禁断の歴史解釈

Churchill FDR Stalin 1Hitler 2










  ドイツ人は精神的に病んでいる。有色移民が来襲しているのに、自分の国土を守れないどころか、お金までくてれいるのだ。かつては栄光に輝く一流国家だったのに、今じゃ四方八方からイジメられる前科者。背中に彫られた鉤十字を何時までも責められる。「堪忍してや」と詫びるけど、鬼の形相をしたユダヤ人が許さない。「またぁ~、ユダヤ人なの?」とおっしゃるなかれ。浜の真砂が尽きるとも、ユダヤ人の害悪が尽きることはない。ドイツ人の頭がなぜおかしいのか? それは、第二次世界大戦という銃撃戦は終わったけど、ユダヤ人による心理戦がまだ続いているからだ。戦争に勝ったとはしゃいでいるアメリカ人やイギリス人も、他人事じゃないんだぞ。同じ病に罹っているんだから。

  歴史をちょっと振り返ってみれば分かるだろう。戦争には目的がある。山があるから登るんだ、という言い訳とは違うのだ。ユダヤ人を助けたくてイライラしていたチャーチルだけど、イギリス軍が単独で戦うにはドイツは強すぎる。しかし、おっちょこちょいの日本が真珠湾を攻撃してくれれたお陰で、祈っていた念願が叶い、アメリカ兵を歐洲大戦に引きずり込めた。アメリカ国民はまんまと罠に嵌められたのも知らずに、元気溌剌ジャップを殺しに大平洋へと躍り出た。でも、侮っていた日本兵は予想以上に強かったからびっくり仰天。46センチ砲を備える戦艦大和まで登場したから、アメリカ軍将兵も褌(ふんどし)を、いやブリーフを締め直した。アメリカ兵に大量の死傷者が出てしまったが、イギリス国民を犠牲にしてまでユダヤ人を救いたかった英国首相にとって、アメリカ人の命など単なる消耗品でしかない。相方のローズヴェルト大統領もそんなの気にしなかった。FDRはカクテル・パーティーで忙しかったからだ。

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(右: チャーチル / 中央: スターリン /右 : ローズヴェルト)

  ヒトラーは英国征服の野望を持っていたのか? 少なくともイギリス人ほどの野心は無かった。それどころか、イギリス人と同盟を組みたいヒトラー。「乾杯 !ルネッサンス !!」 と髭男爵のように笑わないのが、マールバラ公爵のお坊ちゃんである。ドイツの総統に肘鉄を食らわせたチャーチルは、英独両国民が蛇蝎(だかつ)の如く嫌う共産主義国と手を組んだ。そんなことをするより、ボルシェビキを打倒したいヒトラーにソ連侵攻を勧めればいいじゃん、と考えるのはチャーチルの正体を知らない善良な素人。歴史に名を残したいウィンストン卿は、せっかくのチャンスを逃したくない。ローズヴェルト大統領が言ったように、戦時の指導者は人々の記憶に残るからね~ぇ。不謹慎だけど本音は隠せない。大量出血を伴った大戦が終わってみれば、大英帝国は崩壊し、スターリンはポーランドのみならず、東欧や東ドイツを手に入れて笑顔が絶えない。

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(左: ヒトラー / 中央: マッカーサー / 右: 毛沢東)

  イギリス人と同様に共産主義が大嫌いなアメリカ人は、支那大陸や朝鮮半島から日本人を追放して萬歳三唱。でも、結果は毛沢東が支那皇帝になって、核兵器まで保有するようになった。兇暴な日本軍を叩き出して、朝鮮半島に進駐したアメリカ兵は、怒濤の勢いを見せる赤軍に圧倒される。赤の脅威にマッカーサー将軍は真っ青。血の海でもがくアメリか兵を見たら、日本は悪くなかったと華麗なる将軍は懺悔を述べた。こうした間抜けな英米国民をよそに、ユダヤ人はアメリカやカナダ、オーストラリアに避難できて大喜びだ。異教徒の地でまたもや着々と財力を蓄え、原住民の政治家を札束でビンタし始めた。これでは、まるで長屋の店子(たなこ)が、大家の屋敷を乗っ取ったようなものだ。

  日本人は歴史を忘れるが、ユダヤ人は歴史に学ぶ。学ぶだけじゃなくて作ることにも熱心だ。ドイツで迫害されたのは何故かを考え、その悲劇が再発しないよう予防措置を講じる。ドイツ国民がユダヤ人を排除しようとしたのは、ナショナリズムが広まったからでもある。それなら、ナショナリズムを禁止すればいい。そして、ユダヤ人が嫌われたのが、その醜い容姿に原因があるならば、ドイツ人を全員盲(めくら)にしてしまえばいいのだが、それは現実的に無理がある。ならば、彼らの頭をこじ開けて脳味噌をぐちゃぐちゃに改造し、ユダヤ人の肉体を「変」と思わなくすることだ。それには、ユダヤ人がゲルマン系西歐人と混血して仲間を増やし、西歐人が長年持ち続けた人種意識を撲滅することが肝要である。第二次大戦後に移住した新天地のアングロ社会では、未だに白人優越思想が根強く残っていたから、ユダヤ人は総力を挙げで、西欧系国民の精神改革を進めなければならない。しかし、頭ごなしに白人社会を攻撃すれば、猛反発を招くから、まずナチスをやっつけた戦勝国の自尊心をくすぐることから始めた。すなわち、アメリカ兵を正義の天使に祭り上げ、人種差別を掲げたドイツ人を悪魔にする作戦だ。

  この策略が成功すれば、白人に人種平等思想を注入できる。ユダヤ人に対する嫌悪感を削除するには有効だ。すくなくとも、無意識の自己検閲を行う白人が増えるだろう。マスコミや政官財の要職、学術界、藝能分野、法曹界など各方面に散らばったユダヤ人が、コツコツと反ユダヤ主義を潰して行けば、ユダヤ人を排斥しようとする発想は倫理的罪となる。有事になって武器を取る西歐人は強いが、平時に丸腰となった彼らは弱い。しかも、頭脳戦という卓上の闘いならば、ユダヤ人の独壇場である。彼らはこっそりとアメリカ人の歴史を書き換えた。アングロ・サクソン人によって建てられた共和国なのに、ユダヤ人の反ゲルマン主義が植え付けられたことにアメリカ人は気づかないのだ。西欧系アメリカ人は、ユダヤ人がユダヤ民族組織やイスラエル・ロビーを結成しても不思議に感じない。黒人やヒスパニックが同様な徒党を組んでも平気である。しかし、アングロ・サクソン政党とか、ヨーロッパ系アメリカ財団、白人支援組織、アーリア・ロビーが出来たら、一大事どころではなく、マスコミが蜂の巣を突いたように騒ぐだろう。しかも、その蜂はひと刺して死んでしまうミツ蜂じゃなくて、何度でも刺してくるスズメ蜂だ。西欧系アメリカ人が、人種的根源を詮索するような動きを見せたら、ユダヤ人は即座に警告を発し、情け容赦ない一斉攻撃を浴びせ始める。共和政ローマのマーカス・カトーは、かつて「カルタゴは滅ぼされねばならぬ(Carthago delenda est)」と呼びかけたが、ユダヤ人は阿吽(あうん)の呼吸で「ゲルマン人を抹殺せねばならぬ」と考えたのだろう。

尚武の精神が宿るゲルマン人

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(左: モルトケ参謀総長 / ハンス・ヘルマン将軍 / ドイツ軍パイロット / 右: ナチ・ドイツの将校)

  戦争の達人と言えば、すぐドイツ人が思い浮かぶほど、ドイツ人の戦闘能力は高い。合理精神の権化みたいな将校や士官が、忠実で強靱な肉体を持つ下士官と連携し、機械のように正確に動く部隊を編成するのだ。まさしく殺人マシーン(killing machine)。ドイツ軍に刃向かった国は、殲滅される運命を待つことになる。こんなドイツ人が国民主義に目覚めて統一国家を建設したらもう大変。フランス人のみならず、七つの海を支配するイギリス人も顔が曇ってしまう。しかし、やってはいけないことをやるのがフランス人。革命の勢いに乗ったナポレオン麾下の大陸軍(Grand Amée)が、眠っていた虎の尻尾を踏みつけてしまった。やっちまたなぁ~。フランス人に祖国を蹂躙されたドイツ人は臥薪嘗胆、復讐の機会がくるまで準備を怠らなかった。ドイツ参謀本部の誕生秘話は興味深いが、長くなるので歴史書に譲ることにする。普仏戦争でドイツの圧勝はご存じの通り。かくして、プロイセンによるドイツ帝國の誕生となった。リデル・ハート大尉じゃないけれど、プロイセンは国家を持った軍隊とはよく言ったものである。

  オーストリアの歴史家フリードリッヒ・ヘアー(Friedrich Heer)がヨーロッパ人は根っからの戦士民族だと喝破した。そのなかでもドイツ人は群を抜いている。「チュートン人の怒り」といったら泣く子も黙るマジック・ワード。戦(いくさ)の神様は古代ゲルマニアにいたんじゃないか、と思えるほどだ。おそらく、精悍なゲルマン人が激昂したら右に出る者はいないだろう。何しろ、このゲルマニアの巨人ときたら命知らずの兵(つわもの)揃い。彼らを相手にして戦った古代ローマ人だって、修羅場を幾度も越えているから、ちょっとやそっとのことでは根を上げないのに、そのローマ人が怯えたのだ。戦術を練って組織的に戦うローマ人と違って、ゲルマン人は一種の陶酔をもって戦いに挑んだという。こうしたゲルマン戦士について、グスタフ・フライタークが語っている。

  ゲルマン人達が戦闘に出かける時には、彼らは戦い慣れしたローマ人の厳しい落ち着きとは著しく対照をなす一種の戦う憤怒の状態で戦った。(G.フライターク 『ドイツ社会文化史』 井口省吾 訳 名古屋大学出版会 1996年)

  考え様によっては、幼稚で未熟な野蛮人に思えてしまうが、武士の日本人からすれば、高揚感に駆られて出陣するゲルマン戦士に妙な共感が湧いてしまう。しかし、これが南欧人やオリエントの民だと、たとえ怒りや憎しみに燃えていたとしても、その本心を隠したまま敵と向き合った方が得策だと考える。アジア大陸や地中海沿岸に住む民族は、いかに相手を騙しながら、最小の損害で最大の戦果を得るか、と計算してしまうのだ。武力に訴える前に、奸計を用いるのが賢いとされるから、オリエントの民族は骨の髄まで狡猾である。支那人を見れば我々も理解できよう。日本人は兵法といったら、「孫子」を読んで策を練るが、支那人なら「韓非子」や「六晦」、「呉子」を開いて、なるべく痛い思いをせぬ心理戦を仕掛ける。戦わずして勝つのが上策で、武器を持って突撃するのは下策なのだ。支那人は腕よりも舌を鍛える。だから、文弱な老人が天下を取れるのだ。鄧小平を見れば分かるじゃないか。あんな小男が皇帝の座に就けたのは、閻魔大王も一捻りの奸智に長けていたからだ。

  ローマ人はフェニキア人やエジプト人、ペルシア人などと接触していたから、狡賢いやり口に慣れていた。しかし、ゲルマン人はこうした老獪な古代文明国と交わっていなかったから、肉体と肉体が正面からぶつかる白兵戦しか知らなかった。フライターク曰く、、ローマ人は慎重に身を隠し、力を節約する一方、退路を空けておき、どんな宿営地でも要塞にするのがローマの戦術である。ところが、ゲルマン人は敵に対して激しく突撃し、無謀なくらい身を曝し、個人の勇敢さと敵に恐怖心を与えるのが彼らの流儀だった。ローマ兵は戦闘の際、頭に兜を被り、肩を鉄で覆い、身体を革の胴着で保護する。しかるに、ゲルマン兵は戦闘の前に衣服を脱ぎ捨て、時には腰に纏った褌(ふんどし)だけの丸裸。昂然と胸を露わにするや、敵の矢面に向かって突き進む。ゲルマン人は相手の身体に接近し、重い投げ槍を敵の楯に叩きつけ、力強く跳躍して追いかけるのだ。このように飛びかかると間髪を入れず、敵の胸に思いっきり剣を突き刺す。恐怖に怯えた敵兵は悶絶(もんぜつ)しながら息絶える。「彼らにとって戦いはあたかもお祭りのようであった」。ゲルマン人にとって、戦いは宗教的な祭典という側面があったのだ。それゆえ、彼らは神を称える歌を口ずさみながら敵中に突入したという。(上掲書 p.37)

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(写真/TVドラマ「ヴァイキンクズ」の一場面)

  戦場では獰猛なゲルマン人だが、戦士としては高い理想を持っていた。彼らは敵に対しても誠実でなければならない。敵との戦いは常に神の裁きであり、有利な条件は両者にとって平等であるべし、と考えていた。相手は攻撃に対して準備が整っていることが前提。たとえ敵であっても、無防備の男を襲ったり、ましてや備えの出来ていない者を、騙し討ちにして殺すのは卑劣とされていた。決闘も日時と場所が事前に決められ、両者に同じ条件が提供されるような土地が選ばれたという。こうした「男同士の戦い」という率直な考えは、ギリシア人やローマ人にすら馴染みがなかったという。(p.138) ホメロスの英雄たちも、安全な家からそっと抜け出し、油断している敵を奇襲することが賢明と考えていた。古典作品を読めば、“なるほど”と思うだろう。オデュッセウスの妻ペネロペのもとには、夫が遠征で留守にしている事を好機と捉えて、求婚する者たちが押しかけた。故郷に戻ったオデュッセウスは、こうした不届き者を皆殺しようと考える。しかし、彼は妻に言い寄る者たちに姿を見せて、堂々と決闘を挑まず、懐に武器を隠して、無抵抗の者たちを倒したという。現実には、ゲルマン人も卑怯な襲撃を行ったが、彼らには依然として「戦士の誠実さ」という嗜好があった。この理想は後にキリスト教と絶妙に絡み合って、中世の騎士道へと繋がってゆくのだ。

  軍人にとり名誉は生命よりも重い。ゲルマン人は戦いの中に生き甲斐を見つける種族と思えるほどだ。命は地球より重いなんて言った福田赳夫は、ゲルマニアなら乞食より惨めな扱いを受けたであろう。5歳のゲルマン人少女だって侮蔑して、口を利かないんじゃないか。こんな奴でも日本国の首相になれたし、その愚息、福田康夫も首相になれた。我が国はどうかしている。ゲルマン人にとり、血みどろの戦は壮絶だが男らしい仕事であり、その思い出は民族に感動を呼び起こす叙情詩であった。こうした詩に対してゲルマン人より情熱的に感じた民族はいないだろう。彼らはたとえ戦場で斃れても、民族の最高神がその英雄を天に集めてくれる、と信じていた。武勇を示した者が敬仰される社会は素晴らしい。戦で命を賭けるのが当然な社会では、父が息子に民族の武勇伝を語るのは常識である。詩人が歌うことといったら、祖先の偉業だった。(p.54) ゲルマン人は子供頃から、自分の体に偉大なる祖先の血が流れていることを自覚していたのだ。これなら祖先の武功に恥じぬよう、自らも勇敢に戦おうという気概が出てくる。ゲルマン人の男たちは死の恐怖をものともせず、途方もない事を敢行すると思われたが、これがゲルマン人戦士の名誉だった。

  こうしたゲルマン人を見ていると、彼らはなぜ戦死を恐れなかったのか、という疑問が湧いてくる。ゲルマン人にとり死は終焉ではない。自分の生命は、時が来れば太古の祖先から流れる血の大河に戻るのだ、と考えていたからだろう。自分が斃れても、その血統は息子や孫に継承されるから、家系の断絶という心配はない。血筋が途切れるという懸念が無くなれば、あとは戦場で何が起きようとも、心置きなく戦うことができる。生き延びたいとか、戦利品を手にしたいと欲することで、卑怯な真似をして恥をさらすより、決死の覚悟で敵に斬りかかった方がいい。アジアの民が臆病なのは、戦死はつまらないことで、生き残って人生を楽しむことに価値があるからだ。戦場で悧巧に振る舞った方が生存率が高くなるし、ひょんな事から勝利すれば、掠奪というボーナスにありつける。山のような戦利品を抱えて家に戻れば、何だって正当化されるし、どんな法螺話も実話になるだろう。戦争は利益があるから意味を成す。ゲルマン人と対照的なのは支那人である。支那人は勇気を必要とする戦士に向かないし、形勢不利となれば逃げ足が速く、戦友の危機を救うより自分の命が一番。仮に負けたって掠奪することは忘れない。ちゃっかりしているというか、呆れるほど卑怯な連中である。

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(左: セーム・シュルト / アル・パチーノ / ユリウス・カエサル / 右: ブロンドの北欧女性)

  どの民族にも傲慢なところがあるものだが、ゲルマン人が持っていた尊大さの根源は、その揺るぎない実力と他人を圧倒する容姿にある。S. フィシャー・ファビアンによれば、当時のローマ人の平均身長は150cmくらいしかなかったそうだ。(『ゲルマン民族・二つの魂』 片岡哲史 訳 アリアドネ企画 1998年 p.222) 一方、比較的長身だったゲルマン人は平均して170cmほどだから、中には180cmないし190cmくらいの者が居ても不思議ではない。藤堂高虎みたいな武人がたくさんいたという訳だ。ローマ人の間で中背くらいと言われたカエサルだと、約20cmも上を見てゲルマン人と会話したんじゃないか? 現在なら、俳優のアル・パチーノがオランダの格闘家セーム・シュルトと対面するようなものだ。長身の巨体に加え、「ブロンドの髪、頬に柔らかな赤みを帯びた白い皮膚、青い両眼の鋭い反抗的な視線」を持ったゲルマン人は、イタリア出身者にとって怪物に思えたんじゃないか? しかし、ローマ人はドイツ人の顔立ちの強い特徴を好意的に眺めたそうだ。(p.35) 怖くて憎いゲルマン人でも、その肉体を目の当たりにすると、自然と畏敬の念を抱いてしまう。ゲルマン人は北方の野蛮人であっても、その肉体的特徴は地中海の民に好評だった。とりわけ彼らが靡かせる金髪は、太陽に輝く繊細な絹のように見えたので、固い黒髪を持つローマの女たちはこぞって金髪を求めたそうである。(p.228) こうした需要のお陰で、以後数百年間は金髪の輸出が、一番儲かるゲルマン人の商品になった。

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(左: サーシャ夫人とスタローン / 中央: ブリジット・ニールセン / 右: 結婚当時のスタローン夫妻)

  そういえば、イタリア系ユダヤ人のシルヴェスター・スタローンは糟糠(そうこう)の妻サーシャと別れた後、ノルウェー出身のモデル、ブリジット・ニールセンと結婚したが、彼女は典型的な金髪美人だった。イタリア系移民の小倅(こせがれ)が、偶然にも映画界で成功を納め、憧れの北欧美女と結婚できたから、さぞかし嬉しかったに違いない。肉体的優越感を持つ北欧人から、いつも馬鹿にされている南欧人にとってみれば、トロフィー・ワイフ(戦利品たる妻)をモノにしたことになる。見せびらかしたい、と思っても無理はない。映画『コブラ』は大した作品ではないが、スタローンにとっては意味があり、南欧人仲間に対する自慢であろう。ついでに言えば、映画『ターミネーター』はスタローンが演じていたら、ヒットしなかったかも知れない。顔に締まりの無いイタリア人やユダヤ人が、サイボーグを演じたらコミック作品になってしまう。やはり、オーストリア出身のゲルマン系俳優が、冷徹な機械を演じたから観衆にウケたのである。液体メタルのサイボーグも同じで、アイリス系俳優のロバート・パトリックが演じたから良かったのに、新作では朝鮮人のイ・ビョンホンに役が回ってしまい、ガッカリする作品となってしまった。多民族主義を掲げるハリウッドは墓穴を掘ったことになる。

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(左: スタローン / 「ターミネーター」のシュワルツネッガー / ロバート・パトリック / 右: イ・ビョンホン)

  現在の我々でもゲルマン人を高く評価するのは、彼らの優越感に実力が伴っていたからである。ゲルマン人はガリア人やローマ人と衝突した時、自分たちの方が強くて、優れた男であると誇りに感じていた。(p.41) ガリアを征服したユリウス・カエサルだって、渋々だがゲルマン人の武力を認めていたという。というのも、自分に従うガリア人や配下の者どもがゲルマン人にビビっていたのだ。カエサルの軍が食糧供給のためウェソンティに数日滞在した時のことである。カエサルの軍に出入りするガリア人や商人たちは、ゲルマン人と出遭ったらしく、彼らはゲルマン人の顔つきや目の光りに耐えられなかったらしい。そこで、彼らはゲルマン人が法外な体格を持ち、信じられないほどの勇気があり、戦争で鍛えられていることを皆に伝えたというのだ。こうした噂を陣営の兵が聞けば、心穏やかとはいかないだろう。彼らが語り部に問いただしたりするうちに、何となく全軍が大きな恐怖に囚われてしまった。(カエサル 『ガリア戦記』 近山金次 訳 岩波文庫 1996年 第1巻39節) ローマ軍の士気は衰え、精神をかき乱す者さえ現れたという。最初に動揺を起こしたのは、千人隊長や援軍の隊長、それと友情を頼りにローマを出てカエサルに附いてきたけれど、軍事の経験はたいして無い人々であった。

  臆病者と罵ることは簡単だが、あんな話を聞けば、命が惜しくなるのも分かる。しばらくすると、それなりの理由を作って、お暇(いとま)を乞う者がカエサルのもとに次々とやって来た。カエサルの許しを得て出発したいと言い出す者もいれば、恐怖に駆られたことを恥ずかしく思い、本音を言い出せずに留まる者もいたという。しかし、やせ我慢をしたものの、その顔色を隠せなかった者は、涙を抑えることができず、天幕に隠れて自分の宿命を嘆き、仲間同士で慰め合ったそうだ。当時の戦いといったら、斧で手足を叩き切ったり、短剣で内蔵を抉ったりと、生々しい殺し方が主流である。しかも、戦友が絶叫しながら嬲(なぶ)り殺しにされるのを見たり、その返り血を浴びたうえに、地獄から響く呻き声を耳元で聞くんだから堪らない。ゲルマン人の如き強敵を前にしたら、誰だって命の危機を肌で感じとるだろう。我々は残酷な死というものが、いとも簡単に身近に迫る時代を軽く考えてはならない。

義務に忠実なゲルマン人

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  戦闘において、ゲルマン人は嵐の如く蛮勇を振るい、各人はどれだけ多くの敵を倒すかという競争に熱心だった。集団で結束し勝利を確実なものとするよりも、個人の武勲をあげることに重点が置かれていたのである。そんな個人主義が強く見られるゲルマン人であったが、他の民族に見られない独特な美徳があった。彼らには他人へ一途に尽くすという志向があったのだ。(フライターク p.54) これはローマ人についても当てはまる事だが、「義務」というのは神聖な誓いによって成立し、それを放棄することは神への冒瀆にも似た罪となる。ゲルマン人の場合、そうした義務は一方的ないし相互的に結ばれていたが、基本は個人に対する“献身”だった。ただし、これは自由意思に基づかねばならない。ゲルマン人が取り交わす義務は荘厳な儀式によって不動となり、生きている上で最高の価値を有したという。彼らは義務を守るためには如何なる犠牲も厭わない。この誓いが要求する自己放棄やその際に示される誠実さは、現世の人間にとって比類無き名誉となった。

  表面的にローマ人はゲルマン人を未開人のように考えていたが、実際は彼らの民族的長所を見抜いていたという。ゲルマン人は策略が不得意で、簡単に人を信用する短所もあるが、意外とも思えるほど公正な感覚を持っていた。それに、ゲルマン人ほど激戦に耐えうる民族はいまい。彼らは出陣を前に、戦(いくさ)の神に誓いを立てて戦う決意を示すし、指揮官あるいは仲間に献身を誓った者は、その象徴として鉄の指輪をはめ、戦列に加わると、依怙地になるくらい奮闘したのだ。誠実なゲルマン人の特質に目をつけたローマ人は、しばしばゲルマン人を自己の護衛兵として雇ったらしい。命を狙われやすいローマ皇帝が選んだ近衛兵もゲルマン人が多かった。(スエトニウス 『ローマ皇帝伝』 下巻 国原吉之助 訳 岩波文庫 1986年 第七巻ガルバ 12) 皇帝カリグラもバタヴィア族の護衛兵を有していたくらい、ゲルマン人を信用していたそうだ。(上掲書 第四巻カリグラ 43)
ローマ皇帝はこうした主従関係を結ぶ時、ゲルマン人の流儀を用いて、新しい主人に命を捧げるよう誓わせたという。ゲルマン人には異国の政治や法律はどうでもよかったし、奉仕する主人が他の人にとって幸せになるのか、それとも禍(わざわい)になるのか、といった問題もほとんど気にかけていなかった。彼らの責務は主人のために戦って死ぬこと、そして主人が謀略によって倒れた時には、その死を血でもって贖い復讐を果たすことにあった。(フライターク p.55) この異民族に惚れ込んだ皇帝の中には、ゲルマン風の服装さえ身につける者が現れたという。護衛兵に頼った皇帝は、ゲルマン人と人格的に結ばれていたらしい。 

  ドイツのみならず西歐一般では、義務の概念が非常に強い。特に軍隊が国家の背骨を形成しているから、義務に忠実な軍人というのが理想となっている。アメリカのウェスト・ポイント(陸軍士官学校)でも、国家への忠誠と奉仕に加えて、「義務と名誉(Duty and Honor)」がモットーだ。任務に忠実な軍人を育成しなければ、軍隊は組織として機能しない。命に危険が及ぼうとも、与えられた義務を果たすのは、軍人の本能であり宿命でもある。古代ローマ人は軍人教育にとって非常に役立つ手本となっていた。例えば、ヴェスヴィオス火山の噴火でポンペイの街が灰に埋もれたことは有名である。この埋没した都市は、考古学者にとって宝の山と見なされるが、その中に軍人の鑑となる真の兵卒がいだのだ。彼は宮殿の守衛を任ぜられたので、火山が爆発しても尻込みをすることなく、その場に留まっていたらしい。火山灰が降り積もる中、持ち場を離れなかったローマ兵は、体に吹き付ける灰の硫黄成分を吸い込み窒息したそうだ。発掘されたポンペイに彼の遺体は残っていない。熱によって溶けずに残った兜と槍、そして甲冑のみが、彼の存在を伝えている。この忠実な兵士の肉体は塵と化したが、彼の名誉は永遠に人々の心に刻まれたのだ。(Samuel Smiles, Duty, John Murray , London, 1926, p.16)

  日本人も義務に忠実な民族だから、古代ローマ人やヨーロッパ人が大切にした義務という徳目を自然と理解できる。しかし、世界の諸民族を見渡せば、義務に忠実な国民性を持つ国家は稀であろう。日本人なら支那人と欧米人を比べれば直ぐ分かるはずだ。例えば、転勤で支那に派遣された日本人は不安で堪らない。妻や子供が病気になれば病院に連れて行くが、支那人の医者なんか怪しくて信じられないだろう。もし、ドイツ人かイギリス人の医者が居たら、絶対彼らの方を選ぶはずだ。日本人は本音に正直だから、命に関わることだと人種偏見反対という建前は影を潜める。暗黒大陸支那では、医療過誤は当り前で、誰も責任を取らないし、裁判だっていい加減。判事が手にする秤は金貨の重さで傾くし、法典の文字は空虚な絵空事である。支那では正義の女神テーミスが銭の神マモンになっているから、もともと公正な裁判は存在しない。警察署や裁判所が腐敗の温床なら、人民解放軍は核兵器を持つ悖徳の伏魔殿であろう。軍人が国防より、商売に熱中するんだから、呆れて物が言えない。軍人の名誉なんて一銭にもならない戯言(たわごと)である。そもそも支那の軍隊は共産党の私兵だし、その実態は匪賊だから、義務もへったくれもあったもんじゃない。強者に媚びて弱者を潰すのが支那人のモットーだ。軍人は国民が全滅したって、自分の命が助かれば良しとする。味方を監視する督戦隊を持っていた支那人は、世界中の笑い物である。

  日本人には、なぜ支那人が義務感を持たないのか分からない。何百年も漢籍を学んだってこの程度。それには幾つか理由があるが、その一つに、自由の缺如(けつじょ)が挙げられる。フランスの政治家で哲学者だったジュール・シモン(Jules François Simon)は、人間が人格を形成するときと同じく、義務を遂行するためには自由でなければならない、と述べていた。何千年も前から、皇帝の奴隷でしかなかった支那人には、自由の概念は微塵も無い。支那人ときたら、如何にして脱税をするのか、あるいは法の網に抜け穴は無いのか、監視の目をそらす方法は何だろう、といった事にしか興味がないのだ。利己主義に固まった大陸では、きれい事を並べた論語より、他人を犠牲にして自分の利益を計る、といった処世術の方が人気となる。軍役というのは強制労働であるから、指揮官の権力が衰えれば、兵はいつでも見棄てて良いし、面従腹背は双方にとり常識である。支那事変の頃、戦場で形勢が不利に成った支那軍から、寝返りを申し込んできた支那人指揮官が居て、日本の将兵は驚いた。ニヤニヤしながら交渉する支那人に、さすがの日本兵も呆れたという。破廉恥という言葉が無い支那人には、同じ部隊の戦友を見棄てても良心が痛まない。なぜなら、支那人には神聖な儀式による忠節がないからだ。かつて、古代ギリシアの劇作家メナンドロス(Menandros)が自由と義務について語っていた。我々の胸には神、すなわち「良心」という神が宿っている、と。現世御利益の信仰しか持たない支那人にとったら、命を犠牲にする義務なんて「自殺」と変わらないのだ。支那人の辞書には「良心」という項目は見当たらない。陰謀渦巻く支那では、ゲルマン人が持っていた誠実さなどは、馬鹿な子供が持つ弱点と同じである。国家に殉じた日本の将兵も、支那人にはアホの模型としか思えない。

卑怯なユダヤ人

  大東亜戦争に敗れた日本人は、絨毯爆撃や原爆攻撃を行ったアメリカ白人を憎み、彼らを戦いの勝者と見なしている。しかし、激戦を生き延びたアメリカ人は、勝利の美酒に酔っているうちに自分の国家を失ったのだ。ナチ・ドイツに迫害されて可哀想、と思ったから、大勢のユダヤ難民を受け入れてやったのに、そのユダヤ人がいつの間にかアメリカを牛耳る支配民族に成長してしまった。もともとアメリカ国民は、欧州の戦争に干渉したくなかったが、日本軍が真珠湾を奇襲したので、日米開戦となっただけ。ナチスを懲らしめるために戦争を起こしたのではない。ましてや、ユダヤ人を救うべく、自分の息子や夫、兄弟が死んでもいいと思う白人女性はまず居なかった。彼女たちの圧倒的多数は戦争反対。徴兵に応じた男性も、対ドイツ戦に積極的ではなかった。何もユダヤ人のために、自分の命を投げ出したり、恋人や女房子供と別れることに賛成したのではない。ナチスの人種思想を批判する者だって、アメリカ国内の人種差別を見れば、急にその舌鋒も鈍くなる。ところが、戦争に勝ったアメリカ人は、まるでユダヤ人救出の十字軍に参加したような錯覚に陥ってしまった。なぜか? それは歴史の授業が、ユダヤ人の手に落ちてしまったからだ。歴史などはビジネスに役立たない無駄な科目、と思っていたアメリカ人は後悔することになった。

  戦後、アメリカで勢力をつけてきたユダヤ人の政治プロパガンダは、巧妙かつ陰湿で、広範囲に亘る多角的洗脳工作であった。ユダヤ人が仕掛けるプロパガンダは、ナチ党が流した反ユダヤ宣伝とは比べものにならぬほど洗練されている。現在のアメリカ人は、ナチ・ドイツの軍人や官僚と聞けば、冷酷で残忍なゲシュタポを思い浮かべてしまうだろう。しかし、第二次大戦前のアメリカには、ドイツと同じくらいユダヤ人を嫌う国民がいっぱいいたのだ。特に、体格が貧相で性格が歪んだ東欧系ユダヤ人を好ましく思わない軍人が実に多かった。例えば、退役将軍フリーズが典型的なユダヤ人嫌いの軍人である。彼は何の疑いもなく合衆国が人類史上最も優れている、と断言したくらいの愛国者。フリーズ将軍は殖民地アメリカに於ける「ユダヤ人」が独立戦争、イングランドに対する戦争、憲法制定作業などに「特別な影響」ほとんどもたなかったと述べた。将軍によれば、ユダヤ人はアメリカの遺産に貢献しなかったという。むしろ、彼らは一般にアメリカの遺産とアメリカの宗教的な基盤を侵害する原因だったというのだ。(ジョーセフ・W・ベンダースキー 『ユダヤ人の脅威』 佐野誠 他 訳 風行社 2003年 p.54) 現在のアメリカ人なら、彼は何処の国の軍人か、と質問するだろう。すくなくとも、1950年代までのアメリカ社会なら、ユダヤ人に対する嫌悪感を公表できるだけの自由があった。注目すべきは、ユダヤ人が社会で頭角を現し、ホロコースト宣伝を始めたのが、1960年代に入ってからだという点である。

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(写真/ ウッディー・アレンと様々なユダヤ人)

  現代アメリカ社会は、ユダヤ・ロビーや左翼マスコミのせいで、言論の自由を制限されているが、第二次大戦前なら、軍人や学者が遠慮無くユダヤ人を批判できた。世間の一般人だって、ユダヤ人の社会進出を快く思っていなかったし、「ペテン」と「ユダヤ人」は、ほとんど同義語であった。(上掲書 p.50) ユダヤ人に対する侮蔑や非難は多かったが、とりわけ軍人の間では群を抜いていたという。忍耐や勇気といった男らしさを重視する武人にとって、虚弱体質の本の虫や金儲けに走る利己主義者、武力を避ける臆病者は我慢のならない存在であった。しかも、社会主義を掲げる知識人や共産主義を叫ぶ革命家は、ユダヤ人が中心となっていたし、僅か数パーセントの人口比率からすれば、異常なくらい多かった。祖国愛に燃えるアメリカの軍人は、ユダヤ人の態度に不信感があったという。

  この国にやってきた何千もの外国人は、海外での兵役を避けるためにやってきた。したがって国籍離脱をする者の愛国心は疑わしい。・・・・いったいどのような手段によって、これらの人々に兵役からの避難所としてのみ見なされる、この国のために命を捧げるよう説得することができるのか。いやできない。(上掲書 p.56)

  日本人なら、こうした疑問を抱くアメリカ人に共感できるだろう。我が国には大量の在日南鮮人が親子代々住みついている。彼らは韓国籍なのに、徴兵に応じないどころ、南鮮人としての自覚すら持たない。在日鮮人1世は密入国者で、2世から3、4、5、6世に至るまで、ぬくぬくと異国に居坐り、絶対に帰ろうとしないのだ。彼らは口を開けば祖国南鮮を自慢するくせに、その郷里を守る気概がこれっぽっちも無いのである。こうした卑劣な連中が、日本人と結婚したからとか、就職で必要とされるから、日常生活で何かと便利だから、という理由で日本国籍を取得するのだ。これでは命を賭けて祖国を守った英霊は、怒りで震えが止まらないだろう。最近でも、日本を憎む南鮮人が、徴兵制のある祖国を捨てて、続々と我が国に入り込んでいる。こんな下郎(げろう)でも、日本国籍を取ったら、我が国の安全保障を真剣に考えるのか? 愛国心に燃えた帰化鮮人など意味が分からない。大きな小エビ(Big Shrimp)と同じで、矛盾した合成語である。日本を心底愛する朝鮮人は限りなくゼロに近いのに、有事法制や集団安保、スパイ防止法に反対する帰化鮮人ならごまんと居るだろう。兵役逃れの外国個人が、帰化した国で勇敢な兵卒になると考える奴は、生爪を全部剥がして目を覚ませ。

  古き良き時代のメリカ人は、ユダヤ人を恐れていなかった。第一次大戦前、合衆国陸軍が反ユダヤ主義を抱えていたので、アメリカ・ユダヤ人委員会(AJC)は軍を訴えたという。その時、ある大佐は会長のルイス・マーシャルに向かって数々の侮蔑を浴びせたそうだ。その大佐が言うには、マーシャルのようなユダヤ人は、金銭に対する本能なら代々引き継がれたものを持っているだろう。しかし、軍隊については何も知らない。率直に言えば、ユダヤ人は兵士でなかったし、今後とも兵士ではないだろう。危険を避ける、堕落した「下劣な詐欺師」であるユダヤ人は、「多くの自由」をユダヤ人に与えた、この国の「国旗を辱める」のだ。アメリカにおける最大の売春組織、ぽん引き、犯罪の温床となるユダヤ人は、「道徳的な名誉心や道徳的な性格を持たない世界」における唯一の人間である。(上掲書 p.56) よく言った ! 偉いぞ ! さすが軍人だけのことはある。座布団3枚あげてもいい。ユダヤ人の政治献金に土下座して感謝する政治家とは大違いだ。

  当時の軍人は偉かったが、学者だって軍人に負けず劣らずユダヤ人を批判していた。例えば、チャールズ・ウッドラフは、ユダヤ人の卑劣な性格を露骨に述べていた。

  人種としてのユダヤ人は自らの存在のために戦おうとしない。しかし、他の人種が彼らを守るために犠牲となることは要求する。ユダヤ人が現在も生存しているのは、世界中の兵士から殺戮されぬよう守られてきたからだ。ユダヤ人はごく僅かな数、すなわち、その種族のうちでも微々たる人数を除いて、軍隊に志願しないだろう。彼らは守護者の流血によって生き延びるのだ。(Charles Edward Woodruff, Expansion of Races, Berman Company, New York, 1909, p.384)

  ユダヤ人が剛毅な精神を持たず、軍隊を避ける傾向については、ユダヤ人学者も認めているのだ。デレク・ペンスラーは、軍人になったユダヤ人を褒め称える一方的な本を書いたが、その中でちらっとユダヤ人の性質を述べている下りがある。

  ユダヤ人人は長いこと、軍隊を「何か恐ろしいもの」とか「どんなことをしても避けるべきもの」と見なしていた。(Derek J. Penslar, Jews and the Military, Princeton University Press, New Jersey, 2013, p.2)

  ユダヤ人は自国を再興せずに、他国にしがみつく寄生民族だったから、軍事訓練をする必要も無かったし、異国の異教徒のために血を流すなんて考えは、これっぽっちも無かった。迫害が始まれば荷物を纏めて移住するか、お金を払って命乞いをするか、という情けない選択しか考えない。ユダヤ人が財産を宝石という形で持っていたのは、持ち運びが便利で、何処へ移っても価値があるからだ。また、タルムードやミシュナといった教典は何巻にもなって重くなるから、暗記した方が得である。暗記すれば持ち運びせずにすむし、頭の中に閉まった知識は奪われない。たかり根性が身についた民族は、刀を持って立ち上がる気力さえ衰えているのだ。   

  武士の国だった日本では、子供の憧れは侍だった。西歐でも人々の理想は、戦争で活躍する騎士である。しかし、ゲットーにくすぶるユダヤ人が尊敬するのは、教典を勉強する髭もじゃのラビだ。中東アジアの宗教は歴史が古いし、壮大な教義を築きあげ、生活の隅々まで規制する拘束衣のような体系をもつ。筋力よりも知力を重視する宗教集団は、武人よりも坊主を尊敬する傾向が強い。ユダヤ教のラビたちは、ユダヤ人は柔和で勉強熱心なヤコブの子孫である、と考えていた。(Penslar, Jews and the Military, p.3) ここでちょっと、旧約聖書を説明したい。アブラハムの息子イサクは、リベカと結婚し、双子の息子をもうけた。先に生まれたのは、全身が毛皮の衣のようなエサウで、後からその踵(かかと)を掴んで出てきたのがヤコブである。(創世記25章24-26節) エサウは狩人で気性が荒く、父のイサクが弟ヤコブを祝福したことが気に入らず、心の底で怨んでいた。父親が弟を可愛がったので、僻(ひが)んだエサウは「オヤジが死んだら弟を殺してやろう」と思っていたそうだ。(創世記27章41節) ユダヤ人の大部分は、こうした邪(よこしま)な兄ではなく、偉大な父親から祝福された弟ヤコブの子孫と信じたかった。こうした社会に生まれれば、前途有望な若者は、武藝を極めた軍人になろうとはせず、書斎に閉じ籠もって巻物を朗読する祭司になろうとするだろう。ユダヤ人の歴史を学ぶと、高名なラビ・アキバといった宗教指導者は目にする。しかし、偉大な軍人となれば誰のことだか一向に思い浮かばないのだ。ユダヤ人の中世史には、武勲に輝く英雄が欠けている。悪臭漂うゲットーからは、偉大なヒーローは生まれてこない。ユダヤ人の時代劇が無い所以(ゆえん)である。

ゲルマン起源のアメリカ社会

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(写真/ゲルマン系の人々)

  ホロコースト物語や人種平等思想が蔓延した、現在のアメリカでは信じられないだろうが、第19世紀から第20世紀前半にかけて、アメリカの統治形態は、チュートン(ゲルマン)民族が起源となっている、という思想が流行していたのである。例えば、古典学者のウィリアム・アレン(William F. Allen)は、イギリス人憲政史家のヘンリー・メイン卿(Sir Henry Maine)の学説に共感していたが、それよりも強くドイツの歴史に好意を寄せていたという。彼はゲッティンゲン大学とベルリン大学で、ギリシア語やラテン語を習得し、タキトゥスの熱烈な研究者だった。(Thomas F. Gosset, Race: The History of an Idea in America, Oxford Univeristy Press, 1997, p.102) 当時のゲルマン派政治学者は、庶民の代表が議会に集まって討議する発想は、ゲルマン民族の風習から由来すると考えていたという。タキトゥスの『ゲルマニア』が好評なこともあって、アメリカ人やイギリス人のデモクラシーは、ゲルマンの森から発生したのだ、という学説が人気を得ていたのだ。アレンの他にも、アメリカにおけるアングロ・サクソンの伝統やゲルマン的精神を称賛する知識人は、結構たくさんいたのである。代表的なのは、作家のヘンリー・ジェイムズ(Henry James)で、彼のアングロ贔屓は有名である。しかし、大変なユダヤ人嫌いというのは余り知られていない。アダムズの教え子で、よく知られているのは連邦上院議員になったヘンリー・カボット・ロッジ(Henry Cabot Lodge)であろう。ロッジの他にも、ハーバート・バクスター・アダムズ(Herbert Baxter Adams)やジョン・バージェス(John W. Burgess)といった、ゲルマン由来の文化を力説する知識人がいたのだ。そもそも、アメリカ合衆国がイギリス人によって建てられたのだから当然であろう。同じ頃の英国にも、ゲルマン文化礼賛の流行があった。とりわけ、トーマス・カーライルが最も有名だ。第一次世界大戦の前には、ベートーベンやバッハの古典音楽がよく演奏されていたし、カーライルの『フリードリッヒ大王』も多くの人から愛読されていたという。英国史を学んだ日本人なら、エドワード・フリーマン(Edward Freeman)やウィリアム・スタッブス(William Stubbs)の書物を知っているはずだ。彼らもゲルマン起源のイングランドを重要視していたのである。

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(左: ヘンリー・ジェイムズ / ヘンリー・カボット・ロッジ / ウィリアム・スタッブス / 右: ウィリアム・リプリー)

  ドイツからアングル人やザクセン人、ジュート人が移住してきて、イングランド王国が形成され、そのブリテン島からの入植者が、アメリカに共和国を樹立した事は子供でも知っているだろう。偉大な建国の父祖であったトマス・ジェファーソンは、アングロ・サクソンのアメリカを強く意識していたから、今日のような多人種混淆のアメリカを見れば仰天するだろう。独立当時のアメリカ人で黒人が大統領になると予想した者は皆無である。もし居たとしても、気違い扱いされて満座の席で笑われるだけだ。ユダヤ人が主導する国境破壊が横行する現代と違って、東欧からの「望ましからぬ」移民が増えた第19世紀のアメリカでは、警鐘としての人種思想が注目されていた。今では人種差別主義者の代表格になっている、マディソン・グラントやウィリアム・リプリー、ロスロップ・ストッダート、エドワード・アルウォース・ロスといった知識人は、非西欧系移民やユダヤ人が流入してくることを危惧していたのだ。今のアメリカ人なら白人・黒人・ヒスパニックを問わず、彼らをネオ・ナチ呼ばわりするだろう。『人種の拡大』を書いたチャールス・ウッドラフがもし生きていても、あまりに露骨過ぎるからテレビ出演など絶対に出来ない。彼のユダヤ人論は、ナチスと変わらないのだ。

  ユダヤ人は共生的な人種の典型例である。見返りの利益を与える限りにおいてユダヤ人は歓迎されるが、その数が増えて有害な寄生虫とか国家への病気となるや、追放されたり殺されたりしたのである。ヨーロッパの国民は、こうした害毒に対する殺菌作業を繰り返してきた。有機体にとって、少数で適切ならば有益となる菌も、増加して不適切となれば致命的となる。これと同じ法則がユダヤ人にも当てはまるのだ。・・・ユダヤ人は他の組織体に住みつき、国民生活には全く係わらないが、利益は欲しがる。彼らが経済的に病原菌と見えてくるほど増えてくれば、根こそぎ抹殺されるのだ。したがって、ユダヤ人に対する迫害は自然の法則であり、社会を支える有機体が生き延びるためには必要なのである。(Charles Edward Woodruff, Expansion of Races, p.382)

  こうした記述を読めば、日本人だって「ええっ、こんなこと書いていいの ? 」と驚くだろう。しかし、ウッドラフはアメリカの眼科医学界に席を持つ正式会員で、人類学についての著書もある学者であった。ユダヤ人による洗脳にまみれた現在の我々からすれば、人種論や優生学を研究する者は、ユダヤ人を迫害したナチスの理論家と同じに見えてくる。ところが、アイゼンハワー政権時代までのアメリカでは、ユダヤ人差別なんか当り前に行われていたのだ。たとえば、コロンビア大学はユダヤ人が殺到したことで悩んでいた。アイビー・リーグに属する名門校なのに、不愉快なユダヤ人学生が多数在籍していたのだ。ユダヤ人が通う大学といった汚名を返上するため、コロンビア大学もイェール大学やハーバード大学に倣って、ユダヤ人の制限を設け、全学生数に占める比率を10パーセント程に押し込めたという。ホテルだって高級な所では、ユダヤ人客お断りだった。例えば、マンハッタン・ビーチ社のオースティン・コービン社長は、コニー・アイランドに所有するホテルには、ユダヤ人を入れません、と公言していたのだ。名門のプライベート・クラブともなれば、ユダヤ人を会員にするという発想は狂気の沙汰である。しかし、第二次世界大戦が終わって、アメリカの黄金期が再興したと思ったら、ベルリンの壁が出来る前に、人種の壁が崩れかかっていたのだ。

ユダヤ人に荒らされたアメリカ社会

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(左: ニューヨークのユダヤ人 / 右: 同性愛を支持するユダヤ人)

  西欧系アメリカがアングロ・サクソン主義を掲げると、アメリカ内部の有色国民や外国人は目くじらを立てる。白人が白人たることを誇りに思うのが悪いとする根拠は何処にあるんだ? イエメン国民がアラブ人至上主義を掲げたり、ケニア人が黒人同盟を結成したら、心配で夜も眠れない日本人は何人いるのか? そんなの誰も気にしないだろう。こう考えれば、白人たるイギリス系アメリカ人が、母国で自分の種族を礼賛しても不思議じゃない。日本人だって日系人至上主義を当然と思っている。鳩山由紀夫のような売国奴と精神異常の在日朝鮮人を除けば、日本の主流民族は日本人だということは、常識以前の共通認識で、意識すらしない事実である。では、イギリス系アメリカ人はどうか? 彼らは既にアングロ・アメリカ主義を断念しているし、悲惨な現状を見れば無理もない。建国当時の入植者を祖先に持つ国民の数は、驚くほど激減しているのだ。アメリカの主流民族が衰退する一方で、ユダヤ人を始めとする異質な人種は、大量移民の結果、凄まじい勢いで繁殖している。図々しくもユダヤ人は、避難先のアメリカが自分にとって安全になるよう、異邦人が快適に暮らせる国家にリフォームしてしまった。こうして、西欧系アメリカ人にとって、合衆国はくつろげる「ホーム」とは呼べない国家になったのである。今じゃ、気味の悪い異邦人がうろつく、寄り合い所帯となってしまった。

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(左: ゲイパレードに参加するユダヤ人 / 右: ゲイ・カップル)

  こんなに酷い状態になってしまったのに、イギリス系アメリカ人は沈黙したまま。ユダヤ人による教科書とマスメディアによって徹底的に調教され、抗議の声すら上げられないくらい従順になっている。国家の改造は文化破壊にも繋がっている。ユダヤ人に先導された左翼は、宗教分離を楯にとっり、キリスト教を単なる私的クラブに貶めた。かつてはキリスト教国家と胸を張っていたアメリカ人は、公共施設でクリスマス・ツリーを立てる事を禁止されている。教会の隣にシナゴーグやモスクが建てられても文句は言えない。キリスト教に基づく倫理を破壊したら、待ってましたとばかりにフェミニズムの樹立ときた。調子に乗った左翼は、ゲイやレズビアン、性転換者までもが堂々と闊歩できるアメリカを作っている。おぞましい同性愛結婚を祝福する役所なんて、昔ならまず考えられない。人権尊重派も大きな顔をしているが、その裏で胎児殺しの中絶が合法化される世になった。昔の常識は、今の非常識。同じ容姿をしたゲルマン種族は好ましい移民だったのに、戦後は冷酷な殺戮民族というイメージが定着して、ドイツ人には戦争犯罪者とか倫理を踏みにじった極悪人という影が常につきまとう。馬鹿馬鹿しいが、金髪碧眼のドイツ人が敵で、鉤鼻で黒髪のユダヤ人が同胞になっている。しかも、西欧系アメリカ人は自らの血統を自慢したり、その美しい肉体を誇ることを、ユダヤ人によって禁止されているのだ。アングロ・サクソン系アメリカ人は、自分たちの歴史すら取り上げられてしまった。「我らが祖国」という言葉は政治的に不適切な表現となり、白・黒・茶・黄色といった七色の人種が織りなす「みんなの歴史」というのが公式なアメリカ讃美となった。

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(左: 黒人のレズビアン家族 / 右: 黒人ゲイ・カップル)

  かくて勝者のアメリカ人とイギリス人は、敗者のドイツ人と同じく、左翼思想に冒された精神病患者になってしまった。その原因を探るとあることが浮かび上がる。彼らはユダヤ人によって民族の“根(roots)”を断たれたのだ。人間にとって、自分の出生は重要である。幼い頃に養子にされた者が、自分の過去を知りたいと願い、生みの親を探すことは人情だ。また、自分の家系が高貴であろうと卑賤であろうと、とにかく知りたいという欲求があることは確かだろう。己の血と肉は親から、祖父母から、そして無数の祖先から受け継いだことは、動かしがたい事実である。もし、自分の祖先に立派な人物がいたり、無名ながら勇敢な英雄がいたら、自分に流れる古来の血を誇りに思うだろう。日本の若者に活力が無いのは、その魂が宿っている血と肉が誰のものなのか分からないからだ。もし、自分の血統が日清・日露の戦役で活躍した将兵に連なっていたら嬉しいだろう。また、戊辰戦争で悲運に斃れた幕臣に係わるなら哀しみを共にするはずだ。たとえ、維新を成功させた薩長に繋がる家系でも、幕府軍を罵ることはしないだろうし、かといって恥じることもないだろう。日本人に官軍賊軍の区別があっても、結局はみんな陛下の臣民とう意識で結束するのだ。日本を呪う左翼は、こうした国民の絆を切断し、先祖から続く民族の根を枯らすことを目的とする。巨木を伐採するために、まず大地からの養分を断って、息の根を止めるのだ。そうすれば、枝に生える青々とした葉も次第に枯れてくる。その他に、生命感に溢れる大樹を枯らすために、病原菌を植え付けるという手段もあるから、左翼の謀略は薄汚い。

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(左: 入植時代のアメリカ人家族の肖像画 / 右: 初期のアメリカ人家庭の再現)

  日本の左翼が模範とするユダヤ人は、寄生先の民族が代々受け継ぐ血の流れを濁すことがある。異様な肉体を持った賤民にとって、アメリカやイングランドといったゲルマン系国家が、ナショナリズムに目覚めたら危険である。放浪民族たるユダヤ人は、国境という壁の無いコスモポリス(世界都市)が理想の国家で、どんな顔つきの人間が居付いても不思議ではない、人種混淆の坩堝(るつぼ)が心地よいのだ。したがって、西欧系アメリカ人が、ゲルマン共同体とか白人だけの理想郷を目指すことを、絶対許してはならないし、たとえ小さな芽であろうとも、アーリア人意識は早期に摘み取らなくてはならない。したがって、ナチズムやヒトラーは無条件に否定されるべきで、北方種族のアメリカ人が自らのルーツを遡ることはタブーとなる。だから、代表的建国の父祖であるトマス・ジェファソンが、アメリカ人をアングロ・サクソン種族の末裔と考えたことは、“けしからん”人種思想と断罪されてしまうのだ。建国当時のイギリス系アメリカにとって、西欧系白人だけで生活するのは当然のことであり、黒人奴隷やユダヤ人と平等に暮らすなど想像もできなかった。ましてや、多民族主義に染まった歴史教育など狂気の沙汰である。老人が孫に伝える昔話に政治的制約はなかった。アングル人やザクセン人、ジュート人を引き連れて、ゲルマニアからブリテン島へ渡ったヘンジストとホルストについての話をしたって、何の問題もないのだ。西欧系の容姿を持つ子供に、族長のヘンジストがゲルマン神話の主神であるウォーデン(Woden)の系譜に連なる、と教えても大丈夫。ジョージ・ワシントンがデイン人の王族の子孫だ、と語っても教育委員会からのクレームはない。平成の世になると、アメリカ合衆国は別の国となってしまった。昔は教育の自由があった、と嘆くアメリカ白人はネオ・ナチと呼ばれてしまうのだ。

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(左: ジョージ・ワシントン / 中央: トマス・ジェファーソン / 右: 「ヴァイキングス」のトラヴィス・フィンメル)

  最近のテレビ番組や雑誌では、外国人が驚く日本の良さを特集するコーナーがあるそうだ。巷の日本人は、健康的な和食とか、温泉旅館の快適さ、「おもてなしの精神」などを自慢しているようだが、欧米人に対して
自慢すべきは、我が国の連続性である。同じ民族で数千年も一緒に暮らしているうちに、見知らぬ者同士でも家族のように感じることができる国民性こそ素晴らしい。今上陛下は二千数百歳で、皇統は神話に連なる。庶民だって歴史が古く、千年前の古典作品を自分の言葉で読めるのだ。明治維新どころか、建武の中興、保元の乱を皇族の方々と共有できる。みんながあたかも生きていたかのように、「あの頃は大変でしたね」と語り合うことができるのだ。源平合戦でさえ身近で、年末になれば「紅白歌合戦」に夢中になるし、東京には平将門の生き霊が存在し、日本人は将門の怨念を未だに恐れている。こんなことアメリカ人には理解できない。現在にしか関心の無いアメリカ人にとったら、歴史というものは、せいぜい50年くらいの幅でしかない。自分のルーツを切断されたイギリス系アメリカ人は、郷里を弊履(へいり)の如く捨ててきた移民と暮らしている。今では記憶喪失の無所属人間になってしまった。そうした哀れな白人の上に、強烈な民族意識を持つユダヤ人が君臨しているのだ。日本もやがて、支那系・朝鮮系帰化人の子孫によって、民族の根を切断される時代が来る。民族的根源が分からなくなった日系日本人は、アジア人混血児が群がる中で、昔の写真を見つめて涙を浮かべるかも知れない。




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