犯罪者を庇う人々
(左 : 晩年のマーク・リッチ / 右 : クリントン夫妻とマイケル・ジャクソンと一緒のデニス・リッチ )
数々の悪事がバレて逃亡者となったマーク・リッチだが、このユダヤ人には意外と味方が多かった。危ない橋を渡って儲ける奴というのは、ヤバくなった時に備えて、事前に色々な"保険"を掛けておくものだ。特に、何処でも“嫌われ者”になってしまうユダヤ人は同胞に頼ることが多く、社会的影響力を有する大物やユダヤ人団体、政治家にコネが利く財団などに寄付しておく。そうすれば、彼らと親しくなれるので、有事に直面した際、"友人"からの掩護を期待できるのだ。
(左 / エイブラハム・フォックスマン )
マーク・リッチが昵懇にしていた組織で注目すべきなのは、米国で絶大な権力を誇る「ADL(名誉毀損防止同盟)」と「AJC(米国ユダヤ人議会)」である。ADLはビル・クリントン大統領に恩赦依頼の書簡を送る1ヶ月前、リッチから10万ドルの寄付を受けていた。(Brian Blomquist, 'Rich Tried To Tempt Jewish Group', New York Post, March 29, 2001.) もちろん、ADLの代表であるエイブラハム・フォックスマン(Abraham Foxman)は、嘆願書と小切手は関係ないと言い張っていた。しかし、ADLはリッチが米国を逃げ出した頃から、すなわち1983年以来、合計で25万ドルの寄付金を貰っていたのだ。(Justice Undone : Clemency Decisions in the Clinton White House, House of Representative Report 454, Second Report by the Committee on Government Reform, U.S. Government Printing Office, Washington, 2002, p.167.) これじゃあ、どう見たって怪しいじゃないか。
「AJC(American Jewish Congress)」の方もリッチからのアプローチがあったようで、かなりの金額を提示されたらしい。どれくらいの寄付金を貰ったのかは明らかにされていないが、運営担当者のフィル・バウム(Phillip Baum)は報道陣に対し、献金と支援とは関係ないと語っていた。AJC会長のジャック・ローゼン(Jack Rosen)は、リッチの代理人から依頼を受けた際、恩赦の嘆願書を書くつもりはないと断っていたそうだ。
(左 : ジャック・ローゼン / 中央 : マイケル・シュタインハルト / 右 : マリーン・ポスト )
一方、リッチは別のユダヤ人組織に対しても“黄金の饅頭”を贈っていたそうで、「Birthright Israel」の創設者であるマイケル・シュタインハルト(Michael Steinhardt)、そして北米支部のマリーン・ポスト(Marlene Post)会長は、リッチからの"毒饅頭"を食べた可能性が高い。(この「Birthright Israel」は、イスラエルを訪問あるいは旅行しようとするユダヤ人の若者にお金を与える団体である。) 言い訳は何であれ、リッチが500万ドルを寄付すると約束したら、早速この団体はさっそく動き出した。
もう呆れてしまうけど、統括者のポスト氏は嘆願書を作成する際、わざわざ「Birthright Israel」のロゴが印刷された便箋を使っていたというのだ。団体スポークスマンのジョー・ワグナー(Joe Wagner)氏によれば、シュタインハルト氏も「Birthright Israel」の便箋を用いて嘆願書を認(したた)めたという。なるほど、彼は前々からリッチと親しかったから、窮地に陥った親友のために一肌脱いだのかも知れない。シュタインハルト氏は嘆願書の中で次のように述べていた。
・・・・私は友人であるマーク・リッチの代わりに訴えます。私が思うに、彼は充分に罰せられました。1980年代初頭、マーク・リッチが訴追された件に関しては議論の余地はあります。だが、その前後を問わず、彼が成功したビジネスマンであり、恐ろしい経験をしたことには間違いない。彼はずっとビジネスで成功を収めてきました。彼は責任ある父親であり、祖父であり、息子でもある。と同時に、生涯を通しての比類無き慈善家でもあります。一つの経験を除いて、マークは非の打ち所の無い称讃に値する人生を送ってきました。(Letter to President William Jefferson Clinton from Michael H. Steinhardt on December 7, 2000.)
いやぁぁ~、ホント、ユダヤ人の友情は素晴らしい。どんな悪人にも良い点はある。でも、日本人がこうした書簡を読めば唖然とするだろう。我々は恥知らずな擁護論と屁理屈に辟易してしまうが、同胞愛に満ちたユダヤ人は何とも思わない。アメリカやヨーロッパ、あるいはイスラエルに住むユダヤ人は、澄ました顔で「いつもの事さ !」と受け流す。報道陣は事件に飛びつき、あれやこれやとゴチャゴチャ騒いでいたけど、マスコミに対応するワグナー氏は至って冷静。恩赦要求は寄付金の「見返り(quid pro quo)」じゃない、ときっぱり否定していた。
( 左 / アーヴィン・グリーンバーグ )
つくづく思うけど、ユダヤ人は本当に仲間思いだ。例えば、「米国ホロコースト記念博物館評議会(U.S. Holocaust Memorial Museum Council)」で会長を務めるラビ(Rabbi)のアーヴィン・グリーンバーグ(Irving Greenberg)も、リッチを助けたいユダヤ人の一人だった。この宗教指導者も所属団体の権威を利用したようで、わざわざ団体名が印刷された便箋を使い、リッチの恩赦依頼を書いていた。(House of Representative Report 454, p.168.) さらに言うと、このグリーンバーグ師というのは、「Birthright Israel」の姉妹団体である、「Jewish Life Network」の議長も務めていた人物だ。何とも慈愛に満ちたグリーンバーグ師であるが、リッチからの金銭は貰っていないという。さぁぁ~すが、ユダヤ人。同胞のためなら無償で動く。これがブルックリンの黒人なら居留守か居眠り、さもなくば目玉が飛び出るほどの謝礼を要求したりして。
( 左 / エフード・オルメルト )
困っている同胞を救うのは、何も宗教家だけじゃない。政治家も助け船を出す。例えば、2006年から2009年のでイスラエルの首相を務めたエフード・オルメルト(Ehud Olmert)は、1993年から2003年までイェルサレムの市長だった。1993年、オルメルト氏が始めて市長選に立候補した時、リッチはオルメルトに2万5千ドルを寄付していたそうだ。(William A. Olme, Jr. , 'Marc Rich Aided Israeli Official', New York Times, February 22, 2001.) しかし、この政治献金は数あるギフトの一部であった。「コネ社会」の利点を知っていたリッチは、様々な人や団体に"餌"をバラ撒いていたようで、イスラエルにある文化・医療・教育に関する組織に約1億ドルを投じていた。
そして、リッチの"慈善活動"はイスラエルやアメリカに留まらず、本拠地のスイスでも行われていた。このユダヤ商人は1986年、「ドロン財団(Doron Foundation)」という組織を拵え、6万3千ドルをかけて「ドロン賞(Doron Prize)」を創設した。そして、スイスの個人や団体にこの賞を与え、各分野に食指を伸ばしていた。(Elizabeth Olson, 'Pardon in U.S. For Marc Rich Creates Storm In Switzerland', New York Times, February 4, 2001.) この餌撒きが功を奏したのか、約52名の著名人がリッチを支援する書簡にサインを連ねたのである。
例えば、チューリッヒ市長のヨセフ・エスターマン(Josef Estermann)とか、UBS銀行の重役であるピェール・デ・ヴェック(Pierre de Weck)、「Union Bancaire Privée(ジュネーヴを本拠地とするプライヴェート・バンク)」のマイケル・デ・ピチートー(Michael de Picciotto)、スイス赤十字の代表を退任したカート・ボリンガー(Kurt R. Bollinger)などである。しかし、リッチの恩赦を求める「支援者」の中には、身に覚えがない人やインタヴューを断る人もいたという。
(左 : ヨセフ・エスターマン / 中央 : ピェール・デ・ヴェック / 右 : マイケル・デ・ピチートー )
リッチから利益を得る人々が彼の恩赦を求めるのは理解できるけど、別れた女房までが元亭主の熱心な支援者になるのは、ちょっと奇妙だ。確かに、マーク・リッチはデニス・リッチ(Denise Rich / 旧姓 : アイゼンバーグ)夫人との間に三人の娘をもうけていたが、この碌でなし亭主は家庭を顧みないダメ親爺で、仕事ばかりにあくせくしていた。しかも、1990年頃になると夫婦仲が冷めてしまったのか、ジゼーラ・ロッシ(Gisela Rossi)という若いモデルを愛人にしていたというのだ。この姦通に対しては、さすがのデニスも堪忍袋の緒が切れたようで、二人は1991年に離婚する。しかし、離婚訴訟が泥沼化するなか、娘のガブリエル(Gabrielle)が白血病に罹り、1996年に亡くなってしまう。娘の死去でデニスは精神的に参ってしまい、報道によれば、不貞の元夫マークを赦すようになったらしい。
(左 : 愛人のゼーラ・ロッシとマーク・リッチ / 右 : 元夫人のデニス・リッチ )
ところが、この「お涙頂戴話」は建前であった。実は、元亭主のマークがデニスに金銭をちらつかせていたのだ。もし恩赦のために奔走してくれたら、彼女の財団に100万ドルの寄付をする、とマークは約束していたという。(House of Representative Report 454, p.180.) というのも、愛する娘を失ったデニスは、「G&P Charitable Foundation」という財団を創っており、癌治療の研究に資金を流していたから、大口の献金は大歓迎。だいたい、別れた女房が自分を裏切った元亭主を支援するなんて、どう考えてもおかしいじゃないか ! やはり、金が動機だろう。
(左 / 大統領時代のビル・クリントンとヒラリー)
犯罪者の恩赦を得るためには、直接クリントン大統領に働きかけるのが一番いい。そこで、社交界のマダムを気取ったデニスは、1993年から2000年にかけて、政界に110万ドルをバラ撒き、クリントン政権末期の1998年から2000年にかけて、62万5千ドルを民衆党に流した。(House of Representative Report 454, p.175.) ウィリアムとヒラリーのクリントン夫妻は、マモン(銭の神)でさえ三舎を避ける程の銭ゲバだ。彼らは札束を見ると胸がときめく。どんな悪党でも天使のように扱い、満面の笑みを浮かべて抱擁(ハグ)する。デニスはビル・クリントンが相手なら、ハニー・トラップでも構わないが、彼女は建設予定のクリントン・ライブラリーに目を附けた。1998年から2000年にかけて、デニスは45万ドルをクリントンの図書館に寄付したそうだ。(House of Representative Report 454, p.176.)
(左 / アヴナー・アズレイ )
デニスの他にも、マーク・リッチには頼もしい味方がいて、それがモサド(Mossad)の高官であったアヴナー・アズレイ(Avner Azulay)である。いかにも狡猾なリッチらしいが、彼はアズレイを自分の組織である「マーク・リッチ財団」と「ドロン財団」の総裁に据えた。アズレイはリッチの恩赦を求めるチームを統括する中心的人物で、彼はイスラエルやヨーロッパ、アメリカを駆けずり回り、様々な人物に働きかけていた。アブラハム・フォックスマンやアーヴィン・グリーンバークに加え、ホロコースト・ビジネスで儲けていた、あの詐欺師エリ・ヴィーゼル(Elie Wiesel)を動かしたのもアヴナーであった。(ヴィゼールの嘘は彼の晩年と死後に暴露されたが、ここでは触れないことにする。)
アヴナーは支援者集めに奔走したが、その中には政治家や宗教家、ビジネスマンだけじゃなく、貴族までもが含まれていた。例えば、アヴナーはスペイン国王であるホアン・カルロス(King Juan Carlos)陛下にも声を掛けていたのだ。なぜ、スペインの国家元首が悪党のユダヤ人に加担したのかは明らかではない。しかし、幾つかの推測が囁かれていた。(House of Representative Report 454, p.195.) ある憶測によれば、カルロス国王はリッチを支援するマドリッドのユダヤ人コミュニティーに依頼され、この逃亡者を庇う勢力に賛同したのかも知れない、というのだ。
クリントン大統領の補佐官を務めていたジョン・ポデスタ(John Podesta)によれば、カルロス国王は元ニュー・ヨーク大学の総長ジョン・ブラデマス(John Brademas)からの電話をもらっていたそうだ。このブラデマスは政界の大物で、元々はインディアナ州選出の下院議員(民衆党)。民衆党が議会で多数派の時、ブラデスマは下院総裁(Majority Whip)になっていた。となれば、ワシントンの重鎮クラスと言っていい。さらに、彼は数々の役職に就いており、「American Dichley Foundation」の会長や「ロックフェラー財団」の理事、「ニュー・ヨーク連邦準備銀行(FRB New York)」の理事などを歴任していた。ブラデマスが亡くなる前の2011年、カルロス国王は彼に「Order of Isabella the Catholic」という勲章を与えていた。おそらく、二人は親密な間柄であったのだろう。
( 左 : ホアン・カルロス国王 / 中央 : ジョン・ブラデマス / 右 : シュロモ・ベン・アミ )
確実な証拠は無いが、もしかするとユダヤ人の大物に助けを求めていたアヴナーは、イスラエルの外務大臣であるシュロモ・ベン・アミ(Shlomo Ben Ami)にも接触していたのかも知れない。このベン・アミはカルロス国王と一緒にリッチの恩赦を求め、クリントン大統領に働きかけていた。西歐史を学校で習った日本人は、イザベラ女王の時代に、多くのユダヤ人が追放されたと教えられている。だが、この異民族はしぶとく生き残っていた。一部のユダヤ系国民は、未だにスペインで隠然とした権力を有しているのかも知れない。君主政とフランコ将軍に反対するスペインの左翼陣営には、かつて「マラーノ(キリスト教に改宗したユダヤ人)」と呼ばれたユダヤ人の子孫や、復讐に燃える外国のユダヤ人が混ざっていた。
ユダヤ人のネットワークは世界各地に張り巡らされている。異国に根を張る者やイスラエルが植え付けた「草(忍び)」、モサドに協力する現地人など、あらゆる分野に同胞が潜んでいる。マーク・リッチの顧問弁護士は、法学を専門にするマーティン・ギンズバーグ(Martin Ginsburg)教授やバーナード・ウォルフマン(Bernard Wolfman)教授に依頼し、彼らを"独立"の分析官に仕立て上げた。(House of Representative Report 454, p.160.) しかし、これはペテンだ。なぜなら、ウォルフマン教授はリッチの会社に雇われたコンサルタントであったし、彼は時給250ドルから300ドルを貰っていたのだ。しかも、恩赦を法的に分析した報酬として3万754ドルを受け取っていた。
( 左 : バーナード・ウォルフマン / 中央 : マーティン・ギンズバーグ / 右 : ルース・ベイダー・ギンズバーグ )
ギンズバーグ教授も同じ穴のムジナで、彼はリッチの裁判に関する仕事で6万6千199ドルを貰っていたのだ。しかも、この法学者はユダヤ人の連邦最高裁判事、あのルース・ベイダー・ギンズバーグ(Ruth Bader Ginsbueg)の夫であった。それゆえ、ギンズバーグ教授は、とても「中立」とか「独立」の法学者と呼べる人物じゃない。「良心派」とか「進歩派」、あるいは「人権派」と称するリベラル派のユダヤ人でも、同胞の裁判とか審査になれば、矢鱈と“同情的”になるから、判断力や洞察力の乏しい西歐人は、ユダヤ人の修辞や論理にコロっと騙される。明治の頃、日本の庶民は弁護士(詭弁を弄して他人を騙す代弁者)を指して「三百代言」と侮蔑したものだ。しかし、今では「人権派弁護士」とか「国際弁護士」という肩書きが持て囃され、犯罪者を無実にする技術者がやたらと尊敬されている。
とにかく、普通の日本人がマーク・リッチの恩赦を求めた面々を見れば、「どうして、こんな奴を助けてやるのか?」と訝(いぶか)しく思うだろう。何しろ、リッチは脱税や詐欺、恐喝、違法ビジネスに手を染めた廉で訴追され、1億5千万ドルの罰金を払い、恩赦で帰国してからもニュー・ヨーク州から1億3千780万ドルの追徴課税を請求される男だ。それなのに、高い地位や様々な名誉を持つ人々が、この逃亡犯を支援したのである。通常なら、こんな擁護は有り得ない。
でも、金と女に目がないビル・クリントンは、大統領を退任する直前、すなわち2001年1月20日にマーク・リッチを赦免したのだ。まさしく驚愕のフィナーレだが、クリントン大統領が提出した恩赦リストには、あの“ふてぶてしい”リッチの名前が載っていた。これにはアメリカ国民もビックリ仰天。しかし、有力者からの嘆願書やデニス・リッチからの献金を受けたから、銭ゲバのビル・クリントンが恩赦を与えたのも当然だ。後に暴露された事だけど、クリントン夫妻は様々な“ギフト”を貰っていたという。その中には、油絵、ランプ、椅子、陶器、カーペット、銀食器、キッチン・テーブル、テレビ、ビデオ再生器、ソファー、などがあった。(Alison Mitchell and Raymond Hernandez, 'Lott Criticizes Clintons for Gifts and Pardon of Exiled Trader', New York Times, January 30, 2001.) まぁ、これだけ「プレゼント」を貰ったら、さすがに考えちゃうよねぇ~。
(左 : 研修生のモニカ・ルインスキーとビル・クリントン大統領 / 右 : スキャンダルの弁解を述べるクリントン大統領)
それに、ビル・クリントンだって、女房のヒラリーから不貞を赦してもらった過去がある。一応、バプティスト教会のキリスト教徒だから、どんな罪人にも寛大なんだろう。まだ、クリントンが二期目の大統領職にあった1998年、彼はモニカ・ルインスキー(Monica Lewinsky)との不倫が発覚し、致命的なセックス・スキャンダルに見舞われた。彼女は1995年から1996年にかけて、ホワイトハウスの研修生をしていたのだが、その時に女たらしのクリントンと性的関係をもってしまった。もっとも、ビル・クリントンは彼女に自分のペニスを咥(くわ)えてもらっただけで、本番をやった訳じゃないから、罪は軽いと思っていたのだろう。
ただ、モニカ嬢の青いドレスに精液が附いてしまったのはマズかった。ところが、女性初の大統領を目指していたヒラリー・クリントンは、夫の裏切り行為を赦し、テレビ局の取材番組で夫の不倫を弁護した。(山崎拓の奥様じゃ出来ないだろう。) 確かに、ヒラリーは遣り手の弁護士だったから、詭弁で「黒」を「灰色」にでっち上げ、最終的に「ほぼ白」に持って行くのが上手い。ちなみに、モニカ・ルインスキーはユダヤ系アメリカ人。彼女の父親バーナード・ルインスキー(Bernard Lewinsky)はドイツ系ユダヤ移民の息子で、母親のマルシア・ルインスキー(Marcia Kay Vilensky)は、リトアニア系ユダヤ人で、サミュエル・ヴィレンスキー(Samuel Vilensky)の娘だ。
(左 : モニカ・ルインスキー / ビーニー・フェルドシュタイン / クライヴ・オーウェン / 右 : イディー・ファルコ )
このスキャンダルは2021年、FX(フォックスTVの子会社)によりドラマ化され、『弾劾 / アメリカの犯罪物語(Impeachment : American Crime Story)』というタイトルで放映された。ハリウッド俳優のクライヴ・オーウェン(Clive Owen)がビル・クリントンの役を演じ、ヒラリー役には『ナース・ジャッキー』で有名なイディー・ファルコ(Edie Falco)が抜擢された。そして、モニカ役には、ユダヤ人女優のビーニー・フェルドシュタイン(Beanie Feldstein)が起用された。正常な日本人だと呆れてしまうが、ショウビス界の重役どもは、破廉恥事件を「恥」とは思わず、逆に銭儲けの「種(ネタ)」と考える。現在のアメリカン・リパブリックは、ソドムとゴモラのレプリカ。キリスト教の倫理が存在した昔のアメリカとは、完全に異なっている。
話を戻す。逃亡犯のマーク・リッチに恩赦が与えられたので、大半のアメリカ国民は激怒したが、リッチの支援者は胸をなで下ろしていた。「モサド」の元長官であったシャバタイ・シャヴィッド(Shabtai Shavit)などは、リッチの恩赦に喜んでいたという。(Douglas Martin, 'Marc Rich, Financier and Famous Fugitive, Dies at 78', New York Times, June 26, 2013.) このユダヤ政商はイスラエルの有力者と昵懇で、二人の元首相、エフード・バラク(Ehud Barak)とシモン・ペレス(ShimonPeres)は、リッチの恩赦をクリントン大統領に頼んでいた。
(左 : シャバタイ・シャヴィッド / 中央 : エフード・バラク / 右 : シモン・ペレス )
強欲で狡猾なリッチであったが、閻魔大王からの召喚状には逆らえず、2013年6月、スイスのルツェルン(Lucerne)で息を引き取った。彼の遺体はスイスからイスラエルに輸送され、キブツ・アイナット(Kibbutz Einat)の墓地に埋葬されたという。('Billionaire trader who funded Mossad buried in Israel', The Jewish Chronicle, June 27, 2013.) やはり、ユダヤ人にとって本当の「祖国」はイスラエルだ。たとえ、アメリカ国籍を持っていても、そんなのは只の「紙切れ」に過ぎない。世俗の肉体はニュー・ヨークやロサンジェルスにあっても、その魂はイェルサレムやテルアビブにある。マーク・リッチはロシアやイラン、イラク、リビアで悪行を重ねたが、裏舞台では「心の祖国」であるイスラエルに尽した。それゆえ、モサドが彼の功績に報いたんだろう。マーク・リッチ享年78。
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(左 : 晩年のマーク・リッチ / 右 : クリントン夫妻とマイケル・ジャクソンと一緒のデニス・リッチ )
数々の悪事がバレて逃亡者となったマーク・リッチだが、このユダヤ人には意外と味方が多かった。危ない橋を渡って儲ける奴というのは、ヤバくなった時に備えて、事前に色々な"保険"を掛けておくものだ。特に、何処でも“嫌われ者”になってしまうユダヤ人は同胞に頼ることが多く、社会的影響力を有する大物やユダヤ人団体、政治家にコネが利く財団などに寄付しておく。そうすれば、彼らと親しくなれるので、有事に直面した際、"友人"からの掩護を期待できるのだ。
(左 / エイブラハム・フォックスマン )
マーク・リッチが昵懇にしていた組織で注目すべきなのは、米国で絶大な権力を誇る「ADL(名誉毀損防止同盟)」と「AJC(米国ユダヤ人議会)」である。ADLはビル・クリントン大統領に恩赦依頼の書簡を送る1ヶ月前、リッチから10万ドルの寄付を受けていた。(Brian Blomquist, 'Rich Tried To Tempt Jewish Group', New York Post, March 29, 2001.) もちろん、ADLの代表であるエイブラハム・フォックスマン(Abraham Foxman)は、嘆願書と小切手は関係ないと言い張っていた。しかし、ADLはリッチが米国を逃げ出した頃から、すなわち1983年以来、合計で25万ドルの寄付金を貰っていたのだ。(Justice Undone : Clemency Decisions in the Clinton White House, House of Representative Report 454, Second Report by the Committee on Government Reform, U.S. Government Printing Office, Washington, 2002, p.167.) これじゃあ、どう見たって怪しいじゃないか。
「AJC(American Jewish Congress)」の方もリッチからのアプローチがあったようで、かなりの金額を提示されたらしい。どれくらいの寄付金を貰ったのかは明らかにされていないが、運営担当者のフィル・バウム(Phillip Baum)は報道陣に対し、献金と支援とは関係ないと語っていた。AJC会長のジャック・ローゼン(Jack Rosen)は、リッチの代理人から依頼を受けた際、恩赦の嘆願書を書くつもりはないと断っていたそうだ。
(左 : ジャック・ローゼン / 中央 : マイケル・シュタインハルト / 右 : マリーン・ポスト )
一方、リッチは別のユダヤ人組織に対しても“黄金の饅頭”を贈っていたそうで、「Birthright Israel」の創設者であるマイケル・シュタインハルト(Michael Steinhardt)、そして北米支部のマリーン・ポスト(Marlene Post)会長は、リッチからの"毒饅頭"を食べた可能性が高い。(この「Birthright Israel」は、イスラエルを訪問あるいは旅行しようとするユダヤ人の若者にお金を与える団体である。) 言い訳は何であれ、リッチが500万ドルを寄付すると約束したら、早速この団体はさっそく動き出した。
もう呆れてしまうけど、統括者のポスト氏は嘆願書を作成する際、わざわざ「Birthright Israel」のロゴが印刷された便箋を使っていたというのだ。団体スポークスマンのジョー・ワグナー(Joe Wagner)氏によれば、シュタインハルト氏も「Birthright Israel」の便箋を用いて嘆願書を認(したた)めたという。なるほど、彼は前々からリッチと親しかったから、窮地に陥った親友のために一肌脱いだのかも知れない。シュタインハルト氏は嘆願書の中で次のように述べていた。
・・・・私は友人であるマーク・リッチの代わりに訴えます。私が思うに、彼は充分に罰せられました。1980年代初頭、マーク・リッチが訴追された件に関しては議論の余地はあります。だが、その前後を問わず、彼が成功したビジネスマンであり、恐ろしい経験をしたことには間違いない。彼はずっとビジネスで成功を収めてきました。彼は責任ある父親であり、祖父であり、息子でもある。と同時に、生涯を通しての比類無き慈善家でもあります。一つの経験を除いて、マークは非の打ち所の無い称讃に値する人生を送ってきました。(Letter to President William Jefferson Clinton from Michael H. Steinhardt on December 7, 2000.)
いやぁぁ~、ホント、ユダヤ人の友情は素晴らしい。どんな悪人にも良い点はある。でも、日本人がこうした書簡を読めば唖然とするだろう。我々は恥知らずな擁護論と屁理屈に辟易してしまうが、同胞愛に満ちたユダヤ人は何とも思わない。アメリカやヨーロッパ、あるいはイスラエルに住むユダヤ人は、澄ました顔で「いつもの事さ !」と受け流す。報道陣は事件に飛びつき、あれやこれやとゴチャゴチャ騒いでいたけど、マスコミに対応するワグナー氏は至って冷静。恩赦要求は寄付金の「見返り(quid pro quo)」じゃない、ときっぱり否定していた。
( 左 / アーヴィン・グリーンバーグ )
つくづく思うけど、ユダヤ人は本当に仲間思いだ。例えば、「米国ホロコースト記念博物館評議会(U.S. Holocaust Memorial Museum Council)」で会長を務めるラビ(Rabbi)のアーヴィン・グリーンバーグ(Irving Greenberg)も、リッチを助けたいユダヤ人の一人だった。この宗教指導者も所属団体の権威を利用したようで、わざわざ団体名が印刷された便箋を使い、リッチの恩赦依頼を書いていた。(House of Representative Report 454, p.168.) さらに言うと、このグリーンバーグ師というのは、「Birthright Israel」の姉妹団体である、「Jewish Life Network」の議長も務めていた人物だ。何とも慈愛に満ちたグリーンバーグ師であるが、リッチからの金銭は貰っていないという。さぁぁ~すが、ユダヤ人。同胞のためなら無償で動く。これがブルックリンの黒人なら居留守か居眠り、さもなくば目玉が飛び出るほどの謝礼を要求したりして。
( 左 / エフード・オルメルト )
困っている同胞を救うのは、何も宗教家だけじゃない。政治家も助け船を出す。例えば、2006年から2009年のでイスラエルの首相を務めたエフード・オルメルト(Ehud Olmert)は、1993年から2003年までイェルサレムの市長だった。1993年、オルメルト氏が始めて市長選に立候補した時、リッチはオルメルトに2万5千ドルを寄付していたそうだ。(William A. Olme, Jr. , 'Marc Rich Aided Israeli Official', New York Times, February 22, 2001.) しかし、この政治献金は数あるギフトの一部であった。「コネ社会」の利点を知っていたリッチは、様々な人や団体に"餌"をバラ撒いていたようで、イスラエルにある文化・医療・教育に関する組織に約1億ドルを投じていた。
そして、リッチの"慈善活動"はイスラエルやアメリカに留まらず、本拠地のスイスでも行われていた。このユダヤ商人は1986年、「ドロン財団(Doron Foundation)」という組織を拵え、6万3千ドルをかけて「ドロン賞(Doron Prize)」を創設した。そして、スイスの個人や団体にこの賞を与え、各分野に食指を伸ばしていた。(Elizabeth Olson, 'Pardon in U.S. For Marc Rich Creates Storm In Switzerland', New York Times, February 4, 2001.) この餌撒きが功を奏したのか、約52名の著名人がリッチを支援する書簡にサインを連ねたのである。
例えば、チューリッヒ市長のヨセフ・エスターマン(Josef Estermann)とか、UBS銀行の重役であるピェール・デ・ヴェック(Pierre de Weck)、「Union Bancaire Privée(ジュネーヴを本拠地とするプライヴェート・バンク)」のマイケル・デ・ピチートー(Michael de Picciotto)、スイス赤十字の代表を退任したカート・ボリンガー(Kurt R. Bollinger)などである。しかし、リッチの恩赦を求める「支援者」の中には、身に覚えがない人やインタヴューを断る人もいたという。
(左 : ヨセフ・エスターマン / 中央 : ピェール・デ・ヴェック / 右 : マイケル・デ・ピチートー )
リッチから利益を得る人々が彼の恩赦を求めるのは理解できるけど、別れた女房までが元亭主の熱心な支援者になるのは、ちょっと奇妙だ。確かに、マーク・リッチはデニス・リッチ(Denise Rich / 旧姓 : アイゼンバーグ)夫人との間に三人の娘をもうけていたが、この碌でなし亭主は家庭を顧みないダメ親爺で、仕事ばかりにあくせくしていた。しかも、1990年頃になると夫婦仲が冷めてしまったのか、ジゼーラ・ロッシ(Gisela Rossi)という若いモデルを愛人にしていたというのだ。この姦通に対しては、さすがのデニスも堪忍袋の緒が切れたようで、二人は1991年に離婚する。しかし、離婚訴訟が泥沼化するなか、娘のガブリエル(Gabrielle)が白血病に罹り、1996年に亡くなってしまう。娘の死去でデニスは精神的に参ってしまい、報道によれば、不貞の元夫マークを赦すようになったらしい。
(左 : 愛人のゼーラ・ロッシとマーク・リッチ / 右 : 元夫人のデニス・リッチ )
ところが、この「お涙頂戴話」は建前であった。実は、元亭主のマークがデニスに金銭をちらつかせていたのだ。もし恩赦のために奔走してくれたら、彼女の財団に100万ドルの寄付をする、とマークは約束していたという。(House of Representative Report 454, p.180.) というのも、愛する娘を失ったデニスは、「G&P Charitable Foundation」という財団を創っており、癌治療の研究に資金を流していたから、大口の献金は大歓迎。だいたい、別れた女房が自分を裏切った元亭主を支援するなんて、どう考えてもおかしいじゃないか ! やはり、金が動機だろう。
(左 / 大統領時代のビル・クリントンとヒラリー)
犯罪者の恩赦を得るためには、直接クリントン大統領に働きかけるのが一番いい。そこで、社交界のマダムを気取ったデニスは、1993年から2000年にかけて、政界に110万ドルをバラ撒き、クリントン政権末期の1998年から2000年にかけて、62万5千ドルを民衆党に流した。(House of Representative Report 454, p.175.) ウィリアムとヒラリーのクリントン夫妻は、マモン(銭の神)でさえ三舎を避ける程の銭ゲバだ。彼らは札束を見ると胸がときめく。どんな悪党でも天使のように扱い、満面の笑みを浮かべて抱擁(ハグ)する。デニスはビル・クリントンが相手なら、ハニー・トラップでも構わないが、彼女は建設予定のクリントン・ライブラリーに目を附けた。1998年から2000年にかけて、デニスは45万ドルをクリントンの図書館に寄付したそうだ。(House of Representative Report 454, p.176.)
(左 / アヴナー・アズレイ )
デニスの他にも、マーク・リッチには頼もしい味方がいて、それがモサド(Mossad)の高官であったアヴナー・アズレイ(Avner Azulay)である。いかにも狡猾なリッチらしいが、彼はアズレイを自分の組織である「マーク・リッチ財団」と「ドロン財団」の総裁に据えた。アズレイはリッチの恩赦を求めるチームを統括する中心的人物で、彼はイスラエルやヨーロッパ、アメリカを駆けずり回り、様々な人物に働きかけていた。アブラハム・フォックスマンやアーヴィン・グリーンバークに加え、ホロコースト・ビジネスで儲けていた、あの詐欺師エリ・ヴィーゼル(Elie Wiesel)を動かしたのもアヴナーであった。(ヴィゼールの嘘は彼の晩年と死後に暴露されたが、ここでは触れないことにする。)
アヴナーは支援者集めに奔走したが、その中には政治家や宗教家、ビジネスマンだけじゃなく、貴族までもが含まれていた。例えば、アヴナーはスペイン国王であるホアン・カルロス(King Juan Carlos)陛下にも声を掛けていたのだ。なぜ、スペインの国家元首が悪党のユダヤ人に加担したのかは明らかではない。しかし、幾つかの推測が囁かれていた。(House of Representative Report 454, p.195.) ある憶測によれば、カルロス国王はリッチを支援するマドリッドのユダヤ人コミュニティーに依頼され、この逃亡者を庇う勢力に賛同したのかも知れない、というのだ。
クリントン大統領の補佐官を務めていたジョン・ポデスタ(John Podesta)によれば、カルロス国王は元ニュー・ヨーク大学の総長ジョン・ブラデマス(John Brademas)からの電話をもらっていたそうだ。このブラデマスは政界の大物で、元々はインディアナ州選出の下院議員(民衆党)。民衆党が議会で多数派の時、ブラデスマは下院総裁(Majority Whip)になっていた。となれば、ワシントンの重鎮クラスと言っていい。さらに、彼は数々の役職に就いており、「American Dichley Foundation」の会長や「ロックフェラー財団」の理事、「ニュー・ヨーク連邦準備銀行(FRB New York)」の理事などを歴任していた。ブラデマスが亡くなる前の2011年、カルロス国王は彼に「Order of Isabella the Catholic」という勲章を与えていた。おそらく、二人は親密な間柄であったのだろう。
( 左 : ホアン・カルロス国王 / 中央 : ジョン・ブラデマス / 右 : シュロモ・ベン・アミ )
確実な証拠は無いが、もしかするとユダヤ人の大物に助けを求めていたアヴナーは、イスラエルの外務大臣であるシュロモ・ベン・アミ(Shlomo Ben Ami)にも接触していたのかも知れない。このベン・アミはカルロス国王と一緒にリッチの恩赦を求め、クリントン大統領に働きかけていた。西歐史を学校で習った日本人は、イザベラ女王の時代に、多くのユダヤ人が追放されたと教えられている。だが、この異民族はしぶとく生き残っていた。一部のユダヤ系国民は、未だにスペインで隠然とした権力を有しているのかも知れない。君主政とフランコ将軍に反対するスペインの左翼陣営には、かつて「マラーノ(キリスト教に改宗したユダヤ人)」と呼ばれたユダヤ人の子孫や、復讐に燃える外国のユダヤ人が混ざっていた。
ユダヤ人のネットワークは世界各地に張り巡らされている。異国に根を張る者やイスラエルが植え付けた「草(忍び)」、モサドに協力する現地人など、あらゆる分野に同胞が潜んでいる。マーク・リッチの顧問弁護士は、法学を専門にするマーティン・ギンズバーグ(Martin Ginsburg)教授やバーナード・ウォルフマン(Bernard Wolfman)教授に依頼し、彼らを"独立"の分析官に仕立て上げた。(House of Representative Report 454, p.160.) しかし、これはペテンだ。なぜなら、ウォルフマン教授はリッチの会社に雇われたコンサルタントであったし、彼は時給250ドルから300ドルを貰っていたのだ。しかも、恩赦を法的に分析した報酬として3万754ドルを受け取っていた。
( 左 : バーナード・ウォルフマン / 中央 : マーティン・ギンズバーグ / 右 : ルース・ベイダー・ギンズバーグ )
ギンズバーグ教授も同じ穴のムジナで、彼はリッチの裁判に関する仕事で6万6千199ドルを貰っていたのだ。しかも、この法学者はユダヤ人の連邦最高裁判事、あのルース・ベイダー・ギンズバーグ(Ruth Bader Ginsbueg)の夫であった。それゆえ、ギンズバーグ教授は、とても「中立」とか「独立」の法学者と呼べる人物じゃない。「良心派」とか「進歩派」、あるいは「人権派」と称するリベラル派のユダヤ人でも、同胞の裁判とか審査になれば、矢鱈と“同情的”になるから、判断力や洞察力の乏しい西歐人は、ユダヤ人の修辞や論理にコロっと騙される。明治の頃、日本の庶民は弁護士(詭弁を弄して他人を騙す代弁者)を指して「三百代言」と侮蔑したものだ。しかし、今では「人権派弁護士」とか「国際弁護士」という肩書きが持て囃され、犯罪者を無実にする技術者がやたらと尊敬されている。
とにかく、普通の日本人がマーク・リッチの恩赦を求めた面々を見れば、「どうして、こんな奴を助けてやるのか?」と訝(いぶか)しく思うだろう。何しろ、リッチは脱税や詐欺、恐喝、違法ビジネスに手を染めた廉で訴追され、1億5千万ドルの罰金を払い、恩赦で帰国してからもニュー・ヨーク州から1億3千780万ドルの追徴課税を請求される男だ。それなのに、高い地位や様々な名誉を持つ人々が、この逃亡犯を支援したのである。通常なら、こんな擁護は有り得ない。
でも、金と女に目がないビル・クリントンは、大統領を退任する直前、すなわち2001年1月20日にマーク・リッチを赦免したのだ。まさしく驚愕のフィナーレだが、クリントン大統領が提出した恩赦リストには、あの“ふてぶてしい”リッチの名前が載っていた。これにはアメリカ国民もビックリ仰天。しかし、有力者からの嘆願書やデニス・リッチからの献金を受けたから、銭ゲバのビル・クリントンが恩赦を与えたのも当然だ。後に暴露された事だけど、クリントン夫妻は様々な“ギフト”を貰っていたという。その中には、油絵、ランプ、椅子、陶器、カーペット、銀食器、キッチン・テーブル、テレビ、ビデオ再生器、ソファー、などがあった。(Alison Mitchell and Raymond Hernandez, 'Lott Criticizes Clintons for Gifts and Pardon of Exiled Trader', New York Times, January 30, 2001.) まぁ、これだけ「プレゼント」を貰ったら、さすがに考えちゃうよねぇ~。
(左 : 研修生のモニカ・ルインスキーとビル・クリントン大統領 / 右 : スキャンダルの弁解を述べるクリントン大統領)
それに、ビル・クリントンだって、女房のヒラリーから不貞を赦してもらった過去がある。一応、バプティスト教会のキリスト教徒だから、どんな罪人にも寛大なんだろう。まだ、クリントンが二期目の大統領職にあった1998年、彼はモニカ・ルインスキー(Monica Lewinsky)との不倫が発覚し、致命的なセックス・スキャンダルに見舞われた。彼女は1995年から1996年にかけて、ホワイトハウスの研修生をしていたのだが、その時に女たらしのクリントンと性的関係をもってしまった。もっとも、ビル・クリントンは彼女に自分のペニスを咥(くわ)えてもらっただけで、本番をやった訳じゃないから、罪は軽いと思っていたのだろう。
ただ、モニカ嬢の青いドレスに精液が附いてしまったのはマズかった。ところが、女性初の大統領を目指していたヒラリー・クリントンは、夫の裏切り行為を赦し、テレビ局の取材番組で夫の不倫を弁護した。(山崎拓の奥様じゃ出来ないだろう。) 確かに、ヒラリーは遣り手の弁護士だったから、詭弁で「黒」を「灰色」にでっち上げ、最終的に「ほぼ白」に持って行くのが上手い。ちなみに、モニカ・ルインスキーはユダヤ系アメリカ人。彼女の父親バーナード・ルインスキー(Bernard Lewinsky)はドイツ系ユダヤ移民の息子で、母親のマルシア・ルインスキー(Marcia Kay Vilensky)は、リトアニア系ユダヤ人で、サミュエル・ヴィレンスキー(Samuel Vilensky)の娘だ。
(左 : モニカ・ルインスキー / ビーニー・フェルドシュタイン / クライヴ・オーウェン / 右 : イディー・ファルコ )
このスキャンダルは2021年、FX(フォックスTVの子会社)によりドラマ化され、『弾劾 / アメリカの犯罪物語(Impeachment : American Crime Story)』というタイトルで放映された。ハリウッド俳優のクライヴ・オーウェン(Clive Owen)がビル・クリントンの役を演じ、ヒラリー役には『ナース・ジャッキー』で有名なイディー・ファルコ(Edie Falco)が抜擢された。そして、モニカ役には、ユダヤ人女優のビーニー・フェルドシュタイン(Beanie Feldstein)が起用された。正常な日本人だと呆れてしまうが、ショウビス界の重役どもは、破廉恥事件を「恥」とは思わず、逆に銭儲けの「種(ネタ)」と考える。現在のアメリカン・リパブリックは、ソドムとゴモラのレプリカ。キリスト教の倫理が存在した昔のアメリカとは、完全に異なっている。
話を戻す。逃亡犯のマーク・リッチに恩赦が与えられたので、大半のアメリカ国民は激怒したが、リッチの支援者は胸をなで下ろしていた。「モサド」の元長官であったシャバタイ・シャヴィッド(Shabtai Shavit)などは、リッチの恩赦に喜んでいたという。(Douglas Martin, 'Marc Rich, Financier and Famous Fugitive, Dies at 78', New York Times, June 26, 2013.) このユダヤ政商はイスラエルの有力者と昵懇で、二人の元首相、エフード・バラク(Ehud Barak)とシモン・ペレス(ShimonPeres)は、リッチの恩赦をクリントン大統領に頼んでいた。
(左 : シャバタイ・シャヴィッド / 中央 : エフード・バラク / 右 : シモン・ペレス )
強欲で狡猾なリッチであったが、閻魔大王からの召喚状には逆らえず、2013年6月、スイスのルツェルン(Lucerne)で息を引き取った。彼の遺体はスイスからイスラエルに輸送され、キブツ・アイナット(Kibbutz Einat)の墓地に埋葬されたという。('Billionaire trader who funded Mossad buried in Israel', The Jewish Chronicle, June 27, 2013.) やはり、ユダヤ人にとって本当の「祖国」はイスラエルだ。たとえ、アメリカ国籍を持っていても、そんなのは只の「紙切れ」に過ぎない。世俗の肉体はニュー・ヨークやロサンジェルスにあっても、その魂はイェルサレムやテルアビブにある。マーク・リッチはロシアやイラン、イラク、リビアで悪行を重ねたが、裏舞台では「心の祖国」であるイスラエルに尽した。それゆえ、モサドが彼の功績に報いたんだろう。マーク・リッチ享年78。
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