朝鮮人との結婚は恐ろしい

  朝鮮人と結婚する日本人女性は本当に苦労する。惚れて結ばれたのだから仕方ないが、実家の両親は溜息をつきながら、「何もあんな朝鮮人と結婚しなくったって」と愚痴をこぼしたくなるだろう。せっかく日本人に生まれ育ったのに、よりにもよって朝鮮人を結婚相手に選ぶ日本人は、やはり心が病んでいるとしか思えない。小屋孫が朝鮮系という汚点(stigma)を背負いながら生きていくことに罪悪感を感じないのだ。昆虫だって、みずから進んで蟻地獄に入ったり、蜘蛛の巣に突入しないのに、人間たる日本人が朝鮮人家庭に堕ちていくのだ。朝鮮人と結婚するという過ちを選択してしまった斉藤博子さんの体験を述べてみたい。

  朝鮮人と結婚して家族揃って北朝鮮に渡った斉藤博子さんは、北朝鮮から脱出した経緯を語る手記を発表した。(斉藤博子 『北朝鮮に嫁いで四十年』 草思社 2010年) 北朝鮮での悲惨な暮らしには同情するのだが、ご亭主の家族がすごいのだ。そこに述べられているご主人の家族は、典型的な朝鮮人家庭に思えてならない。いかにも朝鮮人らしい粗暴さと惨めさが、意図せぬ斉藤さんの記述から臭ってくる。

  1958年(昭和33年)福井県の鯖江市に住んでいた斉藤さんは、東洋レーヨンに努める会社員だったが、ダンス練習所で夫となる坂倉正二(通称)という朝鮮人青年と出会う。男女の仲は本当のところ他人には分からないから、どんな経緯で惚れ合ったのかは省略する。恋仲になった正二は斉藤さんを両親の元へ連れて行き、両親に紹介したそうだ。初めて会ったのにもう朝鮮人恋人の家に泊まることになったそうである。初めて紹介された女性に、いきなり泊まるよう進める朝鮮人の親って、やはり朝鮮人は感覚が違う。

  正二と知り合ってからしばらくして、斉藤さんは二人で住むために家を探すことにした。ある貸家を見つけたのだが、旦那が朝鮮人だということで大家に断られてしまった。その大家の息子と正二は中学生の時、同級生だったそうで、よく喧嘩していたから仲が悪かった。それが拒絶の理由だったそうである。それでもなんとか部屋を探したら、そこはネズミが出る貸家であった。毎日多くのネズミが出没する部屋に、2ヶ月ほど暮らしてから正二の実家に引っ越したという。

典型的な朝鮮人オヤジ

  亭主の実家に同居することになれば、何かと問題が起こるのは日本人夫婦の場合でもよくあることだ。しかし、朝鮮人家庭のトラブルはかなり違う。というより、桁違いで異質な厄介事だ。舅、つまり正二の父親が典型的朝鮮人オヤジであった。オヤジがトラブル・メーカーなら、その倅(せがれ)も問題児である。亭主の正二も朝鮮人らしく、仕事が終われば酒を飲みに行くのは当然で、酔っぱらって喧嘩することも度々あったという。しかも正二には兄貴がいてロクでなしの穀潰し。ある時など、正二の給料を取ってどこかに姿を眩(くら)ますこともあった。斉藤さんも呆れたというか、腹立たしかったんじゃないか。朝鮮人は縦社会に住んでいるから、弟は兄貴に逆らえないし、息子は親に服従せねばならない。嫁は下女か家庭内奴隷だ。こんなのは朝鮮で珍しくないが、日本人女性にとったら刑務所みたいなものだろう。

  ある夜の出来事だ。亭主の正二と外出先から帰宅した斉藤さんは、家の中で異変が起きていたことを姑から聞くことになった。斉藤さんが部屋に入ると、そこには酔っぱらって寝ている舅(しゅうと)が居たのである。部屋には酒の瓶が転がり、畳の上には大便があったのだ。(p.30) えぇ何? そう人間の糞。斉藤さんは初めての光景で驚愕したらしい。そりゃそうだ。斉藤さんに気づいた義父は、大きな声を出したり、布団や酒瓶を蹴飛ばしたりしたが、彼女に注意され、おとなしく従ったという。しばらくすると、そのオヤジは着ている服を脱ぎだした。驚いた斉藤さんは、離れの家に籠もる正二を呼びに行った。姑はなぜか畑に隠れていたという。義母は裸で大声を上げているオヤジは、まだ酒が抜けていないから、ダメだと言ってしぶるが、斉藤さんが説得して家の中へ連れて行ったのである。姑と一緒に部屋に戻った斉藤さんは、脱糞の畳を掃除し始めた。しかし、あの酔っぱらいオヤジが大便を踏んだ足で歩き回ったから、糞が畳の目に詰まってどうしようもない。斉藤さんには、大便と小便と酒の臭いが混じって何の臭いか分からない。ただ口の中に唾か込み上げてきたという。

  斉藤さんが一生懸命部屋を片づけていると、酔っぱらいオヤジが目を覚まして起きてきた。そこで姑が「お父さん、恥ずかしくないのかね。嫁の前で裸になって。本当に恥ずかしいよ」と不満をぶちまけた。するとそのダメおやじは、姑の頭に手をかけ、髪の毛をぐるぐると巻いて姑を引きずった。声も出せずに引きずられていく義母を見かねて、斉藤さんは義父を止めに入った。そこへ正二が部屋に入ってきて、舅を押し飛ばしたのである。それでも姑の髪を話さぬ舅の手を叩いたり、つねったりして、やっと手を離したそうである。(p.31) 正二は暴れる父親を外に連れ出し、小屋の柱に縛り付けてしまった。気違いオヤジが大声で騒ぐので、正二はラジオを持ってきて、最大音量にし怒鳴り声をかき消そうとした。縛られたはずのオヤジは不思議にも縄を解いて家の中に戻ってきたのである。斉藤さんは布団を掛けてやったそうだ。

  斉藤さんは姑に事情を尋ねると、舅は酒を飲むといつもこうなると答える。それは、姑が若い頃、友だちの家で遊んでしまい、帰宅が遅くなったとき、親戚の家で遊んだと嘘をついたことがあった。それ以来どうして嘘をついたのか、と酒を飲む度に姑を責めるのだという。そして姑の頭を叩いたり、髪の毛を引っ張ったりするのである。(p.33)まったく、朝鮮人は精神が異常だ。たった一度の嘘を何年も酒を飲む度に責めるなど、朝鮮人の男というのは執念深いというか、人間の器が小さいというか、とにかく日本人なら係わりたくない人種である。

  1961年は運命の年であった。斉藤さんには長女・弥生が生まれており、満一歳になった頃である。あの問題オヤジが突然北朝鮮に帰ると言い出した。ちょうど新聞で北朝鮮が地上の楽園と持て囃されていた時代である。在日朝鮮人の帰国事業が盛り上がっていたから、正二の父親も浮かれて帰国したくなったのであろう。突然家族揃っての朝鮮渡航に、斉藤さんは困惑したそうである。正二は斉藤さんの首に縄を付けてでも連れて行く、と意気込んでいた。弥生と離れて日本に残るわけにも行かなかった斉藤さんは、北鮮行きに同意してしまう。斉藤さんの実家では反対もあっただろうが、本人が決めてしまえば両親は反対できないだろう。かくして斉藤さんは地上の生き地獄、金日成の北朝鮮に渡ることとなった。斉藤さんが北朝鮮に行って帰れなくなって、家から仕送りをしてもらっていたという。しかし、父親が亡くなって仕送りも止まってしまった。やがて彼女は支那から脱北することになる。

  現在では朝鮮人と結婚する日本人女性でも、日本人らしい生活を望めるようになっただろうが、それでも大変だろう。息子や娘が朝鮮人と結婚するなんて、日本人の親は立ちくらみどころか、心臓が恐怖で縮んだり、哀しみで張り裂けそうになるだろう。朝鮮統治時代だって、日本人の親なら娘が朝鮮人ごときと結婚するとなれば、有無を言わさず大反対だった。どうしても結婚したい場合は、駆け落ちか、親子の縁を切って強行するしかない。結婚式に両親兄弟が不在なんてこともあったらしい。一等国の日本人が劣等民族と結婚するのだから、まともな親なら拒絶するのも当然である。しかも、生まれる孫が朝鮮人になるのだから、尚更反対したくなるだろう。朝鮮人の家庭に入って、我が子が奴卑扱いでは、日本の士族だったら伝家の宝刀をもって殴り込みをかけてしまう。朝鮮人を日本から排除する必要があるのは、日本人の親が安心して子供を育てられる環境を作るためである。どこに在日・帰化朝鮮人が潜んでるのか分からない環境では、親は不安で子供を自由にさせられない。一般国民は朝鮮人排斥を極端な右翼思想とみなすが、安全な社会を維持するためには、社会の汚物処理を誰かがしなければならないのである。外来種動物による被害は、何も農作物だけとは限らない。一戸建て住宅だってノミやシロアリ駆除のために家ごと薫製消毒するだろう。社会も朝鮮人駆除をせねばならないのだ。



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