黒人のヒーロー

Chris Evans 8Black Heor Sam Wilson







(左: クリス・エヴァンスの「キャプテン・アメリカ」 / 右: 黒人の「キャプテン・アメリカ」)

  「百聞は一見に如かず」というように、人間は視覚からの刺戟に強く影響される。ある出来事を口であれこれ説明したり、文章で詳しく記述するより、目で見せた方が遙かに効果的だ。特に、雑多な民族がゴロゴロいるアメリカ社会では、各人の知能や教養がバラバラで、共通した意識や知識に欠けている。だからこそ、アメリカの政治家は単純明快な話しかしないのだ。複雑な国際情勢や金融財政問題なんか、大衆は理解しないし、興味すらもたない。少なくとも公立の学校教育は破綻しているから、一般のアメリカ人がもつ基礎知識は驚くほど乏しい。そんなアメリカ人を理解しているので、左翼学界やハリウッド、テレビ局に巣くうユダヤ人は、映像でもってアメリカの大衆、とりわけ無防備な白人層を狙って、政治プロパガンダを流している。

  大衆政治の魁(さきがけ)たるアメリカにおいて、映画やTVドラマは単なる娯楽ではなく、知識を授ける教材となっている。だが、その内容は恣意的で、しかも邪な思想をまぶしているから質(たち)が悪い。フランスの有名な心理学者であるグスタフ・ル・ボン(Gustav Le Bon)は、大衆の心理を研究したことで有名になった。例えば、「群集は、ほとんどもっぱら無意識に支配される」と述べ、「群集は一旦受けた衝撃の奴隷となる」とか、「単独の個人も、群集の中の人間と同じ刺戟に身を任せることがある」、といった分析を行っていた。(ギュスターヴ・ル・ボン 『群集心理』 櫻井成夫 訳 1993年 p.41) 彼は西歐で出現した大衆社会を診断し、「群集は暗示にかかりやすい。群集はたえず無意識の境地をさまよい、あらゆる暗示に従う」と喝破し、理性の力に頼る事のできない人々は、独特な激しい感情に鼓舞されるし、批判精神を欠いていると、批判した。(上掲書 pp.46-47)

  映像作品を通してアメリカの民衆を洗脳しようとするユダヤ人は、ル・ボンの分析通りの人間観を持っている。ル・ボンは言う。群集は単純かつ極端な感情しか知らないから、暗示された意見や信仰は、大雑把に受け容れられるか、斥けられるかである、と。(上掲書 p.64) 大衆というものは、それらを絶対的真理と見なすか、絶対的な誤謬と見なすかのどちらかである。したがって、アメリカの大衆は、テレビ・ドラマやハリウッド映画に潜むメッセージを飲み込むか、吐き出すかのどちらかでしかない。ただ、ユダヤ人は巧妙に映像を作るので、多くの視聴者は容易に引っ掛かってしまうのだ。例えば、ドラマの中で黒人男優やヒスパニックの女優を大統領やFBIの長官か捜査官にしてみたり、アジア系の役者に正義感の強い刑事や優秀な科学者、高級軍人、裕福なビジネスマンなどの役をあてがったりする。現実にはほとんど見かけないアフリカ系やヒスパニック系の偉人を、空想作品の中で描いたりするのだ。

Sullivan Stapleton 3Jordana Spiro 3Rob Brown 1







 
(左: サリヴァン・スティプルトン / 中央: ジョルダナ・シュピロ / 右: ロブ・ブラウン)

  以前、このブログで紹介したNBCテレビ局の人気ドラマ「ブラインドスポット(Blindspot)」は、もう多文化主義の権化である。このドラマはFBI捜査官のチームが、全身に刺青を彫った謎の女性と協力して、ある組織の陰謀を解き明かすというストーリーである。主役のカート・ウェラー(サリヴァン・ステイプルトン)捜査官には、妹のサラ(ジョルダナ・シュピロ)がいて、息子を持つ母子家庭という設定だ。彼女はカートの同僚である黒人捜査官エドガー・リード(ロブ・ブラウン)と恋仲になる。しかし、中流階級の白人女性で、しかも子持ちなのに、よりにもよって黒人捜査官の恋人になるなんて、ちょっと不自然だ。息子だって母親が彼と結婚すれば、義理の父親が黒人になってしまい、ひょっとしたら混血児の弟か妹が出来てしまう。架空のドラマだからいいけど、実際に起これば、再婚家庭の息子は複雑な心境になるはずだ。考えてみれば、この物語はテロ事件を扱って「リアリティー」を重視しているのに、アメリカ社会の描写は「ファンタジー」になっているから変だ。DCコミック原作のドラマ『アロー(Arrow)』でも同じく、正義の味方役の黒人が白人女性と夫婦になって、混血児を育てている。ハリウッドのリベラル派やユダヤ人制作者は、しばしば黒人男性と白人女性のカップルを登場させ、異人種間性交を奨励することが多い。これは黒人視聴者へのゴマすりもあるが、憎い白人への復讐にもなっている。ユダヤ人男性を排除する西歐系白人が最も嫌がることをドラマの中で描いているのだ。つまり、彼らが大切にする白人女性を、黒人男性と積極的にセックスさせることで、傲慢な白人を懲らしめている。ユダヤ人監督は白人男性に対し、「お前等の娘は黒い赤ん坊を産むんだぞ !」と脅し、「俺たちはメディアを使って白人の遺伝子を簡単に撲滅できるんだよ」というメッセージを流していたのだ。

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(左: 『アロー』に出演するオードリー・マリー・アンダーソン/中央: 夫役のデイヴッド・ラムゼー / 右: 子供を連れた結婚式の場面)

  ユダヤ人は陰湿で恨みを忘れないから、人気ドラマを作って、その中で白人を再教育しようとする。つまり、有色人種を差別するのは間違っているという思想を植え付けるのだ。善良な黒人男性と美しい白人女性のセックスを否定する白人は、偏狂で道徳的に最低な人間として描かれている。視聴者の白人青年は、ユダヤ製ドラマを観ることで、知らず知らずのうちに「俺は差別主義者にはならない」という意識が芽生えてくる。白人女性の視聴者も、「私は黒人を避けるような冷酷女じゃないわ」と思うようになり、やたらと黒人青年に対して親切で気さくな振る舞いをするようになるのだ。「差別主義者と思われたくない」意識が刷り込まれた結果、気弱な白人は本心に反する不自然な行動を取るようになる。ところが、ユダヤ人社会で育った連中は、そんな性質をまったく有しないし、黒人と交際しないことも当然で、ユダヤ人女性は罪悪感を持たない。第一、黒人と結婚しようなんて発想が無いのだ。ユダヤ人脚本家は、黒人蔑視のユダヤ社会を決して描かない。これは暗黙の鉄則で、この掟を破るユダヤ人はいないのだ。まあ、例外はユダヤ映画界を暴露したジョエル・シュタイン(Joel Stein)くらいしゃないか。マーロン・ブランドーはユダヤ人支配のハリウッドについて語っていたが、引退した晩年だったから本音を喋る事ができたのであって、現役の頃なら絶対喋ることはできない。

  たかだかドラマだけど、これを日本に置き換えてみればその恐ろしさが分かるだろう。例えば、もし帰化鮮人の脚本家ないし極左の日本人演出家が、黒人男性と日本人女性の国際カップルを描いたら、日本人視聴者はどう思うのか? 多分、反日系制作者は、偏見に満ちた日本人をドラマの中で描き、混血児を白眼視する日本社会を批判するだろう。しかし、朝鮮系脚本家は、差別がもっとひどい韓国社会を描くことはないだろう。彼らの祖父母がいた国を貶めるような映画やドラマは作らない。それに、映画制作費を捻出するためにも、朝鮮系企業にゴマをすって、日本人に差別される「マイノリティー」をわざと描くかも知れない。ソフトバンクの孫正義みたいな奴からお金を出してもらうには、悪徳の日本人と正義漢の朝鮮人を描いた方がいい。しかし、日本人の投資家で熱心に、「善良な日本人を登場させろ」と注文をつける者はいないだろう。民族意識に燃える企業経営者とか、国威発揚を訴える資本家なんて見たことがない。たんに映画がヒットして利益が上がればいい、という考え方が一般的だ。

Benedict Cumberbatch 1Sophie Okonedo 2Queen Margaret of anjouEric Bana









(左: ベネディクト・カンバーバッチ / ソフィー・オコネド / マーガレット王妃の肖像画 / 右: エリック・バナ)

  ちなみに、英国のBBCはシェイクスピア原作のドラマ・シリーズ『虚ろな王冠(The Hollow Crown)』を制作していて、近いうちに第二部を放送するという。このTVドラマには、「シャーロック・ホームズ」で人気俳優となったベネディクト・カンバーバッチ(Benedict Cumberbatch)も出演するので、イギリス人ばかりではなく、歐洲や北米のファンも期待しているみたいだ。ところが、この時代劇ドラマには驚くべき配役がある。ヘンリー6世を扱うエピソードで、アンジュー家のマーガレット王妃をアフリカ系女優ソフィー・オコネド(Sophie Okonedo)が演じるというのだ ! 「うぁぁぁ~、ていへんだ、大変だ ! どうしちまったんだイギリス人は ?」と叫びたくなるだろう。(英文科卒の日本人は、「そんな、嘘だろう ! 冗談もほどほどにしておけ !」と言っていないで、よ~く肝に銘じておけよ。) ロレーヌ公爵ルネの娘が、浅黒い女性だなんて。確か、マーガレット妃はブロンドの白人女性だったはず。いつからアフリカ系のお姫様になったんだ? 我々は呑気に「人生楽ありゃ、苦もあるさ~」、と歌っているけど、本当に「ま坂」あるから世間は恐ろしい。多民族主義が浸透するブリテン社会には、もはやタブーはないのだろう。そう言えば、昔、映画『ブーリン家の姉妹』で、国王ヘンリー8世をクロアチア系男優エリック・バナ(Eric Bana)が演じ、ブーリン姉妹をユダヤ系のナタリー・ポートマンとスカーレット・ヨハンソンが演じていたことがある。これじゃあ、あんまりだ。いくら寛容なイギリス人だって嫌になってしまうだろう。なんで、地元オーストラリアで「ウォグ(“浅黒い奴”の蔑称/Wog)」と呼ばれるバナが、ケルト系イングランド国王の役なんだ? アングロ・サクソン人の男優は英国にいないのか? 「多民族・多文化主義バンザイ !」の英国は狂っている。日本も対岸の火事じゃないぞ。


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(左: マリアンヌ・ジャン・バプティスト / ウクエリ・ローチ / エリック・キング / 右: イヴァナ・ミリセヴィック)

  ハリウッドの左翼脚本家は、わざと黒人の高位高官を設定し、黒人役者を白人役者の上司にする。「ブラインドスポット」でも、捜査チームの局長であるメイフェアー役にマリアンヌ・ジャン・バプティスト(Marianne Jean-Baptiste)を起用していた。黒人でしかも有能な女性高官ときている。アメリカのドラマでは、FBIの高級官僚といえば、異常なくらい決まって黒人だ。また、知的職業の役にも黒人を用いる。ドラマの中で、冷静沈着な心理カウンセラー役を、黒人俳優のウクエリ・ローチ(Ukweli Roach)が演じている。一方、問題を抱えた“だらしない”患者は白人だ。黒人が白人に説教したり、良い生活をするよう諭したりしているのだ。これでは現実と逆になっている。別のTVドラマ「バンシー(Banshee)」でも、心理カウンセラーを黒人のエリック・キングが演じていた。どう見ても麻薬の売人かギャング役が似合っているのに、知的な雰囲気を醸し出すエキスパートになっている。患者は白人女優のイヴァナ・ミリセヴィックが演じていた。現実にうんざりしている黒人視聴者へのサービスだろう。人気ドキュメンタリーの「コップス(Cops)」は、大都会の犯罪を紹介する番組だったが、映し出される犯罪者は黒人やヒスパニックばかり。この番組は黒人視聴者からの抗議に曝されたという。現実を放送すれば、クレームの嵐が巻き起こるという具体例である。

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(左: ヘンリー・レニックス/ 中央: モザン・マルノ / 右: 恋人役のディエゴ・クラッテンホフ)

  ユダヤ人が牛耳るテレビ局だから、イスラエルへのゴマすりも忘れていない。人気ドラマの「ブラックリスト(The Blacklist)」は、FBI捜査官と大物スパイとが絡むストーリーなのだが、その捜査チームにはイスラエル人捜査官が混在する、という設定になっている。捜査チームの上司ハロルド・クーパー(ヘンリー・レニックス)が黒人なのはいつもの事で、彼の部下にイスラエル人の女性捜査官(モザン・マルノ)がいるのは不自然というより、現実的にあり得ない設定である。しかも、彼女が恋をしたのは白人同僚のレスラー捜査官(ディエゴ・クラッテンホフ)。なんで黒人捜査官じゃないんだ? ユダヤ人女性はいつもハンサムな白人と恋仲になる。おかしいじゃないか。しかし、CBSの長寿ドラマ「NCIS」でも、事情は同じである。このドラマは海軍に関する事件を調査するという物語で、殺人事件などを科学的に捜査する軍務刑事を描いている。ドラマの中では、海軍特別捜査チームにイスラエル帰化人ジヴァ・ダヴィ(コート・デ・パブロ)がいたのだ。しかも、モサド長官の娘という設定である。こんな設定は無茶苦茶だ。まるで、日本人がアメリカ海軍第七艦隊の司令長官になるようなものである。絶対にあり得ない。

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(左: コート・デ・パブロ / 中央: マイケル・ウェザリー / 右: ドゥエイン・ヘンリー)

  さらに、このドラマのシーズン13では、白人捜査官のトニーが舞台から消え、来シーズンからは黒人捜査官が加わる予定になっている。人気男優のマイケル・ウィザリーが去って、英国の黒人男優ドゥエイン・ヘンリー(Duane Henry)が、MI-6(英国諜報機関)出身の捜査官として、新たな役を演じるらしい。ここでも「人種スウィッチ」が起こっている。もう、CBSは社長や重役もユダヤ人で、全社を挙げてイスラエル礼讃に邁進しているんだからすごい。イスラエルは米国の友好国で一番親密な国という刷り込みをしたいのだろう。本当は一番害を為す国家なのに、まったく逆のイメージを植え付けているのだ。

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(左: ヘレン・スレーター / メリッサ・ベノイスト / 右: 「ジェイムズ・オルセン」役のM・ブルックス)

  アメリカのTVドラマなのに、西歐系白人は極悪人や連続殺人鬼、性的異常者、冷酷な大富豪など、ユダヤ人制作者はとことん貶めようとする。ところが、ユダヤ人に関することになると、急に態度を変えてしまうのだ。なるべく美人のユダヤ系女優を登用し、ユダヤ人への印象を良くしようとする。例えば、、スーパーマンの従姉妹という設定で作られた映画「スーパー・ガール」には、ヘレン・スレイターが登用されたが、彼女がユダヤ系女優と知っている日本人は少なかった。現在放送されているTVドラマ「スーパーガール」には、メリッサ・ベノイスト(Melissa Benoist)という非ユダヤ人の西歐系女優が登用されている。しかし、彼女は黒人キャラクターのジェイムズ・オルセンに愛情を抱く設定になっているのだ。せっかくのスーパーヒロインが誕生したのに、制作者が異人種間恋愛を演出しているため、スーパーマン・シリーズを好きな白人視聴者はウンザリしている。こうして人気娯楽作品を台無しにするから、ユダヤ人は嫌われるのだ。

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(左: メラニー・ローラン / 中央: ナタリー・ポートマン / 右: スカーレット・ヨハンソン)

  スーパーガールはともかく、他のユダヤ系役者を思い浮かべてみれば、やたらと西歐的容姿の女優が目立っているのが分かるだろう。『イングローリアル・バスターズ』でナチスに迫害される、フランスのユダヤ人娘役には、メラニー・ローランが起用され、『アヴェンジャース』のブラック・ウィドー役には、スカーレット・ヨハンソンがなっていた。『超人ハルクで』だと、イタリア系ユダヤ人のジェニファー・コネリーが出ていたし、『ブラック・スワン』や『スター・ウォーズ』ではイスラエル系のナタリー・ポートマンが重宝されていた。リンダ・カーター主演で人気があった『ワンダー・ウーマン』が最近リメイクされ、ガル・ガドット(Gal Gadot)が主役に抜擢されていた。女優だからしょうがないが、彼女たちはとてもユダヤ人に見えない。

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(左: リンダ・カーター / ガル・ガドットと「ワンダー・ウーマン」役のガドット / 右: ジェニファー・コネリー)

  ユダヤ人女性といえば、イスラエルのゴルタ・メイア首相や、ホワイトハウスに居坐っていた名物記者のヘレン・トーマス、歌手のジャニス・ジョップリン、女優だとマイム・ビアリック、リサ・クドロー、レナ・ダナム、ミッシェル・トラチェンバーグ、サラ・ファーブなどが思い浮かぶだろう。彼女たちなら、ユダヤ人らしい鼻の持ち主で、ヨーロッパで見かける、西歐人の遺伝子がちょっとだけ混ざった普通のユダヤ人である。

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(左: ヘレン・トーマス / ゴルダ・メイア / サラ・ファーブと娘 / 右: リサ・クドロー)


映画における「人種のスウィッチ」

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(左: ジェシカ・アルバ / クリス・エヴァンス / マイケル・ジョーダン /右 : 「人間トーチ」役のジョーダン)

  利益が横ばいか減少傾向にあるハリウッドにおいて、スーパーヒーロー物はドル箱になっている。バットマンやスーパーマン、スパイダーマンなどのコミック・ヒーローの人気は依然として高い。そこで、利益の増額を図るハリウッドの制作者は、従来白人役者が演じていたヒーロー役に、黒人俳優をあてることにした。例えば、ヒット映画「ファンタスティク・フォー」は、人気女優のジェシカ・アルバが出演したから、日本人の観客も覚えているだろう。ところが、第二弾の続編では、全身が炎になるミュータントの「ジョニー・ストーム/人間トーチ」役に、黒人俳優のマイケル・B・ジョーダン(Michael B. Jordan)が採用されたのだ。(Ben Child, Fantastic Four film-makers respond to criticism of decision to cast black actor, The Guardian, 4 June 2015) 監督のジョシュ・トランク(Joshua Benjamin Trank)と同僚のサイモン・キンバーグ(Simon Kinberg)は、映画を観てから文句を言ってくれと語っていたが、コミック・ファンからは非難囂々(ごうごう)だったらしい。(ユダヤ人のトランクとキンバーグにとって、黒人のヒーローを作ることが優先課題だった。) くだんの「人間トーチ」は、元々金髪碧眼のキャラクターで、原作ファンとしては納得できないのもうなづける。第一作では、白人男優のクリス・エヴァンスが演じていたから、コミック・ファンから文句はなかった。ジェシカ・アルバはヒスパニック女優だが、栗毛をを金髪にしていたし、白人らしい容姿をもっているのでOKだった。アルバのミュータント役は、格落ちのアイリス・イタリア系女優ケイト・マラ(Kate Mara)に移ったけど、まぁ我慢できる配役だ。

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(左: ケイト・マラ / 中央: ジョシュ・トランク / 右: サイモン・キンバーグ)

  この「人種スウィッチ」を日本に置き換えれば、アメリカ白人の不満が分かるだろう。もし、『北斗の拳』のケンシロウやユリア、『ジョジョの奇妙な冒険』の九条承太郎やポルナレフが、黒人の役者になったら日本のファンは不満をぶちまけるだろう。また、幕末・明治を題材にした大河ドラマで、朝鮮系か支那系の俳優を用いたら、日本人の視聴者はどう思うのか? 例えば、西郷隆盛や高杉晋作の役をフィリピン系帰化人とかタイ人混血児の男優が演じたり、明治天皇の役を朝鮮系帰化人にやらせても、日本人は平気なのか? 恐らく、将来の日本人は気にしないだろう。更なる無国籍化が進んでいるから、どんな素性の役者が採用されても問題にしない可能性が高い。ただ、今のところは少しだけ抵抗がある。現在の日本だと、声優でさえキャラクターに合っていないと非難が巻き起こるくらい、人気作品に対する評価が厳しい。例えば、テレビ版『北斗の拳』で、内海賢二がラオウの声を担当していたが、視聴者の評判は良かった。しかし、映画版でのラオウは俳優の宇梶剛士が担当し、まったくと言っていいほどのミス・マッチだった。ちなみに、内海氏は『Dr.スランプ』で則巻千兵衛を担当した声優である。昔のアニメ番組では、声優の声とキャラクターを真剣に考えていた。現在は、話題作りと芸能事務所の圧力で決まるから、作品がいくら優秀でも台無しになっている。

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(左: アンソニー・マッキー / 「ファルコン」役のマッキー / チャドウック・ボスマン / 右: ブラック・パンサー)

  多民族主義が猖獗(しょうけつ)を極めるアメリカでは、黒人のスーパー・ヒーローが求められ、ハリウッドはその要望に応えている。映画のキャラクターに黒人やヒスパニックのヒーローを作り出したり、従来白人が演じていたヒーローを黒人俳優に切り替えたりして、有色人観客に媚びている。マーヴェル・コミックが原作となっている映画ではこの傾向が顕著である。例えば、アンソニー・マッキーが「キャプテン・アメリカ」で「ファルコン」を演じるし、チャドウィク・ボスマン(Chadwick Boseman)は「ブラック・パンサー」になっている。いずれ、キャプテン・アメリカの役も、黒人かヒスパニックの役者が演じるかもしれない。漫画のスパイダーマンでは、既に黒人版ヒーロー、マイルズ・モラレス(Miles Morales)が登場していたのだ。黒人読者をターゲットにしたから、白人キャラクターのピーター・パーカーはお払い箱。映画版でも、西歐系のトビー・マグワイアーからユダヤ人男優のアンドリュー・ガーフィールド(Andrew Garfield)に替わっているから、昔ながらのファンは失望を隠せない。もし、新たな黒人のスパイダーマンが映画化されれば、主人公マイルズ・モラレスはドナルド・グローヴァー(Donald Glover)が演じるのでは、という噂が立ったこともある。ハリウッドの左翼制作者は、白人主体のアメリカを破壊する魂胆を秘めていた。左翼評論家たちは、白人漫画をレイシズムの観点で捉えている。

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(左「キャプテン・アメリカ」のクリス・エヴァンス/ トビー・マグワイアー / アンドリュー・ガーフィールド / 右: ドナルド・グローヴァー)

  スーパー・ヒーローのコンセプトは人種的概念で、排斥された子供達のコアな読者にとっては胸くその悪いファンタジーである。これは最初、白人男性のパワーを刷り込むことで利益をあげようと使われたコンセプトである。(Noah Berlastsky, Hollywood Needs a Black Superhero Fit for the Ferguson Era, New Republic, February 26, 2015)

  左翼分子にとって、従来のコミック・ヒーローは白人男性の優越感を体現するもので、「排斥された子供」、つまり非白人の子供にとっては、自分とは似ていない不愉快な人物に映るということだ。だから、白人が演じるキャプテン・アメリカやスーパーマン、スパイダーマンといったヒーローは、ホモでもないし、肌が白くて筋骨隆々の北方種族を賞讃するシンボルとなっている。ユダヤ人脚本家や監督にとったら、あの鋭い目つきで異民族を睨むゲルマン人を連想させるキャラクターなのだ。こんなスーパー・ヒーローを見て喜んでいる西歐系アメリカ人は許せない。だから、白人役者を放り出して、後釜に黒人や南米人役者を据えるのだ。その言い訳として、左翼どもは、人口構成(demographics)の変化を指摘する。映画評論家のデヴィン・ファラチ(Davin Faraci)は、「人口構成は変化し続けているし、アメリカの主流観客が白人という考えは終わったのさ」と述べていた。(Arienne Thompson, Black superheros take flight in Hollywood, USA Today, August 11, 2015) それに、観客層の変化は著しく、黒人はもとより、ヒスパニックやアジア系が増えたアメリカでは、映画業界は興行収益を上げるため、彼らの同胞たる非西欧系俳優を使った方が良いと考えた。UCLAの黒人研究所ラルフ・バンチ・センターがたくさんの映画を調べて、その結果をまとめた「ハリウッド人種多様化報告」によれば、人種的に多様化したキャスティングを行った作品は、興行成績が最も高く、投資回収率が最も良いと分かった。つまり、白人ばかりの配役より、有色人種を混ぜた映画の方が、世界規模のロードショーで利益を上げるということだ。確かに、白黒黄色の役者を混ぜて映画を撮っている会社が多い。

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(左: トビー・マグワイアーのスパイダーマン / 中央: 「黒人スパイダーマン」のマイロ・モラレス / 右: 批評家のデヴィン・ファラチ)

同類を好む黒人


  ここで注目すべき点は、たいていの民族あるいは特定の種族は、似たような肉体的特徴をもつ人間を好む傾向があるということだ。よく、左翼知識人は西歐白人のレイシズムを非難するが、アフリカ人やアメリカ黒人、中南米人、アフブ人、支那人、インド人なども、自分と似た顔つきの役者を好むことに触れようとはしない。もし、アフリカ人やアジア人、ヒスパニックに「種族中心主義」が無いのなら、どんな人相の役者でもいいはず。ほとんどの民族は自分と同じ容姿の者に親近感を覚え、仲間と感じるものである。だから、黒人は黒人のスーパー・ヒーローが欲しいのだろう。黒人の観客は同胞が英雄になる姿を見たいのだ。それならば、白人が白人のヒーローを見たいと望んでもいいはずだ。キング牧師が「黒人は美しい」とか、有名な黒人牧師のジェシー・ジャクソンが「偉大な黒人」を列挙して賞讃するなら、一般の白人牧師が「偉大な白人」を子供たちに教えても構わないだろう。黒人活動家が映画の主人公は黒人しろ、と要求するなら、みんな黒人のキャラクターに設定し、黒人俳優ばかりで映画を撮影すればいいのだ。そして、白人は白人視聴者が望む白人俳優を起用して、白人だらけの映画を作ればいい。あとは、世界中の観客がお金を払って、作品を評価するはずである。

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(左: 黒人ヒーローの「ライトニング」 / 中央: ユマ・サーマン/右: パム・グリアー)

  これを黒人たちが許さないのは、黒人役者の魅力に自信がないからだろう。白人たちに混ぜてもらわないと、世間で有名になれない事が分かっているからだ。黒人を主役にするとコケる映画は珍しくない。例えば、『パルプ・フィクション』で名を馳せたクエンティン・タランティーノは、1997年にクライム・サスペンス映画の『ジャッキー・ブラウン』を撮影したが、主役を黒人女優のパム・グリアー(Pam Grier)にしてしまったから、あまりヒットしなかった。原作の『ラム・パンチ(Rum Punch)』では、主人公が白人であったそうだが、“民族的配慮”を考え、主役を黒人に変更したのである。『パルプ・フィクション』では、ジョン・トラボルタとユマ・サーマン、ブルース・ウィルスという白人キャストで大成功を収めた。もし、三人とも黒人かヒスパニックなら、ヒットしたがどうか分からない。日本でもそこそこ人気が出たフランス映画で、『タクシー』というシリーズものがあった。名監督リュック・ベッソンが手掛けたカー・アクション映画で、パート4まで作られたヒット作である。このアメリカ版リメイク『タクシー・ニューヨーク』では、フランス人男優のサミー・ナセリ(Samy Naceri)が演じていた運転手役を、黒人女優のクィーン・ラティファ(Queen Latifah)が演じていた。この作品を指揮したのは、黒人監督のティム・ストーリーである。映画は駄作になっていた。主役をみればC級作品だと直ぐ分かる。

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(右: ジョン・トラボルタ / サミー・ナセリ / クウィーン・ラティファ / 右: ティム・ストーリー)

  そもそも、映画の配役を人種や民族で決める方がおかしいだろう。どうせ「スーパーマン」や「スパイダーマン」は、滑稽なSF作品だし、あり得ない虚構の物語なんだから、登場人物がどんな人種でも構わないはずだ。例えば、日本のアニメでは、主人公や登場人物が全員北方種族(Nordic Race)でも構わず、ストーリーがよく練られていて、役者の演技が上手ければ、何の問題も起こらない。『機動戦士ガンダム』のシャー・アズナブル少佐と妹のセイラが、北歐種族の金髪碧眼であっても、日本人はいちいち目くじらを立てて「レイシズムだ」「ネオ・ナチのアニメだ」とは言わないだろう。藝術の自由を尊重する日本人は、歐米の黒人やユダヤ人のような下品な種族とは違うのだ。原作者が好きなように描くことを許しているし、格好良いキャラクターをモデルにしてフィギュアを作ったり、コレクションとして部屋に飾って楽しんでいる。日本は世界で一番素晴らしい国であることは間違いない。日本に生まれた日本人は幸せ者である。馬鹿なアメリカ白人どもは、お国自慢なんかしていないで、より自由な日本を見倣った方がいい。

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(左: シャー・アズナブル少佐 / 中央: ヴァージル・ウィリアムズ / 右: 出演者とウィリアムズ)

  ユダヤ人は映画を通してアメリカ人を洗脳しようとするから恐ろしい。大衆は最初「変だなぁ」と思っていても、何度も映像を観るうちに変だとは思わなくなる。例えば、同性愛者のセックス・シーンでも、二枚目男優同士のベッド・シーンや美人女優同士のキスを、繰り返し見ることでおぞましい同性間セックスに抵抗がなくなってしまうのだ。実際の生活で目にすると気持ち悪いが、映画の中に現れるホモは、明るい善人で、都会派のエリートであったりする。そのうえ、平等思想の持ち主で、誰に対しても優しくて親切。一方、ホモを嫌うキャラクターの白人は、意地悪で偏屈な頑固者か、教養が低い田舎者という設定が多い。ハリウッドに山ほどいるリベラル系制作者は、政治活動をしたりするから、同性結婚や中絶、銃規制、不法移民の合法化を支持する映画をつくったりする。例えば、CBSの人気TVドラマ『クリミナル・マインド』で、ヒスパニック移民を善人に仕立てたエピソードがあった。筆者が不審に思って調べたら、黒人脚本家のヴァージル・ウィリアムズ(Virgil Williams)が担当する回だった。このウィリアムズが脚本を担当する場合、よく黒人キャラクターが登場するし、白人の兇悪犯を描くことが多い。また、人気が高かった犯罪ドラマの『CSIマイアミ』でも、不法移民のメキシコ人がゲルマン系白人に酷使され、殺されるというエピソードがあった。このドラマの総監督は、超有名なユタヤ人監督のジェリー・フラッカイマーである。

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(左: ジェリー・ブラッカイマー / ハリソン・フォード / ウェイン・クレーマー / 右: ロバート・ハンセン)

  そう言えば、ユダヤ系俳優のハリソン・フォードは、不法移民が合法的身分を獲得する映画『クロッジング・オーヴァー(Crossing Over)』に出演していた。この映画を監督したのは、ウェイン・クレイマー(Wayne Kramer)という南アフリカ出身のユダヤ人である。南米からの不法移民を可哀想な弱者として描くことで、アメリカ政府にもっと移民を受け容れるよう促すプロパガンダ映画であった。それなら、黒人難民やエチオピア移民を排斥するイスラエルを舞台にして、「お涙頂戴」の映画を作ればいいのにと思ってしまう。結束の固いユダヤ人監督は、絶対にイスラエルを非難するような映画をハリウッドで作らない。FBIにいたロシアのスパイ、ロバート・ハンセンの映画は作ったが、イスラエルのスパイであったジョナサン・ポラードの映画は一切無い。アメリカに潜むユダヤ人スパイになると急に消極的なる。おかしいじゃないか。ロシア人スパイやイスラム教徒のテロリストなら、星の数ほど映画を作るのに、アメリカに害を為すユダヤ人については沈黙を守っているのだ。) 9/11事件を予め知っていた、イスラエル国籍の逮捕者についても映画で触れることはない。ニュージャージー側から、飛行機の突入を眺めて喜んでいたイスラエル人数名を警察官が逮捕したのに、イスラエルの関与を物語るフィクションすら作らないのだ。何か変だ。いつものハリウッドなら、飛びつきそうな事件である。

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(左: ジョナサン・ポラード / セレイナ・アンとオールド・イングランド・シープドッグ / セレイナ・アン / 右: 滝川クリステル)

  こうしたハリウッドの多民族主義を日本人は呑気に眺めているけれど、人種混淆の風潮はやがて必ず日本にまで波及するだろう。日本の映画監督には左翼的人物が多い。崔洋一のような朝鮮系反日監督はもとより、大島渚や篠田正浩、黒澤明を思い出せば、いかに極左監督が多かったかが分かる。これからは、朝鮮系映画人がどんどん頭角を現し、何となく左翼っぽい娯楽作品を手掛けるだろう。アニメだって左翼の宮崎駿が引退したって、後継者には似たような左翼が後釜に坐るだろう。藝能界やスポーツ界には、アジア系ないしアフリカ系帰化人や混血児が多くなっているので、左翼監督は彼らを積極的に起用するかも知れない。つまり、非日本人を採用することで、日本に於ける人種・民族差別を減らしているという満足感を得られるからだ。例えば、わざと黒人系俳優を起用したり、黒人系女優に合った役柄を作ったり、と様々な手段で多民族映画やドラマを世に出すだろう。特に、NHKやTBSは移民推進局だから、積極的にアジア系混血児をニュース・キャスターやドラマの出演者に使うはずだ。フジテレビは滝川クリステルみたいな西歐系のキャスターを用いていたし、日テレの「ZIP」という朝の情報番組では、「あおぞらキャラバン」というコーナーを作って、セレイナ・アンというアメリカ系歌手を採用している。可愛らしい犬と一緒に出演させて、日本人視聴者が外国系出演者に慣れるよう仕組んでいる。(今日の朝、たまたま日テレをつけたら、オールド・イングリッシュ・シープドッグを見かけたので、つい番組を観てしまった。もう朝の番組「ズームイン」は終わっていたのだ。) 同じ時間帯に放送しているテレビ東京の「おはスタ」という番組では、日本語を話す黒人が出ていた。子供向け番組で黒人に親しむよう促すんだから、テレビ東京は悪質である。

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(左: 「支那」系カナダ人 / 右: 「ムスリム」系カナダ人)

  日本人はグローバリズム化した経済で苦しんできたが、これからは文化的グローバリズムで攻撃されるだろう。日本人だけで仲良く暮らしたいと望む日本人は、排外主義者として扱われ、我々の日本はアジアの異民族やその混血児と混在して暮らすことが「善」とされる社会に変わって行くのだ。西歐系アメリカ人の中には、「我々にとってアメリカはもはや“ホーム”ではない」と嘆く人がいる。英語で「ホーム」といえば、温かく懐かしい故郷とか、のんびりとリラックスできる自宅が連想されるだろう。しかし、今のアメリカは不気味な異民族がひしめく混淆社会で、気の置けない同族が暮らすのどかな「カントリー」ではない。ゾっとするような生活習慣をもつ異人種や、仲間とは思えない移民や帰化人が普通にうろついているのだ。アメリカの隣国カナダでも、すでにイギリス人主体の人口構成ではない。浅黒いムスリム移民やアフリカ人、支那人などが堂々と「カナダ人」を表明している。人種・民族の違いを忘れて、明き盲(めくら)になったかのように、同じ国民と思うことが「善」とされるそうだ。たとえ黒人といえども、西歐系白人と同等の「仲間」と思わなければ「レイシスト」になってしまうのだ。

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(左: カナダの移民担当大臣ティム・アパル / 右: アフリカ系カナダ人)

  こんな息苦しい毎日経験しているのに、映画やテレビ・ドラマでは、異民族同士が仲良く交際するシーンが流されている。ハリウッドの左翼どもは、黒人刑事と白人刑事が非番の時一緒に遊んだり、白人女子学生が黒人の親友を持っていたり、と現実では滅多にない光景をドラマで作ってきた。ある研究所の調査では、学校の食堂で昼飯をとる生徒を観察したら、人種や民族で分離して坐っていたという。要は、黒人は黒人同士、白人は白人と、ヒスパニックはヒスパニックと、支那人は支那人で固まって坐っていたというのだ。これじゃあ、刑務所の中と同じである。 実際の学校は、ドラマとはだいぶ違っているようだ。移民が増える日本の学校でも、民族別にグループができる日が来るだろう。そして、多民族主義を礼讃するテレビ・ドラマが制作されるかも知れない。これに異を唱える者は、「ヘイト・スピーチ」法で弾圧されるだろう。近い将来の日本では、ドラマの中で黒人青年と日本人娘がセックスをする場面が普通に描かれるかも知れない。ユダヤ人を手本にする左翼テレビ局が出てくるのは時間の問題だろう。まったく嫌な時代の流れがあるものだ。




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