無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

2021年07月

ナチスを育てた米国の資本家 / 隠された西歐史

ヒトラーに資金を流した黒幕

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(左 : ドイツ兵を前にするヒトラー   /  右 : ウォール街の大物 J.P.モルガン)

  西歐世界における歴史教育は非常に厄介だ。なるほど、歐米諸国では優秀な大学教授や有名な研究者が、膨大な資料に基づき様々な歴史書を出版してきたし、現在も続々と新刊本が出ている。かつてのソ連圏や支那、朝鮮で出版される歴史書なら、「こんなのは政治プロパガンダの一種だろう」と笑われてゴミ箱行になるところだが、名門大学の権威者が世に出した“学術書”となれば話は別だ。一般人は準聖書の如く扱い、謙虚な心を以て恭しくその青史を繙く。まさか、歴史の真実を隠蔽するための偽典とは思わない。なぜなら、多少、解釈や判断の違いがあっても、あからさまな捏造は無いからだ。しかし、高名な学者であっても、何らかの“不都合な事実”を葬るため、意図的に言及を避けたり、陰謀論として却下するから一般国民には注意が必要だ。

  従来の学校歴史観だと、英米はソ連を同盟国にして、極悪のドイツ、イタリア、日本を成敗したことになっている。さらに、英米の勝利は「ファシズムに対するデモクラシーの勝利」となっているから片腹痛い。なぜなら、どうして極悪の共産主義国、すなわち全体主義のソ連が同盟国となっているのに、リベラル・デモクラシーの勝利と宣言できるのか? しかも、アメリカは大虐殺を厭わない毛沢東を支援して、支那大陸の赤化を推進した張本人。朝鮮戦争だって、ディーン・アチソンやジョージ・マーシャルの不可解な言動を調べれば、米ソの「出来レース」だと判る。東アジアは米国から遠く離れた化外の地。冷たい“緊張状態”が続くことは、エスタブリッシュメントにとって必ずしも損な状態ではない。ノルマンディー上陸作戦だって甚だ怪しく、ポーランドを含めた東歐諸国をソ連に貢ぐための策略じゃないのか、と思えてくる。もし、本当に歐洲を救いたければ、フランスの海岸じゃなくバルカン半島から上陸し、北上しながら反撃すればいいじゃないか。英米の一般人は、ポーランドがヒトラーの手から解放され、スターリンの懐に入ったから嬉しいのか?

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(左 : 「ルマンディー上陸作戦」に参加したアメリカ兵   /  右 :  第二次大戦で勝利したロシア兵)

  もちろん、一般のアメリカ国民や連合軍の将兵は、米国と歐洲を救うべく、多大な犠牲を払ったと思っている。しかし、大戦が勃発する原因や経緯、戦後の経済体制や国際秩序を冷静に見つめてみれば、何となく割の合わない結果であることに気づく。普通のアメリカ人やイギリス人は絶対に口にしないけど、「どうも、腑に落ちない。日独に勝ったとはいうものの、俺達の生活は良くならないどころか、以前よりも悪くなっている。第一、ナチズムを一掃したら、今度は故郷に有色人種が増えちまった。アーリア人を殺して、アフリカ人が隣人なんて真っ平御免だぞ。これなら、ドイツと一緒に組んでユダヤ人を中東に叩き出しておけばよかった。あれだけ多くの血を流したのに、その結果がこの程度なんて・・・」と嘆いてしまう。そもそも、大戦前にブリテン帝國の崩壊と英国病を予想したイギリス人は、いったい何人いたんだ? また、南洋戦線で日本兵を撃ち殺した白人兵は、本国での人種平等、つまり黒人との混淆やユダヤ人との共生を望んでいたのか?

  第二次世界大戦の隠された目的は、独立を高めるドイツ帝國への懲罰処分にあった。我々はナチ・ドイツがヨーロッパ諸国を侵掠し、ユダヤ人を迫害したから、正義と秩序を守る英米が蹶起(けっき)した、と習っている。しかし、こんなのは子供騙しの御伽噺だ。大戦の理由は幾つかあるけど、そのうちの一つは、歐米世界を牛耳る闇組織の誤算にあった。ロスチャイルド家の指令を受けたウォーバーグ銀行が、レーニンのボルシェビキに資金を流したことはよく知られている。日本人は「ロシア革命」と思っているが、実質的には「ユダヤ人によるクーデタ」と呼んだ方がいいだろう。嘘だと思う日本人は、ボルシェビキの幹部を一人一人じっくりと眺めてみれはいい。

  ポグロムを以てユダヤ人を度々迫害してきたロマノフ朝ロシアは、ユダヤ人にとったら不倶戴天の敵であるから、一家皆殺しは当然の結果である。しかし、革命の目的はそれだけではない。ロシアの富を収奪しようとする連中にとって、買収の効かないロシア皇帝は邪魔者でしかなかった。もし、外国人勢力がロシアの天然資源を根こそぎ奪い、民衆を低賃金労働者にして搾取すれば、必ずやロマノフ王朝は介入してくる。おそらく、外国企業は国外追追放になってしまうだろう。でも、子飼いのレーニンが支配者になれば、共産党が唯一の窓口になるから、党の幹部に甘い汁を吸わせておけば、後は国際企業のやりたい放題。巨大な資金を有するオルガルヒのような悪党、つまりロシア人の“フリ”をしたユダヤ人が、ロシアの至る所で跋扈し、ロシアの石油や稀少金属を掘り出して巨万の富を得るだろう。もちろん、ボルシェビキの一般党員は「赤色革命」の輸出に夢中だ。しかし、裏から資金を流していた連中は違う野望を抱いていた。そして、世界政府の樹立を目論む大富豪は、レーニン亡き後の指導者にレフ・トロツキーを充てようと考えていたのだ。

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(左 : ウラジミール・レーニン  / 中央 : レフ・トロツキー  / 右 : ヨシフ・スターリン )

  ところが、グルジア人のヨシフ・スターリンが、国際金融業者の計画に大きなズレをもたらした。スターリンは巧妙な策略を用いてトロツキーを欺き、レーニンの葬儀に参列できないよう仕組んでしまう。意識朦朧のレーニンから「後継者の指名を受けた」スターリンは、独裁者として赤いロシアに君臨する。しかも、冷徹な目で現状を捕らえる大元帥は、トロツキーの永続革命論を斥け、一国社会主義で自分の土台を固めようと考えた。これはトロツキーを「操り人形」にしようと考えていた資金提供者にとっては番狂わせのパプニングだ。彼らはスターリンを甘く見ていたのかも知れない。知識人型のレーニンと違って、暴君型のスターリンは金持ちどものペットになる気は更々無かった。レーニンは資本家の足元にひれ伏したが、スターリンは彼らの尻(ケツ)を舐めるのが大嫌い。ユダヤ人のパトロンに頭を下げるくらいなら、自前で金を稼ぐ方がいいと考えた。実際、スターリンは金に困って強盗になったし、売春婦を搾取する女衒にもなっていた。やはり、革命家は暴力団の闘士でなきゃ。

  ボーダレス・エコノミーを夢見る資本家達は、「絶大な権力を手に入れたスターリンを何とか制禦しなければ !」と思い、このグルジア人を懲らしめる政敵を創ろうと考えた。そこで目に附けたのが、当時、まだ駆け出しの政治家であったアドルフ・ヒトラー。なんと、ロンドンやウォール街を牙城とする大物ビジネスマンは、現地の企業を通してヒトラーに活動資金を渡していたのだ。この経緯については、アンソニー・サットン教授が詳しく述べている。フーバー研究所に属していたサットン教授は、ウォール街とボルシェビキの関係を明らかにしたことで有名だ。彼の三部作を読めば、どんな人物がヒトラーのパトロンになっていたかが判る。

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(左 : アンソニー・サットン  /  中央 : エミール・ラーテナウ /  右 : ヴァルター・ラーテナウ )

  ヒトラーの台頭を助けた企業として挙げられるのは、米国の有名企業である「ジェネラル・エレクトリック社(General Electric)」である。この会社はベルリンにある「ドイツ・ジェネラル・エレクトリック社(Allgemeine Electricitäts Gesellschaft / A.E.G.)」と提携し、国家社会主義者のヒトラーを支援するスポンサーになっていた。「A.E.G.」というのは、エミール・ラーテナウ(Emil Rathenau)がトマス・エジソンの特許を取得して設立した、「ドイツ・エジソン電器会社(Deutsche Edison Gesellschaft für angewandte Electricität)」が前身となっている。そして、エミールの息子というのが、ワイマール共和国で外相を務めたヴァルター・ラーテナウ(Walter Rathenau)ときている。彼は1922年に暗殺されてしまうが、元々は父親の跡を継いでA.E.G.の経営を担っていた人物だ。

  ドイツでA.E.G.をパートーナーにしていたのが、アメリカの「ジェネラル・エレクトリック(GE)」で、GEの経営陣には、日本でも有名なオーエン・ヤング(Owen D. Young)とジェラルド・スウォープ(Gerard Swope)がいた。第一次大戦後、ベルサイユ体制で痛めつけられたドイツは、不況とハイパー・インフレーションに見舞われ、賠償金の返済にも困っていた。これを憂慮したアメリカは、ドーズ案とかヤング案を用いてドイツの経済復興を助けようとした。当時のカルヴィン・クーリッジ大統領は、特別委員会を設置し、元銀行家で副大統領になったチャールズ・ドーズ(Charles Dowes)を委員長にしてドイツへ派遣する。オーエン・ヤングが議長となった委員会では、「ヤング案」という計画が作成され、これが新たな賠償方式となった。このヤング委員長はGEの会長で、復興支援を模索する傍ら、ドイツの電器産業を束ねる計画、すなわちカルテルを結成しようと目論んでいたのだ。彼は他の企業の経営にも携わっており、「Radio Corporation of America」の会長や「OSRAM」と「A.E.G.」の経営者、ニューヨークのFRB副議長も務めていた。(註 / 「オスラム : OSRAM」というのは、電球などの照明器具を製造するドイツ企業で、ここの日本法人は神奈川県にある。)

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(左 : オーエン・ヤング  / 中央 : ジェラルド・スウォープ / 右 : チャールズ・ドーズ  )

  ジェラルド・スウォープはGEの社長で、「A.E.G.」や「OSRAM」の経営にも携わっていた。彼も様々な役職を兼ねており、RCA(ヤングが創設したラジオ局や電気機器、レコード会社を手掛ける多国籍企業)、NBC(三大ネットワークの一つ)、ニューヨークの「National City Bank」の経営陣にもなっていたが、ヤングと同じくモルガン商会の代理人であった。J.P.モルガンの手下は他にもいて、GEの経営陣に属するクラーク・ヘインズ・マイナー(Clark Haynes Minor)は、「International General Electric(I.G.E.)」の社長であった。ヴィクター・カッター(Victor M. Cutter)もGEの経営陣に加わっており、彼はボストンの「First National Bank」を任されていた。

  ドイツの経済界でカルテルを形成しようと図るGEは、大手企業のA.E.G.を傘下に納めようと画策した。1929年8月、1,400万マルク相当の株がGEの手に渡り、両者の人的関係や技術提携は濃密になった。1930年1月になると、A.E.G.の重役会議にはGEの三人衆、すなわちクラーク・マイナーとジェラルド・スウォープ、E. アーサー・ボールドウィン(E. Arthur Baldwin)が送り込まれた。(註 : ボールドウィンは「International General Electric Company」の副社長を務めていた。) GEの野望は壮大で、このアメリカ企業はドイツの大手企業である「シーメンス&ハルスケ(Siemens & Halske)社」にも食指を伸ばし、電器業界の独占を目指していたのである。しかし、GEの目論見は達成されず、シーメンス& ハルスケ社は独立を保つことができた。(このS&H社はシーメンス社の一部門で、かのシーメンス社は電気・通信技術をはじめ、発電機やロータリー・エンジンなどの開発も手掛ける大手企業。大正3年に発覚した「シーメンス事件」は有名で、帝國海軍の高官が贈賄を受けたとのスキャンダルが騒がれ、山本権兵衛内閣は総辞職に追い込まれた。)

  ウォール街からやって来た投資家や企業家は、貪欲にもドイツ企業の支配に励んでいた。GE社の「International General Electric(I.G.E.)」は、「A.E.G.」株の約30%を取得し、「Gesellschaft für Electrische Unternemungen」社の株だと全体の約25%、「Ludwig Lowe & Co.」も餌食となって、全体の約25%を占められていた。(「G.E.U」は投資会社から始まった電力供給会社で、鉄道事業も手掛けていたドイツ企業。「Ludwig Lowe」の方は、機械製造の会社で、武器弾薬の生産も行っていた。) IGEはOSRAMにも影響力を持ち、A.E.Gの経営陣を通して操っていたという。

  シーメンス社が間接的にヒトラーへ献金を行った事はあっても、直接的に渡したという証拠は無いらしい。でも、「A.E.G」や「OSRAM」からの資金提供は明らかで、「国家信託機構(Nationale Treuhand)」を介して資金を流していたそうだ。(Anthony C. Sutton, Wall Street and the Rise of Hitler, Seal Beach, California : '76 Press, 1976, p.53.) 米国のビジネス業界と連動するドイツ企業もヒトラーに資金提供をしており、染料や肥料、窒素の生産で有名な「I.G. ファーベン(Interessengemeinschaft Farbenindustrie)」も直接的に献金を行っていた。A.E.G.から数名の役員がI.G. Farbenに出向しており、A.G.Eの会長を務めるヘルマン・ブュヒャー(Hermann Bücher)とユリウス・フレッチハイム(Julius Flechtheim)、そしてヴァルター・フォン・ラス(Walter von Rath)の三名は、I.G. Farbenの重役でもあった。

  A.E.G.のウァルター・ファーレンホルスト(Walter Fahrenhorst)は、「フェニックス社(Pheonix A.G.)」や「ティッセン社(Thyssen A.G.)」、「デマグ社(Demag A.G.)」の重役を兼ねており、この三社はともにヒトラーへの献金を行っていたという。(上掲書、p.57) また、潜水艦や戦車に使われるバッテリーを製造していた「Accumulatoren Fabrik 社」もA.E.G.の重役二名、アウグスト・フェファー(August Pfeffer)とギュンター・クァント(Günther Quandt)を迎えており、2万5千ライヒス・マルクの献金をヒトラーに渡していた。ちなみに、クァントは「Accumulatoren Fabrik 社」が発行する株の75%を個人的に持っていたそうだ。A.E.G.のポール・マムロス(Paul Mamroth)とハインリッヒ・ファールス(Heinrich Pferls)は「OSRAM」の重役で、同社はヒトラーに4万ライヒス・マルクの献金を行っていた。

  鉄鋼業から始まり兵器産業へと進出した「クルップ社(Krupp)」も「I.G.E」と繋がっていた。GEは子会社の「Carbolony Company」を使ってクルップ社とカルテルを組み、「炭化タングステン(tungsten carbide)」の値段を吊り上げた。1920年代、この素材は1ポンド当たり50ドルしかしなかったのに、Carboloyが特許を用いて独占を図ると、1ポンド当たり453ドルまで高騰したという。これにより、両社は大儲け。I.G.E.と提携したクルップは、60万ライヒス・マルクの資金をヒトラーに提供していた。

  学校の教科書を疑わない日本人は、ナチスとヒトラーの話を聞けば、直ぐにホローストや侵略戦争を頭に浮かべてしまうが、「誰が伍長上がりの活動家に銭を渡したのか」を考えることはない。政治家になるには理念や情熱だけでは不充分で、必ず活動資金が必要となる。ユダヤ人の害悪を訴える退役伍長は、大企業の御曹司でもなければ、貴族の道楽息子でもない。露骨に言えば、大勢の乾分(こぶん)を抱えたルンペン親分だ。潰しの利かない武闘派の手下に飯を与えるだけでも精一杯。だから、アメリカやブリテンからやって来た怪しいビジネスマンでもOKとなる。「シドニー・ウォーバーグ(Sidney Warburg)」というペンネームで出版された『Financial Origins of National Socialism』によれば、ウォーバーグ自身が1929年から1933年にかけて、5回ほどヒトラーと会談し、このドイツ人が資金を欲していると分かったので、約2500万ドルを送金したという。

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(左 : ポール・ウォーバーグ  / ジェイムズ・ポール・ウォーバーグ  / マックス・M・ウォーバーグ  / 右 : エリック・H・M・ウォーバーグ )

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  もちろん、この「シドニー・ウォーバーグ」というのは実在の人物ではない。しかし、巷ではこの本がポール・ウォーバーグ(Paul Warburg)の息子であるジェイムズ・ポール・ウォーバーグ(James Paul Warburg)によって書かれたんじゃないか、という噂が流れた。なぜなら、第一次大戦で有名になったドイツ軍のエーリッヒ・ルーデンドルフ(Erich Friedrich Wilhelm Ludendorff)将軍の再婚相手で、未亡人となったマチルデ(Mathilde Friedrike Karoline Ludendorff)夫人が、ニュルンベルク裁判でジェイムズ・P・ウォーバーグがウォール街とナチスの橋渡しになっていた、と証言したからだ。しかし、マックス・M・ウォーバーグ(Max Moritz Warburg)の息子であるエリック・H・M・ウォーバーグ(Eric Hermann Max Warburg)は大激怒。マチルデ夫人の言説を「でっち上げただ!」と言い放った。この「シドニー・ウォーバーグの虚説」に対して憤慨したエリックは、これを掲載した各新聞社に抗議し、正式に取り消してもらったそうだ。(ロン・チャーナウ 『ウォーバーグ : ユダヤ財閥の興亡』 下巻、青木榮一 訳、日本経済新聞社、1998年、 pp.298-299.) 

  ちなみに、チャーナウの翻訳本は全訳ではなく、大切な「註」も省略しているので、本の価値が半減している。せっかくの労作なのに、肝心の註を省いたから台無しだ。まぁ、数頁にわたる脚注を附けると値段が高くなるから割愛したんだろうが、翻訳者の青木氏と日経新聞社はアホな事をしたものだ。

  話を戻す。「シドニー・ウォーバーグ」の本は元々、ネーデルラントのアムステルダムにある「Van Holkema & Warendorf」という老舗の出版社から刊行された書籍である。ところが、この小冊子は極めて少数しか販売されなかったので、今では稀覯本となっている。ただし、ここに隠れた価値を見出した人がいたので、スイスでドイツ語版が出版されたという。さらに、ドイツ語版を基にして英訳本が出版され、 1980年代に入って「Research Publications」が復刊した、という次第である。現在は、「Omnia Veritas社」が出版しているので、日本人でもアマゾンで購入できる。原書の『De geldbronnen van het nationaal socialisme : drie gesprekken Hitler』(Amsterdam : Van Holkema & Warendorff, 1933)が誰によって書かれたのかが不明だから、安心して信用できる資料とはならないが、もしかすると、内情に詳しい誰かがこっそりと暴露したのかも知れない。全くの素人が出鱈目を書いたとは思えないから、たとえウォーバーグ家が否定しても、幾つかの箇所は事実なのかも知れないぞ。日本の歴史学者は、こうした点に目を附けて詳しく調べるべきなのに、ユダヤ人の書いた学術書ばかりを有り難がるんだから本当に情けない。

  我々は学校で社会科の授業を受け、テレビや雑誌でも第二次世界大戦について聞いている。しかし、その歴史観、あるいは説明の枠組みを誰が作ったのか、に関しては興味が無い。生前、外務省の外政官でサウジ・アラビアやタイに赴任した岡崎久彦大使が語っていたけど、敗戦国では戦時プロパガンダが暴露され、様々な嘘が明らかにされているが、戦勝国では戦時プロパガンダがそのまま残ってしまうらしい。不正確な情報が否定ささず、修正もされないまま温存され、やがてそれが「定説」となってしまうのだ。ナチ・ドイツに関する「歴史」もその危険性があり、ナチス側の反論は悉く斥けられ、英米の学者やユダヤ人の一方的な解釈と論説で「正統な歴史書」が綴られている。

  そもそも、事後法に基づくニュルンベルク裁判自体が違法だし、検事と判事が“グル”なんて論外だ。勝者側の裁判官はドイツ側の弁護士が証拠の提出を求めても却下するし、英米側が持ち出してくる「証拠」だって、どんな「味付け」がなされているのか分からない。公式な報告書だって巧妙な捏造かも知れないし、調査官が米国側の工作員という可能性もあるのだ。日本人はユダヤ人の証言を鵜呑みにするが、科学的捜査に基づく物的証拠も無いのに、それを「真実」と思うのは間違っている。だいたい、「宣誓証言」でもない「噂話」や「感想」を「事実」と宣伝するのは異常だ。もし、米国と英国の政府がドイツと日本を裁くなら、英米の極秘ファイルも公開すべきだろう。しかし、いくら日本の弁護士が機密資料の公開を求めても米国は応じまい。つまり、英米は「疚しい過去」や「不都合な真実」を隠したまま、日独を裁いたということになる。たぶん、アメリカの弁護士や裁判官は、心の底でこうした魔女裁判を「リンチ法廷」と見なしているはずだ。でも、自分の社会的地位を守りたいから、誰もが口をつぐんで知らぬ顔。悧巧な者は無口だ。

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(左 : デボラ・リプシュタット  / 右 : デイヴッイド・アーヴィング  )

  歐米の知識人に勇気のある人は少ない。A.J.P.テイラーやパトリック・ブキャナンのように、従来の「歴史観」に刃向かったら、ユダヤ人勢力の総攻撃を食らって自滅となる。日本でもそうだけど、有名になる知識人というのは、民衆から尊敬されたいと望み、出来ることなら優雅な生活を送りたいと欲する高級種族。しかも、綺麗事を語るのが大好きな偽善者。日本学術会議にたむろってい連中をみれば判るじゃないか。リムジン・リベラルの先生達は、真実を喋って貧乏暮らしなんて真っ平御免である。英国のデイヴッイド・アーヴィング(David Irving)は、普通の大学教授が怠けて調べないドイツの一次資料を丹念に調べ、驚きの事実を数々公表したが、歐米ではネオ・ナチとか異端の歴史家扱い。ユダヤ人学者のデボラ・リプシュタット(Debora Lipstadt)から目の敵にされたアーヴィングは、「ホロコースト否定論者」との因縁をつけられ、訴訟沙汰に巻き込まれて多額の罰金を科せられた。こうした迫害を受けたアーヴィングは、憐れなことに破産状態へと陥った。こんな惨劇を見れば、普通の知識人はビビってしまうだろう。だから、ちょっと賢い歐米人は、どんなにユダヤ人が事実をねじ曲げ、勝手な歴史観をバラ撒こうが、絶対に反論しようとは思わない。日本人は自由な言論空間にいると思っているが、それは鉄壁の枠組みが透明で目に見えないからだ。しかし、勇気を持って主流の枠組みから逸脱し、「陰謀論」と馬鹿にされる世界に立ってみれば、別の景色が見えてくるかも知れないぞ。
  
  

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原子爆弾を支那に持たせたアメリカ

原爆の作り方を学んだ支那人

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(左 : 開発された原子爆弾   /  右 : 原爆によるキノコ雲)

  「共産支那は米国によって育成された !」と聞けば、大抵の日本人や歐米人はせせら笑って、「そんな事、あるわけねぇだろう !」と反論する。特に、高等教育を受けた者ほど反撥し、「どうして自由主義とデモクラシーを掲げるアメリカが、独裁者と共産党を育てるんだ!? 馬鹿らしい !」と吐き捨てるだろう。しかし、米国と支那の関係や両国の歴史を丹念に調べてみれば、「あれっ ! 何か変だぞ !」と思うような点が多い。

  「マンハッタン計画」を実行したアメリカと、その同盟国であるブリテンが、他国を圧倒する核保有国になるのは理解できる。しかし、どうして共産主義国のソ連と支那が最終兵器の保有国になれんるだ? そもそも、核兵器開発はアメリカにとって、国家の命運を決めてしまうほどの大型プロジェクトであり、絶対に外部へ漏れてはならない極秘作戦だった。研究施設の建設にも注意を払い、計画の内情を漏らした者は、10年の懲役刑を喰らうか、1万ドルの罰金を払うことになっていた。当時の日本人にとったらアメリカの国力は羨ましく、ロスアラモスの研究所には一流の科学者が集められ、約21億9千100万ドルもの大金が投じられたという。

Harry Truman 034(左  /  ハリー・トルーマン)
  ちなみに、ローズヴェルト政権で副大統領だったハリー・トルーマンは計画の全貌を知らされていなかったようで、マンハッタン計画の実態を知ったのはFDRが亡くなった後、つまり大統領に昇格した1945年4月以降であった。おそらく、トルーマンは朧気ながらも、計画の一部を知っていたはずだ。なぜなら、彼がまだミュズーリ州選出の上院議員だった頃(1943年)、ミネアポリスで奇妙なプラント(工場)建設があるというので、連邦議会はこの出費を調査すべし、と主張していたからだ。ところが、まもなく戦争長官のヘンリー・スティムソンから電話が掛かってきて、「首を突っ込んで嗅ぎ回るんじゃねぇぞ !」とキツい警告を受けたらしい。まぁ、ミネアポリスの施設はマンハッタン計画の一部であったから、政府の要人が釘を刺したのも当然だ。それにしても、副大統領を「蚊帳の外」に置いていたとは ! フランクリン・D・ローズヴェルトは本当に嫌な奴だ。でも、この独裁者が誰を信用し、誰を疎んじていたか、が判って面白い。

  アメリカ人は防衛意識が強いのに、潜在的な敵を自国で教育したりするから奇妙だ。もし、核兵器の製造が国家機密なら、絶対に外人を招いて技術なんか教えないだろう。ところが、大戦中のローズヴェルト政権はユルユルというか、むしろ意図的に情報漏洩を黙認していた。昔からの誼(よしみ)で、ローズヴェルト家が支那人に対して友好的なのはよく知られている。それに、支那大陸はまだ未開拓の巨大市場だ。いくら支那人が貧乏でも、衣食住は欠かせないし、ちょっと豊かになれば西洋の娯楽に興味を示すだろう。この暗黒大陸には潜在的な“消費者”が溢れているから、「ロバー・バロン(泥棒男爵)」と呼ばれた豪商にとったら垂涎の的でしかない。大東亜戦争以前の人口統計は見つからないので判らないが、共産支那が誕生した1949年だと、支那の人口は約5億4千万人であったという。当時のビジネスマンが見れば、「えっ! こんなに居るの !」とビックリする程の人数だ。これなら、毛沢東が君臨した1960年代でも魅力的で、大富豪のジョン・D・ロックフェラーが支那を「有望な市場」と見なしたのも不思議じゃない。彼については、以前、当ブログで述べた。

Warren Magnuson  01(左  / ウォーレン・G・マグヌソン )
  第二次世界大戦前、アメリカには「支那人排斥法(Chinese Exclusion Act」があって、支那の出稼人(「苦力」といった筋肉労働者)は米国に移住できず、一攫千金の夢を絶たれていた。ところが、大東亜戦争が勃発すると、支那が米国の味方になったので、「支那人を排斥するのは良くない!」という雰囲気が醸し出されたのである。そこで、民衆党下院議員のウォーレン・G・マグヌソン(Warren Grant Magnuson)が旗振り役となり、支那人排斥法が廃止されることになった。これは不吉な予徴で、あの穢らわしい支那人が排除されず、その盲流を堰き止める防波堤までが撤廃された、ということだ。忌み嫌われたユダヤ難民に続いて、支那移民までもが流入するなんて、エルム街の悪夢以上の悪夢である。(ただし、本格的な支那移民の再開は1960年代になる。)

  支那人には、想像を超える底抜けの馬鹿がいる一方で、天才的な詐欺師や見事なまでの悪徳商人、権力者に媚び諂う知識人が矢鱈と多い。日本人は高校生の時だけ一生懸命、必死で勉強するが、支那人は「本の中に銭がある」と思っているので、年齢に関係なく勉学に励む。大金を摑むためなら、70歳や80歳の老人でも科挙を受けるし、理科を専攻すれば偽造カードを生産したり、ハッキングでボロ儲けしようと考える。支那人はある意味、驚異的な努力家で、睡眠を削ってでも教科書を丸暗記しようと頑張るし、成績が伸び悩めば、不正手段で切り抜けようとするから凄い。戦前の支那人も、やはり昔ながらの「支那人」で、鉄道建設に携わる苦力(クーリー)が門前払いとなれば、知識人や大学生として米国に潜り込むこもうと躍起になる。

  名前からして笑ってしまうが、「銭学森(Tsien Hsue-shen)」という支那人は、米国で学んだ科学知識を用いて支那軍の発展に貢献し、「ミサイル開発の父」と呼ばれた人物である。彼は国立交通大学上海本部を卒業した後、精華大学の公費留学生に選ばれた。1935年、銭は渡米するとマサチューセッツ工科大学(MIT)の航空学科に入り、ここで修士号を取得すると、カルフォルニア工科大学(California Institute of Technology / CIT)へ移り、1939年に博士号を取得する。博士課程での銭は、CITの「ジェット推進研究所(Jet Propulsion Laboratory)」で学ぶことになったが、そこでの指導教官は航空学で権威者となっていたセオドア・フォン・カーマン(Theodore von Karman)であった。(Tianyu Fang, "The Man WHo Took China to Space", Foreign Policy, March 28, 2019.)

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(左 : 銭学森  /  中央 : セオドア・フォン・カーマン  /  右 : ポール・エプシュタイン )

Tianyu Fang 1(左  / 方天宇 )
  支那人ジャーナリストの方天宇(Tianyu Fang)は、銭学森についての記事を書いたが、師匠のカーマンを「ハンガリー系アメリカ人」としか紹介していない。しかし、正確に言えば、カーマンはハンガリー系ユダヤ人。同じ国から来た移民でも、ハンガリーの国民を構成するマジャール人とハンガリーに住み着いたユダヤ人は本質的に違うから、我々は両者を区別しなければならない。このユダヤ人科学者は、銭の優秀性に気づき、彼の世話をする恩師になった。同校の物理学部には、ポール・エプシュタイン(Paul Sophus Epstein)という教授がいて、カーマンは彼と面白い会話を交わしていた。(エプシュタインはロシア系ユダヤ人の家庭に生まれ、モスクワやミュンヘンで量子力学を学び、CITに招聘されたユダヤ人科学者。) エプシュタインはカーマンに向かって、次のように問いかけた。

  そういゃ、君のとこの銭(Tsien)という学生が、僕の授業を受けているんだ。彼は良い学生だね。

エプシュタンはこう述べると、目をときめかせながらカーマンに尋ねた。

  なぁ、教えてくれないか? 彼はユダヤ人の血(Jewish blood)を引いているのいかい?
(William L. Ryan and Sam Summelin, The China Cloud : America's Tragic Blunder and China's Rise to Power, Boston : Little Brown, 1968, p.42.)

  いやぁぁ~、ユダヤ人って、仲間内だと平気でレイシストになるよねぇ~。ヨーロッパ人の前だと「人種主義はケシカラン !」と説教するくせに、裏に廻ると、「ユダヤ人が世界中で最も優秀 !」と本気で思っている。リベラリズムにかぶれたユダヤ人でも、心の底では黒人を低能なケダモノと馬鹿にするし、気に食わない異教徒だと「ゴイム」と呼んで家畜扱いだ。日本の大学教授はユダヤ人の学者に丸め込まれて、ナチス時代のドイツ人を非難するが、ユダヤ人がイスラエルを建国すると、そこはユダヤ民族中心の排他的国家になっていた。もちろん、黒人との結婚なんて論外だから、エリート層のアシュケナージ系ユダヤ人は、自然と北方種族の女を娶ったりする。二枚舌や偽善も甚だしいが、ユダヤ人のシオニストは本質的にヒトラーやヒムラーと同類である。 歐米のユダヤ人は“タカリ先”に永住するため、本心を隠して平等主義者を演じているだけ。

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(左 : ユダヤ人の子供に教育を授けるユダヤ人の教師  / 右 : 敬虔なユダヤ教徒 )

  ユダヤ人の排他性に関しては、もう一つ、興味深いエピソードがある。1930年代、ロサンジェルスにも共産主義者の組織や細胞があり、1千名以上の共産党員がいたそうだ。ロサンジェルス市警には共産主義者を取り締まる部署があって、ウィリアム・ハインズ(William Hynes)警部は、“赤狩り”の強襲部隊である「Red Squad」を率いていた。同じ部署に属するウィリアム・ワード・キンプル(William Ward Kimple)は、共産党内部に潜入を図る覆面捜査官。(Committee on Un-American Activities, Annual Report for the Year 1955, January 11, 1956, U.S. House of Representatives, Washington, D.C., p.24.) 当初、キンプル捜査官は素性を隠して共産党の組織に潜り込もうとしたが、あえなく失敗した。後に明らかとなった彼の証言によれば、共産主義者のほとんどはニューヨーク出身のユダヤ人であったという。それゆえ、「異人種・異教徒」のキンプル氏は、共産党の中に侵入できなかったらしい。

  もしかすると、共産党の幹部どもは、非ユダヤ人の「よそ者」を何となく怪しく思い、仲間にしなかったんじゃないか? これは支那社会にも当て嵌まる。例えば、サン・フランシスコのチャイナタウンを根城にする秘密結社とかチャイニーズ・マフィアは、血縁者しか信用しないから、同族じゃないヨーロッパ系の白人とかヒスパニック系の捜査官は、なかなか信用されず、いつまで経っても「胡散臭い奴」と見なされる。これでは組織の中枢に入り込めない。したがって、外見が明らかに違う黒人捜査官となれば、いくら優秀でも最初から論外だ。支那マフィアのメンバーを「警察のスパイ」にしようとする時だって、勧誘するのは白人警官よりも支那人警官の方が断然いい。支那人は同胞の微妙な心理に詳しいし、どんな餌で誘惑すべきか、どれくらい信用できるかは、支那人同士じゃないと解らない。

Sidney Weinbaum 002(左  / シドニー・ワインバウム )
  日本の一般国民がユダヤ人と聞けば、大抵は「優秀な学者」とか「大富豪のビジネスマン」、あるいは「ナチスに迫害された可哀想な民族」と思ってしまうが、実際のユダヤ人には極左藝人や変態プロデューサー、マフィアの幹部とか、筋金入りのアナーキスト、怨念に満ちたマルキスト、男勝りのフェミニストなど、“とんでもない奴”が異常に多い。確かに、北米や歐洲には優秀な科学者と評されるユダヤ人があちこちにいる。しかし、左翼活動家や共産主義者も、驚くほどウジャウジャいるから厄介だ。CITにもユダヤ人の共産主義者がいて、その内の一人がシドニー・ワインバウム(Sidney Weinbaum)博士であった。ハインズとキンプルもワインバウム博士を見張っていたようで、共産党に属していた銭と博士は密かに接触していたという。

  ロサンジェルス郡のパサデナ(Pasadena)市には共産党の支部があって、ロバート・オッペンハイマー(Julius Robert Oppenheimer)博士の弟で、物理学者のフランク・オッペンハイマー(Frank Friedman Oppenheimer)も、そこに出入りしていたという。彼は大恐慌時代にジャッキー夫人と一緒に共産党へ入り、マッカーシー時代になると、共産党員であることがバレてしまった。糾弾されたフランクはパスポートを取り上げ、教職にも就けない状態となった。貧困生活を余儀なくされたフランクは、手持ちの美術品を売って生活費に充てたそうだ。しかし、赤狩りの嵐が去ると、ハンス・ベーテといった仲間の科学者が助けてくれたので、フランクはコロラド大学で教授職に就く事ができた。さらに、グッゲンハイム財団から研究費をもらえたので万々歳。「グッゲンハイム・フェロージップ」というのは、苦労人のユダヤ人にとって干天の慈雨に等しい。皆様ご存じの通り、この「ジョン・サイモン・グッゲンハイム記念財団」は、ユダヤ人の大富豪であるジョン・サイモン・グッゲンハイム(John Simon Guggenheim)によって設立された慈善団体である。後に、彼はコロラド州選出の上院議員になっていた。

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(左 :  ロバート・オッペンハイマー  / 中央 : フランク・オッペンハイマー  /  右 : ジョン・サイモン・グッゲンハイム )

  毎度のことながら、歐米の政治や社会問題を取り上げると、必ずと言っていいほどユダヤ人が登場してくる。「マンハッタン計画」にもユダヤ人科学者が多く、ちょっと思い出しただけでも、直ちに数人の名が頭に浮かんでくる。例えば、「水爆の父」と呼ばれたエドワード・テラー(Edward Teller)博士は日本でも有名だ。第20世紀の科学史で燦然と輝くジョン・フォン・ノイマン(John von Neumann)は、数学や物理学だけでなく、コンヒューターの開発や工学、心理学、政治学、経済学などでも一流だった。ドイツ出身の物理学者であるハンス・ベーテ(Hans Albrecht Bethe)はノーベル賞をもらっていたし、ハンガリー生まれのレオ・シラード(Leo Szilard)は、核物理学や分子生物学といった自然科学の分野に留まらず、左翼の政治活動、とりわけ反戦運動に情熱を傾けていた。ちなみに、ソ連のスパイと発覚したクラウス・フックス(Klaus Fuchs)はユダヤ人じゃないけど、このドイツ人科学者はベーテ博士のもとで働いていた。

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(左 : エドワード・テラー  /  ジョン・フォン・ノイマン / ハンス・ベーテ  /  右 : レオ・シラード  )

Roger Tsien 001(左  / 「ロジャー・Y・ツェン」こと「銭永健」)
  共産主義者の摘発が盛んになった1950年代、銭学森は共産党員の正体がバレてしまい、移民当局から追放処分を受けることになった。国外退去となった銭は、妻子を連れて米国を後にし、祖国支那でのミサイル開発に尽力する。しかし、彼の従兄弟である銭学榘(Hsue-Chu Tsien)は米国に留まっていた。銭学榘も奨学金を得て米国にやって来た支那人学生。最初はMITに入ったが、後にCITに移って航空学を勉強していた。1949年、彼はパサデナでFBIに逮捕されるが、アメリカ国籍を取得していたので強制送還にはならなかった。支那人は窮地に陥っても簡単に諦めない。銭は米国に留まり、ボーイング社で研究を続けていたという。そして、彼にはロジャー・Y・ツェン(銭永健)という息子ができたが、この末っ子は2008年、ノーベル化学賞を受賞した。

  米国には「homegrown terrorism」という言葉がある。この用語は自国民によるテロ行為を指すが、一般的にはアメリカで生まれ育った非西歐人によるテロリズムを指すことが多い。例えば、アメリカへ移住してきたアラブ人の息子は、「帰化人の子供」として米国で成長する。しかし、その肉体はどうあがいても非西歐的でしかない。ちょっと現実的なアラブ人なら、「所詮、俺はアメリカ人じゃない!」と悟って白人を憎む。こうした歪んだ精神を持つアラブ系アメリカ人は、高校生までは無宗教で過ごし、大学に入ってイスラム教に目覚めたりする。普段は物理学や化学、生物学などを勉強するが、夜、独りになると過激派のイスラム教徒に大変身。「アラブ人」という「本来の自分」を取り戻した異邦人は、偽善のキリスト教を侮蔑し、真実の宗教であるイスラム教へと回帰する。

  一方、脳天気なリベラル白人は、自由で豊かなアメリカに住みながら、自国に敵意を持つなんて考えられず、狂気に満ちたムスリム青年に驚く。まさか、自国の学校で教育を受けた若者が、同じアメリカ国民に対してウィルスや毒ガスを用いて攻撃するなんて信じられない。しかし、イラクやシリア、ペルシアといった中東アジアの留学生なら、帰国後に核兵器や生物兵器の開発に携わる研究者になってもおかしくはない。実際、アメリカのユダヤ人科学者は、イスラエルの核開発に重要な役割を担っていた。これと同じく、支那人留学生が共産党員になり、祖国の発展に寄与しても変じゃない。しかし、こうした知識の拡散を黙認するアメリカ人は異常だ。本来なら、軍事兵器の知識は極秘にし、支那人といった外国人やソ連にシンパシーを持つユダヤ人を排除するはず。それなのに、合衆国政府の要人は、KGBのスパイ組織に甘く、わざと情報の流失を見逃していた節がある。

  ここでは詳しく説明できないが、日本人はジョージ・ケナン(George F. Kennan)の「封じ込め政策(plicy of containment)」を称讃する。しかし、これは妙だ。ケナンの提案はソ連を成長させるための“時間稼ぎ”に使われていた可能性が高い。本来なら、対独戦で疲弊したソ連を叩くべきだった。それなのに、チャーチルとローズヴェルトはバルカン半島からの攻撃じゃなく、ソ連に有利なノルマンディー作戦を断行し、東歐諸国をスターリンにプレゼント。ポーランドをヒトラーの魔の手から救って、悪魔のスターリンに渡すなんて馬鹿げている。これじゃあ、歐洲大戦で命を失ったアメリカ兵やイギリス兵が憐れじゃないか。

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(左 : ジョージ・ケナン  / 中央 : ハリー・ホプキンス  / 右 : ローズヴェルト大統領  )

  英米には共産主義国を育成する意図が働いていたんじゃないか? 例えば、ソ連に大量の物資を提供する「貸与法(Lend-Lease Acts)」は悪名高い。共産主義者の容器が濃厚なローズヴェルト大統領とハリー・ホプキンス(Harry Hopkins)は、共産主義を憎むアメリカ国民からソ連を守らなければならなかった。だから、戦う相手をドイツと日本に絞り、大切なソ連は同盟国にしたのだろう。ユダヤ人から銭を貰っていたチャーチルが、ウォーバーグ兄弟のボルシェビキ・ロシアを敵にするとは思えない。もし、アメリカ国民の要望に押された米軍が、本気になってソ連打倒を計画し、全勢力を以て赤軍を攻撃したら、ロシアの陸海軍は大打撃を蒙っていただろう。せっかく大金を投じて誕生させたソ連が、あっけなく崩壊したら大変だ。それゆえ、外堀から睨みを利かすだけの「包囲戦」でお茶を濁し、西歐諸国の一般人を脅迫しながら、軍事予算を増大させた方がいい。軍産複合体の投資家や国際金融資本のユダヤ人にとって、軍拡競争を深める東西の緊張関係は「金のなる木」である。

銭学林 毛沢東(左  / 銭学森と毛沢東)
  現在、日本人はアメリカの保守派に倣って、ほんのちょっとだけ「反支那のポーズ」を取っている。しかし、バイデン政権を操る連中が、本気で支那の打倒を狙っているとは思えない。もしかすると、習近平だけは抹殺したいのかも知れないが、北京政府を葬る気は無いだろう。アメリカで隠然たる勢力を誇る闇組織は、北京政府の利点を心得ている。あれだけの膨大な人間を牛耳るには、虐殺や弾圧をも辞さない独裁体制が最適だ。また、毛沢東に核兵器の所有を許したのは、支那を世界政治のメイン・プレイヤーに育てて、「グレート・ゲームの駒」にしようと考えたからだろう。もし、本当に合衆国政府が共産主義を自国への脅威と考えていたなら、危険な毛沢東を支援しなかったし、弱小国のうちに潰していたはずだ。

  我々は田中角栄に始まる「対支那経済援助」を知っているが、なぜ、合衆国政府はそんな敵国支援を許したのか、という盲点を考えない。支那との太いパイプを築いた田中派や竹下派については、ジャーナリストの青木直人が厳しく批判していたので、ここでは詳しく述べない。ただ、我々が刮目すべきは、米国の有力者にとったら、日本の首相や自民党の重鎮といえども、「虫けら」同然の存在ということである。もし、米国の旦那衆が竹下登や橋本龍太郎を「邪魔な小僧」と判断すれば、即座にスキャンダルを流して失脚させるだろう。あの不可思議なロッキード裁判で闇将軍の地位を奪われた角栄を思い出せば判るじゃないか。日本の政治家が支那に大金を献上しても、米国から“お咎め”が無かったのは、闇組織の意向に沿った売国政策であったからだ。つまり、文化大革命で超貧乏となった支那人を「便利な労働者」と「有望な消費者」にするには、連邦議会が承認しない大金が必要だから、その費用を日本に負担させた訳だ。日本の庶民はせっせと税金を払って、あの忌々しい支那人の教育を行い、インフラ整備や技術開発を支えたのである。

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(左 : ブレント・スコウクロフト  / 右 : ジョージ・ブッシュ大統領親子  )

  米国の人権派議員は、天安門事件の虐殺を責めていたが、この殺戮を「マズい!」と思ったジョージ・H・W・ブッシュ大統領は、事件の直後にこっそりと腹心のブレント・スコウクロフト(Brent Scowcroft)将軍を北京に派遣していた。息子のジョージ・ウォーカーも大統領になったが、彼はチベット人を殺しまくった胡錦濤をホワイトハウスに招いて記念写真を撮っていた。日本の一般国民でも、この恐ろしい光景をテレビで目撃したが、NHKや朝日新聞は騒がなかったし、連邦議会の人権派もブッシュ大統領を弾劾裁判にかけようとはしなかった。そう言えば、ジェノサイドに敏感なはずのユダヤ人団体も、あまり騒がなかったから不思議だ。確かに、米軍の将校や戦略家は支那との対決を真剣に考えているが、政治家に大量の資金を与えるパトロンは別の考えを持っている。彼らは「国際政治の八百長」を仕組む連中だから、属州に住む日本人は用心しなければならない。「国際貢献」とやらで税金をむしり取られた挙げ句、「もっと米国から武器を購入しろ」と脅されるだけの「便利な馬鹿(useful idiots)」になるのは御免だ。バイデン政権を誕生させた組織は、日本を支那の「倭人自治区」にしてもいい、と考えているのかも知れないぞ。

  


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