無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

2019年11月

天皇を殺したい左翼 / 小説に託した夢

教科書に載せて全日本人に知らせたい現代史 支那人の卑史 朝鮮人の痴史
黒木 頼景
成甲書房


好評発売中 !

夢の中で天皇を処刑する !?


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 日本には戦前から怨霊が漂っている。共産主義に心酔した左翼は連続殺人鬼と同じく、崇高な存在を抹殺する時の興奮を好むようだ。神聖な君主を虐殺することは最大の叛逆罪だが、それを犯す時のスリルは何物にも代えがたい。血に飢えた変態が美女を嬲(なぶ)り殺しにして楽しむように、共産主義者は天皇を血祭りに上げることに狂喜する。今のところ非現実的に思えるが、赤色分子は「いつの日か、皇室を葬りたい」と常々思っているようだ。

  とは言っても、日本の庶民は圧倒的に皇室支持者である。だから、いくら左翼議員が誕生しようとも、皇族の皆殺しなんて無理。でも、左巻きの連中は諦めきれない。だから、他の方法を以て皇室の衰退と自然消滅を謀ろうとする。その一つが「女系天皇論」で、これを補強するのが「旧皇族男子の復帰」への反対である。最近、自民党の国会議員が有志を集めて旧皇族の復活を求めようとしたが、左翼勢力は何かとケチをつけて男子皇族の増加を阻もうとしていた。TBSやテレ朝に潜む反日分子にすれば、皇統の存続と安定継承など言語道断。先ずは、女性宮家を創設し、女系天皇を誕生させることが肝要だ。見事「女系天皇」を誕生させたら、これらの左翼は「右翼」に転じて、「これは正統な天皇ではない !」と「正論」を述べる。彼らはカメレオンの如く主張を変えるし、信念(怨念)のためなら手段は選ばない。

  左翼は朝鮮人のように執念深く、ローマ人でもないのにファビウス的戦略を取る。すなわち、彼らは100年かかろうが、目的達成のためには長期的視野で考え行動する。現在の左翼が皇室を廃絶できぬとも、少しづつ皇統を変質させ、次世代の左翼が先輩の意思を受け継ぎ、更に皇統をねじ曲げようとする。そして、いつに「異端の天皇」を誕生させたら、即座に引きずり下ろす。この時、「天皇制」撲滅主義者は平然と「保守派」を装う。こうやって一旦、皇位の空白が出来ればしめたもの。彼らは天皇が君臨しない期間を延長させ、実質上の「人民共和国」を作り、国民投票で「大統領制」に持ち込む。

  仮に、廃絶できなくとも、大幅な予算削減で皇室を締め上げれば、皇族は警備費だけで精一杯となり、活動は神道の行事だけとなる。人目に触れない儀式だけとなれば、何時の間にか「個人の私的宗教」になるから、最終的には「日系土人の迷信」程度になるだろう。なぜなら、将来の日本はアジア移民との共存社会となるから、神道は相対化され、イスラム教や道教、ヒンドゥー教など一緒にされてしまうのだ。それに、移民の増加で異民族の子孫が権力を握ることになるから、神道だけ特別扱いとなることはない。支那系議員や朝鮮系官僚にとったら、皇族など「無駄飯ぐらいの輩」に過ぎず、目障りな遺物といった感じだ。アジア系国民は天皇陛下との家族的な絆を持たないから、皇室が消滅しても「惜しい」「淋しい」という気持ちは無い。「あっ、そうなの !」で終わりだ。

  現在の日本国民は「皇室廃絶」と聞いても「そんな馬鹿な」と笑って真剣に考えないが、左翼陣営は昔から皇室への怨念を持ち続けている。平成の半ば頃から『中央公論』の凋落は決定的で、購入者の激減どころか、その存在さえ認知されないという状態だ。しかし、昭和の終わりまでは一応、老舗のオピニオン雑誌という肩書きを持っていた。極左雑誌の『改造』が消滅すると、左翼教授や進歩的文化人は岩波の『世界』で頑張ったが、一部の左翼は『中央公論』に居城を移した。そして、昭和35年(1960年)、衝撃的な浪漫小説が『中央公論』を揺るがすことになる。

Fukazawa 1( 左 /  深沢七郎)
 深沢七郎と言えば、映画にもなった小説『楢山節考』で有名だ。この深沢は1960年の12月号に『風流夢譚(ふうりゅうむたん)』という小説を投稿した。ところが、この小作品は皇太子殿下と妃殿下(現在の上皇陛下と上皇后陛下)の殺害をテーマにしていたから一大事。というより、巨大地震か津波のような衝撃だった。深沢本人は「フィクション」のつもりで書いたというが、その内容があまりにも不敬だったので、中央公論社の経営陣にまで累が及ぶ事態になった。

 『風流夢譚』は夢の中で起きた「革命騒ぎ」を主人公が語る、というスタイルになっている。主人公は自分の腕時計を修理すべく、時計屋を訪れ、修理を頼んだ後、渋谷駅で八重洲口に向かうバスに乗ろるところだった。ところが、街中が騒がしいので「何事か?」と訝しみ、通りがかりの人に訊いてみることにした。すると、どうやら日本で革命のような暴動が起きたというのだ。彼は隣に立っている人に尋ねた。

  (主人公)「革命ですか、左慾(さよく)の人だちの?」
  (隣人) 「革命じゃないよ、政府を倒して、もっとよい日本を作らなきゃダメだよ」
                                           (深沢七郎「風流夢譚」『中央公論』1960年12月号  p.330.)

ここで主人公は「日本」という国名に嫌悪感を示す。

  (私は)日本という言葉が私は嫌いで、一寸、癪にさわったので、「いやだよ、ニホンなんて国は」と言った。

  相変わらずバス停に立ち止まる主人公は、ふと目の前にあるバスが気になり、何処に行くのか隣人に尋ねた。隣人は自衛隊を迎えに行くんだ、と答える。これを聞いた主人公は「そいつはまずいですね、自衛隊なんか来ては」と苦言を呈する。ところが、この隣人は違った意見を持っていた。

(隣人)「自衛隊もみんな俺達と行動を同じにしていて、反抗するのは幹部だけで、下っぱはみんな農家の2、3男坊ばかりだから、みんな献身的に努力しているのだ」と。

 こうした会話を交わす主人公はイマイチ熱狂できないのか、周りの人が皇居へ押しかけようと誘っても積極的になれない。そうしているうちに、彼は皇居が完全に占拠されたことを知る。主人公はある女性記者の勇ましい言葉を耳にする。

 「これから皇居へ行って、ミッチーが殺(や)られるのをグラビヤにとるのよ」

革命騒ぎで東京の街は物騒になっている。敵(皇居を守る者)は火炎放射器を持ち出して、必死に抵抗しているというし、どこからともなく軍楽隊がやって来て、マンボかルンバ風に「キサス、キサス」を演奏しているという。そうした中、主人公は皇居へと向かい、人波で埋まった皇居広場に辿り着く。すると、そこには凄惨な光景が待っていた。何と、明仁皇太子殿下と美智子妃殿下が横たわっているのだ。主人公がこの状況を述べる。

  皇太子殿下と美智子妃殿下が仰向けに寝かされていて、いま、殺(や)られるところなのである。私が驚いたのは今、首を切ろうとしているそのヒトの振り上げているマサキリは、以前私が薪割りに使っていた見覚えのあるマサキリなのである。わたしはマサカリを使ったことはなく、マサカリよりハバのせまいマサキリを使っていたので、あれは見覚えのあるマサキリなのだ。(困るなァ、俺のマサキリで首などを切ってはキタナクなって)と、私は思ってはいるが、とめようともしないのだ。そうしてマサキリは、さ ! っと振り下ろされて、皇太子殿下の首はスッテンコロコロと音がして、ずーッと向こうまで転がっていった。(あのマサキリは、もう、俺は使わないことにしよう。首など切ってしまって、キタナクて、捨てるのも勿体ないから、誰かにやってしまおう)と思いながら私は眺めていた。(p.333)

 「おぞましい」というより、吐き気がするほど下劣な文章だ。深沢は殿下の死を野良犬以下に考えていたのだろう。彼はこの不敬小説を活き活きと描いている。しかし、殺人鬼を演じる深沢の刃(やいば)は、美智子妃殿下にも向いていた。 

  マサキリはまた振り上げられて、こんどは美智子妃殿下の首がスッテンコロコロカラカラと金属性の音がして転がっていった。首は人ゴミの中へ転がって行って見えなくなってしまって、あとには首のない金襴の御守殿模様の着物を着た胴体が行儀よく寝転んでいるのだ。(p.333.)

  もう、普通の日本人なら深沢を袋叩きにしたくなる。こともあろうに、両殿下の首を刎ねて何とも思わず、斬首に使われたマサキリの方を気にしているんだから、まともな人間じゃない。共産党や全学連を支持する連中というのは、権威を持つ者や庶民から慕われる皇族への深い恨みを持っているから平気なんだろう。それにしても、深沢の皇族に対する憎しみは尋常ではなく、昭和天皇と皇后陛下をも殺し、昭憲皇后まで引き合いに出して、皇室への侮辱を加えていたのだ。

  物語に戻す。主人公の側に現れた老紳士は、彼に「あっちへ行けば天皇、皇后両陛下が殺されている」と教えてくれた。惨殺現場には交通整理の警察官が立っており、首無し遺体の周りには人混みができていたが、見物人は秩序よく動いている。すると、この人混みを掻き分けて、ある老婆が主人公のもとへやって来た。何と、この老婆は明治天皇のお妃である昭憲皇后なのだ。しかし、主人公は敬意を払うことはない。それどころか、図々しく下品なババアとして描いている。

  昭憲皇后が目の前に現れると、私はその前に飛んで行って、いきなり「この糞タレ婆ァ」と怒鳴った。そうすると、(昭憲皇后は)「なにをこく、この糞ッ小僧」と言い返して私を睨みつける。(p.335.)

  当時、この小説を読んだ日本人は唖然としたに違いない。何しろ、皇后陛下が平民でも憚れる野卑な言葉を使うんだから。深沢は路地裏にある古びた飲み屋のババアと間違えているんじゃないか。一応、主人公は自分の言葉使いを説明している。

  「糞ッタレ婆ァ」というのは、「婆ァのくせに人並みに糞をひる奴」とか、「婆ァのひった糞はやわらかくて特別汚いので、きたねえ糞をひりゃーがった婆ァ」という意味で「糞婆ァ」というのは、「顔も手も足も糞の様にきたない婆ぁ」という意味なのである。(p.335.)

  普段、主人公は「糞婆ァ」という言葉なら使うことがあるが、「糞ッタレ婆ァ」という最低な言葉は使ったことはないという。しかし、ここでは何故か使ってしまったそうだ。そして、あろうことか、主人公は「糞ッ小僧」と罵る昭憲皇后に飛びかかり、皇太后の腕を後ろに捻って叫ぶ。彼は「なにをこく、この糞ッタレ婆ァ、てめえだちはヒトの稼いだゼニで栄耀栄華をして」と侮蔑するが、昭憲皇后も負けてはおらず、「なにをこく、この糞ッ小僧ッ」と言い返し、彼の顔を引っ掻く。(p.335)

  主人公に押さえつけられた昭憲皇后は、足をバタバタさせながら暴れ回り、「てめえだちは、誰のおかげで生きていられるのだ。みんな、わたしだちのおかげだぞ」と言う。すると、主人公は「なにをこく、この糞ッタレ婆ァ、なんの証拠があってそんなことを言う。てめえだちの様な吸血鬼なんかに、ゼニをしぼりとられたことはあっても、おかげになんぞなったことはねえぞ」と反論する。これに対し、昭憲皇后は「なにをこく、この糞ッ小僧、8月15日を忘れたか、無条件降伏して、いのちをたすけてやったのはみんなわしのうちのヒロヒトのおかげだぞ」とわめく。(p.336.)

  すると、主人公は「こんちくしょう」と言い放った。彼は昭憲皇后の頭を殴りつけようとするが、その前に言い含めようと考え、「真実」を言い聞かせた。彼は言う。降伏するよう、てめえの息子に教えてやったのは、米内、岡田、鈴木貫太郎なんだぞ、と。彼は皇后陛下の頭を殴るが、その頭に丸い禿(ハゲ)を見つけて驚愕する。何とも奇妙なストーリーだが、夢の中の昭憲皇后は居直って反省せず、両者は妥協も和解もせず平行線のまま。でも、話は進むという調子なのだ。

  深沢の小説はウナギのようにヌルヌルした展開で、主人公が先ほどの老紳士と会話を交わしたり、和歌を詠んだりと支離滅裂。最後に主人公がピストルで自分の頭を撃って夢から覚める、といったシナリオとなる。彼は枕元の腕時計を目にして、夢を見ていたんだ、と安心する。アホらしいけど、これで終わり。普通の読者なら、この巻末小説を読んで「なんだ、これ !」と眉を顰めるが、雑誌の編集長がOKしたんだからしょうがない。

  だが、左翼や問屋が赦しても、右翼は赦さなかった。『風流夢譚』に激怒した右翼少年の小森一孝(17歳)は、嶋中鵬二(しまなか・ほうじ)社長宅に侵入し、夫人や家政婦に向かって「社長は何処だ !」と問い質した。しかし、その時、嶋中氏は不在で、小森は標的を仕留められなかったという。ただし、小森は夫人を傷つけ、止めに入った家政婦を刺殺した。これが有名な「嶋中事件」で、中央公論社は仲介者を通して右翼側と交渉し、事件の沈静化を図ったようだ。当事者の深沢氏は記者会見で涙を流して謝罪し、その後、公の舞台から姿を消して、各地を転々とする生活になったという。放浪作家となった深沢氏は、闘病生活を送りながらも作家活動を続け、『みちのくの人形たち』で谷崎潤一郎賞をもらったそうだ。彼は1987年、ひっそりと息を引き取った。

 「嶋中事件」を目の当たりにした世間の作家や知識人、およびマスコミ人はこぞって暴力による「言論弾圧だ」と騒いだが、これは一般の殺人事件である。犯人の動機が何であれ、一般人が一般人を殺したに過ぎず、国家権力を持つ者が嶋中社長の殺害を命じた訳ではない。例えば、居酒屋でチンピラが隣の客に「うるせえぞ !」と因縁をつけ、ナイフで刺し殺したら「言論弾圧」になるのか? 殺された家政婦は本当に気の毒だが、小森の殺人行為は恨みや激昂による犯罪である。総理大臣や法務大臣の差し金ではない。

  現在の高校生や大学生は、深沢の小説を読んでも彼の思想的背景を知っても、それほど激怒しないだろう。大半の者が「所詮、フィクションなんだから、そんなに目くじらを立てる程のものじゃない。だいたい、こんな小説くらいで殺人事件に及ぶのかなぁ」と首を捻ってしまうだろう。だが、重要なのは刺殺事件じゃなく、深沢に代表される皇室への侮蔑と憎悪だ。深沢が描く主人公は、明らかに皇族を「無駄飯食い」と思っていた。「テメエ達は、人の稼いだ銭で栄耀栄華を誇りやがって」というセリフは、深沢たち左翼一般の意見に違いない。彼らは皇室に対する敬意など微塵もなく、むしろ人民の膏血を啜る蛭(ヒル)かダニのような虫けらと思っている。だから、陛下の首無し胴体を描いても平然としていたのだ。

  現在の反日分子は"より"狡猾で、露骨な天皇反対論は述べない。彼らは正面から「天皇制(共産党用語)」を攻撃せず、パルチザンのようにゲリラ戦を仕掛け、皇族のスキャンダルを捏造したり、宗教儀式の簡略化を提唱したりする。地上波のワイドショーや報道番組が、しきりに「開かれた皇室」とか「皇室外交」を呼びかけるのは、国民と皇室を近づけるためではない。テレビ局や新聞社の左翼分子は、皇族の行事や公務を増やし、ちょっとした皇族のミスを待ち望んでいるのだ。今上陛下や皇后陛下のみならず、秋篠宮殿下、眞子内親王殿下、佳子内親王殿下などがテレビ・カメラの前で公務を行えば、何らかのハプニングが起きるかも知れないし、豪華な式典を中継すれば、「皇族はこんなにも税金を無駄にしている !」との宣伝にもなる。もし、ゴシップのネタになるハプニングが起きなければ、皇族方の服装や晩餐会での会話を取り上げ、意地悪なコメントを述べることで、大衆にネガティヴ・イメージを植え付けることができる。

  今では信じられないが、大東亜戦争を画策した左翼は、敗戦の勢いでも日本を共産化できず、本当に悔しい思いでいっぱいだった。女郎好きの徳田球一みたいな悪党は、女性皇族を強姦するチャンスを望んでいたし、ボルシェビキのように皇族皆殺しを夢見ていた。深沢が陛下の斬首刑を楽しんでいたのは偶然ではない。彼はまさしくマルキストの希望を表現ていたのだ。共産主義者というのは、人間が持つ最も醜い側面を満載した下郎で、高貴な精神を本能的に嫌う意地汚い連中である。

  共産主義者というのは、丁度、美女を拉致して惨殺する精神異常者と似ている。こうした変態は攫ってきた女性を地下室に閉じ込め、強姦を繰り返し、陵辱皇位に飽きると、じっくりと時間をかけて皮膚や筋肉をそぎ落とす。彼は女性の怯えた表情に興奮し、彼女が泣き叫ぶと更に興奮する。このケダモノは手足を縛られ、抵抗できない女性をいたぶることに快感を覚え、首を絞めたり、爪を剥がしたり、あるいは眼球を剔ったりして狂喜する。犯罪者にとって、獲物が高貴になればなるほど幸福感が増加するのだ。触れてはならない神聖な者に手を伸ばすと、最高のスリルを得られる。ブスよりも美人、平民よりも貴族、伯爵よりも王様の方がよい。天皇陛下と比べたら、ロシア皇帝のニコライ2世なんて蛮族の酋長くらい。コミンテル日本支部の日系左翼や在日朝鮮人が躍起になったのも分かる。昭和天皇は極上の獲物で、もし捕虜となったら、誰が最初に斧で首を切断するかの口論になったはずだ。日本の庶民なら身震いするほどの悪夢だが、現在の左翼も本質的には同じ野心を抱いている。

  保守派の日本人は永田町や霞ヶ関、赤坂や渋谷に盤踞する反日分子を甘く見ている。表面上、左翼陣営は勢いを失っているように見えるが、彼らは着々と援軍を増やしている。なぜなら、大量の支那人や朝鮮人、そして日本の文化や伝統に興味の無いアジア人がこぞって帰化しているからだ。昭和から平成にかけて、日教組の左翼教師は「日系人の子供」を「反日予備軍」にしようと努力した。しかし、これからはもっと楽になる。というのも、最初から「外人」であるアジア移民の子供や混血児が激増するからだ。こうした異質な子供は日本人の肉体を持たず、精神的にも日本人とは言えないから、皇室が消滅しても何とも思わない。女系天皇や女性宮家が出現しても驚きはせず、むしろ「男女同権だ。性差別の無い平等社会になって良かった」と喜ぶ。保守派国民というのは熾烈な対立を避ける傾向があるから、流血の暴力革命でなければ立ち上がらない。静かな無血革命が進むのをただ見ているだけ。鈍感なままだ。論壇は南鮮からのイチャモンや米支の経済戦争に夢中だが、本当に恐ろしいのは日本国内に増殖する「内なる敵」なんだぞ。




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ナチスの亡霊で苦しむ西歐人 / 「血と土」の哲学

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自分の人種を自慢してよい権利

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(左:  アドルフ・ヒトラー / 中央 : ドイツ人の家族  / 右 : ユダヤ人の男性  )

  敗戦後、ドイツ人はナチスの「戦争犯罪」を糾弾され、ユダヤ人を虐殺した“極悪人”との烙印を額に押されてしまい、その罪科を贖うために、歐洲で一番の「人権国家」になろうとした。英米から去勢された、このゲルマン人国家は、どんなに厭な種族であれ、一旦“移民”として受け容れてしまえば、貴重な「ドイツ国民」の身分を与え、至れり尽くせりの“おもてなし”をしようとする。こうした手厚い福祉を聞きつけた別のアフリカ人やアジア人は、「ドイツこそ夢に見た黄金のエルドラドなんだ!」と思い込み、「難民」を装って雪崩れ込んだ。リベラル思想に洗脳されたゲルマン人は、当初、「外人労働者なんて所詮“臨時労務者”だろう」と高を括っていたが、それは致命的な誤りだった。トルコ人やアラブ人、アフリカ人は図々しいから遠慮なくドイツ各地に押し寄せてくるし、福祉にタカるどころか、故郷から家族や親戚まで呼び寄せる始末。最初は渺(びょう)とした小川でも、黒や褐色の盲流が合流すれば、それは徐々に大きな濁流となり、最終的には手が付けられない程の津波となる。この水害に飲み込まれるのは“お人好し”のドイツ人で、生き残るのは人権を利用する移民や難民だ。ドイツ人って、まるでノアの箱船に乗り損ねたネズミのようだ。

  10月下旬、ドイツでは地方選挙があって、ヨーロッパではちょっと話題になった。何と、チューリンゲン州の選挙では、“極右”と呼ばれる「ドイツのための選択肢(AfD)」が大躍進。日本でも「右派勢力」と呼ばれるAfDだが、実際はドイツ国民を第一に考える保守派政党だ。その証拠に、投票箱の蓋を開けてみると、23.8%の得票率であったという。これは第二位の得票率になるそうで、アンゲラ・メルケル率いる「キリスト教民衆党(CDU)」は顔面蒼白。というのも、CDUの得票率はAfDよりも低く、22.5%であったからだ。しかし、もっと悲惨なのは「社会民衆党(SPD)」で、こちらの得票率はたったの8パーセント。社民党の凋落は日本だけじゃなかった。で、気になる第一位は? これまたドイツらしく、極左政党の「リンケ党(Die Linke)」ときている。人権教育で頭がおかしくなった国民は救いようがない。

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(左 : ビョルン・ホッケ   /  中央 : アレグザンダー・ガウランド /  右 : ジェローム・ボアテング )

  メルケル首相のプライドをズタズタにしたAfDだが、今回の地方選挙で特筆すべき候補者は、なんと言ってもビョルン・ホッケ(Björn Höcke)である。真っ赤な頭の人物が「良心的」とされるドイツでは、ゲルマン系ドイツ人の生活を一番に考え、ドイツ国家の利益と文化を優先する政治家なんか、レイシストの「極右」である。AfDの幹部もマスコミから吊し上げを喰らっていた。党首のアレグザンダー・ガウランド(Alexander Gauland)は、かつて黒人系サッカー選手のジェローム・ボアテング(Jérôme Boateng)について失言をしたことで責められた。曰わく、「みんな彼のことを好きだが、隣人にしたいとは思わない」、と。(彼の母親はドイツ人だが、父親はガーナ人であるという。) そりゃそうだろう。黒い「ドイツ人」なんて本当のドイツ人じゃない。また、離党した元代表のフラウケ・ペトリー(Frauke Petry)は、国境警備の強化と移民規制を訴え、フェミニストにも反対したから、相当なバッシングを受けたらしい。(現在、彼女は創設した「青の党」の党首になっている。) アリス・ワイダル(Alice Weidel)も「PC(政治的に正しい言葉使い)」に嫌気が差し、「あんなのは歴史のゴミ箱に葬るべき」と発言したから、マスコミの標的にされてしまった。ベアトリックス・フォン・ストーチ(Beatrix von Storch)も、BBCの番組に出演したとき、キャスターから吊し上げを食っていた。

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( 左 : フラウケ・ペトリー  / 中央 : アリス・ワイダル   /右 :  ベアトリックス・フォン・ストーチ )

  他の党員と同じく、ホッケもマスコミの「タブー・コード(禁忌規則)」に叛旗を翻し、ドイツ人が心の底で思っている事を口にした。左翼ジャーナリストは彼をコテンパンに叩いていたが、ホッケはゲルマン人の男らしい德を備えており、リベラル派やユダヤ人の批判に屈しなかった。例えば、彼はドイツに建設されたホロコースト記念館を「恥ずべき遺物」と評していた。(Justin Huggler, "germany's new Hitler poised to lead AfD to regional elections gain", The Daily Telegraph, 27 October 2019.) ドイツや歐米のメディアは非難囂々だったけど、ホッケの見解は正しい。少なくとも、ユダヤ人の脅しに屈服するCDUの政治家と比べれば、遙かに立派じゃないか。ユダヤ人のシナゴーグ(礼拝の会堂)があるだけでも不愉快なのに、迫害されたことを大々的に宣伝する記念館なんて目障りだ。街の景観を損ねるばかりか、子供達の生育にも有害である。だいたい、なんでユダヤ人は“他国”に自分たちの記念物を設置しようとするのか。

Edouard Drumont 1(左  / エドワルド・デュルモン)
  そもそも、「ユダヤ人迫害」の原因はユダヤ人側にあって、異教徒のユダヤ人が昆虫みたいにドイツへ寄生したことが元兇だ。もし、ユダヤ人がロシアのポグロムを恐れて、外国に逃亡したいなら、逃避先はドイツやオーストリアじゃなく、イェルサレムがあるパレスチナに向かうべきだった。それなのに、ガリシア地方の賤民ときたら、“より良き生活”を求めて、西歐世界へと雪崩れ込んだ。これなら西歐各地で、根強い反ユダヤ主義が沸き起こったのも当然である。フランス人などは戦後、「ナチスに抵抗した善人」のフリをしていたが、彼らは昔からユダヤ人が大嫌いで、エドワルド・デュルモン(Édouard Drumont)が書いた『ユダヤ人ノフランス(Le France juive)』はベストセラーだったじゃないか。フランスの庶民はドイツ軍が忌々しいユダヤ人を排除してくれたら万々歳だった。「協力者(コラボ)」が多かったのも不思議じゃない。とにかく、ユダヤ人はヨーロッパから立ち去って、懐かしい中東アジアに戻り、アラブ人と“共生”しながら、適当に殺し合っていればいい。ユダヤ人は同類と喧嘩しながら暮らすのが自然である。

  今回の選挙で「台風の目」となったホッケは、演説集会に現れる度に、リベラル思想に抑圧されたドイツ国民を励まし、民族意識を鼓舞することで勝利を得た。選挙中、彼は聴衆に向かい「我々は我々なんだ ! (つまり、ゲルマン系ドイツ人という意味 / Wir sind Wir !)」とか、「我々は同じ民族なんだぞ ! (Wir sind das Volk !)、「私は自らが属する民族を愛する ! (Ich liebe mein Volk !)」と述べていた。こうしたキャッチフレーズを聞けば、集まったドイツ人が熱狂したのも納得が行く。ドイツは先祖代々「祖父の土地」に住むゲルマン民族の国家であり、人格と容姿が卑しいユダヤ人やアラブ人、何のゆかりも無いアフリカ黒人の国じゃない。一つの国家、一つの民族、一つの運命がドイツ人のモットーで、異人種との雑居と混淆、イスラム教やユダヤ教徒の共存なんて真っ平御免だ。ドイツ人にはドイツ人だけで楽しく暮らす権利がある。「永遠の放浪者」であるユダヤ人は、ドイツ人のナショナリズムに不満なら、さっさと荷物をまとめて故郷のイスラエルに“帰還”すればいい。イスラエル政府は世界各地に離散した「同胞」の帰りを待っているんだから。

民族の血と国家の大地

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(左 : ナチスが称讃したゲルマン系女性  /  右 : ナチスが増やそうとしたアーリア人の赤ん坊)

  鉄血宰相と呼ばれたオットー・フォン・ビスマルクは、1888年2月6日の帝国議会で演説を行い、「我々ドイツ人は、天主以外の何者をも懼れない (Wir Deutsche fürchten Gott, aber sonst nichts in der Welt) 」と豪語た。しかし、現在のドイツ人はどうか? 懼れないのは天主の裁きだけで、自己批判を繰り返す左翼陣営や、歐米諸国の主要メディア、レイシズムを糾弾する人権屋からの抗議に遭えば、膝から崩れ落ちて土下座する。もっと情けないのは、隠然たる勢力を誇るユダヤ人から「仕置き」された時で、皇帝ハインリッヒ4世よりも卑屈な態度になってしまう。もし、民族派のドイツ人が「我々ははユダヤ人よりも遙かに美しく、何千倍も気高く、勇敢である !」なんて口にしたら、たちどころにユダヤ人から袋叩きだ。まるで、針の筵(むしろ)というより、釘で串刺しになる「鋼鉄の処女(中世の拷問器具 / Eiserne Jungfrau)」の中に閉じ込められたような状態になってしまうだろう。実際に殺されなくても、社会的地位(職業)と名声を一瞬で失うから、ドイツ人はどんなに愛国者でも決して本音を吐かないよう注意している。言論の自由があるのは日本だけだ。

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(左 : 陽気なユダヤ人青年   / 中央 : ユダヤ人の美女   /  右 : 敬虔なユダヤ人 )

  ドイツのみならず、ブリテン、フランス、デンマーク、ネーデルラント、スウェーデンでも保守的な国民の間でナショナリズムが芽生えているが、西歐人が滅多に口にできないのは、国家と結びついた人種についてである。基本的に西歐人は各地をうろつく遊牧民ではない。農業を基盤とする定住民族だ。交通機関が発達する前なら、結婚相手は近場の異性で、同じ種族の者同士で子孫を残すのが普通だった。今とは異なり、ユトランド半島の片田舎に住むデイン人の娘が、パキスタン出身のイスラム教徒や北アフリカ出身のアラブ人、あるいは西インド諸島からやって来たジャマイカ人と結婚するなんて想像できなかった。もしあったら一大事。両親はおろか、祖父母や親戚、友人、隣人がびっくりするし、親兄弟の誰もが「やめてくれ !」と号泣するに違いない。こうした「国際結婚」は衝撃的だから、「何があったのか?」と地元の新聞に載ってしまう程だ。

Winston Churchill 1(左  /  ユダヤ人好きのウィンストン・チャーチル)
  昔のヨーロッパ人なら家系を重んじ、自分と同じような容姿の子孫を残そうとしたし、それが当たり前の「常識」だった。とりわけ、王侯貴族にとって血統は最重要課題で、黒人やアジア人との婚姻なんて御法度。たとえ、白人系のユダヤ人だって忌み嫌われていたんだから。一緒にディナーを取ることだって穢らわしく、ワインを片手に談笑というのも滅多に無かった。となれば、息子や娘の婚約相手なんか論外だ。しかし、イングランドの名門貴族、マールバラ公爵のチャーチル家は別だった。ランドルフとウィンストンはユダの金貨が大好き。失業中だったウィンストンはユダヤ人のパトロンから養われていたから、首相になった時、昔の恩返しをすべく、ヒトラーの和平交渉を一蹴り。ドイツのユダヤ人を救うためなら、同胞のイギリス兵を何十万も犠牲にしようが平気だった。(チャーチルの正体を説明すると長くなるので省略する。) この裏を知らないイギリス人は今でもチャーチル首相を「英雄」と思っている。どこの国にも馬鹿はいるものだ。

  ちなみに、ユダヤ人はアーリア人と結婚するのが大好きで、白人の女をモノにするのは一種のステータスになっている。例えば、不動産屋の倅(せがれ)であるジャレッド・クシュナー(jared Kushner)は、トランプ大統領の娘であるイヴァンカと結婚した。ベンジャミン・ネタニヤフ首相の息子であるヤイル・ネタニヤフ(Yair Netanyahu)も白人娘が大好き。2014年にはキリスト教徒の家庭で育ったノルウェー人女性のサンドラ・レイカンガー(Sandra Leikanger)と付き合ったし、翌年にはユダヤ系デンマーク人モデルのリー・レヴィー(Lee Levi)と交際していた。ユダヤ人は社会的に成功したり、裕福な家庭に生まれると、無性にヨーロッパ系白人女性と接近したがる。イスラエルの保守的ユダヤ教徒は口々に、「どうしてビビ(ベンジャミン)の倅は非ユダヤ人と付き合うんだ?」と不満を漏らしていたけど、ユダヤ人青年にとったらブロンドの「上等な女」を恋人にしただけだ。ハリウッドのユダヤ系女優を見渡せば分かるけど、人気藝人となるのは矢鱈と「歐洲系」が多い。ユダヤ人の男はユダヤ的容姿の女性に興味が無いらしい。

Yair Netanyahu 2Lee Levi 1Yair Netanyahu & Sandra Leikanger







(左 : ヤイル・ネタニヤフ  /  中央 : リー・レヴィー /  右 : ネタニヤフとサンドラ・レイカンガー )

  敗戦後、ドイツ人はユダヤ人から悪魔の如く糾弾されたが、それは単に虐殺の対象にされたからではない。ユダヤ人が心の底からドイツ人を憎むのは、このゲルマン民族がセム種族の“肉体”を槍玉に挙げたからだ。優生学や人種衛生学を重視するナチスの理論家たちは、優秀なアーリア人が持つ遺伝子プールに、穢らわしい遺伝子が混入する事を恐れた。ドイツ人にとって、金髪碧眼の北方種族が「理想的な人間」である。だから、この容姿を醜くする、ユダヤ人の精子や卵子が赦せなかったのだ。ナチスを批判するフランス人だって、発言とは別に本音があって、白いケルト人の遺伝子を守りたいと思っているし、イギリス人も腹の中ではアングロ・サクソン人の容姿を保存したいと願っている。

  現在のヨーロッパ人やアメリカ人、および彼らの主張を鵜呑みにする日本人は、無意識のレイシストになっている。リヘラル派はアフリカ人やアラブ人、あるいはインド人やベンガル人などに同情しているが、これらの非ヨーロッパ人が持つ独自の美意識を決して認めようとしないのだ。彼らは無意識的に有色人種の容姿は醜いと思っている。例えば、ウガンダ人が大きな尻や太い腰を持つ女性を「綺麗」と思うことに違和感を感じているが、現地の黒人にしたら、艶のある黒い肌と脂肪が詰まった頑丈なボディーは魅力的なのだ。ホッテントットの女性は自分の性器を自慢して、他人に見せびらかしていた。一方、インド人女性はイギリス人のような白い肌に憧れ、高価な「美白クリーム」を買っているが、歐米の左翼がこれに触れないのは欺瞞だ。イスラエルの東歐系ユダヤ人は、「俺達は洗練された白人なんだ !」と自慢し、パレスチナ系ユダヤ人を褐色の田舎者と馬鹿にしていたけど、何故か、これは大きなニュースにならなかった。

  ヨーロッパのリベラル派や人権派というのは、「良心」を売り物にしているが、実際は、偽善的な差別主義者である。地球上には様々な種族が存在しているから、「絶対的な美」というものはない。あるのは、「相対的な美」くらいで、「別嬪」や「男前」というのは十人十色。ヨーロッパ人の基準や評価で他国の美意識を否定するのは間違っている。したがって、ドイツ人が自らの肉体を自慢しようが、そんなのは「手前味噌」にすぎず、目くじらを立てる程のものではない。品川や新橋で飲んでいるオヤジが「俺の娘は江戸一番の美女」と自慢したって、そんなのは親馬鹿の戯言(たわごと)だ。もし、こんな自慢を本気にして、「何だとぉぉ~、それは外見差別になるぞ !」と噛みつくのは野暮天しかいないだろう。まともな大人は、「そうかい。良かったねぇ~。確かに、娘さんはアンタと似ていないや!」と笑ってお終いである。これが解らないのは、大学でクルクルパーにされた優等生だけ。

ドイツ人にとっては素晴らしかった理論

Walther Darre 1( 左 /  ヴァルター・ダレ)
  歐米諸国でも似たり寄ったりかも知れないが、日本の書店ではナチス時代のドイツを暗く描いた翻訳書や歴史書ばかり。北方種族のアーリア人を増やすべく、「生命の泉(Lebensborn)」計画を実行したハインリッヒ・ヒムラーや、「血と土」を強調したヴァルター・ダレ(Walther Darré)は評判が悪く、非人道的な政策を行った極悪人にされている。しかし、どうしてゲルマン系ドイツ人を増やすことが悪いのか? 日本政府は少子化を懸念し、若い女性に「もっと子供を産んで下さい !」と呼びかけ、出産手当とか育児手当、保育所の増設に教育の無償化などを実行している。しかし、誰もこれをネオ・ナチ政策とは言わないだろう。また、日本人が日本の国土を愛し、日本人の子孫を残しても異論は無いはずだ。日本に住み着く支那人や朝鮮人は「排外主義だ !」と激怒するが、そもそも日本は日本人の国で、アジア人が幸せになる為の国ではない。もし、優秀な支那人や朝鮮人がいるのであれば、彼らこそ真っ先に祖国へ戻り、国家の発展に寄与すべきだ。我々は下品な支那人とかヤクザの在日鮮人なんて要らないぞ。

Heinrich Himmler 1Heinrich Himmler 2Alfred Rosenberg 1







(左 : ハインリッヒ・ヒムラー   /  中央 : ドイツ人少女とヒムラー  / 右 : アルフレート・ローゼンベルク)

  現在、大学やマスコミでは「多文化主義」や「多民族共生思想」が真っ盛りだが、ドイツの文化はドイツ人が維持・継承すべきで、移民労働者として居着いたトルコ人や、紛争を逃れて潜り込んだシリア人が担うものじゃない。ドイツ人を糾弾するイギリス人やオランダ人でも、自国の文化は先祖代々の子孫が受け継ぐべし、と考えているはずだ。ところが、中流階級はおろか、上流階級のドイツ人でも、左翼やユダヤ人の前では腰砕けとなり、ドイツ人の遺伝子プールを守るのは駄目、街から異邦人を追放することも厳禁、非西歐人との混血なら称讃、と悉く非ドイツ化政策が取られている。良識的な公民さえ、ドイツらしいドイツを存続させようとしないのだ。ところが、ユダヤ人は同胞の為なら何でもする。彼らはドイツに寄生するため、あるいは外国からやって来る仲間のため、民族主義に基づいて多文化主義とか人種的多様性を大宣伝。しかし、彼ら自身はアラブ人やアフリカ人と混血したがらないし、イスラエルはユダヤ人とユダヤ教のために建てられた民族国家であると断言してはばからない。テレビ局、新聞社、教育界、藝能界に陣取るユダヤ人は、示し合わせたかのように協力し合っているから、ある意味、立派というか狡猾である。

Nazi Germany 17Nazi Germany 8Nazi Germany girls 5








(左 : ドイツ人の軍人   / 中央 : 軍服を着たドイツ人少女    /  右 : ナチス時代のドイツ人女性 )

  それなら、ドイツ人が自国をアーリア種族だけの国、つまり北方種族だけが幸せに暮らせる楽園にしたい、と考えてもいいんじゃないか。元々、ドイツ人が主体のゲルマン国家なんだから。サウジ・アラビアなんてサウド家の所有物だし、イランはシーア派のイスラム教で疑問を持たない。日本の歴史家は馬鹿の一つ覚えみたいにナチスを糾弾するが、もし、モザンビークやコンゴが黒人だらけの国家になったら、彼らはアフリカに渡って抗議デモを起こすのか? 日本の学者は日本国内に留まって、反抗する日本人を批判するだけだ。譬えて言えば、弱い後輩だけに威張り散らす不良と同じである。彼らは朝鮮高校の兇暴な不良の前だと、借りてきた仔猫のように「おとなしく」なり、因縁を付けられても「ニャンとも言えない」とばかりに無抵抗主義を貫く。情けないけど、これが和製知識人の実態である。

  日本の保守派は西歐人にペコペコしているが、白人のほとんどは「ハッタリ」が得意なだけの弱虫だ。だいたい、どうして西歐人は正直に「白人だらけの国がいい」と言えないのか? 自分の国なら、嫌いなユダヤ人やジプシーを叩き出してもいいはずだ。例えば、日本人の高校生が自分の部屋にアイドル歌手のポスターを貼ろうが、デス・メタルの音楽を聴こうが、ワンピースのフィギュア人形を飾ろうが、隣人は一向に構わない。なぜなら、自分の邸宅や敷地にある部屋じゃないからだ。ドイツ人はドイツ国内で、イギリス人はイングランド国内で、同胞だけと一緒に暮らす権利がある。そして、今を生きるドイツ人やイギリス人には、先祖から継承する血統を損なわず、きちんと子孫へ手渡す義務があるんじゃないか。祖父母と容姿が違う子孫なんて悲しすぎる。

Franz Boas 1Ashley Montagu 1(左 : フランツ・ボアズ  / 右 : アシュリー・モンタギュー )
  西歐人は愛国心を尊び、国防を担う軍人は命に代えても祖国を護ると言い張る。が、丸腰の移民が来ると腑抜けになってしまうから、「見かけ倒しじゃないか」と軽蔑したくなる。民族の血筋や文化、国土を守ってこそ、真の国防だ。異人種との混血を許し、伝統文化の劣化を奨励し、さらに国境までも開放するなんて馬鹿げている。リベラル教育で洗脳されてしまったからしょうがないが、愛国者であれば日本の戦国武将のように鋼鉄の意志を持つべきだ。フランツ・ボアズ(Franz Boas)やアシュリー・モンタギュー(Ashley Montagu)のような文化人類学者は、「人種なんて社会的に構築されたもの」と宣伝するが、現実的には「人間の種類」は存在する。(ボアズとモンタギューは共にユダヤ人。

      ちなみに、「モンタギュー」は偽名で、本名は「イスラエル・エレンバーグ<Israel Ehrenberg>」である。) 日本人ならせせら笑ってしまうが、ユダヤ人にはオーストラリアの「アボリジニ(原住民)」とアングロ・サクソン系の白人が“似たり寄ったり”の人種に見えるのか? 左翼学者は熱心に平等思想を宣伝するが、一般人は同族の者と一緒に暮らしたいと考えている。何よりも、祖国で気持ちよく生活できるなら「非科学的」でも「人工的」でもいいじゃないか。

Herdegarde Neff 02Catherine Dea 1Jew Betty Friedan 3Jewish girl in Israel 3








(左 : ドイツ人女優のヒルデガルト・クネフ   / ナチスが理想としたアーリア系女性  / ユダヤ人フェミニストのベティー・フリーダン  /  右 : イスラエルに住むユダヤ人女性 )

Arthur Gutt 01 (左  /アルトゥール・グート  ) 

   今では、ヴァルター・ダレやアルフレート・ローゼンベルク(Alfred Rosenberg)の主張は全面的に否定され、悪魔の思想となっているが、国家運営や国民の統合には非合理的な神話(宗教)や科学では解明できない国民の絆が必要なのだ。例えば、SS少将のアルトゥール・グート(Arthur Gütt)は、人種文化および遺伝担当の大臣アドヴァイザーを務めていて、ドイツ人の人種的遺伝が如何に神聖であるかを述べていた。

  ゲルマン貴族は自らの遺産を神聖な祖先の種から得ている。その血(生殖用の物質)は最も純粋な形で子孫に継承されねばならない。(Arthur Gütt, "Die Bedeutung von Blut und Boden für das deutsche Volk", Schriftenreihe des Reichsausschusses für Volksgesundheitsdienst, Vol. 4, Berlin : Reichsdruckerei, p.4.)

  また、『第20世紀の神話』で有名なローゼンベルクも、ゲルマン民族の血統に関して持論を述べていた。

  こんにち、新たな信仰、すなわち血の神話が勃興した。これは血を通して人間の神聖なる本質を守る信念である。(Alfred Rosenberg, Der Mythus des 20. Jahrhunderts, Munich, Hoheneichen Verlag, 1935,p.114.)

  親衛隊上級大佐のカール・モッツ(Karl Motz)も、「血と土」を強調する文章を書いていた。 

     如何なる民族主義があろうとも、その基盤となるのは、我々の祖国にある聖なる地と血の関係である。(Karl Motz, Blut und Boden : die Grundlagen der deuschen Zukunft, Berlin, Zeitgeschichte Verlag, 1934, p.7.)

Hitler & kids 1Nazi Germany girls 001







(写真  /  ドイツ人少女の歓迎を受けるヒトラー)

  これらの理論家よりも、さらに激しく糾弾されるのがドイツ総統のアドルフ・ヒトラーである。もちろん、この独裁者は戦争末期、自らの地位に固執し、多くのドイツ兵を無駄死にさせたから、徹底的に批判されねばならない。しかし、ナチスが行った人種政策はドイツ国民にとって、本当にマイナスであったのか? ヒトラーはゲルマン人らしいドイツ人を保存したいと望み、国家が必要とする健全な青少年を育成しようとした。また、ドイツ社会を破壊する共産主義を執拗に攻撃したが、これは本当に「悪い事」なのか? ヨーロッパ人は認めたくないだろうが、優生学はドイツ人のみならず、ブリテン、フランス、ネーデルラント、スウェーデンなどでも盛んで、当時としては国家のプラスになったはずだ。ヒトラーの『我が闘争』を読んでみると、意外にも「まっとうなこと」が書かれており、戦前のヨーロッパ人が持っていた本音を語っている。例えば、次のような箇所はイギリス人やアメリカ人でも賛同する人が多いはずだ。
  
  自然は雑種を好まない。特に、第三、第四、第五世代あたりの雑交の初期に生まれてくるものは、はなはだしく苦しまねばならない。かれらは本来最高の成分のもっている価値を、雑交によって失ってしまうのみならず、血の統一を欠いているために、生存一般のための意志力や決断力の統一をも欠いているのである。(アドルフ・ヒトラー 『わが闘争』 (下) 平野一郎・将積茂 訳 角川文庫 p.49)

 また、ヒトラーは優越人種が劣等種族と交わった場合の危険性についても述べていた。

  ・・・・その結果はまず、水準自体が低下するだろうが、さらに子孫が人種的に混血していない周囲のものに比して虚弱化するだろう。最もすぐれた人種の側からの血がそれ以上混入することを完全にさまたげられるならば、お互いに雑種同士の雑交をつづけることによって、雑種は自然によって抵抗力が低下させられるために死滅するか、あるいは幾千年かの間には種々雑多な雑交によって、本来の単一的な要素が完全に混合し、したがってその単一な要素がもはや認められないような新混血物が形成されるであろう。(上掲書 p.50)

  ・・・・最も神聖な人権はただ一つあるだけである。そして、この権利は同時に最も神聖な義務である。すなわち、それは最もすぐれた人類を保持することによって、人類のより尊い可能性を与えるために、血を純粋に保つよう配慮することである。それとともに民族主義国家は、人間と猿との間の生まれぞこないではなく、神の似姿を生むことを任務としている結婚に神聖さを与えるために、まず第一に、結婚を絶え間ない人種汚染の水準から高めてやらねばならない。(上掲書 pp.52-53.)

  戦前から1960年代まで、アメリカ社会において白人が黒人と結婚することは忌み嫌われていた。特に、南部だと一層顕著で、現在とは違い、民衆党の大物が熱烈な人種差別主義者であったことは周知の事実。例えば、リベラル派の長老だったロバート・バード(Robert Byrd)上院議員は、若い頃、KKKのウェスト・ヴァージニア支局に属していたし、ジョージア州の知事を務めたクリフォード・ウォーカー(Clifford Walker)とユージン・タルマッジ(Eugene Talmadge)は、黒人が大嫌いで、黒人の政治参加に猛烈な反対を示していた。アラバマ州にも沢山の白人至上主義者がいて、デイヴッド・グレイヴス(David Bibb Graves)知事や連邦最高裁のヒューゴ・ブラック(Hugo Black)判事は有名だ。彼らは共にKKKを支持。もちろん、こうした「レイシスト」はユダヤ人も大嫌い。アイヴィー・リーグの大学は、なるべくユダヤ人の学生を排除しようと様々な対策を講じていたものだ。

Claude Lanzmann 1(左  / クロード・ランズマン )
  ところが、日本の歴史学者は悉くユダヤ人や黒人の味方で、ドイツ史について論文を書けば、決まって追放されたユダヤ人に同情を寄せてしまう。蛸壺型の思考しかないから仕方がないが、別の角度、すなわち「ドイツ人の視点」でドイツ史を見ることができないのだ。要するに、彼らはユダヤ人学者の言説を繰り返しているだけ。そもそも、「ホロコースト」なる用語が、どのように定義されているのかよく解らない。日本の歴史学者は検死報告書や物的証拠も示さずに、都市伝説でしかない「ガス室殺人」を頭から信じている。フランスのユダヤ人で映画監督のクロード・ランズマン(Claude Lanzmann)が、様々なホロコースト生存者を集め、その証言を映像に収めて『ショアー(Shoah)』というドキュメンタリー・フィルムを制作したが、これらの証言はどれも「証拠」とはならない。なぜなら、法廷での宣誓証言でもなければ、反対尋問を受けた証言でもないからだ。偽証罪に問われず、気楽に話せる噂話を「真実」と称しているんだから、日本の学者は脳天気である。こんなヨタ話が信用されるなら、『週刊実話』の記事だって、みんな「真相」になってしまうじゃないか。

  まぁ、迫害や虐殺に遭ったユダヤ人は気の毒だが、久々にユダヤ人が消え去ったヨーロッパというのは結構気持ちがいい。ユダヤ人やクルクル左翼が記す歴史本には、「可哀想なユダヤ人」という“お涙頂戴”話が満ちあふれているけど、当時のドイツ人からすれば、「あの穢らわしい賤民が居なくなってせいせいした」という気分であった。それに、当時のドイツ人労働者はヒトラーの経済政策により、惨めだった生活水準が向上したし、ゲルマン人だけが暮らす住宅地も建設されて大喜び。イギリス人だって羨むほどだ。現在、戦勝国になったはずのブリテンには、ユダヤ人が政財界にウジャウジャいて、アングル系やケルト系の国民は密かに嘆いたり、憤慨したりと気分が優れない。したがって、「こんな風になるなら、ナチ・ドイツに占領された方がマシだ」と言いたくなるイギリス人の“ぼやき”も分かる。

Michael Levy 2Jack Straw 3Ed Miliband 1David Miliband







(左 : マイケル・レヴィー   / ジャック・ストロー    / エド・ミリバンド   /  右 : デイヴィッド・ミリバンド )

     ブリテンの政界はユダヤ・マネーに汚染され、誰も彼もが親イスラエル派だ。多民族共存が実現したブリテン島には、「イギリス人」の振りをするユダヤ人議員が普通にいて、中には「愛国者」を演じることで国民を騙そうとする奴がいる。保守党を見てもユダヤ人が多いし、労働党を見回してもユダヤ人が目につく。例えば、トニー・ブレアのパトロンはマケイル・レヴィー(Michael Levy)だし、外務大臣のジャック・ストロー(Jack Straw)は移民賛成派で、バーバラ・ロッシュ(Barbara Roche)に至っては確信犯的移民推進派であった。労働党の代表になったエドワード・ミリバンドと兄のデイヴィッドは親譲りのマルキスト極左ときている。一方、保守党にはマイケル・ハワード(Michael Howard)やマイケル・リフキンド(Michael Rifkind)のようなユダヤ人が多い。でも、一番腹立たしいのは、下院議長席に腐敗の帝王、ジョン・バーコウ(John Bercow)が坐っていることだ。 焼肉屋じゃあるまいし、あっちでジュージュー、こっちでジュウジュウの状態なんだから、イギリス人だと目眩がしてくる。

Barbara Roche 11John Bercow 1Michael Howard 2Michael Rifkind 1







(左 : バーバラ・ロッシュ  / ジョン・バーコウ   /  マイケル・ハワード  /  右 : マイケル・リフキンド  )

  ドイツ内外にヒトラーのユダヤ人迫害を非難するドイツ人がいるのは分かるが、彼らは北方種族のゲルマン人を増やした廉でヒトラーを譴責するのか? 現在、ブリテンやフランス、ネーデルラント、スウェーデンでは、移民や難民の有色人種が雪崩れ込んでしまい、深刻な「多民族社会」となっている。そこで、もしも、イングランドやデンマークからアジア人やアフリカ人が一掃され、白人だらけの国家となったら、どのような現象が起きるのか? まさか、リベラル派の白人が大量に逃げ出し、各地で不動産価格が下落するとは考えにくいし、一般国民が嘔吐を催すとも思えない。むしろ、人気の移住先となるんじゃないか。例えば、アメリカやカナダからこぞって白人が流入し、国籍取得を希望するかも知れないぞ。西歐人は決して口にしないが、ユダヤ人はお金の臭いに敏感だから、イスラエルからも不動産業者が参入し、猛烈な「土地転がし」が発生する可能性だってある。白人用の高級住宅地となれば結構な儲けになるし、建築業者や開発業者になればもっと儲かるから、このチャンスを見逃す手はない。巨額の資金を調達できるユダヤ人だと、ライバルを蹴落とすことが出来るから、かなり有利だ。

German boy 11German girl 1Nordic woman 43









(左 : ナチス時代のドイツ人少年   / 中央 : ナチス時代のドイツ人少女   /   右 : 現代のゲルマン系西歐人女性)

  とにかく、ドイツを破滅に陥れたヒトラーを批判するのは構わない。しかし、ヒトラーがしたことを全て否定することは間違いだ。例えば、もしヒトラーがキリスト教を保護したり、「ヨーロッパの文化だから大切にせよ」と発言したら、アメリカ人はキリスト教を邪教と考え、「ネオ・ナチ好みの宗教だ」と毛嫌いするのか? また、もしも、ナチ党が軍人魂を称讃し、「祖国のために命を懸けることは崇高な行為だ !」と宣伝したら、ヨーロッパ人は尚武の精神をゴミ箱に捨てるのか? キリスト教や勇敢な行為はナチスがなんと言おうとも尊い。「善いもの」は誰が口にしても「善いもの」だし、悪事はイギリス人やアメリカ人が行っても正当化されるものではない。

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(左 : ドイツ人少女と面会するヒトラー  /  右 : 健全なドイツ人少女たち)

  自国の生活環境を良くするためなら、タカリ賤民のユダヤ人や、不愉快な移民・難民を追放しても非難されるべきことではないだろう。第一、ユダヤ人には同胞が暮らすイスラエルがあるじゃないか。アフリカ難民は元々「避難民」なんだから、永住せずにさっさとアフリカへ戻り、どこかの国で農作業でもすればいい。あれだけ広大な地域なら、ブッシュマンみたいに暮らせるはずだ。もし、それが厭なら、パプア・ニューギニアとかフィリピンに移住する選択肢もあるじゃないか。ヨーロッパの左翼は自国の保守派ばかり責めているが、「上等な先進国」を意図的に目指す移民や難民を批判しないのはおかしい。アフリカ難民は他のアフリカ諸国が受け容れるべきだし、シリア難民とかイラク難民は、イスラム教国のサウジ・アラビアとかヨルダン、イランなどが率先して保護すべきである。異邦人を排斥したい保守派は、もっと強靱な精神を持つべきだ。先祖から受け継いだ国家と将来を担う子孫を考えれば、左翼からの苦情・罵声など「ウサギの糞」程度じゃないか。左翼分子は敵の弱点を突くのが上手い。真の愛国者は「ネオナチ」とか「極右」といったレッテルを恐れず、自分の血統をなるべく純粋に保ち、生まれ育った郷土を「自分たちの国」とすべきである。



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