足下から支那人が浸透する

  ついに支那人が日本侵略を開始した。もちろん、人民解放軍による軍事作戦ではない。兵器を使わない、人海戦略である。東京には支那人がごまんと住んでいて、近年日本国籍を取る支那人が急激に増えた。あの分かりやすい工作員、張景子が堂々と帰化し、一般人を笑顔と流暢な日本語で洗脳している。張の役目は対日宣伝工作と無知な大衆に支那人を紹介させる「つなぎ役」であろう。また、「日本中国経済交流促進会」の代表・韓暁清も帰化した支那人エージェントである。慾の皮が突っ張った日本人に支那投資を勧めて、まんまと支那に送ってしまった。14億ないし16億人の悪人が棲息する支那を、巨大市場と勘違いした日本のビジネスマンは、身ぐるみ剥がされて帰国したのだ。「支那人排斥法」が無い日本では、国籍の無料配布が横行し、お金に困った支那人は日本にたかろうと、あの手この手で永住権を手に入れようと努力する。北京政府も日本の甘い国籍取得制度を利用し、面倒見切れない貧民や病人を日本に送り込む。かくて日本はガラクタのような支那賤民を処分するゴミ捨て場と化した。

  日本を征服するのに刃物は要らぬ。図々しい支那人民を日本に廃棄して、あちこちに支那人街を作らせる。大量の支那人が日本に帰化すれば、その中から政治家が現れ、合法的に立法府を占拠できる。資金と支援は北京政府から支給されるし、公共精神のカケラも無い支那人は、一円でも多く利益をくれる支那人候補に投票するだろう。腐敗は都市から始まる。日本に帰化した李小牧(リー・シャオムー)は、春の地方統一選挙で、新宿区議に立候補するらしい。売国組織の民主党から出馬するそうだ。李は湖南省出身で、1988年に来日し、歌舞伎町で「湖南菜館」を経営したという。歌舞伎町の飲食店や風俗店を紹介していたというから、要は客引きのようなブローカーである。怪しい店とつるんで日本人をカモにしていたんじゃないか。善意で紹介していたとは思えない。支那人の親切には、必ず裏があるからだ。

  世界中で嫌われ者調査を行えば、支那人が常にトップじゃないのか。支那人は大都会に集中し、どんな状況下でも生き延び繁殖する。本当かどうか知らないが、台所でゴキブリを1匹見つければ10匹いると思え、と聞いたことがある。ならば、都会で支那人を1人見つければ30人くらいると推測した方がいいだろう。一旦、日本に支那街が出来れば、100年経っても変わらない。誰も支那人と隣人になりたくないだろう。それに、支那街で金持ちになった者が、古巣を退去しても、空いた場所にはまた別の支那人が住み着く。支那の貧乏人は蟻のようにどこからともなくやって来る。さらに厄介なのは、支那街に境界線はなく、支那人が周辺地域へ徐々に浸透し、支那街が拡大してしまうのだ。

  支那人は努力せずに、日本人を駆逐できる。支那人がやって来れば、地元の日本人が郊外か僻地に引っ越してしまう。まるでフン族を恐れたヨーロッパ人みたいに移住を強いられる。ベンチに坐る日本人の隣に、ガチョウのように話す支那人が坐れば、日本人は即座に立ち去ってしまう。公園で子供を遊ばせる日本人は、支那人が集まってくれば、不愉快だし、唾や痰を吐く姿に嫌悪感を抱く。公共プールに支那人がやって来れば、一緒に泳ぎたくない。臭いだけではない水虫の足で入ってくる支那人は、肛門に糞がついていればプールの中で洗浄するだろう。しかも、プールの中で垢を落としたり、鼻水や痰を流すことはもちろん、小便だって平気で垂れ流す。支那人の子供なら水中で大便小便など普通だ。支那人は原因不明の病気を持っているから、性病くらいで驚いちゃいけない。B型肝炎、梅毒、ヘルペス、結核、何でもありだ。「そんな ! 」思う日本人は甘い。子供に食堂や電車、病院で排便させる支那人が実際いる。彼らは他人の迷惑を考えない。自分中心で生きる支那人は周囲を敵と見なす。日本人の常識は通用しないのだ。

華僑による侵略

  国境意識が無い支那人はどこにでも進出する。雲南省のヘビが隣のベトナムに侵入したって不思議じゃないだろう。同じことだ。超人的欲望をもつ支那人に不可能はない。彼らは5千年前から地球市民。支那人は国名さえ持っていなかった。日清戦争後、日本にやって来た支那人留学生が、知り合いになった日本人から「国名」を聞かれてまごついた。中華と蛮族の地だけの世界観に、いちいち国名は要らない。支那人にとって世界は一つ。支配者の王朝があるだけ。だから、唐や元、宋、清という王朝名で充分だった。区別があるとすれば、支那文明の及ぶ地域が高級人間の住む場所で、そこから離れた地域は“化外の地”である。ところが、支那人は昔から「民族のるつぼ(melting pot)」で、どんな民族をも同化させてしまう。たとえて言うなら、巨大な甕(かめ)みたいなもので、白菜からクズ野菜はもちろんのこと、履き古した草履や廃棄処分の畳だって漬け物にしてしまう。唐辛子を混ぜれば、重金属や高濃度の農薬がスパイスになっていても気付かない。犬の糞やネズミの死骸が甕の底に沈んでいたって平気。支那人なら、カビの生えた米だって漂白剤を使って白米にし、ドロドロした漬け物を載せてご馳走様。自分で喰わなければ、日本人に「ねぇ、旦那。今回特別安くしときますから、一杯召し上がっては? 」、と勧めてお金をせしめる。ゼニが命の支那人は、儲け口かあると耳にすれば、たとえ日のなか水のなか、溶岩の中にだって飛び込める。一か八かの博打が得意。商売上手でなけりゃ、筋肉労働をする苦力(クーリー)になってひと稼ぎ。タイ、ビルマ、マレーシア、と何処にでも行く。お金をくれるなら、深海の原子力潜水艦を素潜りで探すのだ。支那人の辞書に「不可能」はない。ただし「心優しい日本人」にだけは、逆立ちしてもなれないけど。

  明治維新を経て海外視察を出来るようになった日本人が、アジア諸国を訪れたら、あちこちに支那人を発見してビックリ。西歐白人の植民地はケシカランと憤った日本人は、その侵略者に仕えて暴利を貪(むさぼ)る支那人を目にした。たとえば、オランダ人はインドネシアを植民地にしたが、彼らの収奪に加えて支那人による原住民の搾取も酷かった。数の上で少数派だってヨーロッパ人支配者は、多数派の原住民を統治するため、支那人を中間管理職のように使ったのである。支那人はその性格上、他民族と協力するより、血族や同胞の支那人と結託してゼニ儲けに邁進するから、ヨーロッパ人としては、現地人を役人にするより安心かつ便利であった。多くの場合、現地人の憎しみは雲の上から命令する白人より、実際に接触する支那人に向けられることの方が多い。支那人は利益第一主義が信条だから、ヨーロッパの支配者が現地人をどんなに搾取しようがお構いなし。そのおこぼれに預かったり、白人以上に“ピンはね”をして儲ければ良いのだ。賄賂文化を当然とする支那人は、不届きなオランダ人支配者にとり入って、更なる利益を求める。したがって、原住民は更に窮乏化し、植民地の支配構造はますます堅固になった。

  東インド会社を運営するオランダ人は、日本人と違って現地人の福祉向上なんて考えない。現地の資源や住民を利用して収益を上げれば満足。だから、細々(こまごま)とした地方行政は面倒だし、端(はな)っからやりたくない。そこで支那人を登用する。汗水垂らして働きたくない白人支配者は、様々な産業を便利な支那人に丸投げ。上前をハネるだけで懐が膨らむというわけ。悪代官のようなオランダ人は、これまた悪徳商人の鑑(かがみ)たる支那商人と結託する。ニコニコした支那人は「お代官様、なにとぞ手前どもに独占権を」と饅頭の箱に小判を入れて差し出す。そうすると、オランダ人の官吏は「おぬしも悪よのう。ふふフ。良きにはからえ」と独占権を与えてしまう。支那人にとって賄賂は社会の潤滑油。お金は神様だ。孔子なんて貧乏学者に用はない。支那人のラップ・ミュージックでは、金貨が詰まった袋が楽器となる。ジャラジャラ鳴る音に合わせて踊るのだ。

  支那人はインドネシアで植物を植え、胡椒などのスパイスを採取し、田んぼで米を作るが、それは自分のためであり、原住民の富を悉(ことごと)く掠奪しているだけ。支那人はオランダ支配のもと様々な便益を得ていた。オランダ人は最大の商業根拠地であったバタビア港へ貿易を集中させたかったから、他の港に高率関税をかけてライバルを蹴落とそうとした。オランダ商品と競争して輸入される外国製品に対して2倍の輸入税をかけたという。しかし、支那人によるバタビア貿易はこういう苛酷な制限を免れていた。支那からやって来る貨物船は、一隻あたり550レアル払うだけで、一切の煩雑な手続きから免除されていた。( 満鉄東亜経済調査局 『蘭領印度に於ける華僑』 昭和15年/ 1986年 青史社 p.12) 商売の才能に乏しい現地人はもっぱら支那人に雇われる労働者のまま。利益をしこたま貯める支那人は着実に権力と財力をつけてくる。今も昔も支那人は変わらない。

  利益を上げる近道は「独占」である。昔、デイヴッド・ロックフェラーが言っていたが「競争」は悪だ。独占体制には旨味がある。支那人は製糖業ばかりではなく、砂糖からつくる醸造酒まで独占していたのだ。甘蔗(かんしゃ/サトウキビ)栽培や精糖工場の経営は、貧しい華僑が携わり、バタビアの豪商支那人から資金を調達していた。1カ所の工場で働く200名の職人中、平均60人くらいが華僑であったらしい。1710年の頃、バタビア近郊の農村に130の工場があったから、7,000人以上の華僑が精糖工場で働いていた計算になる。目ざとい支那人は砂糖ばかりか塩までも独占していたのだ。シンガポールで有名なトマス・ラッフルズ卿は、「オランダ統治下で、塩の製造は排他的特権として支那人に下請けされていた」と語っていた。(Sir Thomas Stamford Raffles, The History of Java, Vol 1, Second Edition, John Murray, London, 1830, p.198)

  東南アジア諸国で活動する華僑や客家を説明すると長くなってしまうので省略するが、インドネシアにおける華僑人口を紹介したい。
       欧州人      支那人
1860年       43,876                221,438
1900年       91,142                537,316
1920年      186,114               809,039 
1930年      240,417              1,233,214

  支那人は現地人が商業的才能が乏しく勤勉性も無いことを見抜き、支那大陸から続々と押しかけてくる。それに当時、清朝の満洲人に反抗していた明朝の残党が大量に流入してきた。この支那人共がこれまたどうしようも無い悪党で、蛮行をはたらき現地人と揉めていたという。情けない話しだが、インドネシアの原住民は外国人の土地収奪に対抗する保護者もいなかった。現地の土侯や東インド会社が庶民を守ってくれるはずもない。支那人が進出してきたことで、土民の小商いは破滅したうえに、農業・興業は停滞の一途。土民の生活は支那人による独占請負制度のせいで苦しくなった。哀れな土民は支那人に隷属し、活動の自由が奪われ、彼らの経済的発展は多大な制約を受けた。(『蘭領印度に於ける華僑』p.27) なんか未来の日本人みたい。和民やユニクロ程度で「ブラック企業」だなんて騒いでいる日本人は甘い。支那人に支配されれば、まともな生活など高嶺の花になったしまう。支那人政治家が誕生すれば、支那系帰化人の内閣の閣僚や官僚ばかりではなく、財界や政界で暗躍するに違いない。腐敗を摘発する検事だって支那系だろうし、公平なはずの裁判官だって支那人だろう。裁判員に帰化支那人が混じれば判決は日本人に不利となる。やがてコネや不正が横行し、格差社会は支那大陸並みになるだろう。

支那人の十八番たる人口侵略

  支那人は誰に征服されようともへっちゃらだ。殺されなければ後はどうでもいい。身ぐるみ剥がされてスカンピンになっても、裸一貫でまたのし上がればよいだけの話。支配者だって人間だろう。慾があれば隙がある。腹が減れば飯を喰いたい。スケベ心があれば女が欲しいし、旨い酒を飲めば酔っ払う。金貨を1枚持てば、もう1枚欲しくなる。故郷が異民族に占拠されたって逃げれば良いだけのこと。三十六計逃げるにしかず。ほとぼりが冷めたら戻ってこよう。たとえ「蒙古人が国土を奪った」としても、その土地をモンゴル沙漠へ持ち帰るわけではない。蒙古人が滅んでも、土地は残る。それなら異人が死ぬまで気楽に待つだろう。支那通の長野朗は「支那人は戦ひに勝つも負けても発展する」と喝破している。(長野朗 『民族戦』 柴山教育出版 昭和16年 p.78) 支那人が勝った時には、征服された領土の男は、本国各地に分散させ同化させる。その後、女と老人だけが残った所に支那人が入植して、彼らを同化させるという。要は、男を追い出して、女を頂くと言うのが支那人のやり方だ。しかし、戦いに負けた時は、支那人は多数派の強みで、やって来た征服者を飲み込んで同化してしまう。そうして支配者の祖国にどんどん押しかけて住み着く。すると、ここでもまた同化を開始するのだ。踏まれても蹴られてもめげない支那人は、支配民族と混血して、彼らを支那人にしてしまう。恐ろしいほど図々しい奴らである。

     支那人の本性を理解した数少ない日本人研究者である長野氏によれば、支那人は自分の領土の一部を占領されるくらいは何とも思っていないらしい。外国の金で立派に返して貰うくらいに思っている。(上掲書 p.79) 支那の強みは、支那大陸が地球上で最低の土地であることだ。どんな外国人がそこを占領しようとも、それ以上酷くならない。支那人は最低の種族で国家を持っていないのだ。支那皇帝と比べれば、日本の犯罪者の方が遙かに人間らしい。ヤクザだって支那の役人ほど無茶な搾取はしないだろう。殺した相手の肉を食べる組長なんかいない。一方、支那の街は征服者だって呆れてしまう。そこら辺に黴菌・糞尿・害虫・ゴミ・乞食があって、住んでいて不愉快だ。支配した領民は海千山千、煮ても焼いても食えない奴らばかり。命令しても抜け穴を探して、逃れようとするし、命令した役人を抱き込もうとする。支配者の方が支那人化して腐敗してしまう。規律が緩み、道徳が廃れ、仲間同士の裏切りや反目が頻発して、征服者は衰えてくる。あの強靱な蒙古人だって支那人の毒牙にかかってしまったくらいだ。

    神が腐敗している支那人は、どんな汚い所でも眠ることが出来るし、便所の中でも食事が出来る。黴菌の倉庫たる支那に日本人が住むと気が狂ってしまうのではないか。日本人の女子高生なら、支那の臭いを嗅いだだけで昏睡状態になったしまう。領地を欲しがった戦国大名だって、支那全土を貰うことは避けたい。それどころか、大金を積まれたって断る。疫病神より有害な支那人を臣下にするなんて想像できないだろう。一方、支那人の夢は日本人に支配されることだ。朝鮮人がうらやましい。あんな最低ランクの乞食集団が、日本人のお陰で立派になった。日本人は毎日やって来るサンタクロースのような天使で、プレゼントをくれるだけでなく、煙突を掃除してくれたり、別荘を建ててくれた上に、食事・医療・教育・道路・鉄道まで作ってくれるのだ。退却すれば全部財産を置いていってくれるばかりじゃない。詫び状と札束の山を送ってくる。人間離れした善意の日本人は、銀河系の外から来た宇宙人なのかもしれない。ただし、鳩山由紀夫と違う惑星である。

消滅するイギリス的カナダ

  支那人を受け入れたことで、アングロ・サクソン世界は崩壊の危機にある。たとえば、カナダはオーストラリア同様、多民族・多文化主義の害悪に冒されており、街並みが醜悪になったり、支那人の遺伝子がカナダ白人の中に流入してしまった。支那人の人口侵略は人間と土地を犯す。支那人と結婚した西欧系カナダ人は、当然混血児をもうける。しかし、その子供は英語を話し、カナダ文化を身につけても、やはり支那人になってしまう。支那人の遺伝子を持つことで、ヨーロッパ系カナダ人との自覚を持てずに、心の大半が支那人化されてしまうのだ。イナゴの大群みたいに飛来する支那移民を外人とは考えない。むしろ可哀想な同胞と考え、定住できるよう手伝いたくなる。イギリス系カナダ人なら追い払い出したい移民でも、混血児にとったら自分の同族だから、移民排斥論者は自分の敵とみなす。支那人のみならずアジア系カナダ人全体が、西欧系社会を守りたいカナダ人と対立するのだ。イギリス系カナダ人は北欧系の赤ん坊が欲しいのに、白人の出生率は低く、急増するのはアジア移民の子供ばかり。かつてはブリティッシュ・カナダだったのに、今じゃエイジアン・カナダである。

 支那混血児が支那人贔屓なのは分かるとしても、カナダ政府が売国行為をしてきたことは異常であろう。カナダ政府は大金を投資する支那人を受け入れる誘致政策を28年間も続けてきた。最近になって、ようやく支那移民の弊害に気がついて、そのプログラムを廃止することにしたそうだ。(Mark O'Neill, China emigration flood to continue despite Canadian decision, Hong Kong Economic Journal, February 25, 2014) 金を持つ支那人なら国籍を与えようとするカナダ人は、文字通り売国政策を掲げていた。カナダには懐にゼニを詰め込んだ支那人ばかりではなく、腹に子供を宿した支那女が殺到したのである。赤ん坊をカナダで産んで、カナダ国籍を持つ子供にしたいと計画する支那人が大量発生した。「パスポート・ベビー(passport baby)」を目指して来訪する支那人妊婦は、カナダの入管でいかに役人の尋問や検査をくぐり抜けるかのテクニックを習っていた。つまり、支那にはカナダ人職員を如何に騙すかを教えるコーチやコンサルタンドがいたのだ。(Joseph Brean, Tory crackdown on ‘birth tourism will eliminate Canadian passport babies, National Post, March 5, 2012) まったく、支那人ってのは悪いことには熱心だが、まともなことに頭を使わない。犯罪だと嬉しくなって努力する。支那人は犯罪を気にせず、カナダを乗っ取ろうとしているのに、白人のカナダを守ろうとす国民はネオ・ナチ扱いだ。カナダはもともと白人国家だから、その人種構成を守るのは当然だろう。伝統を継承することが素晴らしいなら、遺伝子を守ることだって大切なはず。アフリカ人がブラック・アフリカを守りたいと言えば、誰も反対しないだろう。なぜカナダ人が同じことを言うとレイシストなんだ?

  支那人は一般人でもヤクザより不動産業者に向いている。地上げ屋は恐喝罪を警戒しながら住民に立ち退きを迫る。派手な服を着た柄の悪いチンピラが「テメエ ! どかねえとどうなるかわかってんのか!! 口の中に手を突っ込んで舌を引き抜くぞ。ついでに目ん玉と金玉取ってやろうか」となどと言って、むりやり契約書に判子を押させて追い出す。しかし、支那人はそんな荒技を用いない。カナダのある都市に住み着いて“支那人らしく”暮らせばよい。街角で支那語を話し、他人の迷惑考えず、唾を飛ばしながら口論したり、そこら中にゴミを捨てたり、痰を吐けばカナダ人は不愉快になる。支那系住民が増えた商店街には、支那人が営む安物雑貨店や食堂、酒場、風俗店が出来上がるだろう。客だってほとんどが支那人だ。英語より北京語や上海語が普通になる。学校にも支那人の子供があふれ出し、卒倒したカナダ人の親は白人主流の私立学校を探し出す。一人二人と次々に支那人が集まれば、そこはチャイナタウンとなって、カナダ白人は自主的に立ち退いてしまう。

  支那人はまず都心部に集まる。多民族主義を掲げるカナダには支那人ばかりではなく、フィリピン人、アフリカ人、インド人、アラブ人といった有色人種がたくさん住んでいる。カナダの国勢調査局(National Household Survey/NHS)によれば、2011年には152,300人のフィリピン人が移住してきたし、それに続き支那人が122100人、インド人が121,400人も移民してきたという。(Immigration and Ethnocultural Diversity in Cnada, 2011 ,p.8) 支那人は都会志向だから、カナダのトロント、ヴァンクーヴァー、モントリオールが狙われた。カナダに移住してきた外人の63.4パーセントが子の三大都市に住んでいるのだ。トロントが一番悲惨で、カナダに来た外人の37.4パーセントがそこへ流入したのだ。2011年に約2,537,400人がトロントに住み、人口の46パーセントを占める。

  ヴァンクーヴァーには移民913,300人がやって来て、人口の40パーセントを占めるに至った。モントリオールの場合だと、移民の846,600人がそこに住み着き、人口の22.6パーセントを占めるという。(p.10) アフリカ黒人やイスラム教徒の中東アジア人でさえ嫌なのに、尊大な支那人がやって来たのだ。あの野蛮なロシア人だって手を焼く支那人を、温和なカナダ人がどうこうできるはずがない。支那人が集まれば、必ず支那料理店ができ、蟻のように薄汚い支那人がたむろする。どんな食材なのか不明な上に、下水溝油で揚げた物をむしゃむしゃ喰っている。脂ぎった料理を目にしたカナダ人は食欲を失うどころじゃない。料理店の近くにだって寄りつきたくないのだ。しかし、無知な白人は喜んで喰っている。情報に疎い欧米人は、支那人がどんな民族なのか理解していないから、偽装食品にお金を払っているのだ。集団としての支那人は大量破壊兵器に匹敵する。核爆弾や炭疽菌と同じく、都市に投下されれば住民は消滅してしまう。支那人街に住もうとするカナダ白人なんていない。毎日不愉快な支那人に会うなんてゾっとする。肥だめと同じ臭いの息を吐く支那人と挨拶したくないのも当然だ。支那人が来れば故郷がなくなる。この危険性に気付いても排斥できないカナダ人は駆逐されるだけだ。

  日本人は日本の良さを分かっていない。我が国が素晴らしいのは、日本人が日本を構成しているからだ。天のイタズラか神様からの試練か何か分からぬが、地球上で最良の日本が、最悪の暗黒大陸からすぐそばにある。同じ哺乳類とは思えない、爬虫類のような支那人が、我が国に住み着き、国籍を取得し、政治権力を握ろうとしている。田舎なら難しいかもしれぬが、都会なら不真面目な有権者がたくさんいるから、支那人でも当選するかもしれない。支那人のことだ、口八丁手八丁で住民をたらし込み、裏献金を駆使して、新宿の有力者を籠絡(ろうらく)するだろう。売国奴の巣窟たる民主党には、これからも多くの帰化アジア人が集結するに違いない。もっと賢い支那帰化人は自民党から出馬するだろう。支那利権をちらつかせれば、北京政府の手先でも平気で支持する輩(やから)が多いのだ。波風を嫌い丸く収めようとする日本人は、遠慮や恥を知らぬ支那人に対抗できない。単なる個人の日本人と人民解放軍を背にした北京政府だと勝負にならず、日本人の敗北は必定。支那人に占領されてから、支那人排斥論者になっても遅いのだ。マスコミからレイシストとか右翼と呼ばれようが、アジア人の日本永住や国籍取得を阻止せねばならない。こう非難する左翼に限って、事態が深刻になった時、責任を取らず、知らぬ振りを決め込む。過去を綺麗さっぱり忘れて「なぜこうなったのでしょうか?」なんて白々しいセリフを口にする。李小牧に投票する有権者は匿名だから、将来への責任は持たない。いずれ怒った日本人は「誰だ? あんな奴に投票したのは」と責任者追求を始めるだろう。でも、後悔先に立たずである。




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