無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

2019年08月

自国に誇りを持たない日本人

教科書に載せて全日本人に知らせたい現代史 支那人の卑史 朝鮮人の痴史
黒木 頼景
成甲書房


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ノルウェー人の日本人蔑視

  8月14日に放送されチャンネル桜の番組で、キャスターの高山正之が白人の日本人蔑視について持論を述べていた。彼が持ち出したのは、1999年のカンヌ国際広告祭で金賞を獲得したCMで、ブローテン航空(現在は「SAS Braathens」)が作ったTV広告だ。この映像は、外国語を知らない日本人乗客が、スチュワーデスから差し出された袋入りのサンドウィッチを「おしぼり」と勘違いして顔を拭いてしまう、という設定になっている。具体的に言えば、機内食を渡された日本人が、かけていた眼鏡を外し、ビニール袋の中にある白いパンを「おしぼり」と早合点するという設定になっていた。そして、何も疑わず顔を拭いたら、ピーナツバター(あるいは生クリーム)がベッタリと附いてしまったというオチになっている。さらに、第二幕があって、しばらくすると、スチュワーデスが再び例の袋をもってきた。ところが、ノルウェー語(または英語)を全く話せない日本人は、「お腹いっぱいです」というジェスチャーで答える。ここで観客は大爆笑、という筋書きになっていた。

  高山氏はこうしたTV広告を作ったブローテン航空に怒っていたが、それにもまして、金賞を与えた審査員に日本人がいたことで腹を立てていた。テレビ業界に詳しい人なら驚かないが、審査員の中に電通から派遣された日本人が含まれていたのだ。事件に興味を持った高山氏は博報堂のある社員に接触し、内情を探ってみたという。すると、件(くだん)の審査員は「田中」という人物で、英語が流暢に話せる帰国子女ということが分かった。金賞を与えるには全員の同意が必要であったというから、田中氏も賛成票を投じた訳だ。高山氏は番組の中で日本人意識に缼(か)けた電通社員に憤慨し、「なぜ、こんな侮辱的作品に賞を与えたのか。日本人なら反対しろ」と不快感を表していた。

  こうしたエピソードを聞くと、「やはり、帰国子女だと日本人の立場ではなく、西歐人の立場で考えてしまうんだろうなぁ~」と思ってしまう。まぁ、日本で生まれ育ち、日本の学校に通った日本人でも、「日本国民」という意識の無い者が多いから、田中氏だけを責めるのは酷だろう。でも、西歐人の前に出ると、途端に卑屈な態度を示す日本人には吐き気がする。特に、歐米人が主催する国際会議や文化評議会などに出席する文化人とか大学教授がそうだ。現地で使用される言葉は英語かフランス語になってしまうので、ゲルマン語が苦手な日本人は、中々発言することができない。まるで「入れ歯を忘れた老人」か「貧血の吸血鬼」みたいだ。

  たとえ共通語を話せたとしても、日本語のように上手く駆使できない場合、思ったことを充分に伝えることはできないから、不満を残す結果となる。もっとマズいのは、拙い英語で相手に誤解を与えてしまうことだ。また、外人に対して反論したくても、反論するだけの知識や論理、度胸すらも無いから、多数派に賛同してお茶を濁す場合だってある。誠に情けないけど、日本国内で威張っている官僚だって似たり寄ったりだ。普段は傲慢不遜な高級官僚でも、アメリカやヨーロッパで開かれる国際会議に出席したりすると、借りてきた猫みたいにおとなしくなる。イギリス人やフランス人相手に猛反論して、日本の国益を守ろうとする役人なんかほぼゼロ。ちょうと、WBAのヘビー級ボクサーに挑戦するバンタム級のアマチュア・ボクサーみたいなものだから、最初から試合を投げている。

大切だが無視される科目

  戦後の日教組教育で洗脳された日本人には、「日本人」としての自覚が無い。もちろん、外国旅行をすれば、いくら暢気な国民でも「自分は日本人」という意識くらいは持つ。だが、それ以上の知識が無いから、「日本人の矜持」をどう保持したらいいのか分からない。日本にいる時は、日本人という意識を持たなくても暮らせるから、敢えて「日本人」ということは考えなくても済む。けど、こんなのは温室の中で大股広げて寝ているデブ猫と同じである。もし、こうした日本人が仕事の都合でアメリカやブリテン、フランス、ドイツなどに転勤したら大変だ。それに、もし家族ぐるみの移住となれば、現地の学校に子供を通わせる選択になるから一大事。ところが、脳天気な親は何とかなるだろうと楽観する。しかし、後になって国語(日本語)や社会(歴史)といった重要科目に気づく。自分の子供がどんな風に育ってしまうのか予想できない親は結構多い。

  例えば、息子がイングランドやアメリカの学校に通ったとする。たぶん、こうした子供は両親よりも上手に英語を話すようになるだろう。英語に劣等コンプレックスを持つ母親だと、「いゃ~ん、ウチの子、英語ペラペラやん~ !」と嬉しくなるが、肝心の母国語がお粗末になっていることに気づかない。確かに、日本にずっと居たら大金を払って英会話塾に通わせても、一向に上手くならないから、“お得”な感じがする。アホらしいけど、単純な親は「日本に帰ったらみんなに自慢しよう !」と大喜び。しかし、こうした“バイリンガル”の息子は、どのような日本語を話し、どれくらいの読解力、および作文能力を持つのか? なるほど、イギリス人のクラスメイトを持つ子供は、平均的日本人以上に上手い英語を話し、英語である程度の文章(随筆)くらいは書けるようになる。

  ただし、日本語となれば、どうなのか? 一般的に帰国子女の場合、知っている漢字の数が少ないし、常用漢字以外の正字や歴史的假名遣いを知らないから、ちょっとした古い本を読むこともできない。例えば、「體」を「体」の正漢字と分からないし、「燈油」が「灯油」、「證據」が「証拠」とも判らない。「辨」と「辯」の違いも分からないから、「辨當」を「べんとう」とは読めないし、「花瓣」という漢字を見て「かべん」と発音できないこともある。「欠」が本来は「あくび」で、「闕席(けっせき)」とか「缼陥(けっかん)」使用する漢字ではないと知らない場合もあるから困ったものだ。また、高貴な人物に関する言葉遣いだってあやふやになるから、「天皇陛下から御諚(ごじょう)を賜る」と聞いても、何が何だか見当もつかないし、「袞龍(こんりょう)の袖に隠れる伊藤博文」という陰口を耳にしても、「天子様の御衣のことかぁ」とは思わない。日本の随筆に馴染みが無い帰国子女だと、「判官贔屓(ほうがんひいき)」と聞いて、源義経じゃなく「ハルク・ホーガン(有名なプロレスラー)を好きな人かなぁ~」と思ってしまう。バイリンガル女子で英語の発音を自慢する人は多いけど、谷崎潤一郎とか森鷗外の小説を原文で読むことができない人は結構いるぞ。まづ、歴史的假名遣いと舊漢字が分からないから、ついつい本を閉じてしまう。こんな状況なら、幸田露伴の小説なんてもっと無理。

  歐米諸国の学校に通う日本人の子供が直面する問題の一つが、歴史の授業だ。もし、イングランドの学校に通うことになったら、英国の歴史を学ぶことになるけど、日本の歴史を学ぶ機会は無い。子供の将来を心配する親なら、日本史の教科書を与えて勉強させるかも知れないが、文科省の教科書なんてつまらないから、子供は直ぐ投げ捨てたくなる。運良く歴史好きの親であれば興味を引くような説明もできるが、一般の親だと副読本を買い与えて終わりだ。普段の宿題で忙しい子供は、日本史を知らないまま地元の高校を卒業し、そのまま歐米の大学に入るか、日本に戻って「帰国子女枠」で推薦入学というパターンになる。試験入学を選ぶ者であれば、英語を中心とした筆記・面接試験を受け、「国際関係学部」とか「比較文化学科」などに進むタイプが多いんじゃないか。でもこれでは、「日本に“留学”する日本人学生」になってしまうだろう。ただし、「国際化時代」とやらを歓迎する大学ならOKだ。何しろ、“国境に囚われない地球市民”が理想ときている。日本語能力なんて端っから価値は無い。英語が上手ならトコロテン式に御卒業だ。

  一般の日本人はさほど重要に思っていないが、「歴史」の授業はある意味、数学や理科の授業よりも重要になってくる。なぜなら、「良き公民」を育成するための必須科目であるからだ。幾何学の試験で30点ないし20点しか取れなくても、成人すれば投票権を与えられるし、元素記号を全て暗記していなくても社会問題は理解できる。しかし、日本の過去を知らないと現在“懸案”となっている政治問題の経緯が分からない。ちゃんとした歴史認識知識を備えていれば、支那人や朝鮮人からのイチャモンにひれ伏すことはないが、カラっぽの頭じゃ平身低頭、有り金を献上して赦しを乞う破目になる。こうした人物は祖先の名誉を傷つけても心が痛まない。そもそも、家庭教育に「名誉」を重んずる徳目が無いんだから。

  日本国民全てが数学者や物理学者になる必要はないが、社会に責任を持つ有権者が記憶喪失状態では困る。祖先との繋がりを忘れ、国家の威信を損なう政策に賛成する国民が増えれば、国家の衰退は避けられない。現在だけを生きている日本人には理解できないだろうが、まっとうな「日本国民」とは、その職業に関係なく、祖先の遺産を引き継ぐ伝承者であり、将来の子孫へ遺産を手渡す保管者でもある。「死んだ後に核戦争が起きても、多民族国家になっても俺の知ったことじゃない !」と言い切る日本人は、自分の息子や娘、幼い孫の顔を見てから断言すべきだ。

帰国子女は祖国に「根」を持っているのか?

  国史を学ばない日本人には、真の愛国心は育たない。かつて、フランスには保守的知識人が少なからずいて、心から自分の郷里を、祖父母の亡骸(なきがら)が眠る大地を、偉大な伝統を誇る祖国を愛していた。例えば、「アクション・フランセーズ(Action Française)」を率いるシャルル・モラスや、反ユダヤ主義を掲げてフランスらしいフランスを守ろうとしたモリス・バレス(Maurice Barrés)が挙げられる。ちなみに、トランプ大統領の補佐官を務めていたスティーヴ・バノンは、マラスを称讃していたそうだ。(Michael Crowley, The Man Who Wants toUnmake the West, Politico Magazine, March/April 2017)

Charles Maurras 1Maurice Barres 1Steve Bannon 1












(左 : シャルル・モラス   / 中央 : モリス・バレス    /  右 : スティーヴ・バノン )

  とりわけ、バレスの思想は注目に値する。彼と比べたらジャン=ジャク・ルソーやジャン=ポール・サルトルなんて屑に等しい。普遍主義とか世界市民を理想にする左翼知識人と違い、バレスはフランスの大地に“根”を張った国士であった。彼にとってフランスとは「平等」とか「博愛」といった安っぽい言葉で成り立つ共和国ではない。フランスとは王家や教会との赤い絆で結ばれた歴史的結晶体であった。フランス文化の髄液を吸収して育ったバレスにすれば、各国を渡り歩き、ゼニ儲けに専念するユダヤ人など、根無し草のコスモポリタン、すなわち地球上をうろつく寄生民族に過ぎない。「真のフランス人」とは、祖先の遺灰が染み込んだ郷里に根を張る地元民、すなわち王国を築いてきたガリア人である。バレスはフランスの衰退を憂い、祖先との一体感を強調することで祖国を救おうとした。
  
   ・・・私たちが祖先からの連続だということをきっちり理解する、それも単に口先でというだけでなく、感受性鋭くありありと思い描くかどうかにかかっている。このことは、解剖学的にも正しい。祖先が私たちのなかで考え、語っている。一つながりの子孫たちは、同じ存在でしかない。周囲に存在する生命の働きかけのせいで、きわめて巨大な複雑さがそこに出現するかも知れない。しかし、だからといって、何も変質しはしない。それは、完全に仕上げられた建築の秩序に似ている。つねに同一の秩序である。それは、部屋の配置を変更した家に似ている。同じ土台の上に建てられているだけでなく、同じ切り石でできている。つねに同じ家である。(モーリス・バレス 『国家主義とドレフュス事件』 稲葉三千男 訳、創風社、pp.23-24.)

  バレスによれば、フランスの個人は家族の中、民族の中、国家の中で自己発見するそうだ。また、彼は巨大な中央集権によって支配されるフランスに危機感を覚えた。この保守派知識人は、地方色豊かなフランス、独特な歴史の中で育ってきた国、地方から成るフランスを愛し、中央から国家を統制しようと謀るコスモポリタンに対抗しようとした。バレスは言う。「フランス全体の国民性は、地方の国民性で形づくられている」。(上掲書、p.110.)

  愛国者のバレスは、国際主義者によって破壊されようとするフランスを目の当たりにした。そこで彼は地方主義を掲げる。つまり、フランスの大地に根を持つ国民を鼓舞して、自らの援軍にしようとしたのだ。彼は次のように宣言する。

  <祖国フランス>に心からの忠誠を捧げる。なぜなら、私はプロヴァンス人で、プロヴァンスを熱愛しているからだ。フランス国家の伝統を救おうと立ち上がった全ての人と、私は忠実に連帯する。(上掲書、p.201)

  バレスから見れば、フランスとはガリア人とフランク人の血が流れる巨木のような国家である。もし、大地からの養分を吸収する根が切断されれば、その枝や幹は衰弱し、やがて枯れてしまう。革命に酔いしれた左翼分子は、太古から脈々と続く王国の幹と根を巨大な斧で切り離すことに喜びを感じていた。ちょうど、王侯貴族や聖職者の首を刎(は)ねたように、彼らは何の躊躇もなく国家の連続性を切断しようとする。ただし、中央官庁で国家を牛耳るグローバリストは、ギロチンではなく法律という鋏(ハサミ)でフランスをズタズタに切り裂こうとした。バレスは行政官が作り出す法律によって、家庭や生誕地への愛を維持する地方の風俗や慣習が破壊されたと嘆く。

  先祖伝来のものは全て馬鹿げているから、新案の混合物に取り代えねばならない、と世間ではいう。そうすることで精彩のない愚劣な人びと、あらゆる種類の浮浪者たち、古くから土地々々の伝統を捨てて祖国および祖国を象徴する国旗を軽蔑する人びとを生み出した。(上掲書、p.103)

  本来、国家を形成する公民には、本能とも言える素朴で強固な祖国愛があるはずだ。しかし、祖先の歴史から切り離された子供達、すなわち、意図的に頭を改造され、下らない知識を詰め込まれた記憶喪失者には、祖国への愛や誇り、過去と未来に対する使命感や義務感が無い。こうした孤児(みなしご)が求めるものは、目先の銭であったり、見栄を張るための学歴、儚くも消えてしまう世間からの評判、セックス、スクリーン(映画や娯楽)、スポーツにグルメ(食欲)などである。したがって、日本の歴史を学ばなかった帰国子女に、祖国を誇りとする精神や先祖に対する感謝と敬意が無いのも当然だ。もっと酷い奴になると、傲慢な歐米人と一緒に祖国を小馬鹿にし、それが“進歩的人間”の証しだと思ってしまう。西歐諸国で育った日本人は、日本にどんな価値があるのか知らないから、西歐的な思考や行動様式の方が“上等”なんだ、と勝手に思ってしまうのだ。

  しかし、根無し草の日本人には困った事がある。たとえ、どんなに英語が上手でも、彼らは白人にはなれない。西歐諸国に住んでいれば有色人種と見なされ、日本に帰国すれば日本人のツラをした異邦人。「バイリンガル」になったと喜んでいる親は、現実に直面すると、我が子が「コスモポリタンのエイリアン(異質な浮浪者)」になってしまったことに愕然とする。「日本語や日本史なんて勉強しても価値が無い」と思う親は、フランスに住んでフランス人の友人をつくり、彼らに向かって次のように言ってみればいい。

  「フランスに住めば誰でもフランス語を喋れるし、フランス史を学んでも大金を摑める訳じゃないから、そんな事をしても時間の無駄よ」、と。

  まともなフランス人なら、顎を外すくらい驚くだろう。たぶん、「哀れな奴だ !」と見下すに違いない。常識的なフランス人は、我が子が正しい発音でフランス語を話し、優雅で論理的な文章を書けるよう教育する。子供にとって、美しいフランス語は貴重な財産だ。また、ヨーロッパ文明の中心であるフランスの歴史を学ぶことは喜びであると共に、国民になるための基礎である。パリの街をうろつくジプシーならいいけど、偉大なるフランスに属し、ガリア人の血を引く正統な国民であれば、祖先の栄光と悲劇を心に刻まなければならない。一方、フランスに潜り込んだアルジェリア人やギニア人なんか、フランス史を学んでも「外国史」と変わらないから、「何で俺達が死んだ白人を褒めなきゃならないんだ?!」と唾を吐く。彼らはゲットーの壁に落書きを刻むのが精一杯。しかも、卑猥な言葉か汚い罵倒語だけ。苦笑してしまうが、たまに綴りが間違っていたりする。

  電通の社員なんかに日本国民としての名誉や義務を求めるのは、端っから無理と分かっている。が、こんな連中を「上等国民」と勘違いする庶民も情けない。いくらテレビ局を牛耳る大企業といっても、所詮は銭を最優先するビジネス組織じゃないか。ブローテン航空のCMに反対しなかった田中氏はエリート社員だったのかも知れないが、日本人としての誇りは持っていなかった。もしかしたら、西歐人と真っ向から対峙して、「日本人を馬鹿にするな !」と怒ることを恥じていたのかも知れない。なぜなら、左翼リベラリズムを格好いいと思う西歐人は、国民国家を優先するナショナリズムを「カビ臭い因習」と見なすからだ。でも、田中氏は一体どの国に属していたのか? もし、彼が日本人であったなら、「自分も日本人である」といった事実を忘れていたことになる。英語をネイティヴ並に喋ったからといって、イギリス人に変身できる訳じゃない。歐米で育った帰国子女の中には、自分を白人と錯覚している者がいて、ブローテン航空のCMで描かれる日本人を目にすると、「私はあんな日本人じゃない !」という態度を示す。こういう人物には、「そうだよねぇ~。君は西歐人みたいだ。だが、君の両親や祖父母は、あの間抜けな日本人と同し種類なんだよ」と言ってやれ。どんな顔つきになるのか楽しみだ。



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英霊が守ろうとした祖国

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絶命の前に認めた手紙

Yasukuni 1Yasukuni 2










   毎年八月になると、マスコミは大東亜戦争の反省会と不戦の表明会で大忙しだ。左翼リベラリズムを格好いい、と信じている大学教授や政治家、進歩的知識人らは、命懸けで祖国を護った帝國軍人よりも、日本を呪う朝鮮人や、“被害を受けた”と称する支那人、大金を稼いだ鮮人売春婦(当時の用語で言えば「鮮ピー」)の方を大切に思い、「哀悼の意」を表しながら、心にも無い涙を流している。しかし、常識を備えた日本人なら、激戦を耐え抜いた将兵、とりわけ国家に命を捧げた英霊の方に涙を流すはずだ。

  「愛国」を看板にする営業保守は、戦没者を讃える振りをしながら、いじけた負け惜しみに固執する。「日本はアジア解放の為に英米と戦い、敗北はしたものの、アジア諸国の独立に貢献したのだ !」と言いふらす。しかし、一つしかない命を懸けた将兵は、本当に「アジア解放」の為に激戦に挑んだのか? 確かに、そのような意気込みで戦った軍人もいただろう。だが、大抵は自分の家族や友人、故郷の先輩・後輩、銃後の女子供、そして大元帥である天皇陛下を念頭に置いて戦っていたんじゃないか。毎日のように仲間が亡くなる戦地で、「明日は我が身・・・」と思う将兵は、栄光ある大日本帝国の軍人として死ぬ覚悟を決めていたに違いない。補給が滞っているのに、敵兵が攻めてくる状況で、「自分だけは何とかなる」と楽観視する者は滅多にいないだろう。

  こんな事態になれば、同じ部隊の戦友に、「もし、俺が死んだら、小指を切り取って女房に渡してくれ」と頼む兵卒がいたのも不思議じゃない。ビルマ戦線で散々な目に遭った故・会田雄次・京都大学名誉教授は、敗戦濃厚な戦争末期、戦友が次々と亡くなって行くのを目にしたそうだ。会田先生は絶命した戦友の指を切断し、それを竹筒の中に入れ、蓋をしたら小刀で名前を刻んだという。先生はそうした指を一つ一つ毛布に包んで、千二百個近い小指を馬に乗せ、川を泳いだり雨の中を行軍したそうだ。しかし、その「遺品」は徐々に腐ってしまい、蠅がウジャウジャ集(たか)ってきたという。さらに、竹が擦れて文字が分からなくなってしまう、という問題も起きた。悪いことは重なるようで、酷使された馬が死んでしまうと、結局、運んでいた指を捨てざるを得ない状況になり、先生は申し訳ないと思いつつも、途中で土の中に埋めてしまったそうだ。

  とにかく、嵐のように弾丸が飛び交う戦場で勇気を振り絞る兵卒や下士官、少尉や中尉が、どのような心境だったのか、平和な時代に生きる我々には、とうてい想像がつかない。ましてや、「確実な死」を控えた特攻隊の心理となれば、我々の感覚を軽く超えている。しかし、そんな我々でも英霊の祖国愛や家族愛なら分かる。なぜなら、日系国民は日本人の血と肉を伝承し、英霊と“共振”する心を持っているからだ。日本人の親から生まれ、日本の風土で育ち、日本の文化を愛する日本国民は、同胞が喜ぶとき共に喜び、同胞が悲しみに包まれれば共に悲しむ。我々は祖国と仲間を護るためなら命を惜しまない。たとえ、我が身が砲弾で肉片になろうとも、また、炎に包まれ灰になろうとも、他の日本人が生き延びれば自分が生きているのと同じだ、と考える。日本人は太古から流れる「血の河」を信じているのかも知れない。自分の命は、この大河に流れる一滴に過ぎず、我が身が滅んでも、その肉体と精神は子孫へと受け継がれてゆく。戦友を残して死んでも、靖國神社で再会できるから、「先に行って待っている」と言えるのだ。こう考えると、天皇陛下の靖國御親拝に反対するのは、日本人の心を失った地球市民か、日本を憎む左翼分子、あるいは「日本人の皮」を被ったアジア系帰化人と言えるのではないか。

悲痛な日本人の遺書

  現在、我々は死を前にした将兵の遺書を靖國神社で目にすることができる。遺族でなくとも、これらの遺書を読めば、英霊がどのような心境で戦(いくさ)に臨んだのか、多少なりとも理解できるはずだ。特に、子供の行く末を案じた手紙には胸を打たれる。例えば、清水正義・陸軍兵長(昭和20年6月30日レイテ島にて戦死、35歳)の遺書は、家族への深い愛情が示されている。

子供の養育をたのむ

  政子 その後げんきですか。私も至極元気にて戦場に向かいます。男子の本懐これにすぎるは無し。・・・御国の為に戦死致し、神として靖國神社に祭られ同胞より拝しられるとはなんたる幸福であろう。お前の名誉とも思ふ。しかし其の反面には、いい知れぬ淋しさ、悲しさがあると深く信じ切っている。これも定まった運命なのだ。人間の力では如何とも出来ないのだ。願くは志水政子となつた以上、可愛い子供の養育に務め成長するのを楽しみに志水家を立派に立ててくれる様に願ひたい。
 淋しいから又再婚すると申せば俺は何ともいはず九段の花の下よりお前の幸福を祈っている。然し子供の事は末々まで幸福で暮らす様願いたい。・・・・御両親様の事はくれぐれもよろしく頼む。お前も充分身体に気をつけて元気に暮らしなさい。
 ではこれにてお別れ致します。

政子殿                                                     清水正義

(『英霊の言乃葉』<1> 靖國神社、平成7年、pp. 85-86.)

  戦地で妻子のことを心配する軍人には同情を禁じ得ない。とりわけ、幼い子供を残した将兵なら、生きて日本へ帰りたいと望む気持ちは人一倍強いはずだ。しかし、その細やかな希望すら実現しない場合が多いから、戦争とは冷酷なものである。鈴木勝義・陸軍伍長(昭和19年7月13日ハルマラ島沖にて戦死、 31歳)は、まだ見ぬ我が子を想いながら散っていった。

戦地にて 父になる日

  本日四谷からの葉書で女児出産を知りました。先づ祝を申します。
出発前男児がほしいなんて云つたが、今となつては何でもいい。長の月日苦しんで生まれた我が児、と思へば苦しみがいがあつたらう。 
 一人前に生まれて来たと信ずる。此の葉書が着く頃には体重、其の他どんな児かと云ふ事が家から知らせてくると思ふが、それが又待遠しい気がする。・・・・
昭和十六年九月二十一日で父になる。

(『英霊の言乃葉』<3> 靖國神社、平成9年、pp.69-70.)

  粂野利雄・陸軍上等兵 (昭和20年6月20日 北支山西省永済県にて戦死、37歳)が書き残した、家族への遺書を読むと、熱いものが胸に込み上げてくる。

兄弟仲よくしなさいよ

・・・・
  一枝 男子一度戦の庭に立つからは、断じて生還は期すべきではない。夫が潔く一命を君国に捧げることを銃後を護る日本人女性の誇りとせよ。しかしか弱いお前が、四人の子供の養育は並々ならぬことだ。我が子の為に、お前自身の体をいたはれ。そして斯うした言葉は、かへつて気にそわぬかも知れないが、亡き夫に対しては無理な義理立てはいらぬ。
  お前達母子五人のために、最も幸福と考へられる道を選べ。・・・・
芳春、千代子 お母さんに心配かけぬやう早く立派な人間になりなさい。風邪をひかないやうに、食べすぎをしないやう気をつけて。決してけんかをしてはいけない。四人きりの兄弟だ。仲よくしなさい。まだ小さくて何も知らない勝秋や行成をかはいがつてやりなさいよ。
では皆んな、さようなら。

(『英霊の言乃葉』<2> 靖國神社、平成8年、pp.59-60) 

  野沢吉一郎・陸軍軍曹(昭和19年10月26日 バシー海峡にて戦死、39歳)の遺書も、読んでいるうちに涙がこぼれてくる。

妻への遺言
魂は生きてお前のそばに居る

 長い間まことに御苦労であつた。つらくばかりお前に当たつてほんとうにすまなかつたが、私は幸であつた。身体のやせる程苦労させたが、皆前世の約束であつたとあきらめてくれ。先に行つてお前の席をとつて待つ。子供の事をくれぐれもたのむ。又父母の事もくれぐれもたのむ。お前が無事に幸福な日を送る事を見守つて居る。
 悲しむな。嘆くな。人の世は皆こんなものだ。子供の事くれぐれもたのむ。達者に居れよ。病気せぬ様にせいよ。苦しかつたが又楽しかつたな。過ぎた日の楽しかつた事を思ひ起こして日を暮らせ。
 子供は一日毎に大きくなる。思い出したなら仏様にお参りをせい。私の身体は死んでも、タマシヒは生きてお前のそばに居る。
 つましくして細々と生活を立て、子供の生長を楽しみにて待てよ。 サヤウナラ。

(『英霊の言乃葉』<3> 靖國神社、平成9年、pp.21-22.)

  妻子への手紙を読むと胸が締め付けられる思いになるが、母親へ宛てた手紙も同じくらい哀しみに満ちている。菊池武雄・陸軍曹長 (昭和20年8月12日 フィリピン島マニラにて戦死、25歳)は、先立つ不孝を詫びていた。

「遺言書」

  お母さん さらば。
私も愈々国家の為、お役に立つときが来ました。私は入営の際、既に身は大君に捧げしものとして入営した私であります。男として生れ一世一代の死場所と求めることが出来、こんな嬉しい愉快なことはありません。
 私は喜んで死んで行きます。
 ただ、私の亡きあとは一家挙げて幸福に暮らして行く事、私は草葉の陰から祈つて居ります。・・・・
 白木の箱が届いたら、どうか泣かずに、褒めて下さい。

遺言書 昭和十七年五月十八日 午後四時

(『英霊の言乃葉』<2> 靖國神社、平成8年、pp.15-16.)

   日本人にとって、母親というのは特別な存在で、自分が死んだ後、老いた母親がどうなるのか心配する将兵は実に多かった。千原達郎・海軍大尉 (昭和20年4月13日 沖縄方面にて戦死、24歳)の手紙には、母親への愛が滲み出ている。

母の愛と祈り

 私の飛行服のポケットにはお守袋が入ってゐる。袋は学徒出陣の餞(はなむけ)として京大から贈られたものである。・・・・私は朝、飛行服に着替へて学生舎を出ると、胸のこのお守袋を手で触りながら、明け切らぬ東の空に向ひ、「母上お早うございます。立派にお役に立ちますやう、今日もお守り下さい」と口の中でつぶやく。飛行機に乗る前にも、この所作を繰返すことがある。夜は寝る前に星空に向ひ、「お母さんおやすみなさい、立派にお役に立ちますやう、明日もお守り下さい」と、心でいふ。いつ頃から、かういふ習慣になつたのか知らないが、何は忘れてもこれだけは忘れたことがない。女々しいと思ひ、滑稽だとも思ふ。しかし、この習慣を止めやうとも思はない。私は母の愛と祈りを片時も忘れたことがない。私と母とはいくら離れてゐても、このお互いの愛と祈りとでぴつたり繋がつてゐるのである。

(『英霊の言乃葉』<3> 靖國神社、平成9年、pp.7-8.)

  特攻隊員として散っていった高瀬丁(つよし)・海軍少尉の遺書を読むと、まさしく親孝行の青年だったことが分かり、貴重な人材を失った悲しみでいっぱいになる。(神風特別攻撃隊神雷部隊第九建武隊、昭和20年4月29日 沖縄本島東方海海上にて戦死、20歳)

御両親の名を叫びながら散ります

 御恵み深き父母上様、聖戦に参加せんとして愛機に搭乗する前に書します。この世に生を亨けて拾機星霜、夏の日も冬の日も慈しみ励まし日本男子にお育て下さいました。
  父母上様、何一つとして御恩に報ひませんでしたが、大日本帝国軍人として大君に命を捧げて皇国の為散つて逝く、私を孝行者と云つて下さい。
決してお嘆き下さいますな。私は幸福でした。私は最後の最後まで御教訓に背きませんでした。そして晴れ晴れとした気持ちで祖先の御前に行けます。唯一つ残念なのは御高恩に報ひられなかつた事のみです。
 父母上様、父母上様よ、お姿を心に秘め御名を心で叫びながら散ります。
 父母上様、さやうなせ、さやうなら。

(『英霊の言乃葉』<3> 靖國神社、平成9年、pp.55-56.)

  まだ二十歳の青年が、父親と母親に対して「さようなら」と告げて、特攻機に乗り込む姿は本当に痛ましい。そして、息子を失った両親の悲痛も相当辛いものである。特攻隊員には、生還率が1%も無い。彼が果たそうとするのは、「100%の死」という残酷な任務だけである。それでも、日本の青年は出撃した。戦後、進歩的知識人は特攻を愚策となじり、犬死にのように扱った。確かに、特攻は外道である。しかし、だからといって、特攻隊員が上官の脅迫で散華したというのは間違いだ。特攻隊員には命を抛ってでも守りたいものがあった。この両親や妻子に悲しい思いをさせても、護りたかったものというのは何か。それは日本という国家である。日本人には愛おしくて、懐かしい、「日本」という独立した祖国があった。

  現在の日本人には、命懸けで守りたいという「国家」が無い。かつて、我が軍の将兵は支那大陸や東南アジアの戦場で、「溝壑(こうがく)の死」を遂げた。つまり、「道端の溝で野垂れ死んだ」ということだ。海戦では遺体が海底に沈み、海の藻屑となる。遺骨が何処にあるのか分からない。陸戦では更に悲惨だ。銃弾や爆発で体が肉片となった兵士がいたし、たとえ生き延びても、爆弾の破片が全身に突き刺さっていたり、指や片腕、両脚が吹き飛ばされていたりする。また、爆撃の嵐で眼球を失い、病院のベッドで目を覚ますが、いくら頑張っても暗闇のまま、という悲劇も多い。傷痍兵には戦没者にはない苦悩がある。だが、祖国の独立を失うことは死よりも辛かった。今生きている日本人の惨めさは、米軍が駐留していることではない。「国家の独立」という言葉が国民の頭から消え去り、その言葉を実感できなくなっていることにあるのだ。

  国家の為に命を捧げてくれた将兵の遺書を読むと、自然と熱い涙がこぼれてくる。ところが、現在の日本人には、英霊への感謝が無い。あれほど大勢の軍人が祖国を護ってくれたのに、今の国会議員や官僚は祖先の遺産を何とも思っていないのだ。日本国籍というのは、単なる紙切れではない。我々が日本という国家に誇りを持てるのは、先人が子孫のことを思い、大量の血と汗と涙を流してくれたからだ。それなのに、政府の重鎮や中央官庁の役人は、支那人や朝鮮人、ベトナム人、フィリピン人、アフリカ人などに日本国籍を無料で配布しても何とも思わない。企業経営者も売国奴に等しく、たかだか時給を200円か300円安くしたい為に、アジア人労働者を輸入し、タダで渡せる日本国籍をボーナス代わりにしているのだ。

  我が軍の将兵は必死で祖国を守ったのに、今やその「日本」には、日本人とは関係の無い「よそ者」が住み着いている。だいたい、日本国籍を目的にやって来るベトナム人やフィリピン人に、英霊への感謝があるのか? また、日本を心から憎む帰化支那人や帰化朝鮮人の子孫が、靖國神社に行って英霊の遺書を読み、感動して涙を流すとはとうてい思えない。天皇陛下の御真影を燃やす奴ならいくらでもいる。そもそも、彼らが靖國神社に足を向けるなんて、端っから考えられない。 戦後、在日朝鮮人の多くは、ひっそりと日本国籍を取得した。だが、彼らが帝國陸海軍の将兵に感謝したことはない。訊くだけ野暮だが、帰化鮮人で日本を愛するものは何割いるのか? 日本人と結婚した支那人は念願の日本国籍を取ろうとするが、この帰化人には愛国心があるのか? 北海道や沖縄の土地を買い漁る支那人には、日本の軍人など眼中になく、金銭への愛着しかない。日系日本人は国籍が何を意味するのか考えるべきだ。日本国籍は日本人が受け継ぐ世襲財産で、アジア人へのお中元ではない。戦死を覚悟した我が軍の将兵は、「日本人」の同胞を守るべく、戦場へと赴いたのだ。支那人や朝鮮人の楽園を築くために死んでいったんじゃないぞ。



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