嫌いな国にやって来る朝鮮人

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(写真 / デザイナー・ベイビーのサンプル)

  四角四面の世の中で、意地を通せば角が立つ。丸く収めりゃ腹が立つ。木の葉が沈んで、石が浮く。恨みつらみは色々あれど、じっと堪(こら)えて、いち、に、さん。石の上にも三年だ。空を眺めりゃ、涙もとまる。きっといつかはいいことあるさ。渡る世間にゃ鬼ばかり、とは限らない。人情あふれる日本なら、袖振り合うも何かの縁。神様だって情けはあるさ。鮮人、変人、異邦人、と嫌われ者でも拾ってもらえる。日本に優(まさ)る国はなし。差別も区別も紙一重。世間を恨むな。自分を磨け。とまぁ、こんな調子で説教しても、分からないのが朝鮮人。朝鮮半島の南鮮人が、どんなに我が国を憎んで呪っても、我々は静観すべきである。彼らにだって表現の自由はあるだろう。南鮮国内なら、どんな醜態を晒そうがお構いなしだ。バカは死ななきゃ治らない。日本の庶民は、捏造歴史で教育された鮮人が、怒り狂って反日宣伝を繰り返す事に文句を垂れるが、糞尿まみれの後進国にふさわしい民族なんだから、放っておけばいい。我々にとって問題なのは在日朝鮮人である。日本国民の精神を汚すので取り締まらなくてはならない。そして、文明人が住む欧米だけには、正しい知識を授けてやることが肝要だ。日本人にとって対等な民族は、西歐人だけなんだから。しかしその前に、我々も在日朝鮮人の異常性を再認識する必要がある。

久保田早紀1(左 / 久保田早紀)
  昭和のニュー・ミュージック時代に、久保田早紀が歌っていた『異邦人』という曲が流行っていた。「あなたに、とって私ただの通りすがり~、ちょっと振り向いただけの異邦人」くらいなら許せるが、日本の自由と福祉を享受しながら、我々に怨念を抱く朝鮮人は見逃せない。便器洗浄剤のCMで、「臭いニオイは元から絶たなきゃダメ」というフレーズがあった。それに倣えば、「うるさい鮮人は元から根絶しなければダメ」となる。在日朝鮮人が繁殖し、傲慢にも日本人に刃向かうようになったのは、彼らの民族性もあるが、一番の責任は日本人にある。甘やかしたツケが廻ってきたのだ。在日朝鮮人すべてを批判できないから、とんでもない考えを抱えた有名鮮人を二三挙げてみたい。

  皆様ご存じ、朝鮮人の巣窟となったTBS。日曜日の朝はゆっくりくつろぎたいのに、テレビをつければ左翼の奴らが雁首並べてピーチク・パーチク喋っている。関口宏の『サンデー・モーニング』には、左翼コメンテーターばかりが出演し、ことさら日本を貶め、中高年の血圧を高めているから、日本人に害を及ぼす不健康番組と言えよう。関口宏の横でふんぞり返る張本勲(はりもと・いさお)も目障りだ。こんな朝鮮人が公共の電波に乗って、毎週喋っているなんて不愉快以外の何物でもない。彼の(本名/張勲)両親は昭和15年に、3人の子供を連れて日本に渡ってきた。四人目の子供である勲は、昭和15年の日本生まれである。4歳の時、川辺で焚火(たきび)遊びをしていたところ、突然トラックが突っ込んできて、彼は焚火の中に押し倒され、右手の薬指と小指がくっついたようになってしまったそうだ。右手に火傷を負った時、彼の母親は勲少年を抱えて、病院を3、4軒廻ったが、どこも「朝鮮人のベッドはない」と断わってきたという。彼の母親はたいそう困ったそうだ。(『現代』昭和57年2月号 ) その後どうやって治療したのか分からぬが、張本氏は過去を回顧して、彼の母親とその世代の在日朝鮮人は、こうた差別による「痛み」を肌で感じていたという。

張本勲1(左 / 張本勲)
  だが、張本氏を断った病院にも、治療を「拒否」するだけの理由があったのではないか? 昭和19年当時の日本には、貧乏な朝鮮人が多かったから、病院側が治療費を請求しても、朝鮮人たちが払うとは限らない。現在のアメリカだって、治療に訪れた患者がまず訊かれるのは、保険に加入しているかどうかだ。保険無しの患者は追い返されるのが普通である。国民皆保険制度のある日本では考えられないだろうが、中流階級のアメリカ白人は、同情が湧かない有色人種のために余計な税金を払いたくないのだ。健康管理もできず、ジャンク・フードで肥え太る黒人や、だらしない生活が日常の南米移民が、税金の補助で高額医療を安く受けられるなんて許せない。日本だって、親切心からアジア人を介抱してやったのに、治療費を踏み倒されて泣き寝入りした病院だって多い。移民推進派は外人の為に余計な税金を払うと約束できるのか? そういえば、日本テレビはアナウンサーたちの給与を大幅にカットしたというが、アジア移民のために更なる給料カットを断行し、移民への治療費に充てるつもりはあるのか? そんなことはまずないだろう。では、NHKやフジテレビ、テレ朝はどうなんだ? 具体的なお金となれば腰が引けるだろう。移民輸入を支持する在京テレビ局は、大企業のスポンサーに1兆円くらいの「ご寄付」を募るべきだ。張本氏は冷酷な日本の病院を非難するが、彼の祖国南鮮では平民に対する医療福祉が、そんなに充実していたのか? 日本人によって“殖民地化”されるまでの朝鮮だと、牛の小便や人糞が治療薬であったから、まともな医学は皆無に等しかった。憎いはずの「日帝」によって、どれほどの朝鮮人が救われたことか。張本勲は日本人の野球にどうこう文句をつける前に、日本人による多大な恩恵を勉強しろ。

  在日朝鮮人は事ある毎に、日本人からイジメや差別を受けたと、幼い頃の思い出をよく話す。しかし、学校や近所の子供から「チョーセンジン」とからかわれても、学校がなかった朝鮮に留まるよりマシだろう。日韓併合で“日本国民”に昇格したから、貴重な義務教育を受けることができたのだ。日本国民なのに無知蒙昧ではいけない、という日本政府の方針により、近代文明に浴することができたのである。第三世界では今だってこんな“贅沢”は期待できない。例えば、日本人なら算数で分数とか体積、速度を習うが、アジアやアフリカの子供だと、その概念さえ掴めない者がいる。3分の1はどんな数量なのか見当もつかないし、トポロジーやアルゴリズムなんて宇宙人の言語にしか思えない。朝鮮人の若者が日本の教育を受けられたことは、スペースシャトルに搭乗できたくらいの感動になる。当時、朝鮮の庶民など、両班にとって家畜と同じ扱いだった。日本統治時代、医学を学ぼうとした朝鮮人に、日本人が「心臓の位置は?」と尋ねたところ、胸のあたりをグルグル触って戸惑っていた、という逸話がある。絶望しかない朝鮮だから、張本氏の親は日本に移り住んだのである。しかし、勲少年は日本人からの侮蔑に憤慨したのだろう。念願の甲子園出場を果たせなかった張本氏が、浪華商業学校で頑張ったのは弁論大会だった。5歳の時広島で被爆したことから、1年生の時に原爆について語り、3世になると同和問題を演説したという。いずれの大会でも優勝したそうである。(小林靖彦編 『在日コリアン・パワー』 双葉社 1988年 p.108) 朝鮮人が同和問題を取り上げれば、そうとうなパンチが効いてるから、日本人生徒の演説が霞んでも当然かもね。

  張本氏はプロ野球界に入った年に、パ・リーグ新人王を獲得し、以後は広角打法を編み出して、昭和45年には3割8分3厘4毛の高打率で首位打者になった。昭和55年には、前人未踏の3千本安打も達成し、23年間に及ぶプロ野球生活で数々の記録を打ち立てたそうだ。終身通算打率でも3割1分9厘を記録し、川上哲治の3割1分3厘を抜いた。首位打者通算7回というのも、長嶋茂雄の6回を上回る最多記録であったらしい。しかし、張本氏の人気は川上氏や長島氏を上回ったのか? 長嶋茂雄監督は一旦引退してからも、ファンの要望で監督に復帰し、王貞治監督率いるダイエー・ホークスを破って、日本リーグ優勝を果たしている。脳梗塞で倒れてからは、テレビに登場しない長嶋氏だが、野球ファンは今でも長嶋氏の雄姿を忘れていないし、その人気は依然として高い。日本人は日本人のヒーローが欲しいのであって、日本を恨む朝鮮人を敬仰したくないのだ。それに、日本人は台湾人の王貞治選手を尊敬していたから、あながち民族差別主義者ではない。筆者も小学生の時王選手の一本足打法を真似て、王選手はやっぱり「すごいなぁ」と尊敬していたものである。子供だったが王選手が日本人ではないことを知っていたが、漫画の「王選手物語」を読んでいたので、勤勉で努力家のホームラン王を好きだった。当時、プロ野球は最も人気のあるスポーツで、王・長嶋時代は巨人の黄金期と今でも思っている。日本人が張本氏を心から好きになれないのは、彼が醸し出す朝鮮人独特の“反日”オーラのせいかもしれない。我々は本能的に、張本氏から滲み出る悪臭を感じているのだろう。日本が好きで陽気な王監督とは対照的である。

ダサい朝鮮人はあっちへ行け

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(左: ザ・ノーランズ<右端がバーニー> / 中央: シェリル・ラッド / 右: リンダ・カーター)

  粋な江戸っ子は“野暮”なことが大っ嫌い。群馬の暴走族、埼玉の不良、茨城の田舎者、を馬鹿にするのはしょうがないのかも。華のお江戸に住まない者に、長年に亘って培われてきた感覚を理解せよ、と言っても無理な話だ。筆者は中学生のとき、アイドル歌手の「追っかけファン」を見て、ダサ~いと思ってしまった。声楽の知識さえ無い音痴の小娘に入れ上げるなんて、郭(くるわ)の女郎に惚れ込んだ駕籠(かご)かきみたいで情けない。鉢巻き締めて、お揃いの法被(はっぴ)を羽織るなんて御免蒙る。とはいっても、筆者だって小学生の時、貯金箱の小遣いはたいて、ザ・ノーランズ(The Nolands)やシェリル・ラッド(Cheryl Ladd)のLPを買ったことがあるから、似たようなものかもしれない。ちょっと前、ノーランズの筆頭歌手バーニー(Bernadette T. Nolan)が亡くなってので、非常にショックだった。来日した時の動画を何回も観て、しばらく感慨に耽ってしまったことがある。最近はついナツメロに走ってしまい、小学生の時によく聴いたシェリル・ラッドの「ダンス・フォーエバー」や「テイク・ア・チャンス」が懐かしい。(ちなみに『チャーリーズ・エンジェル』に出ていたシェリル・ラッドの吹き替えをやっていた声優は、小川茉美さんで、アニメ『Dr.スランプ』で則巻きアラレの声を担当していた人物だ。また、TVドラマ『ワンダー・ウーマン』で主演していたリンダ・カーターの吹き替えを担当したのは由美かおるだった。昔は、人物に合った声優が選ばれていたので良い時代だった。) ザ・ローリング・ストーンズのチケットを高価でも買うファンの気持ちがよく分かる。キース・リチャードの亀みたいな皺を見ると、過ぎ去った日々の長さが偲ばれよう。

白竜1(左 / 白竜)
  ナツメロを話すと長くなるのでやめておくが、朝鮮人のファッション感覚や音楽センスには“ダサい”ものが多い。藝名「白竜」で知られる田貞一(偽名は高山貞一)は、朝鮮人らしくヤクザとかゴロツキがよく似合う。池上遼一の漫画『HEAT-灼熱』が実写化された時、白竜は「関西山王会」四代目第項の石倉を演じたという。筆者は漫画の映画化には原則反対なので観ていないが、たふん彼にはヤクザ役が似合っていたのだろう。(ついでに言えば、池上氏のヒット作『クライング・フリーマン』も実写化されたが、正直言って余りにもお粗末で、原作を台無しにしている。) ガラの悪い極道と悲惨な乞食を朝鮮人が演じたら超一流だ。これだけは日本人が敵(かな)わない才能である。やはり、下品な家庭で育った子供には勝てないよなぁ。朝鮮人の家庭では、酔っ払って手に負えないオヤジとか、ゴロツキのオジさんが家に出入りしたり、で幼い朝鮮人は肌で“穀潰し”を理解するからだ。それに、朝鮮学校へ通えば、愚連隊の不良どもがうようよいるし、少年刑務所みたいな教室だから、粗暴なしぐさが直ちに身につく。今は俳優として有名な白竜だが、元々は歌手として芸能界に進出したという。彼のデビュー曲は、自ら作詞作曲した『アリランの唄』であった。

  白竜は曲の前半で在日1世の悲哀を語り、一転して激しいビートにのせて2世3世たちの情熱を唄いあげているそうだ。YouTubeで彼のライブ映像を観たが、本当につまらない歌である。だいたい歌詞が笑ってしまうじゃないか。

  アリラン・アーラーリーヨ
  アーアーリラン
  アリラン峠を 越えて行く
  酒を飲んだアボジの歌うたう
  それは故郷のメロディ あの時の玄界灘か
  ・・・・・
  過去をあまりりり話さぬ アボジの青春物語
  それは九州からカラフトまでの苦い青春
  夜汽車の窓から眺めた異国の町
  ・・・
  (註/「アボジ」とは朝鮮語で「父親」を意味する。)

喜納昌吉(左 / 喜納昌吉)
  こんなダサい歌詞を書いて、ロックン・ローラーを気取っているから馬鹿にされるのだ。この白竜はデビューする前、吉祥寺あたりでライブ活動を行っていたという。そんな売れない頃、自信をなくして九州に帰ったとき出逢ったのが、あの沖縄の極左議員、喜納昌吉(きな・しょうきち)である。「類は友を呼ぶ」というが、日本を激しく呪う朝鮮人と、本土に対する怨恨で飯を喰う沖縄人が、共に差別される同類として意気投合したのだ。喜納昌吉は民主党の参議院議員になり、我が国の国益を阻害する「朝鮮半島問題研究会」の幹事を務めていた。日本に対する憎悪感で結ばれているんだから恐れ入る。本土の日本人が困ることで快感を得る沖縄人なら、民族差別に苦しむ朝鮮人に同情を抱いてもおかしくはない。ちなみに、この喜納はかつて麻薬不法所持で逮捕された前科を有し、沖縄刑務所帰りであるそうだ。沖縄の米軍基地にケチをつけることで、左翼の沖縄県民にアピールしたかと思うと、その一方で、アイヌ問題にまでしゃしゃり出ていた。要は、日本人から嫌われたり差別された人間と連携して、反日行動を展開するのが仕事なんだろう。こんな奴に税金から議員報酬が支払われていたのだ。

朝鮮人には特別配慮をする大学

辺真一(左 / 辺真一)
  南鮮や北鮮で何らかの問題が起きた時、テレビ局はしばしば元『コリア・レポート』編集長の辺真一(ピョン・ジンイル)をゲスト解説者として招く。彼の両親は済州島(さいしゅうとう)の出身だという。朝鮮人は日本人からの侮蔑に腹を立てるが、その朝鮮人だって国内差別が激しい。朝鮮人がよく口にする「人はソウルへ、馬は済州島へ」などもその一つだ。歴史的に流刑地だった済州島だから、そこに住む朝鮮人は京城(けいじょう/ソウル)の都会人(?)から馬鹿にされたのだろう。民族意識の強い家庭に生まれた辺真一は、自然な成り行きとして朝鮮小学校に入り、朝鮮高校にまで進んだが、朝鮮大学に行くことはなかった。彼は英文科志望だったので、英文科のない朝鮮大学に進みたくなかったという。でも、かりに英文科があったら、アメリカに潜入するスパイの養成機関になっていたかもしれない。日本人は朝鮮人の民族学校を日本の学校みたいに考えているが、実態は民間人が勝手に「学校」との看板を掲げているだけで、個人の塾みたいなものである。学校法人によって運営されているが、「一条校」、つまり学校教育法の第一条で定められた教育機関ではなく、各種学校扱いなのだ。しかも、朝鮮総連の傘下にあるから、実質的に反日分子の製造工場である。有名な話だが、下関朝鮮初中級学校の校長をしていた曹奎聖(そう・けいせい)は、覚醒剤密輸の容疑で国際指名されてしまった。学校の責任者が北朝鮮から密輸される覚醒剤を扱っていたなんて、普通の日本人は腰を抜かして驚くだろう。しかし、朝鮮学校はテロリスト養成機関という一面をもつので驚くには値しない。

  英語を学びたかった辺氏は、青山学院大学を選んで、受験の申し込みをしたそうだ。しかし、受験日の前日に、彼のところに大学側から電話が掛かってきたので、辺氏は大学の事務局に行ってみた。すると、大学側は願書は受けいれられないので、受験料の返金を行うと言い出した。大学が誤って願書を受理してしまった、というのだ。つまり、高校卒の資格が無い辺氏には受験資格が無かったのである。正式な学校ではなく、単なる朝鮮人の集まりを“卒業”したって、何の学歴にもならない。中卒のみならず小卒ですらないのだ。したがって、朝鮮高校の「卒業生」は、堅気ならパチンコ屋か朝鮮料理店(いわゆる「焼肉屋」)に就職で、能無しの不良なら暴力団か朝鮮総連に転がり込むしかない。まともな民間企業が、朝鮮学校の卒業生を雇うわけないじゃないか。手榴弾でキャッチボールをしないのと同じことだ。朝鮮人を雇って後悔している積水ハウスを思い浮かべれば分かるだろう。(積水ハウスの朝鮮人社員が、顧客と揉めて問題になった事件は有名である。)

  青山学院を門前払いとなった辺氏は、しかたなく明治学院大学を受験したそうだ。彼は試験に合格したが、大学の事務局は彼に受験資格が無いことを問題にしたという。当然だ。日本人の受験生は、ちゃんと合法的な高校を卒業して願書を提出していたのである。受験の条件を満たしていない辺氏を問題としてた事務当局に対し、教授会は彼を特例として認めてくれたそうだ。これが前例となって、翌年から朝鮮高校の後輩も1、2名づつ入学できるようになったという。(『在日コリアン・パワー』 p.221) また、朝鮮人特権が発生したのだ。朝鮮人だと“特別な配慮”がなされるというのは逆差別である。左翼が牛耳る教授会だから、日本人から「虐げられる」在日朝鮮人は、保護しなければならない、と考えたのであろう。これはいかにも、「弱者」に味方することが格好いいと思っている大学教授がやりそうなことである。世間の噂では、TBSの社員募集には「朝鮮人枠」があるらしい。たしかに、在日南鮮人の李民和は「在日」という身分を活用して、まんまとTBSに入社したようだが、採用試験に落ちた日本人応募者は、どう思っているのだろうか?

血統から来る日本人への恨み

  「帰化鮮人は日本人なのか?」という質問に、はっきりと答えられない日系国民は多いと思う。在日朝鮮人が日本国籍を取る理由は、結婚とか就職、進学などの節目によるものから、外国旅行が便利だからというものまで様々。“日本国民”になることは、国家に忠誠を誓い、日本人を同胞と思うことだ。しかし、帰化鮮人はこれに抵抗を覚えるし、日本人だって彼らを仲間と思いたくない。朝鮮人は日本人が民族差別をするから、朝鮮人が日本人を嫌うのだ、という理屈を持ち出す。しかし、血族意識の強い朝鮮人は、我々が崇敬する皇室を敬愛することを躊躇(ためら)う。ひねくれ鮮人には、天皇陛下を「あのジジィ」とか「無駄飯喰い」と呼び、「日帝の親玉」あるいは「侵略者の頭目」という認識しかない。それもそのはずで、在日2、3、4世は日本で生まれるが、「非日本人」として育つのだ。しかも、生まれた時から下等民族の屈辱を味わう羽目になっているので、毎日毎日、「劣等感」という大海の中で浮かんでいるようなものである。したがって、日本を愛するより、憎む気持ちが強くなるのも当然であろう。

  在日朝鮮人は外国人だからいいとしても、帰化鮮人は日本国民になったのだから、高度文明国に属する、という意識をもたねばならない。朝鮮半島の気違い国民が、日章旗を燃やしたり、総理大臣の写真を引き千切りながら、「殖民地支配と侵掠の歴史を謝罪せよ !」と叫んでも、彼らの自由。我々はゴミ溜の中でゴキブリが踊っても気にならないじゃないか。しかし、自宅の台所に忍び込んだゴキブリはスリッパで叩き潰すか、ゴキブリ・ホイホイを設置して捕まえるしかない。我々は国内を綺麗になするため、不逞鮮人の国籍を剥奪するか、帰化した朝鮮人を再教育しなければなせないのだ。つまり、日本国民になった朝鮮人は、捏造の歴史ではなく、一次資料に基づく“学問”としての歴史と、そうした事実を日本人の目で“解釈”する、という点を覚悟せねばならない。まず、密入国してきた在日1世の祖父母が拵(こしら)えた嘘や、その作り話を鵜呑みにした両親の戯言(たわごと)を、きれいさっぱり削ぎ落とす必要がある。日本人は朝鮮人の子供に「可哀想だから」と遠慮するが、立派な日本国民に育てたいのであれば、厳しく躾けるべきだ。劣等国の朝鮮にいる時はいいが、文明国の日本に住むなら、事実の捏造はダメなんだよ、と教えなければならない。

  朝鮮人の家庭では嘘の歴史を子供に教えることは珍しくない。朴聖姫(ぼく・せいひ)というシャンソン歌手がが、家庭で伝えられた日鮮の歴史を披露していた。彼女の父親、朴啓秀(ぼく・けいしゅう)は、李朝時代に宮廷の幼稚舎に勤める両班の父を持っていたそうだ。しかし、日韓併合に抗議して職を辞した後、これといった職に就かなかったので貧しくなった。それで、徐々に所有地を食いつぶし、家財を売り食いしながら暮らす羽目に陥ったという。そんな没落両班の家庭に育った朴啓秀は、弁護士になりたくて昭和の初め18歳の時、日本にやって来た。この例でも分かる通り、極貧の朝鮮に生まれた若者は、憎いはずの「日本」に“希望”を見出して渡ってきたのである。実家からの送金が途絶えて学業を断念した朴氏は、役所の前に早朝から並んで順番を待つ、日傭い労働に従事したという。1日働いても1円40銭しかもらえず、1週間に1回仕事が回ってくれば良い方だった。戦後は朝鮮人仲間と色々なことをしてお金を溜め、かなり裕福になったらしい。恐らく闇市で儲けたんじゃないか。そんな朴氏は、娘の聖姫に厳しい民族教育と躾を授けたようだが、クラッシック音楽のレッスンも与えたという。朝鮮戦争で同胞が血みどろの民族対立を繰り広げているのをよそに、自分の娘(当時6歳)にはピアノの稽古をさせていたのだから、朴氏は日本に住めることが、どれほど有り難いことか分かっていたはずだ。

朴聖姫(左 / 朴聖姫)
  幼い頃からクラッシック音楽の勉強が出来るという、夢のような暮らしをしていた聖姫は、とんでもない歴史を親から聞かされていたのだ。彼女によれば、日本に併合された頃の朝鮮人は、「まったくの文明民族」で、「あまりにもお人好し」だったそうだ。(『在日コリアン・パワー』 p.151) おいおい、なに寝ぼけたこと言ってやがんだ? 「文明民族」だと? 日本人なら、「お前、李朝時代の写真を見たことがないんだろう」と言いたくなる。まぁ、「朝鮮は日本に儒教を教えてやった文明国だ」、とジイさんかオヤジから教わったんだろう。その“お人好し”の朝鮮に、伊藤博文をはじめとする野蛮な日本人が、朝鮮の宮廷に乗り込んできて、「日本刀で脅かしながら」無理やり併合に調印させてしまったのだ、と彼女は信じている。この作り話は、たぶん三浦梧楼(みうら・ごろう)公使による閔妃暗殺疑惑の話が、何かの噂とごちゃ混ぜになって出来上がったものだろう。ちなみに、「乙未(いつび)の変」と呼ばれるこの事件で、閔妃(みんぴ)を実際に殺したのは訓練隊を率いた李斗璜と禹範善たちと言われている。(中村粲 『大東亜戦争への道』 転展社 平成2年 p.70) 閔妃殺害の実行犯と目された三浦公使は、裁判で証拠不十分で無罪となった。

  一般の朝鮮人にとって歴史学は縁の無い学問だし、朝鮮の歴史的事実はみじめ過ぎて学ぶ気になれない。朝鮮人が感情的に日本を憎む原因として、まず個人的な経験がまず挙げられる。困窮した家庭で育った朴聖姫は小学生の頃、税金滞納で両親や祖父が日本の役人に侮辱されたことを恨んでいた。滞納した税金を取り立てに来た日本人は、彼女の祖父に向かって「キサマ、コノヤロー」と言ったそうだ。その侮蔑語に怒った聖姫は、その役人に食ってかかったという。すると、その役人は「キサマ」とは「貴い様」と書くから悪口じゃない、と言われ、反論できず悔しさを噛みしめたらしい。だが、我々はここで注意せねばならぬことがある。朝鮮人の昔話には事実の省略や、勝手な解釈および断片的記憶が渾然となっているから、そのまま信じることはできない。もしかしたら、役所が何度も納税を催促したのに、一向に応じなかったのかも知れないし、役人に対して無礼な口を利いたのかもしれない。また、屁理屈をこねて拒絶する場合だったあるのだ。例えば、朝鮮人や支那人は納税のことで窮地に立てば、日本の侵掠を持ち出して、自分が税金を払わない理由にすげ替えることもある。それに、朝鮮人の態度が傲慢だったり、普段から素行が悪いと、日本人の役人だって、つい「このチョーセン野郎」と怒鳴りたくなってしまう。とにかく、朝鮮人と「理性的」に話すことはできない。日韓首脳会談を何度行っても、歴史問題に終止符を打てないのは、朝鮮人にとって議論とは、相手を屈服させるための行為であるからだ。真面目な日本人が呆れてしまうのも無理はない。

金哲彦1(左 / 金哲彦)
  朝鮮人の怨念が経験に由来する例をもう一つ挙げてみたい。昔、早稲田大学の陸上部に、金哲彦(きん・てつひこ/偽名は「木下哲彦」)というマラソン選手がいた。彼は在日北鮮人で中学生の時は、日本名の「木下」で過ごしていたという。しかし、高校三年生の夏休みに朝鮮総連系の集まりに参加し、全国からやって来た朝鮮人青年と合宿を行ったそうだ。彼は新潟の朝鮮中学で寝泊まりしたり、あの「万景峰号」に乗船し、会食を交えて朝鮮人同胞と議論したことがあるという。金氏は同年代の朝鮮人と交流し、彼らに在日鮮人の苦しみや悩みを打ち明け、互いに批判することで民族意識に目覚めたらしい。その合宿を経て学校に戻った時、陸上部の仲間の前で、「本名宣言」ならぬ「朝鮮人宣言」を行った。(上掲書 p.136) 部活の日本人たちは静かに彼の話を聞き、みんなが「ガンバレ」と言って励ましてくれたそうだ。そんな彼は早稲田大学に進んで、箱根駅伝に「朝鮮名」で出場し、「山登りの木下」という異名を得るくらい良い成績を残したという。

  そんな金氏は小・中・高と日本人の学校に通い、勉強に励んだようだが、社会科の時間は辛かったという。中学時代は朝鮮人の本名と出自を隠していたので、級友たちは彼が在日朝鮮人3世であることを知らなかった。歴史の授業になれば、日韓併合とか朝鮮人問題が教科書に出てくるから、苦しみながら授業を受けたという。彼は回想している。

  ものすごく嫌でした。だから、その部分は聞かないようにするんです。それから、日本の子供がよく使う“チョーセン”という罵倒の言葉。ホント、嫌だった。相手を殴りたいけど、殴るとバレるでしょう。もう、ぶるぶるふるえていましたよ。子供ながらに、心臓が締め付けられる思いだったですね。(上掲書 p.135)


  いまでも朝鮮人の素性を隠している帰化鮮人は、テレビ局の報道番組で北朝鮮や嫌韓デモを耳にすると、心臓が締め付けられるような苦しみを味わうんじゃないか。もし、自分の素性を知らない友人が、「韓国人って本当に鬱陶しいよなぁ」とか「朝鮮人って嫌い」とか口にすれば、ムっとくるし、即座に反論したいけど、帰化鮮人問というのがバレるのが怖いから黙るしかない。日本人男性を好きになった朝鮮娘が、恋人を自宅に招きたくないことだってあるだろう。両親や兄弟に会わせたり、自宅にある朝鮮風の装飾品を見られたら恥ずかしい。親は朝鮮民族の誇りをしつこく語るが、娘からすればチマ・チョゴリなんてダサくて着られないし、朝鮮由来のもので自慢するものがあるのか、と反駁したくなる。 彼女たちにとって一番嫌なのは、「朝鮮人であっても全然気にしないよ」と言ってくれる友人が、何かの出来事でほんの一瞬、朝鮮嫌いを垣間見せた時である。差別心など全く持っていないと公言する日本人が、心の奥底で押しつぶすように持っている「侮蔑心」を見せた時、在日朝鮮人はいたく傷つく。朝鮮人に味方する“リベラル派”の日本人は、朝鮮人を「格下の弱者」と見なしているから、「保護」せねばならない、という使命感が生まれてくるのだ。

朝鮮人の容姿が嫌い

  もし、外国人に生まれるならイギリス人やフランス人がいい、と母親に嘆く朝鮮人の子供を以前紹介したことがある。子供は正直だ。大人がいくら建前を述べても、すぐさまその偽善性に気づく。朝鮮人の子供をクラスメートにもつ日本人児童も、ソリが合わない異民族を排斥したいという拒絶反応を示す。子供だからなぜ朝鮮人を受け容れたがらないのか、理路整然と述べることは出来ないし、大人から叱られれば依怙地になって、更に朝鮮人が嫌いになる。朝鮮人を差別してはならない、と説教する大人だって、朝鮮人の遺伝子は出来れば避けたいと考えてしまう。他人の家庭についてなら、人類愛や民族平等主義を口にできるが、自分の家庭となったら話は別。自宅で毎日毎年365日、理想論を突き通すことはできない。もし、朝鮮人が息子の嫁とか娘の亭主になった場合、日本人の親はどう思うのか? また、もし家門を継ぐ養子を取る場合や、朝鮮人の子供で納得するのか? それに、子供をつくれない日本人のカップルが体外受精を選ぶ時も本音が現れる。仮に、自分たちの精子と卵子が使えない場合、朝鮮人の卵子や精子を勧められて了承するのか?

Vivek KohliJagatjeet Singh










(左: ヴィヴェク・コリ / 右: ガジード・シン)

  欧米では人種の好き嫌いは建前上タブーとなっている。しかし、自分の子供となれば、真剣に人種のことを考えてしまうのだ。例えば、自分の子供を持てない人物は現実を直視する。不妊治療を受ける高所得の白人女性や、子供に恵まれない裕福な白人カップルだと、他人の精子や卵子を使って赤ん坊を得ることがあるが、その際、自分たちが望む容姿の赤ん坊を選んでしまうのだ。いわゆる「デザイナー・ベイビー」である。広い世の中には、「あなたが望む通りの赤ん坊を設計できますよ」というキャッチ・コピーで、赤ん坊を製造販売する業者が存在するのだ。こういったビジネスを営む一つが、インドに拠点を置く「ワイザックス・代理出産コンサルタント(Wyzax Surrogate Consultancy)」である。インドのデリーで代理出産仲介業を営むヴィヴェク・コリ(Vivek Kohli)とジャガジート・シン(Jagatjeet Singh)は、子供に恵まれない裕福な西歐人相手に、赤ん坊を斡旋して儲けていた。彼らは不妊に悩む夫婦ばかりではなく、同性愛カップルからも、赤ん坊の注文をとって生産ししていたのである。彼らは顧客からの要望に応え、自分に似ている赤ん坊が欲しいという者から、金髪で青い目の赤ん坊を欲しいという人にまで対応していたそだ。まあ、ペットの犬を購入する時と同じ要領である。

  ワイザックス社はまず材料となる卵子を獲得するため、ウクライナやリトアニア、グルジア、ウクライナ、ベラルーシといった比較的貧しい白人国で捜すことにした。西欧社会では薬品を使って卵子を取り出すことに応募してくれる女性は少ないし、ましてやゲルマン系の白人女性となればもっと難しくなる。それなら、経済が思わしくない白人居住地で、若くて美しい女性を捜した方が楽だ。卵子提供者は誰でもいいわけではない。ワイザックス社は提供者の容姿はもちろんのこと、遺伝病を持っていないかとか、知能指数は高いのかとか、さまざまな要素を精密に検査してから、契約を交わすという。契約が決まったら、医療設備の整ったアメリカのボストンやカルフォルニアに女性たちを送って、そこの医療クリニックで卵子を取り出し、精子を注入して受精卵を作る。ちなみに、ひと束(カップ?)750ポンド(約13万9千900円)の値段になるという。それを冷凍して、こんどはインドに輸送するのだ。先進国のアメリカでは代理母になる女性は滅多にいないし、仮にいたとしても高額な手数料を要求するので割に合わない。だから、後進国のインドで代理母を募集し、彼女たちの子宮に解凍した受精卵を埋め込むのである。貧乏なインドならお金に釣られて、子宮を貸す女性に不足しないし、出産までの費用だって相当安くなる。こうやってグローバル・ベイビーが誕生するのだ。(David Jones, The designer baby factory, Daily Mail, 4 May 2012)

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(写真 / 理想的な白人の赤ん坊)

  日本だと赤ん坊を受注生産して販売するなと、倫理に反するとして非難する人も多いだろうが、ビジネスの世界では本音の欲望に企業が応えているのだ。それに、子供を欲しいと熱望する西歐人カップルが、白人の赤ん坊を希望しても不思議ではなかろう。やはり、アジア人や黒人の赤ん坊より、白い肌のヨーロッパ人に見える子供の方が問題は少ないし、より大きな愛情が生まれてくる。毎日だっこしオムツを取り替える赤ん坊が自分と違った人種では気が滅入ってしまうじゃないか。黒人はもちろんのことユダヤ人などは、こうした白人の赤ん坊を好む傾向に警鐘を鳴らすが、それは彼らの嫉妬心から湧き起こる反対論だろう。自分たちが憧れても手にできないゲルマン的容姿を白人たちが重要視すれば、ユダヤ人の中東アジア的肉体が浮き上がってしまうからだ。ナチ・ドイツがアーリア人の赤ん坊を増やそうとしたレーベンスボルン計画を思い出し、ユダヤ人蔑視が再発するのでは、と騒ぎ出す。しかし、西歐人が自分の種族を増やすことが悪いというのは納得できない。西歐人が金髪や青い瞳、ゲルマン的顔立ちに高い価値を置いても、それは彼らの勝手である。人生色々、人種も色々だ。「蓼(たで)喰う虫も好き好き」と言うじゃないか。ゲルマン的容姿を称賛することに懸念を示すユダヤ人だが、それならユダヤ人はエチオピア人やガーナ人が黒い赤ん坊を増やすことに反対なのか? もし、アフリカ人が縮れ毛で大きな鼻の赤ん坊を望んだら、人種主義の台頭である、と非難するのか? そんなことはないだろう。ユダヤ人はイスラエルで鷲鼻(わしばな)の赤ん坊を増やせばいいじゃないか。こう考えれば、日本人が朝鮮人の赤ん坊を嫌い、日本人の遺伝子を持つ赤ん坊を望んでも異論はあるまい。

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(可愛らしい子供たち / 左: アフリカ黒人の子供 / アメリカ黒人の幼女 / 朝鮮人と黒人の混血児 / 右: 朝鮮人の赤ん坊)

  移民や難民を受け容れるかどうか議論する時、日本人は他人事として取り扱うので、簡単に「いいんじゃないの」と考えてしまう。同化というのは、朝鮮人が日本語を話し日本の習慣を身につけるだけを意味するものではない。日本国民の遺伝子プールの中に、朝鮮人の精子や卵子が混じり、新たな種族が誕生することになるのだ。こうして、地理的に離れた日本と朝鮮が遺伝子で融合し、両国の間に血の架け橋ができてしまう。選択権もなく生まれてくる混血児は、何万何億人もの朝鮮人を祖先に持つようになる。あの吐き気がする朝鮮人の群れが親戚になるのだ。日本人の両親から生まれた子供は、昭和天皇や明治大帝と苦楽を共にした祖父母の蘇(よみがえ)りとなり、日本の歴史を体全体で感じることができる。ところか、日鮮混血児は大統領の李承晩や李王朝の高宗どころか、テロリストの金玉均や独裁者の金日成までもが同胞になってしまうのだ。朝鮮の実態を知らない軽率な日本人は、将来を考えずに惚(ほ)れた朝鮮人と結婚し、日鮮混血児を産んでから後悔することになる。日本人妻は朝鮮人亭主とセックスしても朝鮮人の遺伝子は伝染しないが、子宮にできた受精卵にはちゃんと朝鮮人のDNAが組み込まれてしまうのだ。生まれれば当然朝鮮人の父親に似てくるだろうし、場合によっては舅や姑の面影を持つことだってあり得る。

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(左: 朝鮮人の目を真似る西歐女性 / 右: 逮捕された朝鮮人の強姦魔)

  物心がつくようになれは、さらなる悲劇が湧き起こる。成長してから自分の家系や日鮮関係を調べれば、自分が闇市で横暴を極めた第三国人の側に繋がっていることも分かってしまう。日本に於ける朝鮮人の過去といったらロクなものがない。「朝鮮人」と耳にすれば、神戸や博多で麻薬を捌く密売人とか、高利貸しや賭博業でのし上がった成金、暴力団組織で組長にまで出世した在日ヤクザ、といった人物がまず頭に思い浮かぶだろう。だからこそ、朝鮮人の子供は自分の出生を友達の前で隠したいのだ。恋愛感情だけで朝鮮人と結婚してしまった日本人は、子供が恥ずかしい思いをしてから、取り返しのつかない事態に気づく。日本人の親はたいてい、我が子が素直で明るく育って欲しいと望む。しかし、屈辱で顔が引きつる思いをした混血児は、普通の日本人として大人になることはない。彼らは朝鮮半島で日章旗を燃やしながら、日本人を呪う気違い鮮人を見ても、どこか憎めず、却って日本人に反発を覚え、朝鮮人を被害者と考えてしまうのだ。本人も、気づかぬうちに同胞愛が生まれ、日系国民と一緒になって「不逞鮮人は日本から出て行け !」と叫べなくなる。

  日鮮混血児は鏡に映った顔の中に朝鮮人を見るという日々を送るから辛くなる。新大久保やソウルで見かける朝鮮人の群れに、「自分も同じ顔した朝鮮人」との意識が芽生えれば、「あんな奴らと一緒にされたくない」という別の感情が生まれてくる。日本で育ってしまうと、大きな甕(かめ)にキムチを仕込む朝鮮の婆さんや、朝鮮の民族衣装を着て、杖鼓(チャンゴ)や太鼓(ブク)といった楽器を演奏する朝鮮人から目を背けたくなるのだ。日鮮混血児は親から朝鮮語を教えてもらっても、友達の前でその言葉を自慢することはない。ところが、日本人は戦犯とされるドイツ人を尊敬し、ドイツ音楽にも愛好者が多く、ドイツ語を熱心に学ぶ者さえいるのだ。一方、元皇民だった朝鮮人の文化には、全く魅力を感じないどころか毛嫌いする。例えば、「日帝時代」、多くの日本人が朝鮮半島に住んでいたのに、戦後は誰も朝鮮風住宅を建てようとしなかった。不潔な掘っ立て小屋を写真で見れば、なぜ日本人が朝鮮文化を懐かしく思わないのかが分かるだろう。日本人はかつてアメリカ人やイギリス人を「鬼畜米英」と呼んでいたのに、やれクリスマスだ、ヴァレンタイン・デーだとはしゃぎ、最近だとハロウィーンまで祝っている。それなのに、朝鮮の祭りは一切なし。また、朝鮮人の顔に憧れて、あのようになりたいと美容整形しようとする女性は皆無ときている。朝鮮人がかろうじて自慢できるとものといったら、「焼き肉」くらいだ。後は、「ポッキー」や「かっぱえびせん」を無断で真似る泥棒文化しかない。

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(左: 戦犯国で減少するゲルマン系女性 / 中央多民族主義の混血系朝鮮人少女 / 右: 日本で増える朝鮮人の赤ん坊)

  先進国の教育は、立派な国民を育成するのが目的である。しかし、左翼思想が強烈な日本では、国民形成という目的は却下されているから、国民意識は各自が任意で持つしかない。それでも、立派な先人が築いてくれた社会を引き継いでいるので、なんとか常識的判断を有している。しかし、朝鮮人移民や帰化鮮人がこのまま増え続ければ、それに応じて日鮮混血児が増えてしまうだろう。これは日本人の肉体が2分の1、4分の1と少なくなるだけではない。「日本国民」という意識も希薄になるのだ。朝鮮人を始めとするアジア人の遺伝子が混じった者は、住民票や国民番号を持っているが、自らの命を犠牲にしてまで邦人を救う国民ではない。国籍は運転免許証かスポーツ・ジムの会員証程度になる。現在のところ、日本人が多数派だから、帰化鮮人に日本へ同化しろと要求できるが、やがて朝鮮系国民が多くなれば、日系国民が逆に“朝鮮化”することになる。かってあった国民的絆が崩壊し、日本が朝鮮的身分社会に変貌し、他人を踏みつけても自分の利益を確保するアジア的国家になってしまうのだ。日韓併合で朝鮮人は日本人の管理下に置かれたが、多民族主義の台頭で、今度は日本人が朝鮮人の支配に服することになるだろう。未来の日本では首相官邸が、大韓民国から指令を受ける「日本総督府」となるんじゃないか。皇室も廃止されて、「李氏日本」とか「朴氏日本」といった時代になったら恐ろしいよね。




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