白人社会への愛と憎しみ

white woman 33

















  「ハートブレイカー(Heartbreaker)」という言葉は、よく歌の題名になりやすい。ちょっと記憶を辿れば、レッド・ツェッペリンやパット・ベネター、それにグランド・ファンク・レイルロードの名曲が思い浮かぶだろう。世間の歌手が恋に破れた者の気持ちをどう唄おうが勝手だが、国際政治で失恋の怨みに凝り固まって日本の国益が見えない人は困る。こんなことを言い出すのは、ちょっと前にチャンネル桜の「日いづる国より」を見ていたからだ。その番組では、コラムニストの高山正之がゲストに招かれていて、彼の発言を聞いてみたが、どうも気になって何となく違和感を覚えた。

  なるほど高山氏は左翼一色のマスコミ界では傑出しているが、悲しいかな、単純思考に嵌まったジャーナリスの域を出ていない。高山氏は無意識なのだろうが、白人に対して愛憎入り交じった感情を持っている。もしかしたら、ロサンジェルス勤務時代に白人ジャーナリストか、身近なアメリカ人に意地悪をされたのかも知れない。とりわけ、ジャーナリストには傲慢で卑劣なクズが多いから、高山氏はチンケな“黄色人種”と見なされたのではないか? 大した能力も無いくせに「白人」であることだけが唯一の自慢である新聞記者が、アメリカにはごまんと居るのだ。堅実な家庭に育った青年なら、ジャーナリストなんて職は選ばないだろう。それに、アジア人と似たような容姿を持つ日本人は、支那人か朝鮮人と一緒にされるからショックを受けることがある。こうした劣等民族と接して嫌な思いをしたアメリカ白人は、日本人に対しても侮蔑的な態度を無意識に取ってしまう。こう扱われれば、温和な日本人が腹を立てても当然だ。

  確かめたわけじゃないけど、普段の話し方を聞いた限り、高山氏は英語を流暢に話せるとは思えない。もしかしたら、現地のアメリカ人スタッフから馬鹿にされたんじゃないか。会社から派遣された日本人駐在員には、英語が苦手で周囲のアメリカ人にうまく反論できず、フラストレーションを貯め込む人が結構いたりする。また、たとえ英語を話すことが出来ても、アクセントおかしかったり、発音の強弱が下手でモゴモゴ話す日本人は、アメリカ人から相手にされなかったりするのだ。筆者もある大学でアメリカ人から孤立した日本人留学生を見たことがある。ある時、彼の水飴みたいにドロ~とした英語の喋り方を聞いて納得してしまった。断っておくが、日本人は美しい日本語を話すことができれば良いのであって、英語が得意な支那人やフィリピン人になることが素晴らしいわけではない。しかし、英米に住むなら言語でハンディーキャップを背負うことになる。前もって会話で苦労することを覚悟すべきだ。それが嫌なら日本から出ない方がいい。

  筆者が何故こんなことを考えたのかと言えば、高山氏が朝鮮人的日本人に見えたからだ。朝鮮人が南鮮で日本の悪口を述べるのは彼らの自由だから構わない。朝鮮国内でぐちゃぐちゃ文句を垂れる蛙は放って置けばいいじゃないか。ただし、来日して我々を罵る朝鮮人がいたら、頭を傘バットで殴ってやれ。それが無い人は、靴下に小銭を入れて振り回し、勢いよく叩きつければかなりの効果を期待できる。でも、一般人は 「馬鹿な鮮人だ」と蔑んで相手にしないだろう。後進国から来たという事も弁えずに、勝手な理屈で日本を非難する朝鮮人は、身の程知らずの馬鹿であるからだ。日本に支えて貰っているくせに、その認識もないまま一等国民を気取る朝鮮人は、見ている我々の方が恥ずかしくなってしまう。一方、米国や西歐について辛辣に語る高山氏は、世間で好評を博す。たぶん、それは日本国民の奥底で燻る対米劣等感を癒やしてくれるからだろう。しかし、白人をことさら非難する日本人ほど、心の底で猛烈に白人を愛している。まるで、武家のご令嬢に片思いを寄せる町人か職人みたいだ。一目惚れの女から相手にされない男のヒステリーはみっともない。日本の知識人も同じだ。彼らは一生懸命歐米の学問を勉強しているから、日本に無関心だったり、日本について偏見や誤解を持っている西歐白人を目にすると、どうしても怒りが込み上げてくる。その気持ちは分かるけど、白人が日本について無知なのはしょうがない。だって、彼らが日本を勉強しなくても困ることはないじゃないか。

Burma British Colony 1Burma Vegetable_stand








(左: 植民地時代のビルマにいたイギリス人/右: 市場で物を売るビルマ人)

  ここで高山氏の見解が、どうして変なのかをいくつか例を挙げてみよう。まず、白人による植民地支配についてだ。高山氏は歐米列強がアジア・アフリカを支配したことを非難するが、それが日本にとってマイナスなのか、と問いたい。例えば、高山氏はイギリス人のビルマ支配を批判するが、日本は「植民地解放戦争」などせずに、英国のビルマ統治を継続させるべきであった。なぜかといえば、イギリス人が異民族を統治すれば、必ず民族対立が生じて無用な出費がかさむし、余計な人員をさかねばならず、植民地搾取で潤っても全体としてみれば、赤字経営になってしまう。しかも、半永久的ないざこざで常に悩まされるし、下層の白人から異人種混血が起こってイギリス人の肌が茶色くなる。強力な陸海軍を持つ日本なら、英国とビルマの仲をうまく調停する「善意のブローカー(honest broker)」を演じるチャンスが出てくるだろう。そうなれば、日本は両国に恩を売りながら、常に彼らがいがみ合うように仕組めばいいじゃないか。英国と対立するより、英国から技術や情報を貰った方がどんなに得なのか誰にでも分かるだろう。これは日露戦争で証明済み。ビルマ人が塗炭の苦しみを味わっても、我が国が有利な立場になるのなら、帝国主義を是非とも続けてもらいたい。高山氏はなぜ日本よりビルマの利益を優先するのか分からない。

  日本人は米国の保守派白人を陰で支援すべきだ。高山氏は中南米移民を排斥するドナルド・トランプを賞讃せずむしろ批判的だが、日本を徹底的に制禦しようとする民衆党に比べればちよっとはマシだろう。それに、アメリカ人が人種的対立で揉めているなら、もっと騒ぎを大きくしてアメリカ社会が分裂するよう工作するのが、我が国の外政ではないのか。どうせ支援するなら、建国の民の子孫を応援し、日本人の味方につけた方がいい。白人保守派の方がメキシコ人や黒人より好ましいと思う日本人は多いはずだ。アメリカでは移民排除を主張する白人は少数派だから、なおさら日本政府は資金援助をして彼らを一大勢力にし、日本の擁護者にすれば慰安婦像撤去の運動で力強い味方となる。アメリカ人を仲間にするなら言論ではなく、札束でひっぱたくのが効果的だ。国土を神聖なものとみなす保守派は、穢らわしい朝鮮人の彫像など目障りと感じるだろう。だいたい、外交とは策略を用いるものだ。人種的亀裂を深めてやれば、白人を支援する日本人の株が上がり、日本研究を専攻する学生を確保しやすくなる。何はともあれ、アメリカ社会に日本の手下を増やすことが肝心だ。もし、アメリカ人を利用するなら、ハンサムな白人青年を見つけるべきだ。大衆は論理や演説内容で人を判断せず、外見や学歴で勝手な思い込みをするものだし、とくにオバはんのアメリカ人には色男の方が説得力をもつ。また、白人美女ならテレビ局が積極的に出演依頼をしてくるから、外務省の役人より数千倍も日本の国益を代表してくれるはずだ。高山氏のように白人を日本国内で非難したって、何の得にもならない。

  昔、アメリカ史を専門にしていた東大教授の猿谷要が、奴隷制度やインディアン撲滅を引き合いに出して、しょっちゅうアメリカ白人を非難していた。高山氏もこの左翼学者と同じような思考に染まっているのではないか。高山氏は白人がインディアンを虐殺したと騒ぐが、インディアンは無抵抗で殺されたわけではく、リトル・ビックホーンの戦いでも知られているように、勇敢に戦って敗れたのだ。皆殺しは可哀想だけれど、白人よりも強力な武器や兵力を用意しなかったのだから、負けたのはスー族やシャイアン族の不覚であろう。異文化を吸収しない戦闘民族は、戦場で惨敗しないと反省しないのだ。その点、日本は明治に近代化を成功させたから立派であった。家康が德川家の安泰を優先させたため、日本が海軍を創設できなかったのは痛恨の極みである。幕末になって非常に苦しんだ事を思い起こせば、いかに鎖国政策がマイナスであったかが理解できるだろう。ついでに言えば、もし家康が西歐とのパイプを繋いでいれば、「グレート・ヘンリー(Henry Grace a Dieu)」とか「メアリー・ローズ(Mary Rose)」といったチューダー朝の軍艦を輸入し、日本海軍の建設が実現したかも知れない。(ヘンリー七世の建艦については別の機会に述べてみたい。興味のある方には、Geoffrey Moorhouseの「 Great Henry's Navy」という本をお勧めします。)

  日本人の研究者でも、白人入植者によるインディアンの虐殺を非難する人が多いが、日本史と違い世界史は残虐な戦争で満ちているから、アメリカ人を批判しようとすれば、たぶん世界の全民族を責めることになる。平和な日本の方が例外なのだ。高山氏は白人がインディアンの女子供を殺したことに言及するが、もしアメリカ人がインディアンの女子供を見逃していれば、再びインディアン戦士が白人に襲いかかったであろう。つまり、幼いインディアンは成長して、親兄弟の仇を討つはずだから、ジョージ・A・カスター中佐のようなアメリカ人であれば、将来の安全を確保するために鬼となるだろう。日本は同質民族というお陰で、みんな仲良く暮らしていたから、戦国時代でもそこそこ穏やかだった。敵軍を殲滅せずとも平和を保てたのだから幸せだ。「平和」とはある意味、徹底的な危険の排除である。脅威は芽のうちに摘み取ることが肝要だ。残酷なようだけど、地球ではこれが一般原則である。古代ローマを思い出せば分かるだろうが、宿敵カルタゴの土地に塩を撒いて荒れ地にしたのは、商業民族のカルタゴ人が二度とローマを攻めないようトドメを刺すためであった。また、戦地で強固な陣地を築いたのは、夜間でも安全を確保するためである。ところが、日本人ときたら鉄壁の兵営を戦地に建設しなかったし、工兵隊すらもたなかったというから呆れてしまう。安全に対する日本人の認識は甘いと言わざるを得ない。

  ただ、危機意識が低い日本人でも、戦国時代はちよっとマシで、冷徹なところがあった。家康は德川家の将来を危うくする豊臣秀頼の存在を気にしていたから、何としても豊臣家を滅ぼす必要があったのだ。そこで難癖をつけて大阪冬の陣・夏の陣を無理やり起こし、豊臣家を徹底的に攻撃し、秀忠の将軍職を安定させたのである。戊辰戦争の時も、ちょっと残酷なところがあって、西郷隆盛は德川慶喜の処刑にこだわっていた。大政奉還しても德川家は依然として薩長にとり脅威で、いつ反撃されるか分からない。第一、強力な海軍力を誇る幕府軍は不安の種だ。慎重な大久保利通も慶喜の抹殺に賛成だった。しかし、勝海舟が断固として拒否したから慶喜公は命が助かったのである。高山氏は平和な日本人の感覚で白人国家を批判するが、日本の倫理基準で世界の民族を裁けば、どの民族も有罪となってしまうだろう。それでも、アメリカ白人を批判したいなら、日本人が彼らを攻撃し、アメリカ大陸から追い払うしかない。しかし、そんなことを妄想すれば、朝鮮人みたいになってしまうから、机上の空論は慎むべきだ。

アメリカが憧れだった日本人

  明治以来、日本人は妙にアジア人に肩入れし、ヨーロッパ人に反撥を覚えることが多かった。対米コンプレックスが強い高山氏も、やたらと白人優越主義を憎み、黄色人種という自己意識が根深い。しかし、日本人は白黒黄色の種族ではなく、「肌色人種」であるはずだ。外国で白人が何を言おうが、平然と構えていればいいのに、心に何らかの傷を持つ高山氏は、他の日本国民に同じような憎しみを持つよう焚きつける。日本で日本人差別が無ければ、欧米諸国やアジアの元植民地で人種差別があってもいいじゃないか。白人の縄張りで白人が威張っても当然だろう。モンゴル人がモンゴル帝國内で威張っていたり、イスラム圏でイスラム教徒が上流階級になっていても不思議ではない。レイシスト国家であるイスラエルでは、公然と黒人差別が横行し、パレスチナ人の虐殺はナチス並で、ユダヤ人とアラブ人との結婚を糾弾するラビでも普通に暮らしているのだ。しかし、日本人は気にしないだろう。白人がそんなに憎いのであれば、来日する白人を差別してやればいいじゃないか。これこそ相互主義だ。しかし、それを実行しないんだから、日本人の方が悪い。たぶん、西歐白人が来ないと寂しいから、アパルトヘイト政策を取れないんじゃないか。西歐人歌手やハリウッド俳優が来日しないと、商売が繁昌しないし、英会話講師が欲しい日本の学校も何かと困るから、ためらってしまうのだろう。

  日本では象牙の塔に閉じ籠もる知識人と、本音と建前を微妙に混ぜながら暮らす庶民は、色々な点で違っている。白人帝国主義を打倒して「大アジア共栄圏」をつくろうなんて幻想を抱く日本人は戦前にもいたけど、庶民はアジア人なんて本当は嫌いだった。アジア主義を唱えた頭山満や内田良平、安岡正篤(やすおかまさひろ)、細井肇(ほそいはじめ)なんかは、支那人の実態が分かっていなかったから、日本にとって有害だった。戦前は朝鮮総督府が「内鮮融和」とか「内戦一体」を謳ったが、朝鮮人の婿や嫁をとった士族などいなかったし、商人や勤め人、役人などでも朝鮮人と結婚する者はまずいなかった。朝鮮語を学ぶ者は稀だったし、総督府の役人ですら、給料の上乗せがあっても真剣に学ぶ者は少なかったのである。ましてや、ベトナム語とかマレー語を学ぶ日本人なんかいやしない。フィリピンに派遣された軍人だって、茶色のタガロク族女を好きになったからといって、婚約者にすべく郷里の両親に紹介するなんてことはきなかった。現地妻はあくまでも性慾の対象であって、実家の跡継ぎを産む母親ではない。

  日本の保守派知識人でも、戦前にアメリカ白人が日系移民を差別したことを恨んで、未だに批判する者が多い。西歐史に詳しい渡部昇一先生でも、日系移民への差別を非難していたが、肝心要な点を忘れていた。それは、日本人が自発的に米国へ渡ったという事実である。今では高齢者の日本人でも口にしないが、日系移民は出稼ぎ目的で渡米したのだ。彼らにとりアメリカは「憧れの地」あるいは「希望の国」であった。例えば、貧しい農家に生まれたニスケ・ミツモリさんは、高等学校に進学できず、授業料がタダの県立学校に進みたかったが、まだ17歳だったので入学できなかった。ところが、待っているうちに日露戦争が始まってしまい、兵隊になるのが嫌だったミツモリ氏は、進学を諦めアメリカに渡ろうと決心した。しかし、彼には明確な渡米目的はなかったという。それでも、ミツモリ氏はアメリカに着けば何とかなるだろうと楽観していたそうだ。(アイリーン・スナダ・サラソーン編『The 一世 パイオニアの肖像』 南条俊二 訳 読売新聞社 1991年15-16頁。)

  当時のアメリカは貧乏な日本と比較にならぬほど豊かで、大志を抱いた青年にとって夢を叶える国だった。リイチ・サトウ氏の父親は、若い頃かなり放蕩を重ねて財産を手放してしまったという。しかも、女房子供を抱えていたから、二進も三進も行かず地元で苦労していたらしい。そこで、彼は失ったものを取り戻すためハワイに渡って、サトウキビ畑で12年間働いたそうだ。ある程度のお金を貯めて帰国したサトウ氏の父は、失った田畑や山林を買い戻すことができた。そればかりか、彼は以前よりも財産を増やしたそうである。(上掲書 24頁。) 彼が持ち帰った2、3千ドルは、当時の日本人にとったら相当な大金で、日本に戻ってきた人は故郷で何でもできたらしい。例えば、家を建てたり田畑を買ったり、という具合。だから、アメリカに向かう人たちは期待で胸を膨らませていた。息子のリイチさんも村に残っていては埒が明かないと考え、日本より二倍の賃金がもらえるアメリカで働きたいと望んでいたそうだ。

  明治の頃の日本人は西洋の文化に驚きと魅力を感じていた。ある日、サトウ氏は村の表通りで、奥さんと赤ん坊を連れている牧師を見かけたという。その時、サトウ氏はビックリした。何と赤ん坊を抱いていたのは、一緒に歩いている奥方ではなく、旦那さん、つまり牧師の方だったからである。「そのような光景は、当時の日本では、まったく目新しく、珍しいことだったのです」とサトウ氏は語っていた。彼は家から飛び出し、その牧師を眺めたところ、「とてもモダンで西洋的、ハイカラだ」と思ったそうだ。彼はその頃から渡米を考え始めていた。儒教的倫理なら耳にタコができるほど聞かされていた日本人でも、女性に対する接し方には無頓着で、貴婦人に対する奉仕という概念が皆無だったから無理もない。今では道端でカップルがキスをしていても珍しくはないが、ひと昔前の日本人なら恥ずかしくてできないだろう。異性の友人同士が、送別会や引っ越しのときに抱き合って別れを惜しむなんてことは、普通の光景ではない。私的な体験談で申し訳ないが、筆者が学生寮を去る時、アメリカ人で女学生の友人が次々に抱きついてきて、別れを惜しんだことがある。その時、筆者は「日本とはかなり違うなぁ」と内心思った。でも、嫌じゃなかったことだけは確かだ。

  そういえば、明治か大正時代にフランスへ旅行をした日本人の紀行文を読んだことがある。彼がフランス人の知人宅を訪れ、その家族としばらく談笑して帰ろうとした時のことだった。この知人には幼い娘がいて、たいそう可愛らしい少女であったという。まるでフランス人形のようなこの幼女は、別れ際に客である日本人に抱きついて「さよなら」と告げたらしい。抱きつかれた日本人は、祖国では体験できぬ西洋風の行動にいささか戸惑ったようだが、まんざらでもなく、逆に感動して嬉しく思ったと述べていた。案外、日本人は西洋人の風習に好感を持っているのかも知れない。我々は支那風の偽善的な作法と歐米人の気さくな態度を比較・体験した時、どうも西歐の風習に魅力を感じる傾向がある。江戸時代までは諸文化を比較できなかったから、支那を必要以上に尊敬していたが、明治になって歐米に渡航できるようになると、両者を“比べる”ことが出来るようになった。現在の我々でも、当時の日本人が儒教文化をゴミ箱に捨てた気持ちがわかる。それに、支那人に抱きつかれたら気持ちが悪い。やはり、支那人とは離れて暮らしたいものだ。

  アメリカに移住した日本人の体験談は面白いので、次回も引き続き紹介したい。くどいようだけど後編に続きます。




人気ブログランキングへ