無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

2018年07月

「人権」なんかいらない ! / 更なる不幸に陥る被害者

教科書に載せて全日本人に知らせたい現代史 支那人の卑史 朝鮮人の痴史
黒木 頼景
成甲書房

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殺人鬼が生き延びた日本

Asahara 2  7月6日午前、各テレビ局は一斉に「オウム真理教の麻原彰晃(松本智津夫)がついに死刑に !」との速報を流した。惟(おも)うに、地下鉄サリン事件が起きたのは1995年3月20日。我が国の首都で早朝に起きた無差別大量殺人は前代未聞のテロだった。化学兵器による殺戮事件なんて警察も予想していなかったから、駆けつけた現場の警察官や救急隊は犠牲者を救出するだけで精一杯。構内でのサリン除去など到底無理だから、自衛隊の緊急出動となった。やはり、いざという時に頼りになるのは軍隊だ。しかし、注目すべきは、普段から自衛隊を敵視する知識人や評論家が沈黙したまま、雲隠れしたことだ。

  非情な現実を目の当たりにした空論家は、ただ唖然とするばかりで、自分の甘さを反省する事が無かった。事件前なら、彼らの威勢は天井知らずで、自衛隊が生物・化学兵器に対する防禦や研究を行おうとすれば、即「軍国主義の復活だ !」「戦前に戻るな !」と喚(わめ)きたて、愛国的な自衛官を叩いていたのに、いざ国内テロが起きると、過去の発言に蓋をして、犠牲者に哀悼の意を捧げる“善人”に変身だ。卑怯にも程がある。そう言えば、同世代の自衛官を「恥」と呼んでいた大江健三郎がどう思っていたのか、朝日新聞は取材すべきだろう。でも、同じ穴の狢(むじな)同士じゃ無理かもね。

  刺戟的な話題なら何でも歓迎するワイドショーは、朝から麻原の死刑執行に騒いでいたが、問題は「死刑が執行された」ことではなく、「執行が長いこと延期」され、麻原が“のうのう”と生きていたことだ。惨劇から20年以上じゃ、被害者の方が既に亡くなっている場合もある。テレビにしゃしゃり出てくる人権派は、“死んだ”犠牲者よりも“生きている”犯罪者の「人権」ばかり尊重して、「慎重な裁判を !」と求めるが、突然命を奪われた人間やその遺族のことは二の次だ。だいたい、 「死刑は残酷だ !」と主張する連中は、ここぞとばかりに「死刑廃止は先進国の趨勢になっています!」と宣伝するが、それなら序でに「国防軍の保持は世界の常識です」と言えばいいじゃないか。でも、国民を守る軍隊は侵掠者の集団だからNG。左翼学者というのは実に忌々しい。自分の意見にとってプラスになる時は「歐米」を持ち出すくせに、都合の悪い案件になると口ごもる。手厚い福祉を勧めるときには「北歐」を持ち出すくせに、保守派が核武装論争で「歐米」に言及すると、「右翼的思考だ !」と一蹴り。漫才師の「タカ&トシ」なら赦せるけど、大学教授が「欧米か !」と頭を叩けば、保守派だって「なんだ、テメェ~!」と頭にくる。
  
  「死人に口なし」は極道だけじゃなく、法曹界でも常識となっている。殺人鬼は法律と支援者により手厚く守られているから、取調室で拷問を受けないし、ちゃんと食事を与えられて、健康面も考慮されているから、至れり尽くせりだ。しかも、良心的な弁護士まで附けてもらい、法廷で勝手な言い訳を述べる事もできる。一般人なら「この野郎!」と引っぱたきたくなるじゃないか。さらに腹立たしいのは、確信犯が僅かな可能性に賭けて、精神錯乱を装い「心神喪失状態」へと持って行こうとすることだ。怒りで震えてしまうのはこれだけじゃない。もし、容疑者や被告人が外国人であったなら、もっと厄介な事になる。取り調べを行う警察官や法廷を仕切る裁判官の側には通訳が同席することになり、ちぐはぐな遣り取りが発生してしまうのだ。タイ語とかタガログ語の通訳を介すると、犯罪を追求しようとする検事の質問が上手く翻訳されないし、答える犯罪者の回答も的外れになってしまう虞(おそれ)がある。さらに、通訳者が二流だと微妙なニュアンスが伝わらず、両者の応答が噛み合わない。尋問する日本人の方が厭になってくる。

  とにかく、我が国は犯罪者のパラダイスとなっている。仮に有罪判決を受けても、一人殺したくらいじゃ死刑にならない。家族を殺された一般国民は、裁判になって初めて「えぇっっ、何で?!」と怒りを露わにするが、法曹界の「相場」なんだからしょうがない。弁護士や検事に泣きついたって「駄目なものはダメ」と言われてお終いだ。これなら、「必殺仕置人」に頼むしかない。ただ、哀しいことに念仏の鉄やゴルゴ13は架空の人物なので、外国の傭兵や殺し屋を捜す破目になるんだが、治安の良い日本だと拘置所にいる悪党を暗殺するのは至難の業だ。後進国の刑吏なら買収できるが、日本の看守は真面目だから犯罪の片棒を担ぐことはない。結局、被害者家族は「泣き寝入り」ということになる。

  可哀想な殺人事件ではないが、オウムの村井秀夫を殺した徐裕行の件は特筆に値する。この在日朝鮮人は、山口組系の暴力団に属しており、誰の指図か判らないが、突如オウムの東京本部に現れ、村井を刺し殺した。取材記者が大勢いた中での犯行であったがゆえに、一般国民は驚愕したが、こんな不逞鮮人が日本に住み続けていたことの方が驚きである。鮮血が滴り落ちる刃物を手にした鮮人ヤクザは、逃亡を図らず、そのまま御用となって裁判にかけられたが、その刑期は呆れるほど短かった。僅か12年ほどムショに「勤め」て2007年には釈放だ。臭いけど健康的な食事を摂りながら、元気よくシャバに戻ってきた。朝鮮人の悪党にとって日本人はチョロい。殺人罪でも死刑判決にならないんだから。しかも、ちゃんと暗殺商売が成り立っている。この北鮮系ヤクザが依頼主と如何なる取引を結んだのか知らないが、何らかの報酬をもらったり、負債の帳消しをしてもらったに違いない。

  一方、テロ事件の被害者が味わった恐怖は想像を絶していた。死亡した犠牲者は喋りたくても喋ることができない。犯人擁護の人権派は、これは「しめたもの」と微笑みながら無視。もっと狡猾な奴は、鰐(ワニ)を真似て涙を流す。金日成の死を悼む北鮮人みたい。死亡者の遺族は悲痛に暮れるが、後遺症を抱える被害者も気の毒だ。猛毒の化学兵器に晒された人々は、たとえ生存できても後遺症で苦しむ。神経にダメージを受けた人は、常に何らかの痙攣に悩まされ、ひと時も落ち着く暇が無い。病院で治療を受けても完治する訳じゃないから、寝ても覚めてもイライラするし、娯楽作品を観たって面白くない。こうした日常に耐えきれなくなった人は「私の人生を返して !」と叫びたくなる。だが、教団の元信者は無一文だから賠償できないし、投獄された受刑者が「罪を償う」と述べても、犠牲者を「元の体」に戻せる能力は無い。そもそも、獄中の囚人は反省なんかせず、ただ捕まったことを「不運」と思うだけだ。こんな奴らはロシア流の強制収容所に放り込み、極寒の地でこき使ってやればいい。野蛮なロシア人に酷使され、粗末なエサと極度の疲労で息絶えた将兵を思い浮かべれば、日本の刑務所なんて常夏のハワイにある保養施設だ。

人権が宗教になっている日本

  日本の法律や制度がこうも甘くなっているのは、「人権」という害悪が広く世間に蔓延しているからだ。とりわけ、高校や大学における「人権教育」は徹底している。法学部はもちろんのこと、社会学部とか教育学部、国際関係学部などでも猛威をふるい、医学部や工学部といった理系も例外ではない。法学を専攻する学生じゃなくても、一般教養で刑法や憲法の講義を受けたりするので、知らず知らずのうちに「人権教徒」にされてしまうのだ。日本人は元々「よそ様」とか「ひと様」という言葉で他人を敬い、「お客様は神様」といった意識も強いので、簡単に騙されてしまう。特に、「人権思想入門」といった授業なんか取ったら最悪だ。社会学部の教授を務める横藤田誠(よこふじた・まこと)と中坂恵美子なかさか・えみこ()が執筆した『人権入門』は本当に酷い。学術書というより、共産党の「アジビラ」だ。彼らは1993年の「ウィーン人権宣言にある「すべての人権は、人間に固有の尊厳と価値に由来する」という前文を用いて、「普遍的価値」を強調するが、こんなセリフは「空気の振動」に過ぎない。貧乏人のお風呂と一緒で「湯だけ(言うだけ)」だ。入浴剤すら無いサラ湯。水だって世界各地で異なり、信州や六甲の貴重な名水もあれば、「ミネラル・ウォーター」に偽装される支那の汚水もある。人生色々なら、「人権」も色々だ。実際、支那の水は七色に光っている。(別に、虹が映っている訳じゃないぞ。ヒントは重金属。)

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(左: 支那人    /     右: アフリカ人)

  日本の法学者は三度の飯より「世界人権宣言」が大好きだ。ここには「すべての人間は生まれながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利において平等である」と記されているが、こんなのは日本とヨーロッパだけで通用する話である。暗黒大陸のアフリカやアジア、南米では「絵に描いた餅」どころか、道端に落ちている「吸い殻」程度である。いくら西歐の知識人が「人間の尊厳」を謳っても、窃盗犯の手首を切断するアラブ人や敗者のペニスをトロフィーにするアフリカ人には理解できない。せいぜい、馬の耳に念仏といったところだ。人権重視を訴えるユダヤ人だって、祖先は驚くほど残酷で、姦通を犯した女を捕まえると、首から下を地中に埋めて、地上に出ている顔を目がけて小石を投げつけていた。みんなで「この淫売!」と罵り、石打ちを続けながら楽しんでいたんだから、どこが「人権重視」の民族なのか? 旧約聖書の「ヨシュア記」を開くと、異民族の皆殺しがたくさん紹介されているから、日本人でもセム種族の残忍さに気付く。これはイスラム教徒も同じで、姦通罪に対する刑罰は今でも厳しい。中には激昂する男もいて、不貞女の顔に硫酸をかける奴がいる。(筆者は「化け物」になった女性の顔写真を持っているけど、これを掲載するとライブドア社から閉鎖命令を受けるので断念した。検閲は日本の至る所にあるんだよねぇ。)

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(左: イスラム教徒の女性  / 右: 石打の刑に処せられる女性 )

  国家による拷問や残虐な取り扱いは基本的に良くないが、それは「いつ」でも「どこ」でも墨守されるものではなく、時と場合によっては必要となる。広島大学に勤める極左教授の横藤田と中坂は、アメリカ軍がイラクのアブグレイブ刑務所で囚人を凌辱したことに触れ、国家権力による「非人道的な扱い」や「品位を傷つける取り扱い」を非難する。彼らは刑務所内の囚人が裸にされ、屈辱的な姿を撮影されたことに同情を示すが、テロの犠牲者になるかも知れない一般人に関しての心配は無い。そもそも、外国人のテロリストには「人権」くらいはあろうが、「合衆国公民が有する権利」は持っていない。これは刮目すべき点である。つまり、アメリカ国民は共和国の成員に付与された特権を持つが、異郷のよそ者は持っていないのだ。米国内で外人が大切にされるのは、出身国の政府が自国民の保護と平等な取り扱いを依頼するからである。無差別テロを仕掛けようとする外人をアメリカ国民と同じく扱っていたら、犯行計画の捜査が一向に捗らないし、手遅れとなれば大勢の犠牲者を出してしまうだろう。しかし、だからといって米国内で拷問を行うことはできないので、近場のキューバにグアンタナモ収容所を造り、人目を避けて悪党を締め上げていた。一方、脳天気な日本だと、破壊工作を目論むスパイを拷問どころか、処罰すらできず直ぐ保釈となる。だって、スパイ防止法に反対する議員が彼方此方にいるんだから。

必要悪となる人権無視

  日本ではテロリストを捕まえて拷問にかけることはできない。しかし、それをしなくて済むのは、日本が国防を米国に委ね、比較的治安の良い島国だからである。「人権」というのは野蛮国に対して要求する概念で、高度文明国の日本には必要ない。「せめて人権くらい・・・」と言いたくなるのは支那人に対してで、北京政府に抗議する民間人を戦車で轢き殺す連中にこそ相応しい言葉である。支那は地上最低の国なので、悠久の歴史を通して形成される「古来の自由」とか「国民の権利」といったものは一切無い。一般人なんて虫けらと同じ。殺虫剤でゴキブリを殺したって殺虫罪に問われないじゃないか。食人慣習を持つ支那人だと、「えっ?! 犬はいいけど人間は食べちゃいけないの?」と訊いてくる。日本人は人間と牛豚の区別をつけない支那人に困惑するが、食事の誡律を持たない蛮族だから、人間だってれっきとした「食材」だ。赤ん坊の蒸し焼きが旨いから食べただけである。驚く日本人の方が変だ。

  一人一人が大切にされる日本では、無意識のうちに「ひと様の権利は貴い」、あるいは「よそ様に迷惑をかけてはならない」といった考えがある。日本人が思い描く「人間」とアジアに棲息する「人間」との間には雲泥の差が存在し、月とスッポンどころの比じゃない。だいたい、天皇陛下を敬う礼儀正しい「臣民」と、支那皇帝に隷属する下劣な「平民」が同じなのか? この程度の認識すら持っていない学生だから、左翼教授に丸め込まれてしまうのだ。中坂はアメリカ軍の囚人虐待を非難する箇所で、日本の外国人登録制度や指紋押捺制度を取り上げ、定住外国人の品位を傷つける取り扱いだ、と怒っていた。(『人権入門』 法律文化社、2008年、 p.52) 反論するのもアホらしくなるけど、我が国に居坐る在日朝鮮人を管理することが、テロリストへの拷問と同じレベルなのか?  我が国に害を為す朝鮮人工作員を野放しにしておいて、受刑者の「人権」を尊重するなんて馬鹿げている。さらに、中坂は収容施設で懲罰的に行われる皮手錠や刑務所で行われる身体検査などもケチをつけ、“非人道的”で、囚人の“品位を傷つける”取り扱いだと述べていた。なぜなら、皮手錠で縛られた受刑者は犬食いを強いられるし、入所する新入りは刑務官により肛門を指で調べられ、屈辱的な扱いを受けるからだ。それなら、中坂はフィリピンやベトナム、ラオス、カンボジアの刑務所を観てこい。ゾっとするような光景を目にすることができるだろう。特に、支那の刑務所では拷問なんか当り前。受刑者が苦痛に耐えかねて自殺するんだから、まさに地獄を凌ぐ特別施設だ。あの支那人が三途の川を泳ぎたくなるんだから凄い。

Filipino prisoners 2Thailand Prison 1








(左: フィリピンの刑務所  /  右: タイの刑務所)

  日本の法学部教授とか憲法学者の話をすると長くなるので、別の機会に譲りたいが、現在の法制度はあまりにも「人権尊重」に偏りすぎている。宗教を楯にしたテロリストは論外だが、外国人の犯罪者も堪忍できない。これから大勢の外国人労働者がやって来るという。しかし、これに賛成する国民は様々な被害を認識しているのか? 一般人は人手不足を補う「助っ人外人」と思っているが、彼らが犯罪をしでかしたとき、一体どうなるのかを考えていないのだ。もし、イスラム教徒のテロリストが無差別テロを起こしたらどうするのか?  単に道路脇を歩いていた子供や老人がクルマにはねられ、あっけなく死ぬこともあるだろう。また、帰宅途中の女性が路上で拉致され、数名の外人から輪姦されたうえに殺害されることも有り得るのだ。警察から事情を説明された家族は愕然とするだろうが、犯人が逃走して高飛びという事態も考えられるし、仮に捕まっても長い裁判になることは間違いない。「人権」を配慮された外人犯罪者には、心優しい通訳と弁護士がピタっと横に附き、公平で綿密な捜査と裁判が行われる。有罪となっても再審請求ができるし、殺人罪でも死刑になることは滅多にないから安心だ。ところが、「意外」なことに捜査や裁判の費用は日本人が払った税金で賄われる。刑務所だって「税立」なんだぞ。病気になれば治療費まで無料(タダ)ときているから、犯罪者には有利なことばかり。ところが、被害者は何年も悪夢に悩まされたうえに、毎年毎年、きちんと税金を払って極悪人に貢ぐことになる。馬鹿らしいけど、これが日本の現実だ。

  本当に腹立たしいけど、サリン攻撃で当日亡くなった人がいるのに、麻原はずっと「安全地帯」で生きながらえていた。この教祖にも「人権」とやらがあったのだろうが、もし刑務官がこれを無視してリンチを加えていたら、一般国民はどう思うのか? もちろん「処分しろ !」との批判が湧き起こるだろうが、その一方で「よくやった !」と拍手喝采する国民もいるんじゃないか。麻原のような極悪人には、生きているうちに「生き地獄」を体験させることも必要である。殺された被害者なら、あの世で「賛成票」を投じるかも知れない。民衆政を讃美する者は、死者の声も聞くべきだ。




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朝鮮系日本人が説明する「アメリカ」



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外国の左翼メディアに雇われる評論家

  テレ朝は昔からCNNと昵懇で、現在、BS朝日ではCNNの「アメリカを知るTV」という番組が毎週土曜日に放送されている。この番組のホストは映画評論家の町山智浩が務めており、その他のレギュラー出演者にはモデルの杉山セリナと女優の藤谷文子(ふじたに・あやこ)がいる。「アメリカを知るTV」といっても、知的な教養番組じゃなく、現地に住む町山が興味本位で面白そうな話題を取り上げ、合衆国の事情をよく知らない素人にも分かるよう説明する番組だ。したがって、紹介された社会問題や藝能情報が事実でも、町山の解説を鵜呑みにすると恥を掻くことになる。でも、こんな評論家の解説を本気で信じるようなら、その人の知的レベルはかなり低いから、まともな日本人が一々目くじらを立てる必要はない。

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(左: 町山智浩  / 中央: 藤谷文子  /  右: 杉山セリナ)

  それに、番組のパトロンがCNNだから、出演者が左翼系ないし軽いピンク藝人でもおかしくはないだろう。ホストの町山自身が左翼かぶれで「チョッパリ」なんだから仕方ない。彼の母親は日本人なんだけど、父親が朝鮮人だから、日本の大地に根づく国民というより、アメリカ大陸に浮遊するクラゲみたいな存在である。共同司会を務める杉山セリナも「準日本人」で、彼女の母親は日本人だが、父親はメキシコ人だ。本人の話によると、最初アメリカに渡り、その後メキシコに移り住んで少女時代を過ごしたという。だが、高校生の時に日本へ戻ってきたそうで、今はモデルとして飯を食っているそうだ。片や、時折ゲストとして招かれる藤谷文子は、女優というより、ハリウッド・スターのスティーヴン・セガール(Steven Seagal)を父に持つ二世藝人と呼んだ方が分かりやすい。合気道を用いて有名になったセガールは、アイリス系アメリカ人の母を持つが、父親はロシア系ユダヤ人なので、娘の文子は4分の1だけユダヤ人となっている。でも、彼女は普通の日本人にしか見えないし、実際、混血児という意識はほとんど無いだろう。

Steven Seagal 1(左  /  スティーヴン・セガール)
  何はともあれ、彼女が幸運なのは確かだ。元々、藤谷は女優としての才能は全く無いが、親の七光りで映画に出ることができた。ただし、ちょい役程度。いくら有名人の娘でも、親の威光だけでは成功しないから、線香花火のようにパっと光って闇夜に消えて行った。今はアメリカ人と結婚して子供を出産し、米国に住んでいるそうだから、良かったんじゃないか。一方、親爺のセガールは変わり者で、映画の共演女優にセクハラをはたらいて、数々の訴訟に悩まされていた。まぁ、自業自得だろう。「名優」色を好むじゃないが、セガールは映画で共演した美人女優のケリー・ルブロックと結婚するが、その生活も長続きせず、ドロドロの破綻を迎えたそうだ。再婚と離婚を繰り返す“懲りない野郎”だが、それでも本業の映画制作だけは続けている。が、どれもこれも似たようなアクション映画ばかり。見方を変えれば、偉大なるマンネリ男優といったところか。でも、ちょっと理解しがたいのは、彼がロシア国籍をもらったことだ。何か裏があるんだろうけど、セルヴィア国籍に加えロシア国籍まで持つアメリカ人なんて、どうかしている。さすが、世界市民のユダヤ系アメリカ人だ。

Steven Seagal & Kelly LeBrock 2Steven Seagal & Putin 3









(左: スティーヴン・セガールとケリー・ルブロック夫人  /  右: セガール、プーチン大統領、エメリアエンコ・ヒョードル)

  脱線したので話を戻す。町山氏が説明するアメリカ事情なんて笑って無視すればいいんだけど、6月9日に放送された番組内容には腹が立った。彼はアメリカにおける白人至上主義者をインタビューする、という企画で、保守系白人団体の「アメリカン・ルネサンス(American Renaissance)」を取り上げ、それを主宰するジャレッド・テイラー(Samuel Jared Taylor)氏を訪ねた。最近注目されるようになった「アメリカン・ルネサンス」は二年に一度、会員や支持者を集めた懇親会を開き、意見交換や知識人の演説を聴いたりするので、今年がその開催年となっていた。「アメリカン・ルネサンス」は「ACLU(アメリカ自由人権協会)や「SPLC(南部救貧法律センター)」といった左翼組織から「レイシスト団体」に指定され、下品な左翼分子から嫌がらせを受けている。しかし、揺るぎない信念を貫くテイラー氏は怯まない。それでも、会場を選定する際、どんな場所で開いたらいいのか悩むという。なぜなら、普通のホテルは左翼の抗議デモを嫌うので、予約を受け付けてくれないのだ。だから、今回、テネシー州の片田舎にあるバーンズが選ばれてのである。番組に映っていたけど、会場を守る警備員が結構いて、彼らを雇うだけでもかなりの出費だ。

Jared Taylor 2(左: ジャレッド・テイラー )
  CNNの「アメリカを知るテレビ」がテイラー氏を取材した背景には、主に二つの理由があった。一つは、アメリカで台頭するトランプ支持者と、彼を支援する白人団体を叩くためである。左翼メディアのCNNとしては、大統領選で恥をかかされたトランプ大統領が憎いし、その当選を実現させた白人どもを赦せない。したがって、じわじわっと知名度を上げる「アメリカン・ルネサンス」に照準を定め、何とかその印象を貶めようと図ったのだ。もう一つは、主催者のテイラー氏が日本育ちで、日本語を流暢に操るからだろう。以前、テレビ朝日の地上波番組も彼を取材し、その話を聞いたことがある。(CNNはもっと前に、サラ・シドナーSara Sidnerを派遣して、テイラー氏にインタビューを行っていた。) テイラー氏は宣教師の息子で、16歳まで日本に暮らしていたから、我々と変わりなく普通の日本語を話す。ただし、日本を離れて向かった先はイェール大学。彼はフランス語も得意で、かなりの教養人である。

  これは言いたくないんだけど、公平を期すために白状すると、筆者は以前テイラー氏と個人的に話したことがある。ある事が切っ掛けで彼が筆者に連絡を取り、「東京で会いませんか?」と誘いを掛けてくれたので、喜んで承諾した。テイラー氏と夕食を取りながら色々な事を話すことができ、とても楽しかったのを覚えている。筆者がサミュエル・フランシス(Samuel Francis)やジョセフ・ソブラン(Joseph Sobran)、ピーター・ブリンメロー(Peter Brimelow)などに詳しかったから、彼らを直接知るテイラー氏は驚いていた。筆者みたいな日本人に会ったのは始めてなんだって。でも、テイラー氏だって変わったアメリカ人じゃないのか。白人意識を堂々と公表するなんて、自爆行為と同じだから、普通の知識人じゃないだろう。でも、直接会って話してみると、テイラー氏はとても紳士的で、マスコミが創り出す「恐ろしい差別主義者」という姿は無い。たぶん、多くの日本人が好感を持つはずだ。毎度のことだけど、マスコミの印象操作というのは本当に汚い。

Joseph Sobran 1Samuel Francis 2Peter Brimelow 3









(左: ユダヤ人の米国支配を批判したジョセフ・ソブラン  /  中央: テイラー氏の盟友だった故・サミュエル・フランシス /  右: 保守系団体「V Dare」を主宰するピーター・ブリンメロー)

  現在の日本人は、韓国に住む間抜けな南鮮人と同じで、マスコミがでっちあげたイメージに踊らされている。普通の南鮮人が旅行や留学で日本にやって来ると、「あれっ、朝鮮人を拷問に掛けた残虐民族じゃない !」と知って驚く。我々なら「当り前だろう。バカ ! 朝鮮人学者の捏造を鵜呑みにすんな!!」と叱りたくなるが、情報封鎖の国からやって来た田舎者には、「親切な日本人」というのが信じられないようだ。そもそも、彼らは同胞の在日朝鮮人が意地でも帰国しないのを“どう”思っていたのか? 日本は東ドイツみたいに、銃口を向けて朝鮮人を逃がさないようにしていた訳じゃないぞ。現実は逆で、日本人が「早く帰ってくれ」といくら頼んでも、在日鮮人は梃子でも動かなかった。もし、日本政府が強制手段を取るようなら、「日本人は我々を強制連行したんだぁぁぁ」と泣き叫ぶ。それなら、「解放してあげるから、荷物を纏めて、さっさと出て行け !」と言いたくなるじゃないか。日本の敗戦で「自由」になったのなら、どうして10年、20年、30年と日本に住み続けたのか? 朝鮮人を相手にすると、本当にしんどい。

  話を戻す。町山氏は一応、テイラー氏がなぜ「白人のアメリカ」を主張するのかを紹介していた。テイラー氏は南米からのヒスパニック移民や中東アジア人からの難民が続々と流入する事で、アメリカ白人が“マイノリティー”になることを懼れ、何らかの対策を取らねば手遅れとなる、と警鐘を鳴らしている。(彼の著作『White Identity』と『If We Do Nothing』は好評で、古書業界では高値が付いている。) 事実、町山氏が提示した人口統計グラフの通り、西歐系白人の出生率は年々低下し、確実に白人の人口比率が下がっているのだ。一方、これと反比例するかのように、ヒスパニック系が総人口に占める割合は著しく上昇し、やがて白人の人口を凌駕するんじゃないか、という予想さえある。インタビューを通して、町山氏はテイラー氏の見解に否定的で、笑いながら反論を加えていたが、愛国派の日本人が聞けばテイラー氏に賛同したくなる。例えば、テイラー氏は白人だけのコミュニティーを素晴らしいと述べていた。この見解には、日本人の不動産業者も異論は無い。実際、米国各州に散在する高級住宅地とか、高値が付く不動産物件を調べてみると、地域住民のほとんどが白人で、黒人やヒスパニックの占める割合が驚くほど低い、というのが特徴だ。もし、町山氏がテイラー氏の意見に反対なら、主要メディアの有名なキャスターやテレビ局の重役、リベラル派の連邦上院議員、民衆党に巨額の献金を行うグローバリストが、“何処”に住んでいるのか確かめてみればいい。その作業を省略して、テイラー氏の意見を茶化し、日本の視聴者に「愚劣な白人至上主義者」とか、「偏狭な考えを持つ極右分子」というイメージを植え付けるのはフェアじゃない。

ポートランドが人気となった理由

  町山氏は映画評論だけではなく、米国の色々な社会問題をネタにして、インターネットやラジオ番組にも登場するが、その説明は片手落ちで眉唾物が多い。例えば、彼は赤江珠緒(元テレ朝)のラジオ番組『たまむすび』にゲスト出演し、オレゴン州ポートランドの住宅事情について話していた。以前、ポートランドは西海岸にある普通の地方都市であったが、最近、やたらと人気がうなぎ登りで、多くのアメリカ人が引っ越してくるそうだ。町山氏の解説によると、その理由は二つあって、地元の料理が旨いこと。そして、意外と法規制が緩いので企業が進出しやすいからだという。さらに、ポートランドの地元民には偏見が少なく、有色人種や同性愛者、ストリッパー、奇抜な格好をした変人にも寛容であるから、移り住んでくる人が絶えないそうだ。

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(左: ポートランドで見かける昔風の人々  /  右: 現在のポートランドに住む奇抜な人々)

  「アメリカ通」の町山氏は、DJの赤江氏やアシスタントの山里亮太を相手にして、自慢げに話していたが、筆者からすれば、「アホか、お前は!」と言いたくなる。そんな下らない理由で人口が増える訳がないだろう。簡単に言うと、街の人口が増加したのは、善良だが意気地無しの白人が多いからだ。ワシントン州も同じようなものだけど、オレゴン州は開拓民の子孫が主流の地域で、比較的柔和な白人が多い。実は、筆者の親しい友人(西歐系白人)がポートランド出身なので、現地に関して多少知識があるし、もう30年くらい前に訪れたことがある。当時を振り返ってみると、街並みと時代の変化が目に付く。当時は「片田舎の港町」といった感じで、ゴチャゴチャした人混みというものがなかった。もちろん、黒人やアジア人を街で見かけたけど、大半の白人は気さくで、リベラル派という印象が残っている。

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(左: ポートランドに住む好ましい白人家族  /  右: ポートランドをうろつく目障りな人々)

  もう10年くらい前になるが、筆者は現地のデモグラフィー(人口の民族構成)を調べたことがある。ちょっと意外だが、黒人の割合は3%ほどで、平均的な都市部だと40%くらい有色人種がいるから、ポートランドは少ない方だ。(Betsy Hammond, "In a changing world, Portland remains overwhelmingly white", The Oregonian, January 17, 2009)  黒人の人口比率がなぜ少ないかと言えば、南部人のように積極的な奴隷保有をせず、できれば黒人との係わりを避けたいと思う人が多かったからである。つまり、忌まわしい人種的摩擦を避けるには、黒人を抑圧するより、所有しない方がよいと考えたからだ。それに、南部で解放された黒人にとってオレゴン州は魅力が乏しかった。テネシー州やアーカーンソー州などで燻っている黒人からすれば、ポートランドはあまりにも遠いし、現実的な引っ越し先とは到底思えない。それよりも、ニューヨークやシカゴの方がよっぽど魅力的だ。

  オレゴン州に黒人奴隷が少なかったと言っても、やはりアメリカの一部であることには変わりがない。第19世紀から第20世紀初頭にかけて、アメリカ人の企業家は支那人のクーリー(苦力)を輸入し、鉱山労働や鉄道建設に使っていた。ただし、現地人にとってラッキーだったのは、クーリーの大半が妾や妻を伴わぬ独身者であったことだ。支那からの筋肉労働者は、基本的に「出稼人」で、小銭を貯めたら故郷に帰るつもりであった。それに、もし、この不潔な賤民が増殖したら、銃で撃ち殺したり、寝泊まりしている小屋を焼き払ってしまえばいい。日系移民なら激怒するが、支那人だと故郷で“経験”済みの迫害だから、「毎度の災難」として諦める事ができる。だいたい、支那の匪賊に比べれば、アイリス系アメリカ人の襲撃なんて子供の“討ち入り”みたいなものだ。いくら兇暴な白人労働者でも、支那人を捕まえてちょっとづつ肉を削ぎ落としたり、腹を切り裂いて大腸を引き摺り出したりはしないだろう。(漫画『ベルセルク』でグリフィスが受けた拷問を思い出せば、高校生でも理解できるだろう。支那人の酷刑は日本人の想像を超えているから、普通の人では信じることができない。)

Chinese immigrants in Oregon 1Chinese immigrant in America








(左: オレゴン州にやって来た支那移民の家族  /  右: 支那移民の追放を訴える風刺画)

  しかし、時代の変化というのは恐ろしく、オレゴン州にも移民の波が押し寄せてきた。以前なら、白人が多数派であるコミュニティーを求めて他の州から白人がやって来たんだけど、最近では、その噂を聞きつけたのか、怪しげなヒスパニックやアジア人も増えてしまった。10年くらい前なら、クラーク・カウンティー(郡)に於ける白人の割合は約85%で、“好ましい居住空間”ということだったが、今ではその比率が著しく低下しているそうだ。町山氏が述べていたように、ポートランドはリベラル思想が浸透しており、ゲイとかストリッパーでも寛大に扱う気風がある。だから、みっともない格好をしたクズ白人や左巻きのインテリ白人が賃貸長屋(アパートメント)に引っ越してくるし、それに便乗してアジア人と南米人も流れ込んでいるという。こうなると、快適で安全な白人コミュニティーを期待して住宅を購入した中流階級の白人はガッカリするだろう。せっかく、大金を払って念願の屋敷を購入したのに、忌まわしい黒人や南米人、東洋人が増加したんじゃ、資産価値の大幅な下落は避けられない。

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(左: オレゴン州に住んでいる従来の白人家庭  /  右: 赤ん坊を迎えたゲイ・カップル)

  こんなことくらい、普通の日本人だって分かるだろう。もし、若い新婚夫婦が土地と住宅を購入するとなれば、隣近所とか生活環境を調べるはずた。例えば、近くにいい幼稚園や小学校ががあるのかとか、便利な食料品店やお洒落なレストランがあるのか、設備の整った総合病院、緑豊かな公園、犯罪者や変態を取り締まる交番、音楽コンサートが開かれる文化施設などが存在するかをチェックし、街全体の雰囲気(土地柄)も考慮に入れるだろう。これは論外だけど、もし購入予定地の近くに朝鮮人部落あったら、一般の日本人は絶対に買わないはずだ。これから何十年も住むことになる自宅の近所に、不愉快な集落があるなんて耐えられない。それに不動産屋だって、売れ残りを危惧するから、販売価格を大幅に引き下げ、「お買い得物権」にするしかない。たとえ、こうした難点をクリアーしたとしても、数年後にアジア人技能実習生が住みついたり、フィリピン・バーとかパチンコ屋ができれば、せっかくの邸宅も悪夢の牢屋になる。借金を抱えて購入したから、途中で売却する訳にも行かないし、仮に転売しようにも資産価値が目減りした物権では、買い手が見つからず、二束三文で叩き売るしかない。移民社会を甘く見ている日本人は、いずれ後悔することになるだろう。

Trump in Oregonblack people in PA








(左: ポートランドで支持者に歓迎されるドナルド・トランプ  /  右: トランプ大統領を嫌う人々)

白人が白人同士で住む罪とは?

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(左: イスラエルの街中で口論を繰り広げるユダヤ人  /  右: イスラエルの黒人差別を糾弾するアフリカ系国民)

  町山氏はトランプ大統領や移民を排斥する白人が嫌いなようで、テイラー氏に対しても批判的である。彼は色々な民族が混在する「多様な社会」を好んでいるらしく、テイラー氏のような「白人至上主義者」とか「オルタナティヴ・ライト(新種の右翼)」を蔑んでいる。しかし、ゲルマン系やケルト系の白人が作った共和国で、白人が主役となり、白人が快適な生活を求め、その意見を“自由に”述べることが、なぜ“いけない”のか。アフリカ人だって、黒人同士で住んでいるし、モンゴルに行けば、モンゴル人だけで幕屋に住んでいる。イスラエルはネオナチの巣窟で、アシュケナージム系のユダヤ人が「俺たちは白人だ !と豪語し、褐色のパレスチナ人をぶち殺し、ベドウィン系の浅黒いユダヤ人を小馬鹿にしている。しかも、女が聖職者になることや説教壇に立つことも御法度だし、同性愛者なんか石をぶつけて殺してしまえ、という雰囲気だ。これじゃあ、ヒトラーもゲッペルスも真っ青だ。地獄にいるヒトラーが「そこまでしなくても・・・」と呟くんじゃないか。

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(左: イスラエル軍に虐殺されたパレスチナ人の幼児  /  右: イスラエルの警察に取り押さえられたエチオピア人の抗議者)

  だいたい、白人が白人同士で住むと、「何」が問題なのか? 日本の歴史学者は大抵「文系」上がりで、物理学や数学が苦手だから、別の角度から物事を観察するという意識が低い。恩師が出版した下らない論文を称讃し、渡された教科書を丸暗記して大学教師になった連中は、「白人どもはケシカラン」という固定観念でしか考えることができないのである。ユダヤ人学者による巧妙な心理戦とか宣伝戦に気が付かない。まぁ、アメリカの軍事専門家だって、大学院生に戦略論や心理戦を教えているくせに、ユダヤ人の策略に嵌まっているんだから「灯台もと暗し」と言いたくなる。日本の自衛官は戦略家のエドワード・ルトワック(Edward Luttwak)や哲学者のレオ・シュトラウス(Leo Strauss)に感心しているけど、彼らの奥底にある思想を分析してみると、「なんだ、やっぱりユダヤ人らしいなぁ」と判るはずだ。カナダ人学者のリカルド・ドゥシェイン(Ricardo Duchesne)は、優秀な西歐史の研究家で、ユダヤ人の学術的ペテンに気付いているが、日本では全く紹介されない人物である。筆者は彼の著作を持っているが、普通の図書館では購入していないはずだ。彼の学術書は素晴らしいが、左翼系の図書館員からすれば「右翼本」に見えるからダメ。日本の大学生は最初から検閲制度の中で勉強していると言えるんじゃないか。

Edward Luttwak 1Leo Strauss 1Ricardo Duchesne 1









(左: エドワード・ルトワック  / 中央: レオ・シュトラウス  /  右: リカルド・ドュシェイン)

  またもや脱線したので話を戻す。町山氏は番組でちょくちょく藤谷文子と対談し、在米外国人や南米移民に厳しいトランプを非難するが、筆者は「お前ら、いったい何人なんだ?」と問いたい。彼らは命を懸けて守りたい「国家」を明言すべきだ。たぶん、困惑して「えぇ~ぇ、そんなの考えたことなぁぁ~い」と答えるだろう。彼らは核ミサイルが「あと二分で着弾します」と聞いても、髪のパサツキを気にしてリンスを買いに行く女子高生と同じタイプだ。共同司会者の杉山セリナも町山と一緒になって、西歐系アメリカ人を批判するが、彼女にはその資格があるのか? 杉山氏は番組の中でメキシコの治安問題や政治腐敗を歎くが、その心優しい混血女性は、メキシコに永住せず、母親の祖国である日本に戻って、華やかな藝能生活を送っている。そんなにメキシコ人を大切に思うなら、日本に居坐ってないで、日本国籍を放棄して、メキシコ社会のために尽力すればいいじゃないか。豊かで安全な日本に住みながら、綺麗事を述べるだけなら誰にでもできる。杉山氏はヒスパニック移民を嫌う白人を軽蔑するが、彼女だってメキシコを見限り、自分の同胞を見棄てて日本に移ってきたじゃないか。第三世界の移民を嫌う日本人をどうこう批判する前に、母親の祖国を偉大にした英霊に感謝しろ。

Hispanic gangs 6Hispanic gangs 2








(左: アメリカに浸透するヒスパニック・ギャング  /  右: メキシコ人を不安に陥れる地元のギャング)

  CNNはグローバリスト企業だから、国家の伝統や歴史、部外者を遮断する国境とか、民族の血統を大切にするナショナリストが大嫌いだ。巨大メディアの経営者や論説主幹は、国境に囚われない資金を推奨し、いつでも好きな時に好きなだけ、“使い捨て”にできる安い労働者を重宝する。だから、大地に根づく愛国者を排斥する一方で、何処にも属さない根無し草の地球市民を歓迎するのだろう。朝鮮系の町山、ヒスパニック系の杉山、ユダヤ系の藤谷を見れば、CNNがどんな採用基準を取っているのかが解る。これはCNNばかりではなく、PBSやCBSについても言えることだが、日本の仲間や歴史を愛する日系日本人のキャスターなんが絶対に雇わない。なぜならば、日本の愛国者だと、テイラー氏のように建国の父祖やイギリス系入植者を褒めてしまうからだ。

  こんなことは専門書を調べずとも、ちょっと考えれば直ぐ解るじゃないか。例えば、幕末の日本人はほとんどが攘夷論者だったから、今で言えばコチコチの排外主義者となる。しかも、当時の我が国は全国津々浦々日本人だらけで、異端の仏教と土着の神道が融合し、誰も彼もが朝廷を敬っていた。さらに、その皇室は萬世一系で、男系男子しか皇位に就けない。これじゃ、ウルトラ血統主義である。また、性差別も“ケシカラン”の極致で、「男の子は泣くんじゃない!」とか「良妻賢母が女性の理想」ときているから、フェミニストは「怒髪天を突く」といったところか。日本では女房が亭主に三行半を突きつけるし、財布の紐まで握っているから、オバタリアンは世界最強だ。左翼どもは悔しがるけど、江戸時代が終わって明治になっても、日本人は同じ民族で暮らしていて、不幸どころか幸せだった。黒人やユダヤ人と一緒じゃなくても寂しくない。朝鮮を併合しても、朝鮮人を拒み、自らを「内地人」と称する日本人は、徹頭徹尾「身内贔屓」だった。

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(左: 少数派になるアメリカ人家族  / 右: 多数派になるムスリム家族)

  CNNといった左翼メディアが恐ろしいは、米国で成功した多民族主義を日本にも押しつけようとするからだ。つまり、むかし流行った「革命の輸出」である。反トランプのCNNにとり、町山と杉山は「便利な馬鹿(useful idiots)」で、何も疑わず「民族的多様性の社会」を“素晴らしい”と褒めている。特に、米国に居住する町山は、アジア人意識が強いのか、矢鱈と白人社会に文句を垂れているから、本当に「みっともない」というか、「日本人」とは思えないくらい図々しい。そんなに白人社会が嫌なら、父の祖国である南鮮に住めばいいじゃないか。だいたい、日本人は米国の「白人至上主義者」とか「右翼レイシスト」と耳にすれば、即座に拒絶反応を示すが、それは無意識のうちに白人に憧れているからだろう。つまり、仲良くなりたいが、人種が原因でフラれてしまうから、
ストーカーのように逆恨みしてしまうのだ。呆れてしまうけど、本人にその自覚が無いので仕方ない。それはさておき、そもそもアメリカ合衆国が白人だらけになったとして、東京や大阪に住む日本人に何の不都合があるのか? 米国に旅行したって何も困らない。例えば、フロリダ州のディズニー・ワールドに行って、ヨーロッパ風のお城を眺め、そこに白人のお客がいても、これといった問題は無いはずだ。お洒落なレストランでディナーを楽しみ、綺麗なホテルで宿泊するが、ふと見渡せば周りは白人だらけ。すると、思わず涙が流れてくる日本人、なんて居るのか? 下痢でウンチ漏らした子供なら分かるけど。

  CNNが白人至上主義者を嫌うのは、グローバリストに立ち向かう白人が“団結”してしまうからだ。巨大な権力を有する者が使う手口は決まっていて、それは「分断して支配せよ !(Divide and Rule)」の原則である。搾取したい白人が砂粒のように無力であれば制禦しやすいし、たとえ反抗しても容易にひねり潰せる。合衆国海兵隊を少しでも知る者なら分かるけど、優秀な将兵は「チーム・プレイ」を重視する。個人の勝手な活躍より、各人が協力し合って行動する方が有効であると考えるからだ。これは歴史を振り返ってみれば理解できる。古代ギリシア人の戦士は、アキレウスのような英雄に憧れたが、共和政ローマの軍人は無名の戦士を重んじ、個人プレーより、密集形態での攻撃や組織的な戦法を好んだ。西歐人が世界各地で征服者になれたのは、高度な科学技術と合理的な組織運営を兼ね備えていたからである。グローバリストは白人のナショナリストを潰すために、自分の手を汚すようなことはしない。必ずバカを利用する。そう言えば、なぜ大富豪のジョージ・ソロスが、気前よく巨額な資金をヒスパニック団体や黒人活動家に流すのか? このハンガリー系ユダヤ人は寄生先を安全な住処に改造するため、黒人と白人を対決させ、共倒れになるのを望んでいるのだ。日本人はペントハウス(高層ビルの最上階)から下界を眺め、ニコっと笑みを浮かべる悪党に気付かない。本当に脳天気な民族である。

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(左: 武闘派黒人グループ「ブラック・パンサー」のメンバー  /  右: ジョージ・ソロス)

  町山氏が出演する番組に関して長々と述べてしまったが、アメリカ人は非日本的な日本人を採用する傾向が強い。偶然なのか意図的なのか分からないが、間違っても保守派の知識人を起用することはないだろう。まぁ、外国の放送局だから仕方ないげと、それを見ている一般人は知らぬ間に洗脳されてしまうから注意が必要だ。無料(タダ)ほど恐ろしいものはない。例えば、もし、インターネットで見せてくれる無料動画にコンピュータ・ウィルスが仕込まれていたら大変だ。それと同じで、もし娯楽番組や報道番組という看板の裏に、悪質な思想が埋め込まれていたら、素人の視聴者は簡単に騙されてしまうだろう。映像のプロは一般人がどんなものに興味を示し、どのような反応を見せるのか予想できるので、トリックを用いた「報道ドラマ」を制作できるのだ。CNNやABCには、エドワード・バーネイズ(Edward L. Bernays)のようなプロパガンダの専門家がいると思った方がいい。日本人はテレビを見るとき、支那人が作った餃子でも思い出すべきだ。何の肉だか判らない具材を正体不明の皮で包み、排水溝で取った油で炒めるんだから、食べていて気持ちが悪い。もしかすると、伝染病で死んだ豚の肉だったりしてね。でも、日本人は厨房を覗かないから、平気で食っている。なぜなら、挽肉の中にゴキブリが入っている訳じゃないから気にならないし、たとえ調理人の鼻水が滴り落ちても、肉の餡を混ぜてしまえばOKだ。支那人からすれば、「どうせ食べるのは日本人で、俺の家族じゃない」と思っているから至って平常心。たとえ、こうした不潔食材がバレても、支那人なら「農薬が入っていなかっただけでも有り難いと思え !」と開き直るだろう。テレビ番組と支那料理は「制作過程」をよく調べるべきだ。



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