フェルキッシュ理念を掲げるドイツ人

Nordic Beauty 12











  ドイツ人がどんな理想を持とうとも、独立したドイツ国民の自由である。ちょうどイスラエルのユダヤ人が、独自の信仰を表明しても、外国人が禁止できないのと同じだ。ユダヤ教徒はキリスト教徒がモーゼの五書や預言書などを「旧約」と呼んでも平気だ。遠く離れたヨーロッパの異教徒が、どんなに戯(たわ)けたことを口にしようとも、家畜どもだから放っておけ、と言うだろう。だから、ドイツ人が自分の種族を如何に賞賛しようが、ドイツ人の勝手。カラスが啼いても、誰も文句をつけないじゃないか。我々だって、カザフスタンやタジキスタンのイスラム教徒が、どんなに民族賛美を叫んでも知らんプリ。その国がどこにあるかも全然わからない。「南米にでもあるの?」と聞く者だっている。そもそも、興味が無い。それがどうした? どうでもいい。あっ、うちのワンちゃんに餌をあげる時間だ ! 亭主の晩御飯より、愛犬の食事の方が大切な主婦もいたりして。

  ユダヤ人がナチ・ドイツを憎むのは、「迫害や虐殺を受けたから」ってだけではない。実はユダヤ人が心底ゲルマン人に憧れを抱いていたからだ。ナチスから出て行けと言われても、美しい容貌のゲルマン人が忘れられなかった。片思いの相手に肘鉄を喰らっても、惚れた女を付け回す、ストーカーの心理をもっていたのだ。ユダヤ人はある意味、執念深い変態民族である。長いヨーロッパ史の中で、迫害されながらも、居候の身に甘んじてきた。寄生民族と呼ばれる所以である。ユダヤ人に優秀な人物が多かったのは確かだが、もし彼らが北アフリカで暮らしていたら、今のような多彩な才能を発揮する民族になっていなかっただろう。ユダヤ人は独自の文化がつまらない。ユダヤ文化なんて陰鬱で内心嫌でたまらないのだ。ヨーロッパ人は明るく美しい。活発で自由な発想が許される社会に住んでいる。ユダヤ人女性など、西歐貴婦人や活動的な若い娘がうらやましい。だから、信仰を棄てたユダヤ人は、息が詰まるようなユダヤ社会に二度と戻りたくないのだ。よく「ボロを着てても、心は錦(にしき)」と日本人は歌う。ユダヤ人だって、外見はユダ公でも、心はヨーロッパ人になったつもりでいたのである。

  ナチ党が台頭する前のドイツ文化をちょっと考えてみたい。日本人はドイツに突如としてナチスが出現し、全体主義国家にしてしまったと考えがちだ。学校の授業では、皇帝ウィルヘルムの帝政やワイマール共和政の時代は、学期末に近いからスキップだろう。第三帝国以前の社会に於ける風潮や風俗は謎のままである。何から何までヒトラーが拵えたと考えるのは無茶だろう。人種に関する議論に関して言えば、当時、北方種族(Nordic Race)再考が流行したのである。北欧世界の復活が人気を博していた。この流行を理解しないと、ドイツ・ナショナリズムが分からない。ナショナリズムが国民に浸透するには、まづ国民とは何者かをはっきりさせないと、大衆は国民主義とは何かを把握できない。肝心なのは、大衆の心を掴むような物語でなければならない。小難しい学者の講義ではダメだ。

  国民国家運動を展開する上で、キリスト教は重要かもしれないが、少々役不足の感が否めない。ドイツの国家統一は英国や仏国に後れを取ったが、鉄血宰相ビスマルクの手腕もあって見事に達成された。それというのも、ドイツ人は人種的に均質な民族であったからだ。日本だって戊辰戦争があっても、日本人だけの民族だったから、国内統一が短期間で達成されたし、国民意識の涵養が容易だった。ドイツ人が国民意識を高めて、強靱な国家体制を築くには、その中核となる理念が必要だろう。民衆を団結させるような信念や理念を探したら、古代ゲルマニアにあったのだ。勇敢で偉大なゲルマン戦士がいるじゃないか。ドイツ人の理想は古代ゲルマン人だ、と胸を弾ませた。そこで、キリスト教に改宗する以前のゲルマン民族をドイツ国民の理想像とするわけだ。「キリスト教じゃダメなんですか?」と訪ねる人もいるるるだろう。蓮舫が言えば、拳骨一発喰らわせて、「アホ」と言いたいところだが、良い子もいるだろうから、お答えしなければ。

日本の信仰と似ているゲルマン宗教

  キリスト教は輸入信仰で、中東アジアの新興宗教である。同じ神様を崇めるユダヤ教と表裏一体であった。もちろん、ユダヤ教徒は大工のヨフセフと妻のマリアとの間に生まれた倅(せがれ)、イエズスを天主(God)の息子とは絶対に認めない。ユダヤ教徒は、イエズスをしばしば「あの男」と、吐き捨てるように呼ぶ。全世界を創ったロゴス(言葉)が受肉(incarnation)したなんて、バカらしいというより、天主(ヤハウエ)への冒瀆である。だからユダヤ教徒は使徒である聖ステファノを投石で殺したのだ。(使徒言行録7章54-60) 聖パウロ(元の名はサウル)に至っては、ユダヤ民族の裏切り者である。この新興宗教がローマ帝国で急速に広まって、国教にまでなってしまった。そしてカール大帝の時の強引な布教でゲルマン人もキリスト教徒になったわけ。

  じゃあ、それ以前ゲルマン民族は、何を拝んでいたのか。彼らはヴォーダン神とかトール神とかの超自然的神々を崇拝していたのである。ヴォーダン(オーディンWodan/Odin)とは、北欧神話で主神と位置づけられ、戦争の神とか死を司る神と信じられていた。 アース(Æsir)神族の最強神トール(Thor)とは雷神で豊穣をもたらすと信じられていたから、農民が好んで拝んでいた。ちなみにウォーダンが水曜日(Wednesday)、その妻フリッグ(Frigg)が金曜日(Friday)、トール神が(Thursday)のもとである。また、我が国の皇室と同じような王統神話を持っていた。有名な英国の修道士ベーダ(the Venerable Bede)は、ブリテン島を征服したヘンジスト(Hengist)とホルサ(Horsa)の出生を伝えている。このサクソン人兄弟は、ヴィクトジル(Victgilsus)の息子であり、この父は、ヴィタ(Vitta)で、ヴェクタ(Vecta)の息子。そしてヴェクタはヴォーダンの息子であるから、ヘンジストとホルサは神様の子孫になる。昔は、ゲルマン諸部族の王様は、たいてい神々の子孫であった。それが、キリスト教に改宗したため、王様は古来の神々と縁が切れて、ローマ教皇臨席のもと、地上に於けるキリストの代理者として承認してもらうことになった。戴冠式で聖なる統治者に任命してもらわないと困る。これが教皇と揉めたときに問題となってしまうのだ。色々説明すると長くなるので以下省略。

  当時のドイツ民族主義者の間では、ローマ人に征服される前のゲルマニアが注目された。タキトゥスの『ゲルマニア』は、ロマン主義者の聖典となったのだ。古代ゲルマン世界の勃興は、キリスト教への不満が根底にある。ナショナリズムを強化しようとするためには、キリスト教はパンチに欠けるし役不足なのだ。ドイツ人の魂を掴んで揺り動かし、郷土愛を鼓舞する情熱をもっていない。イエズス・キリストとドイツ人が血と肉で繋がっていないのである。いくら聖餐式でキリストの血と肉を象徴するパンとワインを口にしても、自分の血管に流れるゲルマン人の血が熱くならない。ドイツ人には戦場で心臓が激しく鼓動し、祖国への愛が昂揚するような起爆剤が必要なのだ。ナチオ(生まれ/種族)はゲルマニアの地からであり、パレスチナにあるイェルサレムでは発生しない。イエズスよりもヴォーダン神やトール神の方が、より身近に感じるわけだ。ベツレヘムで生まれたユダヤ人よりも、ドイツ人のご先祖が信仰していた神様だし、自分たちの肉体が神話から由来すると考えた方が楽しい。だから、ドイツ民族主義(Völkische ideologie)の提唱者は、北欧神話を題材にして、ゲルマン戦士の英雄物語を創作したのである。

  当時最も影響力のあった人種理論家はヒューストン・S・チェンバレンであった。ヒトラーも彼に心酔していたくらいだ。チェンバレンはローマの政論家タキトゥスが、ゲルマン人の人種的純粋性を確証していると思えた。人気の聖典『ゲルマニア』は、当時のゲルマン部族が如何なる身体的特徴を持っていたかを記している。

  ゲルーニアの諸族は、何ら異民族との通婚による汚染を蒙らず、ひとえに本来的な、純粋な、ただ自分みずからだけに似る種族として、みずからを維持してきたとする人々の意見に、たくし自身も同じるものである。このゆえにこそ彼らはその人口のあのような巨大さにもかかわらず、身体の外形が、すべての者たちを通じて同一なのだろう。鋭い空色の眼、黄赤色(ブロンド)の頭髪、長大にして、しかもただ強襲にのみ剛強な体軀。(タキトゥス 『ゲルマーニア』 泉井久之助 訳 岩波文庫 1979年 pp.40-41)

  心ときめくような理想の肉体を持っていたゲルマン人を発見してドイツ人は大満足。イタリア人なんか、いくらローマ人の末裔だと吹聴したって、ゲルマン人のような立派な体格を持っていないじゃないか、と言える。素晴らしい藝術が花開いたルネッサンス期を、ドイツ人が創造できなくっても、「俺たちには美しい肉体があるし、ローマ人に負けない精神や美徳だったある」と自信を持つことができた。ドイツの新宗教を構築すべく、民族主義の思想家は歴史的な教訓や実例、類推を引き出そうとした。そうして、古代ゲルマン人の美徳を自分たちも保持していると宣伝したのである。一般国民に英雄的な精神を注入するため、過去の話を現代風に変形させたりしたのだ。

  フェリックス・ダーン(Felix Ludwig Julius Dahn)の『ローマへの闘争(Kampf um Rom)』は、爆発的人気を博した。ケーニッヒスベルクの歴史学教授であったダーンは、古代ドイツ史を研究していたから、民族と祖国に対する熱狂的情熱に溢れていた。異教を警戒したカトリック教会が、ドイツにおけるヴォーダン信仰の復活について、ダーンの責任を追及する事態までになった。(ジョージ・L・モッセ『フェルキッシュ革命』 柏書房 1998年p..102)
彼にとって、古代の信仰や神話、神々が原始的力と真正さを供給する、汲めども尽きぬ水源となった。ドイツ民族主義のイデオローグたちは、古ゲルマン人が使っていたルーン文字や太陽を表す鉤十字、北方人種の故郷とされた伝説のミットガルトなどを持つ出してきた。いわば新たな教典の作成みたいなもんだ。

Arno Breker-1German God Freyr_artGerman god OdinFelix Dahn








(左: アーノ・ブレイカー製作の彫像 / ゲルマン人の神フレイ / ゲルマン人の神オーディン/ 右: フェリクス・ダーン)

  太陽崇拝の起源は一般的な説明によれば、霧が深い北方の住民は、太陽に対する自然な憧憬を表明し、太陽は彼らにとって光と希望、宇宙(コスモス)の概念的中心を表しているという。太陽が雲から出てきて、人間の心が喚起に満ちた勝利に輝く。太陽の回帰は不撓不屈の永遠なる再生に他ならない。そして、キリストを太陽神に、処女マリアをアーリア人の母に変形させる。聖書と同じで、キリストを光の子としても不思議ではない。西歐人は日本人と似ていて、太陽崇拝をしやすい民族である。森の中を歩くと、葉が生い茂る木々の間から、日差しがこぼれてくるから、信仰にもそうしたイメージが応用されるのだ。クリスマス・ツリーだって、ゲルマン人の巨木信仰から由来しているし、イースターもゲルマン人の生命復活信仰が元になっている。ちなみに、中東アジアやインドなどでは、太陽は憎しみの対象だ。焼け付くような熱を発する天空の炎だから、人々は有り難いと思わない。トルコの旗を見ても分かるように、沙漠の民は夜の星や月の方がよっぽど好き。日本の「日の丸」を国旗のデザインにはしないのである。

  日本人にとって興味深いのは、ドイツ的魂の奥底には、樹木と大地への古代信仰が息づいている。北欧の神話はキリスト教と違う世界観を持っていて、北欧神話ではユグラシル(Yggdrasill)という巨大な木が世界を体現していた。キリスト教以前の古代ゲルマン人は、意外なくらい日本の自然崇拝と似ているのだ。たとえば、山奥に建てられた日本の神社には、いつ頃植えたかも分からない古い巨木があり、その幹にはしめ縄が掛けられている。鬱蒼(うっそう)とした森のイメージを大聖堂に取り入れたドイツ人は、日本の大地で育った木材を使って建てる神社に共鳴する。森に住んでいた古代ゲルマン人も、木造の神殿を作っていたが、キリスト教へ改宗したから、ローマ風に石で聖堂を建てたのである。改宗していなければ、伊勢神宮のような神殿が存続していたかもしれない。

  巨大な樹木に畏敬の念を抱くゲルマン人は、大地に潜在する自然のエネルギーを巨木の根が吸い上げて、枝や葉に送り出し成長するイメージを抱くのだ。ドイツ人の人種理論家は、ドイツの大地に根を張るアーリア人種という理想をもつ。ヴィリバント・ヘンチェル(Willibald Hentschel)は、ドイツにおいてダーウィン主義を広めたエルンスト・ヘッケルの弟子で、化学や生物学、農学を修得していた。彼は人類史に関する分析の中で、古来の民族が持つ独特な力に注目した。ヘンチェルは、自然のエネルギーを蓄積するゲルマン種族を心に描いたという。古代から続くゲルマン種族は、濃縮された潜在能力を持つのだ。彼はこう述べる。

 人種とは充電であり、ダイナミックなもので、人種の純粋性を向上させることによって維持され、高められなければならない。人種の内部でさえ、最も有望な血統を奨励し、劣等なそれは置き去りにされるべきである。諸人種が混淆したことから生まれたのではないアーリア人は、血管を流れる高貴な血の質を自ら確保せねばならない。アーリア人の貴族と戦士は、これまで常にそうであったように、淘汰と選抜的な生殖によって形成されるべきなのである。(モッセ p.155)

  ヘンチェルは当時のゲルマン種族の状態を絶望視していた。社会進出で女性が出産を控えるようになったし、大自然に暮らす大家族が理想ではなくなっていたのである。人種衛生学の起源とは、如何に国家の基礎である人種を強靱化して高貴な血統を維持するかにかかっていた。帝国主義時代手では、優秀な人材を育成しなければ、熾烈な競争に勝てないから、そうした焦りは理解できる。アーリア系人口の減少を憂慮したヘンチェルは、真にゲルマン的な入植地(colony)まで提案したのである。この入植地は「ミットガルト(Midgard)」と名付けられ、そこはアーリア人種が由来するという伝説の地である。ヘンチェルによれば、ドイツ人を近代の腐敗的影響から護るには、このような形で分離しなければならない。健全なドイツの農村だけが、民族の発展に必要な刺戟を与えるのだ。したがって、ミットガルトは農村につくらねばならぬ。

  ミットガルト建設は祖先の純粋性を喚起しようと試みるものであった。そこでは選抜的人種繁殖が考慮されたるという。ヘッケルは一夫多妻まで制度化しようと提唱した。入植者の指導者層が誰と誰が結婚するかを決めるそうだ。これはやり過ぎだろう。個人の恋愛感情を制禦するなら、こんな計画は絶対に失敗する。ミットガルトは、アーリア人種の生得的美を主張する人種理論を基盤としていた。アーリア人は金髪で完璧に均整のとれた人種である。かくて外面的な美は精神的美を反映するという。アーリア人種の肉体を賛美し、肉体崇拝を奨励した。ヘンチェルによると、どんな衣服も神の贈り物である肉体を人から疎外し、その結果内的な均衡を破壊する。アーリア人種の美は、本物の美であるから、裸体でなければならない。(モッセ 上掲書 .158) ドイツ人は古代ギリシア人のように、裸こそが最高に美しいと思っていた。ちょっと中東のアラブ人やユダヤ人には無い発想である。

醜い肉体を持ったユダヤ人

Jew type 6nordic woman 1







(左: 映画の中でのユダヤ人 / 右: ゲルマン系の女性)

  ドイツ知識人の思想によれば、敬虔なキリスト教精神に満ちたゲルマン人の土地で、キリストを否定する宗教のユダヤ人は異邦人(エイリアン)である。ユダヤ人は手に負えない悪意に満ちたプロレタリアートの縮図であった。純粋で真摯なゲルマン人と違い、ユダヤ人の魂は愚鈍で物質的なものであった。ゲットーから解放されたと言っても、ユダヤ人の性質や肉体が変わったわけじゃない。それに、ゲットー内には、まだまだ大量の東欧ユダヤ人が存在していたのである。作家のレオ・ヘルツベルク=フレンンケル(Leo Herzberg-Fränkrel)や、ジャーナリストのエミール・フランツォース(Karl Emil Franzos )は、自らの過去と絶縁し、過去を軽蔑することさえあった。よほどユダヤ人であることが忌まわしかったのだろう。

  ユダヤ人の身体的特徴はゲルマン的美の理想と対照的であった。短足で歪んだ体型、大食で好色な肥満体、そして「ユダヤ人の鼻」が挙げられる。これらが北方種族の均整がとれた体型と比較されたのである。ナチ政権前なら、ステレオタイプのユダヤ人はグロテスクだが、滑稽な姿に描かれていたのに、ドイツ民族主義では、ユダヤ人は脅威となっており、ドイツ人を奴隷にするかもしれない邪悪な異邦人と描かれた。ユダヤ人はサタン、金髪のゲルマン人種への侵入者であり汚染者であると定義された。ユダヤ人は醜く、髭をはやしていて、長い上着をまとっている。ユダヤ人の血を混入することでアーリア人種を堕落させる。

  通婚によって人種が汚される事への不安は、セックスや愛に関連した強迫観念となった。ニュルンベルク法はユダヤ人がキリスト教徒の家政婦を雇うことを禁止した。金持ちのユダヤ人がアーリア人の召使いを手込めにするかもしれないと考えたからだ。ユダヤ人と言えば、株式取引屋、肥満した銀行家、資本家の象徴だ。こうした決めつけはもちろん否定されるべきだろう。また、異なる宗教間の非難合戦は決着がつかない論争である。ユダヤ教は邪悪だとか、キリスト教徒こそ残忍だと批判しあっても、宗教的無関心が到来するまで収拾がつかない。異質な民族同士の争いはなかなか解決しないものだ。ドイツ人がどうしても、ユダヤ人の民族性や、性格、慣習、文化が嫌いなら、ユダヤ人は荷物を纏めてパレスチナに帰るしかないだろう。ユダヤ人だって、自分の姿を鏡で見れば、諦めがつきそうなものだが。しかし、パレスチナでの生活は苦しいから、嫌われてもドイツに留まりたいというのが、ユダヤ人の本音だろう。

  しかし、どうしても不思議なことがある。ユダヤ人学者はナチスの人種理論をこてんぱんに非難するが、ユダヤ人の身体は実際どうだったのか。ユダヤ人学者はナチのアーリア人優越論を徹底的に批判するが、ユダヤ人はなぜ対抗手段を取らなかったのか? ドイツ人から馬鹿にされたのなら、アーリア人を茶化した風刺画を出版したり、ユダヤ人の身体を賞賛する彫像や絵画を作成したりすれば良かった。また、ユダヤ人の理想的身体を宣伝すれば、ナチ・ドイツ側に反撃を加えることが出来たのではないか。ドイツ側では、アルノ・ブレーカー(Arno Breker)がゲルマン人の理想美を追究して、多くの彫像を製作していた。古代ギリシア彫刻を思わせる、凜々しい大理石のゲルマン戦士やアーリア人女性を創作していたのである。ユダヤ人にも芸術家がいたが、彼らは抽象画や醜い油絵しか製作しなかった。

  ユダヤ人にとって美術は苦手であった。ハインリッヒ・ハイネやカール・マルクスを見れば分かる通り、ユダヤ人自身が「ユダヤ的身体」を嫌悪していたのである。ドイツ人のみならず西欧人一般から、ユダヤ人は一方的にその肉体を馬鹿にされていたのである。これは学問を積んだり、体育で矯正できるものではないからだ。いくら優秀な科学者でも、ユダヤ人とゲルマン人が結婚して、子供が生まれた場合、ユダヤ人的特徴は遺伝しない、と断言できなかった。ユダヤ人の「大きな」鼻あるいは「鉤(カギ)」鼻が混血児に遺伝しないと保証できないだろう。それに、東方ユダヤ人の毛深い身体や黒い髪が、金髪碧眼というドイツ人の肉体的特徴を消去してしまう危険性があった。ユダヤ人遺伝学者ならこれも否定できない。ドイツ人を心底憎んでいるユダヤ人科学者でも、生物学的事実は曲げることが出来ないのだ。ヒトラーによる罵倒で一番こたえたのは、身体を攻撃されることであった。正直なユダヤ人は、「そうだよな」と独り言をつぶやくしかない。

  現在だと、歐洲ではヒトラーやナチズムにつして議論することすら、法律で禁止されている国がある。ナチズムを子供たちに教えるなら、タブーをつくらず、良いところと悪いところを説明しなければ、歴史の真相が分からない。ヒトラーの思想を肯定することが悪いなら、その全面否定だって悪いだろう。ヨーロッパ人は、ユダヤ人に遠慮することなく、淡々と事実を教えればいいんじゃないか。自分たちの歴史は自分たちの目と魂で学ぶのか正道だろう。


人気ブログランキングへ