無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

2018年10月

言論の自由を進んで放棄する日本人

教科書に載せて全日本人に知らせたい現代史 支那人の卑史 朝鮮人の痴史
黒木 頼景
成甲書房


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知事が判断する差別表現

hate crimes 1Koreans in Protest 3








  今週、東京都議会がヘイトスピーチに関す規制条例を賛成多数で可決したという。この条例が実施されると、都知事が特定の人種や人物に対する差別に当たるのかを判断し、もし該当するとなれば、差別主義団体(あるいは個人)の名前を公表し、公共施設の使用を制限したり、ネット動画の削除を要請できるそうだ。LGBTをめぐる『新潮45』の騒動も後押しになったのか、都議会の人権派は熱心に差別撤廃を訴えていたから、ボンクラ議員もそれに付和雷同し、「みんな賛成」で通過したのだろう。大抵の議員は「差別」という言葉に弱く、言論の自由を守るより、自分の評判を守ることに必死である。もし、国民の自由を守るために人権派と対決するとなれば、朝日新聞や毎日新聞、東京新聞、NHKからテレビ東京までの大手メディアを敵に回すことになるし、理由もなく「レイシストの味方」とレッテル貼りをされるから、この件に近づかない方が悧巧と考える。第一、言論の自由を守ったからといって、いったい何票の得になるというのか? 選挙の時、普通の都民はそんな権利擁護を考えない。むしろ、「あの右翼みたいな議員さんね !」と思い出し、綺麗事を語る左翼候補の方に投票してしまうのだ。

  こうした憎悪規制条例は人権活動家や朝鮮系左翼にとって有利な武器となる。というのも、保守派はインターネットの動画やブログ、あるいは総合雑誌で自分の意見を表明し、有害な活動を展開する反日分子を“言論”で批判する事を常とする。一般的に保守派言論人の多くは、共産主義者や左翼学者、ゴロツキ活動家から批判されたからといって、裁判に訴え「名誉毀損だ」と騒ぎ立てようとは思わない。しかし、在日鮮人や朝鮮系帰化人、および各種の反日勢力は、「民族差別に基づくヘイトだ !」とわめき散らし、法廷や役所、議員事務所に押しかけて、法的に叩き潰そうとする。彼らは言論で勝負すれば確実に負けると思っているから、堂々と議論を闘わせることはしないのだ。もし、雑誌の記事で批判されれば、その執筆者に対する反論を書くことはせず、代わりに「偏見だ ! 差別だ !」と騒いで、雑誌そのものを廃刊に追い込もうとする。地上波のテレビ局とグルになった左翼陣営は、雑誌のスポンサー企業にも圧力を掛けるので、イメージ・ダウンを恐れる広告主が雑誌社から撤退しようとするのも無理はない。

  また、「ヘイト」かどうかを判断するのが都知事というのも危険な兆候だ。どこの知事も大衆迎合型の政治家だから、たとえ国益派の人物が正論を吐いても、朝鮮人や支那人に関する批判記事となれば、日本擁護の言論は「差別を助長する偏見」と判断されてしまう。とりわけ、支那人や朝鮮人の正体を暴く告発や、特定アジア人にとって都合の悪い暴露記事というものは、多かれ少なかれ批判される民族の感情を害するので、直接関係が無い人でも不愉快になる。例えば、在日南鮮人が殺人や強姦を犯したとき、その容疑者の国籍や経歴、本名を公開すると、朝鮮人全体のイメージが悪くなるので、朝鮮系活動家は目くじらを立てて怒り出す。そして、この扇動家に追随する一般鮮人も、詳しい事情を知らないけど、感情的になって憤慨するはずだ。しかし、なぜ彼らは犯人の素性に敏感となるかには触れようとしない。いや、触れたくないのだろう。どの民族にだって悪人はいるもので、朝鮮人だけが特別に犯罪者という訳でもあるまい。それでも、朝鮮人は日本人からの拒絶反応に苛立ってしまうのだ。というのも、朝鮮人自身が昔の「不逞鮮人」を覚えており、その過去が蒸し返されるのを恐れているからだろう。都知事だって朝鮮人関連のイザコザはヤバい、と判っているので、“弱者”とされる朝鮮人の味方になって、“レイシスト”の日本人活動家を懲らしめる。そもそも、都知事というのは日本の政治家なのに、保身のために我が国を憂う同胞を敵と見なすんだから、「どっちの立場なのか」と問いたくなる。

  ヘイトスピーチ規制法ができると、国家・国民を大切にする保守派は窮地に立つ。歐米諸国と同じく、日本でもテレビや新聞は左巻きで、保守派は右翼か軍国主義者、国粋主義者と相場が決まっており、吊し上げの対象でしかない。ところが、エスニック団体とか同性愛者、性転換者、共産党系の人権活動家、左翼弁護士、ピンクや深紅の大学教授などは固い絆で結ばれた非公式の「盟友」で、この「仲間」が攻撃されたときは援護射撃をするのがメディアの「掟」となっている。朝鮮人擁護を社是とするNHK、TBS、フジテレビ、朝日新聞、東京新聞、共同通信などを見れば解るじゃないか。LGBTをめぐる論争となれば、こうしたメディアは必ずゲイやレズビアンの側に立って社説を書くし、ニュース解説者や論説委員は“偏見と差別”に満ちた「右翼」を叩く。メディアはいくら左翼偏向でも、自称「公平中立」だから、断片的な知識しかない一般国民は、やはり大手メディアの方を信じてしまうのだ。笑ったら失礼だけど、未だにNHKが最も信頼できる情報源と考えている一般人は意外と多い。「CMが無いから高級」と考える国民には附ける薬が無く、朝日新聞を読んでも平気な中高年層は、早めに来世に旅立ってもらうしかないけど、こんな人に限って長生きなんたよねぇ。

臆病になった国民と勇気をふるう国民

  アメリカでもヘイトスピーチの規制は厳しく、マスメディアは「弱者」に味方するが、その際にも「さじ加減」というか、独自の「好み」が存在するという。或る二つの殺人事件が起きたが、メディアの扱い方には違いがあった。1998年六月に高校中退者のアーロン・マッキニー(Aaron McKinney/ 22歳)とラッセル・ヘンダーソン(Russell Henderson / 21歳)は、ワイオミング大学に通うマシュー・シェパード(Matthew Shepard / 21歳)とララミーにある酒場で出逢った。目撃者によって多少の食い違いはあるものの、三人は酒場を出ると、ピック・アップ・トラックに乗り、人気の無い場所に向かったそうだ。法廷に現れたヘンダーソンの証言によると、相棒のマッキニーが急にシェパードを殴りだしたそうである。そして、通りを外れた場所に辿り着くと、ヘンダーソンとマッキニーはトラックからシェパードを引き摺り出し、彼の両手を背後で縛り、近くにあったフェンスに引っ掛けたそうだ。シェパードの足は地面から数インチ浮いていたそうで、ヘンダーソンとマッキニーは彼の金銭を奪うと、猛烈に殴り始め、スミス&ウエッサンのマグナム拳銃で18回も殴打されたという。18時間後、シェパードがレジー・フラッティー保安官に発見された時、彼はまだ生きていたが、六日後に息を引き取ったそうである。

Russell Henderson (L) & Aaron McKinney (R)Matthew Shepard 2









(左: ラッセル・ヘンダーソンとアーロン・マッキニー  /  右: マシュー・シェパード)

  それからに三週間後に、別の殺人事件が起きた。38歳のケヴィン・ロビンソン(Kevin Robinson)は、15歳のダフネ・サルク(Daphne Sulk)殺害の容疑で逮捕されたという。惨殺され、冷たくなったダフネの遺体は、ララミーにある丘で発見されたそうだ。ロビンソンの供述によると、あるグループの会合で知り合った二人は密かに交際を化されたが、ある日、彼女が妊娠したことで口論になったらしい。しかし、ダフネが堕胎を拒否したので、激昂したロビンソンは彼女を17回も刺し、血を流すダフネをそのままにして、雪で覆われた丘に遺棄したという。何とも酷い刺殺事件だが、アメリカでは珍しくない犯罪である。

  二つの殺人事件は同じ地域で起きたにもかかわらず、その報道は違っていた。マシュー・シェパードの事件は全米ネットワークで大々的に報じられ、『タイム』誌の表紙にもなったくらいで、「ヘイト・クライム」を代表する事件であった。しかも、演劇やTVドラマにもなったというから、マスコミの情熱といったら相当なものである。それにしても、マスコミはなぜこれ程までに騒いだのか? それはシェパードが同性愛者であり、ヘンダーソンとマッキニーが異性愛好者(heterosexual)であったからだ。左翼偏向のリベラル・メディアにとって、同性愛者は鄭重に扱うべき「弱者」で、その少数派を痛めつける者は極悪人となる。一方、ダフネ・サルクは“か弱い”女性なのに、その死が雑誌のカバー・ストーリーになることはなかった。当然、TVドラマ化されることもなければ、ロウソクを掲げた追悼集会すら催されることはなかった。なぜなら、ダフネは中絶を拒否したことで殺されたからである。そして、驚いてしまうけど、ロビンソンによる兇行が「ヘイト・クライム」のレベルに達していなかったからだ。1990年のヘイト・クライム統計法によれば、「ヘイト・クライム」というものは、特定の人種や宗教、出身民族、身体障碍、性的嗜好に対する偏見が動機とされている。ダフネの事件はこの定義に該当しないから、「ヘイト・クライム」ではないとされたのだ。( Tammy Bruce, The New Thought Police, Pima Publishing FORUM, Roseville, 2001, pp.36-37)

Daphne Sulk 1(左  / ダフネ・サルク )
  しかし、17回も刃物で刺されれば、憎しみによる殺人じゃないのか。ゲイを撲殺することと、妊婦を刺殺することは、どちらも残虐な兇悪事件であり、とうてい赦されない犯罪であるはずだ。それなのに、同性愛者のシェパードは可哀想で、中絶を拒んだダフネはどうでもいい、なんて酷いじゃないか。マスコミは命の重さに等級をつけている。これは筆者の邪推になるが、もしダフネが黒人女性で、殺人鬼のロビンソンが白人だったら、各マスコミは大々的に取り上げ、全米ネットワークで特集を組むほどの事件にしたはずだ。米国のマスコミは犠牲者が白人だと冷淡で、白人による黒人の殺害だと蜂の巣を突いたように騒ぐ。緊急特番にでもなれば、黒人牧師のジェシー・ジャクソンとか黒人活動家のアル・シャープトンがコメンテイターとして招かれ、黒人に同情するキャスターと一緒になって白人社会を糾弾したはずだ。以前、当ブログで紹介した「ノクスヴィル殺人事件」を思い出してもらえば分かるが、「ヘイト・クライム」とは白人が黒人に危害を加えた時に発生する犯罪で、黒人がどれほど白人を憎んで殺しても「憎悪犯罪」にはならない。

  日本でも同様で、日本人が朝鮮人に危害を加えれば「ヘイト・クライム」だし、支那人を激しく批判すれば「ヘイト・スピーチ」となる。ところが、在日や帰化の朝鮮人が皇室を侮辱しても「侮辱罪」にはならないし、「ヘイト・スピーチ」にも該当しないのだ。なぜなら、朝鮮人や支那人には「言論の自由」が保障されており、日本人が彼らを咎めれば、その譴責は少数派の「自由」と「人権」への弾圧と見なされる。日本人が朝鮮人の過去を暴けば、たとえそれが歴史的事実でも「民族差別」になってしまうし、多発する支那人の犯罪を糾弾すれば、支那人への民族的偏見とされ、警告を発する日本人の方が悪者となってしまうのだ。先進国の国民は厄介事が嫌いなので、泣き叫ぶ異邦人とか左翼分子に阿(おもね)り、何でもいいから直ちに彼らを宥めようとする。「寛容」を理想とする人々は、図々しいマイノリティーと対峙せず、自分が譲歩すれば「丸く収まるんだから」と考え、理不尽な要求でも飲んでしまう傾向が強い。自由を尊ぶ先進国の庶民は、憎悪に満ちた異民族に弱く、自ら進んで貴重な自由」を放棄し、祖国を「不自由」な社会に変えてしまうのだ。気がついた時には、社会的弱者が支配者となっており、主流民族であった現地人が下っ端になっていたりする。勇気を失った国民とは、自由のために闘うことを断念した人々で、卑屈な人生が相応しい下郎でしかない。自由を尊ぶ日本人なら、非難を恐れず反日分子を叩き潰すべきである。



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ロックフェラーの親切心には裏があった

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支那は巨大なマーケット

  支那との対決を露わにしたトランプ大統領は、経済的制裁を以て習近平政権を倒そうとしているのかも知れない。日本の支那専門家は“したり顔”で習近平の凋落を云々しているが、米国はポスト習近平の支那を如何するつもりなのか? なるほど、米国の包囲網で支那は窮地に立たされるが、トランプは次期国家主席と如何なる取引をしたがっているか、諜報組織を持たない我々には判らない。だが、いかにトランプの思惑が成功しても、支那大陸が消滅する訳じゃないし、歐米諸国に永住する支那人も居残るはずだから、支那問題が解決したとは言えないだろう。どんな天変地異が起ころうとも、支那人の銭儲けは健在だし、不穏な空気が大陸に漂えば、小銭を貯め込んだ支那人は、我先にと海外へどんどん逃げて行くだろう。そして、「こうした経済難民が向かう行き先は?」と問えば、まず米国、次にカナダ、オーストラリア、と続いて暢気な日本へとやって来るから大変だ。移民を歓迎する安倍政権を目にすれば、小賢しい支那人は“ここぞ”とばかりに、「ワタシ日本大好きねぇ~」と微笑みながら帰化を申請してくる。

Trump & Xichinese workers 2







(左: ドナルド・トランプと習近平 /  右: 支那人の工場労働者)

  日本のビジネスマンも似たようなものだが、アメリカの企業家や投資家は、昔から支那に興味があった。アジア大陸に位置する支那は、アフリカと同じく宏大で資源に恵まれているが、支那人は黒人と違って高度な文明を有し、イナゴの群れを想像してしまうほど人口が多いから、西歐人にとっては、とても魅力がある。とにかく、支那人ときたら、普段はボケーと煙草を吹かしているのに、ゼニ儲けとなれば蟻よりも勤勉に、蜂よりも俊敏で、蛇よりも執念深い。独創的な商品は開発できないが、その代わりに模造品の制作は天下一。アッセンブリー工場でラジオの作り方を教えれば直ぐに覚えるし、面倒な海老の殻剝き作業でも、出来高の賃金制となれば飽きずに何時間でも働く。もっと凄いのは、手っ取り早いゼニを摑める犯罪だ。ピッキングの達人ともなれば、トヨタのレクサスやBMWの高級車でも数秒で盗んでくる。理系の支那人なら、クレジットカードやパスポートの偽造など朝飯前。中には偽造書類をセット割引にして、顧客を増やそうとするんだから商売熱心だ。一般の日本人だと、せっかく大学で勉強したんなら、カタギの職業に就けばいいのに、とつい思ってしまう。

  話を戻す。支那への興味を抱いていたアメリカ人と言えば、大富豪のジョン・D・ロックフェラーが有名だ。支那を有望な市場と見なしたスタンダード・オイル社は、石油商人のウィリアム・ハーバート・リビー(William Herbert Libby)を極東アジアに派遣して、1882年から二年間、市場調査をさせたという。リビーは文明国・非文明国を問わず、一社の石油製品が隅々にまで浸透しているのはビジネス史上類を見ないと述べ、日本や支那、インドでの灯油販売に努めたそうだ。彼は灯油ランプの安全性を宣伝するパンフレットを支那語に翻訳し、スタンダード社の石油製品がサンパン船に積まれて、支那の奥地まで運ばれる光景を目にしたという。

  スタンダード・オイル社は需要拡大を目指して、廉価なランプと灯心を販売し、初めて灯油を購入するお客にはこれを「おまけ」につけたそうである。(ロン・チャーナウ 『タイタン / ロックフェラー帝国を創った男』 井上廣美訳、日経PB社、2000年、 p.434) ロックフェラー家の発想は斬新で、灯油を買いたくなるよう、前もってそれを消費するための製品を将来の客に渡していたのだ。ロックフェラーは「美孚(メイ・フー)燈」というブランド名の灯油ランプを800万個も贈呈し、自社の灯油を支那人に売りつけようと図っていた。また、歴史家のアーネスト・メイ(Ernest May)によれば、スタンダード・オイル社は、赤字覚悟で安い灯油を支那で販売し、市場開拓に励んだという。もちろん、本社の利益でその穴(損失)を埋めたそうだ。(Ernest May and John King Faiebank eds., America's China Trade in Historical Perspective  : The China and AMerican Performance, Harvard University Asia Center, 1986, p. 213)

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(左: ジョン・D・ロックフェラー  / 中央: 灯油ランプ  /  右: フレデリック・ゲイツ)

  何とかして支那を自分の縄張りにしたいと望んだジョン・D・ロックフェラーは、教育を通して支那人を手懐けようと考えた。彼が定期的にバプティスト教会に献金していたのはよく知られているが、ロックフェラーは宣教師を利用して市場獲得を狙ったみたいだ。彼の親しい相談相手だったフレデリック・T・ゲイツ(FRederick T. Gates)牧師は、気前の良い友人の為に一肌脱ごうと思っていた。彼はジョンにシカゴ大学を創設するよう囁いた人物で、全世界にキリスト教倫理とキリスト教文明を広げるための財団を提案していたそうだ。その結果、ロックフェラー家が資金を提供して「オリエンタル教育委員会(Oriental Education Commission)」が設立され、シカゴ大学のアーネスト・デウィット・バートン(Ernest DeWitt Burton)が率いることになった。(Frank Ninkovich, 'The Rockefeller Foundation, China, and Cultural Change', The Journal of American History,  Vol. 70, March 1984, p. 800)バートンも支那の近代化を手伝おうと考えていた。シカゴ大学のヘンリー・プラット・ジャドソン(Henry Pratt Judson)学長は、支那で大学を設置することを社会革命と見なし、そうすることで支那人の間に、科学的精神や高度な倫理観、強靱な人格が生まれるだろうと思っていた。(これは、米国にも勝手な妄想を抱いて悦に耽る高学歴バカがいる、という証拠である。)

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(左: アーネスト・デウィット・バートン  / 中央: ヘンリー・プラット・ジャドソン  /  右: 昔の一般的支那人 )

  ところが、現実の支那は堅い岩盤だった。支那人は甘っちょろい日本人とは違うのだ。支那人の中華思想を前にしたら、アメリカ人の高尚な理想なんて蟷螂(とうろう)の斧どころか、ネズミの髭より脆かった。支那人は福音を伝える宣教師なんかに従わず、それどころか反撥を覚えて危害を加える態度に出たのだ。だいたい、極悪非道が日常の支那人に対し、西歐人が倫理や道徳を説くなんて愚の骨頂である。アメリカ人の宣教師がいくら隣人愛を説いたところで、「血族以外は赤の他人」と見なす支那人の鉄則は変わらず、それどころか、彼らはアホなアメリカ人から、どれくらいお金を巻き上げようかと考える。第一、キリスト教徒になる支那人なんて信じられない。洗礼を受ける支那人には別の魂胆があるはずだ。神様でさえ騙そうとするのが支那人である。聖書には、皇帝(カエサル)の顔が刻印された硬貨を皇帝に返せ、というキリストの言葉があるけど、この教えに従う支那人って居るのか? 「天に宝を」といくら牧師が叫んでも、支那人はスイスの秘密口座にお金を貯める方を選ぶ。毎週教会に通う敬虔な支那人でも、尊敬するのは貧乏大工のイエズス・キリストではなく、巨万の富を築いたビル・ゲイツやウォーレン・バフェットの方である。

  ロックフェラー家から派遣された教育者たちは、やっと現実が解ったようで、支那人に人文学を教える事を諦めたそうである。その代わり、ロックフェラーは支那人に医学を教えようと考えた。新しくロックフェラー財団の秘書になったジェローム・グリーン(Jerome D. Greene)は、「医学への投資は数世紀も燃え続けるランプに明かりを点すようなものである」と述べていた。(上記論文 p. 801) 確かに、医学なら倫理学と違って文化摩擦が少ない。道徳的説教には見向きもしない支那人でさえ、病気や怪我になれば最先端の西洋医学に頼るし、その恩恵を身に沁みて分かるから、積極的に学ぼうと励む。ジョン・D・ロックフェラーも、医学は非党派的で、政権交代に関係無く総ての人々に利益をもたらす、と述べていた。(上記論文 p.802) 財団は「支那医療評議会(China Medical Board)」を設立すると、医学生を養成すべく、1921年、「北京統合医学大学」を建設した。しかし、戦争の嵐でロックフェラー家の野望は一時中断となる。熱心に教育プログラムを推進したものの、支那事変や第二次世界大戦で、過去の努力が水の泡になってしまった。これが再開されるには、ロックフェラー家の飼い犬ヘンリー・キッシンジャーの登場を待たねばならなかった。あのニクソン大統領が日頃「ユダヤ小僧(Jew Boy)」と呼んでいた政治学者が毛沢東と交渉し、堅く閉ざされていた門を開いたのである。

Henry Kissinger 4Henry Kissinger 3







(左: ニクソン大統領とヘンリー・キッシンジャー国務長官  /  右: 周恩来とキッシンジャー)

  アメリカ人には矢鱈と支那を有望な投資先と見なすビジネスマンが多い。一般的にアメリカ人は歴史を学ばないから、世界中でアメリカ式のやり方が通用すると思っている。しかし、暗黒大陸に住む支那人は、大半が海千山千の匪賊か詐欺師なので、無知蒙昧なアメリカ人は痛い目に遭う。だいたい、地図を見てインドやベトナムがどこにあるのかさえ知らないのが普通のアメリカ人である。度々国際ニュースで取り上げられるイランやアフガニスタンだって、どこにあるのか判らない。「アメリカン・アイドル」(人気テレビ番組)くらいしか興味の無いアメリカ人だと、アゼルバイジャンかロシアを指さして、「このへんに北朝鮮がある」と言ってしまうんだから唖然とする。まぁ、南米に北朝鮮を探そうとする人が居るんだから、ユーラシア大陸を指す人がマシに見えてくる。

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(左: 江沢民とデイヴッド・メロックフェラーとキッシンジャー  /  右: 毛沢東とキッシンジャー)

  アメリカ人にとって漢字は暗号と同じで、支那人の行動様式を記した歴史書なんてチンプンカンプンだ。大卒者だって支那の歴史を勉強しないし、知っているのは萬里の長城くらい。鄧小平の名前を知ってれば立派な教養人である。こんなアメリカ人だから、支那人に対して途方もない幻想を抱くのも無理はない。日本人だって支那人には戦前から騙され続け、戦後になっても再び騙されていた。松下幸之助やヤオハンの和田社長のみならず、経団連のお偉方や財務省の高官、チャイナ・スクールの外交官など、大勢の日本人が虚構の「良き支那人」を信じていたのだ。「バカ」と呼べばそれまでだが、彼らは書物の中に描かれる支那人を「実際の支那人」と思っている。アメリカ人も様々な歴史的建造物を目にして、支那人を偉大な文明人と錯覚しているから始末に悪い。「支那人とは人間の根幹部分が“どうしようもなく”ねじ曲がった最低民族」という認識が無いから、日本人やアメリカ人は同じ過ちを繰り返してしまうのである。トランプが仕掛ける経済戦争で支那は弱体化するだろうが、それでも復活するのが支那である。支那の歴史を思い出せば、繁栄と没落のサイクルが始まった、と判るはずだ。支那の衰退は日本にとっても危険である。我々は混乱の大陸から逃れてくる支那人を受け容れず、断固として跳ね返すことを決めた方がいい。



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