支那帰化人の子孫 永六輔

  日本も移民の津波に襲われて民族的変質に直面している。世界でも稀な同質民族の立憲君主国だったのに、アジア移民の流入を受け入れてしまったばかりか、国籍までくれている。国籍取得の審査はクレジット・カード審査より甘く、運転免許証取得より簡単だ。運転免許を取るとき大金を要するのに、日本国籍は無料で配られる。こうした杜撰な審理で日本国民になった帰化人に、歴史ある国家の一員たる自覚を求めるほうがどうかしている。簡単に定義すれば、日本人とは日本人の両親から生まれた者である。

  日系日本国民は外国で日本を罵倒されたり、批判されれば反論する。しかし、帰化人がもし外国で我が国を誹謗中傷されたら、いかなる態度をとるのか。国籍をばらまいている日本人は考えたことがない。たとえば、米国で「日本軍は朝鮮女性を性奴隷にした」と濡れ衣を着せられたら、たいていの在米日本人は腹が立って反論したくなるだろう。自分の祖国と祖先を侮辱されて平然としている方が異常である。ただし、外務省官僚は別人種。ワインの銘柄に詳しくても、日本の名誉になるとチンプンカンプン。高等文官試験の秀才は、テストで「日本が好きですか?」という質問がなかったから「愛国心」を知らないのだ。

  しかし、日本語しか喋れれない永住在日鮮人や帰化鮮人、結婚による日本国籍取得の支那人、日比混血児などはどういった態度をとるのか。朝鮮人や支那人なら、日本の朝鮮植民地化や支那大陸侵掠、帝国陸軍による民間人の大量殺戮を喧伝するかもしれない。しかも、天皇陛下に対して微塵も敬意をもたないアジア帰化人は、米国人以上に日本を罵るかもしれない可能性がある。こんな不安がよぎるのは、永六輔と辛淑玉(しんすご)の対談本『日本人 対 朝鮮人』 (光文社 1999年)を筆者が覚えているからである。永六輔は司会業をこなす一方で、著書『大往生』もベストセラーになった有名人である。娘麻里がフジテレビのアナウンサーになったから知っている者も多いと思うが、坂本九の「上を向いて歩こう」の作詞者として覚えている国民が一番多いのではなかろうか。名前から分かるとおり、永六輔は支那人の子孫である。本人によれば、祖先が「上海から徳川家に来た学僧」だったそうで、結婚しても名前を変えなかったという。(「大往生と蛇腹の思想」 佐高信の時代を読む 『サンサーラ』 1995年9号 p.170) 

  江戸時代から続く支那人の家系に生まれた六輔は、どこかに非日本人の意識を持ち続けている。戦争中は疎開先で「永」という姓を持つことでイジメにあったそうである。(p.169)おそらく、近所や学校の子供らが「チャンコロ」や「シナポコペン」などと呼んでからかったんじゃないか。そんなイジメを六輔は「明日は、どうやってイジメられようかな」と思いました、と対談の中で回顧する。普通なら「悔しくって泣きたかった」とか「仕返しに殴ってやろうと思いました」とか答えるだろう。子供の頃から六輔は精神が歪んでいたのだろう。

  作詞家や司会者の分際で、六輔が革新自由連合に参加して参議院選挙に出馬(落選)したり、反権力の政治姿勢をとったりしたのも、出自が日本人でないところから由来しているのかもしれない。しんぶん赤旗を応援し、共産党のイベントに出演したりするのも、マルクス・レーニン主義を研究して共鳴したからというより、どことなく日本人の根源が嫌いという感情が胸の奥底にあるからではないか。「永」という支那名を馬鹿にしてイジメた日本人に対する怨念が、時折ふと心の奥深くで蠢動(しゅんどう)するのかもしれない。

日本に飛来した朝鮮蟲の辛淑玉

  在日鮮人が日本で不届きな事を発言すると、それに激怒・反発する日本人が出てくるのは自然なことだが、そもそも朝鮮人というのは「火病(突発的感情の爆発)」を起こすことで有名だし、嘘でも何でも自己利益になれば発言する恥知らずである。真面目な気質の日本人だと、いちいち激怒・反論する度に疲れてしまう。馬の耳に念仏、鮮人の耳に学問。(筆者の造語)朝鮮人は対等の人間と思う日本人の欠点である。

  在日朝鮮人がどんな屁理屈こねようが、聞く耳をもたずに、「はいはい、そうですか。朝鮮に帰って存分にどうぞ」といえば済む話である。だが、辛淑玉(日本での偽名は「新山節子」)のような在日北鮮人をテレビに出演させ、有名にしてあげる日本人テレビ局制作者が一番悪い。言論・出版の自由がある日本だから、どんな対談本が出ようが仕方ないが、解毒剤を読者に提供しないのは言論人の怠慢である。しかも、永六輔がまるで日本人代表みたいな本なら尚更である。

  永六輔は我が国の歴史的人物かつ英雄を朝鮮人に貶(けな)されても黙っている。永が熊本の歴史的英雄に言及すると辛は、

   「あっ、いやなヤツですよね。」(永六輔/辛淑玉  『日本人対朝鮮人』光文社 1999年 p.27)

と言い放つ。加藤清正は太閤秀吉の重臣で、有能な武将にして築城の名手。熊本城を見学したことがある観光客なら分かるはず。この清正公が朝鮮征伐を行ったことが辛淑玉にとってはシャクに障るのだろう。朝鮮では豊臣秀吉は極悪人のトップに挙げられるから、家臣の清正を肯定的に評価するはずはない。ただ、六輔が一言も日本人の立場から反論しないのだ。せめて「いやなヤツとは何だ。このヨボ! 清正公は我が国の英雄的武将なるぞ」くらい言ってやれ。清正公は豊臣恩顧の大名であり、秀頼の後見人となり豊臣家の存続を切望した忠臣であった。朝鮮征伐では勇猛果敢な戦ぶりに我々は胸がすく思いである。
  加藤清正について弁護反論もしない六輔は、また辛淑玉の罵倒に対して卑屈な態度をとる。六輔が伊藤博文や西郷隆盛に触れると、辛がまた言う、

   「いやなヤツですよね、西郷、伊藤。」 『上掲書』 (p.28)

この発言に対し六輔は「つい最近も関東大震災でご迷惑をかけたり」と謝っている。震災時、朝鮮人を虐殺したというデマを信じていたのである。歴史的事実に無知な六輔は、当時日本に不逞鮮人が多く住み着いていたり、機会があれば犯罪者に変身する平凡な鮮人の危険性があったら、自警団が存在した事を知らなかった。不気味な朝鮮人が共存する当時に、日本の庶民が持つ恐怖感を理解しない支那系日本人永六輔。鮮人を暴漢の群衆から助けたり、哀れな鮮人に手を差し伸べた日本人がいたことを知らぬだ。(中島司 『震災美談』 参照)

  我々が腹立たしいのは、永六輔が維新の元勲たる伊藤博文や西郷隆盛を「いやなヤツ」と言われて反論しないばかりか、大震災で朝鮮人を迫害したことを臭わせたことである。明治維新の英雄、陸軍大将、至誠の人西郷南洲を六輔は何と思っているのか。我が国の初代総理大臣が暗殺されて平気なのか。この支那系人は辛に対して「お前こそ、いやなヤツだ」と言い返さない。こんなヤツが日本人代表面して対談しているのだ。

  我々はここで別の場面を想像してしまう。もしも辛淑玉が昭和天皇や鮮人娼婦について言及したら、六輔はいかなる言葉を発するのか、と。怨念の固まりたる朝鮮人が何と言おうが、外国人の勝手である。しかし、それを聴く日本人は反論すべきで、「お説ごもっとも」などと迎合する奴は売国奴とは言わないが、非国民である。現在の日本人は法務省で外国人が、簡単に日本国籍を取得していることに対して無関心である。国家という大きな家族の一員になっているのに、まるでアフリカかアラビアで起きている他人事みたいに考えているのだ。我々の祖先が噛みしめた苦難や、自慢してもよい栄光を共有しない外人が、日本国民を気取って住んでいることに怒りを覚えない。我々の血管に流れる祖先の血は、国土にも染みている。国家存亡の秋(とき)に蹶起奮闘(けっきふんとう)した英雄が土に還る我が国を愛さない日本人は国民ではない。日本国籍は単なる印刷物にあらず。祖先の命が凝縮された遺産である。


  
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