らしいタイ人の少女)

  この曖昧な自己識別(アイデンティティー)は、歐米諸国などで“謂われなき”日本の「戦争犯罪」や皇室への侮辱を耳にした時に顕著となる。例えば、日本国籍を持つフィリピン系や朝鮮系、支那系の子供が米国の大学に留学したとする。授業で「性奴隷問題」や「南京大虐殺」、昭和天皇への侮辱が議題となった時、こうしたアジア系日本人留学生はどんな発言を行うのか? 日本からの朝鮮系留学生が「あれは朝鮮人の捏造です」と反駁するのか?  日本の朝鮮統治を「植民地支配」と思っている朝鮮系帰化人が、日本に対する誤解を正そうとは思わないだろう。彼らの祖先は「被害者」の朝鮮人なんだから、朝鮮総督府の日本人を弁護する気にはなれまい。また、日本からのフィリピン系留学生も第二次世界大戦を語る際、日本軍によるフィリピン支配を非難するだろうし、米軍に対する我が軍の攻撃をも批判するだろう。フィリピン人にとって日本兵は敵で、アメリカの軍人は庇護者(パトロン)であるから、日本人よりはアメリカ人に親近感を覚える。フィリピン人とは常に誰かの所有物で、スペイン人からアメリカ人に売却され、現在は有力な華僑に支配されているのだ。 以前に書いた(記事A)や(記事B)を参照にしてね。

  一番興味深いのは、昭和天皇を「戦争責任者」と誹謗する歐米人に対して、アジア系日本人はどう反応するのか、という点である。まず、朝鮮系帰化人が昭和天皇を尊敬するとは思えない。反対に、皇室伝統を呪う朝鮮人なら腐るほどいる。強烈な先祖崇拝を行う支那人も朝鮮人と同類で、赤の他人の祖先や歴代天皇を尊敬するなんてことはあり得ない。日系日本人は女性宮家の創設に反対したり、男系男子の皇統を訴えたりするが、アジア系日本人にとって、そんなことは藝能記事以下の“つまらない”ゴシップに過ぎないのだ。彼らにとっては、「ポテトチップの品切れ」や「花火大会の日程変更」の方が重要事項なのである。日系日本人にしたら皇室問題は国家存亡の最優先課題だが、アジア系帰化人には所詮「他人事」なのだ。皇室が消滅したって何の哀しみも感じないし、天皇崩御となっても「えぇぇ ! 今日、百貨店休みなのぉ? せっかくグルメ・フェアーに来たのに !」と歎くのがアジア系帰化人の本質である。日本人の遺伝子を持たない移民に国籍を与えようとする議員や官僚は、こうした疑問を考えたことがあるのか? 

  もちろん、日本人の生徒でも日本史に無知であったり、戦前の日本を非難する者はいる。しかし、それは敗戦利得者による宣伝と、伝統的日本社会を叩き潰したい日教組による洗脳を受けているからだ。今では皇室に関し「天皇なんてどうなったっていいよ」と考える無関心派や、「なんで俺たちが天皇なんかを尊敬しなくっちゃならないんだ」と反撥を覚えるひねくれ者、「天皇制は軍国主義の元兇」と信じ切っているクルクルパーなど、多彩な準反日主義者の子供で溢れている。だが、敗戦前は皇室を尊ぶのが一般的で、「政教分離だ」といって夏祭りや英霊への感謝に反対する者は先ずいなかった。「天皇反対 !」を叫ぶ者など「アカ」と呼ばれて唾棄されていたし、そんな子供を持つ親は恥ずかしくて堪らないから、拳骨を喰らわせて黙らせるのが当然だった。明治の頃だと誰も皇室廃絶など考えない。もし、天皇陛下の御巡幸となれば、遙か遠くの場所に居ても、提灯行列で「天皇陛下万歳」を叫んでいたのだ。我が軍の将兵は皆「天皇陛下の忠臣」で、天皇陛下が大元帥。叙勲だって首相なんかじゃ嫌で、陛下から頂戴するのが最高の名誉だった。このように歴史を振り返れば、現在の日本国民がいかに赤く染まっているかが判るだろう。

  最近では、緩い入国審査と簡単な国籍取得のせいで、とんでもないアジア系「国民」が増えている。「女の体をしていればどれでもいい」と、性的に飢えた日本人男性が、半ば「購入」の形で支那人やフィリピン人の嫁をもらっているし、在日鮮人は日本人と結婚し、平気な顔で日本国籍を取得するや、さも「日系」日本人のように成りすましている。もっと酷いのは、既婚者の日本人男性がフィリピン人酌婦を孕ませてしまうケースだ。こうしたゲス野郎は自分の家庭があるので、その混血児を引き取らず、認知だけして厄介払い。浮気相手のフィリピン人は日本国籍の赤ん坊を手にできるから満足だ。後腐れ無く別れた「不逞男性」は、私生児と姦通女性を福祉制度に丸投げ。こんな母子家庭の子供が公立学校に通って、授業料や給食費が免除なんてこともあり得る。さらに赦せないのは、飲み屋で働いているのに生活保護とか児童手当、児童扶養手当、住宅手当などを貰ってるフィリピン人がいたりする事だ。一生懸命働いて高給取りになった日本人が100万円近くの国民健康保険料を払っているのに、アジア系母子家庭は、僅かばかりの掛け金かゼロ円で国民健康保険制度に入っているのだ。つまり、日本人が健康維持に気を使いながら一度も病院に通わず、必死で働いた所得から高額な保険料を払い、ぐうたらで貧しいアジア移民にサーヴィスを提供しているのである。(支那人による「国民健康保険証の使い回し」は、また別の機会で触れたい。) アホらしいけど、これが現実なのだ。

  TBSの「NEWS 23」は外国系児童の心配ばかりしていたけど、アジア人の子供とごちゃ混ぜにされる“日本人”の子供はどうなるんだ? 日本語指導が必要な外国人児童が多く在籍している学校を調べてみると、愛知県が一番多く、小学校で約4,200人、中学校だと約1,000人、高校だと約170人になっているらしい。次に多いのが、神奈川県で、三番目に静岡県や東京都が続いているとった状況である。これは外国人を雇う企業が多い地方自治体の特徴で、高い人件費を嫌う企業が安上がりなブラジル人や支那人を雇っているのだろう。だが、こうした人間の輸入は明らかにおかしい。確かに、外人を歓迎する企業は低賃金労働者で利益を上げることが出来るが、そのツケを一般住民が払っているのだ。例えば、日本人労働者の月給が25万円でも、ブラジル人を雇えば月給18万円で済むと仮定してみよう。単純に考えれば、経営者は8万円を節約できる。しかし、このブラジル人が家族を連れて来日した場合、住宅、教育、医療、保険、年金、などの費用は誰が払っているのか? もし、企業が全てを負担するなら、月給35万円とか40万円となってしまい、日本人を雇う以上に費用が掛かってしまうだろう。だから、それを回避するために、“そっと”一般国民に押しつけてしまえばいいのだ。もし、国会で移民導入を議論する際、こうした闇が暴露されれば国民が騒ぎ出して反対するので、企業の手先となった代議士は、なるべく「ひっそり」と議論されるよう根回しをして、いつの間にかすうっ~と移民法を通してしまうのだ。

Hispanic family 4Hispanic single mother 1








(写真  /  ヒスパニックの親子)

  とにかく、厄介な面倒を自治体に押しつける企業はずるい。自分の負担を一般人に背負わせている。例えば、雇い主が外人の子供のために語学教室を開いて日本語教育を施すのか? また、ブラジル人の女房が、病気になった子供を連れて病院に行く場合、雇い主が医療通訳を派遣して、日本語の分からぬ親子を助けてくれるのか? テレビ局は絶対に口にしないが、こうした労働者階級の子供は、家庭で知的な刺戟を受けていないので、勉強に対する熱意が低いし、物事への知的関心が極めて低い。日本語の語彙も驚くほど貧しく、論理的思考も出来ないばかりか、集中力にも欠けているのだ。ちょっと筆者の個人的体験になってしまうが、米国で黒人の子供を世話した時、余りにも集中力が欠ける子供が多いのに辟易したことがある。英語の語彙も少ないし、アクセントも黒人特有のもので下品だ。親自身が読書の習慣がなく、知的訓練を受けていないから、子供に学問の楽しみを伝えることができない。白人のリベラル派は教育予算を増やせば黒人の学力が向上するというが、そんなのは真っ赤な嘘で、先ず以て家庭の「躾」がなっていないのだ。もし教育予算の問題なら、エアコンのある快適な教室で勉強する黒人の子供は、冷房の無い適塾で、しかも裸で勉強していた福澤諭吉より頭がいいのか? 幸田露伴は大学に進めず、ほぼ独学で碩学となったが、「人種割当制」でハーバード大に進んだ黒人学生は、露伴より優秀なのか? 日本人なら直ぐ分かるじゃないか。

  TBSは「報道しない自由」を行使して、日本人が蒙る不利益に触れなかったが、外国人の子供が学校に入ってくることで、移民を望んでいない庶民は大迷惑を受けている。アジア移民の子供が多く通う学校は「底辺校」と目され、高額所得者や知識人階級の子供が避けるようになり、低所得者の日本人を親に持つ子供だけが、日本人用の私立学校に移籍できず、こうした不名誉な学校に通うことになるのだ。つまり、「選択肢」が無いので、“しぶしぶ”通うという訳だ。もし、30人学級で約半数が支那人や朝鮮人、フィリピン人、タイ人の子供で占められたら、日々の授業はどうなるのか。まず、教師がみんなを落ち着かせるだけで10分くらいかかり、前回の復習でさらに10分、出来ない子供を考慮してまどろっこしい説明に時間を費やせば、直ぐに授業終了となってしまうだろう。こうなれば、日本人の親は「まぁ、どうしましょう ?!」と心配になり、余計な出費となってもいいから、子供を塾に通わせねば、と焦り出す。本来なら、学校の授業をハイ・クォリティーにして、放課後はスポーツで体を動かす方が子供にとっては健全である。肝心の学校が体たらくで、私塾で勉強に専念するなんて本末転倒である。これなら、最初から学校へ通わず、朝から塾で勉強した方がマシであろう。

  これは数年を掛けて調査しないと解らぬことだが、移民混淆学校に通った生徒は、アジア系のクラスメートが
出来て嬉しいのだろうか? よく名門私立へ通った上層階級の子供は、卒業してからも同窓生と交友を続けるが、底辺校の卒業生は朝鮮人やフィリピン人の同窓生と「ご学友」の関係を保つのか? アジア系移民の子供は有力なOB人脈とは無縁だし、一般的に低学歴となりがちだから、就職だって大変になる。NHKのようなエリート意識の強い組織は、いくら朝鮮人でも学歴が無いと採用してもらえないから、雇ってもらえるとしたらNHKビルの清掃員くらいだろう。ちょっと悲しいのは、警察官になった日本人が、事件の容疑者を捕まえてみたら、かつての級友だった朝鮮人、なんてこともあり得る。落ちこぼれの朝鮮人だと、暴力団組員のヤクザとか、いかがわしいパチンコ屋の店員、朝鮮料理屋の給仕、賭博業者の使い走り、などが人気の就職先だから、ひょんなことで事件に巻き込まれてしまう確率が高い。

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(左ハン・ホノリが中学生の頃  / 中央: 劇的な変化を遂げたホノリ /  右「セラミック松村」と一緒のホノリ)

  ここでは関係無い話だけど、ついこの間、偶然にも藝能ニュースを耳にして、「あぁ~あ」と思ったことがある。小出恵介という男優が17歳の少女と飲酒を下挙げ句、淫行に及んだというゴシップがあった。筆者は小出氏の名を初めて聞いたので、彼がどんな役者なのか知らないし、どんな事情があったのかも判らない。ただ、被害者というか淫行相手の少女が普通じゃなかったから、ちょっと驚いたのである。事件になった経緯は明確にされていないが、おおよそのことは分かっていて、彼女が小出氏との肉体関係を雑誌社に売り込んで、報酬を得ようとしたそうだ。雑誌記事によると、「セラミック村松」という藝人が仲介者として絡んでいるらしい。(それにしても、こんな藝人が存在するなんて、もう藝能界は何でも「あり」の世界なんだろう。「チョコ・ボール」みたいな顔の藝人は、どんな藝を披露するんだ? ) 成人した俳優が少女とセックスをしたことが一番悪いのだが、そんなことに同意した少女は、一体どんな躾を受けてきたのか? このスキャンダルを放送したテレビ局は、少女の名前を公表していなかったので確かではないが、「江原穂紀(えはら・ほのり)」という女性であるらしい。インターネットでは彼女の本名が「ハン・ホノリ」という朝鮮系の名前らしく、母親の「安倍優奈」も南鮮人であるそうだ。この母親は自身のツイッターで色々な話を伝えていたが、それらを本物かどうか検証できないので、単なる偽情報かも知れない。一応、「韓国人」と自己紹介しており、ホノリの父親、つまり別れた亭主も「韓国人」で「ヤクザ」であると書いていた。

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(左: 母親と似ている頃の穂紀  / 中央と右: 今は娘と似ていない母親の安倍優奈)

  また、インターネットでは母親の「安倍優奈」が生活保護を受けていたとか、その娘も生活保護を受けていたと書かれているが、そんなことがどうして分かるのか不思議である。たとえ本人がツイッターで告白したとしても、その文章が本物かどうか分からないから依然として謎である。それに、もしテレビ局が真相を摑んでも、相手が素人で未成年なら絶対に公表しないだろう。ただ、16歳くらいで出産し、赤ん坊を抱えて経済的に苦しいということだけは確かなようだ。それにしても、こんな歳でセックスをして妊娠する少女が、単なる被害者だとは思えない。彼女の母親が娘にどんな倫理・道徳を教えたのか知りたいものだ。それ以上に興味深いのは、ホノリの顔が中学生と現在で劇的に変化していることだ。この変化は何が原因なのか? 彼女を確認しようにも、警察官でさえ戸惑うし、顔認証システムもお手上げになるぞ。

  もっとも、ホノリの母親が自慢するコスプレ写真を見てしまうと、「この親にして、この子ありだなぁ」と呟きたくなる。とにかく衝撃的なコスプレ姿だから、何も言えなくなってしまうのだ。正直、こんな写真は見たくなかった。妙な具合に脳裡に焼き付いてしまうので寝覚めが悪い。こうなりゃ、脳味噌に漂白剤を注ぎたいが、記憶を全部無くしそうで怖いし、「アリエール」を使っても「カビ」じゃないから無理だろう。それよりも、ホノリが産んだ子供がどのように成長するのか心配だ。アカンタレの祖母や母に育てられた子供は同じような人生を歩みやすく、学校の勉強より異性との交際に興味を持ち、とんでもない相手とセックスするおそれがある。ハーレムやブロンクスに住む黒人の少女だと、ちょっと見ないうちにお腹が大きくなっているケースが結構ある。これじぁ、担任教師だって呆れ顔となり、匙を投げてしまう。一方、赤ん坊を抱えた女子生徒は、進路指導より育児指導を受けるようになる。そして、10代で未婚の母となった少女は、暗い下層階級を形成し、そこから抜け出せなくなってしまうのだ。

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(左: 小出恵介  /  中央: 江原穂紀ことハン・ホノリ /  右: コスプレ姿の母親)

  アジア系移民は多くの問題を抱えているが、だからといって移民が全員悪いわけじゃない。日本人でもトラブルを起こす者は多いし、兇悪犯も現れている。しかし、わざわざ余計なトラブルを増やすことはないだろう。日本人の子供だって教育するには大変なのに、さらにアジア人の子供まで抱え込むなんて馬鹿げている。それに、大半の政治家が提唱するように、日本人の出生率が低いから外人を輸入して人口を増やそうなんて考えは、狂気の沙汰。そんなに事をすれば、アジア移民の人口が激増するだけで、却って日本人の出生率が減少するだけだ。マスコミはフランスの出生率が上昇したと騒いでいるが、それはアフリカ系やアラブ系の人口が増えたためであり、昔ながらのケルト人が増えた訳じゃない。ガリアの地にガリア人の血が消えかかっているのに、「ガリア人」じゃない黒人や中東アジア人が大繁殖している、というのがフランスの現状である。もし、日本政府が移民導入で人口を増やしたいのなら、支那から1億人、インドから1億人、アフリカと中東アジアから1億人を輸入すればいい。あっと言う間に4億人の日本になるじゃないか。

  だが、こうなれば日本消滅に等しくなる。地理的に日本が存在しても、種族的・文化的に見れば、我々が愛する日本ではない。日本の伝統は日本人の血と肉を受け継ぐ子孫が担うもので、フィリピンの土人や銭儲け主義の支那人、日本を恨む帰化鮮人などが相続する民族的遺産ではない。残念ながらあと半世紀もすれば、TBSやNHKが望む多民族共生の日本になっているだろう。しかし、TBSの社員はアメリカのように民族別チャンネルが増えて歓喜の声を上げるかも知れないぞ。米国にスペイン語チャンネルがあるように、我が国でもタイ語の娯楽番組とか北京語のディズニー・チャンネル、フィリピン人向け歌謡ショーが増設されて、多彩な文化の共存になるだろう。日本人向けのテレビ局はBS放送だけ、という時代になったら寂しいよね。



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