朝鮮語の歌はヒットしない

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  一般社団法人ペットフード協会の調べによると、日本人はペットとして犬を1153万4千匹飼っており、猫だと974万8千匹になるそうだ。ペットの保有数では犬が上回っているが、「どちらが好きか ?」というアンケートでは、猫好きが60.3%、犬好きが39.7%という結果になっている。しかし、意外だったのは、和歌山県で猫好きが88.9%もいたことだ。(J-タウンネットの調査を参照。) さらに、秋田県でも猫好きが75%だったのにはショック。「紀州犬」や「秋田犬」の産地なのに。でも、養老孟司先生の「マルちゃん」を見れば、猫好きが多いのも納得できよう。(狭い敷地の都会で犬を飼うのは可哀想だし。) とまぁ、ペットについて語ることは楽しいが、日韓関係と聞けば気分が悪くなる。マスコミは安倍首相と朴大統領の日韓首脳会議を書き立てているが、日本の庶民にしたら「な~んか嫌な感じ」といった印象は拭えない。昔、フジテレビで「やっぱり猫が好き」というコメディー番組があったが、日鮮関係について言えば、「やっぱり朝鮮人が嫌い !」というのが日本人の本音だろう。とにかく、道端で犬の糞を踏んだ時みたいに不快なのだ。

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(左の猫 / 養老孟司先生のマルちゃん)

  悪夢のような民主党政権時代に、テレビや新聞は「韓流ドラマ」とか「K-POP」をやたらと持ち上げていた。フジテレビなど、1時間番組や特番を丸々CMのように使って、南鮮人の歌手を宣伝していたのは周知の事実。もっとも、K-POPの代理店と化していたフジテレビだから、「ごり押し・だめ押し・押し売り」は仕方ないのかもね。しかし、不思議だったのは、来日する朝鮮人歌手は、日本語か英語混じりの変な言葉で歌っていたような記憶がある。真剣に聴いたことがないから正確なことは言えないけど、彼らがすべて朝鮮語で歌っていたのか疑問である。来日するアメリカ人ミュージシャンが英語で歌うのは当然だが、フランス人だってフランス語で歌っていたのだ。例えが古いけど、イヴ・モンタン(Yves Montand)は日本でも人気があって、「パリの空の下(Souls le Ceil de Paris)」のレコードを聴いた人も多いだろう。また、映画ファンならダリダ(Dalida)がアラン・ドロン(Alain Delon)と一緒に「Paroles, paroles」を歌っていたことも覚えているだろう。

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(左: ダリダ / 中央: アラン・ドロン / 右: イヴ・モンタン)

  新しいところだと、ジェーン・バーキン(Jane Birkin)の「L'Aquoiboniste」かな。ちょっと寂しいけれど哀愁のあるメロディーは、繊細な日本人女性の感性に合っていた。日本でヒットしたかどうか定かでないけど、筆者はケリー・ジョイス(Kelly Joyce)の「Vivre la Vie」やララ・ファビアン(Lara Fabian/ベルギー人)の「Je suis Malade」が好きだし、英語で歌っているけど、フランス黒人スカンク・アナンシー(Skunk Anansie)が歌っている「トゥイスティド(Twisted)」も気に入っている。筆者は最近の流行歌に疎いので、日本でどんな外人ミュージシャンが人気なのか分からない。ハード・ロックなら詳しいけど、ポップ・シンガーは苦手。もしかしたら、現在の高校生や大学生はJ-ポップに夢中で、フランスのポップ・ミュージックには興味がないのかも知れない。「時代遅れ」とか「カビくさい」と言われるかも知れないが、筆者が子供の頃よく聴いていたサントラにはフランス映画も多かった。特に映画『個人授業(La Lecon Particuliere)』の挿入歌『Where Did Our Summers Go』は今でも耳に残っている。この曲を歌っているニコール・クロワジール(Nicole Croisille)は、フランス語ではなく英語で歌っていたが、どちらの言葉で歌われたとしても名曲であることに変わりはない。当時レコードの雑音も含めて、スピーカーに耳を近づけていた頃が懐かしい。この映画に出演していたアラン・ドロンの夫人、ナタリー・ドロンの魅力も素晴らしかった。彼女のような家庭教師なら、フランス語を学びたいという男性も多いだろう。でも、フランス語を学ぼうと張り切って大学の外国語学部に入っても、いかつい顔したオッサン教授が出てきたりするから、現実は甘くないことがよく分かる。

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(左: アラン・ドロン / 中央: ナタリー・ドロン / 右: 結婚当時のアランとナタリー)

  ハリウッドの恋愛映画はほとんどハッピー・エンドだから深みが無い。最初から結果が分かっている映画など単純だ。フランス映画だと、悲劇的結末で幕を閉じるといったケースが結構多い。例えば、『隣の女(La Femme d'àcôte)』は、既婚者の主人公(ジェラルド・ドパルデュー)の隣にかつての恋人が引っ越してきて、昔の感情に火がつく、という不倫物語。その結末は、彼を諦めきれないこの元恋人が、主人公を殺して自分も命を絶つといったシーンになっている。中学生の時にこの映画を見たから今でも印象に残っている。当時、筆者の友人はアイドルの映画を観ている者がほとんどだったから、フランス映画を観ているなんて異端だった。今でも不思議なんだけど、アイドルのファンはお金を出してまで素人の演技を見たいものなのか。テレビをつければタダで観られるのに。例えば、有楽町の映画館に出掛けて、銀幕に映るのがナタリー・ドロンなら納得するけど、そこら辺の小娘が「役者」の真似事をして、一端の女優気取りじゃ白けてしまう。はっきり覚えていないけど、松田聖子も確か映画に出ていたぞ。今では、フランス人監督も大半がリュック・ベッソンみたいになって、ハリウッド映画と変わらぬ作品を手掛けるようになった。フランス人歌手も世界市場を目指すから、どうしても英語で歌うことが多い。ここで知りたいのは、マスコミで話題になった朝鮮人歌手は、朝鮮語で歌っていたのかどうかだ。 一説では、日本市場を考えて、所属事務所が朝鮮語を控えていたという噂もある。商業的見地からすれば、朝鮮人歌手に日本語を覚えさせた方が得だ。やはり、コンサートに出向いた日本人の観客が、南鮮人歌手と一緒に朝鮮語で合唱するとは思えない。しかし、最近だと朝鮮語に抵抗がない日本人がいるから、それもあり得るのかな、と考えてしまう。

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(左: ララ・フェビアン / ニコール・クロワジール / ジェーン・バーキン / 右: ジェラルド・ドパルドュー)

  以前、眉を顰めたくなる「韓流ブーム」とやらで、日本のテレビ局と結託した朝鮮人歌手が続々と来日していたが、その何人かは英語混じりの日本語で歌っていたと記憶している。ただし、筆者には誰が誰やら判別がつかないし、どんな曲なのか興味が無かったので断定できない。しかし、彼らが全曲朝鮮語で歌ったら、どうなっていたか? たぶん、日本人の聴衆は興味を失い、コンサートに行く観客は減ってしまうだろう。だって、何言ってるのかてんで分からないし、朝鮮人歌手が格好つけて歌っていても、朝鮮語の響きで笑ってしまうからだ。以前、ある子供たちに朝鮮語版『キューティー・ハニー』を聴かせたら大爆笑。若い朝鮮人の女の子が一生懸命歌っていたけど、滑稽な言葉と発音でどうにもイケない。朝鮮語は全く分からないけど、朝鮮人歌手が「ぶたかけ~、ぶたかけ~、サティチュディアキル・・・ハートがドゥング・ドゥング○◇■△・・・ナシロ、ナシロ、ナシロ、チャドボメシロ~、ハニー・フラッシュ !」じゃ笑っちゃうじゃないか。やっぱり、前野陽子じゃなきゃ。(昔のアニメが再放送されないのは、「政治的正しさ」の検閲があるせいかも。如月ハニーは「せむし男」にも変装していたからマズいのだろう。ディズニー・アニメでも『ノートルダムのせむし男』という原題はNGなんだって。『ノートルダムの鐘』じゃ、おかしいよねぇ。)

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(左: キューティー・ハニー / マッハ・バロン / X-ボンバー / 右: 井上大輔)

  昔のアニメ・ソングはすごかった。例えば、『スペース・コブラ』の主題歌は前野曜子だし、チャーリー・コーセーが歌っていた『ルパン三世』のエンディング・ソングはもう名曲(クラッシック)だ。かつての日本では、子供用番組だからといって手抜きはなかった。『スーパーロボット・マッハ・バロン』のオープニング曲は、売れっ子の井上大輔が作曲していて、ベースの演奏が特徴的だった。(井上大輔は郷ひろみの「2億4千万の瞳」を作曲したミュージシャンと紹介すれば分かる方も多いかも。機動戦士ガンダムの「哀・戦士」にも曲を書いていたから印象深い。その他、様々な歌手に曲を提供していた人物。) 『サンダーバート』を真似たような人形劇で、永井豪原作『Xボンバー』の主題曲を歌っていたのは、英国でもコンサートを開いたバウワウ(Bow Wow)だったから驚き。日本の代表的ロック・バンドが子供向け番組に係わっているなんて日本ならではの現象だ。それより豪華なのは、 ルパン三世の『ロシアより愛をこめて』である。あの実力派歌手しばたはつみが主題歌の『Golden Game』を歌っていたんだから。今のJ-ポップ歌手など霞んでしまうじゃないか。忘れてはならないのが、愛国者のすぎやまこういち先生。すぎやま先生は『サイボーグ009』や『伝説巨人イデオン』のテーマ曲を手掛けていたんだから、日本の子供は世界一の幸せ者。こうして日本のアニメ界を見渡すと、朝鮮のアニメなんか200光年遅れているというより、公衆便所の紙くずだ。

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(左: 前野曜子 / 中央: すぎやまこういち / 右: しばたはつみ)

朝鮮語を習得して給料アップ

  アニメを語ると長くなるので話を戻す。日本が朝鮮を統治していたことは、多少なりとも歴史を習った中学生なら知っていよう。しかし、当時の日本人がどれくらい朝鮮語を話せたのかは不明である。録音盤があったら聴いてみたい。そもそも、日本人は朝鮮語を勉強したのか? 我々のご先祖様は、あのだらしない朝鮮人に学校や病院、工場などを建ててやったけど、積極的に朝鮮語を学んだわけではなかった。日韓併合で朝鮮は日本の一部になったから、二重言語社会にするわけにもいかず、かといって急に日本語だけにするというわけにもいかなかったらしい。しかも、当時は官民挙げて「内鮮融和」というスローガンが謳われていたから、併合された朝鮮人が一方的に日本語を学ぶのではなく、統治者たる日本人も彼らの言語を学ぶべし、という考えに至ったという。こんな姿勢は世界中どこを探しても、日本人しか見当たらない。中華思想の支那人なら、死んでも朝鮮語を学ばないし、華夷秩序に凝り固まった支配民族は、朝鮮人を「東夷」と見下すのが常識だから、支那語だけで通す。全世界を支配すると自惚れている民族が、豚の鳴き声を真似ることは絶対ない。殺戮の常習犯たる支那人は、劣等民族に対して決して容赦はしないし、全世界の民族が支那を崇めるものと信じている。支那人なら、土下座した朝鮮人の頭を思いっきり踏みつけて、誰が支配者かをじっくり教えるはずだ。日本人には理解できないが、どんな屈辱を受けても抵抗しない朝鮮人は支那人が大好き。朴槿恵が習近平に寄り添う姿を見ても、まだ日韓友好を口にする日本人は、支那の地下水を飲め。死ぬかも知れないが、きっと目が覚めるだろう。

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(写真/日本統治前の朝鮮)

  日本の左翼は朝鮮統治を「植民地支配」と呼んでいるが、実際はアカンタレの劣等国を一から教育する「国家創成事業」だった。日本の子供は朝鮮を搾取したと教えられているが、事実は逆で、日本の庶民が日本政府によって搾取されたのだ。最大の受益者は朝鮮人。ドリーム・ジャンボ宝くじの一等に連続10回当選するようなものだ。10億ないし100億円もらったのに、やれ「不幸だ」とか「屈辱だ」といった文句を垂れるバカはいないだろう。例外は朝鮮人のみ。日本政府は巨額な税金を浪費したばかりか、優秀な人材まで惜しみなく朝鮮に注ぎ込んでしまった。日本の東北はどうでもいいのか? 「賊軍(幕府側)の領地にはインフラを整えてあげない」、と意地悪をしたのかもしれない。江戸や明治の頃は、まだ士族的雰囲気が残っていたから、朝鮮に派遣される役人や警察官、判事、教師には立派な人物が多かった。今から考えれば、腹立たしいほど“もったいない”人材の大盤振る舞いを行っていたのだ。たかだか30年ちょっとで、蠅より汚い貧民を一人前の人間に育てたんだから、日本の統治は世界史の奇蹟である。イエズス・キリストでも、水をワインに変えるとか、盲(めくら)や聾(つんぼ)を治すくらいの小さな奇蹟しか行っていないのだ。神様だって「えっ ! 朝鮮人はちよっと勘弁してよ」と逃げてしまうだろう。

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(写真/日本統治時代以前の朝鮮人たち)

  朝鮮に渡った日本人の中で、最も朝鮮語習得の必要性に迫られたのが警察官である。特に、3・1独立騒擾の後、朝鮮総督府は治安維持の強化を図り、その一環として日本人警官の言語能力を向上させようと考えたのだ。事件の調査や犯罪者の検挙、治安維持において、警察官が朝鮮語を知っていれば、民衆の誤解を招くことが少なくなるし、聞き込み調査だってしやすくなる。そこで、総督府は巡査や憲兵、官吏に朝鮮語を習得するよう尻を叩いた。日韓併合前だと、朝鮮語を話せる日本人は非常に少なかったので、朝鮮人相手の仕事が大変だったそうだ。そんなこともあって、警察官や教員、官吏などを対象にした大規模な試験制度を導入したという。これが、いわゆる朝鮮語奨励試験である。

  朝鮮語試験にまつわる経緯を述べると、やたらと複雑で長ったらしいので、かいつまんで紹介したい。まず、基本的な事から。本音を述べれば、日本人にとって朝鮮語は魅力に乏しい。誰だって糞尿まみれの朝鮮を目の当たりにして、その言語を学びたいとは思わない。しかし、行政機関からすれば、朝鮮語を話せる日本人が増えた方がいい。そこで、飴を鼻先に吊すことにした。つまり、お金をちらつかせて、朝鮮語をマスターするよう促したのだ。朝鮮語奨励試験には等級があって、簡単に言えば、一番上が「甲種」(後に「一種」とか「二種」に改変)で、次に乙種(後に「三種」となる)といった資格になっていた。「甲種」とか「一種」は、朝鮮語の通訳になれるくらい上手とか、朝鮮語で自分の意思を表現できる程度だったという。「乙種」とか「三種」は日常で使われる朝鮮語を理解したり、簡単な会話が出来る程度のものだった。時代が経つにつれ、等級が細かくなるが、それは特別手当と関係があったからだ。政府としては、一般の警察官を簡単な等級の試験と手当金で満足させたくない。なるべく多くの警官が更なる手当のアップを目指し、次の等級にチャレンジするよう仕向けるには、等級を増やしてちょっとづつステップ・アップさせるしかなかった。当初は、「甲種」に1から3等、「乙種」にも1から2等、の二種5等級だったのが、「一種」(1から2等)、「二種」(1から2等)、「三種」(1から3とう)という三種七等級になったり、三種四等級へ変わったかと思うと、二種二等級に再編されたという。

  検定試験や資格の等級に色々な変遷があったものの、要は日本人の朝鮮語能力を如何に向上させるかに重点が置かれていたのである。特別手当が難易度に応じて定められていたのも、日本人の尻を叩くためであった。1級の資格を有する者は50円をもらえて、10級の者は3円だけとかになっていたそうだ。手当の金額も時代によって変更されていたという。1921年から28年までは下は5円から、上は50円までが支給され、1921年から38年になると5円から30円のグレードに減らされ、1931年から37の間には5円から20円と更に減額。財政的に苦しくなる1937年から43年の間には、5円から10円の幅にまで落とされたという。現在の我々にとって当時の物価を知ることは少々難しい。明治30年から40年代だと、当時の1円は今の3800円くらいの価値があったという。例えば明治38年、木村屋のあんパンは1個で1銭という値段だった。うどんや蕎麦は一杯2銭ほどで、ビールの大瓶だと1本20銭であったそうだ。次に、大阪朝日新聞の購読料を見てみよう。明治40年頃は1ヶ月で45銭の値段だった。それが、大正9年くらいになると90銭から1円10銭に値上となり、昭和20年では2円7銭くらいになっていた。したがって、特別手当を5円もらえた役人は、今で言うと2万円前後を手にしたことになるのかも知れない。

  特別手当の金額が分かれば、次に朝鮮統治時代の給料を知りたくなるだろう。大正時代の1924年頃、巡査の給与は本俸で38円から75円、加俸や加給、宿舎料などを合わせると、最低でも70円はもらえたそうで、最高は138円だった。平均すれば90.5円になる。簡単に言えば、こうした基本給に、努力次第で特別手当が加わったのである。しかし、たいていの警察官は読み書きより会話を重視。そもそも、朝鮮人を指導するためとか、容疑者の尋問を行うときに便利であるから、というのが当初の目的だった。したがって、簡単な朝鮮語会話ができれば良いとされたのだ。なにも学者になるわけじゃないから、日本語の論文を的確な朝鮮語に訳す必要はない。こうした事情があったので、最低等級の三種合格者のうち警官が約80%を占めていた。二種合格者では約66%、一種合格者になると、わずか28.2%しかいなかったらしい。(山田寛人 『殖民地朝鮮における朝鮮語奨励政策』 不二出版 2004年 p.141)

  朝鮮語検定に関して、朝鮮史の研究者は日本人警官や総督府の役人が、朝鮮人の言葉を学ぶことに不熱心だった、と非難する。でもさぁ、日本人にとって「朝鮮語」は有益なのか? 朝鮮語の習得なんて、どちらかと言えば、憂鬱な勉強だろう。朝鮮語を学んで、一体どんな恩恵があるって言うんだ? 明治維新によって海外渡航が許され、初めて朝鮮半島に訪れた日本人はびっくり仰天。道路にはウンコや小便が垂れ流され、住民は乞食か穢多(えた)にしか見えない。貧乏な上に覇気が無い。科学技術が一切無いのは当然だし、金融制度はゼロ。市場では魚や肉が売られているけど、蠅がたかっていて汚いし、余りにも臭いので市場に寄りつくことさえ嫌だ。掘っ立て小屋しかない朝鮮ではホテルなんて望めない。不潔な宿でも我慢しなければならないが、オンドルで暖められた部屋には南京虫や蚊がうようよ出てくる。とても眠れたもんじゃない。支配階級の圧政に慣れてしまった民衆は、自らの生活を改善しようとは思わないし、また出来るだけの資本も無ければ技術もないときている。しかも、こうした庶民を見ている両班(やんばん)は何もしないのだ。高度な文明を当り前と思っていた日本人が唖然としたのも無理はない。こんな惨状を見た後に、朝鮮語を勉強したいと思う日本人はいないだろう

正義の使者だった日本人

  朝鮮人は日本人の支配を恨んでいるが、日本の朝鮮経営は稀に見る曠古(こうこ)の偉業である。だいたい、貧乏国にひしめく無知蒙昧な朝鮮人に教育を授けたことだけでも驚異的だ。また、朝鮮人の子供を育成するに当たって、父兄とも意思の疎通を図ろうとしたのだから感心するじゃないか。日本人は弾圧者として非難されているのに、実際は家畜以下の扱いしか受けていなかった朝鮮人に、宝石みたいに高価な近代文明を授けたのだ。それだけではない。きめ細やかな教育を当然とする日本人は、子供の親にまで気配りをする、といった方針を取っていた。また、警察官が朝鮮語を学んだのは、なにも効率的に朝鮮人を逮捕するためだけではない。実は、朝鮮人の権利保護を目的としていたのである。朝鮮統治の初期、日本人の警察官は朝鮮人警察官あるいは朝鮮人通訳を伴って、治安維持を図ったり、事件の捜査していたという。ところが、通訳を務める朝鮮人警官の品性に問題があった。韓国内部警務局編『顧問警察小史』によれば、朝鮮の事情に疎い日本人警察官は、「通訳ニ従事スル者ノ品性野卑ナルコト」に困惑したそうだ。つまり、警察官の倫理を有しないばかりか、一般人としても許せない不正を行っていたのである。

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(写真/伝統的な朝鮮の刑罰)

  では、この朝鮮人通訳官は何をしたのか? 具体的に言えば、故意か無意識か分からぬが、警察の秘密を外部に漏らしたり、他人から贈賄や依頼を受けたというのだ。例えば、容疑を掛けられた者あるいはその家族が、朝鮮人警官に贈り物で「手心」をくわえるよう依頼する事があった。賄賂文化が社会の隅々にまで浸透している朝鮮では当り前。逆に、金品などの「袖の下」を渡さぬ者に対しては、不利になるような通訳をしていた、というから誠にけしからん。これは支那人や朝鮮人の特徴なのだが、「正義の天秤」は純金が載せられた皿の方に傾く、という常識がある。賄賂が少なかったり、気に入らない相手だと、いい加減な通訳をして有罪に導いたりする一方で、充分な賄賂を渡した相手には、無罪になるよう翻訳してあげたというのだ。取り調べをする日本人が朝鮮語を理解できなければ、通訳担当の朝鮮人を信じるしかない。朝鮮人通訳が適当な翻訳をしても日本人が見抜けないのは当然である。したがって、冤罪事件が増えてしまう。そこで、こうした不正を防止するために、総督府は日本人警官に朝鮮語習得を促したのだ。裁判官だって朝鮮語を学んだのだから、八百長法廷しか知らぬ朝鮮人にとって、日本の判事は天から舞い降りた正義の番人、といっても過言ではない。現在の朝鮮人は日本人の憲兵や警官を極悪人に仕立てているが、実際に悪かったのは朝鮮の両班であり、同胞をカモにする朝鮮人官吏の方だ。

  朝鮮統治が天の恵みだったことは、ちょっと調べれば分かるはずなのに、現実には秕政(ひせい)と思われている。なぜか? それは朝鮮史研究者が、ほぼ100パーセント近く左翼だから。だいたい、成績優秀な若者が朝鮮語を学んだり、朝鮮の政治や歴史を学ぶわけないだろう。朝鮮贔屓のNHKやTBSなどは、「韓流ブームで韓国語を学ぶ人が今増えています !」と宣伝していたが、「ホンマか ?」と疑いたくなる。なるほど、南鮮人相手の商売を行っている商社や旅行代理店だと、朝鮮語が堪能な人材が必要だから、朝鮮語学科を卒業した若者を求めているのだろう。しかし、その需要は少ないはずだ。実際、朝鮮語学科を設けている大学は多くない。明治維新により開国した日本では、西洋の言語を学びたいという若者なら、全国各地にいて選抜試験も盛んだった。帝國陸軍だって若い士官をフランスやドイツに留学させたし、帝國海軍も教官を英国から招いて軍事訓練を助けてもらっていたのだ。帝國大学はお雇い外国人を高給で招いていた。有名なラファエル・ケーベル(Raphael Koeber)は、ドイツ語なまりの英語で、カントやヘーゲルの哲学を教えていたという。その他、ケーベル博士はラテン語やギリシア語の知識だって怪しい日本人に、プラトンやホメロス、ヴェルギリウス、ホラティウスについての講義を行っていたのだから、いかに当時の若者が西洋の学問を欲していたかが分かる。その一方で、漢籍は落ち目になって人気がない。支那語を学ぼうとする若者が減っているのに、その属国たる朝鮮の言葉を学ぼうなんて思う奴は居らんやろ。チッチキチー。

  それでも、日清戦争前には朝鮮と交渉することがあったから、朝鮮語を理解できる日本人を養成しておく必要があった。朝鮮語の教育機関としては、高等商業学校本科がまず挙げられよう。この学校では英語のみならず、フランス語やドイツ語が必修科目とされていたが、その後スペイン語やロシア語のを第二外国語として教えるようになり、1894年に朝鮮語が加えられたという。しかし、第二外国語としても朝鮮語を専攻する者がほとんどいなかったので、朝鮮語学科の必要性は薄れるばかり。もともと人気が無かったのだからしようがない。こうした事情から、1897年になると朝鮮語クラスが消えていたそうだ。しかし、高等商業学校から朝鮮語学科が無くなったからとて、全滅したというはけではない。1897年には高等商業学校附属外国語学校が創設され、「英、仏、独、露、西(スペイン)、清(支那)」の他に、朝鮮語が加わった七つの学科が設置されたという。この付属校は2年後の1899年に独立し、我々が知っている東京外国語大学の前身となった。しかし、その東京外語学校でも朝鮮語の人気はパっとせず、1927年に朝鮮語学科は廃止されたという。それまでに卒業していった学生の数は130名だった。新入生は1915年度の4名が最後で、その4名が卒業した1918年度でお終い。わびしい最後だった。

  東京外語の他で有名なのは、地理的に朝鮮に近いことから設置された山口県や長崎県の高等商業校とか、台湾協会学校を母体とする東洋協会専門学校くらいだろう。朝鮮語というのはマイナーで特殊な言語であったため、朝鮮語学科を備える教育機関は少なかった。それに日露戦争以後、いくら満韓との関係が緊密になったとはいえ、すぐさま朝鮮の専門家になりたいという日本人が増えたわけではない。朝鮮語のコースを用意したものの、志願者の確保には苦労したようだ。例えば、山口の高等商業学校における、朝鮮語志望の生徒数を眺めると面白い。

年度 /            1906                  1907                1908                    1909                   1910

          韓語   清語     韓語    清語     韓語   清語     韓語    清語     韓語    清語
第1学年       3        109          0            127        32          82          48          67            13         123   
第2学年       2         80           3              97         2          108          31          78           22          86 
第3学年      non      non          2             67         3            87           2            92           21         75 

    全体の傾向として、まず1年生で朝鮮語を選択する生徒の数が少ない。次に、学年が2年、3年となるにつれ、脱落する者が多くなる。特に気になるのは、1907年の新入生で、朝鮮語を選択した者がゼロということだ。ところが、1908年から急に増えだした。しかし、これは朝鮮語に「人気」が出たためではなく、「生徒の志望」に任せたままだと選択者数が増えない、と危惧した学校側の措置が効を奏したものと思われる。つまり、学校側が半ば強制的か、熱心に勧誘した結果と推測されるのだ。同じく、長崎の高等商業学校も生徒獲得に苦労したようである。両校とも朝鮮語教育に力を入れたようだが、日韓併合で朝鮮語学科は衰退し、やがて廃止されることになったという。表向き、朝鮮は併合により「外国」ではなく、「日本の一部」になったという建前ができ、朝鮮語を外国語として扱うのは「不適切」となった。でも、本音はお荷物になっていた朝鮮語学科を、品良くお払い箱にしたかったのではないか? 併合したって朝鮮人は依然として外人だ。日本人は本心を殺して建前を押し通すから、自ら窮地を招くことがある。とりわけ、同一国内にある様々な言語は、「方言」と見なすべきだと提唱する者がいたというから驚く。なるほど、日本には津軽弁や薩摩弁のように、発音からすれば「外国語」みたいな「方言」はあったが、言語学的立場から言えば両方とも同じ日本語である。したがって、いくらなんでも朝鮮語の「方言化」は暴論だろう。まぁ、無茶な“辻褄合わせ”はいつの時代にもあるものだ。

朝鮮語は「蔑称」か?

  朝鮮語教育について述べる時、どうしても気になるのが“言語名”である。以前、このブログでも朝鮮語の「名称」について述べたことがある。朝鮮人にやたらと“配慮”を示す日本のマスコミは、同一語なのに南鮮の言語を「韓国語」と言い換えて、北鮮の言語を「朝鮮語」と呼んでいる。でも、おかしいじゃないか? たかが半世紀前に分断された民族の言葉を二通りに呼ぶなんて。200年前に分離したブリテンとアメリカで使われている言葉は、どちらも「英語」である。確かに、発音や綴りの問題から「米語」と「英語」と区別することはあるが、特殊な言語学者以外は通常「英語」という名称で統一しているはずだ。もし、「韓国語」にこだわるのであれば、「カナダ語」や「オーストラリア語」があるのか、と尋ねたい。 「オーストラリアなまり」ならあるが、別な言語ではない。NHKは南鮮人と北鮮人の両方に気兼ねして、「朝鮮語」ではなく「ハングル講座」という奇妙な講座名にしているから、誰だって異常なことに気づくだろう。左翼思想のマスコミによる刷り込みのせいか、一般人は「朝鮮語」を差別用語と勘違いしている。支那語も同様で、「支那人」とは侮蔑語と定義され、テレビや新聞で使用されることがない。そのくせ、「高麗」から由来する英語の「コリア」はOKだという。李氏朝鮮は差別的で、その前の高麗だと“適切”なのか? だいたい、朝鮮史学界が「極左」学者で占められているから、こうした疑問さえ意識されないのだ。

  歴史家の頭ばかりが異常なのではない。言語学者や教育者、さらに大学経営者まで狂っているから厄介なのだ。例えば、大学における学科名を見てみれば分かるだろう。東京外語大学の言語文化部や大阪大学の外国語学部では、「朝鮮語」としているから我が国の慣習や言語分類の伝統を守っている。しかし、獨協大学の国際教養学部や明治大学の商学部では、「朝鮮語」だと響きが悪いのか、「韓国語」を用いている。奇妙なのは京都大学だ。国際高等教育院では、従来の「朝鮮語」という名称で教えているのに、文学部では「韓国語」と称して教えている。もっとも、京都大学は伝統を弊履の如く捨て去ることで有名だから仕方がない。「京都支那學」と言えば、内藤湖南(ないとう・こなん)や狩野直喜(かの・なおき)、桑原隲藏(くわばら・じつぞう)を直ぐ思い浮かべるだろう。戦前は、こうした京都帝國大学の名物教授だちが「支那學」を堂々と掲げていたのに、戦後になると「中国学」に看板を掛け替えてしまった。死んだ長老教授を何時までも有り難く思っていても利益は無い。死人に口なし。草葉の陰で泣いていようがお構いなしだ。それよりも、北京で歓迎してくれる支那人の方が大切である。支那人様の御機嫌を損ねたら、支那渡航のヴィザを頂けないかも知れない。また、国内外でもらえる支那人からの便宜は魅力的。その上、天下の岩波書店が支那にへつらっているのだ。昔は、津田左右吉みたいに「支那」で通した硬骨漢もいたが、戦後の支那学者は軒並み腰砕け。ついでに言うと、津田博士は敗戦をモノともせず、当時権威のあった雑誌『世界』で、事もあろうに皇室擁護論を書いてしまった。岩波書店は真っ青。まさか、大御所の津田先生に「おい、書き直せ !」なんて言えないから、編集部は渋々その論文を掲載したそうだ。

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(左: 内藤湖南 /  狩野直喜 / 桑原隲藏 / 右: 津田左右吉)

  京都帝國大学が平気で伝統を踏みにじる、と分かってショックを受ける国民もいるだろうが、学界の本丸、東京帝國大学もひどかった。教養学部では朝鮮語を「韓国朝鮮語」と呼んでいる。これは作り話ではない。(「まさか、そんな」と思う方は電話かホームページで確かめてね。) たしか、どこの大学でもドイツ語は「ドイツ語」と言っているよなぁ。「東西ドイツ語」とか「ドイツ・オーストリア語」なんて呼ばないよ。ただし、「低地ドイツ語」と「高地ドイツ語」と区別する場合があるけど、一般には「ドイツ語」で通っている。戦前の日本人はドイツ第二帝政が崩壊して、ワイマール共和国になったのを知っていたが、誰も「ワイマール語に変更しよう」なんて呼びかけなかった。ドイツに恩がある帝國陸軍だって、「ワイマール語」とは言わなかったじゃないか。「韓国朝鮮語にしましょう」と提案した教授は誰なんだ? 東大は情報公開してくれるのか? もしかしたら、NHKみたいに教授陣が南鮮派と北鮮派に別れて対立しているのかも知れない。 どうせ、朝鮮語や朝鮮史を教えている教授なんて、みんな和田春樹の仲間なんだろう。もしかしたら、北鮮人よりも北朝鮮を愛していたりして。

  我が国の学界には、「朝鮮語」という言語名を「侮蔑的」と考えている学者が実に多い。先ほど紹介した山田寛人もそうだが、「鮮人」とか「鮮語」も蔑称だと思っている。まったく、朝鮮を研究している者は、どいつもこいつも左翼か朝鮮シンパだ。恐らくこれは、朝鮮学に魅力が無いことに原因があるのかも知れない。朝鮮語を学ぶために進学する受験生や、朝鮮学を専攻する大学には、何らかの特殊な理由があるからだろう。西歐言語を習得し、欧米の歴史や政治を研究できるほどの学力が無い、とのアカデミックな問題から、血筋が朝鮮系だとかいう個人的事情が絡んでいる場合まで様々ある。欧米に関する学問だと、論文を綿密に書かねばならないし、業績評価も厳しい。悪戦苦闘のすえ書いた論文でも、審査基準の高い国際競争に曝されるから、変な論文を発表すると内外から物笑いにされてしまう。能無し学者にとって競争は悪だ。有能な西洋学者なら民間の研究機関でお招きがあるだろうが、日陰者の朝鮮学者には大学しかない。赤い研究者ばかりが集う狭い学界で、若い講師が長老教授に楯突くなんて自殺行為。大御所教授に倣って、「“鮮人”は蔑称です」と合唱すれば、退職まで安泰だ。それに、有力教授の娘でも娶れば、待望の「教授」になれるんだから。

  翻って、支那や朝鮮を専攻する学者はどうなんだ? 大半は研究費だけもらって、昼寝でもしているのだろう。何とも気楽な商売だ。研究論文なんていい加減で大丈夫。本場の支那や朝鮮では捏造が当り前。朝鮮では「韓国5000年の歴史」とか「韓国は世界五大文明のひとつ」と叫ぶ学者がいるんだから。手前勝手な理論や解釈、根拠の無い論文を発表したって恥ずかしいとは思わない。「有る」と念じれば、日本軍による「性奴隷」や「従軍慰安婦」だって存在するのだ。一方、日本の物理学会でスプーンを念力で曲げられると信じる学者はいないだろう。また、いくらアニメ好きの学者でも、人間がサイボーク009みたいに瞬間移動が出来るとは思っていない。でも、朝鮮人相手の学界には、捏造学者がひしめいている。朝鮮人には史実と空想の区別が無い。一次資料に「軍」と「売春婦」という文字を見つけたら、その内容はどうでもよく、願望と妄想を足して「真実」を創り上げてしまう。アメリカ人が朝鮮人の虚構を信じてしまうのは、朝鮮語を読めないからというのもあるが、大勢の学者が協調して嘘をつくとは想像できないからだ。100人中2、3人が偽りを述べることがあっても、99人が嘘を突き通すとは通常考えられない。朝鮮人の歴史雑誌は、宇宙人やピラミッド・パワーを特集するオカルト雑誌『ムー』と同じ。宇宙人に拉致されて金星に行ったことがある、と語った元首相夫人の鳩山幸(はとやま・みゆき)と大差が無いから笑ってしまう。

  そもそも、大学の「紀要」に掲載されたクズ論文など、一般人は誰も読まないから安心。同僚学者だってお互いに批判しないのが暗黙の掟だ。みんなで仲良く穏便に大学生活を送れば、毎年きちんと給料がもらえるし、退任となればたんまりと高額な恩給がついてくる。しかも、子飼いの弟子たちが貧相な論文をかき集めて、全集や著作集、あるいは退任記念論文集を作ってくれるのだ。出版社だって笑顔で話に乗ってくる。もし、一般書店で売れなくても、各地の図書館が買ってくれるから心配ご無用。教授の心得は「おしん」の一言。これといった業績が無くても、朝鮮人にゴマをすり続ければ、左翼スタッフの目にとまり、テレビ出演の機会もある。そうなりゃ女房子供は大はしゃぎ。「うちの亭主はテレビに出たのよ !」とご近所に自慢できて鼻高々だ。学者と乞食は三日やったらやめられぬ、というのは本当である。

  日本の庶民は本当に朝鮮人と口も利きたくもない。事ある毎に難癖をつけてくる朝鮮人は鬱陶しいが、気違いに「理性を持て」と諭すのは無理な注文だ。朝鮮半島の賤民は相手にしないこと。五月蠅(うるさ)く纏わりつく朝鮮人には、上品に「君子のの交わり淡き水の如し」と言ってやれ。後は棍棒で殴ればいい。問題なのは、日本国内にいる朝鮮人とその追従者である。我が国に潜む在日鮮人は、日本の国益を邪魔することで快感を得る、ひねくれ者だ。彼らは日本の首脳が韓国大統領に謝罪する姿を見ると溜飲が下がる。反日学者は日鮮問題がこじれた方がいい。揉め事が大きくなれば、世間の注目を浴びる機会も増えるし、「弱者」の在日鮮人を擁護する“良心的”学者を演じてヒーローになれる。かつて「進歩的文化人」かいたように、現在は「良心的人権派」が大威張りできる時代である。無名だったジャーナリストの安田浩一が、参議院議員の有田芳生(ありた・よしふ)と共に、世間の脚光を浴びるようになったことを考えれば、いかに左翼が朝鮮問題を利用したかが分かるだろう。ついでに言えば朝鮮人に辛口の評論で知られている筑波大学の古田博司も怪しいぞ。彼は以前「朝鮮語」と呼んでいたのに、『正論』や『WiLL』に登場するようになってから、「韓国語」にすり替えた学者だ。どうして同じ言語なのに急に名称を変えたのか? 中西輝政氏同じで、世間の風向きが変わったから、朝日・岩波方面から産経側に流れてきたのだろう。

安田浩一古田博司植村隆若宮敬文








(左: 安田浩一 / 古田博司 / 植村隆 / 右: 若宮敬文)

  朝日新聞は「言論の自由」を掲げるが、それは“自分の”自由であって、日本国民が持つ「表現の自由」ではない。「鮮人」という言葉を禁止して、日本人が抱く朝鮮人への「嫌悪感」を抑圧するのが仕事だと思っている。日本人から購読料を取って、朝鮮人に媚びるのが朝日やNHKの本性と気づかぬ国民が多い。朝日やNHKで飯を喰う左巻きの社員は、朝鮮人が何時までも日本に居坐ることを望んでいる。在日朝鮮人がみんな強制送還されたら、彼らの支援者は激減するし、国内で日鮮対立のデモが盛り上がらない。一般人の幸福は彼らにとって損になる。平穏な国民生活は許せない。放火魔の消防士は、楽しい火事を仕組めば、消火活動で英雄にもなれるから、二重の喜びがある。「従軍慰安婦」を煽った植村隆(うえむら・たかし)や、日帝支配への謝罪を叫んだ若宮敬文(わかみや・よしぶみ)を思い出せば納得できるだろう。朝鮮人を庇っている朝日新聞こそ、最も朝鮮人に対して偏見を持っている。悪事をはたらいた朝鮮人が逮捕されると、本名ではなく「通名」で報道するのは、朝鮮人に対する偏見を助長しないためだ、との言い訳をするが信用できない。朝日の連中は、誰よりも早く「犯罪」イコール「朝鮮人」と連想するからじゃないか? 「あ~ぁ、また朝鮮人が犯罪をしでかしたぞ」と思うから、朝鮮人犯罪者の素性を隠そうとするのだろう。そもそも、朝鮮人には犯罪者が多いと判断することは各個人の自由だし、朝日新聞が検閲者になるのは傲慢だ。「朝鮮人が嫌い」と発言できる日本の方が健全である。もっとも、「金日成が憎い !」と公言できない北鮮が“理想”の朝日では、“日本国民”の自由は理解できまい。

後編」に続く。




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