コミック雑誌のユダヤ人

  ユダヤ人の特徴は“たかり根性”である。みすぼらしい格好をした流浪の民は他国に住み着き、下層階級となっても我慢しながら定住を不動のものにしてしまう。元来が異邦人だから、いつでも現地人から迫害を受ける。ロシアの「ポグロム」は有名で、野蛮なロシア人は容赦なくユダヤ人を虐殺した。祖国を持たない、というより故郷パレスチナに戻ることを嫌うユダヤ人は、どこか外国にその理想国を築く。ローマ軍にイエルサレムを破壊され、仕方なく離散(ディアスポラ)の民となったと嘯(うそぶ)く。(碩学の村松剛教授や山本七平少尉が、コロっと騙された。)本当はイェルサレムに還ることが嫌なだけ。ローマ兵にくっついてお金儲けをしていたユダヤ人は、ゲルマニアやガリアというヨーロッパの土地を見つけて大喜び。美しいヨーロッパ人を見つけたから、胸がときめき絶対離れたくないと考えた。だから、ヨーロッパ人が何度もユダヤ人を虐殺しても、ほとぼりが冷めるとまたユダヤ人は戻ってくる。変態ストーカーと同じだ。

  図々しいユダヤ人にとって最大の敵はアドルフ・ヒトラーだった。異質な身体を持つユダヤ人にとって、一番痛いところを突いたのだ。「ユダヤ人とは人種である」と。これでユダヤ人は目の前が真っ白。脚はガクガク震えるし、胸が苦しくなって息ができなくなる。ナチ・ドイツは破竹の勢い。どんどんユダヤ人を西歐から排除する。戦慄を覚えたユダヤ人は、どこかに逃避せねばと考えたが、西欧諸国は受け入れに冷たかった。そりゃそうだ。なんで英国や米国、カナダ、オーストラリアなんだ? パレスチナのイェルサレムがあるじゃないか。「あんなところに住むくらいなら死んだ方がまし」とドイツに戻って、本当に殺されてしまった。西欧人を利用してヒトラーをやっつけて貰ったユダヤ人は、「もう二度と反ユダヤ主義を再現させないぞ」と心に誓った。そうだ、欧米人の頭を変えてしまえ。かくして社会改造(social engeneering)に取り組んだ。その手段とは? 学校で教育か? それとも教会でのお説教か? 学術書では大衆は動かない。そうだ映画があった。娯楽作品を用いて洗脳してしまおう。こうしてハリウッドのユダヤ人による大衆調教が始まったのである。

  ハリウッドはユダヤ人のプロパガンダ映画が大量に制作されるメッカである。アメリカに住み着いたユダヤ人は、その寄生先がキリスト教文化圏で、しかもユダヤ人を嫌う西欧系が主流の国民だということが心配だった。せっかく豊かで安全な避難先を見つけたのだから、自分たちにとって“快適な”国にリフォーム(renovation)してしまおう、と考えた。そこで、西欧系アメリカ人の思考を作り替えてしまうため、伝統的価値観の破壊に着手したのである。西欧系アメリカ人の精神には、あの憎きキリスト教倫理観があるので、そこを攻撃して精神的背骨をねじ曲げで片輪(かたわ)にした。つまり、イエズス・キリストへの信仰心を踏み潰したのだ。これは我が国の共産主義者が、皇室を馬鹿にしたり皮肉を述べることで、日本人が抱く皇室伝統への崇敬を撲殺しようとしたのと似ている。たとえば、何も知らない子供たちの前で、「天皇なんて単なる無駄飯喰いだ」とか「人民の税金で養っている厄介者」、「戦争を承諾した操り人形」と罵声を浴びせると、未来の国民は天皇陛下への敬愛を「格好悪い」と考えるようになる。そして、陛下に敬礼をする祖先を、軍国主義や全体主義に騙された気違いと思ってしまうのだ。

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(左2枚スタン・リー/右ウィル・アイズナー)

  ユダヤ人は西欧系白人から即座に反発を受けるようなドジは踏まない。あくまで、宣伝映像ではなくフィクション映画として、大衆に娯楽を提供しているというスタンスをとる。日本では意外と知られていないが、アメリカのヒーロー物作品はユダヤ人によって作られたものが多い。たとえば、大人気コミックの「マーヴェル(Marvell)」誌では、アイアン・マン、スパイダーマン、X-メン、マイティー・ソー(Thor)、ファンタスティク・フォー(Fantastic Four)などの原作者はスタン・リーであることは有名。スタン・リーの本名は、スタンリー・マーティン・リーバー(Stanley Martin Lieber)といい、彼の両親ジャックとセリア・ソロモンはルーマニアからのユダヤ人移民であった。映画化された「キャプテン・アメリカ」は二人のユダヤ人原作者による作品である。ジョー・サイモン(Joe Simon)の本名はハイミー・シモン(Hymie Simon)といい、父親のハリーは英国からのユダヤ人移民である。ニューヨークで知り合った母親のローズの素性はよく判らない。もしかしたらユダヤ人かも知れない。相棒のジャク・カービー(Jack Kirby)も名前を変えていて、本名はジェイコブ・カーツバーグ(Jacob Kurtzberg)である。父のベンジャミンと母のローズはオーストリアから移住してきたユダヤ人である。

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(左:2枚ジョー・サイモン/右けジャック・カービー)

  さらに驚くのは、あの「スーパーマン」の原作者二人、ジェリー・シーゲル(Jerrry Siegel)とジョー・シュースター(Joe Shuster)もユダヤ人であった。ジェリー・シーゲル(Jerome Siegel)は、ジョー・カーター(Joe Carter)、ジェリー・エス(Jerry Ess)、ハーバート・ファイン(Herbert S. Fine)などの別名を持っていた。彼の両親ミッチェルとサラはリトアニアから移住してきたユダヤ人である。ジョー・シュースターの父ユリウス(Julius)はロッテルダムからトロントにやって来たユダヤ人で、母親のアイダ(Ida)はウクライナのキエフからのユダヤ人であった。したがって、ジョーはカナダ系ユダヤ人である。ユダヤ人は西洋風に名前を変えたりして、その素性を隠すから気をつけねばならない。映画業界のユダヤ人について語ると、たいへん長くなるので、興味のある方は、ニー・ルギャブラー(Neal Gabler, Empire of Theiur Own, Random House, 1988)の著書を参考にして下さい。

  スーパーマン誕生のきっかけは、第二次世界大戦に遡る。それはテレビが登場した画期的な時代で、フランクリン・ローズヴェルト(FDR)が大統領であった。元セールスマンのユダヤ人マックス・ゲインズ(Max Gaines / Ginzberg)は失業中で母親の家に同居しながら、どうやって女房子供を養っていくか思案中だった。ある時、日曜の新聞に載るような漫画を読んでいたところ、こんな面白いものなら、きっと他のアメリカ人も興味を持つはずだと思った。そこでイースタン・カラー・プリンティング社に勤める友人ハリー・L・ワイルデンバーグ(Harry L. Wildenberg)とアイデアを煮つめて、その会社に話しを持ち込んだのである。当時は、連続マンガのリプリントをタブロイド版にして売っているだけだった。そこでゲインズはコミック・マンガをタブロイドの半分に縮小した小冊子にし、イースタン社はそれを「フェイマス・ファニーズ(Famous Funnies)シリーズ1」として発売したのである。これが米国で初めて刊行されたマンガ雑誌であった。また、ゲインズはマクルアー(McClure)新聞社で遊んでいる印刷機を使わせてもらうようにし、利益は折半という形をとってマンガ雑誌を売り出したのである。コミック雑誌市場が発展すると、「ポピュラー・コミックス」なども登場してきて、人気漫画のリプリント版は好評を博した。

  人気のカラー漫画の中に、「ドクター・オカルト(Doctor Occult)」という、吸血鬼や幽霊、魔法使いと戦う超能力を持つ幽霊探偵のキャラクターがあった。1936年頃、脚本担当のジェリー・シーゲルと作画担当のジョー・シュースターは、いつもトレンチコートを着て中折帽子を被ったドクター・オカルトに、今度は青いタイツと赤いマント(cape)を着せてみた。そして、このキャラクターに超人的な筋力と飛行能力を付け加えたのである。これが後に我々が知ることとなる「スーパーマン」になるのだ。マクルアーの従業員シェルドン・メイヤー(Sheldon Mayer)は、赤と青のタイツを着た新キャラクターを上司のマックス・ゲインズに話して出版しようとしたが、当時の新聞社はどこも乗り気ではなく断ってきた。そこで、ゲインズは「DCコミックス」を出していた友人のハリー・ドネンフィールド(Harry Donenfield)に頼んでみた。最初、ドネンフィールは懐疑的だった。しかし、ゲインズの慧眼(けいがん)を信用したドネンフィールドは、何とか助けようと努力した。こうして、財政支援を受けたゲインズは、ようやく「スーパーマン」を世に出すことができたのである。(Arie Kaplan, How the Jews created the comic book industry, Part 1: The Golden Age 1933-1955, Reform Judaism Magazine, Fall 2003, Vol. 32)

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(左:若き頃のシーゲルとシュースター/中央:ジェリー・シーゲル/右:ジョー・シュースター)

  1939年になると、シーゲルとシュースターの「スーパーマン」は大成功を収め、マックス・ゲインズはドネンフィールドとジャック・リーボウィッツ(Jack liebowitz)とタッグを組み、新たに「オール・アメリカン・コミックス(All-American Comics Group)」社を創立し、『フラッシュ・コミックス』や『オール・アメリカン・コミックス』を創刊したのである。そうした雑誌から、億万長者の古物蒐集家カーター・ホールやグリーン・ランタン(Green Lantern)が生まれたのだ。他にも、「タイムリー・コミックス(Timely Comics)」、「アーチー・コミックス(Archie Comics)」「ウィッズ・コミックス(Whiz Comics)」といった雑誌が、AAコミックスと競合してきた。オール・アメリカン社みたいに沢山のユダヤ人画家や原作者、編集者を雇えない雑誌社は、様々な政策スタッフを揃えるアイズナー・インガー・スタジオ(Eisner-Inger Studio)社と契約して漫画雑誌を出版したのである。このスタジオはウィル・アイズナー(Will Eisner)とジェリー・インガー(Jerry Inger)によって設立され、雑誌製作のスタッフをパッケージにして揃えていた。つまり、キャラクター・デザインや作画、編集をセットにして雑誌作りに当たらせていたのである。まあ、マンカ製作の下請会社である。この会社は後に「X-メン」「ファンタスティク・フォー」を描くジャク・カービーや「バットマン」を作り出すボブ・ケインを育てていたのだ。

  しかし、なぜこうも漫画雑誌業界はユダヤ人だらけなのか? それは当時、漫画業界が新しいせいもあったが、ユダヤ人を雇うまともな会社が少なかったからである。ユダヤ人青年は新聞社や広告代理店に勤めたかったが、経営者がユダヤ人を門前払いしていたのである。顧客商売の広告店だと、どうしてもユダヤ人は雇いたくない。ユダヤ人の顔をした営業担当では、お客に不愉快な印象を与えてしまい、契約を取れなくなってしまうからだ。西欧系アメリカ人が主流だった戦前の社会では、ユダヤ人は不愉快な異邦人であった。ウィル・アイズナーによれば、スポーツや音楽、演劇といった分野で才能が無いユダヤ人が、まともに稼げる職業に就こうとしたら、イラスト業のような藝術分野しかなかったらしい。それに、漫画雑誌の出版社にはユダヤ人経営者が多かったので、同類の貧乏ユダヤ人が寄ってきたという。体を動かすより、頭を使う職業に向いているユダヤ人には、娯楽産業がその才能を充分に発揮できる世界だった。何時間も部屋に籠もって、頭脳作業をするなんて普通のアメリカ人では堪えられない。西欧系アメリカ人から見れば、膨大な教典を飽きずに研究しているユダヤ教徒は不健康で、精神と肉体のバランスを欠く青瓢箪(ひょうたん)に見えてしまう。

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(現実の有名なヤダヤ人/左:アダム・ゴールドバーグ/エイドリアン・ブローディー/ビリー・クリスタル/右:ハワード・スターン)

  スーパー・ヒーローを次々と生み出したユダヤ人には、そのキャラクターと似つかない“ひ弱なタイプ”が多かった。超人的キャラクターは大抵ゲルマン系の容姿を持つ。すなわち、筋骨隆々の巨体に北欧人の顔をした二枚目の英雄だ。鉤鼻や陰険な顔つきの中東アジア人ではヒーローにふさわしくない。皮肉なことだが、ユダヤ人作家はナチスのアーリア人崇拝者と瓜二つである。ユダヤ人のジェリー・シーゲルは十代の頃すでに「スーパーマン」のイメージを頭に描いていたらしい。ある日、ベッドにはいって眠りに就こうとしたら、ふと強くて勇気があり、誰にも負けない、空を飛べる人物になれたらいいな、と思った。すると、だんだん昂奮してきて、ベッドから起きだし、机に向かって「スーパーマン」の構想を書いた。翌日、絵が上手な友人のジョー・シュースターに会って、昨晩のアイデアを打ち明けたところ、ジョーも乗り気になって、さっそくキャラクターの原形を描いてくれた。こうして新たなヒーローが誕生したのである。

イエズス・キリストのようなユダヤ人ヒーロー

  我々が知っているスーパーマンは、映画でのクリストファー・リーヴ(Christopher Reeve)か最近の「マン・オブ・スティール」で抜擢されたヘンリー・カヴィル(Henry W.D. Cavill)だろう。どちらも西欧系俳優で、ユダヤ人らしくない。しかし、アーリア人的スーパーマンはユダヤ的価値を体現しているのだ。彼は真理と正義と平和のために戦うのだが、これはユダヤ教が重視してきた価値観である。第1世紀の高名なラビ(Rabbi/律法学者)であるシメオン・ベン・ガマリエル(Simeon Ben Gamaliel II)が、世の道徳や構造はこれら三つの原理似基づくと教えていたのだ。いわば、スーパーマンは社会正義を代表して戦っていたわけである。ユダヤ人シーゲルがスーパーマンの原型(proto type)としたのは、ヨーロッパの騎士ではなく、超人的能力を有する「ゴレム(Golem)」という伝説の怪物であった。これは第16世紀のプラハに住むユダヤ人ジュダ・ロー(Judah Low)により創られた人造人間で、ユダヤ人を危機から救うという物語である。ゴレムはフランケンシュタインみたいな怪物で、人から生命を与えられた泥人形。その額にはヘブライ語の「真理(emet)」が刻まれている。ゴレムはユダヤ人の敵をやっつけ、人々に希望と力を与えるのだ。(The New Jewish Encyclopedia, West Orange, New Jersey, Behrman House, 1976, p.170) このゴレムは人気漫画の『超人ハルク』の原型であり、アラブ人に囲まれて奮闘するイスラエルを象徴するキャラクターであった。

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(写真/様々なゴレムのモデル)

  スーパーマンの物語は、聖書の記述を参考にすると分かりやすい。信仰を棄てた者は別にして、一般のユダヤ人は旧約聖書を暗記するくらい、子供の頃から勉強したり、周りの大人たちから説明を受けたりして、聖書物語が脳裏に焼き付いている。経典が無い神道とはまるっきり違うのだ。地球での名前は西欧風のクラーク・ケントだが、スーパーマンの本名は「カル・エル(Kal-El)」だ。「カル」とはヘブライ語の「声」とか「器」を意味する言葉を連想させる。そして「エル」とは「神(つまり天主/ヤハウエ/God)を意味するヘブライ語。たとえば、「イスラエル(Isra-El)」の「エル」、「サミュエル(Samu-El)」とか「ダニエル(Dani-El)」という名前を思い出せば、語尾に「エル」が附いているのが分かるだろう。マーロン・ブランドやラッセル・クロウが演じたスーパーマンの父「ジョ・エル(Jor-El)」にだって、「エル」が附いている。さらにユダヤ人らしいのは、語尾に「マン」が附くことだ。現代のユダヤ人の名前「ゴールドマン(Goldman)」「シルバーマン(Silverman)」「フリードマン(Friedman/Freedman)」を示せば分かる。ついでに言えば、クラーク・ケントの職業は新聞記者。いかにもユダヤ人がいそうな職場だ。

  クリプトン星脱出の物語はモーセの出エジプト記を連想させる。詳しくは旧約聖書を読んで貰いたいが、ちょっとだけ粗筋を説明する。エジプトではユダヤ人が大繁殖し、エジプトの王ファラオは、生まれてくるヘブライ人(ユダヤ人)の男の子をナイル川に放り込み、一人残らず殺すよう助産婦に命じた。ユダヤ人レビ家の夫婦が男の子をもうけたが、隠しきれなくなって籠に赤ん坊(モーセ)を入れて、ナイル河畔の葦の茂みに隠した。するとファラオの王女が茂みの中に赤ん坊を見つけ、ヘブライ人の子供と分かっていたが、こっそり育ててしまった。王女はその子を「モーセ」と名づけた。成人したモーセは同胞のヘブライ人を率いてエジプトを脱出し、一路シナイ半島に向かって沙漠を旅するという物語は、チャールトン・ヘストン主演の映画『十誡』で有名だ。スーパーマンの生い立ちは、このモーセと似ている。祖国クリプトン(Krypton)で父のジョ・エルは権力闘争に巻き込まれ、殺される前、息子をカプセル型の脱出船に乗せて地球に送ったのである。これはモーセの両親が籠に赤ん坊を入れたのと似ている。それに、ローマ人によって破壊された祖国イスラエルとクリプトン星を重ね合わせているのだ。(Anton Karl Kozlovic, Superman as Christ-Figure : The American Pop Culture Movie Messiah, Journal of Religion and Film, Vol. 6, April 2002を参照のこと。) ちなみに、最近公開された『エクソダス/神と王』は、「出エジプト記」を映画化した作品で、モーセは西欧系俳優のクリスチャン・ベールが演じている。あの『バットマン/ダーク・ナイト』を演じた俳優である。ユダヤ人のヒーローにアダム・サンドラーやベン・スティーラーといったユダヤ人俳優を使いたくないのだろう。女性客が生理的に拒絶する顔つきなのだ。西欧系白人の母親なら、絶対に娘の婿にさせたくない。とくに西欧系白人の父親は、ユダヤ人を毛嫌いしていたので、娘に近づくことさえ許さなかった。だから、ユダヤ人脚本家は西欧系白人男性を映画の中でしょっちゅう悪役にするのだ。(具体例はまた別の機会で。)

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(左:クリスチャン・ベール/中央:アダム・サンドラー/右:ベン・スティーラー)

  川ではなく宇宙空間に流されたカプセルが地球にたどり着き、赤ん坊のカル・エルはカンザスの農夫に発見され、我が子のように育てられる。これも、ユダヤ人モーセが異教徒のエジプト人王女によって育てられたのと似ている。『マン・オブ・ティール』では、養父はケヴィン・コスナー、養母はダイアン・レインが演じていて、その夫婦はアメリカ中部で農場を営む西欧系異教徒である。奇妙なのは、善良で優しい普通のアメリカ人夫婦なら、敬虔なキリスト教徒であってもおかしくはない。ところが、この夫婦には篤い信仰の雰囲気がまったくみられない。ユダヤ人からしたら、敬虔なキリスト教徒という「毒」を抜きたかったのであろう。映画ではクラークがユダヤ人の子というより、どう見ても西欧系白人だったから、やはり観客を意識した配役だった。まさか、ヒーローがユダヤ人じゃ、観客はガッカリするだろうし、とても感情移入はできない。興味深いのは、カル・エル(クラーク・ケント)の瞳は青い。とくにクリストファー・リーヴの碧眼(へきがん)は印象的だった。そういえば、ロバート・パウエルの『ジーザス・オブ・ナザレ』でも、イエズスは青い瞳を持っていた。西欧人がヒーローを描く時は、どうしてもゲルマン人を理想としてしまう。日本人も似ている。たとえば、『ドラゴンボール』では、スーパーサイヤ人は金髪碧眼の超人戦士だ。『機動戦士ガンダム』でも、「ニュー・タイプ」の赤い彗星シャー・アズナブルは、金髪碧眼の二枚目大佐であった。

  ユダヤ人の容姿を持たないスーパーマンだが、彼の人生は同じ運命をたどった。クリプトン星が爆発し、スーパーマンは故郷を失ったエイリアン、つまり異邦人移民として地球にやって来た。ちょうどイェルサレムを失った流浪の民ユダヤ人が、ドイツから追い出されてアメリカに移住してきたようなものだ。でもおかしいのは、ユダヤ人なら、真っ先に都会に住み着くのに、カル・エルはカンザスという麦畑が広がる片田舎で少年時代を過ごす。これは緑豊かな農村で育つ、健康的なヨーロッパ人青年を印象づけるためだ。ゴミゴミした都会のゲットーで育つユダヤ人なんか、見ていて吐き気がするし、西欧系アメリカ人は昔から大嫌い。ユダヤ人制作者が図々しいのは、宇宙からのハンサム移民を、危険を顧みず人命を助け、世界の平和を守る正義のシンボルにしている点だ。つまり、移民のユダヤ人が、腐敗したアメリカの悪人を懲らしめ、絶望の淵に立つアメリカの民衆を救うヒーローである、と言いたいのだ。

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(左:ケヴィン・コスナー/右:ダイアン・レイン)

  キリスト教国アメリカで、あからさまなユダヤ人賛美はマズいので、スーパーマンにはキリスト教の衣(ころも)をつけさせている。(Larry Tye, Man of Steel : How did Superman, originally a Jewsih Superhero, became a Christ figure? ,Hollywood.com, June 25, 2013) イエズスが父なる天主の息子であるように、カル・エルは父ジョ・エルの息子であり、神々しい父から、地球の人々に尽くすよう教訓を受ける。そして両者とも高貴な血統に属するのだ。イエズスはアダムやアブラハム、ダビテ、ソロモンの系譜から生まれたし、ジョ・エルもクリブトン星の高貴な人物であった。スーパーマンは世界の悪を挫き、正義の光をもたらす使命を帯びている。人々を救うためスーパーマンが驚異の能力を発揮するシーンは、イエズスが湖の上を歩いたり、病人を治す奇蹟を起こしたことと似ている。いわば、スーパーマンは地球の守護天使みたいなものだ。しかも、彼の青いコスチュームは、キリスト(救世主)が天空から舞い降りる姿を象徴している。青という色は、「天上の国(ヘブン)」とか「真実」、「純粋」とかを表しているのだ。したがって、青い瞳も汚れ無き純粋性を示すものである。


  キリスト教国のアメリカ人を安心させるために、スーパーマンは西欧人が演じ、物語設定も新約聖書を加味した内容になっている。そうしないと人気が出ないし、巨額の費用をかけた映画は赤字作品となってしまう。やはり、利益を上げる商売を優先しなければならない。ところが、スーパーマンをキリストに重ねているようで、肝心の点は外しているのだ。ユダヤ人のスーパー・ヒーローはイエズスと違って、敵と戦い勝利を収める。実際のイエズスは、卑劣な弟子ユダの裏切りによって、ユダヤ人の群衆に囲まれ捕まってしまう。(マタイ26:47-56/マルコ14:43-51/ルカ22:54-62) 最高法院に連行されたイエズスは長老や律法学者から尋問を受け、死刑の決議を宣告されたのである。ローマに支配されていたユダヤ人に、死刑執行権はなかったので、彼らはイエズスをローマ人総督のピラトに引き渡して、信仰を冒瀆する者らしく死刑にしてもらった。ユダヤ人からしたら、神の子を騙(かた)った不届き者は、無力で情けない単なる説教師。こんな女々しい奴は、決して世界を救う武将とかリーダーではない。災難続きのユダヤ人にとっては、ダビデ王のような軍隊を率いる将帥がヒーローである。したがって、ユダヤ人の救世主は無敵のスーパーマンでなければならない。

ナチ・ドイツを悪魔の化身に


  ユダヤ人のスタン・リーはスパイダーマンやX-メン、超人ハルクを生み出したが、そこにもユダヤ人的メッセージが込められている。西欧人とは違った異質な容姿をもつユダヤ人らしく、『X-メン』では異様な身体をもつミュータントが登場し、特殊能力を備えた人間を凡庸な人間が抹殺しようと企てる。作品の中でスタン・リーは、有能なユダヤ人を危険人物のように敵視する西欧人と、ミュータント皆殺しを画策する卑怯者を重ねている。つまり、ユダヤ人は優秀なのに、外見が違うという理由だけで、迫害されてしまうと主張しているのだ。(Abe Novick, The Return of X-men and the Jewish Gene Theme, The Algemeiner, May 23, 2014) ミュータントの過去を描いた作品『フューチャー・パスト(X-men : Days of Future Past)』では、金属を自由に操るマグニートが、強制収容所のユダヤ人少年として描かれている。彼の母親は野心家のナチ高官に殺されてしまう。ここでも、ドイツ人は人間の心を持たない冷酷な官僚いう印象を作っている。そして観客には、善良で哀れなユダヤ人という姿を対比させているのだ。一般人はユダヤ人に同情してしまうから、ユダヤ人脚本家の思う壺。それに「X-メン」という作品は、多民族共存社会を嫌う偏見の持ち主を糾弾するための漫画であると同時に、公民権(civil rights)運動を象徴しているのだ。(Arie Kaplan, How Jews Created the Comic Book Industry, Part II) 黒人の公民権運動を裏で操っていたのもユダヤ人であった。黒人が大規模な組織運営など出来るわけがない。(この件についても別の機会で述べたい。まったく、日本の学者は大学で、どんなアメリカ政治講座を教えているのやら。お金だけ取られている学生が可哀想だ。)

  『キャプテン・アメリカ』はもっと露骨にユダヤ人がテーマの漫画である。ユダヤ人のジョー・シモンとジャク・カービーによって創られたスティーブ・ロジャース(Steve Rogers)は貧相な身体だったので、入隊検査で落とされてしまった。それに弱くていじめられていたという設定である。そこでラインシュタイン博士(アインシュタインをもじった名前)による改造実験により、超人の「キャプテン・アメリカ」に変身したのである。生まれ変わったスティーブはアメリカ軍と共に憎き天敵ナチ・ドイツを倒すという物語だ。実際のところ軍人に向かないユダヤ人は、情報将校になって暗号解読や諜報活動に従事する者が多かった。前線でアメリカ兵を率いる勇敢な陸軍大佐とか、激戦を勝ち抜く海兵隊中尉といった姿は想像しがたい。どちらかと言えば、政界でお金をばらまいて西欧系政治家を籠絡する投資家か、カクテル・パーティーで勇ましい金融業者といった方がユダヤ人らしい。フィクションの中で、強豪のドイツ軍をやっつけるだけとは、ユダヤ人とは実にいやらしい民族である。

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(左:主役のクリス・エヴァンス/中央:キャプテン・アメリカ/右:実際のユダヤ人ウッディー・アレン)

  第二次世界大戦で、アメリカ人は何のために戦ったのか分かっていない。米国の戦争目的がいつの間にか、全体主義国のナチ・ドイツを打倒し、ユダヤ人を救ったという物語にすり替わっている。対日戦争でもプロパガンダ物語が、一般アメリカ人に刷り込まれているのだ。アメリカ人は平和に暮らしていたのに、狂暴な日本人が突如ハワイを奇襲したと思っている。日本人が開戦した理由など知らない。ドイツと戦争したのは、日本の同盟国だったからだ。ハミルトン・フッシュは『日米開戦の悲劇』(PHP研究所)の中で、大統領のFDRが裏口から参戦したと非難している。フッシュ議員はローズヴェルトと親しく、同じハーバード出身者として旧知の仲であった。一方、英国はポーランドを守るために、対ドイツ戦争を始めたのであって、ユダヤ人救出のためではなかった。戦後、大勢のユダヤ人が色々な分野で、ユダヤ人虐殺の悲劇を宣伝したせいで、なんとなくユダヤ人救出が戦争目的みたいになっているが、開戦前はアメリカ人とイギリス人にとってユダヤ人迫害はたいした問題じゃなかった。ところが、ユダヤ人が映画の中でヒトラーを悪の権化にし、ナチスを繰り返し悪役として描くので、戦争目的が第三帝国打倒になってしまった。第二次世界大戦の勝者は、まずスターリン、次に毛沢東、三番目にトルーマンで、チャーチルは負け組。英米は肝心のポーランドをスターリンに取られてしまっただけではない。東欧諸国までもがソ連に占領されてしまったのだ。英米の若者が大量に死んだのに、スターリンが得をしたのでは、何のための対独戦だったのか分からない。ユダヤ人はこれを隠したいのだ。欧米諸国の関心をユダヤ人の皆殺しに集中させ、ユダヤ人差別を再発させぬことに全力を尽くしているのである。

  考えてみればおかしなことばかりで、どうして同じ人種の英米の白人とドイツ人が、いつまでも心底憎しみあっているのか。西欧人同士を反目させることが、ユダヤ人にとって有利になるからである。西欧人が一致団結して、スペインのようにユダヤ人追放策を取ったら、ユダヤ人の避難先はパレスチナ、つまりイスラエルしかない。ユダヤ人だらけのイスラエルに追放されぬよう、何が何でも西欧世界にしがみつくと決めている。「ユダヤ人は可哀想な民族」という印象を西欧人に持たせるために、映画でナチ・ドイツを悪者にし、ユダヤ人を悲劇のヒロインにしているのだ。そして、悪の権化ナチスをユダヤ的英雄が懲らしめる。ただし、西欧人の仮面をつけたヒーローにして。ハリウッド映画とは、偏見と差別に凝り固まった西欧人を、倫理的に優越しているユダヤ人が導びくイメージを刷り込む手段なのだ。観客の西歐白人は知らぬ間に、ユダヤ的価値観を植え付けられていることに気づかない。「洗脳」というのは、宗教組織だけではなく、娯楽産業でも行われているのだ。日本人もこうした洗脳映画で、伝統的価値観をズタズタにされぬよう注意せねばなるまい。



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