無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

2019年06月

橋下徹の怨念 / 家系を隠したい人々

教科書に載せて全日本人に知らせたい現代史 支那人の卑史 朝鮮人の痴史
黒木 頼景
成甲書房


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戸籍を抹殺したい左翼勢力

  大抵の日本人は、日本人の親から生まれ、日本で育ち、日本人と結婚して日本人の子供を持つ。そして、命が尽きると日本の土に還り、家族が恋しくなるのか、盆暮れ正月にひっこり現れたりする。日本人は家族のような国家を築いてきたので、異邦人の集落というのは滅多に無く、多少なりとも皆が知り合いだ。ところが、日本を恨む連中は、公職に就いても自分の素性を隠すことが多い。自分が何処で生まれ、誰の子供なのか、つまり、どんな両親を持っているのか、どんな祖父母がいるのか、といった情報を「プライバシー」の楯で曖昧にし、決して明らかにしないのだ。もし、政治家や裁判官、警察官、公務員になろうとする者が、故郷や両親を公表できない人物だったら、我々は得体の知れない不安に包まれ、疑心暗鬼の生活を送ることになるだろう。だって、どんな思想を持つ人物なのか判らぬ奴が、公権力を握るなんて恐ろしいじゃないか。

Hashimoto 1  セーレン・キルケゴールやフリードリッヒ・ニーチェの哲学を学んだ人でなくても、「ルサンチマン(憎悪・憤慨 / ressentiment)」という言葉を聞いたことがあるはずだ。人間というのは自分が隠したい事をバラされると、その屈辱を一生忘れられず、「あの野郎 !」と何度も想い出すので、バラした人間を心の底から恨むようになる。(デイヴィッド・ヒュームが言ったように、人は理性よりも感情に支配されてしまうのだ。) 去年、元大阪府知事の橋下徹は、日本の戸籍制度に文句を付けたことがある。というのも、彼には苦い経験があるからだ。橋下氏が府知事から大阪市長になったとき、佐野眞一と週刊朝日が彼の出自を調べ、被差別部落出身であることや父親がヤクザであるとの恥部を暴露した。これに激怒した橋本市長は裁判を起こし、佐野氏と朝日側は和解金を払うことで訴訟を収めたが、恥ずかしい過去を暴かれた橋下氏が、その怒りを鎮めたとは思えない。彼が戸籍制度に反撥を覚えるのは、個人的な怨念を持っているからだろう。

  橋下氏は徹底的に戸籍制度を嫌っている。彼は雑誌に投稿した文章の中でこう述べていた。

  ・・・現戸籍における本籍地や出生地の記載は被差別地域を確認すること意外に使い道がありません。本人の本籍地は簡単に変えることができますが、本人の出生地や祖先の本籍地・出生地は延々と付いてきます(戸籍を遡って検索できます)。そして本人の出生地や祖先の本籍地・出生地は今の日本社会において提出を求められることがないのに、ずっと戸籍に記載が残ったまま。・・・・この不要な戸籍記載こそが、悲惨な差別問題を引き起こしているにもかかわらずです。(橋下徹 「日本の戸籍は差別助長のツールだ」、 PRESIDENT Online, 2018年2月28日)

  忌まわしい過去や恥ずかしい家系を背負いながら生きている橋下氏からすれば、日本の戸籍制度は憎しみの対象でしかない。橋下少年にしたら、まるで生まれたときから出生地と血筋が入れ墨のように刻印されているようなものだ。何度洗っても、どんな学校を卒業しても、弁護士や政治家になっても、決して消えることがない烙印となれば、自然と悔し涙が流れてくる。日テレの法律番組で一躍有名人になったのに、週刊朝日に家系をバラされたんだから、橋下氏が日本社会を恨むのも当然だ。しかし、一部の者が不満を抱いたからといって、日本社会に必要な制度を撤廃するのは間違いなんじゃないか。日本という文明国を構成する人間の素性が謎のままで、どんな人物が隣に住み、試験に合格しただけで役所に入って権力を行使するなんて、考えただけでも不気味である。人間というのは野生動物とは違い、誕生日を祝ったり、結婚式を挙げることもあれば、葬式を行って命日を暦に刻んだりする、極めて異質な生物だ。ましてや、日本国民ともなれば、単なる地上の人間ではなく、先祖代々「日本」を支えてきた特別なメンバーで、皇室と常に苦楽をともにしてきた高尚な民族である。ゆえに、我々と同じ先祖を共有しない朝鮮人といったアジア人は、いくら日本国籍を取っても「日本人」にはなれない。

  戸籍にイチャモンをつけるのは、昔から左翼が用いてきた手口である。「天皇制研究会」とツルんでいた福島瑞穂は、弁護士時代から結婚制度や戸籍制度を呪っていた。福島と同じく、皇室を心から憎む極左活動家の佐藤文明は、戸籍を天皇の「臣民簿」と罵る。

  ・・・戸籍簿は「日本臣民簿」、つまり天皇・皇族に支配されている家来達の登録簿なんですね。別な言い方をすれば「皇民簿」と呼んでもいいと思います。(佐藤文明 「象徴天皇制にとって戸籍とは何か」、戸籍と天皇制研究会 編 『戸籍 解体講座』 社会評論社1996年 p. 21.)

  日本の伝統や文化を憎む佐藤は、「家」を大切にする日本人に恨みを抱く。彼は天皇制イデオロギーと「家族国家観」を絡めて批判し、世帯主という発想や家父長制を皇室攻撃に用いていた。日本人が敬愛する陛下を憎む佐藤は、なぜ天皇に権威があるのか、その理由を説く。家では父親、すなわち戸主が偉い。女房子供は逆らえないほどだ。しかし、天皇はその戸主より偉い。戸主はその家の氏神とか祭祀を継いで家を守っている。そして、この氏神を遡ってゆくと、天皇の祖先である「皇祖」に辿り着く。氏神様よりもっと上の本家として天皇家があるから天皇は偉い人になる、というのだ。(上掲書 p.29.参照) 佐藤によれば、天皇制は人民を支配するためのイデオロギーで、戸籍は隷属化された民衆の登録簿になるらしい。皇室撲滅を目指す左翼は、日本人をロシアにいた農奴のように扱っているのだ。

  ちなみに、この佐藤文明は戸籍廃絶ばかりではなく、在日鮮人の指紋押捺にも反対する活動家だった。しかも、彼を囲む面子がこれまたすごい。まだ息のあった社民党のお陰で衆議院議員となれた保坂展人(ほさか・のぶと / 世田谷区長)、土井たか子の古株秘書として権力をふるっていた五島昌子、朝鮮人を熱心に支援する極左学者の田中宏(元一橋大学教授)など、ゾッとするような人物が亡くなった佐藤を偲んでいる。

  一介の左翼人弁護士から社民党の党首にまで出世した福島瑞穂は、前々から結婚制度や戸籍制度に恨みを抱いていた。「女性の権利」を守ると嘯く福島は、女性が結婚するとなぜ夫の戸籍に入らねばならぬのか、どうして夫の姓にしなければならないのか、と文句を垂れていた。彼女は婚外子の件にも触れて、戸籍が如何に差別的なのかを説く。(上掲書 pp.112-115.) 福島によると、日本国民を「個人単位」にすることで、婚外子による戸籍の汚点や、夫婦同姓による不便さ・煩雑さから「自由」になれるという。福島は「身分登録は個人カードにすべし」と述べた川島武宜、並びに、それを支持した我妻栄に言及し、砂粒のような日本人を理想とする。ここでは述べないが、我妻栄は本当に極悪人で、日本人を懲らしめるための占領憲法ができたことで大喜びだった。この極左学者は明らかな確信犯で、憲法に従う民法を利用して、日本人の精神をズタズタにし、国家を内部から崩壊させようと企んだのである。それなのに、東京大学や植民地大学の学生は、読解力がないのか、それとも暢気だから気づかないのか、その真相は分からない。一般的に、日本人はマスコミとか世間の“評判”に弱いから、「我妻先生は民法の泰斗なんですよぉ~」と聞けば、「えぇっ~、そうなんだ~。じゃあ、一生懸命、勉強しなきゃ !」と思い込む。恐ろしい内容を含んだ講義なのに、その意図を疑わず、簡単に洗脳されてしまうんだから、日本の学生はどんな優等生でもボンクラだ。特に、法学部の卒業生は健康な狂人になっているから、「お気の毒」としか言い様がない。

立身出世を遂げた苦労人、アレグザンダー・ハミルトン

Alexander Hamilton 2(左  /  アレグザンダー・ハミルトン)
  他人に自慢できない家族を持っていても、それを克服して偉大になった政治家は少なくない。例えば、アメリカ合衆国を建てた父祖の中でも、初代財務長官となったアレグザンダー・ハミルトンは驚くほどの苦労人で、その生い立ちは特筆に値する。( 興味がある人は「Willard Sterne Randall, Alexander Hamilton : A Life, Harper  Collins Publishers, New York, 2003」を読んでみてね。) 彼の幼少時代を語るなら、先ずその母親レイチェル(Rachel)について述べねばならない。アレグザンダーによれば、母方の祖父はジョン・フォセット(John Fawcett)なる医者で、フランス出身のユグノーであったらしい。ジョンの妻、すなわちアレグザンダーの祖母はメアリー・アピングトン(Mary Uppington)なるイギリス人で、ジョンと結婚する前、既に二人の子供を産んでいたそうだ。結婚に伴い、フォセット夫人は合計七人の子供をもうけるが、生き残ったのは二人の娘だけで、アンとレイチェルの姉妹である。結婚前に生まれた姉のアンはのちに、ジェイムズ・リットン(James Lytton)という裕福な農園経営者と結婚する。

  フォセット夫妻は西インド諸島にあるネーヴィス島で小さな砂糖農園を営むが、ある時期、謎の病気が島全体に蔓延し、ほとんどの草木が枯れてしまい、住民は次々と島を離れてしまう。さらに不運は重なるようで、フォセット夫妻には口論が絶えなかった。意思が強く、そのうえ機転が利くメアリー夫人は、リーワード諸島の裁判所に離婚を求めた。二人の間に和解が成立すると、彼女は夫の財産に対する権利を放棄し、僅かな年金をもらうことだけで離別することにしたそうだ。彼女は娘のレイチェルを連れ、セントクロワ島で人生を再スタートさせようとした。

  そこに、ヨハン・ミカエル・ラヴィーン(Johann Michael  Lavien)という「デンマーク人」が現れる。彼は衣服を扱う雑貨商で、野心を抱いてセント・クロワ島に着くと、小さな砂糖農園を購入したそうだ。レヴィーンは裕福ではなかったが、それを隠すように派手な衣装に身を包み、金持ちの結婚相手を探していたという。この煌(きら)びやかな服装に惑わされたのが、レイチェルの母メアリーである。彼女は16歳の娘を21歳も年上のレヴィーンに嫁がせることにした。未来の息子アレグザンダーによれば、若きレイチェルはレヴィーンとの婚姻に乗り気ではなかったが、母の希望なので渋々従ったらしい。まだ10代の花嫁はピーターという息子を産み、この子だけがレイチェルの嫡出子となった。

  若くて美しい女性を嫁にしたラヴィーンには、人には明かさない“怪しい”側面があった。「レヴィーン」というのは、セファルディム系ユダヤ人が持つ「ラヴィン(Lavine)」という氏名の変形で、ハミルトンの伝記作家達は彼をユダヤ人と推測している。スペインの「マラーノ(Marrano / 偽装キリスト教徒のユダヤ人)」もそうだけど、ユダヤ人というのは素性を隠して「ヨーロッパ白人」のように暮らすから、実に油断がならいな。もし、メアリーがラヴィーンの正体を知っていたら、決して娘を嫁に出すことはなかっただろう。というのも、当時、ユダヤ人との結婚なんて論外だから、年頃の娘を賤民に紹介する親なんてまずいなかった。

  こうした憶測はピーターの「洗礼」からも由来する。奇妙なことに、ピーター・ラヴィーンは23歳の時に“こっそり”とキリスト教の洗礼を受けたのだ。おそらく、親爺のヨハンは隠れユダヤ教徒で、幼い息子をキリスト教徒にしたくなかったのだろう。だが、ヨーロッパ人のコミュニティーで生活するとなれば、「無宗教」でいることは難しいし、「どうしてキリスト教徒ではないのか?」と尋ねられれば答えに詰まってしまう。だから、商売や生活のために、名目上でもキリスト教徒になっていた方が得だ、と考えたのかも知れない。これは在日朝鮮人が日本に帰化するのと同じ理屈だ。「生活上便利だから」というのが鮮人の発想で、この第三国人どもは運転免許証を取るような感覚で日本国籍を手にする。

  砂糖農園を経営して「ひと財産」を築こうとしたラヴィーンであったが、利益よりも借金が増えてしまい、彼は妻の財産を食い潰してゆく。1750年頃には、夫婦の生活が険悪となり、レイチェルは家を出ようと試みた。しかし、プライドを傷つけられたレヴィーンは、女房を懲らしめる目的で姦通罪をでっち上げ、デンマークの法律を利用すると、彼女をクリスチャンステッドの牢獄に放り込んでしまったのだ。身の毛もよだつ監獄に入れられたレイチェルであったが、夫の期待を裏切り、数ヶ月の囚人生活にもめげなかった。恐ろしい上に孤独な生活を強いられたレイチェルであったが、離婚の意思は変わらず、釈放された後、彼女は息子のピーターを捨ててラヴィーンの元を去る。しかし、彼女は正式な離婚ができず、恥知らずの淫売という汚名を背負ったまま暮らすことになった。

  新たな生活を始めたレイチェルは、スコットランドで上流階級に属するセイルント出逢う。カンバスキース(Cambuskeith)系ハミルトン家に育ったジェイムズ・ハミルトン(James Alexander Hamilton)こそ、アレクサンダー・ハミルトンの実父ある。このジェイムズは毛並みが良く、彼の母エリザベス・ポロック(Elizabeth Pollock)は準男爵の娘であったそうだ。ただし、ジェイムズは四男であったから、長子相続の恩恵には与れず、グラスゴーで徒弟修行を終えた後、西インド諸島へと移り住むことになった。案の定、大地主のお坊ちゃんには商才が無く、農園事業を興しても失敗続き。兄のジョンは周囲に内緒で弟の尻拭いをしていたそうだ。息子のアレグザンダーによれば、父ジェイムズは「プライドが高すぎた」らしい。だが、この父には怠け癖があったらしく、頭脳明晰で努力家の息子とは対照的だ。それでも、ジェイムズの性格には非の打ち所が無く、立派な態度を有する紳士であったという。確かに、商売人の家庭から見ればジェイムズは駄目男だが、当時の貴族や紳士は貪欲なビジネスマンとは程遠く、どちらかと言えば「武士の商売」をするような人々であった。

  正式な離婚ができぬまま独り身となったレイチェルは、チャールズタウンでジェイムズとの生活を始め、内縁関係だったが正式な夫婦のように装っていた。二人の間にはジェイムズ・ジュニアとアレグザンダーが生まれる。この息子達は英国領の島で生まれたことで、ジョージ二世に忠誠を誓うブリテン国民となれた。弟のアレクサンダーは母親の資質を受け継いだのか、鋭い知性と素晴らしい容姿に恵まれていた。彼は華奢な体つきであったが、薔薇色の頬に、赤みがかった茶色の髪、透き通った青い瞳を持つスコット人であったらしい。そして、彼の頭脳は無類の読書好きで磨かれることになる。ただし、彼は「庶子」ということで、アングリカン系の学校に入れず、正式な教育を受けなかったそうだ。その代わり、家庭教師について勉強したという。たぶんユダヤ人教師の指導によるものだろうが、アレグザンダーはヘブライ語を習い、モーゼの十誡を暗記したそうだ。また、フランス系の母親から教えてもらったのだろうが、彼は流暢にフランス語を喋ることができたので、政界に入ってからベンジャミン・フランクリンやトマス・ジェファソンのように苦労しながらフランス語を学ぶ事はなかったという。

  後のアレグザンダー・ハミルトンからは想像できないが、彼の少年時代はとても不幸で、小さいのに心労が絶えなかった。父親のジェイムズは商売が上手く行かず、のちに妻と子供を残して家を離れ、彼がアレグザンダーに会うことは二度となかった。父を失った13歳のアレグザンダーは、もう片方の親も失うことになる。1768年、レイチェルは高熱にうなされ、嘔吐や腹部膨満に苦しみながら38歳の若さで息を引き取った。だが、孤児となったアレクサンダーには更なる不幸が待ち構えていた。

  母親は他界したが、その借金は無くならず、請求書が山のように届いたそうだ。しかも、あのヨハン・レヴィンが亡き母の遺産を狙いにやって来たのである。レイチェルと別れた後、レヴィンは別の女性と懇ろになり、同棲生活をしていたという。彼はこの女と結婚するため、急に離婚訴訟を起こし、自分が有利になるようレイチェルを恥知らずの淫婦に貶めたそうだ。また、彼は自分の財産も確保しようと考えていた。もし、自分が死んだらレイチェルに財産が渡ってしまうので、ラヴィーンは息子のピーターだけに相続権が移るよう手配し、彼女の「私生児」が相続人にならぬよう法的な手続きを済ましていた。この強欲なラヴィーンは根っからの下郎で、ジェイムズ・ジュニアとアレクサンダーを「私生児 / 淫売の子供(whore-children)」と呼んでいたという。生涯、アレグザンダー・ハミルトンがこの男を憎んでいたのも無理はない。

  レイチェルが死んだことを知ったラヴィーンは、彼女の「非嫡出子」から財産を奪おうと考えた。裁判所は三人の子供のうち、誰が相続人になるのかを検討したそうだ。そこで、ラヴィーンはジェイムズとアレクサンダーを「密通」によって生まれた庶子と罵倒し、息子のピーターのみを正式な遺産相続人と主張したのである。この主張が功を奏したのか、裁判所はアレグザンダーとジェイムズを相続人とは認めず、全財産はピーター・ラヴィーンのものとなった。父親を別にするピーターは、レイチェルが残した“ささやか”な財産を全て持ち去り、貧しい孤児となった弟にビタ一文たりとも与えることはなかったという。こうした屈辱を味わったアレクサンダーは、不幸にめげず、キングズ・カレッジに進学し、戦争が起きると砲兵中隊の隊長となった。さらに、ジョージ・ワシントンの副官として従軍し、二階級も特進して陸軍中佐となった。退役後、弁護士となったハミルトンが合衆国憲法の起草に携わり、初代の財務長官となったのはご存じの通り。

  橋下徹の恨みを語る際に、アレグザンダー・ハミルトンの例を挙げるなんて馬鹿げているけど、二人の違いは背負った不幸の「質」にある。なるほど、ハミルトンは「非嫡出子」で世間からの冷たい目に晒されたが、その血筋はスコットランド貴族に連なり、父親は不甲斐ない経営者であっても上流階級の紳士だ。ハミルトン家は美しい丘に建つ城「ケリロー・キャッスル(Kerelaw Castle)」を所有し、幼いジェイムズはこの豪邸で過ごしていたという。不貞をはたらいた淫売と侮辱されたレイチェルだって、フランス人の父とイギリス人の母から生まれた貴婦人だ。しかも、地元の男性を惹き付けるだけの知性と美貌があったから羨ましい。確かに、アレグザンダー・ハミルトンは貧しい少年時代を送ったが、名門の家系に属し、美しい肉体を受け継いでいたからラッキーだ。

  これが、朝鮮人だと全く違ってくる。日本に住み着く在日朝鮮人は闇市で儲けた第三国人とか、犯罪や悪徳にまみれたゴロツキなんだから、その子孫が先祖を自慢することはできない。しかも、朝鮮半島に住んでいた先祖は悪臭漂う貧民で、大半が「白丁」か「奴卑」の如き下層階級だ。支那人は露骨に朝鮮人を「濊族(わいぞく)」と呼んでいたんだから酷い。つまり、「ケダモノみたいに汚くて臭い奴ら」という意味である。たぶん、昔の朝鮮人は鼻が曲がるほどの悪臭を漂わせ、不潔極まりない連中であったに違いない。でも、日本の学校では一切教えないから、本当の朝鮮史は闇に葬られている。帰化鮮人が筆者のような日本人を嫌うのは当然で、拙書『支那人の卑史 朝鮮人の痴史』を目にすれば、怒りに震え全ページを破り捨て、炎の中に叩きつけるに違いない。日本に住む支那人や朝鮮人にとって恐ろしいのは、隠蔽された過去を知る日本人である。

  とにかく、帰化したアジア人や被差別部落出身の者が、戸籍制度に不快感を持つのは不思議じゃない。恥ずかしい家族や卑しい血筋は本人の努力で消すことができないからだ。橋下徹が日本社会に反撥を感じるのは、日本人が祖先から脈々と流れる血統を大切にし、それを子孫に伝えようとするからだろう。この有名弁護士には、いつも疎外感と屈辱感が付きまとっている。彼には根本的なところで日本を愛する気持ちが無い。橋下が口にする「愛国心」などは人気取りの方便であり、まともな日本人なら斥ける類いのリップサービスだ。「たこ焼きが美味しいから」とか、「阪神タイガースの本拠地だから」大阪が大好き、というのと同じである。

  伝統的社会を改造しようと企む橋本や反日活動家は、不満を持つ国民を焚きつけて大きな潮流を作り、慎重な検討を経ずに法律を変えようとする。「何も考えず感情で動く馬鹿を利用しろ !」というのが左翼の合い言葉で、御用学者とエージェントで固められたテレビ番組を無警戒に観る国民は、本当に愚かだ。まともな国民はコメンテイターの意見を鵜呑みにせず、「何か裏があるんじゃないか?」と疑った方がいい。いくら地上波テレビといっても、その本質は新興宗教の勧誘番組と同じだ。悪党が狙うのは必ずしも金銭だけとは限らない。日本人の精神を操って利益を得る者だって居るんだぞ。

 


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支那人の自治は不幸の素 / アジア主義者の害毒

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支那人が支那人を支配すると不幸になる

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(写真  /  抗議デモを行う香港の支那人)

  海外の報道によると、香港での抗議デモには100万人が参加したそうだ。ただし、支那の統計には“水増し”が付き物なので実際どれくらいの人数が集まったのか分からない。それでも、ブルムバーグによると、

  香港では中国本土への容疑者の身柄引き渡しを可能にする条例改正案に反対し、9日の大規模デモに続き12日にも再び抗議活動が街頭で行われた。一部参加者は中心部の主要道路を封鎖。群衆は香港政府庁舎に押しかけ、立法会(議会)への侵入を阻止しようとする警官隊が催涙ガスやゴム弾を使用、負傷者が出る事態となっている。(Alex Millson, Protesters Clash with Riot Police in Hong Kong, Bloomberg, June 12, 2019.)

  海外のニュースを受けて、日本のメディアも香港の騒乱を報道していたが、支那の歴史を学んだ者なら、「またか・・・」と思ってしまうだろう。なぜなら、支那では瀆職や詐欺はもちろんのこと、絶えず暴動や抗議が巻き起こっている。夏目漱石を真似る訳じゃないけど、ごく普通の日本人からすれば、「支那人に生まれなくてよかった」というのが正直な感想だ。我々は幸せを当然として生きているが、支那人は不幸を避けながら生きている。日本の近くにある暗黒大陸だと、「サザエさん」や「ちびマル子」ちゃんみたいな暮らしは羨望の的。支那人というのはピラニアの群れと一緒に暮らしているブルーギルと同じで、ちょっとした油断が命取りとなる。日本人はさしずめ弱肉強食を知らないメダカのような民族だ。

  支那人は我々に向かって「悠久の歴史」を自慢するが、彼らの過去は真っ黒か真っ赤のどちらかだ。暴君や独裁者による圧政があったと思えば、易姓革命で国が乱れ、虐殺、略奪、強姦、放火で生き地獄。平和になっても飢饉や搾取で不幸のどん底だ。それでも、支那人はたくましいから金儲けに邁進する。銭と権が手に入ればバラ色の人生だ。黄色い頭巾を被った叛逆者が天下を取ろうが、赤い頭巾を被った共産主義者が君臨しようが、支那人は臨機応変、権力者に取り入って少しでもいいから甘い汁を吸おうとする。支那人に「国民意識」はなく、あるのは「血族意識」か「中華思想」のみ。他人がどうなろうが知ったことではない。支那人が支那人を「統治」すれば「独裁」しかなく、民衆の不幸が統治者の幸福になる。

アジア主義は日本の滅亡

  日本人は香港人の抗議を観ると民衆に同情してしまうが、あんなのは「毎度の事」で驚くことではない。北京政府による専制支配は前から予想されていたことで、「一国両制」を信じていた知識人がアホなだけである。香港が支那側に返還されるとき、経済評論家の邱永漢(きゅう・えいかん)などは「大陸が香港化される」と嘯(うそぶ)いていた。雑誌『Voice』の読者なら、彼の言動を覚えているだろう。「お金儲けの達人」として崇められていた邱永漢は、1997年に香港が返還されると、一攫千金になると思って香港に移住して喜んでいた。しかし、香港からは嘗ての輝きが急激に消え去り、単に支那人が住む陰鬱な島になってしまった。香港の支那人は言論の自由とか人権を叫んでいるが、そんなモノは端っから支那人には無く、あるとしたらイギリス人に教えてもらった法令遵守くらい。「規則を守りましょう」なんて子供への訓戒みたいだが、人を騙すために約束を結ぶ支那人には、これだって中々難しい倫理である。

  日本のマスコミや歴史家は黙っているけど、なぜ彼らは「西歐植民地主義からの解放」を祝福しないのか? 支那人は残酷なイギリス人の支配から解き放されて嬉しいはずなのに、「同胞」の元へ戻されると、イングランドやオーストラリア、カナダへと逃げるように移住したたがる。おかしいじゃないか ! 日本の学校教育ではイギリス人が支那人に阿片を売り込み、清国にあった銀を巻き上げてボロ儲けしましたと書いている。そして、阿漕(あこぎ)なイギリス人はこの密貿易を林則徐に咎められると、アヘン戦争を起こして南京条約を押しつけました、と嘆いているのだ。悪名高い歴史教科書『ともに学ぶ人間の歴史』でも、このアヘン戦争を取り上げ次のように書いている。

  ・・・イギリスは、広州・上海など5港を開港させ、香港を植民地として獲得し、さらに賠償金・約2100万ドルを支払わせました。(『ともに学ぶ人間の歴史』 学び舎、2018年、p.155.) 

  支那の実態を知らない日本人は、「麻薬漬けにされた可哀想な支那人。イギリス人は強欲な悪党」と思っている。しかし、阿片なんか昔から支那人が楽しんでいる嗜好品で、今のコーヒーかタバコのようなものだ。仕事の後に飲む栄養ドリンクと思えばいい。日本の学校教師は何かと言えばアヘン戦争を口にして西歐列強を非難するが、下層階級の支那人にとったら誰が支配者になろうが関係なく、モンゴル人から満洲人に変わって何百年かしたら、外見の違うヨーロッパ人に支配されたというだけ。考えてもみよ。香港の支那人はイギリス人が君臨したことで赤貧となり、自殺に追い込まれたり、飢餓でバタバタと死に絶えたのか? 現実は逆である。共産党の天下となった大陸からは毛沢東の大躍進や文化大革命を嫌って支那人が逃げだし、“白人支配”の香港へと流れ込んだ。また、日本軍によって解放されたインドシナで内戦が始まると、フランス人を慕うベトナムは難民となって香港に雪崩れ込み、他のベトナム人もこれまた嫌いなはずの白人国家であるアメリカやオーストラリアに避難した。アジア人は何か困ると直ぐ白人国家へと逃げ込む癖がある。

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(左 : 阿片を吸引する支那人  /  右 : 阿片を支那人に売りつけるイギリス人の風刺画)

  日本の一般人はアジア人の本質を吟味せず、勝手に自分の感情を植え付け、彼らも同じ反西歐意識を持つはずだと思い込む。この単純な発想を利用したのが戦前の大東亜主義者であり、日本を対米戦争で破壊しようと目論んだ左翼である。近衛文麿や尾崎秀実、米内光政らの「南進」派は、帝国陸海軍を仏印や蘭印へと向かわせ、英蘭仏と反目させてから米国と衝突するよう仕組んだ。スターリンと日本の共産主義者からすれば、憎き西歐列強と日本を戦わせ、両者をボロボロにしてから戦争の果実をもぎ取る方が賢い、と考えたのであろう。ソ連型の全体主義に憧れた軍官僚や赤い知識人は南進を後押しすべく、それを正当化するような「大義名分」を世間にばら撒いた。「大東亜共栄圏」とか「東亜共同体」といったスローガンは日本人を騙す常套句で、アジアの共産主義化を目指し、ついでに我が国をアジアに埋没させようとする策略である。大東亜新秩序の建設を提唱した大川周明や、日本と朝鮮との合併を説いた樽井藤吉を想い出せば分かるじゃないか。

  こうしたアジア主義をバックアップしたのは、「白人支配の打倒」とか「アジアの解放」を謳った反西歐主義である。大東亜共栄圏を外交理念にしていた近衛文麿が、『英米本位の平和主義を排す』という論文を書いていたのは偶然ではない。公家の筆頭を自認する近衛には、白人から愚弄された屈辱感があり、自分の恨みを晴らすためには日本の独立を捨てても惜しくはなかった。日本人は西歐白人と対等になりたいという願望が非常に強いから、その白人から邪険にされると烈火の如く怒ってしまう。失恋と怨念は双子の兄弟みたいなもので、好意を寄せる歐米人から侮蔑された日本人は、好きでもないアジアへの共感を無理矢理つくり、「黄色人種」という共通点を掲げて白人に復讐しようと考える。だが、元々アジア人には馴染みがないので、生理的に受け容れることができない。同じ黄色人種といっても、支那人や朝鮮人とは全く違うし、インド人やマレー人などは別の宗教に属する茶色い人種だ。それに「アジア人」となれば、ペルシア人やアラブ人、トルコ人、ユダヤ人も含まれるはずだが、これらの民族は日本人との接点はなく、ヨーロッパ人よりも遠い存在である。

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( 左 : 宮崎滔天  / 中央 : 内田良平   /  右 : 頭山満 )

  ところが、戦前の国粋主義者とか右翼、民族主義者などは、ヨーロッパ人の勝手な学説に従い、これといった検証もせず、日本人をアジアの一員と見なしていた。しかし、普通の庶民は自らをアジア人とは思っていなかったし、アジア人への親近感が無かったのは、内地にやって来た朝鮮人と接したときに明らかだった。ロシア人が朝鮮半島を支配するのは困るが、あの貧乏民族を背負い込むのは愚策中の下策である。イギリス人かアメリカ人に譲ればよかった。普通の日本人はアジアと係わりたくなかったのに、知識人にはアジア主義にかぶれ、反西歐主義に共鳴する者が多く、その言説は無責任極まりない。宮崎滔天や内田良平、頭山満たちは支那に対し過大な幻想と期待感を抱き、支那人への援助を惜しまなかった。その一方で、アジア主義者たちは「白人による世界侵略」を糾弾し、日本はアジア民族を覚醒させる希望の光になれと唆(そそのか)していた。(支那人やモンゴル人、イスラム教徒の侵略には無関心だったのに、西歐人の帝国主義だけは赦せないというのは、どういう了簡なんだ ? ) 昭和のアジア主義者には祖国を滅亡させてもアジアを救いたいと考える輩が多かった。例えば、朝鮮問題に詳しかった細井肇は、殊のほか歐米人のアジア蔑視を咎めている。彼は支那を侵食した列強に言及し、

  元来、白人は、有色人種の人格を認めていない。人間が平気で獣肉を食用するように、有色人種の汗血を搾取することを当然の権利のように心得ている。(細井肇 『日本の決意』 大日本雄辯會講談社、昭和7年 p.84.)

  こうした文章を目にすると、「東洋主義者って本当に世界知らずだなぁ~」と思ってしまう。圧倒的優越性を持って他国を征服する民族は、どれもこんな調子で異民族を愚弄するものである。例えばもし、蒙古軍が鎌倉武士を打ち破り、日本各地を制圧したら、モンゴル人は日本人の人格を認め、平等に扱ってくれるのか? モンゴル史を学べば分かるけど、彼らは支配民族として君臨し、平等主義や人道主義を以て異民族を統治することはない。敗北した民族の搾取なんか当たり前。支那人の課税ときたら2年3年先はもとより、10年ないし20年先の徴税だって珍しくない。また、不運にもロシア人に支配されれば、日本人は必ずや農奴にされるだろう。現在、黄色人種の支那人はチベット人やウィグル人を支配しているが、北京の赤い悪党は辺境民族の人格どころか、生命までも踏みにじっている。他方、南鮮人は夜郎自大も甚だしく、誇るモノは何も無いのに、日本人を格下扱いして優越感に浸っているけど、これはどうなのか?

  細井の「扇動文」を読むと、戦前にはびこったアジア主義者の害悪がよく分かる。彼は以下のように煽っていた。

  ・・・世界全土は、日本以外、全く白人の握裏に帰属し、特に東亜十億の生霊は、ほとんど白人の奴隷として、望みなく、光なく、頼りなき、わずかに死せざる境涯に放置されるのだ。この桎梏を除き、鉄鎖を寸断して、東亜十億の生霊を疾痛惨憺の境涯より救ふものは、ただわが日本あるのみ。英雄起る所形良し、侠勇仁愛の国、あに天恩に恵まれざらんや。特に東方日出づる国を国土とし、世界無比の萬世一系、連綿絶ゆるなき皇統を奉戴するわが九千万民こそ、まことに、この大使命を遂行すべき先天的宿命を有つ世界無比の選民と云わねばならぬ。(上掲書 p. 108.)

  細井は日本の国益よりもアジア人の独立を優先させ、日本人は支那人や朝鮮人、インド人、マレー人などを救うために、命懸けでイギリス人やフランス人、オランダ人、アメリカ人と戦わねばならぬ、と強調していたのだ。アジア人との連帯を提唱する日本人には、論語読みの論語知らずが誠に多い。細井の本を熟読したのかどうか分からぬが、内閣総理大臣の斉藤実や陸軍大臣の荒木貞夫、中央教化団体連合理事の丸山亀吉、そして、錦鶏学院の安岡正篤が推薦文を書いていた。今の高校生は陽明学者の安岡を知らないだろうが、平成という元号を発案した人物とされている。一般的には、占い師の看板でテレビに出ていた細気数子の亭主と言えば分かるはずだ。

  日本人は保守派でも実際の政治が解らぬ人が多い。左翼史観を批判する人でも、英国の植民地支配を糾弾する。だが、日本はアジア人の反乱を支援するより、英国が植民地を維持するよう助けるべきだった。なぜなら、イギリス人がインド人やビルマ人を抱えていれば、英国側の負担が増大するし、植民地での厄介事が頻発すれば、日本が「善意の第三者」として活躍する機会があったのだ。日本人は「誠実な調停者」として双方に恩を売り、両者にとっての良き相談役になることができた。強力な帝国海軍を有する日本の提案なら、イギリス人やインド人も一目置くし、妥協したって国内的に言い訳が立つ。インド人の指導者は仲間に「同じ有色人種の日本人による仲介だから」と言えるし、イギリス人も「中立的な日本人による解決策だから」と議会で抗弁できる。しかし、日本が反英主義を掲げ、インドの独立を支援すれば、英国の輿論は反日的となり、親日のイギリス人は窮地に立たされる。第一、イギリス人の恨みを買うだけで、日本が失う利益の方が大きい。日露戦争を想い出せば解るけど、英国との関係を続けていると諜報活動や軍事・外政の面で有利だ。白人への反撥とか黄色人種との連帯など、鬱憤晴らしの感情論に過ぎない。我々は冷酷な計算で動くべきだ。アジア人の味方をして損をするより、西歐人と癒着して国益を増大させた方がいいじゃないか。

  日本は徳川家康のように力を付けるまで辛抱すべきだった。日本が軍事的・経済的大国となれば、歐米人だって日本人を馬鹿にできないし、日本人だって劣等感に悩まず堂々と威張ることができる。西歐人が厭がる人種平等など叫ばず、彼らに対して「日本人だけ特別扱いにしてくれ!」と頼めばいいじゃないか。ヨーロッパ人やアメリカ人は札束ビンタに弱いから、日本が一流国になれば多少の要求は通してくれるだろう。ユダヤ人はあれほど嫌われていたのに、金貨の力で歐米人を屈服させることができた。白人至上主義を口にしているのは主に下層階級の貧乏人で、中流階級の白人は札束の匂いを嗅ぐと急に紳士的となり、土下座だって厭わない。日本人は歐米の知識人を教育し、彼らの不安感を取り除いてやるべきだった。「日本人はアジア人じゃないから安心しな。君たちの人種秩序は壊さない」と約束してやれば、歐米諸国の抵抗だって少なくなるはずだ。事実、レイシストのウィンストン・チャーチルは日英同盟の建前上、あからさまな日本人差別を口に出来なかった。 

  日本人は日本の国益と幸福を一番にすべきで、アジアの問題に深入りすべきではない。北京政府が香港を隷属させるなら、それは支那人の問題で、日本政府は米国を支援するだけでいいんじゃないか。習近平が香港の価値を潰せば、金融市場としての窓口が消失し、香港ドルを利用していた支那人が困るだけだ。北京政府に弾圧される香港の住民は気の毒だが、支那人に生まれたんだから、その運命を甘受すべきだろう。一方、日本人は政治亡命者とか経済難民が流入しないよう、国境を固く閉じるべきだ。支那人というのは簡単に祖国を捨てる連中だから、情に流されない用心が必要だ。彼らは日本人や西歐人が喜ぶ「自由」とか「デモクラシー」を口にして、豊かな国へ移住しようとする。そして、一旦住み着いた支那人は故郷に戻らない。たとえ、「愛国心」を表明し、香港の自由を渇望する者でも、決して信用してはならず、門前払いにすべきだ。歐米や日本に根を下ろした支那人は、同胞の「自由」なんて興味が無く、関心があるのは自分の財テクである。支那のデモクラシーに共感する日本人は、一度頭から氷水を被って冷静に考えるべきだ。支那人の舌は二枚以上あるんだぞ。

  


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