別れて暮らすのは当然

  2月11日の産経新聞に掲載された、曾野綾子のコラムが話題になった。彼女の外人労働者輸入に関して、筆者は批判したが、彼女の「アパルトヘイト」への見解には少しだけ賛成する。朝日新聞をはじめとする左翼メディアの曾野氏批判は、安倍政権への攻撃が目的だから、人種隔離政策への反論は付け足しの意見だろう。曾野氏を安倍首相に何とか結びつけようとする意図が透けて見える。ただ、本当に怒って批判している脳天気もいるので、現実を教えてあげないといけない。本来は、日本政府の仕事なのだけど。

  欧米新聞に雇われる日本人社員って、どうして低脳リベラルが多いのか、面接でわざと扱いやすい人物を選んでてるのかもしれない。マスメディアの主流がピンク左翼だから、同類を採用しているのだろう。アメリカの有名新聞に「ハッフィントン・ポスト」がある。ギリシア移民のアリアナ・ハッフィントン(Arianna Huffington)が創設した会社で、時流におもねる性質の報道機関である。ハッフィントン自身が、保守派からリベラル派に揺れ動いたのだから、当然なのかもしれない。ちなみに、彼女の亭主マイケルは両刀使いだった。彼の子供を産んだのに、アリアナは夫からホモと告白されて、大ショック。まさか。人生色々。男も色々。上り坂だって、帰りは下り坂。渡る世間はホモだらけ。(あっ、鬼でした。)亭主の浮気相手が男なら、二重のショックだろう。彼女が共和党から民衆党に鞍替えしたっていいじゃないか。大目にみてあげよう。話を戻す。日本進出にあたり、彼女の新聞社は朝日新聞と提携した。同類の臭いがしたのだろう。

  ハッフィントン・ポスト現編集長の高橋浩祐(こうすけ)が、曾野氏のアパルトヘイト発言に意見を述べている。ただし、高橋氏は元朝日新聞記者だから、左巻きの頭はしょうがないのかも。彼は曾野氏が「人種差別撤廃の長年の世界の努力」に背いたので、「時代錯誤」と感じたそうだ。(「時代に逆行する曾野綾子氏のコラム、多様な民族を受け入れる姿勢こそが日本に必要」 『ハッフィントン・ポスト』紙 2015年2月17日)高橋編集長は、曾野氏を安倍首相の「長年のブレーンと目される」知識人、と紹介している。「誰が」そう「目している」のか? 安倍首相を引きずり下ろしたい、左翼どものことを明言しない。こういうところが朝日的。それに、安倍首相と親しく話せば、彼のブレーンになってしまうのか? 勝手な解釈だ。

  この程度の知能しか持たない人物でも、新聞社の編集長になれてしまうのだから、マスメディアって世間離れした業界である。高橋氏は、曾野氏のような知識人が世に問うべきことは、「多種多様な文化や習慣を受け入れ、共存共栄を目指す『ダイバーシシティ』ではなかったか」と述べている。いゃー。「パッパぱらりら、ピーヒャラ、ぴーひゃら、ホンポコぽん」と歌いたい。「多種多様な文化や習慣」って、分かっているのか、高橋さんよ。具体的に言ってみな。まさか、ウィーンのお洒落なカフェで、マイセンの高級カップに、カプチーノでも注いで飲むのが、多文化主義の一例なんて言ったら、口に手を突っ込んで喉チンコ引っ張るぞ。異質な習慣を持った外国人が集まって、みんな仲良く和気藹々(わきあいあい)なんて、発言するだけでも恥ずかしい。高橋氏は、「日本に定住するひとり一人が暮らしやすい社会を実現するため、日本人こそがその閉鎖性を打ち破り、自ら変わる必要がある」と説教している。ならさぁ、古巣の朝日にゴロゴロいる偽善者に言ってみなさい。いくら朝日社員でも、せせら笑って現実を教えてくれるよ。朝日の社長や重役、論説委員が、高圧的で閉鎖的集団の代表格なんだから。重役室でふんぞり返っている経営陣に、うわ目使いのヒラメ社員ばかりじゃないか。高橋氏は朝日の元同僚に、同社の自己改革を提言できるのか? 建前論にはうんざりだ。

黒い都市デトロイト

  さて、バカは放って置いて、現実世界を論じてみたい。南アフリカを語る前に、多人種・異民族が混在するアメリカ社会を見てみよう。異人種混在の失敗例は、なんと言ってもミシガン州デトロイトであろう。昔は、自動車が基幹産業で、とても活気があった。しかし、以前は羽振りの良かったデトロイトも、今じゃ破産宣告を行って最貧コミュニティーへと転落。破産管財人のケヴィン・オア(Kevin Orr)は、デトロイト市の負債は170億ドル以上だろうと見積もった。しかも、GM(ジェネラル・モーターズ)が巨額の赤字を抱えて、政府の支援を仰ぐ羽目に陥ったのだ。デトロイトは斜陽産業と一緒に沈んでしまった。市内の至る所で、空き家とか破損した家屋、寂れたビルが無残な姿を晒している。アメリカに突如ソマリアが出現したみたい。人影がまばらになった街は、さながらゴースト・タウンだ。いや、幽霊だって、スコットランドに引っ越すだろう。だって、少なくともお城で暮らせるじゃないか。それに、ご主人様が白人だから、一緒に住んでいて気持ちがいい。デトロイトじゃ黒人ばかり。幽霊だって“カツアゲ”に逢いそうだ。

  デトロイトの荒廃とは、いったい何が原因なのか? ズバリ言えば、黒人だらけが問題なのだ。もちろん、経済的要素も大きい。アメリカの大手自動車会社が、低燃費車や洗練されたスタイルのクルマを生産しなかったから、販売数がドイツ車や日本車に抜かれてしまった。1980年代にヘレン・ベントリー下院議員などが、日本車の価格が不当にダンピングされたとか言ってケチをつけていたのを覚えている。ところが、アメリカ人高額所得者は、アメ車に見向きもせずドイツの高級車を購入していたのだ。大きいばかりで燃費を考えないアメリカ車なんて、趣味の悪い下層のバカしか買わない。大型車の方が利幅が大きいので、GMやフォードは小型車開発の技術革新を怠っていたのである。売上げ不振で傾いた自動車工場では、レイオフや解雇が行われて、白人労働者は街を去ってしまった。

  市内に残ったのは、黒人やヒスパニックといった有色人種ばかり。教育水準が極めて低くて下品。努力するのは犯罪の時だけ。向上心・克己心などはゼロ。黒人少女は勉強せずに、異性の方に夢中で、学期中に出産休暇をとる始末。学校に育児室があるなんて、日本人なら呆れてアゴが外れてしまう。黒人少年にとり、明るい未来といったら、バスケット・ボール選手になるか、ギャングのボスになるかしかない。学校は教育施設と言っても、少年院みたいな収容所か、良くて更正施設だ。校則がモーゼの十誡なんだから。ところが、その「汝殺すなかれ、汝盗むなかれ」といった誡律だって怪しい。入り口には金属探知機が設置されて、武装した警備員が睨みを利かせているのだ。拳銃やナイフは持ち込み厳禁だって。黒人は何しに学校へ来るんだ? 数学や物理は有名無実の教科。そもそも存在するのか? 英語さえまともに書けない生徒がほとんどなのに。こんな子供が帰るねぐらは、母子家庭。母ちゃんは子供の躾より、知らない男とのセックスに励んでいる。父ちゃんは刑務所という別荘暮らし。檻(オリ)に入っていなけりゃ、マフィア、ヤクの売人、殺人犯、または、地獄で順番待ちの罪人か、のいずれかである。失業者くらいならマシな方だ。

  黒人が多い地域の不動産価値は低い。黒人が住んでいるだけで、景観の印象が悪く、並木道や花壇があっても、不快感が湧いてくる。商店街は下層民向けのファスト・フードくらいしかない。黒人って、なぜかチキンをよく喰っている。それに店内で、白人は黒人がウンコをした後の便器には坐りたくない。いろいろ理由があるが、とにかく、高額所得者で教養の高い白人は、有色人種と隣り合って暮らしたくないのだ。そこで、街に黒人や南米人、アジア人が増えてくると、「白人の逃亡(white flight)」が起こる。都市から白人が郊外へ移住してしまう。こうした白人の逃避を示す具体例が、1967年7月23日に勃発したデトロイトの黒人暴動である。当時、たいへんな騒ぎとなった暴動で、白人警察官が賭博場を兼ねたもぐり酒場(speakeasy)に踏み込んだことがキッカケであった。(Gary Younge, The Detroit riots of 1967 hold some lessons for UK, The Guardian, 5 September 2011) 警察官のほとんどが白人で、取り締まり対象のが黒人という時代背景を、頭に入れておかないと理解できないだろう。ガサ入れ捜査が問題なのではない。つね日頃、さまざまな点で差別を受けてきた黒人の怒りが爆発したのだ。その酒場があるクレアモント通りの周辺は、黒人居住区であったから、白人警官による殴り込みに思えたのである。黒人にとったら、捜査と襲撃は同義語だ。

  建設的努力が苦手な黒人でも、破壊活動となれば爆発的能力を発揮する。事件発生現場周辺では、暴動による放火で炎が上がった。夏祭りの花火みたいに、黒人は暴れるとき炎が無いと元気が出ないらしい。建物や商店には黒人暴徒が押し入り、商品や備品を掠奪していった。またもや、黒人お得意の窃盗行為。彼らにとっての「感謝祭(Thanksgiving Day)」なんだろう。警官に抗議する目的なのに、無関係な商店を襲うのは筋違いだ。抗議デモは強奪のゴーサインじゃないぞ。炎を見るとアフリカ人の本能が、目覚めるのかよく分からない。ただ黒人が普段欲しくても手が出ない高級品に目が眩(くら)んだことは確かである。高級酒、カラー・テレビ、Hi-fi音響機器などぶんどった。(On gaurd, specter of backlash, Life magazine, August 4, 1967 Isuue) まともな手段では手にできない品を、どさくさに紛れて盗めたのだから、暴動は楽しく有益だ。バーゲン・セールより魅力的。黒人暴徒は文字通り暴れ放題で、市の警察官も奮闘したが、どうにも埒(らち)があかない。8,000名の州兵を以てしても鎮圧できなかった。

  そこで、ジェローム・カヴァナー(Jerome Cavanagh)市長とジョージ・ロムニー(George Romney)州知事は、ジョンソン大統領に軍隊派遣を要請した。さそく第101・第82空挺師団が登場。しょせん暴徒など、百戦錬磨のプロ軍人の前では、単なる野良犬以下。彼らの多くはベトナム戦争から還ってきたヴェテラン兵であった。この黒人暴動は5日間も続いたのである。死者43名を出し、建物412棟が全焼して、被害総額は4500万ドルに上ったという。破壊された一部は再建されなかったらしい。当時の「ライフ」誌によれば、91パーセントの人が強盗の恐怖に怯え、93パーセントが引っ越したいと考えていた。事実、白人はつぎつぎと街から消えていったのである。

  不満のガスが引火した社会背景には、根深い人種差別が横たわっている。1940年代から1950年代にかけて、南部から大量の黒人がデトロイトに移ってきた。自動車産業で景気が良かった大都会でも、黒人差別の現実は動かし難い。警察官は圧倒的に白人だったから、黒人に対する扱いも荒かったし、対応する役所も冷たく、白人の自警団は黒人をドヤ街に押し込めた。だから、貧困地区は黒い住民で押しくらまんじゅう状態。黒人が自宅を持とうにも、銀行がお金を貸さないし、貸してくれたって利子が高い。お金を貸す方だって、相手をよく確かめてから貸すだろう。そんなの常識。だから、黒人は貧民用公営住宅暮らしを選ばざるを得ない。何しろ白人は、自分たちの地域に黒人が寄ってきたら、猛烈に反対する。生理的拒絶反応だから仕方ないのかも。現在なら、大問題になってしまうが、当時は「我々の白人コミュニティーには白色住民を欲す(We want white tenants in our white community)」といった看板まであった。当時のディアボーン市長は、「ニグロはここに入ってこれないんだ。・・・ここの住民はアラバマのあんたらよりも、カラー・ブラインドに反対なんだ」と「モンゴメリー・アドヴァイザー」紙に自慢していた。(Isabel Wilkerson, The Warmth of Other Suns, Random House, New York, 2010, p.378) 住宅地ばかりか、ホテルでも黒人は拒否されていた。白人専用の席に坐ったことで有名だったローザ・パークス(Rosa Parks)が、デトロイトに移住してきたとき、ダウン・タウンのホテルから門前払いを受けた。ホテルの格式が落ちてしまうからだ。彼女はそこを諦めて、ガーフィールド・ホテルに泊まったという。

城塞化のコミュニティー


  黒人が入って、白人が出る。これが現実の住宅事情だ。いくら討論会で人種平等や差別撤廃を議論したって、人間は自分の生活を第一に優先する。普段は高邁な意見を述べているリベラル白人だって、私生活は黒人が近づけない高級住宅地に豪邸を所有していたりする。テレビの人気キャスターだって、局の重役同様、美しい自然に囲まれたカントリー・ハウスを持っているのだ。リベラル白人の代表格たるクリントン夫妻がいい例だ。貧乏黒人が多いアーカンソー州で、若くして知事を務めていたビル・クリントンは、黒人に同情的なそぶりを見せる。本当は、セクシーな白人女との情事が好きなのだが。選挙のためには、無知で太った黒人オバチャンに抱きつかれても、嫌な顔せず笑顔で対応できる。大統領になって白亜館に住んだ後、アーカンソーに戻らず、ニューヨーク州のウェストチェスター郡にあるチャパクァ(Chappaqua)に邸宅を購入した。このベッドフォート・ヒルズにある豪邸は、高い塀で囲まれていているから、リスや小鳥なら入れるが、黒人やヒスパニックは外から覗くことすらできない。暗闇に紛れて忍び込むために、黒人が裸になったら余計目立って逮捕されてしまう。目玉と歯が白いからじゃないよ。

  7千平方フィートの広さを誇る屋敷には、広い玄関、暖炉附きの書斎、暖炉附きのシェフ用キッチン、寝室5部屋を備えた上に、温水プール、ゲスト・ルーム2部屋、アーティスト・ルームまで附いている。(Jennifer Gould Keil, Clinton dealing for $11 M Westchester mansion, New York Post, July 10, 2010) この豪邸が建っているのは、緑豊かな美しい郊外で、都会から離れた小さな別世界である。不気味な顔した黒人がうろつくブロンクスとは全く違う。住民の大半が穏健な白人で、麻薬や売春が問題になるような地域ではない。大統領選挙を控えたヒラリーは、これまた景色の美しいイースト・ハンプトンで夏休みを過ごしていた。クリントン夫妻は、サフォーク郡(NY)に邸宅を構える友人の「白亜館」を借りていたのだ。海の眺めも最高な家は、650万ドルの市場価格になるらしい。ここも塀で囲まれた安全な住宅である。

  大金持ちは広大な土地を購入して豪邸を建て、周辺にいかがわしい人間が寄りつけないようにする。別の高額所得者は、「ゲート化されたコミュニティー(gated community)」に集まって暮らす。当初、こうした集合住宅地は、退職者の老人が温暖な気候を求めてフロリダやカルフォルニアにつくったものだった。ところが、1960年代以降、公民権運動などの影響で、白人居住区に黒人が入り込んできて、治安が悪化してしまった。生活水準も生まれ育ちも違う異人種が、白人だけの幸せなコミュニティーに割り込んできたのである。しかも、密入国者や移民、難民が大量に米国へ入ってくるから、街に劣等人種が溢れてしまい、嘗ての平穏な生活が消えてしまった。白人女性は一人で歩けないし、子供がいつ拉致されたり、殺されたりするか分からない。学校だって、育ちや躾の悪い家庭の子供が、入ってくれば学力低下は目に見えている。中には英語が分からぬ茶色の南米人が同級生になるのだ。これでは中流階級の白人家庭だって、黙ってはいられない。ぞくぞくと郊外へ逃げていく。これがドーナツ化現象だ。

  犯罪に対する恐怖や不安が「ゲート化住宅地」への動機である。(Edawrd J. Blackely and Mary Gail Snyder, Separate Places: Crime and Security in Gated Communities, in M. Felson and R.B. Peiser, eds.,Reducing Crime through Real Estate Development and Management, Urban Institute, Washington, D.C.,1998) 住民のモットーは、「分離、排除、防禦」である。これはアメリカ白人による無言の抵抗だ。合衆国政府が善良な国民を護らないなら、自分たちで要塞を築き、警備員を雇って不審者が入ってこれぬよう自衛する。こうした砦(とりで)は国家の中のミニ国家である。白人だけの古きアメリカなら、こんな余計な出費を強いられなかった。子供の教育費だって、かなりの負担である。都市部の公立学校には黒人やヒスパニックがいっぱいだ。たとえば、シカゴではヒスパニック生徒だけの学校が、26校から84校に増えてしまった。黒人は依然として多数派を占めている。黒人生徒数が90パーセント以上の学校が343校で、70パーセント以上の学校が451校もある。(Greater segregation for region's black, Latino students, WBEZ 91.5, June 27, 2012) バスケット・バールを転がせば、どこからともなく黒人が現れるんじゃないか。黒人学校で白人を見かけることは、川底で砂金を探すようなものだ。笑っちゃあ悪いが、アメリカン・スクールなのにアフリカン・スクールみたい。ヒスパニック・スクールでは、公用語がスペイン語で、英語が第一外国語になっている。それでも、アメリカの公立学校なんだから。こんなんだから、白人中流家庭でも、無理して学費の高い私立学校に子供を通わせるのだ。我が子の学力や安全を考えれば、他に選択肢は無いだろう。

強姦犯罪のメッカたる南アフリカ

  南アフリカ共和国は、オランダ系ボーア人が建てた国だから、白人中心主義でもおかしくはない。アパルトヘイトを非難する外国人は、性質の全く違う野蛮人の実態が分からないのだろう。人間精神の根本が異なる事への理解が全くない。南ア出身の女優シャーリーズ・セロンなどの偽善者は、黒人に対して思いやりを示すが、警備員が常駐する高級住宅地で、安全に暮らしているから、人種平等を口にできるのだ。それに親が黒人と結婚しなかったから、美しい白人に生まれて、ハリウッド・スターになれたのである。人種隔離のお陰だ。いずれにせよ、アフリカに住んで、危険と隣り合わせの生活を体験せぬ外国人には、何を言っても無駄である。今考えれば、ボーア人がとった人種分離制度は上策であった。もし、アパルトヘイト(人種隔離政策)に反対なら、さっさつアフリカを捨てて、ネーデルラントに戻るしかないだろう。こうした制度を批判するのは簡単だが、それに代わる制度で有効なものはあるのか、と反対者に尋ねたい。人種対立に疎い日本人に説明するなら、アフリカ人による恐怖を語るしかない。(兇悪事件を紹介したいが、ライブドアの管理者が写真の検閲をしているので、実際の現場写真を掲載できません。言葉で説明しても、映像の迫力には及ばないので。残念。)


  南アフリカでは強姦が非常に多く、白人女性は格好のターゲットである。プレトリアに住むある白人女性(37歳)は、ジンバブエからやってきた黒人に暴行・強姦の被害を受けた。彼女には17歳と15歳になる娘と幼い子供3人がいて、午後9時頃自宅に帰ったとき、男が塀を跳び越えるところを目撃した。彼女はすぐさま叫んで、子供たちに隠れるよう命じたという。しかし、一人の男が彼女の髪を掴んで、家の中に引きずり込んだ。家の中に連れ込まれた彼女は、子供たちが皆縛られている姿を目にした。押し込み強盗は、プログレス・ショコ(Progress Shoko)とハワード・セカニ(Howard Sekani)という黒人で、金品強奪が目的であった。セカニは母親の前で、17歳になる娘に拳銃を突きつけた。強盗らは彼女も縛り付けると、家中を物色し、金品を探した。しかし、見つからないので、母親のもとに戻ってきて、カネや金庫のありかを尋問したのである。ところが、彼女が金庫は無いと答えるや、その黒人どもは母親と子供たちを殴ったり蹴ったりして暴行を加えた。たまりかねた長女が本当にカネが無いことを告げると、怒ったセカニは娘の鼻を殴り、激しく殴られた鼻からは多量の血が噴き出したという。

  金目の物が無いと分かると、ショコは母親を寝室に引っ張っていった。この獣(ケダモノ)は電気コードで彼女を縛り上げ、ナイフをちらつかせて、ベッドの上に押し倒すと彼女を強姦したのである。彼女の証言によれば、ショコは「白人女とのセックスは、格別気分がいい」と言い放ち、彼女を「金持ちの白い売女(ばいた) ! 」と罵った。(Woman weeps as she recalls rape attack, News 24, August 12, 2014) 結局、62,000ランド(約60万円)相当の家財を盗んで逃亡したのだが、この強盗犯2名は後に逮捕された。彼らは裁判に掛けられたが、図々しくも無罪を主張したのである。証言席に座る被害者女性は、恥辱と恐怖で声を詰まらせ、泣き崩れたという。南アフリカでは黒人がいつ襲ってくるか分からないので、家に銃は必需品で、白人は自衛するしか無いのだ。人種隔離政策が崩壊したツケが一般人に重くのしかかっている。

  アフリカ黒人には残酷な殺人鬼が多いが、具体例は余りにも多いのでまたの機会にしたい。しかし、そのうちの一つだけは紹介したい。南アフリカに住むポルトガル系のヴィアナ一家に悲劇が訪れた。ヴィアナ家にはパトリック・ラデヘ(Patrick Radebe)という庭師と、シホ・ムベレ(Sipho Mbele)という召使いの息子、シフィ・モタング(Sphiwe Motaung)という黒人がいた。家長トニー・ヴィアナ(Tony Viana)は、縛られ、狩猟用ナイフとゴルフクラブで暴行を受けた。息子のアマロ・ホセ・ヴィアナ(Amaro Jose Viana)は、猿轡(さるぐつわ)をされて、父親が暴行されるのを見るよう強制された。泣き叫ぶ息子の前で、父親は射殺されたのである。母親のジェラルディン(Geraldine)は、強姦された後に同じく射殺された。これだけでも許せないのに、その黒人どもは飼っていた犬の腹を割き殺したのである。もう精神が異常だ。犯人たちはアマロを風呂場に連れて行き、熱湯をためたバスタブの中に、彼の顔を押し込んで、沈めててしまった。哀れな少年は溺死だった。この黒人犯どもは、家の金品目的で押し入ったが、日頃からジェラルディン夫人に対して不満があったので、復讐をかねて殺してしまったらしい。(Aislim Laing, South African 12-year-old drawned in boiling water after seeing parents killed, UK Telegraph, 27 July 2012) こうした残酷な殺人事件は、南アフリカでしょっちゅう起こっている。あまりにも頻発するので、時が経てば、みんなすぐに忘れてしまう。黒人と白人が仲良く共存するなどあり得ない。

  多文化・多民族主義という机上の空論を、左翼もどきのリベラル国民は好きである。腹の底では、きれい事で世の中が動いてるとは、思っていないのに、口を開けば偽善の言葉しか吐かない。他人に対しては、移民・難民・外国人と共存するように勧めるくせに、自分のお金で自宅を購入するときは、慎重に注意深く土地柄や環境を調べている。一流企業や中央官庁につとめる高給取りや、社会的地位の高い名士などは、絶対に朝鮮人部落や支那人街に自宅を構えない。同じような地位と経歴をもつ者同士が、高級住宅街に集まって暮らすのだ。テレビ番組のキャスターどもが、アジア人の排斥を止め、仲良く共存しましょう、と視聴者に呼びかけるが、局の社長や重役、スポンサー、株主は知らぬ顔。聞くことさえない。そもそも番組なんか観ていないのだ。下層の低脳向けニュース・ワイド・ショーを観る暇なんか無いし、はじめっから興味が無い。異民族と共存して困るのは、高級住宅街に引っ越しが出来ない庶民である。国会で知らぬ間に移民受け入れ法案が通過したりして、容姿、慣習、言葉が違う不快な外国人が隣にやって来るのだ。無力な庶民は、「誰だ?こんな連中呼んだのは」と愚痴をこぼすことしか出来ない。そうした惨状になって、初めて「右翼排斥論者」が正しかったことが分かる。不逞外人排斥デモを見かけて、拍手を送る庶民がいると、ちょっと嬉しくなるなぁ。
  


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