テレ朝の謀略宣伝番組

  日本人は謀略工作に弱い。腹黒いロシア人や支那人はもちろんのこと、こしゃくな朝鮮人も得意科目である。欧米諸国も謀略宣伝を行うが、外国からの宣伝戦に対しての防備はちゃんと整えてある。ところが我が国では、中央防諜局が無いばかりか、外国勢力からの奸計に対して、ちゃんとした防禦策が用意されていない。それどころか、国内の報道機関が外国の手先になっている。NHKやテレビ朝日、TBS、朝日新聞はもちろん、その子分の毎日新聞、東京新聞、共同通信などが盛んに日本を攻撃するのだ。朝日とNHKは「南京大虐殺」と「従軍慰安婦」で日本人を貶めることが出来ると喜んでいたが、保守派の反論によって嘘がバレてしまった。苦虫を噛み潰したような表情が目に浮かぶ。せっかく各局の左翼社員が連携して反日活動を行ったのに、もう少しのところで捏造が露見してしまった。しかし、対日謀略のネタはまだ一つ残っていた。731部隊の人体実験である。「従軍慰安婦」という「鮮ピー」を「性奴隷」という名称で、世界各地に報道できたことは、地道な反日活動の成果である。左翼にとり、久々の大ヒットとなった。しかし、日本に怨念を抱く左翼分子にとっては、こんなもんじゃまだまだ不充分。さらに「残虐な日本人」というイメージを植え付けるには、生きた人間を実験台にして、恐ろしい細菌兵器を開発した日本軍、と宣伝せねばならぬ。不況で給料が安くなったテレ朝社員は、北京政府から特別賞与がもらえるかも知れない。日本を潰すためなら、たとえ火の中水の中、休日返上で頑張ってしまう。

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(左: 田原総一朗 / 辻元清美 / 黒田清 / 右: 大谷明宏)

  テレビ朝日には極左人士がいっぱい集(たか)っている。エロ映像を撮っていた田原総一朗は、「ピース・ボート」というセコい反日団体の辻元清美を有名にしてあげた。長寿番組の『朝まで生テレビ』に出演させて、「威勢のいいネエちゃん」として売り出した。世間に内緒で辻元に献金をしていた田原は、公共の電波を使って政治活動をしていたわけだ。不愉快なのは田原だけじゃない。むかし、毎朝放送されていた『やじうま新聞』という番組があったが、そこに長谷川慶太郎がレギュラー解説者(木曜日担当)として出演していた。しかし、長谷川氏の思想はテレ朝と反目するので、その“毒消し”役として極左ジャーナリストの黒田清をレギュラーに抜擢。まともな見解を述べる長谷川氏の隣りに置いて、テレ朝の代弁者にしていたのだ。こうした札付きのワルには仲間がいた。同局の『スーパーJチャンネル』に出演していた大谷明宏は、黒田と同じ穴の狢(むじな)。頭のつむじまで左巻き。読売新聞記者を辞めた後、黒田ジャーナルという事務所に加わり、民放各局に出演していた。大谷は我が国を「この国」と吐き捨てるように呼ぶ。「お前は何処の国民なんだ」と反論したくなる。大谷の祖国は支那か? それとも朝鮮か? 田原も同じく、日本を「この国」と呼ぶ。自分を棚に上げて、我が国を見下す態度には腹が立つ。こんな連中は「北鮮」に永住して、日本のことを「あの国」と罵ればいいのに。

Torigoe Shuntarou(左/鳥越俊太郎)
  我が国を呪う朝日軍には、反日記者のエース、鳥越俊太郎がいた。斜(はす)に構えてクールなジャーナリストを装うが、心底日本が憎く、とくに我が軍が大嫌い。特ダネを発掘したように騒ぐが、実は支那人の片棒を担いでいるだけ。そんな鳥越がテレ朝の『ザ・スクープ』で取り上げたのが、ご存じ731部隊である。そう、支那大陸で捕虜を生きたまま解剖したり、兵器開発のために人体実験を行ったと非難される部隊である。1997年8月に第1弾が放送され、日本軍による細菌兵器の被害を受けた支那人が来日し、国家賠償を求めて東京地裁に訴えたと報道していた。支那人原告団は1人あたり1千万円を要求し、合計10億8600万円を請求する裁判となったが、原告の主張は退けられ敗訴となった。支那に遺棄されたという化学兵器は、我が軍のものだったが、敗戦後支那人が望んで引き取ったものである。日本軍の兵器が欲しかったのだ。支那人のことだから、化学兵器の保存が杜撰(ずさん)だったのだろう。一般支那人に被害者が出ても不思議ではい。破廉恥を超えた支那人は、自らのミスを日本人になすりつけ、あわよくば大金をせしめようとしたのである。この化学兵器遺棄問題については水間政憲さんが雑誌『サピオ』に詳しく書いていた。まったく、支那人っていうのは、どこまで図々しいのやら。

  支那人が敗訴してしまって残念に思ったテレ朝スタッフは、日本人の罪悪を一般人に刷り込む手助けをしたのである。おそらく北京政府の手がまわった番組制作なんだろう。原告団の代表には、日本留学の経験がある王選(おうせん)という40歳代の支那人女が抜擢されていた。対日謀略を担当する支那の諜報部員が王を選抜したのかも知れない。彼女は日本語を流暢に喋るし、細菌兵器攻撃を受けたとされる崇山村(すうざんそん)出身の支那人であった。おそらく、支那工作員が脚本を書いてから、出演女優を決めたのだろう。テレ朝の盟友NHKも、日本軍の化学兵器による被害を受けた支那人を宣伝していた。2007年9月2日に放送されたETV特集『裁かれなかった毒ガス作戦』の中で、支那人の李臣(りしん)らが、1974年にイペリット・ガスを浴びたせいで大変苦しんだ、という記者会見を日本で開いた。会見場で昂奮した李は、記者団に自らの傷を見せるため、ズボンを下ろし、トランクス姿の下半身を晒したのである。支那人てのは羞(は)じらいが無い民族なのだろう。よく大勢の前で下半身を見せられるものだ。戦前、支那人夫婦が大通りで喧嘩を始めて、通行人に審判を仰いだと言う話を聴いたことがあるが、夫婦喧嘩を他人に見せるなんて、日本人なら恥ずかしくて出来ない。NHKはこうして北京政府の指令で宣伝活動をしていた。支那人から反日問題を起こすぞ、と連絡を受ければ、さっそくスタッフが取材の手配をするのだ。

Ou Sen(左/王選)
  支那人原告団を率いた王選はタダでは帰らない。テレ朝と結託して日本軍の罪を暴く旅に出た。まづ訪れたのが彼女のふる里である崇山村。仕込みの支那人を王が訪ねて、当時の被害状況をインタヴューする。支那人の証言なんて信頼する奴はいない。彼らの言葉はゼニか権力で何とでも変化するからだ。金貨の量で白が黒になる。また、北京政府のコーディネーターが予め村民にセリフを指導し、リハーサルが充分に済んだら、テレ朝のスタッフが取材に訪れるという段取りだ。インタヴューを受けた村民は、ペスト菌による当時の被害を蕩々(とうとう)と語り、視聴者に細菌兵器による攻撃が本当にあったみたいな印象をあたえる。しかし、物的証拠や第三者の検証など一つも無い。彼らは日本軍のペスト菌散布により、村人の3分1が死亡したと語るだけ。つまり、村民約400名が殺され、王選のおじも死んでしまったらしい。共産党軍(八路軍)に協力した村を日本軍が掃討したというわけだ。毎度のことだが、「あのよ~」とため息が出る。なんで日本軍が村人を細菌兵器で皆殺しにするんだ? 支那人が殺戮民族だからといって、日本人が同じわけではない。もっと馬鹿らしいのは、細菌攻撃のあと、731部隊と連携する1644部隊がやって来たというのだ。その部隊の軍医らは、攻撃の結果を調査すべく村を訪れたのだ、と番組は語る。その際、日本の軍医らは生き延びた村人を近くの寺に連れ込み、生きたまま解剖を行ったという。「もう、支那人の嘘には飽きた」と嘆くなかれ。支那人のホラは職人藝だからしょうがない。

  テレ朝の『ザ・スクープ』にれば、日本軍は寧波、義鳥、江山、常徳、崇山村などで、ペスト菌を感染させるノミを飛行機から散布したというのだ。浙江省ではペスト菌散布攻撃により、109名が死亡し、113戸が焼却処分にされたという。テレ朝の取材を受けるため、支那赤十字のメンバーだった葉天星(ようてんせい)教授というのが登場して、常徳(じょうとく)で行われた日本軍のペスト菌散布を説明していた。こんな奴の証言なんて信用できるわけないじゃないか。支那人出演者はみな訓練を受けた役者だから、見たこともない出来事まで、自分の体験談として語ることができる。普段から嘘をついて暮らす支那人は、良心の咎めなしに虚構を口にできる。それに、彼らは「正直に真相を話すということに、何のメリットがあるのか?」と開き直るだろう。 普通の日本人は真面目な顔で偽証はできない。呼吸と虚構は違う。ここらへんが支那人や朝鮮人と決定的に異なる。支那では嘘ついたら針千本飲むことはない。そもそも、約束破りが当り前。正直に針を飲まねば、と思う日本人は馬鹿真面目である。「武士に二言は無い」と言うから驚きだ。支那人には八百万の真実がある。支払い金額に応じて真実を創作するからだ。

  テレ朝スタッフと王選は731部隊の生存者にインタヴューすべく、日本各地を廻り元部隊員宅を訪ねた。しかし、部隊員の家族に門前払いを喰ってしまう。そりゃそうだろう。あんたの亭主や父親は犯罪者だから、その内容を白状しろという趣旨で、各家庭を訪問したのだ。亡くなった部隊員の遺族は憤りを隠せない。もの凄い剣幕で王を拒絶した。無礼な支那人が突然自宅に現れたのだから当然だ。日本語が達者でも、支那人根性丸出しの王選を見ると、「やはり支那人だなぁ」と思ったしまう。それでも、片田舎で731部隊をちょっとだけ知る日本人が取材に応じてくれた。その老人は王に謝罪していたが、何となくヤラセ臭い。番組スタッフが前もって、「謝罪屋」に話をつけていたのだろう。戦争中の罪を支那人の前で謝る「懺悔屋」がよくいる。この種の番組で特徴的なのは、戦後かなり月日が経ってから取材をするので、直接の関係者や当人が死亡している場合が多いことだ。また、それが狙いの時もある。つまり、現場目撃者や体験者が死亡するのを待ってから取材を始めるのだ。都合の悪い生き証人が登場してはマズい。戦後すぐだとあちこちから抗議・反論の証人が現れるからだ。それに、懺悔する日本人はたいてい下っ端の兵卒だ。具体的な証拠や極秘作戦の内容を知らないのに、戦争体験者だと名乗り出て、カメラの前に立って謝罪する。これには理由があった。

洗脳教育された証言者たち

  テレビ番組に登場する日本人が本当の話をするとは限らない。戦前は軍隊の中にも共産主義にかぶれた者が多数存在したし、戦後は反日思想を吹き込まれた者や、撫順(ぶじゅん)戦犯収容所で洗脳されて帰朝した者がいるからだ。第2弾の『ザ・スクープ』で「731部隊の封印された真実」が、2007年8月に放送された。前回に引き続き、731 部隊の関係者や憲兵だった老人が証言していた。たとえば、元憲兵隊員の本原政雄は、捕虜に水を飲ませない、指先と爪の間に針を刺す、足を縛って天上から吊り下げる、とかの拷問を行っていたと語っていた。こんな証言をする憲兵なんて信用できない。これは支那人がする拷問だろう。この人物は怪しい。戦犯所帰りかも知れない。もっと怪しいのは支那人の証言だ。鳥越俊太郎は黒竜江省の虎林市(こりんし)にまで足を運び、731部隊の研究所送りになったという李厚彬(りこうひん)の遺族に会った。鳥越を迎えた李鋼(りこう)の父親厚彬が、ソ連のスパイという容疑で日本人に逮捕され連行されたという。それっきり消息不明になったそうだ。満洲の警官だった李が、ソ連のスパイとして抗日活動をし、そのため逮捕されたことまでは納得できる。しかし、その後どうなったのか、記録が無いから分からない。息子の話だって作り話の可能性がある。支那人遺族の話は何ら信憑性がない。第一、テレ朝スタッフはどうやって、李の情報を掴んだのか? 支那人案内人か工作員に紹介されたんじゃないか? ちょうど、本多勝一が支那人の指導で「南京大虐殺」を宣伝したように、鳥越も同じ役目を課せられたんじゃないか。

Shinozuka Yoshio(左/篠塚良雄)
  『ザ・スクープ』で刮目すべき点は、731部隊の生体実験について証言していた篠塚良雄である。15歳で少年部隊に入っていたと語る篠塚は、中国帰還者連絡会の会員なのだ。あの悪名高い撫順(ぶじゅん)戦犯所で洗脳された「支那帰り」の日本人であった。篠塚は捕虜がワクチンを注射されて高熱を発したとか、生体解剖で5人が殺されたと語っていた。しかし、これは法廷における宣誓証言ではない。偽証罪の恐怖や反対尋問の反論がなたのだ。それに、篠塚の経歴だって怪しいもんだ。なぜ15歳の少年が極秘の人体実験を知る立場にあったんだ? そもそも、厳重な731部隊に近づくことができたのか? ただ何らかの理由で満洲に住んでいただけだろう。何故かと言えば、この篠塚は、季刊『中帰連』1998年12月第7号に、次のような記事を投稿していたからだ。篠塚曰く、

  私は元日本軍七三一部隊の隊員でした。一六歳で少年兵として七三一部隊に入隊し、中国のハルピンに行きました。(「アメリカ・カナダの入国を拒否されて」 p.60)

  篠塚はアメリカとカナダに向かう「証言の旅、アジアのホロコーストを問う」の一行に加わっていたのだ。シカゴの国際空港に到着し、入国審査の手続きを済ませようとした時、アメリカ入国を拒否されたという。理由はきちんと説明されず、係官はただ「ワシントンの命令だから」の一点張り。つまり、ブラック・リストに載った要注意人物だったからだろう。篠塚は無理矢理、帰国便に放り込まれて成田空港に逆戻り。篠塚は支那の戦犯収容所に長年拘束されていたことを記している。(p.61) 1956年に釈放され、日本に戻ってきたという。帰国してからというもの、731部隊の戦争犯罪を謝罪する活動を行っていたそうだ。いわばプロの“懺悔屋”というわけだ。『ザ・スクープ』の中では、中帰連のことなど一言も触れていなかった。貴重な生存者の証言などと、礼賛している鳥越だが、証人の素性を隠すとは何事だ ! やり口が汚いぞ。一般国民を騙そうとするなんて、ジャーナリストっていうのは、詐欺師の別名か? 『中帰連』なんていうマイナーで暗い季刊誌を一般国民は読まないし、その存在さえ知らないだろう。昔は筆者も嫌だったが、しょうがないから丹念に各号を読んでいた。毎号嘘のオンパレードだったから、読んでいて気分が悪くなったのを覚えている。こんな札付きのワルを全国ネットの地上波番組で紹介して、日本を断罪しようとする鳥越俊太郎は、支那人の回し者だろう。

Asaeda Shigeharusejima(左:朝枝繁春/右:瀬島龍三)
  番組に出演した証言者が信憑性に欠けるのは他にも理由がある。大本営作戦参謀の朝枝繁春(あさえだ・しげはる)主任参謀は、731部隊の「マルタ(実験台にされた人間の呼称)」について語っていたが、どこまで本当の話なのか分からない。朝枝中佐は終戦後ソ連に捕まり、モンゴルのウランバートルにある俘虜(ふりょ)収容所に送られ、特殊訓練を施されたのである。つまり、ソ連のエージェントとして教育されたわけだ。KGBのユーリ・ラストヴォロフが米国に亡命した時、朝枝は警察に自首してきたという。同収容所には、あの赤いナポレオンと呼ばれた瀬島龍三(せじま・りゅうぞう)や共産主義者の種村佐孝(たねむら・さこう)と志位正二(しい・まさつぐ)がいて、ソ連の手先になるべく訓練されていた。志位の甥が共産党の志位和夫である。伊藤忠に潜り込んだ瀬島が、赤い中曾根康弘とグルだったのは偶然ではない。ソ連は捕虜にした者を徹底的に利用する。骨までしゃぶるヤクザと同じだ。朝枝の過去を熟知しているテレ朝だからこそ、視聴者には朝枝の捕虜生活を隠したまま、編集された証言を放送したのである。何も知らない一般国民はコロっと騙されてしまう。

  『ザ・スクープ』で紹介された柄沢十三夫(からさわ・とみお)少佐も、ソ連軍に捕まり、ハバロフスクに送られ、石井部隊のことを尋問されたのだ。真面目で勉強熱心だった柄沢は、陸軍軍医学校に入り、細菌学・軍隊医学・戦傷学などを学んでいた。後に731 部隊の第1部長となる菊池齊中佐の指揮下に所属して、天津に行き、発疹チフスやコレラ、赤痢を調査していた人物である。柄沢の証言だって何処まで信用していいか分からない。柄沢が『ザ・スクープ』で取り上げられたのは、同番組でディレクターを務める近藤昭二が、731部隊を糾弾する活動家であるからだ。近藤は「細菌部隊の資料と一将校の顛末」を『15年戦争と日本の医学医療研究会会報』に掲載している。(第12巻1号 2011年) こういった筋金入りの左翼がテレビ局に盤踞(ばんきょ)して反日番組を制作していたのだ。左翼コネクションで取材が行われ、赤い仲間が出演するというカラクリ。こうした裏事情を一切知らぬまま、視聴者は洗脳されてきたのである。

人体実験の真相と捏造

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(左:捏造復元模型: 生体解剖をする日本の軍医/右: 遺体を焼却する日本人の想像模型)

  そもそも731部隊とは何か? 毒ガスといった化学兵器は、第一次世界大戦で既に使用されていたから、歐洲ではその使用を禁止しようとする動きが活発だった。ドイツ軍がホスゲンや塩素ガスを使用したのは知られているし、英仏米の軍隊もマスタード・ガスを用いていた。我が国はソ連の細菌・化学兵器が怖かったから、その対応策として生物・化学兵器の開発に力を入れていたのである。共産軍は何をするか分かったもんじゃない。日本軍がとりわけ残虐だったわけではなく、当時の列強ならどこでも開発の意欲があった。それに、同胞を細菌・化学兵器から守るためにも是非とも開発しなければならない。こんなの国際政治では常識だ。たとえば、我が国は米軍から原爆攻撃を受けた。もし、日本が原爆と重爆撃機の開発に成功し、核兵器を米国本土に落とすことが出来たなら、トルーマン大統領は攻撃をためらったはずだ。日本が原爆で報復したら大惨事になる。冷戦時代に、MAD(Mutual Assured Destruction)という理論があった。同等の核戦力を双方がもつと、両国とも相当なダメージを覚悟せねばならぬから、返って核兵器使用を控えるようになる。だから、もし日本に核抑止力があったら、広島と長崎の悲劇はなかっただろう。事実、太平洋戦線で、アメリカ軍は化学兵器の使用をためらった。日本からの報復を恐れたからである。したがって、ソ連の細菌・化学兵器の抑止力として我が国も同じ兵器を持たねばならなかった。テレビ朝日やNHKはこの点を絶対教えない。視聴者に日本軍が如何に残虐かを印象づけることだけに夢中であった。

   731部隊が具体的にどんな実験をしたかは、専門家でなければ分からないだろうが、日本の専門家というのが、これまた左翼ばかり。たとえば、731部隊のドキュメント番組では定番の化学兵器専門家、常石敬一(つねいし・けいいち)は反日左翼の人気者。雑誌『中帰連』でも御用学者になっていた。常石は我が軍が1942年秋以降、支那で生物兵器を実戦で使うことを中止したというのだ。それは支那人に生物兵器使用がバレたためではなく、生物兵器を使用した汚染地域に日本軍が誤って入ったからだという。1,700名の死者を出す大失敗で、石井部隊は軍首脳部の信頼を失ったらしい。この数字は日本人捕虜が米国側に答えたものだという。(常石敬一 「七三一部隊の簡単な歴史」 『中帰連』 第7号 1998年12月 ,p.13) 常石はこの1,700名の死亡者数を信じているようだ。こんなに多数が死亡したら大本営に報告されるし、天皇陛下にも伝わってしまう。東條英機陸相の秘書を務めた井本熊男によれば、東條大将も細菌兵器使用に反対だったらしい。梅津参謀総長は細菌兵器作戦は人類と細菌の戦いになり、天皇陛下の御稜威(みいつ)を汚すことになる、と言う理由で却下した。こんな反対論がある中で、我が軍から1700名も死者を出したら一大事だ。秘密になんかできない。米軍から尋問された日本人捕虜が証言したからと言って、真実とは限らないだろう。常石は我が軍が千人以上の損失を包み隠すことができたと思っているのか? 1,700名の遺族が騒ぎ出したら大変なことになる。死亡者1名につき両親、妻、兄弟姉妹、親戚、友人がいるのだ。何千人もの国民が不審に思ったら隠しきれない。やはり、南京大虐殺のホラ話と同じだろう。

  我が国では731部隊を研究する学者なんて全員真っ赤。まともな保守派の学者は手がけない。例外だったのは、獨協大学教授だった故・中村粲(あきら)先生のみ。だから、中村先生がご存命だったら、きっと731部隊の真実を発表されたと思う。ここで一つエヒソードを紹介したい。関東軍参謀副長だった岡村寧次(やすじ)将軍が、731部隊を率いた石井四郎・軍医少佐(少将に昇進)について述べていた。岡村大将は創設時から石井機関を熟知していたらしい。石井機関については、本省の大臣、次官、軍務局長、軍事課長、医務局長くらいしか知らなかったという。関東軍では小磯参謀長と岡村大将だけが知るといった、極秘中の極秘事項であった。こんな秘密機関を15歳の少年兵が知っていた、ということに疑問が湧かない鳥越は、病院で脳味噌を検査してもらえ。

Ishii 1(左石井四郎/)
  極秘部隊の連絡役として石井部隊と接触していた岡村大将は、石井四郎軍医少将と親しかったようだ。石井機関は黒竜江省背陰河に設置され、拉致した捕虜の収容所が隣りにあったという。石井機関の研究内容は超極秘だったから、岡村大将も熟知していなかったが、大まかなことは知っていたようだ。捕まえた匪賊をモルモット代わりにしたという。当時は匪賊というのは現代のテロリストと同じだから、即座に処刑しても不思議ではない。だから、どうせ処刑してしまうなら、実験で役立てようと考えるのは自然な流れだった。米国では死刑囚を薬物注射で殺すこともあるから、程度の差はあっても残酷さは同じである。支那共産党は抵抗したウィグル人やチベット人を拷問に掛けて惨殺しているが、日本の政治家は平然と「日中友好」を謳っている。二階俊博や小沢一郎は笑顔で支那人と握手していた。岡村大将によれば、本物の人間を使った実験だから、成果が上がるのは当然だったという。しかし、驚くべき成績を挙げたのは、人間を用いたからだけではなく、石井少将が頭脳明晰だったし、部下が献身的に補佐したからである。石井機関の功績には素晴らしいものがあった。とくに、凍傷の治療には、摂氏37度の湯に浸すのが最良の方法であるという結論を得た。これは本物の人体を用いた貴重な実験に基づくものであった。本省はなぜか採用しなかったが、岡村大将は実戦で採用したらしい。たとえば、掃討作戦を行う歩兵小隊に、凍傷患者が出たので、とりあえず部隊の者から小便を集めて、患部をそれに浸して応急処置とした。症状が重い凍傷患者にも、長期的にその方法を用いれば全治することも可能だったそうだ。(岡村寧次将軍 「石井(731)部隊を語る」 『昭和史研究所会報』 平成12年2月10日 第34号)

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(左/生体解剖をする日本の軍医の偽造写真)

 ここで、中村先生の功績について触れたい。百聞は一見に如かず、というが、支那人は我々の目を欺こうとする。現場写真だからといっても直ぐには信用できない。とくに支那人から提供された写真には何らかの加工がなされていたり、現場映像自体が後世に撮影されたものだったりするからだ。南京大虐殺や上海空爆とかの写真や映像に捏造があったのは記憶に新しい。731部隊の証拠写真にも嘘があった。平成11年12月中旬、中村粲先生は支那で、反日写真集『勿忘“九・一八”東北淪陥十四年史実展覧図片集』(1992年第1版)を購入されたそうだ。その写真集の中に、「100部隊に於ける人体細菌実験」と説明がついた写真が掲載されていた。これを見て中村先生は以前、これと酷似した写真を思い出した。さっそく調べたところ、昭和3年(1928年)に発生した済南事件の際、蒋介石率いる支那国民革命軍部隊によって虐殺された遺体の写真であることが判明した。殺害された日本人居留民の遺体は、済南病院で検死され、その時に写真を何枚か撮っていたようだ。支那人がそれら数枚を改竄し、731部隊による生体実験の証拠写真に仕立てた。元の写真では、火炙りにされて性別も分からぬ遺体が、手術台に置かれているのだが、支那人が加工した写真には、衣服を着けた男に入れ替わっている。つまり、検死官はそのままで、遺体だけを別人に改竄して、人体実験を行う「100部隊」という説明を書き加えたのだ。(『昭和史研究所会報』 第33号 平成12年1月10日) こうした偽造写真を見れば、無知蒙昧な支那人ばかりでなく、日本人や欧米人もすっかり信じてしまう。証拠写真といえども、出典を確かめないと、簡単に騙されてしまうのだ。(註/むごい写真なので、ライブドア社の検閲により掲載できません。ご了承ください。)

毒や細菌を使用した支那人

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(左: 捕虜に注射をする軍医を支那人が捏造した模型/右: 捕虜を虐待する日本人の捏造模型)

  テレ朝やNHKの番組では、日本軍がペストに感染したノミを空中散布して、支那人の村に疫病を拡大させようとした、と説明していた。しかし、我が国が本当に細菌兵器を使用したか分からない。ハーグ陸戦法規慣例規則第23条第1項において、毒物兵器が禁止されているのだ。我が軍がそれを破ってまで、支那軍を攻撃したとは思えないし、支那人村の民間人をゲリラと見なして、皆殺しにしようとは考えないだろう。卑劣な攻撃を嫌った昭和天皇が、原爆開発を禁止されたのは、その使用が無差別大量殺戮となるからだ。敵兵に対してさえ公正を望まれた陛下が、むごい細菌兵器を許すはずがない。生物兵器となれば、その被害の拡大は予想を超えたものになるし、皇軍が無辜(むこ)の民を虐殺したとなれば、後世に汚点を残すことになる。大本営の将校も陛下に進言する勇気は無いだろう。いくら勝ちたくても、逆臣になることだけは避けたい。ところが、支那人は違う。支那民衆を殺害・掠奪・強姦しても平気。日本兵一人を倒すためなら、支那人を10人、100人犠牲にしたって構わない。日本人のような矜持(きょうじ)や名誉を持たぬ支那人は、同胞がどうなろうとも、最終的に勝てば良いという考えである。

  支那人の非道について、国際法学者の信夫淳平(しのぶ・じゅんぺい)博士が、支那人の国際法違反について述べている。なんと、支那兵が井戸に毒を投げ込んだというのだ。昭和12年9月14日、川並部隊の小澤准尉が捕らえた支那兵によると、上海戦線において支那軍は細菌戦術をとっているらしい。支那軍は敗走するにあたり、市政府の附近にある幾つかの井戸に細菌を入れて逃げたというのだ。(昭和12年9月17日上海発『読売』特派員通信) 同年、南京でも似たようなことが起こった。南京陥落の直前、支那軍は全ての井戸、水溜、クリークなどに毒物を散布したのだ。(昭和12年12月10日南京発『大阪毎日』) 阜寧蒙城方面でも、支那軍の投毒があったらしい。退却する支那兵が井戸に毒を投げ込み、逃走中の支那民衆が毒物混入の水を飲み、多くの者が行き倒れになってしまった。井戸水を飲んだ支那土人は苦しさで七転八倒、中には吐血する者がいたり、全身痙攣(けいれん)を引き起こす者もいたという。日本軍が入城後、軍医が飲料水の検査をしたところ、水銀や青酸カリが混入されていることが判った。

  支那人はコレラ菌も散布していた。昭和13年7月26日、我が軍は九江に入城したが、軍内に若干のコレラ患者を出した。城内には、多数の支那避難民がコレラに感染して苦しんでいた。しかし、我が軍の絶大なる努力と、卓越せる防疫処置により、流行拡大が沈静化し、やがて終熄したという。ところが、コレラの発生原因を調査した当初から、日本軍には疑問が湧いていた。俘虜難民たちを調査すると、入城前にはコレラ感染者の発生が見られない。発病者ゼロ号(最初の患者)は、難民側で26か27日、我が軍では一日遅れて、27日か28日になってからだ。その罹患原因はいずれも避難途中か入城の頃で、暑い最中、咽の渇きに堪えきれず水を飲んだことが原因であろうと推測された。発病は爆発的で、一時期に各方面で現れ、難民収容地区5カ所中、3カ所で同時に発生したらしい。第1号患者は直ぐに亡くなってしまったという。市外で外国権益内の井戸を使用する者に患者は見あたらなかった。それに、いつもの支那兵なら、撤退時に街に放火するはずなのに、九江市街は灰燼(かいじん)に帰した跡が見られない。まるで我が軍に委託したような状態だ。支那軍はわざと無傷のまま九江を明け渡して、油断した日本人が細菌混入の水を飲むよう期待したのではないか? 支那民衆は附随的損害(コラテラル・ダメージ/collateral damage)というわけだ。テレ朝の『ザ・スクープ』では、我が軍が支那人村にペストを散布して、村民を殺したように非難していたが、実際は支那軍が民間人を毒殺していたのだ。支那軍は一般の女子供までが、ペストやコレラに感染して死んでも気にしない。鬼畜に劣る支那人。鳥越俊太郎はこの事実に一切触れなかった。情報隠蔽をしていたわけだ。鳥越には恥の観念が無いのだろう。

  『ザ・スクープ』第2弾では、アメリカ公文書図書館に731部隊の生体実験を示す証拠資料が見つかった、とはしゃいでいた。石井機関の軍医たちが、どのように捕虜をモルモットにしたか、そしてどんな解剖や実験を行ったかを映像で流した。軍医たちが描いた解剖図や、脳を調べた時の写真といったものを、番組内で紹介していたのである。しかし、それらが本当に人体実験を行ったという物的証拠になるのか。もし、充分な証拠となるなら、とっくに朝日新聞が豪華本にして出版しているはずだ。慰安婦捏造で困っていた朝日新聞が、保守派に反撃するための強力な武器になっただろう。ところが、2007年にテレビ放送して以来、一向にキャンペーンを張らない。摩訶不思議。『ザ・スクープ』では、慶應義塾大学の松村高夫教授を登場させて、信憑性を高める演出をしていた。731部隊によるペスト菌散布を松村氏に説明させていたが、なぜか公開された極秘文書で「朝日祭り」を開催しないのだ。どうしたんだ? いつもの元気は何処へ行った? この松村教授というのも、要注意人物である。彼は吉林省社会科学院日本研究所と共同で731部隊について調べており、その成果が『戦争と疫病 七三一部隊のもたらしたもの』(本の友社)と『七三一部隊がやってきた村 平房の社会史』(こうち書房)である。なんてことはない、松村教授は支那人とグルになって731部隊を糾弾していたのだ。こういった裏の繋がりをテレビ局は表示しない。これではジャイアント馬場の十六文キックと同じである。対戦相手のレスラーが、馬場が挙げた足に向かって、自ら進んで行き、腹に当ててもがき苦しむ演技をしていた。もちろん、観客は名物の八百長を承知の上で喜んでいた。しかし、テレ朝やNHKはヤラセ取材をバラさない。

  支那に操られた日本のマスコミは、731部隊が罪無きロシア人、支那人、モンゴル人、朝鮮人を捕虜にし、「マルタ」と称して人体実験に用いた、と非難している。平成12年3月5日に日本テレビが放送した『知ってるつもり』でも、731部隊を取り上げ、ロシア人の母と子を「マルタ」にして実験用モルモットにしたと非難していた。しかし、本当に我が国の軍医が、母親と幼い子供を生体実験の材料にしたのか? いくらなんでも、そんなことは出来ないだろう。悪魔と見なされている石井少将だが、日本人としての誇りを捨てたわけではない。支那人とは違う。我が国の誇りある軍人が、泣き叫ぶ女子供を手に掛けるわけないじゃないか。こんな事がもし陛下に知れたら、大本営の将軍たちは皆切腹しなければならない。陛下の逆鱗に触れて生きることなど出来ない。首相になった田中義一大将だって、支那事変について天皇陛下から叱責され、日々悶絶したではないか。狭心症の田中首相にはかなりこたえた。こうした日本だから、石井部隊が一般人を拉致して生体解剖を行ったとは信じがたい。

  しかし、我が国は日本を憎悪する学者で溢れているから、731部隊の悪行を暴く偏執狂がいるのだ。静岡大学の黒羽清隆(くろは・きよたか)教授と神奈川大学の梶村秀樹(かじむら・ひでき)教授は、熱心に宣伝していた。

  この細菌戦研究部隊は、敗戦時2000人余りの部隊員を擁し、日本全国から医師・研究者を集めた大規模なものであった。人体実験されたのは、関東軍によって捕らえられた中国人、ロシア人、モンゴル人、朝鮮人の捕虜で、その数は3000人以上にも及ぶ。捕虜たちは「マルタ=丸太」と称された。字義通り、人格を失ったたんなる実験“材料”として扱われたのである。・・・「マルタ」にはペスト、コレラ、チフス、赤痢、梅毒スピロヘータなどの生菌が注射や食物によって与えられた。そして「標本採集」のため、ひそかに生体解剖がほどこされ、解剖後の臓器は各研究グループに分配されたという。(黒羽清隆/梶村秀樹 解説 『写真記録 日本の侵略 : 中国朝鮮』ほるぷ出版 1983年 p.88)

  この本には長春の「吉林省革命博物館」で展示された写真が掲載されている。先ほど紹介した捏造写真が使われているのだ。1980年代には黒羽・梶村や本多勝一が、支那人の手引きで反日出版を行っていたのである。大学、研究所、新聞社、テレビ局には、間諜(スパイ)や工作員、協力者、自発的反日学者が大勢いるのだ。静岡大学や神奈川大学ばかりでなく、慶應義塾大学や早稲田大学、とりわけ東京大学などて、何も知らない大学生に嘘が堂々と注入されていた。現在でもそれは変わらない。普段はまともな判断をする日本人が、歴史問題となれば異常な発言を行うのは、こうした有害教授が教条(indoctrination)を刷り込んでいるからである。つまり、ジキルとハイドのような二重人格者に仕立てているのだ。

  欧米の大学でも同様だが、日本の大学では歴史学部が、左翼に完全掌握されている。したがって、日本人の利益を守るような学問がないし、愛国的学者がほぼゼロ。だから、一般国民が安心して読むことが出来る学術書が無いのだ。どれもこれも、細かく複雑な論述で、無味乾燥した内容に加え、左翼偏向の史観で註釈されている。つまらぬ本は大量に大学図書館で冬眠している。こうした書籍は古書店でも引き取らないから、漬け物石の代わりにしかならない。(漬け物甕にも使えないから、「押し花」用書物であろう。) 石井部隊の極秘資料は、米国に押収されたから、その真相は闇に消えたのも同然である。石井隊長以下の軍医が免責となっても、彼らが口を開くことはなかった。月日が経つと支那人側に有利となり、日本人は劣勢に立たされる。無かった事を証明することは難しい。支那人は恥ずかしくもなく嘘をついて、生体実験を言い立てるから、欧米諸国が日本人を疑惑の目で見る。我々がいくら否定しても、欧米人は日本人が何か隠していると勘ぐるだろう。日本政府が毅然と否定するとは望めないから、またもや民間人が熱心に731部隊を研究することになる。日本の政界に親日政権が出現することを望みたい。




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