よそ者が市長になる

  前世紀、同盟関係にあった日本と英国は、疎遠になっても同じような問題を抱えているようだ。その一つに、首都の顔が醜悪になった事が挙げられるだろう。何しろ、我が国の首都東京では、知事室に舛添要一が居坐っているから、見ているだけで吐き気がする。いくら「税金」が「他人のゼニ」を意味するからといって、別荘に帰る時に公用車を使ったり、5千万円も使って大名旅行をする必要は無いじゃないか。“湯水の如く”使うにも程がある。今ではミネラル・ウォーターでもガソリンと同じ値段になっているんだ。ちょっとは考えろ、助平ハゲ ! このような浪費だけでも怒髪が天を突くのに、家族で楽しんだ旅行や外食まで、税金で落とすなんて言語道断。家族旅行であることは明らかなのに、ホテルで政治的会議を開いたとぬかす舛添には言葉が出ない。女房と世間話をすれば、「主婦の意見を調査した」とか「台所感覚を知った」ことになり、子供と温泉に浸かれば、「未成年の健康問題」を観察したことになるんだから、政治活動は森羅万象なんでもありだ。怒りの支出はこれだけではない。子供のセーターや靴下、ペット・フード、ガーデニング用品を「政治活動費」で計上していたんだから、まったく呆れた奴だ。これが政治に関連するなら、愛人のブラジャー代や化粧品代まで、「政治活動費」になるじゃないか。恐ろしいけど、猪瀬直樹がまともに見えてくる。

Masuzoe 2(左/舛添要一)
  舛添を批判する他の議員も似たり寄ったりで、カラオケ店で鄙猥な雑談をしたり、「あぁ~あ、嫌だねぇ~」とボヤいたりすれば、「政策会議」をした事になるそうだ。税金で漫画や写真週刊誌を買っても、“政治活動”の一環とか、法案作成の為の“資料代”として了承されるというから、日用品や娯楽品はみんな政治関連グッズになっている。それなら、「ノーパンしゃぶしゃぶ」で女の尻を見つめていた大蔵官僚だって、「オレたちは女性の雇用状況を視察したんだ !」と弁解できるじゃないか。勝手に使ったお金が、「血税(兵役)」じゃないからといっても、役所に払った「紙幣」には、庶民の“汗”と“涙”が染み込んでいるんだぞ ! 舛添えは東大の助教授時代に、散々政治家の批判をしていたくせに、厚労大臣や都知事になったら、陣笠議員より“がめつい”ゼニ喰い虫になっていたんだから恐れ入る。国民年金や厚生年金を流用した厚労省官僚を「泥棒」呼ばわりしていたが、自分も税金を合法的にネコババしていたんだから、銀行強盗が郵便局強盗を叱っていたようなものである。

  「週刊文春」でスキャンダルにされたから、焦った舛添はテレビの前で「精査」を繰り返していた。舛添はたぶん「会計処理の誤りでした」で逃げ切れると思っていたのだろう。案の定、私的な娯楽や飲食代を会計処理上のミスにして、修正申告すれば済むと考えていた。5月13日に行われた定例記者会見は、火に油を注ぐようなものだった。弁護士を交えてリハーサルしても、本番で世間を煙りに巻くのは難しい。例えば、テレビ局の記者から白紙の領収書を質問された時、宛名を書いていないことが普通だとか、ケース・バイ・ケースだ、と訳の解らぬ説明を述べていた。会見を聞いた視聴者で、この答弁を納得する人がいたら、こっそり顔を見てみたい。舛添の釈明会見はどれもこれも腹立たしいが、「お金を返せばいいんだろ ! ほらよ !」という態度が許せない。これで通用するなら警察は要らないだろう。例えば、万引き犯が店員に見つかって事務所に連行された時、「盗んだ品物を返します。お金を払うから勘弁してね !」で済むのか? 舛添は高齢の会計士に罪をなすりつけ、得意の「演技力」を用いて“白々しく”陳謝を繰り返していた。だが、こんな猿芝居で世間を騙せるとでも思っているのか? この破廉恥漢は、どうせ二、三週間もすれば大衆は別の事件に関心を寄せるから大丈夫だ、と高を括っているんだろう。法的に問題をクリアすれば、任期満了まで知事を続けられるし、退職金だってもらえる。(たぶん途中で辞任するんじゃないか?) いずれにせよ、舛添は数千万円ほど手にできるから満足だろう。

  まぁ、所詮デモクラシーで政治家になった奴らは、頭の神経が我々庶民とは違うのだ。先頃、英国ではロンドン市長選が行われ、ボリス・ジョンソン市長の後任にサディク・カーン(Sadiq Khan)が選ばれた。彼は市長選で保守党候補のザック・ゴールドスミス(Frank Zacharias Robin Goldsmith)と一騎打ち。労働党候補のカーンが約131万票(57%)を獲得し、約99万4千票(43%)しか取れなかったゴールドスミスを破った。(Robert Booth, Labour's Sadiq Khan elected mayor of London, The Guardian, 7 May 2016) それにしても、今回の市長選は様々な点でユニークだ。一つ例を挙げてみれば、両者の人生が対照的であった。カーン氏は英国生まれだけれど、両親はパキスタン人で、彼が生まれる少し前インドからやって来た移民である。父親のアマヌラはバスの運転士で、母親のセルンはお針子であった。この夫婦には8人の子供がいて、サディクは5番目の子供である。勉強はできたみたいで、彼はノース・ロンドン大学に進み、そこで法律を学んだそうだ。移民の息子だから必死で頑張ったんだろう。

Sadiq Khan 2Zac Goldsmith 2









(左: サディク・カーン / 右: ザック・ゴールドスミス)

  一方、対立候補のザック・ゴールドスミスは、人も羨むお坊ちゃん育ち。銀のスヌプーンどころか、黄金のおしゃぶりをくわえて生まれてきたんじゃないか、と思えるほどの家柄である。彼の姓でわかる通り、あのユダヤ人大富豪の「ゴールド・シュミット家」に生を享(う)けた。英国風に直して「ゴールドスミス」にしたが、その一族は「ロスチャイルド家」と並ぶユダヤ人一家である。ザックの父親ジェイムズ(Sir James Michael Goldschmidt)は有名な金融業者にして、ホテル王と投資家を兼ねた人物。祖父のフランク(Francis Benedict Hyam Goldschmidt)もホテル王で、フランクフルト生まれであったが英国保守党の議員になれた。曾祖父のアドルフは金融業者で、B・H・ゴールドシュミット銀行の創設者。こんな家系に生まれたもんだから、「ジャーナリスト」という薄給の職業でも、ぶらぶら出来たのだ。何しろ、父親から2億ないし3億ポンド程の財産を受け継いだというから、当然のこどく左団扇の生活だった。公表された遺産額でもこれくらいだから、非公開の遺産がどれくらいあるのか想像もつかない。

Zac Goldsmith 6Benjamin Goldsmith & Kate2








(左: アリス・ミランダ・ロスチャイルド / 右: ベンジャミンとケイト・ロスチャイルド)

  相続財産はかなりのものだが、ザックの嫁さんもすごい。彼女の名前はアリス・ミランダ・ロスチャイルド(Alice Miranda Rothschild)で、正真正銘のお嬢様育ち。アリスの父親はジェイムズ・ロスチャイルド(Amschel Mayor James Rothschild)で、母親はアニータ・P・ギネス(Anita Patience Guiness)である。ギネス家はビール製造業者として有名だが、その一族が創業した「ギネス・マホン」銀行も有名である。日本の銀行員なら直ぐピンとくるだろう。横浜銀行が1990年代、その傘下に収めた老舗銀行だ。ユダヤ人の上流階級って、仲間同士で複雑な閨閥をつくっているから、意外な人物が夫人や母親で繋がっている場合が多い。(この他にも興味深いユダヤ人コネクションがあるけど、また機会があったら紹介したい。) ちなみに、ザックの弟ベンジャミンは、アリスの姉ケイト・ロスチャイルドと結婚していたから、兄弟揃ってジェイムズ・ロスチャイルドと繋がっていたのだ。しかし、のちにベンジャミンはケイトと離婚したというから、兄貴の嫁さんとの仲がどうなっているかは定かではない。でもさぁ、大富豪の娘との離婚だから、慰謝料で揉めなくて良かったじゃないか。

James Goldsmith 4James Rothschild, Amschel Mayor 1(左: ジェイムズ・ゴールドスミス / 右: ジェイムズ・ロスチャイルド)
  イートン校出身で大富豪のザック・ゴールドスミスと違って、サディク・カーンは下層階級出身で、浅黒い移民の倅(せがれ)ときている。なんかドラマで描かれる成り上がり者みたい。確かに、本人の努力もあったのだろうが、ロンドンという特殊な選挙区だったから、サディクは勝てたのだろう。移民が押し寄せたロンドンには、インド人やパキスタン人、バングラディッシュ人のみならず、ジャマイカ人やガーナ人といった黒人、トルコ人やアラブ人のイスラム教徒に加えて、支那人や朝鮮人まで様々な有色人種が住んでいる。生粋のイギリス白人の方が超少数派となっているんだから異常だ。街中にひしめく商店は、イスラム教徒でなければインド人とか支那人が経営しているし、たまに白人のお店を見かければ、ポーランド人やブルガリア人の移民か、昔から住む東歐系のユダヤ人が経営する所だったりする。ロンドンを歩けば、「ここが本当に英国の首都なのか?」と思う程に、異民族で溢れているのだ。英国を訪れた日本人がベーカー街に行っても、シャーロック・ホームズみたいな英国紳士にはお目にかかれないし、仮に英語を喋る白人に出逢っても、ハンガリーやギリシア移民の子孫だったりする。貴族にだってユダヤ人の血が大量に混じっているから、今やアングロ・ノルマンの貴族は“貴重品”だ。

Sadiq Khan 1Matthew MacFayden 1Rupert Penry Jones 3Raza Jaffrey 1








(左: サディク・カーン / マジュー・マクファイデン / ルパート・ペンリー・ジョーンズ / 右: ラザ・ジャフリー)

  このような雑種混淆のブリテン島を眺めていると、一体「イギリス人とは“誰”なのか」が解らなくなってくる。カーン氏は選挙中、自分について「私はロンドン子で、ヨーロッパ人、ブリテン人、イギリス人である。イスラム教の信仰を持ち、アジア人の出自で、パキスタン人の家系に属し、父であり、夫でもある」と述べていた。(Conor Sullivan and Jim Pickard, Victory for Sadiq Khan highlights tolerant face of London, The Financial Times, May 7, 2016) しかし、日本人ならずともイギリス人なら、「おい、ちょっと待て ! カーン。もう一度言ってみろ 」と言いたくなるじゃないか。「ヨーロッパ人でイギリス人」だって? 正気か? カーンの家にある鏡は色つきで歪んでいるんだろう。 自分の顔を見て“西歐人”と思うカーン氏は狂っている。いつから茶色のパキスタン人が、色白のアングロ・サクソン人になったんだ? 例えば、英国人男優のマュー・マクファイデン(Matthew MacFayden)やルパート・ペンリー=ジョーンズ(Rupert Penry-Jones)ならイギリス人だが、ラザ・ジャフリー(Raza Jaffrey)のようなインド系俳優が、“イギリス人”役者と言えるのか? 彼らは日本でも放送された人気TVドラマ「英国諜報組織(Spooks)」に出演し、それぞれ諜報員役を演じていたけれど、同じ種族とは思えなかった。ちなみに、この番組で同僚諜報員を演じていたミランダ・レイソン(Miranda Raison)は、ドラマでの共演がキッカケとなり、ジャフリーと結婚することになった。だだし、のちに離婚となってしまったが。現代のように異人種が混在すると、このような恐ろしい婚姻が発生するから、娘を持つイギリス人の親は心配になってくる。いずれ日本でも帰化したパキスタン人が「ワタシは日本人」と言う日が来るだろう。また、アフリカ人から生まれた子供が日本で育てば、「江戸っ子」とか「九州男子」とか称するようになる。すでに、帰化した支那人や朝鮮人が「日本人」を名乗っているから杞憂ではない。

Miranda Raison 1Diana 14Dodi Fayed 1









(左: ミランダ・レイソン / 中央: ダイアナ妃 / 右: ドディー・アルファイド)

  ミランダ・レイソン序でという訳じゃないけど、故ダイアナ妃にもちょっと触れたい。煌(きら)びやかなプリンセスが、エジプト人のドディー・アルファイアドと交際していたことは有名だが、彼女の母親フランシス(Frances Ruth Roche/ 後のSpencer夫人)も、異人種と付き合っていた。その相手とはサー・ジェイムズ・ゴールドスミス、つまりザックの父親だ。このオヤジは中高年になっても大変なプレイ・ボーイで、パリやロンドンのホテルに住みながら、常に美女を求めていた。性慾旺盛で金儲けに熱中する典型的なユダヤ人である。息子と同じくイートン校出身者であるが、とてもイギリス紳士とは思えない。彼は製薬会社を手にしたり売り飛ばしたりして、お金を儲けていたそうだ。そんなジェイムズは、フランシスがダイアナを身籠もっていた時期、パリとロンドンを行ったり来たりしてフランシスと逢っていたから、生まれてきたダイアナがジェイムズの娘ではないのか、という噂が立ったらしい。

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(左: 娘のダイアナ妃 / 中央: 母のフランシス / 右: 両親のスペンサー伯爵夫妻)

  フランシスの夫、すなわちダイアナ妃の父親は、ジョン・スペンサー伯爵であるが、夫婦仲は冷めていたそうだ。それでも、スペンサー伯と結婚したフランシスは、三回も妊娠したというから夫婦の関係は分からぬものだ。しかし、三回目の妊娠は悲劇であった。彼女は男の子を出産したが、その赤ん坊は11時間後に亡くなってしまった。短命だったその息子は、父親に因んでジョン・スペンサーと名づけられたが、出産後彼女が再び抱くことはなかったという。失意のフランシスは間もなく三度目の妊娠を経験し、元気な女の子ダイアナを産むことになった。その後、フランシスは鬱病に罹り、夫のジョンともしっくり行かず離婚。それでピーター・シャンド・ギッド(Peter Shand Kydd)氏と再婚することになったのだ。実際、フランシスとジェイムズ・ゴールドスミスとの間には何も無かったと思うが、英国のマスコミは、ジェイムズの娘ジェミマ・カーンとダイアナ妃が姉妹では、と騒いでいた。それにしても、貴族の夫婦には仮面夫婦が多い。愛情より家柄や階級で結婚するからかも知れない。

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(左:ジェミマ・カーン / 中央: ダイアナ妃 / 右: ジェイムズ・ゴールドスミス)

  ちょっと脱線し過ぎた。話を戻す。ロンドンの市長がイスラム教徒のパキスタン系英国人というのは、ちょっと驚きだが、歐洲の政治家を調べてみると、徐々にではあるが非西歐系の人物が選ばれているのが分かる。例えば、ネーデルラントのアムステルダムでは、ユダヤ人のヨブ・コーエン(Job Cohen)が市長に選ばれたことがある。アムステルダムは、中世の頃、スペインから逃れてきたユダヤ人が住みついたから、ユダヤ人の政治基盤があるのだろう。アムステルダムにはユダヤ人の政治家だけでなく、宝石商に混じって文化面で活躍したユダヤ人もいた。例えば、オランダ人政治家のヤン・デ・ウッテ(Johan de Witt)と親しかった人物に、哲学者のバルーク・スピノザがいた。彼の父親は迫害を避けるため、仕方なくカトリック教徒に改宗した「コンベルソ(偽装改宗者)」であった。息子のバルークの精神活動も混乱しており、ユダヤ教の学校で教育を受け、ラビやオランダ人とも論争を繰り広げ、死んだ時にはキリスト教会の墓地に埋葬されたというから、結構複雑な人生であった。アムステルダムには他にも有名なユダヤ人がていて、メナセ・ベン・イスラエルが挙げられる。彼は国際法学者のフーゴ・グロティウスや画家のレンブラントとも親しく、ユダヤ人社会の中で大変な権威者だった。ネーデルラントといえば、ジョン・ロックが逃れてきたことからも分かる通り、昔から多くの亡命者が集まってくる特殊な地域だ。オランダ人がやたらと「寛容」を自慢するのは、宗教的・人種的区別を曖昧にしたいユダヤ人が、その裏で「寛容の文化」を支えているからだろう。アムステルダムのユダヤ人はイスラム教徒が移民してくることに反対だが、かといってキリスト教徒の白人が結束することも嫌だから、奇妙なジレンマに陥っている。それでも、消極的だが依然として「異民族共存」を謳っており、いがみ合いながらも「多元的社会」を誇ってるんだから、バカは死ななきゃ治らない。

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(左: スピノザ / 中央: メナセ・ベン・イスラエル / 右: ヤン・デ・ウィッテ)

  ネーデルラントと隣接するドイツでも、有色移民がいっぱいで、カランバ・ディアビー(Karamba Diaby)という黒人の政治家まで現れた。もう、多民族主義の弊害を止めることは誰にもできない。彼よりもっと有名な非ドイツ人政治家と言えば、フィリップ・レスラー(philipp Rösler)を挙げることができるだろう。このベトナム人政治家は、なんと自由民衆党(FDP)の党首にまでなってしまったのだ。副首相と経済相まで務めたんだから、見た目以上に相当な遣り手である。彼は南ベトナムで生まれ、生後9ヶ月の時、ドイツ人夫婦の養子になった。元々、心臓外科医であったが、若い頃からFDPに属し、党の事務局長をしていたそうだ。この役職が切っ掛けで政治家に転向し、メルケル首相の目に止まったから、経済担当に抜擢されたという。ただ、外見がアジア人なので、いくら優秀でもドイツ人の代表にはなれない。やはり、ドイツの宰相はドイツ人でなきゃ。フィリツプには面白いエピソードがある。彼が学校に通っていた頃、そのアジア的容貌でからかわれたり、イジメの対象になっていたそうだ。しかし、彼は時折いじめっ子を脅すことができたらしい。なぜなら、ドイツの子供はアジア人が空手の達人と思っていたからだ。実際は空手の素人でも、空手の構えを見せれば、ドイツの子供はたじろぐ。たぶん当時の子供は、ブルース・リーが見せたカンフーと日本の空手をごちゃ混ぜにしていたんだろう。西歐人の子供には、ベトナム人と支那人と日本人の区別がつかないから、アジア人はみんなブルース・リーの同類に見えてくる。(ただし、ダンスのようなカンフーと、必殺技が飛び出す空手では雲泥の差があるから、本当は別物なんだけど。) それでも、ドイツの子供ばかりが偏見に満ちていた訳ではない。アメリカでは「タートル・ニンジャ(亀の姿をした忍者の番組)」が人気を博していたから、日本人は忍者に変身できるんだ、と思っていた子供がいたそうだ。おそらく、甲府で開催された忍者祭りか何かをテレビで観て、忍者が存在すると勘違いしたんだろう。でも、本当の忍者って庶民に扮装した「忍び」だから、あんな派手な格好はしないんだけど。

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(左: フィリップ・レスラー / 中央: カランバ・ディアビー / 右: ブルース・リー)

ブレア政権の陰謀

  「陰謀論」といえば荒唐無稽の「与太話」と相場が決まっているが、英国のトニー・ブレア元首相は裏で本当の陰謀をはたらいていた。というのも、彼は「移民の輸入するぞ」と公言せず、こっそり大量の移民を引き込もうとしていたからだ。しかし、悪いことは隠し通せない。社会問題を鋭く調べ上げるジャーナリストのトム・ボウアー(Tom Bower)が、『砕かれた誓い(Broken Vows)』を出版し、ブレア政権のとんでもない秘密を暴いたのだ。ボウアー氏の説明によれば、ブレアが英国社会を“根本的に”変えてしまおうと考えたのは、多文化社会がいかに利益と恩恵もたらすのかを示す為だった。労働党政権のアドヴァイザーを務めていたアンドリュー・ニーザー(Andrew Neather)氏は別の理由を述べている。ブレアは保守党右派が掲げる移民政策を時代遅れであると証明したかった。つまり、彼は移民社会の方が「進んでいる」と思っていたのだ。さらに、もう一つ別の目的もあったらしい。単に保守党の鼻を明かしてやりたい、という嫌がらせだ。とにかく様々な理由があったが、ブレアはイギリス国民に己の真意を悟られないよう注意していたそうだ。国家国民の為に“良い事”をしているはずなのに、ブレアは閣僚や官僚に、「外(おおやけ)で移民政策の長所を喋るなよ。国民は議論すら欲していないんだからな !」と釘を刺していたらしい。これはおかしいぞ。どうして口外禁止なんだ? そんなに素晴らしい政策なら、自ら進んで国民に公表すべきだ。たぶん、具体的な利益を説明できないし、反論を恐れていたからだろう。

  左翼の親玉は同類の手下を使って目的を達成しようとする。ブレアにもそうした手下がおり、1999年から2001年にかけて移民担当大臣を務めていたバーバラ・ロッシュ(Barbara Roche)がそうだ。彼女は大臣の席に就任するや、部下に対し「庇護申請者が英国に滞在できるように認可を出しなさい。彼らを取り除くのは時間がかかるし、そんなの感情論なんだから」と話したそうだ。(James Slack, Conman Blair's cynical conspiracy to deceive the British people and let in 2 million migrants against the rules, Daily Mail 26 February 2016) つまり、一旦入国した難民は追い返すのが大変だから、そんなことに手間暇をかけるより、さっさと滞在許可を出した方が楽、という考えである。こんな調子だから、彼女は難民にどんどん労働許可を与えたらしい。内務省の移民局を率いていたスティーヴン・ボイズ・スミス氏によると、ロッシュは更なる移民を入れたがったそうだ。彼女は、移民が存在する多文化主義がいかに利益をもたらすのか、それをイギリス国民に見せたかったそうである。しかし現在のところ、イギリス国民はその“利益”とやらが何処にあるのか、さっぱり分からず、捜すのに苦労しているようだ。それとは反対に、移民による“被害”なら、山のようにあるから直ぐ提出できる。真面目なイギリス国民は、おもちゃ箱までひっくり返しているが、多民族主義の恩恵については心当たりがない。

Tony Blair 2Jack Straw 2Barbara Roche 1tom bower 1








(左: トニー・ブレア / ジャック・ストロー / バーバラ・ロッシュ / 右: トム・ボウアー)

  政治家には品格が求められる。しかし、ブレアにはそれが無い。移民を歓迎するのは、彼が育った環境に原因があるのかも知れない。トニーの父親レオ・ブレアは、役者の親から生まれた私生児だった。だから、立派な家門を保護したり、国家の伝統を守ろうという気概が無い。彼は「過去や歴史、民族なんて、どうでもいいじゃないか」という意識で移民問題を扱っているんじゃないか。ブレア政権で内務大臣や外務大臣を務めたジャック・ストロー(John Whitaker Straw)は、移民政策が問題として浮上するのでは、とブレアに尋ねたことがある。すると、最高責任者のブレアは「移民は問題にならないさ」と斥け、「移民はブリテンにとって良いことなんだから」と諭したそうだ。三期も首相を務めたこの人物は、一貫して移民を肯定し、それを問題にせず、英国経済にとって利益になると思っていたらしい。現在の安倍首相とソックリだ。しかし、イスラム教徒やインド人のような有色人種を輸入したのに、ブレアは彼らが英国社会でどのような生活を送るのかに関心が無かった。ブレア政権の移民対策に助言を与えていたサラ・スペンサー(Sarah Spencer)という学者によれば、ブレアには異民族をどのように統合するか、という考えは無く、ただ移民はそのうち同化するだろう、と信じているだけだった。つまり、非西歐世界からの移民は、経済的利益をもたらすという“卓上”の計算をしただけで、インド人やトルコ人がどんな日常生活を送ろうが関係ないし、そんなこと知ったことじゃない、という態度を取っていたのだ。その結果は、どうだったのか? 2005年7月7日、ロンドンで起きたイスラム過激派による自爆テロを思い起こせば分かるだろう。また、2013年5月22日、ロンドンのウェリントン・ストリートで、ナイジェリア人のマイケル・アデボラジョ(Michael Adebolajo)とマイケル・アデボウェイル(Michael Adebowale)が、イギリス白人のリー・リグビー(Lee Rigby)を刺し殺して、その首を鉈(ナタ)で刎ねたことは記憶に新しい。このような事件を目にしてブレアが反省したという話は聞いたことがないし、本人も自分の移民政策と殺人事件が結びついているとは考えていないだろう。

Michael Adeolajo & Adebowale 1Michael Adebolajo 1








(左: マイケル・アデボラジョとマイケル・アデボウェイル / 右: タナを持つアデボラジョ)

  移民や難民が経済的利益をもたらす、という論調はデタラメだ。彼らを受け容れれば、各人に与える福利厚生で、経済的利益など簡単に吹っ飛んでしまうだろう。第一、移民や難民は豊かな社会が提供する安全性と高かい生活水準、そして高福祉政策を見込んで入国しているのだ。したがって、彼らが経済難民(つまり「たかり屋」)なのは明白である。1995年の時点で、内務省は庇護申請者が2億ポンド以上も福祉を要求していた事を把握していたのだ。ところが、本当の難民は彼らのうち5パーセントに過ぎなかった。したがって、残りの約95パーセントは偽装難民ということだ。それでも、ブレアはこうした外国人が本物の難民かどうかはお構いなし。花咲爺さんのように、国民の税金をバラまいて大盤振る舞い。大切な税金だって気前よく呉れてやるブレア政権だ。ブリテン国籍だって、売れ残ったバナナ以下。「もってけ泥棒 !」と言わんばかりに、国籍の大放出を行ったのである。移民担当のティム・ウォーカー(Tim Walker)が心配になって、ジャック・ストローに「ブリテン国籍を移民に与える前に、英語が喋れるのかどうかを確かめるべきでは ?」と諫言したそうだ。ところが、上司のストローは、「NO」という返事だった。ストローは表向き「国境警備の強化」を謳っていたが、裏では難民が簡単に入国できるよう取り計らっていたのだ。そして、これに苦言を呈する官僚には厳しかったらしい。まったく、本当にユダヤ人ってのは難民が大好きだ。ストローは表向き「キリスト教徒」になっているが、その母親は東歐系のユダヤ人だから、血統的にはアシュケナージ系ユダヤ人である。イスラエルの新聞によれば、彼の曾祖父はドイツ系ユダヤ人であったそうだ。(How Jewish is Jack Straw ?, The Jewish Chronicle, August 1, 2008)  

Peter Barakan(左 / ピーター・バラカン)
  日本人観光客が英国を訪れれば、ロンドンにも結構イギリス白人が多いじゃないか、と思ってしまうが、それは勘違いだ。昔からポーランドやハンガリー、ロシアからの難民や移民を受け容れてきたし、EUの拡大で東歐諸国からの移民を更に迎え入れたから、スラヴ系白人が増えただけだ。したがって、現在のイギリス社会には、何となく非ゲルマン人的な白人や、肌が白いがどことなくアジア的な種族、すなわちユダヤ人が数多く混ざっている。日本人はピータン・バラカンのような自称“英国人”を「イギリス人」と思っているが、彼はポーランドからやって来たユダヤ人の父とビルマ人の母をもつ混血児である。どのような経緯で日本に住みつくようになったかは不明だが、日本語を習得して日本の音楽業界で働いているから、たぶん日本が気に入ったのだろう。いかにも、「コスモポリタン(根無し草の浮浪民)」を印象づける人物である。しかし、豊かな日本に住みついて、さんざん快適な生活を送り、そのうえテレビやラジオで生活費を稼いだくせに、原発反対だなんて許せない。コンサート会場で大量の電気を浪費していた坂本龍一と同じ偽善者である。話を戻そう。東歐の貧民にとって英国は魅力的だ。嘘でも何でもついて黄金郷に潜り込みたい。だって「嘘も方便」と言うじゃないか。それに、密入国も“人生の試練”と考えれば気が楽だ。イギリス人にとったら冗談ではないが、ゴロツキ外人にとっては生活改善の手段である。

  不届き者は後を絶たないが、一例を挙げれば、ボスニア紛争が起きた時、大量のイラク人やアルバニア人が「コソボ人」を装って入ってきたことがある。難民を「可哀想な人々」と見なしてしまう先進国の国民は、彼らが如何に計算ずくで入国してくるのかを見抜けない。世界には惨めな暮らしをしている人間の方が多く、日本や西歐に暮らす人間は例外的な地球人である。だからこそ、彼らの侵入を防ぐ国境を厳重に管理しなければならない。ところが、あえてこの壁を壊したり、裏口を作って連れ込もうとする「内なる敵」が存在する。ある時、英国の出入管理官がコソボ難民を主張する連中に疑いを持った。そこで、この難民申請者を集め、首都プリシュティーナにある有名な場所を尋ねたところ、誰も答えられなかったから、「コソボ難民」を自称する「アルバニア移民」は、全員“嘘つき”と判明した。後日、こんどは別のグループが集められ、同様なテストを課されたが、彼らはなぜかその試験を通過することが出来たという。このアルバニア人たちは、難民支援を行う弁護士にによる“ブリーフィング”を受けていたので、前者の失敗を繰り返すことなく勝利を収めることが出来た。まったく、左翼弁護士というのは忌々しい。左翼団体は“いかがわしい”難民に法的助言を与えたり、滞在許可取得の「秘策」を教えたりするから厄介だ。何はともあれ、難民への試験が失敗なら、別の方法で偽装難民を摘発すべきだろう。それで、ジャック・ストローの対策は? 偽装難民を叩き出したのか? 否、そうではない。彼はインチキ外人に現金ではなく、食券を渡すことにしたという。日本人なら「えぇっ !」と驚くだろう。追放どころの話ではない。この心が広いユダヤ系大臣は、福祉を狙う偽装難民が「嘘つき」であることを認めたくなかったのだ。どおりで、税金を納めている一般国民が激怒するはずた。

  ブレア首相とストロー内務大臣の罪はとてつもなく深い。1997年に「非EU圏から移民が来るぞ」という警告があった時、彼らは1万人くらいいじゃないのか、と呑気に考えていたそうだ。ところが、蓋を開けてみてビックリ。1998年には、15万人以上の移民が殺到したのだ。翌年以降も約20万人の移民が押し寄せ、その数は増える一方で、減る兆しはなかったという。噂というものは良かれ悪しかれ、群集に伝わるのが早い。ブリテン政府の甘い対応が広まるや否や、クルド人、タミール人、スリ・ランカ人などが「観光ビザ」で入国し、タイミングを見計らって「難民申請者」に早変わりしたそうだ。フランス北部のカレーに燻っていたアフガン人やバルカン出身者も、タンク・ローリーに乗り込んで、人知れず英仏海峡を渡ってきたという。陸路や空路を問わず、強制送還を恐れた不法入国者は、ブリテン島に上陸するや、国籍や身分を証明する旅券や書類、カード類をすべて破棄し、身元不明者になった。こうすれば、英国の入国管理官は、拘束した不法入国者がどこから来た外人なのか判らない。彼らはこのテクニックを使って先進国に滞在し、追放されぬようあらゆる手段を使ってゴネ続け、難民の身分を獲得したら、念願の福祉にありつく。極めつけは、現地人との結婚だ。際限なく滞在を延長できるし、子供をもうければ国籍だって夢ではない。下郎どもは何でもするのだ。西歐諸国の一般人なら、いくら日本に住みたいからといって、重大な「結婚」を悪用して日本国籍を取得しようとは思わない。だが、アジア人やアフリカ人は、「人権」を楯にとって居坐り、その隙に現地人と男女関係を結ぼうとする。一旦結婚してしまえば、「不法入国」の罪が消えると分かっているからだ。事実、彼らは家族を離れ離れにしてはいけないというEUの規則を知っているので、逮捕拘束を受けても強制送還はあるまい、と思っている。甘っちょろい先進国は見くびられているのだ。

  アングロ・サクソンの血を引くイギリス国民にとって、ブレア政権は悪魔の政府である。労働党の綱領といえば、労働賃金の上昇とか労働環境の改善、雇用の安定化などが定番だろう。ところが「ニュー・レフト」のブレア政権は、支持者であるはずのイギリス人労働者を裏切っていたのだ。つまり、未熟練の低賃金労働者を輸入することで、イギリス人労働者の給料を低下させ、現地人の失業者を増やし、労働条件を悪化させたうえに、庶民が住む地域まで危険に曝していたのである。おぞましい移民流入により、庶民が保有する家屋や土地の価値は急速に下落するし、外人の子供が入学する公立学校は混乱して、全体的な学力が格段に落ちてしまう。ただでさえ、学力不足に悩む労働者の子供は益々バカになっていく。また、治安の悪化で街頭や商店街の雰囲気が悪くなるから、小売店のオヤジさんは閉店を余儀なくされてしまうのだ。移民が混在する学校に通う息子は、白人であるがゆえに柄の悪いガキどもにイジメを受けるし、娘たちは強姦魔の餌食になるんだからたまったものではない。一旦、難民を受け容れると歯止めが利かなくなる。首相官邸の調べによると、英国に到着する外国人は2001年だと37万人だったのに、2006年には51万人に増えていた。訪英した外国人から帰っていった外国人を引いた数字で見てみると、2001年には22万1千人だったが、2007年になると33万3千人になっていた。(James Slack, How Labour threw open doors to mass migration in secret plot to make a multicultural UK, Daily Mail, 10 February 2010)

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(写真/コッツウォルズの風景)

  第三世界からの移民や難民は、都市部に住みつく傾向が強い。ロンドンのような大都市は当然として、地方の小都市にもインド人やパキスタン人、アラブ人、支那人が浸透し、今や素晴らしかった田園風景が台無しになっている。もし、日本人観光客が美しい村として評判のコッツウォルズ(Cotswolds)を訪れ、そこに支那人の群れや朝鮮料理店があったら嫌だろう。また、ストラドフォード・アポン・エイヴォンまで足を伸ばして、シェイクスピア縁(ゆかり)の土地を訪れた時、アラブ人が礼拝するイスラム教のモスクが建っていたり、「シシカバブ(串肉料理)」を売りにするトルコ料理店があったら、幻滅するに違いない。もちろん、先祖代々かの地に住むイギリス人だって嫌だ。しかし、トニー・ブレアは気にしない。彼はどんどん移民を招き入れた。英国における外国生まれ住民は急激に増え、1993年には380万人だった人口が、2010年になると700万人になっており、約12パーセントの人口増加になっていた。同時期に、英国籍が無い外国生まれの住人も、200万人弱(4%)から400万人強(7%)になっていた。(Julian Gavaghan, Immigration boom under Labour changed face of Britain faster than any other country except Italy, Oxford experts reveal, Daily Mail, 19 April 2012)

                  1996-2000年                 2001-2005年            2006-2010年
在英外国人数              56万4000人                   92万3000人            104万4000人
(住みついた外人の数)

  これほど多くの移民・難民が居坐っているのに、ブレア首相やバーバラ・ロッシュ、ジャック・ストローなどは謝罪しなかった。かつてロッシュは、第三世界からの移民を、起業家とか科学者、高度専門職の人物と評し、英国経済に貢献する人々と褒めていたのだ。多分ハイテク企業に勤めるほんの一握りに過ぎない、インド人やパキスタン人を指していたのだろう。しかし、英国に潜り込んだ雲霞のごとき移民は、その大半が単純筋肉労働者か厄介者、疫病神、犯罪者、たかり屋のどれかである。こうしてみれば、ロッシュは「明き盲(めくら)」か「詐欺師」のどちらかであろう。ブレア政権で内務大臣になったデイヴィッド・ブランケット(David Blunkett)も、札付きの左翼議員で、ポーランド移民が大量に押し寄せてきた時も、平気な顔をして澄ましていた。2004年、ポーランド移民が来るぞ、と騒がれていた時、内務省は移民の数を1万3千人くらいだろうと予測していたそうだ。しかし、2004年から2007年にかけて、労働許可申請を行ったポーランド人の数は約43万人だった。正規の移民がこれほどの数に上るとなれば、不法移民もかなり混じっていることになる。実際に、どれくらいの非合法移民がいるかは判らない。だが、ブランケットはレイシズムの批判を恐れて、大量移民の問題には触れなかった。それどころか呆れたことに、「我々は天使の味方だ」と嘯(うそぶ)いていたんだから、もう何をか況んやである。いつから天使が移民を助けるようになったんだ? その天使の名前を教えてみろ。

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(左デイヴィッド・ブランケット/右英国のポーランド人)

  「後悔先に立たず」と言うが、デモクラシーで選ばれた政治家は責任を取らない。どんな失敗を犯しても、辞任したり退職すれば罪は問われないんだから楽なもんだ。外務省で政務官を務めたクリス・マリン(Chris Mullin)は、政府が移民問題の対処で間違いを犯したと述べていた。パキスタンやアラブ諸国から来たイスラム教徒は、母国から嫁を呼び寄せ、宗教や風習に基づく見合い結婚をすることがある。その際、女性の意思を無視した強引な縁組みや、夫による妻への暴力がたびたび社会問題になっていた。しかし、労働党はこの外人問題を大々的に糾弾することは出来なかった。なぜなら、アジア人票に頼らざるを得ない労働党議員がいたからだ。ジャック・ストローも第一線を退いてから、東歐移民に門戸を開いたのは「唖然とする誤りだった(spectacular mistake)」、と後悔の念を明らかにしていたという。(Jack Doyle, A spectacular mistake on immigration, Daily Mail, 12 November 2013) 何を今さら白々しいセリフを吐いているんだ? こんな事は前々から分かっていたことじゃないか。責任を問われない立場になってから謝罪するなんて汚いぞ。疚(やま)しい事と知っていたから、移民をこっそりと受け容れていたんじゃないのか?

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(写真/ジプシーとキャンプ地)

  デイヴッド・ブランケットも同じように卑怯者であった。彼はスロヴァキアから流れてきたジプシーを批判し、民衆の御機嫌を取っていたのだ。「だらしなさ」が全身に染みついたジプシーは、至る所で鼻つまみ者となっていた。不潔が本能となっているジプシーは、シェフィールド地区にキャンプを張って、夜はどんちゃん騒ぎ、昼はいかがわしい仕事に励んでいたという。しかし、彼らには衛生観念もなければ、遠慮という意識が一切無い。だから、キャンプ地にした村はゴミだらけになっていた。フランスにあったジプシー部落を思い出せば分かるが、この連中が住みつくと、どこからか廃棄処分になったソファーやテーブルを持ってきて自家用家具にするし、食い物にありつけば、残飯を撒き散らすのが当り前となっている。大きな家具は移動するとき邪魔になるので、そのまま放置してどこかに消えてしまうのだ。彼らが去った後のキャンプ地は、粗大ゴミが散乱した荒れ地になるのが常である。ジプシーが街にやって来ると、ひったくりや泥棒の犯罪が増えるから、本当に迷惑だ。手癖の悪いジプシーの中には、“スリ”の訓練を積んだ熟練泥棒がいたというから、こんな奴らに同情する左翼は被害者に賠償してから発言しろ。昔から、ヨーロッパではジプシーが問題となっていたのに、ブランケットは何ら対策を講じようとはしなかった。予測できる事態が悪化してから、マスコミの前で格好つけるんだから、給料を返還してから人前に現れるべきだ。自分の職務怠慢を棚に上げて、綺麗事を語るだけなら、中学生にだって出来るじゃないか。

娘を轢き殺された父親

  人権派を名乗る左翼議員は、外国の移民や難民に対しては優しいが、地元の国民に対しては冷酷である。以前にも、外国人による犯罪を紹介したが、今回も哀しい事件を伝えねばならない。悲劇は2003年11月に起きた。ランカシャーのダーウェンに住むエイミー・ヒューストン(Amy Houston)は、当時12歳でごく普通の小学生であった。ところが、アソ・モハメッド・イブラヒム(Aso Mohammed Ibrahim)というイラクからのクルド人(30歳)が運転する車に轢(ひ)かれ、命を失う破目になった。事件を起こしたこのイブラヒムは、とんでもない男だった。イブラヒムは2001年1月、タンク・ローリー車に隠れて密入国を果たしたという。(Jack Doyle and Jaya Narain, Asylum seeker who left girl, 12, to die after hit-and-run can stay in UK, Daily Mail, 17 December 2010) まんまと英国に潜り込んだイブラヒムは、すかさず庇護申請を行ったというが、翌年の2002年11月に却下されてしまう。それでもイブラヒムは英国にしがみついた。この男は、2002年に器物損壊を犯し、2003年1月には無保険・無免許運転を行って罰金刑になっており、9ヶ月間の運転禁止処分も受けていた。ところが、同年11月、運転を禁止されているのにクルマを運転し、ブラックバーンという地区でエイミーを轢き殺してしまったのだ。

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(左: エイミー・ヒューストン / 右: ポール・ヒューストン)

  イブラヒムには良心のカケラが無かった。彼はエイミーを轢いたのに、クルマを止めず、轢いた少女を助けようともしないのだ。それどころか、自分の身だけが心配で、その場から即座に逃げようとした。しかし、エイミーは車輪の間に挟まったままである。イブラヒムはそのままクルマを走らせ、引き摺られたウイミーは瀕死の重傷を負ってしまう。病院に急送されたエイミーはまだ生きていたが、医師によると彼女は植物状態になっていたそうだ。真っ青になって駆けつけた父親のポール・ヒューストン氏は、ぼろ切れのように傷ついた娘に寄り添った。しかし六時間後、ヒューストン氏は人生で最も辛い決断をせねばならなかった。彼は生命維持装置を切る許可を下したのだ。胸が張り裂けるような瞬間である。最愛の娘を見つめながら、その命を消す言葉を告げたのだ。娘の尊厳を守り、苦痛から解放するために、自ら娘の死を選んだのである。難民を庇う政治家に、この涙が分かるのか?

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(左: アソ・マホメッド・イブラヒム / 中央: エイミー / 右: ヒューストン親子)

  一方、エイミーを殺したイブラヒムは、事件後すぐに逮捕されるが、たった4ヶ月間刑務所に入っただけだった。これだけでも腹立たしいのに、イブラヒムはこの事件の前、無保険・無免許運転を見つかり、9ヶ月間の運転禁止処分を受けていたのだ。イブラヒムは庇護に値せぬ難民であったから、本来ならとっくに国外追放になっているはずだった。しかし、難民認定却下を不服としてゴネていたから、そのまま英国に居坐ることができたという。こんな不届き者が無免許運転を繰り返していたんだから、エイミーを轢き殺してしても不思議ではない。このクズ野郎は刑期を終えて出所しても、まだ英国に滞在できたという。しかも再三、犯罪を重ねていたのだ。2004年には大麻所持で有罪となり、2005年には住居侵入と窃盗で捕まり、2006年にはまたもや無免許運転をしでかしたという。もう、いっそのこと死刑にした方がいい。極刑に出来ないのなら、中東アジア式に手首でも切断すれば、少しはスッキリするんじゃないか。こうしたアジア人は、野蛮な刑罰を科さないと「反省」などしないのだ。

  キリスト教では「結婚した者を離れ離れにしてはならない」という禁止があるが、結婚を利用して罪を逃れても良いとする教義はない。それに、結婚を国籍取得の手段にしたり、国外追放の防止策にすることは、神聖な制度に対する冒瀆である。しかし、このイブラヒムには、「結婚」や「家族」というものが、英国滞在への道具となっていたのだ。密入国者で人殺しのイブラヒムは、様々な口実を設けて英国に滞在し続け、その間にクリスチナ・リチャードソン(Christina Richardson)というイギリス人女性と結婚することができた。しかも、ハリーとザラという子供をもうけていたのだ。他人の娘を殺しておきながら、その罪も償わず、せっせと生殖活動に励んでいたとは、図々しいにも程がある。エイミーを轢いたことは、単なる交通事故と主張していたから、イブラヒムに罪悪感があったとは思えない。ひき逃げ犯には、こうのようなタイプが多いから、反省を求めても無駄である。

  2008年、ついに出入国管理官はイブラヒムを国外追放にすると決めたそうだ。しかし、イブラヒムには力強い味方があった。それはEUの人権條約第8條であった。この條項は家族が一緒に住む「権利」を保障するものである。したがって、たとえ不法入国者で犯罪の前科がある外国人でも、現地で女房子供を持っていれば、現地に留まる事ができるのだ。(Geoffrey Bindman, Aso Mohammed Ibrahim case sparks another misguided attack on the Human Rights Act, The Guardian, 28 December 2010) 以前から内務省は、犯罪を繰り返すイブラヒムを追放できるよう裁判所に訴えたというが、イブラヒム側は父親としての役割を楯にして、英国に留まりたいと願い出ていたそうだ。というのも、女房になったクリスチナには前夫との間にできた子供が二人居たので、イブラヒムが父親代わりをしていたらしい。しかし、これは真っ赤な嘘だった。イブラヒムは連れ子たちの宿題を見てやったと語っていたが、肝心のイブラヒムは英語もロクに話せなかったという。裁判所はこの事実を認め、彼の話を嘘と判断したが、国外追放にはしなかった。なぜならば、彼はすでに確固とした家庭を築いていたからだ。しかも、連れ子との関係もしっかりしているし、クリスチナとの間には二人の子供ができている。イブラヒムを追放することは益々難しくなった。移民や難民の裁判において、「家族と一緒」は絶対的価値になっている。

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(写真/英国に来たアジア系移民)

  「人権」という下らない権利は、被害者ではなく加害者の為にある。娘を亡くしたポール・ヒューストン氏は怒りが治まらない。イブラヒムが家族と一緒に暮らす権利を認めた裁判所に対し、「では、娘と一緒に暮らしたいという私の家族生活と権利はどうなるんだ?」と彼は問いかけた。彼は7年間も判決の見直しを裁判所に訴えかけていたのだ。娘を失ったヒューストン氏はマスコミにも働きかけていた。「裁判所の判決が示す人権法(Human Rights Act)とは、泥棒や殺人鬼、テロリスト、不法移民の為にある憲章だ。犯罪者の権利が被害者の権利より優先されるなんて、文明社会への憎悪じゃないか」と彼は怒りに震えていたという。確かに、当時350名ほどの外人犯罪者が人権法の下で、毎年強制送還を免れていたのだ。例えば、赤信号を無視してソフィー・ワーンを殺したアサン・サブリ、イギリス人女性二名を強姦したソマリア人のモハメッド・ケンデ、フィリップ・ローレン校長を殺害したラルコ・チンダモが国外追放にならず、そのまま英国滞在を許されていた。こんな有害な外国人犯罪者を即座に叩き出せない西歐諸国は異常である。地球人の「人権」より、自国民が持つ「古来からの権利」の方を優先すべきなのに、法学部が人権派左翼に支配されているから、常識が通用しないのだ。日本も他人事ではない。

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(写真/アフリカ人の移民や難民)

  子供を殺された親は憐れだ。ある日突然ヒューストン氏の娘は遺体になった。いつも通り学校に行き、自宅に帰ってくるはずのエイミーが居ないのだ。交通事故による死亡は仕方ない時もある。だが、エイミーの場合は予防することができた。ヒューストン氏は述べている。

  もし、イブラヒムが2002年に強制送還になっていたら、私の娘はまだ生きていたでしょう。そして、子供を楯に追放されない状況を作れなかったはずです。(David Barrett, Father vows to fight on for daughter killed by failed asylum seeker, The Telegraph, 24 April 20111)

  ヒューストン氏の見解はもっともである。本来、イブラヒムは英国に存在できなかったのだ。国外追放になっていれば、エイミーが轢き殺されることはなかったはずである。事件は未然に防ぐことができたのだ。そもそもイブラヒムは密入国者だから、拘束されれば直ちに追放されるはずだろう。それなのに、難民を装えば滞在延長が許され、自由に現地人と交際し、結婚すれば「イギリス人」になることができる。また、セックスでもすれば子供を作れるし、生まれた赤ん坊が杭のようになって、現地にしがみつくことができるのだ。不法入国者を家族と引き離すことが残酷なら、彼の家族共々出身国に送ってしまえばいいじゃないか。イブラヒムの場合なら、家族6人でイラクに住めばいい。送還されたら命が危ないというのは嘘だ。あんな宏大な国で、たった一人のクルド人を殺すために、アラブ系住民が血眼になって探しに来るというのか? 要は、貧乏な祖国に戻りたくないというだけだ。

  こうしたケースは日本にもあって、以前トルコで“迫害”を受けたと称するクルド人のタスクンが、難民申請をしたことがある。NHKは彼の為に特別番組を制作し、難民を認めるよう日本政府に圧力を掛けていた。助っ人を求めたNHKは、便利な木偶の坊の緒方貞子をゲストに招いて、難民を認めない日本を責めていた。しかし、放送内容に疑問を抱いた筆者は、在日フィリピン人と結婚したクルド難民がなぜフィリピン国籍を取らないのか、と番組制作者を問い詰めたことがある。すると、その担当者は重い口を開き、在日フィリピン人女性と結婚したタスクンの家庭事情を話した。彼は女房の母親と仲が悪いから、フィリピン国籍を取りたくないというのだ。命が助かるならフィリピン国籍でもいいのに、貧乏な国は嫌だという。それに、フィリピンにいるキリスト教徒の姑は、イスラム教徒の亭主を嫌いだから家族に迎えたくないというのだ。もちろん、NHKはこうした裏事情を視聴者に知らせず隠していた。都合の悪い情報は隠蔽するのがNHKの方針である。でも、これって情報操作じゃないのか?

  エイミーを失ったヒューストン氏は、健康上の理由から、もう子供をつくれない体になったそうだ。イギリス人女を娶ってセックスを楽しんだイブラヒムと大違いである。かつて、ヒューストン氏はエイミーに詩を書いて、クリスマス・プレゼントにしたという。彼女が六歳の時だった。その詩に目を通せば涙があふれてくる。「パパはいつもお前といっしょにいるよ。・・・お前は私の小さな天使だ。言葉で言い尽くせないほど愛している」と書かれていた。しかし、最愛の娘はもういない。なぜなら、あの密入国者が「野良犬のように」エイミーを轢き殺してしまったからだ。父親にとって娘は右の心臓である。子供が生まれると、右の胸にも生命を感じるからだ。それゆえ、娘の死は全身の血が抜かれるような恐怖と、心臓をもぎ取られるほどの苦痛を父親にもたらす。エイミーを亡くしたヒューストン氏には何が残っているというのか? 毎日毎日、幼かった頃の思い出が頭の中で蘇るが、エイミーは決して成長しないのだ。娘の同級生は成長し、就職したり結婚したり、あるいは妊娠して子供を産むこともあるだろう。だが、自分の娘は子供のままである。イブラヒムの子供はすくすく育ち、彼はイラクに送られず、豊かで安全な英国に留まり、家族団欒で幸せに暮らしているのだ。彼はやがて孫に囲まれ、楽しい老後を迎えるだろう。しかし、ヒューストン氏には涙に濡れる日々と孤独な老後しか待っていないのだ。彼は何処に怒りをぶつけたらいいのか? 後進国から移民や難民を迎え入れ、不法入国者を大切にする政治家は、一体どんな責任を取ったのか? 小さな天使が殺されたら何になるんだ? トニー・ブレアたちは答えることができまい。

  安倍首相は「景気対策」とか「労働不足の解消」のためと称して、単純労働者をアジアから呼び込もうとしている。だが、支那や朝鮮、タイ、フィリピン、インドから来る労働者は、大手人材派遣会社の利益になるだけで、庶民にとってはマイナスか有害にしかならない。もし、アジア移民がひき逃げ事件や強盗、殺人事件を犯したら、企業経営者や国会議員は責任を取るのか? そんなことは絶対に無い。どうせ、移民の弊害は10年後ないし20年後に現れるから、現在の政治家が困るわけではないし、「手遅れ状態」になった頃には、大半の議員が引退または死亡しているから、誰もが知らん顔をするだろう。泣くのはいつも庶民だ。しかも、近い将来、地方の自治体に外国系市長や議員が誕生しているから、外国人排斥など到底無理。現在のイングランドは将来の日本である。一般国民はアジア人排斥の日本人を「右翼」とか「ネオ・ナチ」と呼ぶだろう。しかし、こうした民族差別主義者が、被害者になりうる国民を救うとしたら、一般人はどう考えるのか? 将来、息子や娘を失った親に対して、右翼国民は「だから警告したじゃないか」と言うだろう。そのとき、右翼を罵っていた一般人がどう答えるのか興味がある。「だって・・・」と唇を噛みしめるような事態にならぬよう、アジア移民の排斥に賛同すべきだ。
  



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