疑惑の学生時代

Lolo Soetoro









 (左:ロロ・ソエトロ/右:母アンとオバマ)

  オバマはロサンジェルスのオキシデンタル・カレッジから、ニューヨーク市のコロンビア大学に移った。しかし、オバマはコロンビア大学時代をあまり語ろうとしない。まず囁かれている噂がある。オバマは外国人留学生として入学したのではないか。インドネシアに住んでいたこともあるオバマは、留学生枠で入ったのかもしれない。それというのも、ジャカルタの学校に通っていたとき、バリー・ソエトロ(Barry Soetro)」という名のインドネシア国民として、登録していたのだ。これはAP通信が報道していた。オバマの母アンがインドネシア人のロロ・ソエトロ(Lolo Soetro)と再婚していたから、息子のバラクがインドネシア国籍を持っていても不思議ではない。不可解なのは、オバマの過去を調べようとすると、なぜか公式記録が紛失あるいは隠匿されていることだ。両親の結婚届、子供の出生証明書、医療記録、パスポートや入国出国記録が抹消されている。だから、オバマは義父の戸籍に入ったなら、母親が彼と離婚したとき、アメリカ国民に戻ったのか。オバマの国籍は一体どうなっているのか。オバマはかつて自分のプロフィールにケニア生まれと書いていた。ケニア人の父親がハワイで本当に、母アンと結婚したかも分からず、母親がどこで出産したのかも記録が一切無い。

obama bio (左/「ケニア生まれ」と記されたプロフィール)
  過去が不明なのはしょうがないとしても、詐欺の疑惑をもつ大統領となれば、また別な問題となる。意外なことに、オバマはコネチカット州で発行された社会保障番号(Social Security Number)を持っていた。戸籍制度の無いアメリカで、社会保障番号はとても重要なので、納税の時や身分証明の時に必要となる。だから、多くの人が自分の番号を暗記していても不思議ではない。その番号の取得は通常、自分が長く住む地域であったり、生まれ育った地元で発行される。オバマの番号は042で始まることから、コネチカット州で申請されたものと分かった。ところが、オバマはコネチカット州に住んでいたという記録は無い。ちょっとした出張か旅行はあったかもしれないが、そんなことで社会保障番号を申請するはずないだろう。オハイオ州のスーザン・ダニエルズ(Susan Daniels)というベテラン調査員が、オバマの番号について調べてみた。オバマが選挙に出たのだから、本人確認されても当然。彼女がオバマの合法性を調べたときに、異常な事実を発見したのだ。

  ダニエルズ氏の調査によると、042で始まるオバマの社会番号カードは、1977年から1979年の間に発行されたものらしい。オバマの番号は1977年3月に発行されたものだった。すると、これは彼が15歳の時に取得したことになる。ハワイに在住していたときに、発行されたわけだ。ハワイの高校生がアメリカ本土の、しかも東海岸のコネチカット州まで、旅費をかけて申請書を提出したというのか? 馬鹿らしい。通常社会保障番号は、一人の国民につき一回だけ発行されるもので、社会保証カードを複数持つ国民はいないはず。ダニエル氏はオバマが別の人物に対して発行されたカードを取得したのでは、と推測している。(Randy Rose, A questionalble social security card, Liberty Voice, July 5, 2012) まさか、闇社会のID詐欺師から購入したのか? だが、不法移民が流入するアメリカ社会には、他人の身分証書を盗んで偽造IDを製造・密売する犯罪者がいる。知らぬ間に自分の番号が他人に使われていた、なんてことはしょっちゅうあるのだ。クレジット・カード番号だって、こっそり盗まれて複製カードを作られ、多額の損害を蒙る被害者は珍しくない。連邦最高裁判所のジョン・ロバーツ首席判事も被害者になったことがある。出生が謎のオバマが、闇市のカードを取得した疑惑は拭えない。またダニエル氏は、オバマがその番号を使って、マサチューセッツ州の運転免許証を取得したり、納税申告を行っていることも掴んだ。なんでイリノイ州シカゴで活動していたオバマが、わざわざ別の州で免許を取得するのか? オバマのホワイト・ハウス報道官だったロバート・ギブス氏は、こうした疑惑を尋ねられたとき、戸惑ってしまい、質問をはぐらかして結局答えなかった。まともなアメリカ人なら、おかしいことに直ぐ気がつくから、ギブス氏はさぞかし焦ったことだろう。

疑惑の奨学金

Khalid Al-MansourPercy Suttonobama college days 4









(左:アル・マンソール/中央:パーシー/右:学生時代のオバマ)
  オバマの人生は疑惑の倉庫だ。ただし、その鍵は頑丈で一般人では開くことができない。コロンビア大学時代のみならず、ハーバード大学時代も疑問だらけ。ハーバードの大学生時代にオバマは、カリード・アル・マンソール(Khalid Al-Mansour)博士という過激派の黒人イスラム教徒から、学資金を調達してもらったうえに、入学推薦状まで書いてもらったようだ。アル・マンソル氏は黒人組織ブラック・パンサー党の創設者にとって師匠にあたり、サウジ・アラビアのプリンスであるアラワウィード・ビン・タラル(Alwaleedbin Talal)のアドバイザーを務めていた。これはオバマの知人パーシー・サットン(Percy Sutton)が、「インサイド・シティー・ホール(Inside City Hall)」というテレビ番組で明らかにしたことである。サットン氏は公民権活動家の黒人弁護士で、マルコムXの代理人を務めていたくらい有名な人物で、マンハッタンの区長(Preseident of Manhattan Borough)にも選ばれたことがある。オバマはパーシー氏に、アル・マンソール氏を自分の友人として紹介したのだ。後に、パーシー氏はアル・マンソール氏とビジネス・パートナーとなっていた。( Jack Cashill, Saudi Billionaire did help Obama into Harvard, World Net Daily, September 23, 2012) 

  ビジネス・パートナーとなったパーシー氏は、アル・マンソール氏とはいくつかの役員会でも一緒に出席する仲だったという。あながち嘘とは言えまい。しかし、オバマ陣営のスポークスマン、ベン・ラボルト(Ben LaBolt)氏は、サットン氏の話はデタラメ(bogus)とか捏造(fabrication)だと言い放った。サットン氏側はこれに反発し、番組で話した内容に嘘はないので、訂正しないと語ったそうだ。(Kenneth R. Timmerman, Obama's Harvard Years: Questions Swirl, Newsmax, September 23, 2008) ラボルト報道官は、マンソール氏はオバマを知らない、と主張したのである。では、知らない相手から学費を都合してもらったのか? アル・マンソール氏はマスコミのインタヴューを避けて、オバマとの関係を語ろうとはしなかったし、サットン氏の発言に対してコメントを出すことすらしなかった。それに、オバマはハーバード時代の情報を絶対に公開しなかった。マスコミがいくら大学側に迫っても、本人の承諾がないと如何なる書類も公開されない。ラボルト報道官は、オバマがハーバード大学や他の機関から財政的支援を受けていた事実はない、と公言した。オバマは自力で学費を払ったという。当時ハーバード大学に通うと、一年で約25,000かかり、三年間だと75,000くらいかかったらしい。ハーバード法評論の編集長になっていても、その学術誌からの収入はなかったはず。大学時代だと、学費以外の生活費だってあったから、もっと多い金額を借りていたことになる。

obama harvard law review (左/学生時代のオバマ)
  そこでミッシェル夫人が助け船を出した。彼女が言うには、夫のバラクは自分で学費ローンを返済していて、丁度完済したこころだ、と。2008年の発言だが、ジャーナリストの調べによると、オバマの資産公開資料にローンの返済形跡が見られない。オバマ陣営は、1995年に出版した『Dreams from My Father』の印税で、借金返済を出来たように繕っているが、その当時本の売れ行きはパッとしなかった。オバマが民衆党大会に登場した2004年以降になってから、ようやく本が売れ始めたので、それ以前だと借金返済できるような印税ではなかった。しかも、借金返済なら税控除になっているはずが、オバマの財政記録にはそうした形跡が確認されない。もしかしたら、学費はアル・マンソール氏からの無償プレゼントだった可能性がある。名目上キリスト教徒でリベラル派のオバマとしては、イスラム過激派から学費をもらったとは言えまい。オバマはインドネシアのイスラム教徒学校に通っていたし、黒人だからイスラム教徒にも「いい顔」ができる長所がある。本当にズル賢い奴だ。

業績無しの学術誌編集長
 

obama college days 3obama harvard







  渡る世間は、滑って転べば痛いし、起き上がることだって厳しい。たいていの職場だと、総長や社長、組長とか「長」の附く役職に坐る人物には、それなりの業績や力量が求められる。自慢料理もない人物が、一流旅館の厨房に入って、板長になりたい、といったら「アホ」と言われるだろう。また、素振りは得意でも、実践経験のない選手が、プロ野球の監督になれるわれがない。テレビを観て料理や野球を覚えたので、指導者になれますなんて言ったら、みんなに笑われる。しかし、黒人学生のバラク・オバマは違った。この人物には世間の常識は通用しない。不可能を可能にする男、といったら格好良いが、小賢しい詐欺師と呼べば、納得できる男である。世の中には学術書が溢れていて、ピンからキリまであるから、どの雑誌が素晴らしくて、どれが三流雑誌か分からない。しかし、ハーバード法評論(Harvard Law Review/HLR)は、伝統と歴史のある一流学術誌だ。その雑誌に自分の論文が掲載されれば、他人から羨望の眼差しを受けるから、学者としては鼻が高い。そこの編集委員になるには、余程の実力がなければ、とても勤まらないし、第一採用されないだろう。HLR側は編集委員を実力主義で採用してきた。当り前だ。

  オバマが編集委員に応募した時期は、黒人学生にとったら極めて有利であった。従来、学業成績で上位者をメンバーに選んでいた編集部は、採用審査を作文コンテストによるものへと変えたのである。これはHLR編集部に、マイノリティー(つまり有色人学生)を採用するという裏事情があったからだ。能力で審査すれば、有色人は不合格になって、編集部が白人ばかりになってしまう。そこで人種主義を適用して、能力が劣る有色人種をとることになったらしい。(レイシズムとは黒人だって利用するのだ。)しかも、オバマは悪運が強い。当時、法学部の黒人左翼デリック・ベル(Derrick Bell)教授が、法学部は女性の黒人を教授に迎えろ、と要求していた。こうした黒人による抗議活動で、ハーバード大学は動揺していたのである。(Jack Cashill, Why Obama is Mum about Harvard, World Net Daily, September 11, 2008) 黒人に及び腰の白人は折れた。有色人種からの圧力を受けた編集部は黒人初の編集長を擁立しようとしたのである。かくてバラク・オバマ編集長の誕生。栄光あるハーバード・ロー・レヴューに汚点がついた。能無し学生でも、肌が黒ければ要職につける。オバマは黒人という人種を武器に出世できると確信したのではないか。論文一つ無い素人でも、編集長になれたのだから、もっと偉大になれるのでは、と考えても不思議じゃないだろう。ただ、その時は、まさか合衆国の最高行政官になれるかもとは思ってなかったろうけど。

ロックフェラーとの密会

  アメリカ人は新しいものが好きだ。iPodやPlay Stationの新製品が出ると、列を作ってでも買いたくなる。日本人も同じで初物が好きだ。黒人初の大統領が拝めるとなったから、アメリカ黒人は若者から老人までが胸を弾ませていた。アメリカ白人の中でも、リベラル派は人種偏見が無いことを示そうと、無理してまでもオバマを応援していたのだ。現在のアメリカ政治に於ける選挙は、少数の金持ちや有力者が、有色人種が主流の大衆を操作して、選挙を思うがままに動かす図式になっている。どうせ黒人やヒスパニックといった下層民は、軍事や外政、金融などに興味が無いし、知識すら持たないから、選出された政治家が何をしようとも気にしない。国内の教育や福祉、医療、差別是正といったローカル政治にしか関心がないのだ。大富豪が民衆党の貧民代表にカネを注ぎ込むのは、子飼いの政治家を当選させ、買収した連中を通して、合衆国の行政機構を私物化するためである。10億ドル使っても、1,000億ドル以上儲かれば、投資として充分だろう。だから、名だたる有力者が民衆党の黒人やヒスパニック団体なんかに、巨額のお金を惜しげもなく与えているのだ。

Hillary Clinton 1David Rockefeller 2










(左:ヒラリー/右:ロックフェラー)
  2008年の大統領選では、初の黒人大統領を目指すバラク・オバマと、女性初の大統領を目指すヒラリー・クリントンが、民衆党代表候補を巡って熾烈な戦いを繰り広げていた。そんな中、6月上旬に不可解な事件が起きたのである。オバマはヴァージニア州北部で集会を持っていて、ダレス国際空港からシカゴへ戻るはずだった。大勢の取り巻き記者が、注目のオバマ候補に同行するのは当然だ。その同行記者たちは既に飛行機の中に搭乗していた。予定通り飛行機が離陸すると、報道担当のロバート・ギブス氏が、機内のジャーナリストらにオバマが乗っていないことを告げたのである。(Jeff Zeleny, Two Rivals Sneak Away to Meet, and the Hunt Is On, The New York Times, June 7, 2008) 騒然とするオバマ番記者。ギブス氏は理由を説明しなかった。どんな些細なことでも見逃さず、報道しようと構えていたジャーナリストたちは、不意を突かれて戸惑った。でも、飛行機はもう上空にあったから、途中下車するわけにもいくまい。ずるいじゃないか、と言いたくなる。でも、「どうしてだ?」と疑問に思って当然。

  実は、オバマはヒラリーと密会していたのである。しかも、そこにはデイヴィド・ロックフェラーも同席していた可能性があるというのだ。一部の記者たちは、ホワイト・ヘヴィン通りにあるヒラリーの家で密かに会っていたと報道した。しかし、それよりも、ダレス空港近くのウェストフィールド・マリオット・ホテルで開かれていた「ビルダーバーグ(Bilderberg)会議にいた可能性の方が高い。世界の大物有力者が集まるビルダーバーグ会議は、なぜか大手主要メディアでは報道されない。よく陰謀論者が騒ぐが、何もないたんなる集会なら、報道したってよいだろう。有名俳優や歌手がロスやカンヌに集まれば、テレビ局は大騒ぎして一部始終報道するのに、政界・財界の超一流人物が集まると沈黙する。おかしい。そんな会議へ話題の候補者が密かにやって来たのだ。何かあると勘ぐるのが普通だろう。オバマが番記者を巻いてまで、ロックフェラーのもとで、ヒラリーと密談するのはなぜか? 報道されては困る内容だからだろう。益々怪しいのは、これが報道機関のトップ・ニュースにならなかったことである。誰が考えても納得できない。6月の時点で、オバマに大統領を譲って、その代わりにヒラリーは国務長官になる、との裏取引があったんじゃないか。その決定をロックフェラーが下して、二人に命じたのでは、と疑いたくなる。選挙なんて所詮、愚民を宥(なだ)めるためのガス抜き作業に過ぎない。

  オバマの体は叩けばホコリが出る、なんてものじゃない。全身がヘドロにまみれて、触っただけでヌルヌルした汚物がつくような悪人である。選挙中にはかつての左翼仲間が活躍したり、大富豪の財団が支持に回っていたり、不正投票が行われていたり、と嫌になるくらいスキャンダルがある。マスコミが伝えていない汚い過去が、オバマにはいっぱいあるのだ。任期が終了すれば、多くの黒人やリベラル評論家が、偉人伝を書いて黒人初の大統領を祭り上げるだろう。有色人のアメリカ国民は、何を言われてもオバマを英雄扱いするに違いない。オバマの黒い過去はまた機会があれば紹介したい。

(Part 1Part2を参照してください。)


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