無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

2019年06月

朝鮮化する日本 / アジア人になってしまう日本人

教科書に載せて全日本人に知らせたい現代史 支那人の卑史 朝鮮人の痴史
黒木 頼景
成甲書房


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日鮮融合の恐ろしさ

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(左 : 日本人が統治する前の典型的な朝鮮人  /  右 : 日本統治から解放された戦後の朝鮮人)

  文在寅が君臨する南鮮を眺めとると、「あぁ~ぁ、もう韓国は終わりだなぁ~」と日本人は隣国を哀れむ。しかし、経済的苦境に立たされた南鮮人には、まだ僅かだが大きな希望がある。それは日本への移住だ。南鮮で生活できなければ、日本で職に就き、ついでに現地で結婚相手を見つければ万々歳。朝鮮人は口で愛国心を唱えるが、その根底には祖国に尽くそうとする熱意が微塵も無い。沈み行く船からは、さっさとトンズラするのが一番。なるほど、引っ越し先として、アメリカやオーストラリアは魅力的だが、何しろ外見が違いすぎるので、白人どもから“白眼視”されやすい。だから、容姿が似ていて素性がバレない日本へ行くのが利口だ。それに現在、歐米諸国では移民を規制する保守政党が台頭しているので、朝鮮人のようなアジア人がノコノコやってくると、入国審査で肘鉄を喰らうことになる。

  ところが、日本だと「外人さん、いらっしゃぁぁ~い !」とウェルカム。日本の入国審査はチョコレートよりも甘いから、福祉目当ての鮮人はおろか、破壊工作を命じられたスパイまで、堂々とゲートをくぐることができる。南鮮で「植民地支配を赦すなぁぁ!!」と息巻く鮮人でも、入管を通る時には善意の観光客を装う。さらに図々しくなると、日本への帰化申請を行い、「日本人大好き!」と平気で嘘をつく。朝鮮人というのは矛盾だらけの塊だけど、その矛盾に悩まないという特徴を持つ。彼らは朝鮮娘を攫って「性奴隷」にしたと日本人を糾弾するが、愛すべき同胞よりも憎い外人を愛する。たとえ、日本人から「鮮人は朝鮮へ帰れ !」と罵られても、「日本人は朝鮮を植民地にしたニダぁぁぁ~」と訳の分からぬ反論を叫び、仏像みたいに梃子でも動かない。そりゃそうだろう。いくら日本での生活が酷くても、南鮮よりはマシなんだから、どんな苦労だって辛抱できる。

  それに、ちょっと苦しくなれば役所から福祉金をくすねて家計を維持すればいい。日本には公明党や社民、立憲民主、共産党に加え、韓国民団とか朝鮮総連といった援助組織がたくさんあるから、タカリ鮮人は左団扇(うちわ)で極楽気分。こんな野郎はテレビのリモコンで思いっきりひっぱたけばいいのに、左翼教育を受けた日本人は多民族共生だと言い出す。大学で気楽に暮らす学者は「寛容」を口にするが、嫌なことを我慢するのが「寛容」の意味だから、スカンクの屁でも怒るな、というのが彼らの主張だ。ニンニクとキムチを食った朝鮮人のオナラって、鼻が曲がるほど臭いけど、これも多民族文化への理解になるんだろう。

  一般の日本人は「侵略」と聞けば、軍事侵攻ばかりを思い浮かべるが、侵略には直接的なものと間接的なものもある。遠征軍が勝者となり現地の女を強姦して子孫を増やせば直接的侵略となるが、移民として押し寄せ、結婚を通して混血児を増やせば間接侵略だ。朝鮮半島は日本海で遮断されているから、地理的な併合は難しいけど、朝鮮人が来日して日鮮混血児を増やせば、朝鮮半島と日本列島は血糊で結合したようなものである。「子は鎹(かすがい)」と言うけど、日鮮混血児は両国を繋ぐ鎖だ。ただし、日本は朝鮮へと引きずられる。なぜなら、たとえ日本人の血が半分でも、朝鮮人の肉体を持てば心は朝鮮人になるからだ。自分の血統を知らないうちは、朝鮮人を小馬鹿にして「韓国人なんか嫌いだ !」と言えるが、高校生や大学生になって親から出自を告げられると、自分を「日本人」と思っていた子供は相当なショックを受けるらしい。鼻から牛乳どころか、目玉に黒酢を差したような驚きで、目の前に天空が墜ちてくるんじゃないか、といった衝撃である。

  まぁ、いきなり「朝鮮人」と言われたって、朝鮮文化を何も知らず、朝鮮語すら話せない子供からすれば青天の霹靂どころの騒ぎじゃない。「えぇぇっ、どうしよう~。恋人ができたら告白しなきゃいけないのかなぁ~」と不安になる。在日鮮人の青年だと、友人と海外旅行に行くとき、所持する旅券の種類でバレてしまう。もちろん、帰化すれば書類上は「日本人」になれる。だが、こうした青年や子供は自信を持って「私は日本人 !」と言い切れるのか? もし、母親が朝鮮人なら、母の両親(祖父母)も朝鮮人で、従兄弟や伯父叔母などの親戚も朝鮮人となり、何十何百の朝鮮人が遠い祖先となってしまうだろう。もし、血縁者の写真を5、60枚も目にすれば、「俺は朝鮮人なんだなぁ~」と絶望し、「私の体は半分朝鮮人なんだぁ」と思うのが普通である。

  大半の日本人は朝鮮人と関係なく日常生活を送っているが、その裏では恐ろしい“朝鮮化”が着々と進んでいる。考えてもみよ。敗戦後、内地へ移ってきた朝鮮人は祖国に帰らず日本に居坐った。さらに朝鮮戦争が勃発すると、大量の不法入国者が日本各地に潜り込んだ。したがって、今、我々が目にする「在日朝鮮人」の多くは、戦前からの居候か密入国者の子孫で、まともな在日外国人ではない。彼らは素性を隠したまま、本名を日本風に変え、何食わぬ顔で「日本人」のように振る舞っている。中には、生活に便利だからと言う理由で日本に帰化した鮮人も少なくない。このような隠れ鮮人(crypto Korean)は日本人と結婚し、着実に朝鮮系国民を増やしている。国会議員は少子化ばかりを問題にしているが、本当に深刻なのは日系日本人の減少とアジア系日本人の増殖であろう。

  以前、「PHP Interface」のサイトに、井上香織による「恋愛相談室」というコーナーがあった。井上氏はシンガーソングライターや高校教師を経て作家になった女性だ。彼女は恋愛問題で悩む人々から質問を受けて、独自の助言を行っていたが、朝鮮人からの相談にも答えていた。例えば、「No.86」の質問者は在日韓国人3世の女性(23歳)で、2年半付き合っている日本人男性がいるという。彼女は交際中の男性と結婚したいが、「彼の両親が反対するのでは」、と不安に思っていた。というのも、彼女の父親には犯罪歴があり、3年の執行猶予が附いたお陰で、まだ刑務所には収監されていないという。もちろん、彼はこうした事実を知っており、「それでも構わない」と答えているが、彼の両親がどう思うのか不安である。婚約破棄を心配するこの在日鮮人は、思い切って井上氏に尋ねてみた。

  すると、井上氏は「日本人の排他性は中々消えない」と述べながらも、「あなたは、あなたでしょ?!」と問いかける。父親の警察沙汰には何とも言えないが、結婚に関しては「彼にまかせなさい」と助言した。そして、「あなたはあらゆる憎しみを超え、自分を磨く努力を続けるへき」と励まし、「彼の愛があればきっと大丈夫だよっ !」と締めくくった。まぁ、見ず知らずの鮮人が持ちかける相談なので、適当に答えているんだろうが、「愛があれば何とかなる !」って、ちょっと無責任なんじゃないか。世の中はそう甘くないぞ。とはいえ、インターネットを通して相談するくらいだから、この鮮人女性は日本人男性と結婚するつもりなんだろう。たぶん、彼の両親が反対しても、結婚の意思を貫いて夫婦になるはずだ。相方の男性だって、両親と生セックスを秤にかければ、親孝行より性欲の方を取るだろう。また、子供を産めば義理の両親だって諦めざるを得ない。女性には「できちゃった!」という切り札がある。

  別の帰化鮮人女性(29歳の会社員)の悩みはもっと深刻だった。(No. 136 「国籍問題で結婚を反対され・・・」) 質問者の女性は元在日で、2歳年下の日本人に惚れたという。交際中の日本人男性は、なかなか両親への説得をせず、彼女も敢えて結婚の話をしなかったらしい。だが、彼女は「このままでは何も変わらないし、前に進まない」ということで、両親への説得を彼に頼んだそうだ。しばらくすると、彼女は彼の両親と話す機会を得、両者の対立は薄まり、彼女への好印象すら芽生えたという。そして、彼の両親は二人の結婚を認めたそうだ。

  ところが、数ヶ月後、日本人男性は両親の本音を吐露した。「まだ結婚するな。この結婚は難しすぎる」というのが両親の主張であった。以前、彼の両親は不安を口にし、「絶対に他の親戚や近所の人に国籍のことは知られてはならない。そのためにはどうすればいいのか考えねば」と述べていたそうだ。また、結婚の披露宴に彼の親戚を招待すれば、彼女の親戚を目にした招待客は、新婦が「韓国人」ということに気づいてしまうからマズい。ということで、結婚を認めてもらい、喜びで溢れる彼女は、「絶対に国籍を隠さねばならない、ということであれば、そうします」と約束したそうだ。一方、彼の両親は一旦結婚を認めたものの、時間が経つと、どうしても気が進まない。だから、二人の結婚に「待った」をかけることにした。彼の方は「絶対に結婚を認めてもらうから」と太鼓判を押すが、彼女の方は30歳までに結婚できるかどうか心配になってくる。なにせ、「正しい基準は親」というのが彼の意見であるから心許ない。彼女は30歳までに結婚して子供を産むのが希望であるという。

  詳しい事情が書かれていないので、井上氏は明確なアドバイスを避けた。ただ、「結婚したい」と望む彼の気持ちを信用せよ、と言うだけ。そして、井上氏は不吉な予感を述べた。「あなたの生い立ちや、親戚の方まで否定するような家に嫁いで、果たして幸せになれるのか・・・話し辛いかもしれませんが、彼とよく話し合ってみる必要があると思います」、と。回答の末尾は、「自分に自信を持って、最善の選択をしてください。影ながら応援しています」という形式的な言葉であった。まぁ、無料相談だから仕方ないけど、これじゃあ回答になっていないだろう。そもそも、この鮮人女性が「最善の選択」を知っているなら、わざわざ他人に相談する必要は無い。たぶん、友人に相談しても埒(らち)があかないので、専門家に尋ねたんじゃないか。こういう質問をしてくる女性は大抵、力強い言葉で背中を押してくれる回答を期待するものだ。決して曖昧模糊とした助言ではない。おそらく、「彼の親が反対するなら、駆け落ちしてでも結婚しろ。世間や親戚から何と言われようが構わないじゃないか。婚約者には両親がゴチャゴチャ言ってくるなら、親と絶縁するよう頼め ! 二人だけで暮らし、早く子供を産んで幸せを掴みなさい !」というのが、彼女が求めた答えなんじゃないか。もし違うなら、井上氏は「そっさと別れなさい !」と言ってやるべきだ。

朝鮮人に生まれたことへの悲しみ

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(写真  /  朝鮮人の子供たち)

  それにしても、日鮮の「国際結婚」には色々と障碍が多い。普通の日本人は「惚れた者同士の結婚なんだからいいんじゃな~い」と気軽に答えるが、もし自分が朝鮮人と結婚するとなれば、その先に来る不幸に呆然とするはずだ。例えば、「鈴木」という日本人女性が「金」という鮮人男性と結婚した場合、9割くらいが「鈴木」という姓を選ぶ。通常なら、亭主の「金」を家族名にするはずだが、「子供が学校で差別されるから」と言って日本名にしようとする。ここで不思議なのは、なぜ日本人配偶者は朝鮮名を嫌うのか、という点だ。イギリス人やフランス人と結婚した日本人女性は、夫の姓に変えたり、夫の祖国に移住したりする。だが、まともな日本人なら「金」とか「朴」といった姓にはしないし、南鮮に移住することもない。だいいち、朝鮮人でさえ南鮮を捨ててアメリカに逃亡するのに、わざわざ日本から朝鮮へ引っ越す馬鹿はいないだろう。それに、朝鮮文化なんて価値が無い。日本人の母親は現実的だから、我が子に朝鮮語を学ばせるより英語を習わせたりする。いくら亭主が朝鮮文化を誇りにしても、「幼児教育は大切なんだから」と叱りつけ、人に自慢できるような科目を選んでしまう。例えば、ピアノとかヴァイオリンのレッスン、あるいはクラシカル・バレー、英会話などである。朝鮮人と結婚した女房だって朝鮮語を学ばないのに、遊び盛りの子供に「お父さんの言葉を勉強しなさい」と言えるのか?

  朝鮮人と結婚した日本人は、朝鮮人を嫌う日本人を“民族差別主義者”とか“極右分子”と呼ぶが、なぜ日本人配偶者は「南鮮」という言葉を嫌い、「韓国」という用語を好むのか? 彼らは理由を尋ねられても答えられまい。なぜなら、彼ら自身でさえ、なぜ「朝鮮」という言葉が忌まわしいのか、が分からないからだ。もし答えられるとしても、「何となくチョーセンという響きが嫌い」と反論するのがせいぜいだろう。しかし、朝鮮人を好きになった日本人でも、「朝鮮」という言葉の裏にある“おぞましい”正体のことには気づいている。つまり、日韓併合時代に日本人が目の当たりにした“みすぼらしい”風景、乞食よりも汚い“浮浪者の群れ”、日本人の不幸が“マシ”に思える程の貧困、進歩という概念が全く見られない悲惨な生活水準を想い出してしまうのだ。朝鮮半島はアジア大陸の突起物というより、暗黒大陸のカスが流れ落ちるゴミ捨て場で、汚穢と腐敗が渦巻く肥溜めと評した方がよい。李朝時代の朝鮮はアジア的停滞の見本市で、日本人が描く地獄絵の方が活気に満ちている。道端でキセルをくわえながら、一日中ボケ~と過ごしている老人を見ると、朝鮮人が地球上に存在する意味は何なのか、という疑問が湧いてくる。

  大人はともかく、朝鮮人の家系に生まれた日鮮混血児は不憫だ。両親の反対を押し切って朝鮮人と結婚した日本人女性が、不条理な差別に遭ったり、不必要な苦労を背負い込んだとしても、それは自業自得である。しかし、生まれてきた子供は違う。こうした日鮮混血児は、自ら望んで生まれてきたのではない。日本で生まれ育つなら、日本人になりたかったと思うのが自然だ。ある朝鮮人団体が集めた子供たちの作文を読むと胸が痛くなる。とりわけ小学生が綴った作文には、朝鮮人であることへの苦悩と共に、育ててくれる親への愛情が滲み出ている。例えば、日本人の母を持つと思われる村上英俊くん(小学二年生)は、友達から「朝鮮人」と呼ばれたそうだ。

  ぼくはかんこくじんでもないし、にっぽんじんでもないし、こまる。でもじぶんでは、にっぽんじんだとおもう。どうしてかというと、ぼくをうんだひとがおかあさんだからだ。(在日韓国人と共に教育を考える会編『ことばの叫び』 1984年、p. 10.)

  ある小学三年生は、友達に韓国人であることを知られるが嫌だという。なぜなら、友達が遊んでくれないからだ。そして、この子は続けて言う。「わたしは、かんこくじんになりたいとは思わない」、と。(上掲書 p.13.) 別の小学三年生は父親が韓国人なので恥ずかしいと感じたそうだ。(p. 15) ある小学四年生の子供は、周囲から「あんたかんこく人でしょう」と言われ、恥ずかしく思ったそうだ。しかし、「私は、日本人よりかんこく人の方がいい」と述べていた。(p.22.) たぶん、この子は内心で朝鮮人であることを恥じているが、両親が朝鮮人なので「韓国人の方がいい」と書いたのだろう。こうした気持ちはよく分かる。米国にいた頃、筆者が親しくしていたP教授は、香港で英文学を教えたことのあるアイリス系アメリカ人の大学教授であった。彼の夫人は英語を話す支那人で、二人は米国に移って結婚し、後に子供をもうけている。ある日のことだ。P教授の息子は学校で人種を尋ねられ、アンケート用紙に記載された「アジア人」の蘭に印を付けたという。この話を聞いたP教授は、家で息子に「どうしてアジア人にしたんだ?」と尋ねたそうだ。すると、彼の息子は笑顔を見せながら、「分からない。何となく・・・」と誤魔化したらしい。たぶん、母親のことを気に懸けていたのだろう。さすがに、「アメリカ白人」とは言えないから、「支那系アメリカ人」としたんじゃないか。

  朝鮮系の子供は幼いときから悔しい思いをするようだ。小学四年生の高田君子(きみこ)さんは、朝鮮人であることを「しょうがない」と思っていた。だが、引っ越し先で「朝鮮人」と呼ばれた時には涙が出たらしい。(p. 21) 小学四年生の木下竜男くんは「韓国人」であることが嫌だという。面白いことに、竜男くんは韓国に不良やチンピラがいるか調べてみたい、と書いていた。(p.24) たぶん、彼の周りに不良の高校生やヤクザの朝鮮人がいたからだろう。また、竜男くんは韓国にどんな美しい町や村があるのか調べてみたいそうだ。でも、実際の南鮮に行けば、薄汚い街並みに卒倒するんじゃないか。絵葉書に印刷される朝鮮の風景は、朝鮮人の宣伝だから。小学五年生の渡辺星七(せいしち)くんは、韓国人の父親と韓国が嫌いで、韓国の字を覚えるのも嫌いだ、と書いていた。(p.37) また、星七くんは「どうせなら日本人になりたい。かん国人にはなりたくない」と述べていたから、よほど辛い過去があったのだろう。

  小学五年生の金原文子(ふみこ)さんも学校で「韓国人」と言われ、恥ずかしく思ったそうだ。しかし、家では韓国人がいるからそうでもない。彼女によると、学校で韓国人と呼ばれるのは嫌だけど、「私はかんこくじんでもいい」と書いている。(p. 40) こういう矛盾した作文を目にすると、子供の複雑な感情が伝わってきて哀しくなる。小学六年生の石山昌枝(まさえ)さんは、韓国が大変よい所と耳にするが、彼女自身は「あまりよい所とおもっていません」とのことだ。(p. 43) 彼女は両親が朝鮮語で喧嘩をするとこが一番嫌だという。また、韓国の服装は好きだけど、母親が喋る朝鮮語の発音を聞くと、「なにかはずかしい気持ち」になるそうだ。確かに、英語やフランス語を喋る親ならいいけど、朝鮮語や支那語、ベトナム語、タガログ語じゃ恥ずかしい。もし、友達を家に招いて、母親が朝鮮語を口にすれば、日本人の子供は「えっ、君のお母さん、いま何喋ったの?」と訊いてくるから、恥ずかしくて隠れたくなる。もし、チマチョゴリ姿なんか見られたら、もう学校に行きたくない。普通の日本人には分からないけど、朝鮮の土俗宗教では、母親が「トランス状態」になって狂ったように踊ることがある。こんな光景を友達に見られたら、もう不登校どころかロープを握って自殺したくなる。

  『ことばの叫び』には小学生から高校生まで、様々な作文が収録されているので、この本を手に取った在日鮮人、あるいは帰化鮮人および二世・三世の子孫は、悔しさと悲しみを共有するに違いない。彼らは「何で朝鮮人というだけで、こんな辛い思いをするのか ! 差別をする日本人が赦せない !」と憤るはずだ。しかし、我々の方にも反論がある。もし、目を吊り上げた朝鮮人がギャーギャー言えば、温厚な日本人だって「そんなに差別が嫌なら、なぜ朝鮮に帰らないんだ?」と激怒するだろう。そもそも、日本人が日本国内で、どの外国人を好み、どの民族を嫌い、どんな文化を排斥しようが、日本人の自由じゃないか。南や北を問わず朝鮮人だって、朝鮮国内で日本人を激しく罵倒し、嘘まで拵えて我々を糾弾しているじゃないか。在日朝鮮人は普段、ヘイトスピーを問題にしているが、彼らは同胞のヘイトスピーチを公的に非難せず、「朝鮮人を苦しめた日本人なんだから当然だ」と考えている。だいたい、在日南鮮人は天皇陛下を侮辱し、総理大臣の写真を燃やす同胞に対して、抗議デモを起こしたことがあるのか? また、帰化鮮人は日本に永住することばかり考えているけど、彼らは帰化のとき、皇室と国旗に忠誠を誓ったのか? もし、彼らが日本に忠誠を誓うなら、日本防衛のために朝鮮人を殺します、と誓えるはずだ。帰化鮮人は北鮮からの難民を迎えることに熱心でも、竹島を奪還することに関しては冷淡だ。また、こうした質問を朝鮮人に訊かないマスコミだっておかしい。

どの外人を好きになろうが日本人の勝手

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(写真  /  昔の伝統的村に住む朝鮮人)

  日本人は日教組や左翼マスコミの考え方に洗脳されたままである。というのも、大半の日本人は「なぜ、いつも日本人側だけが非難され、反省しているのか?」という点に気づかないからだ。本来なら、密入国した在日一世やその不法状態を続けた子孫の方が土下座して謝るべきなのに、朝鮮人を追い払おうとする日本人の方が非難されているんだからアベコベである。例えば、ある日本人の家に朝鮮人が忍び込んだとする。当然、家の主人はこの侵入者を補足し、警察に引き渡すか、ボコボコにして敷地から叩き出すだろう。たとえ、この不逞鮮人が「人権無視 !」とか「日帝支配を謝れ !」と叫んでも、「何言ってんだ、このヨボ野郎 !」と怒鳴りつけ、決して相手にしないはずだ。腕っ節の強い日本人だと、何も言わず黙って、ランディー・クゥートァ流のクリンチ・アッパーを顎に喰らわすか、ヴァンダレイ・シウバ仕込みの膝蹴りを腹に一発決めてしまうだろう。

  日本という国家は日本人のホームで、どの外人を歓迎し、どの外人を門前払いにするか、日本人の勝手で、朝鮮人がどうこう言う問題じゃない。朝鮮人は朝鮮で暮らせばいいじゃないか。なぜ、嫌いな日本にやって来るのか。「移住の権利」なんて冗談じゃないぞ。大日本帝国憲法に「朝鮮人には移住の権利がある」なんて条文は無いし、たとえ国連職員が「人権」を持ち出してきても、そんな戯れ言は干からびた馬糞と同じだ。 左翼知識人は日本人を「外人嫌い(xenophobia)」と非難するが、日本人ほど外人を厚遇する民族はいないだろう。明治の頃は、高額の給料を払って西歐人教師を雇ったし、軍人は歐洲に留学して法律や軍事を学んでいた。カビ臭い漢籍から解放された日本人は、こぞって洋書を翻訳し、多くの庶民が貪るように読んだ。大東亜戦争中に「鬼畜米英」と叫んでも、庶民はアメリカ文化に憧れ、占領軍にさえ敬意を払っていた。バブル期になると、外国文化と外国人の輸入はもっと激しくなる。日本企業は歐米の俳優に大金を払って、宣伝広告のモデルになってもらっていたじゃないか。例えば、カネボウは化粧品を売るためにブルック・シールズを雇ったが、その契約料は100万円じゃ済まないはずだ。また、銀座ジュエリー・マキはファラー・フォセットをモデルとして起用したけど、まさかギャラがダイヤモンド一個ということはない。サントリーは「VSOP」というブランデーの売り子として、シェリル・ラッドを選んでいた。東京ドームでビールを売る小娘なら、時給1,000でOKだが、アメリカの女優は時給2,000でも働かないぞ。一方、ソニア・ソーン(Sonja Sohn)みたいな朝鮮系アメリカ人は、化粧品や宝石のモデルには採用されないだろう。たぶん、黒い朝鮮人は南鮮でも排除されるんじゃないか。

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( 左 : ブルック・シールズ   /  ファラー・フォセット  /  シェリル・ラッド   /  右 : ソニア・ソーン )
 
  とにかく、日本人は国家とか民族に関して鈍感すぎる。日本人は野生動物と違い、過去と未来、祖先と子孫、素晴らしい文化と古い伝統を大切にする国民だ。野良犬ならどの雌と交尾してもいいし、目先の餌だけ考えていればいい。だが、我々は祖先からの文化と権利、そして国土や遺産を受け継ぎ、それを子孫に伝える義務を有する。日本人は日本人の血統を守った方が賢明だし、生まれてくる子孫もその方が幸せだ。もし、このまま日鮮混血児や日支混血児が増えれば、日本人は日本人の精神を失ってしまうだろう。肉体の25%ないし50%がアジア人なった子供が、命懸けで日本を守るとは思えない。学者が帰化鮮人に対して愛国心調査を行わないのは、やる前から結果が判っているからだ。また、アジア系国民が心から天皇陛下に忠誠を誓うことは滅多になく、無関心というのが大半だろう。

  朝鮮人の血統を「恥ずかしい」と感じた混血児は、自己防衛のため、その劣等感を日本への憎しみで中和しようとする。朝鮮系国民は相反する感情に支配されやすい。「日本人になりたい」という願望の裏で、「伝統的な日本を撲滅したい」という衝動が蠢(うごめ)いてしまうのだ。朝鮮人と結婚する日本人は、愛があれば困難を克服できると考えてしまうが、生まれてくる混血児には親が持つ「日本人らしさ」は伝わらず、むしろ朝鮮人に生まれついた屈辱感が肥大化してしまう虞(おそれ)がある。「血は水よりも濃い」と言うが、とりわけ朝鮮人の血は厄介だぞ。ドロドロした親戚や人脈を持つ朝鮮人だと、後で後悔することになるから、深入りする前に足抜けした方がいい。関係ないけど、子供の命名だって気をつけなきゃ。もし、「黒木」という「通名」持つ鮮人の子供が、「金」という本名で、「歩(あゆむ)」という名前を持っていたら大変だ。中学や高校の悪ガキどもは、「お前が成人したら成金だぞ」と茶化すかも知れない。将棋だと「歩」は「と金」に変わるからねぇ。
   

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選択肢の無い選挙 / 使い捨てにされる安倍晋三

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消費税アップに利用された坊や

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  安倍政権は消費税アップを以て日本経済を沈めることにしたようだ。通常、増税を掲げて選挙を戦うのは愚策だが、どうやら輿論調査で惨敗がなさそうだと判ったらしい。確かに、現在の野党を見てみれば、どいつもこいつもポンコツで、とても国民の人気を得るようには思えないから、自民党の執行部は「まぁ、安倍政権の人気は“まずまず”だから、大丈夫なんじゃないか・・・」と高を括っているのだろう。もちろん、消費税アップを嫌って非自民に投票する国民もいるから、自民党の候補者に「死傷者」が出るのは免れない。でも、その数は微々たるもので、自民党の幹部連中は政権崩壊まではない、と踏んでいるはずだ。ただし、財務省とその協力者となっている議員たちは、「安倍に嫌なこと(増税)をやらせて、お払い箱にすればいいだけさ !」と思っている。「総理一年、アイドル二年で使い捨て」というのが通説だから、安倍総理を小馬鹿にする財務官僚からすれば、「7年も続いたんだから満足だろう !」と言いたいのかも知れない。

  総理大臣の安倍晋三に対する世間の評価は様々である。百田尚樹や櫻井良子みたいな「すり寄り派」や盲目的な「安倍応援団」は、未だに“保守派議員”という幻想に酔っている。安倍氏がどれほど反日政策を断行しようとも、「安倍首相はトランプ大統領と仲がいい」とか、「対ロシア外交でうまくやっている」、「中国包囲網で米国と協調路線を取っている」といった点を取り上げ、安倍政権に対する批判が無い。一方、反自民を掲げる左翼分子は、端っから安倍氏を嫌っているから、何をやろうが評価せず、あること無いことをゴチャ混ぜにして総攻撃だ。彼らにあるのは「自己愛」ばかりで、日本の将来を憂う「愛国心」は微塵も無い。立憲民主党の枝野幸男や辻元清美、福山哲郎、蓮舫、佐々木隆博の顔を見れば解るじゃないか。

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(左 : 枝野幸男  /  辻元清美  / 福山哲郎  / 右 : 蓮舫  )

  今では保守派からも糾弾される安倍総理だが、そもそも彼の正体はいったい何なのか? 一般国民には自民党内部の詳しい事情は分からないし、判断材料となる証拠や裏話も摑めないから、明確な判断はしづらい。ただ、幾つかの推測はできるから、その内の三つを挙げてみる。

① 安倍晋三は元々が左翼で、「保守派議員」というのは有権者を騙すための仮面であったという説。拉致事件に関心を示したのは、愛国者をアピールするための手段で、攫われた邦人を救出するつもりはなく、全国的人気を博するための演技。「憲法改正」も単なる“掛け声”に過ぎず、最初から実現不可能と分かっていた。岸信介に言及したのは、「祖父の志を受け継ぐ孫」を宣伝すめためで、自主憲法制定はどうでもいいと思っている。

② 総理に就任する前は改憲をしたかったが、自民党内からの反対や抵抗が意外に強く、改憲勢力を集めているうちに「これは無理」と悟って断念した説。第一回目の消費増税は“嫌”だったけど、財務省と財界からの圧力が強すぎて反対できず、やむなく実行。増税による景気の腰折れを目にして後悔するが、「どうしようもなかった」と言い訳する。前回の失敗を悔いているが、またもや財務省の奸計に引っかかって第二回目の増税を了承してしまう。入管法改正やアイヌ新法、水道民営化、LGBTに関する保守派国民からの反撥は知っているが、「政権維持のためには仕方ない」と自分に言い聞かせて、参議院選挙に臨んでいる。

③ 「単なる馬鹿」説。支持者からの非難は理解しているが、党内の古株議員や族議員、支那人や朝鮮人の手下、高級官僚を前にすると、「お説ごもっとも」と述べて賛成してしまう。側近から「消費増税は危険です」と助言されても、「財務省と財界がOKと言っているだから大丈夫なんじゃないの」と斥け、恐ろしい結果を予測できない。自分では「保守派」のつもりだが、周囲から見れば「良家のお坊ちゃん」程度。露骨に言えば、知能が低い木偶の坊。愛想が良くて親しみやすいが、決断力に欠け強靱な意志が無い。退任後、「どこで間違ったのか?」と迷い、「なんで、こんなに批判されるのか !」と嘆くタイプ。

  筆者は茶の間で安倍政権の方針を眺めているだけだけなので、はっきりしたことは言えないが、どうも安倍総理は政権維持のために自民党左派や売国奴議員の要求を飲んでいるようにしか見えない。もちろん、安倍氏が進んで二階俊博や菅義偉に協力し、“営業保守”という仮面をつけている事は否めないし、根っからの詐欺師ということも考えられる。問題なのは、安倍総理の言行不一致で、国民に表明した信念と実際の行動が大きくズレていることだ。そういえば、安倍氏はウィンストン・チャーチル首相が連合国を勝利に導いた事を引き合いに出して、次のように述べていた。

  チャーチルは若い頃から、すぐれた伝統と文化をもつ大英帝国の力を維持するには、国民生活の安定が不可欠だと考え、社会保障の充実を唱えてきた。安全保障と社会保障、── じつはこれこそが政治家としてのわたしのテーマなのである。確たる信念をもち、たじろがず、批判を覚悟で臨む ── あらたな決意だった。(安倍晋三 『美しい国へ』 文春新書、 2006年、 p.41.)

  この本を読んだ国民は、「えっ、こんな事を言っていたの?!」と驚いてしまうが、『美しい国へ』は第一次安倍内閣の平成18年に出版され、当時、安倍総理は「美しい国づくり」を看板にして保守層の期待を背負っていた。しかし、現在はどうか? 「美しい国づくり内閣」どころか、見るもおぞましい「亡国へと導く醜い内閣」となっている。とりわけ、移民導入の罪は赦しがたく、安倍総理は後の歴史家から「日本人撲滅を実行したA級戦犯」と糾弾されるに違いない。安倍総理は著書の中で少年時代を振り返り、東京オリンピックが行われた昭和39年(1964年)、日本は輝いていたと回顧している。だが、入管法の改正により外人労働者が激増し、従来の日本的風景が消え失せ、国家を構成する「人間」の質までもが危機にさらされている。祖父の岸信介が現在の日本を目にしたら 卒倒するんじゃないか。江戸時代、徳川幕府により毛利家の領地は減らされ、廃藩置県で長州藩は消滅した。しかし、萩に住む領民は日本人のままで、貴族院議員になった毛利の殿様も日本人のままだった。ところが、安倍総理は祖国を「アジア人ランド」に変えようとしている。故郷の長州にもアジア人が増えてくるから、中国地方だって支那人の侵略を免れず、文字通り「チャンコロ地方」になってしまうだろう。また、日本での就職を求めて朝鮮人が流れ込めば、あちこちに長州力(本名 / 郭光雄)みたいな朝鮮人がはびこり、スポーツ界や藝能界のみならず、他の分野も朝鮮人の縄張りになる虞(おそれ)もある。

  安倍総理は吉田松陰が好んだ孟子の言葉、「自ら反(かえり)みて縮(なお)くんば千万人といえども吾(われ)ゆかん」を引用し、自分なりに熟慮し、間違っていないと確信したら断固として前進する、と息巻いていた。(上掲書 p.40.) だが、実際は違っている。例えば、安倍氏は内心「嫌だなぁ」と思いつつも、財務省と自民党の圧力を受けて消費税を5%から8%に上げてしまった。 案の定、消費は低迷し、日本経済は成長せず、国民の気分は落ち込む一方。側近には「やらなきゃ良かった」と愚痴をこぼしていたという。それなら、いっそのこと消費税を5%に戻せばいいのに、今度も財務省に屈して、消費税を10%に上げましょうと宣言するんだから正気の沙汰とは思えない。一度目の誤りは悲劇だが、二度目の誤りは喜劇である。何しろ、前回の失政の反省をして、再び失政を繰り返そうとするんだから、「馬鹿」としか言い様がない。「安倍さんは頭がいい」と褒めていた日下公人先生は、この醜態をどう考えているのか? 

  保守派国民の多くは安倍氏の変貌に失望し、憤慨する者に至っては「安倍降ろし」を叫んでいる。だが、困ったことに、「誰を以てポスト安倍にするのか」という難問がある。なるほど、保守派国民が団結すれば、この裏切者を追放するのは可能だろう。しかし、次の総理になる者が実力派左翼の菅義偉であれは、安倍氏よりも更に左旋回になるし、石破茂などは論外だ。じゃあ、小泉進次郎になるのか、と言えば、いくらなんでも閣僚を経験せずに、直ぐ総理大臣にするなんて無謀である。マスコミは大喜びになるが、日本はコメディアンが大統領になったウクライナじゃない。(ポロシェンコに代わって大統領となったウォロディミル・ゼレンスキーはユダヤ人の両親を持つ喜劇役者である。ちなみに、ポロシェンコを支援したヴィタリ・クリチコもユダヤ人で、彼は弟のウラディミールと共に世界的に有名なプロ・ボクサーだ。日本でも人気が高く、WBCやWBOの元世界チャンピオンだった。引退後は政界に進出し、キエフ市長になった。)

Zelensky 4Vitali Klitschko 4








( 左 : ウォロディミル・ゼレンスキー   /    右 :  ヴィタリ・クリチコ )

誰に投票していいのか分からない

  保守派国民の何割かは、消費税アップを推進する自民党に叛旗を翻し、他の政党に投票するかも知れないが、どの候補者に入れたらいいのか戸惑う者も出てくるはずだ。参議院選挙で安倍政権を拒絶するのはいいが、自民党以外の政党を見たとき、「どれも嫌だ !」と思う人は結構いると思う。自民党の代わりとして日本維新の会に投票する人もいるけど、維新は関西を地盤とする地域政党だから、関東や東北、九州、四国に住む有権者には縁が無い。それに、極悪人の鈴木宗男が入党し、参院議員選挙に出馬する予定なんだから吐き気がする。では、自民党を見限り、仲良しの公明党に投票するのか、と言えばこれも「NO」だ。「死んだって創価学会に入れないぞ」と踏ん張る人もいるから、これも駄目。いくら貧乏になっても池田大作は拝めない。なら、「他はどうだろう?」と見渡しても、背筋が寒くなるばかり。左翼政党はもっと酷く、立憲民主党や国民民主党じゃ悪夢の再来だ。とりわけ、国民民主党には“あの”小沢一郎がちゃっかり顔を並べており、まだ性懲りも無く政権交代を目指している。山本太郎と離れたら、枝野幸男にくっ付くなんて。小池百合子が「誰と寝たっていいじゃない」と言えばまぁ赦せるが、小沢が言えば気持ちが悪い。共産党や社民党に至ってはもう論外。こんな政党に投票する奴は、日本が滅んでもハッピーという「マニアック」集団だ。昔を忘れられない白髪の元運動家や、現実無視のクルクルパー、皇室を呪う反日主義者というのが大半である。

  こうして野党を眺めてみれば、まともな国民は投票所に赴くのが馬鹿らしくなるだろう。日本を愛する保守的国民の悲劇は、自民党が反日政党になったことではなく、自民党に代わる選択肢が無い、という惨状である。現在の小選挙区制だと、中選挙区制とは違い、自民党から出馬する候補者はたった一人で、自民党支持者はアホでもアカでも党が押しつける人物を支持するしかない。もし、嫌なら別の候補者に入れるべきなのだが、田舎だと「自民対共産の一騎打ち」とか、「自民、公明、立憲民主から一人選ぶ」といった残酷な選挙となる。「選挙」とは名ばかりで、色違いの毒薬を選ぶようなものである。あたかも、魔界の食堂に入ったような気分だ。激辛の「地獄ラーメン」とかならいいけど、メニューに載っている料理が、「ウジ虫のパエリア」とか「ウンコ入りのカレー・ライス」、「砒素をトッピングしたピザ」という珍品ばかりなら、どれも注文したくない。

  マスコミに踊らされた国民は選挙権をもらって「デモクラシー万歳 !」と喜んでいるが、大衆政治となれば議員の質が低下するのは目に見えている。烏合の衆が政治家を選ぶとなれば、その当選者が持つ資質は平均以下になるのは必然で、民衆は自分が投票した人物に失望する。日本人はみんなから選ばれた代議士よりも、家柄で行政官となる武士の方を尊敬するから面白い。堕落した現在の日本でも、ある程度の判断力を備え、愛国心に燃える有権者はいると思う。ただ、そうした良質な国民は各地に散らばって住んでいるから、確固とした票田にはならない。(オウム真理教みたいに僻地に集団移動するなら別。) もし、多く居たとしても、当選させる程の数じゃないし、有徳の士が出馬してくれるとも限らない。

Harold Mackinder 1(左  /  ハロルド・マッキンダー)

  昔なら、各藩にお殿様がいたから庶民は安心して政治を任せることができた。藩主は普段から優秀な家臣を育成し、危機が来ればその中から適切な人物を抜擢することで、藩の維持・改革を実行することができた。また、一旦緩急となれば命懸けで領民を守る。武士なら平時でも有事を考えるから頼もしい。「有事は無い」という前提で政治を行う現在の国会議員とは大違い。地政学で有名なハロルド・マッキンダー卿(Sir Harold John Mackinder)が言っていたけど、真の政治家が持つ最も大切な資格は、その予見能力にあるそうだ。(H.J.マッキンダー 『デモクラシーの理想と現実』 曽村保信訳、原書房、1985年、 p.228.) 武士は軍事・外政のプロだから、常に国防や兵器開発、国力増進に敏感なのは当たり前で、諜報活動や謀略工作に関しても抜かりがない。利権目当ての国会議員とは格が違うというより、次元と種族が違っている。

  敗戦後の日本では悪平等がはびこり、僅かに残っていた武士の気風までもが「軍国主義」と共に一掃されてしまった。「デモクラシー」といっても、その実態は身分制度を破壊した残骸の上に立つ平等主義だ。権力を付託された代議士といっても、大半は“卑しさ”と“無能”を特徴とするタカリ屋に過ぎない。庶民はマスコミに扇動されやすいが、政界の現状に関しては案外冷静な意見を持っている。たとえ、自分が選んだ代議士でも、滅多に尊敬することはなく、心の片隅で「高給を貪る木偶の坊」と蔑んでいるのだ。不甲斐ない政治家に失望した国民は、「誰か素晴らしい候補者はいないものか」と嘆くけど、民衆政治の時代では「無いものねだり」となってしまう。だいいち、有能な人物は政治家を目指さない。実力が認められる業界で活躍する逸材は、愚民を相手にしたドブ板選挙なんてやらないし、女房子供まで巻き込んで有権者に頭を下げるなんて嫌だ。しかし、一般人には国家の経綸を担うエリートが必要となる。マッキンダーによれば、本来、格別に優れた頭脳の持ち主がやるべきことは、その周囲の人々をリードして、できるだけ彼らの心的負担を軽くしてやることにあるという。(上掲書 p.229.) ところが、今の日本では逆。選ばれた議員は国民に余計な負担を掛け、経済を悪化させた上に、アジア人を輸入して、社会の基盤まで破壊しようとする。本当に悲しくなるけど、末期的症状としか言いようがない。

  安倍総理は夏野剛との「ヤラセ会談」を行い、「消費税でもらったお金は少子高齢化対策や子育て支援に充てます」とか、「増税のによるダメージは様々な対策で軽減します」と暢気な戯れ言を述べていた。だが、まともな国民からすれば、「これから失政を断行するので勘弁してね !」と言っているようにしか聞こえない。そもそも、消費税をアップして景気を悪くするなら、最初からしなけりゃいいじゃないか。税負担を重くして一般国民の生活を苦しめ、将来の展望を暗くした後で、「教育の無償化により家計の負担が軽くなります !」と言われたって嬉しくない。夏野氏との対談では、お得意の「外交」とやらをアピールしていたが、安倍総理が実質的に行った「外交」といえば、アメリカに追随しただけじゃないか。つまり、トランプ大統領に気に入られ、「米国と一緒に支那や北鮮と対決します」と示しただけで、日本が自主的に何かをした訳じゃない。自民党は「安倍外交」を宣伝するが、「F35ステルス戦闘機を105機購入します」と言えば、誰が日本の首相を務めても米国からの評判は良くなる。それよりも、安倍総理には日本の国防を考えているのか、と問いたい。消費税アップで日本経済を窒息させるより、兵器開発で国内の製造業を活気づけ、日本の技術力をアップさせた方が賢明じゃないか。

Takasugi 1Kishi 2Abe 5Kan 1










(左 : 「長州の英雄」高杉晋作 / 岸信介 / 「長州の恥」になった安倍晋三 / 右 : 「長州の政治家」と認められない菅直人 )

  夏野氏との対談で安倍総理は憲法改正への意欲を示していたが、正常な国民なら「参議院選挙で失敗して改憲なんて出来るのか?」という疑問が湧いてくる。もし、参院選挙で惨敗すれば、憲法改正どころか、安倍政権の崩壊となる可能性が高い。総理退陣後、安倍氏は長期政権を築いたことを自慢するだろうが、彼のしたことは日本経済を衰退させ、日本人の活力を奪い、忌まわしい多民族社会を誕生させ、亡国への道を整備しただけである。結局、安倍氏は首相になった祖父と外務大臣の父を持つ“お坊ちゃん”に過ぎなかった。彼は『美しい国へ』の結びに、「この国を自信と誇りを持てる国にしたいとう気持ちを、少しでも若い世代に伝えたかった」から本を書いたと述べている。(p.232) しかし、デフレ不況を悪化させた首相が、若者に「自信と誇りを持て」と発破をかけても無駄だろう。もし、こうした日本に住むことを喜ぶ若者がいるとしたら、それは安倍氏が招いたアジア人労働者である。本人の言い訳が何であれ、「アジアからの貧民が希望を持てる国」というのが、安倍総理がもたらした「日本」の姿である。長州の国民は菅直人を斥け、彼の「騎兵隊内閣」を笑っていたけど、彼らは「長州の恥」となった安倍晋三をどう思っているのか。国士であった岸信介なら、「申し訳ない」と世間に謝り、巣鴨に座敷牢を作って反省するかもね。




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