クールな男達のドラマが誕生し

 
  日本ではまだ一般的な知名度が低いが米国や欧州では人気が高い、アメリカTVドラマが『サンズ・オブ・アナーキー(Sons of Anarchy)』である。なかなかいい出来のドラマで、日本のドラマのような芸能事務所とテレビ局が馴れ合いで作った駄作とはかなり違う。ぼんやり生きている女子供向けに放送される日本のドラマとは異質でハードな大人向けの作品である。

  架空の街 カルフォルニア州チャーミング(元々はレッドウッドRedwoodという地名)アウトローのバイク・クラブが織りなす人間模様と犯罪を描いたドラマで、登場人物がそれぞれ一癖も二癖もあるところが面白い。仲間想いで家族への愛情が深い一方で、必要とあらば殺人も厭わない冷酷な面をもつ。クラブの名は「サム・クロウ( Sam Crow またはSAMCRO)、つまりSons of Anarchy Redwood Originalの略である。

  表向きは修理工場を営むクラブであるが、自由な生活を確保するために銃の密売・仲介を裏家業としている。アメリカ人そして西欧人にとって「自由」とは「財産」の裏付けが必要条件である。アメリカ独立戦争も「イングランド臣民」が有する財産の侵害が原因であり、ゲルマン人あるいはヴァイキングにとって財産と自由は切り離せない。銃の密売をするにあたっての供給先が、アイルランドにいるクラブの友人や同胞である。IRA(アイルランド独立抵抗組織)を思い出せば、武器の密輸入という筋書きにリアリティーがでてくる。

  ドラマの主人公がチャーリー・ハナムが演じるジャクス・テラー(Jackson〝Jax ” Teller)で、若いがクラブの副総裁(Vice President)を務めている。それというのもベトナム戦争から帰還した父親ジョン(John Teller)が創設者であり、復員兵仲間と共に設立したクラブであったからだ。クラブのメンバーが彫っている刺青に特徴がある。ドクロの死神が鎌をもっているが、その刃はM16ライフルに附いているのだ。いかにもベトナム帰還兵らしい。

  ジャックスの母親はクラブの姐御といった感じで、クラブの総裁クレイ・モローと再婚している。子煩悩な母親というより、強い男の情婦といったほうがいい。気が強くて自分の利益のためなら陰謀をもくろむ。登場人物を説明していては長くなるので最後に、ジャックスの親友オピ(Opie)を紹介する。ジャックスとは子供の頃からの友であり、クラブのメンバーであったが疎遠になっているという設定。


クラブ・メンバーの誇り
 

 サムクロウにはいくつか鉄の掟がある。まづ仲間は絶対に裏切らない。自らの生死を伴うクラブへの忠誠を誓うのだ。クラブにとって重要な事柄はテーブルを囲んで各メンバーが是非(Aye or Nay)を示す。こうした議決の光景は古代ゲルマン人のデモクラシーを見ているようである。古代ローマの史家タキトゥス(Publius Cornelius Tacitus)がゲルマニアの蛮族について記述している。


「小事には首長たちが、大事には(部族の)部民全体が審議にたずさわる。」(タキトゥス『ゲルマーニア』岩波文庫 p.65) 
 
  クラブの命運がかかった問題につて取り組む時や行動を起こす時には、各メンバーが納得していることが肝心なのだ。しぶしぶ従うこと、「長い物のには巻かれろ」といった習性を持つ者が集まったらデモクラシーは機能しない。自分の意志が反映され尊重されるクラブには命以上の価値がある。クラブの仲間が自分のすべてであり、他に身を寄せる所がない者たちの忠誠がドラマの中で描かれている。

  第1シーズンのエヒソード5 “Giving Back ”ではクラブを去った元メンバーのカイルがジャックスたちのチャリティーパーティーに現れる。その昔、ある事件でオピと行動をともにしたカイルがオピを置き去りにして逃げてしまい、残されたオピは警察に捕まってしまう。こうした経緯からオピはカイルの姿を見て苦々しく思っていたところ、チャリティ会場の体育館でカイルの肌を見てしまった。クラブのメンバーは脱会したら通常、体に彫った「Sons of Anarchy」の刺青を黒く塗りつぶさねばならない。だが、カイルは未練が残っていたため、入れ墨で塗りつぶし、メンバーの証を消すことをしなかった。その刺青はメンバーだている誇りを示すものである。

  クラブの掟を破ったカイルに制裁を加えるため、ジャックスらクラブのメンバーは彼をある工場におびき寄せた。意表を突かれてたカイルは、クラブの仲間に囲まれ観念してしまう。そこで彼は「炎か刃物(Fire or Knife)」を尋ねられる。苦渋の選択を迫られたカイルは「炎」と答える。そこでメンバーの一人がガスバーナーを手にしてカイルの背中に酒を掛ける。バーナーの炎がカイルの背中を嘗めるように焼き尽くす。背中で肉が焼けただれるシーンは厳しい掟をよく物語っている。カイルは気絶してしまい、病院の前に捨てられて終わるのだ。

  このドラマでのクラブを国家に置き換えてみると、我々にもよい教訓となる。日本に忠誠を誓うことの大切さを現在の日本人は忘れている。日本国民に生まれ、日本の大地で育ち、祖先の血を受け継ぐことへの意識が欠落しているのだ。国家への忠誠が空洞化している日本人だからこそ、国家への裏切りを何とも思わない悖徳の輩が出てくるし、そうした反逆者を処罰しない腑抜けの下郎に成りさがったのである。反日国民には火炙りの刑を科してもいいのではないか。