無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

2023年01月

「優秀な婿殿」を持つ秋篠宮家 / 悪徳のプリンスと凋落する皇室 (中編)

司法試験に合格した秀才?!

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  皇室尊重派は認めたがらないが、秋篠宮家には“いかがわしい”点が矢鱈と多い。その一つが「小室圭の司法試験合格」という奇蹟だ。筆者には何の政治権力も無いので、NY州の法曹界がどうなっているのか判らないし、捜査能力も無いので不正行為の実態調査など全くできない。ただし、不可解な点を幾つか繋ぎ合わせてみると、「もしかして、巧妙なチョロマカシがあったんじゃないか?」と思えてくる。まるで、不完全なジグソー・パズルを見ているようだ。全てのピースが揃った訳じゃないが、空白の部分を想像で補ってみると、何となく恐ろしい構図が浮かび上がってくる。断定は出来ないが、どうしても報道された「合格」には疑問が湧き起こってしまうのだ。

  眞子様と小室圭の結婚と移住に関しては、様々な批判や陰口があった。しかし、地上波テレビが絶対に触れない闇がある。一般国民が知りたいのは、秋篠宮家と外務省が小室夫妻に対してどれほどの公金を使い、どのような人脈を用いてきたのか、という点だ。そして、今後、どれ程の公金を彼らに注ぎ込み、どんな形で“落とし所”を作ってゆくのか、野次馬根性と言われても、やはり知りたくなる。なぜなら、いくら司法試験に“合格”したとはいえ、あの碌でなしが「弁護士」として生きて行けるとは到底思えないからだ。

  そもそも、小室圭がフォーダム大学へ入学できたこと自体が“奇蹟”である。しかも、どうやったら不規則で例外的な“編入”が可能となったのか? リモート授業を受けていたとの報道もあったが、如何なる方法で卒業できたのか? 本当に摩訶不思議である。

  小室氏の学業に関しては以前の記事で触れたから、ここでは新たに述べない。ただし、彼の「英語能力」にはかなり“怪しい点”がある。というのも、筆者は彼の「英会話」を聞いたことがあるからだ。フォーダム大学には、「Startup LAWnchpad」 というプログラムがあって、小室圭はアシスタント役としてインタヴュー番組に参加していた。(Startup LAWchpad, Season 2, Episode 10, April 21, 2020.)

  ゲストにはロバート・ノーラン(Robert B. Nolan, Jr.)氏を迎え、彼と対談したのは主にウィリアム・ド・ウォルフ(William de Wolff)氏である。しかし、“ちょっと”だけ小室圭が英語を喋っていたので、この番組は非常に貴重だ。早速、「優等生」と評される小室圭の発言や質問を聴いてみたんだが、率直に言って、印刷物の朗読というか、暗記してきた英文の暗唱みたいに聞こえてしまうのだ。筆者も他人の発音をどうこう言えないが、「えっ ! これが奨学金をもらった秀才の英語力なのか?」と首を傾げたくなる。

  皇室の御用雑誌である『女性自身』は、小室氏の素晴らしい「英語力」を褒めていた。けど、担当記者が本当にそう思っていたのかは疑問である。もちろん、大半の日本人は英語の勉強で苦労した経験を持つから、“流暢”に喋る小室圭の噂を耳にすると、「さぁ~すが、ICUとカナディアン・スクールのエリート卒業生は違うなぁ~」と思ってしまう。(品川区にある「カナディアン・インターナショナル・スクール」といっても、本当に在日の西歐人、つまりアングロ・サクソン系の白人生徒が多数派なのか? もしかしたら、支那系や朝鮮系の生徒が多かったりして・・・。)

  とにかく、アメリカやブリテンで暮らしたことのある日本人なら、「あっ ! この人、まともに勉強していない !」と気づくはずだ。日常生活で頻繁に歐米人と接する貿易商や特派員、留学生、研究者などは簡単に騙せない。特に、ロー・スクールに通うアメリカ人や弁護士、裁判官、地方検事などを個人的に知っている日本人が、小室圭の「流暢な英語」を聴けば、「アメリカ人の話し方を表面的にコピーしただけの猿真似」と判るはずだ。(これは言いたくなかったけど、筆者も米国に居た時、法科学院のアメリカ人と親しくなったから、奨学金をもらうほどの優等生が、どれ程の学力を有しているのか、よく分かっている。) 

  この点を述べる前に、ちょっと明確にしておきたいことがある。筆者は日本人の英語発音について「ネイティヴと違っている !」とか、「ジャングリッシュは恥ずかしい !」と言うつもりはない。また、「イギリス人のように発音すべし」という風潮も嫌いだ。そもそも、日本語は西ゲルマン語と根本的に違っているので、日本人がゲルマン語の発音を苦手としても当然である。言語の違いに神経を尖らせ、英語に対する劣等感を煽るような論調は馬鹿げている。通訳とか学者、あるいは英語を専門とする人物が流暢に話せればいいだけ。一般人は外人風の発音で問題なし。(学校の先生は反対だろうけど。)

  小室圭の話に戻る。彼が出演したポドキャスト(podcast / インターネット放送の音声)の中では、投資や起業といった経済の話題が取り上げられていた。しかし、小室圭は幾つかの英単語を“いい加減”に話していたのだ。彼の発音には怪しい訛りが多い。(カタカナ表記での説明だと粗雑になるが、他に方法が見つからないのでご容赦ください。)

  例えば、「advice」を口にした時、彼は「ai」ではなく、「æ」の方にアクセントを置いていた。この英単語は中学校で習うはずだが、初歩的なアクセントを間違えているなんておかしい。誰も「間違っているよ !」と「忠告(助言)」してくれなかったのか? 「Business」の発音もおかしく、小室氏はローマ字読みで「ビジネス」と発音するが、イギリス人なら「bíznis」と発音する。また、彼は「relatively」という単語を「リレイティブリー」と発音していた。通常なら「rêlətivli(リラティヴリー)」と発音すべきなのに、小室氏は更にアクセントまで間違っていた。おそらく、小室氏は自分が何を発音しているのか意識していないんだろう。

 「ネイティヴ並」であるはずの小室氏は、基本的な知識さえ無かった。彼は経済や経営をテーマとする番組に参加しているのに、なぜか経済用語の発音がいい加減なのだ。例えば、「expertise」を「エクスパタイズ」と発音していた。普通なら「èkspərtíːz (エクスパティーズ)」と発音すべきなのに、ローマ字読みで発音していたんだから、真面目に勉強していたとは考えにくい。

  経済や金融の討論では、よく「equity」という専門用語が使用されるが、小室氏はこの発音でも間違っていた。彼は何遍も「イクイティー」と発音していたが、イギリス人やアメリカ人なら「ékwiti(エクィティー)」と発音するだろう。小室氏が何度も奇妙な発音を繰り返していたのは、本人に「自覚」が無い、あるいは、見様見真似の勉強をずっと続けていたからう。もしかすると、小室氏はアメリカ人の会話を聴いても、自分の発音が間違っていることに気づかないんじゃないか? カナディアン・スクール時代から、ネイティヴ・スピーカーに接していたのに、こんな事も出来ないなんておかしい。

  極めつけは「entrepreneuur(起業家)」の発音で、小室氏はよく聴き取れない、非常に曖昧な発音で「アントレプレナー」と読んでいた。本来なら、「àːntrəprənəːr(アントレプレヌュアー)」と発音すべきじゃないのか? 綴りは難しいけど、この言葉は普通に使われるので、初歩的な英会話を習った人なら直ぐ判るはずだ。そもそも、小室氏は一橋大学の修士課程で「ビジネス・ロー」を勉強していたはずなのに、どうして基本的な英単語の発音ができなかったのか?

  再度の主張になるが、筆者は英語教育の議論には立ち入りたくないし、日本風英語の批判もしたくない。イギリス人だって日本語を話せば、いくらでも間違いを犯すし、奇妙な発音やトンチンカンな表現を口にすることもある。ただ、問題なのは、小室氏がニーヨーク州の弁護士になったことだ。いずれ彼には現地の依頼人を迎える時が来る。司法試験に合格したんだから当然だ。給料を払っている「ローウェンシュタイン&サンドラー社(L&S) 」だって、小室氏の「活躍」に期待しているはずである。

  ただし、弁護士の業務は楽じゃない。もし、英語が公用語の米国で法務ビジネスに携わるとなれば、膨大で複雑な判例文を読み込むだけじゃなく、顧客に対しても充分なアドヴァイスを与えねばならない。時には単独で交渉人となることもあるし、法廷に出て依頼人の弁護をする役目もあるはずだ。如何なる場合であれ、「小室弁護士」は“正確な英語”を使わねばならない。となれば、必ずやプロとしての“実力”を問われることになる。小室氏にこうした仕事ができるのか?

  「雑用係」なのか「弁当配達人」なのか判らぬが、小室氏は弁護士になる前から「ローウェンシュタイン&サンドラー社 」に雇われていた。しかも、NY州の司法試験に2度も落ちたのに、なぜかクビにもならず、三度目の合格発表前に雇用継続の準備がなされていたのだ。こんなのは異例中の異例で、在米の日本人弁護士が聞いたら腰を抜かして驚くだろう。

  全くもって不可解だが、小室圭には様々な「優秀伝説」がある。例えば、小室氏は通常、大学院から求められる入学試験用の「LSAT(Law School Admission Test)」を受けずに、フォーダム大学のロースクールに留学できた。筆者は米国にいた時、大学構内の本屋でGRE(Graduate Record Examinations)の教本を買ったことがある。値段は手頃だが、電話帳くらいの厚さがあるので、日本人が勉強するとなれば大変だ。このGREは大学院に進む者が受ける共通試験で、英語と数学の知識を測る一般試験と専門知識を問う科目試験とに分かれている。法科学院を目指す日本人は、たとえ法学部出身の者でも「LSAT」の勉強で相当苦労するはずだ。ところが、小室圭は何故かパス。一橋大学の夜間コースを出ただけで“OK”と見なされ、アメリカ人の優等生でも受けねばならぬLSATを免除されていた。

  小室圭の「優秀伝説」はまだ続く。彼は「LL.M.課程」から「J.D.課程」に易々と編入し、このJ.D.コースを2年で修了した。まさしく「トップクラスの駿才」と言えよう。特筆すべき点はもっとあって、彼は首席学生がもらうような「マーティン奨学金」を獲得できた。本当に凄い。ところが、普通のロー・スクール学生なら1回目で受かる司法試験に何と2回も落ちている。フォーダム大学の理事長や学部長が、どういう感想を抱いたのか定かではない。

  チャンネル桜の水島総社長は、眞子様が皇籍を離れ「一般人」になったのだから、小室夫婦に関してあれこれ言うべきじゃないと述べていたが、本当に小室圭は自分自身の「実力」だけで上記の「奇蹟」を実現できたのか? 筆者は彼の背後に優秀な弁護士や支援者が居ると思っている。辣腕の有能弁護士なら“不正”が発覚しないよう入念に長期計画を立てるし、たとえ“疑惑”が浮かび上がっても、それを否定できるよう、予め合法的な説明(言い訳)を準備している。実際、小室圭の留学計画は見事だった。

  繰り返しになるが、本当に小室夫妻は“一般人の生活”をしているのか? まともな日本人であれば、「外務省、とりわけNYの日本総領事に保護され、公金による警備を受けているんじゃないか?」と疑ってしまうし、「L&S社に小室圭を雇ってもらうため、秋篠宮家はいったい幾ら払ったんだ?」と怪しんでしまうだろう。たとえ、直接的に現金を渡さなくても、皇室に便宜を図る業者や現地の日系人は大勢いるから大丈夫。“親切”な皇室支援者が意図的に仕事を持ち込めば、L&S社は多額の報酬を得ることができる。もしかすると、小室圭が手にする給料は、莫大な手数料から差し引かれた「残りかす」なのかも知れないぞ。つまり、皇室人脈を握ったL&S社は、あのボンクラ社員に2千万ドルや3千万ドルの年収を与えても何ら苦痛は感じない、ということだ。実際のカラクリに関する確証は無いけど、もしかすると、この法律事務所はその何十倍、否、何百倍もの利益を得ているんじゃないのか?

英語が得意なはずの殿下

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  ちなみに、義父である秋篠宮殿下も、本来なら「流暢に英語を話す秀才」のはずなんだが、何回も訪れているタイで行われた学術講演では、“お得意”の英語が貧弱であった。録画映像を見てもらえば判るけど、まるで高校の授業で教科書の音読を命じられた劣等生みたいだ。一応、御自身の研究成果を「イギリス語」で発表にされていたが、あたかも原稿の英文に「振り仮名」が附けられているような「カタカナ英語」であった。

  宮内庁のホームページや当時の雑誌によれば、確か、殿下は昭和63年から平成2年にかけて、オックスフォード大学のセント・ジョンズ・カレッジに留学されていた。とても法学部出身者とは思えないが、殿下は大学院の動物学科に属し、魚類に関する分類学を専攻されたという。さらに驚くべきは、以前の記事で紹介したように、鶏の遺伝子配列に関する博士論文を英語で書いていたのだ。まことに凄い。さすが、英才教育を受けてこられた皇族は違う。このような御学歴なら、ブリテン発音で流暢に話せるはず。

  ところが、秀才肌の殿下はオックス・ブリッジ卒のイギリス人とは桁違い。大学院の授業を経験しているはずなのに、秋篠宮殿下は英語を苦手とする高校一年生みたいだった。いくらなんでも、夏休みの作文を朗読する高校生じゃないんだから、もっと上手に話せたはずだ。筆者の耳が悪いせいもあるが、英語のスピーチを披露する殿下は、ブリティッシュ・アクセントの雰囲気が全く無かった。「もしかしたら、アメリカ発音?」と勘違いしてしまうが、やはり典型的な和風英語。ルー大柴の方がうまいかも。

  英国留学をされた殿下が、イングランド(England)じゃなく、タイランド(Thailand)を好むのは、イギリス人の研究者やオックスフォードの卒業生と話したくないからだろう。つまり、英国の知識人や聴衆が、鶏や鯰に関する質問をしたりすると、「英語」で答えねばならぬから、それを避けたかったんじゃないのか? イギリス人だとユーモアを交えて独特の会話を持ちかけるから、何が面白いのか判らないと、気まずい雰囲気になってしまう。それに、たとえ頑張って殿下が「英語」を話しても、発音が悪いと相手が奇妙な表情を見せるので、双方とも話しているのが辛くなる。

  一方、アジアの王国「タイ」なら簡単な英会話で済む。「質問されたら厭だなぁ~」と怯える殿下も気が楽だ。歓迎する民衆はタイ語で話しかけるから、通訳を介して答えてもおかしくはない。しかし、イングランドやスコットランドで「英語の通訳」を附けると格好悪いから、どうしても英国訪問は避けたくなる。普通なら、昔の同級生と再会し、「楽しいひと時」を過ごすばなのに、なぜか殿下は非英語圏のタイで「お友達」をつくっている。この東南アジアにある王国には、一体どんな「魅力」があるのか?

  ちょっと賢い日本人が、こうした裏事情を知れば、なぜ殿下が小室圭を支援したのかが判るはず。建前上、秋篠宮殿下は婿殿を好きじゃない。だが、二人は「似たもの同士」だ。もしかすると、秋篠宮殿下は御自分が「怪しい博士号」を取得できたから、義理の息子も“ロイヤル・パワー”で「NY州弁護士」にできる、と思ったんじゃないのか? もちろん、殿下が直接、電話や手紙でフォーダム大学に働きかけたことはないだろう。しかし、側近か友人、あるいは宮内庁の職員や外務省の高級官僚に「よろしく頼む !」と言えば、巨大な歯車が動き出す。そして、どこからともなく人材と金銭が沸き上がってくるから不思議だ。陶器の「お願い猫」が「紫の鉢巻き」や「金の鉢巻き」をしても「受験合格」とはならないが、皇族が財界人に「お願い」すれば、「無茶な願い」でも叶えてくれるだろう。平民にはドラえもんやハクション大魔王は居ないけど、皇室には魔法使いサリーの親戚がたくさん居るのかもね。(ちなみに、コスプレ姿の小池百合子じゃないよ。)

 


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不正と嘘がはびこるアメリカ / カンニングで優秀になる学生

「公正厳格」という神話

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  日本の一般人と同じく、米国の庶民も「フェア・プレー(fair play)を尊ぶアメリカ」とか、「公正なルールに基づく実力主義のアメリカ」という幻想を抱いている。確かに、アジア・アフリカ・南米の諸外国と比べれば、あからさまな不正行為や瀆職役人は意外と少ない。

  例えば、アメリカに住む日本人が、道路を走行中にスピード違反で停車命令を受けたとする。たいていの場合、近寄ってきたパトロール警官は、運転免許証とクルマの登録証を求めるが、その時、ニヤリと笑って免許証と共に50ドル札か100ドル札を渡す日本人はいないだろう。これができる日本人は相当なワルだ。普通の日本人は警官を買収する度胸は無いから、言われた通り、おとなしく従うだけである。たとえ、ニューヨークやカルフォルニアのような都市部でも、「袖の下」を実行すれば即逮捕だし、正常な日本人なら恐ろしくて出来ない。
  
  かつて、日本の学校では教室の壁に「誠実」とか「正直」という揮毫の額が掲げられていた。アメリカでも1950年代くらいまではキリスト教やギリシア・ローマの古典文化による影響が強く、「正直は美徳」という社会常識があった。今では信じられないが、ゲイやレズビアンなんて論外の御法度だ。プロテスタントのキリスト教徒でも、聖トマス・アクィナス(S. Thomae Aquinatis)や聖アンセルムス(S. Anselmus Cantuariensis)の教えを尊び、「勇気(fortitudo)」や「正義(iustitia)」「思慮(prudentia)」といった倫理道徳を守っていた。

  しかし、ベトナム戦争を経たアメリカは違う。麻薬の使用やフリーセックスが肯定され、フラワー・チルドレンーが街をうろつくなんて当たり前。大学の教室はフランクフルト学派の左翼に牛耳られ、父親のみならず、神父や牧師の権威まで侮蔑される始末。さらに、自由競争の拡大解釈で、所得格差は急激に広まり、不正手段を使っても立身出世を成し遂げようとする若者が増えてきた。社会学者のチャールズ・マレー(Charles Murray)が嘆いたように、昔のアメリカなら極端な貧富の格差は無く、社長と社員の所得格差だって数倍くらいだ。

  日本の学校教師は生徒に教えないが、「自由」の基礎は「財産」である。資産が無いと言論の自由を確保できないし、家族すら養って行けないから、どうしても余裕のある生活を維持するだけの金銭は必要だ。「クビ」が怖いサラリーマンは、不満があっても上司や社長に服従せねばならない。それに、プラグマティズムが浸透するアメリカでは、裕福な者が大いなる自由と快楽を享受する。階級ピラミッドを昇るにしても、裕福な家庭に生まれることが条件だから尚更だ。昔、スウェーデンの人気グループ「ABBA」が、「The Winner Takes It All(勝者が全てを取る)」という曲を唄っていたけど、今のアメリカでは「勝ち組が旨味を食べて、負け組がおこぼれを拾うだけ」の状態となっている。

  なかなか認めたくないけど、高額所得者になれなかった者は、一生、社会の底辺で這いずり回り、決して「命令者の地位(command post)」に就くことはできない。米国の賃金労働者が、なぜ野球やアメフトの観戦に熱中するのかと言えば、それは惨めな勤め人でも、スタジアムやテレビの前で“監督”になれるからだ。しがない下っ端職員は、いつも工場長や部長に命令されるだけで、自分の意見を通すことはできない。だから、自宅に帰った時くらいはコーチや監督の気分になって、相手チームの有名選手を野次ったり、ダメな奴に向かって「選手交代」と叫ぶ。同じ階級の友人たちと集まり、一緒にピザやビールを口にし、心に詰まった溜飲を下げれば、もっと気分爽快だ。

  そもそも、アメリカ人は白人に生まれたって、立派な学歴が無いとエリート層に迎えられる国際金融業者や大企業の重役にはなれない。それゆえ、一般の平民はがむしゃらに勉強して有名大学に入ろうとする。しかし、中にはボンクラも居るから、地元の州立大学で我慢するしかない。でも、高額所得者の子弟は別。一見するとアメリカは厳しい競争社会に思えるが、ある程度の金額を持つと、目の前の世界がガラッと変わってくる。「カネで買えないものは無い」とは言わないけど、「たいていのモノは買えてしまう」というのが現実のアメリカだ。幼児ポルノ業界を見れば判る。気持ち悪いおっさん達でも、ブローカーに大金を渡せば、金髪碧眼のモデルや小学生の児童だって注文でき、秘密の豪邸で弄ぶことができてしまうのだ。ジェフリー・エプシュタインの例があるから、日本人でも察しがつくだろう。

「不正行為」が「当たり前」となっているアメリカ

  日本以上かも知れないが、米国だって相当な学歴社会だ。となれば、華々しい学歴を得るために何らかの“ズル”が横行していてもおかしくはない。例えば、NYのブロンクスにある私立学校の「ホレイス・マン高校(Horace Mann School)」は、様々な不正行為で有名だ。アイヴィー・リーグを目指していた或る女子生徒は、授業で課される期末レポート(term paper)を作成する際、インターネットからダウンロードした文章やウェッブサイトからの盗んできた文章を使ってしまった。

  ところが、他の生徒も同じサイトから剽窃してレポートを提出したことが判ったので、件(くだん)の女子生徒は大慌て。直ぐさま担当教師のもとに走り、提出したレポートを“手直し”したいと願い出た。運良く返却してもらえたので、彼女は「盗作」の“発覚”を免れることができたという。その後、彼女は無事に一流大学に進学でき、「ハーヴァードの学生」になれたそうだ。(David Callahan, The Cheating Culture : Why More Americans Are Doing Wrong to Get Ahead, <New York : Hartcourt>, 2004. p.197.)


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  1982年、フランスの『ザ・カンニングIQ = 0 (Les Sous-doués Passent le Bac)』という映画が日本で公開されたけど、筆者も劇場に赴き、笑いながら鑑賞したのを覚えている。しかし、現在のアメリカで行われるカンニング(cheating)はなかなか巧妙で、ハイテク製品を使っているから摘発されにくい。

  例えば、ある生徒はハッカーの如く学校のコンピュータ・システムに侵入し、自分の成績を改竄することで知られていたそうだ。別の者はカンニング用に改造したペンや鉛筆を持ち込み、その中にメモを隠していた。アメリカの学校だと、数学の試験では電卓の使用が許可されるので、その中に「虎の巻(解答に導くデータ)」を仕込んだりする者もいるそうだ。SAT(英語や数学の共通大学入試)でもズルをする奴が多く、試験の途中で便所に行き、こっそりと携帯用の辞書を見る者も居たらしい。また、別の生徒は「学習障碍」という手口を使い、試験監督官に陳情して「制限時間無し」という特別待遇を得たという。つまり、大金を払って悪徳業者(or 銭ゲバの医者)から架空の診断書を購入した、ということだ。

  NYにある名門校でアイヴィー・リーグへの進学率が高い「ストイヴサント高校(Stuyvesant High School)でも、所謂“ズル行為”が横行しているそうだ。この学校にはユダヤ系や東歐系ばかりじゃなく、パキ人やベトナム人の生徒も混じっているそうで、低所得層から這い上がろうとする子供達であふれている。学校側も進学率を上げようと必死になようで、数学、理科、英語、歴史の科目で高い得点を求めているそうだ。

  しかし、上昇志向の生徒達は、大量の宿題や課題を背負い込むだけじゃない。親からの多大な重圧も受けている。学歴重視の親達は、息子や娘のGPA(Grade Point Average / 成績評価点の平均)に目を光らせているから、猛勉強する子供達も大変だ。親からの要求と期待に応えねばならぬ子供達は、「不正行為」と解っていても、自然と「ズル」に手を染めしまうらしい。それゆえ、「みんながズルをしているから、私も・・・」という“空気”が言い訳になるそうだ。インターネット世代の子供が「悪の道」を歩むのは意外と簡単で、携帯端末を使ってカンニングする子供も居れば、優等生を取り込んで奇妙な成績を伸ばす生徒も居るらしい。支那人の子供だと大人を真似るのか、極小のイヤホンを耳に装着して、外部からの指示に従うこともある。女子生徒なら長い髪で耳のハイテク機器を隠すから、試験官の先生にバレにくい。

  学校で子供が「不正行為」を展開すれば、親の方だって更なる不正を考え出す。“教育熱心”な親達は、幼稚園の前から出世競争の火蓋を開く。ハーバード大学に入るよりも難しい名門幼稚園があるいというから呆れてしまうじゃないか。寄宿制のプレップ・スクールに我が子を入れる親達は、大学進学が視野に入ってくると、今度はプロの進学カウンセラーを用意する。親に雇われた学習指導者は、入試に向けた長期計画を提案し、当事者たる中学生や高校生の坊ちゃん達は、推奨された「課外活動」を実践するそうだ。彼らは入試論文や面接の話題に出来るよう、海外旅行や社会奉仕に勤しむ。おそらく、養老院の高齢者や身体障碍者を助けるボランティアになれば、面接官の印象が良くなると考えているんだろう。

  米国ではサービス産業が盛んである。大学入試の“お手伝い”をする「アイヴィー・ワイズ(Ivy Wise)」という会社では、受験指南用の「プラチナム・パッケージ(platinum pakage)」というサービスがあるそうだ。料金は約3万ドル(345万円 /1ドル = 150円で換算)で、相談の頻度は24回くらい。高校二年生以上が対象となっている。(上掲書、p.206.) 大学へ合格した新入生の聞き取り調査で、入試カウンセリングを受けたかどうかを尋ねてみると、驚きの結果が得られたという。1990年代には僅か1%くらいだったのに、2000年代に入ると約10%の学生が何らかの有料カウンセリングを受けていたのだ。   

   高額所得者の親達は、こうしたカウンセラーだけでは満足できないし、なんとなく心配で安心できない。そこで、彼らは高い給料を払って家庭教師を雇う。ただし、こうした先生には教員免許や倫理規範なんて関係無い。ゼロが幾つも並んだ小切手をもらえばOK。学習指導に関しては「結果」が全て。それゆえ、お雇い教師はレポートの代筆もやるし、難しい宿題をこなす幽霊にもなる。もし、良心に従って代理を断れば、即座にクビになるから厭でも代行するしかない。時には、親から「無言の命令」があったりする。(高校生の良い子は、「あれ、秋篠宮家の悠仁殿下みたいだ !」なんい言っちゃいけないよ! 担任の先生が鬼の目になるから。)

  笑っちゃいけないけど、家庭教師の“助力”による作文だと、あまりにも指導が良すぎるため、どこが教師による文章で、どの部分が子供自身の文章なのか判らなくなるケースがあるらしい。また、不正作文を判別する学校教師も大変で、「教育コンサルタント」による代筆を見破るのはとても難しいという。それゆえ、困った先生は学校の授業で筆記試験を課す。そうすれば、教室内で本人の“実力”が判るので、誰が幽霊作家を雇っているか、だいたいの目星がつく。(筑波大附属高校の教師も参考にすべきだ。)

   ある女性の家庭教師が告白していたが、彼女は子供から“せがまれて”宿題を代行したことがあるそうだ。(上掲書、p.208.) ただし、彼女は自分のルール違反を悪いと思っていたが、“より広範囲な枠組み”の一部と考えていた。確かに、こうした家庭教師は受験産業の駒に過ぎない。たとえ彼女が断っても、他に幾らでも「代わり」がいるから、拒絶するだけ損である。

  「バナナ・リパブリック(南米にある腐敗国家)」と化してしまったアメリカでは、個人の「正義」なんて、いくら振り回したところで所詮「鼻糞」程度である。富裕層の親は学校に多額の寄附をしているし、理事長と顔見知りだったりする。学長にも個人的な電話を掛ける仲だったりするから、鈍くさい子供でも裏口からスルッと御入学だ。(筑波大学や一橋大学の経営者は耳が痛いだろう。) 倫理的には問題となるが、家庭教師を雇う親からすれば、「必要悪」といった感じである。「みんながやっているんだから、ウチの子だけやらないのは、非常に不利じゃないか !」という理屈らしい。

  学歴は全能の神じゃないけど、魔法の杖くらいにはなっている。日本企業と同じく、米国企業も新入社員の採用では学歴を重視するという。なぜなら、新卒者の採用には、多くの時間がかかるうえに、「ダメ社員」をつかまされるリスクが伴うからだ。個別的に見れば、有名大学卒の新入社員だから“優秀”とは限らない。しかし、「劣悪な人材」を採用する危険性は比較的少なくなる。世間からの非難が湧き起こりそうだが、企業経営者からすれば、無名大学のボンクラ学生よりも、一流大学を卒業した優等生の方が安心だ。難関校をくぐり抜けてきた者となれば、複雑な仕事の覚えも良く、理解力や実行力にも富んでいる。Fランク大学の学生じゃ、潰しのきかない碌でなしか、窓際族の予備軍にしかならない。

  「一旦淫売、一生淫売 ! (Once a whore, always a whore.)」という言葉があるように、高校で「ズル」をしてきた奴は、大学に入っても「ズル」をしたがる。1960年代、コロンビア大学の研究者であるウィリアム・バワーズ(William J. Bowers)が、『大学生の不誠実と大学での管理(Student Dishonesty and Its Control in College)』という本を出版した。彼が99校で5千名を超える学生を調査したところ、全学生の4分の3が何らかの不正に関与していた、という実態が判明した。1960年代だと学生運動が盛んで、左翼思想の黄金期であったから、キャンパス全体が背徳の温床になっていても不思議じゃない。

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(左 : 裏口入学を斡旋したユダヤ人と依頼人となった有名女優   /  右 : 不正が発覚したロリ・ロフリンと娘達)

  アカデミック界隈の不正に関しては、ラトガーズ大学で教鞭を執っていたドナルド・マケイブ(Donald L. McCabe)教授が、その道の第一人者であろう。今は教授職を引退しているが、彼は「学問誠実センター(Center for Academic Integrity)」の創設者となっている。マケイブ氏によると、大学での不正行為レベルは1960年代よりも酷くなっているそうで、今日の学生による不正の方が遙かに深刻らしい。彼がビジネス・スクールでの不正行為を調べたところ、大学院生の56%が何らかの不正行為、あるいは疑問視される行動を取っていた、というのだ。ビジネス・スクール以外の大学院生だと、その割合は47%であった。(Donald L. McCabe, Kenneth D. Butterfield and Linda Klebe Trevino, ‘Academic Dishonesty in Graduate Business’Programs : Prevalence, Causes, and Proposed Action', Academy of Management Learning & Education, Vol. 5, 2006, p.299.) 

  大学で蔓延する「不正」を更に調査するため、マケイブや共同研究者らは、アンケートの他に大学生達を集めて討論をさせ、その心情を探ろうとした。「アメリカで成功するには何が必要か?」という質問に対して、参加者らは冷笑し、ある学生は次のように述べていた。

  世の中は公平じゃない。欲しい物を得るため、あるいは到達したい場所に行くためには、何らかの誠実性を犠牲にせねばならない。(上掲書、p.218.)

  別の学生はこう述べていた。

  パーセンテージの大小はどうであれ、一部の学生は成績を上げるため、既に不正を犯している。そういう私も自分のためにズルをしてきた。だいたい今の世の中、“成功者”の何割かは、その人生においてズルをしてきたに違いない。彼らが成功したのは、捕まらないよう賢く振る舞っていたからさ。(上掲書、p.218.)

  また、別の学生は以下のように述べている。
 
  成績が最も重要なんだ。成績次第で医学部に行くか、清掃人になるかが決まるんだから。


  金銭と成功が表裏一体となっているアメリカでは、中学や高校だけじゃなく、大学や大学院、会社や官庁でも不正・腐敗が罷(まか)り通っている。日本人が名門校とか最高学府と呼んで崇めているハーハヴァード大学やコロンビア大学でもズルが珍しくなく、倫理道徳が涵養される修練所ではない。たとえ、リベラル派の教授を揃えたって、世俗まみれの学長や理事長は別である。強いアメフト・チームを作って大学を有名にしたい理事長は、黒人選手の脳味噌が筋肉でも一向に「お構いなし」だ。もし、教育倫理を振り回す教授が、「あんな小学生並みの学生に単位を与えることはできない」と抗議すれば、アメフト部のコーチや監督が現れ、学長や理事長の意思(命令)を伝えて弾圧する仕組みになっている。世界中から学生を集める有名大学というのは、今や、オールド・ボーイズ・ネットワークを構築しようとするグローバル企業となっている。有名企業の重役を務める親とか、財団を創って租税回避をする大富豪から、多額の寄附金をもらえば、どんな馬鹿息子でも受け容れてしまうのだ。

倫理道徳が蹂躙される不正社会

  「誠実」「正直」「忍耐」「献身」といったキリスト教的徳目(virtù)は、大学生が求める目的(telos)ではなく、むしろ出世を妨げる陋習となっている。高い学歴を取得し、政財界で成功するのが人生の勝利者だ。他方、高卒や中卒で労働者となる者は、どんなに頑張っても出世できない敗北者となる。大金を手にする者だけが「幸せ(eudaimonia)」の体現者となっているのが現実だ。

  なるほど、正直は美徳なのかも知れない。だが、そんなモノは貧乏人だって持っている。日本のヤクザだって「素直さ」を持っているじゃないか。昨年末、神戸山口組に参画した侠友会の寺岡修会長は、古巣であった山口組の司忍組長と高山清司若頭に詫びを入れ、侠友会を解散して、素直に引退を表明した。いつまでも権力の座にしがみつき、公約を破っても恥じない小池百合子とは大違いだ。

  話を戻す。アメリカでは利益のために「善人」の仮面をつける偽善者が矢鱈と多い。毎週日曜日に馴染みの教会に通い、地域コミュニティーでボランティア活動に勤しむ紳士だって、確定申告の時には大手の会計事務所を通して、巧妙な「節税工作」に励む。中流階級の自営業者や団体職員なら、犬の餌代まで必要経費にしてしまうのだ。スーパー・リッチの銭ゲバ達は、色々な国でビジネスを展開し、各国の税制を悪用して所得税を払わないようにしている。ケイマン諸島や米国内のタックス・ヘヴン(租税回避または脱税地域)を利用したり、わざと赤字にして蓄財に努めている奴も多い。

  アメリカ社会の内情に疎い日本人だと信じられないが、この共和国では「札束ビンタ」で奇蹟を起こすことができる。住宅や自動車の借金返済に追われているような庶民には無理だけど、郊外の豪邸に住む富裕層は、金銭(カネ)と権力(ちから)を行使することで、欲する事の大半を実現する。大統領選挙でも不正のオンパレードだったのを思い出せば判るだろう。

  去年、小室圭の「司法試験合格」を聞いた時、筆者はなかなか信じられなかった。たぶん、マスコミが言う通り、「試験の合格」は小室氏本人の「実力」なんだろう。しかし、筆者は最近、現実と妄想の区別がつかなくなったので、「小室圭の合格には何らかのトリックがあるんじゃないか?」と思っている。これは根拠無き推測となるが、アメリカではびこる様々な不正行為を知ってしまうと、「NYの法曹界にも腐敗の影が伸びているんじゃないか?」と思えてしまうのだ。さすがに、500ドルくらい払っても試験の内容は入手できないが、ある程度の大金を払えば、試験問題をリークしてくれるブローカーが見つかるかも知れないのだ。

  例えば、「進学カウンセラー」を名乗る仲介業者に指定された“献金”を払えば、どこからともなく「サンプルの問題集」が部屋に舞い込み、事前に練習した問題が本番の試験で出題されたりする。受験に挑んだ者は、「予想問題が当たったぞ!」と大喜び。だが、“手数料”を払った庇護者は「やれやれ、大金を払った甲斐があったなぁ~」と胸をなで下ろす。まぁ、こんなのは映画や小説で語られるフィクションかも知れない。だが、一般人の中には「実際にあり得るかも・・・」と疑う人もいるはずだ。何しろ、小室圭の背後には皇室や外務省、秋篠宮家とグルになった財界人や著名人がウヨウヨいる。だから、ちょっとでも不審な点があれば、その疑惑は雪だるま式に増えてしまうのだ。

   皇室支持派、とりわけ秋篠宮家を擁護する一般国民は、「まさか、そんなことはないだろう」と否定かるが、案外、現実の世界では「まさか」という事態が起こってしまう。真相は闇の中で、一般人の我々は常識で考えるしかない。たとえ、皇室支持派から「誹謗中傷」と非難されても、「異常な事」は「異常」としか思えないのである。
   


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