移民反対派は低学歴か?

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(左: 英国で消滅するタイプの子供 / 右: 英国で多数派になるタイプの子供)

  デモクラシーには宣伝合戦がつきものである。心理戦を用いる候補者は、政敵のイメージを貶める反面、大衆に自分の好印象を植え付けようとする。日本人は公然と他人の悪口を言いふらすことに嫌悪感を感じるが、「勝つことが全て」と信じるアメリカ人だと、誹謗中傷は当り前で、なり振り構わず相手を罵り、完璧に打ち負かすまで批判の手を緩めない。よそ者がひしめき合って暮らすアメリカでは、「ネガティヴ・キャンペーン」が常習になっている。実に醜悪な社会だ。我々は高潔な日本に生まれて良かった。しかし、日本も高度な大衆政治社会となったので、政治家もマスメディアを駆使する政治戦略家(political strategist)を雇うようになり、各政党に「選挙アドヴァイザー」が附くようになってきた。最近では、テレビ宣伝はもとより、インターネットでも選挙のCMが増えたのが分かる。

  日本ではまだ「選挙戦略家」という役職が一般人の意識に浸透していないが、選挙中の中傷合戦や泥試合が盛んな米国だと、選挙戦の軍師や参謀がテレビ番組に登場するから馴染みがある。例えば、オバマ大統領のユダヤ人選挙参謀だったデイヴィッド・アクセルロッド(David Axelrod)は有名だ。彼とタッグを組んでオバマをイスラエル・ロビーに引き合わせ、ユダヤ票をくれてやったのは、首席補佐官になったラーム・エマニュエル(Rahm Israel Emanuel)である。この「イスラエル」というミドルネームを持つユダヤ人補佐官は、ホワイトハウスを去ると、腐敗の街として悪名高いオバマの地元、シカゴに降り立ち、そこの市長選に出馬し、まんまとシカゴ市長に収まった。巨額な資金を操るユダヤ人と米国の暗い歴史を糾弾する黒人が、政治権力を求めて結託し、アメリカ政治を牛耳っているんだから、田舎の牧場で馬や牛を相手にしているアングロ・サクソン系のアメリカ人は、腸が煮えくり返るような思いである。

David Axelrod 3Rahm Emanuel 8James Carville Gollum 1James Carville 3








(左: デイヴィッド・アクセルロッド / ラーム・エマニュエル / ゴラム / 右: ジェイムズ・カーヴィル)

  米国の民衆党には左翼の選挙参謀が至る所に存在し、中でもクリントン大統領に仕えたジェイムズ・カーヴィル(Chester James Carville, Jr.)は、テレビ番組にもちょくちょく出演していたから有名だ。彼はクリントンの選挙事務所を辞めた後、世界各地で選挙の指南役を務め、イスラエルに赴くと、労働党のエフード・バラク(Ehud Barak)元首相を助け、ボリビアに渡ると、大統領になったゴンザレロ・サンチェス・デ・ロサダ(Gonzao Sanchez de Lozada)にアドヴァイスを与えていたのだ。ちょっと余談になるけど、カーヴィルの顔を眺めていると、何となく映画の『指輪物語(ロード・アブ・ザ・リング)』に出てくる「ゴラム(Gollum)」に見えてしまう。まさか、ゴラムはカーヴィルがモデルじゃないよな。たぶん、他人のそら似だろう。

Ehud Barak 2Gonzalo Sanchez_de_LozadaBob Shrum 2Donna Brazile 2








(左: エフード・バラク / ゴンザレロ・サンチェス・ロサダ / ボブ・シュラム / 右: ドナ・ブラジル)

  彼の先輩格といえば、アル・ゴアやジョン・ケリーに仕えたボブ・シュラム(Robert Shrum)を挙げることができる。ABC局の名物番組「ディス・ウィーク」によく出演するドナ・ブラジルは、黒人を始めとする有色人票を取りまとめる選挙参謀だ。大統領選に出馬したこともある黒人指導者のジェシー・ジャクソン牧師や、左翼フェミニストのジェラルディン・フェラーロ元下院議員に仕えた経歴を見れば、ブラジル氏が極左分子だと直ぐ分かるだろう。ちなみに、フェラーロはウォルター・モンデールが大統領選に出馬した時に、副大統領候補となった人物である。大統領になれなかったモンデールは、その後ビル・クリントンの任命で駐日アメリカ大使になった。トリビアだけど、彼の娘エレノアは中々の美人で、若くして亡くなってしまったが女優であった。でも、売れない三流役者だったから、ラジオのDJやテレビ・ジャーナリストを務めていた。

Geraldine Ferraro 2Jesse Jackson 3Walter Mondale 1Eleanor Mondale 2








(左: ジェラルディン・フェラーロ / ジェシー・ジャクソン / ウォルター・モンデール / 右: エレノア・モンデール)

  共和党の選挙戦略家と言えば、飲んだくれのドラ息子であるジョージ・W・ブッシュを大統領にしたカール・ローヴ(Karl Rove)が挙げられる。このローヴは中々の遣り手で、「どんな犠牲を払っても勝つ」が信条で、裏から手を廻して政敵をやっつける事など朝飯前だ。彼がまだ共和党大学生全国委員会(CRNC)で活動していた頃のエピソードがある。1970年、アラン・ディクソンという民衆党員が、イリノイ州の財務長官に立候補していて、ローヴは彼の選挙事務所に忍び込み、ディクソン氏の名前が印刷された便箋を持ち去った事があるという。この用紙を手に入れたローヴは、「無料でビールや食べ物、女性を楽しめますよ」と記して、有権者に送ってしまったというのだ。(Dan Balz, Karl Rove the Strategist,  The Washington Post, July 23, 1999) タダ飯、タダ酒は分かるが、無料の女の子というのは、いかにもアメリカらしい。昔、ホントかどうかは知らないが、南部で民衆党大会が行われた時、特別列車が手配され、政治家や招待客のために高級コール・ガールが乗り込んでいたそうだ。国土が広いアメリカでは、バスや列車で選挙遊説が行われるけど、さすがに売春宿ならぬ売春列車はないだろう。ただ、権力者が集まれば、そこに美女が用意されるのは珍しくはないし、招待客も美女の特別サービスを半分期待しているから不思議でもない。

Karl Rove 1 bush 1George H W Bush 1








(左: カール・ローヴ / 中央: ショージ・W・ブッシュ / 右: ジョージ・H・W・ブッシュ)

  カール・ローヴには同世代だが、先輩格の政治戦略家がいた。一般の日本人には意外と知られていないのだが、脳腫瘍が原因で若くして亡くなったリー・アットウォーター(Harvey LeRoy Atwater)である。彼はレーガン大統領とジョージ・ハーバート・ブッシュ大統領のもとで選挙参謀を務めたが、ギターリストの一面も有しており、有名ミュージシャンのB.B.キングとも共演し、一緒にレコーディングを行ったというから、かなり多才な人物であった。このアットウォーターも共和党の全国組織に属しており、サウス・カロライナ支部で選挙運動に携わっていたという。この頃、彼はローヴと一緒に奔走していたそうだ。彼らは選挙中、クルマの給油のためにダイナー(食堂)に立ち寄ったことがあるという。店内でアットウォーターがコーンフレイクを注文すると、ローヴはこっそりとタバスコをふりかけ、アットウォーターに一杯食わせたそうだ。「プラクティカル・ジョーク(悪ふざけ)」が好きなアメリカ人らしい、いかにもやりそうな悪戯(いたずら)である。

Lee Atwater 1Lee Atwater 2










(左: リー・アットウォーター / 右: BBキングと共演するアットウォーター)

  少々前置きが長くなったが、我々が認識せねばならぬことは、大衆相手の選挙では、政治の裏方が有権者の心理を操るため、あらゆる手段を用いるということだ。英国のEU離脱をめぐるメディア報道でも、「離脱派」と「残留派」の双方が、テレビや新聞を通して印象操作を行っていた。「離脱派」は国民感情を煽る形で政治キャンペーンを張っていたが、貿易業者や金融業者の支援を受けた「残留派」は、潤沢な資金を有していたので、テレビ番組を含めたメディア戦略を派手に活用できた。それに、全国ネットのテレビ局も「残留派」の一味だったから、EU離脱を唱える英国独立党(UKIP)に対してエガティヴ・キャンペーンを張ることができたし、公平を装いながら偏向報道をしていたのは明らかであった。テレビなどの報道を観ていると、一般国民への印象操作が著しい。例えば、各陣営にいる支持者の分析である。「残留派」は国際政治や金融システムに詳しい人々で、知性と学歴が高い若者が多い。一方、「離脱派」は偏狭なナショナリストや世界経済に疎い田舎者、低学歴の労働者か商店主に多い、という報道である。

Brexit Poll 1(地図/黄色の部分が「残留派」が多い地域で、青の部分が「離脱派」が多い地域)

  英国の「インディペンデント」紙によれば、「離脱派」は高齢者が多く、「残留派」は若者が多い、という。年齢層で見てみると、43歳の世代は離脱派と残留派が拮抗しているが、43歳より下の世代だと残留派が多数を占め、43歳より上の世代だと離脱派が大半となっていた。これが65歳以上の層になると、圧倒的に離脱派が主流になるそうだ。また、地域別に調べてみると、残留派はロンドンやオックス、フォード、ブリストル、ブライトン、リヴァプール、マンチェスター、北アイルランド、スコットランドに多く、離脱派はがその他の地域で優勢であった。ここで「離脱」を支持している人々のネガティヴ・イメージを読者に植え付ける為なのか、輿論調査機関は「文化的背景」にまで踏み込んでいた。「離脱派」が主流となっている地方都市や村では様々な国民が居て、同性愛者の結婚や風力発電に反対する者、あるいは陰謀論を信じている者は、往々にしてEU統合懐疑主義(Euroscepticism)に染まっているし、英国独立党を支持する傾向が強い、と論じている。さらに、離脱支持者を貶めるため、わざと無教養な人々の意見を紹介していた。例えば、「ブリテン政府はEU離脱を阻止するために、MI5(英国の国内防諜組織)を使っている」とか、「EU統合への是非を問う国民投票では不正操作が行われているのでは」といった意見である。(John Rentou, EU referendum: Who is voting Leave, and who is or Remain ?, The Independent, 23 June 2016) こんな記事を読めば、意見を決めかねている一般国民は、「無知蒙昧な田舎者」に属することを嫌悪して、上品で知的な都会人が集まる「残留派」に賛同しようと考えるじゃないか。

  輿論調査なんて主催者の意向でいくらでも操作できるし、それを伝えられた一般国民は、どんな質問内容で、如何なる人物が質問し、どんな人々が回答したのか分からないが、「へぇ~、みんなはこう考えているのかぁ」と洗脳されてしまうのだ。我々だって、NHKや朝日新聞などの街頭アンケートを思い出せば、所謂「一般の声」なるものが、如何に“怪しい”か理解できるだろう。例えば、「集団自衛権」の調査を一つ取ってみても、容易に分かる。反日勢力の手下どもが一般の通行人を捕まえて、「今回の憲法改正についてどう思われますか?」と尋ねる時に、恐怖に怯えた表情をしていれば、つい戦争法案に反対してしまうだろう。だいたい、「どうなんでしょ~う?」と回答者の顔を下から覗き込むように聞いてくれば、何も知らない一般人は一瞬戸惑ってしまい、「えっっ、! そうだなぁ。よく判らないけど、戦争は嫌ですねぇ」と答えるに決まっているじゃないか。これといった政治思想を持たない一般国民が、朝日やNHKの手下に向かって、核戦略や通常兵器の配備を説明しながら、理路整然と反論を述べるなんて想像できない。それに、調査先間の質問事項も、一般人を特定の回答に導くため、プロ左翼が周到に練った質問内容だったりするのだ。こう考えれば、英国の報道機関だって、意図的に「残留派」の輿論を作るため、巧妙なプロパガンダを流していたと推測できるじゃないか。事実、「EUを離脱したら、莫大な経済損失が生じますよ。あなたの給料が減ってもいいんですか? もしかしたら、失業するかも知れませんよ」と脅す「恐怖計画(Project Fear)」があった。こんなことを言われれば、どっちつかずの一般人は皆「残留したほうがいいよなぁ」と考えてしまうだろう。

Endou Ken 1(左 / 遠藤乾)
  日本でも「残留派」を支持するテレビ報道が多く、経済評論家や大学教授などの知識人も、歐米諸国のメディアと歩調を合わせて、それとなく「残留派」を支持している。例えば、テレビ朝日や岩波書店、NHKで重宝される北海道大学の遠藤乾(えんどう・けん)教授は、いかにも左巻き学者らしく、英国のEU離脱を懸念していた。彼の英国分析は他の学者が述べている事のオウム返しだから、ここで論じる重要性はない。ただ、彼が紹介しているブリテン国民の意見はちょっと注目に値する。パブ(居酒屋)を経営する或るイギリス人は、国民投票について取材する者のインタヴューを受けた時、自分の子供を呼んできたという。彼はその子に対し、学校のクラスに児童が総勢何人かを訊いていて、そのうち何名が外国人かを数えさせたという。遠藤氏は一瞬やり過ぎだ、と思ったそうだ。(なんとも左翼学者らしい反応である。いじゃないか具体的な意見なんだから。) その子が伝えるところによると、実に約六割の者がロクに英語が話せない児童で、リトアニアやポーランドからの移民を親に持つ子供であった。(遠藤乾 『英国はEU離脱で「のた打ち回る」ことになる』 東洋経済 On Line, 2016年6月27日) 呆れたことに、「EU研究の第一人者」と紹介された遠藤氏には、「衝撃」的な事実であったそうだ。こんな話はちょっと西歐諸国を知っている者なら、誰だって頷くような「現実」じゃないか。何で「衝撃的」なんだ? まぁ、左翼の巣窟である北海道大学に勤め、法学部・公共政策大学院の教授らしいし、テレ朝の「報道ステーション」に招かれるくらいのご意見番だからしょうがないか。

  それにしても、左翼学者は殊さら移民・難民に優しい。今回ブリテン国民が騒いだのも元はといえば、東歐諸国からの大量移民が原因であったのに、評論家たちは英国とEU諸国の経済問題にすり替えている。そもそも、「ヒト、モノ、カネ」の自由な移動を謳うEUの原則が、非難されるべき問題なのだ。モノ(商品)やカネ(資金)の移動だけなら、双方の国民とも異論はあるまい。しかし、人間の移動となれば別だ。「移民」という人間は、商品と違い容易に返品できないし、「用が済んだから故郷に帰れ」とも命令できない。彼らは本来、補助的な臨時社員か季節労働者、未熟練の出稼ぎ人であるはずなのに、ブリテン国民と同様の権利を主張し、その家族まで呼び寄せて居坐ってしまう。「一時的労働者」であるはずが、実質的には、「未来のブリテン国民」としてやって来るのだ。つまり、最初から永住目的の外国人なのである。こうした下層労働者は、数年もすれば英国本土に自宅を構え、死ぬまで帰らない覚悟で生活を続けるし、その子供たちは地元の学校に通って、まるで「イギリス人」気取り。高賃金目当てでやって来た流れ者が、先祖代々イングランド王国やスコットランド王国に暮らすアングル人やサクソン人、ケルト人と「対等な」国民になるんだから、ブリテン国民が怒るのも無理はない。

British kids 15















(写真 / 様々な言語を話す子供がいる英国の学校: アラビア語、ナイジェリアのヨルバ語、アフリカのバントゥー語の一種でコンゴで話されるリンガラ語、アフガニスタンのパシュトゥー語、ジャマイカの英語が混じったクレオール語またはパトワ語など)

  典型的な左翼学者の遠藤乾は、こうした移民労働者たちに同情的である。農場や加工食品工場で働く東歐移民は、雇用者から合法的な賃金を支払われていても、「エージェント(代理人)」による中間搾取のため、給料の3分の1しか貰っていない、と読者に紹介する。心優しい遠藤氏によれば、移民による公立学校の劣化や彼らの低賃金状態は、行政機関や監督官庁による秕政(ひせい)に原因があり、移民のせいではないそうだ。責めるべき対象は役人らしい。また、東歐の移民が働く現場は、地元のブリテン国民が働く職場とは違った業種だから、両者間の競合は無いという。それでも、ブリテン国民が移民を脅威と見なすのは、職場を奪われているという強迫観念があるからで、遠藤氏の主張に従えば、「移民=EU=グローバル化」という「悪の図式」が、ブリテン国民の頭にあるらしい。つまり、ブリテン国民の多くは、移民が来るのはEUに加盟しているからで、EUはグローバル化を進め、雇用不安を増大させている、と考えているそうだ。遠藤氏は暗に「東歐の労働者が悪いんじゃないよ」と言いたいのだろう。

  象牙の塔でふんぞり返っている大学教授は、現実社会に生きている下層民の実態が分かっていないのだろう。後進国や貧乏国からの移民は、先進国で差別を受けたり、低賃金でこき使われること、場合によっては失業の憂き目に遭うことくらい百も承知なのだ。それでも移住してくるのは、本国の生活が絶えられぬほど惨めだからで、希望の無い祖国に留まるよりも、冷酷だが豊かな国に住む方が数百倍も好ましいのである。どんなに働いても夢を持てない二等国に住んでいると、一等国の貧乏人すら羨ましくなってしまうのだ。来日してくる朝鮮人を見れば分かるじゃないか。それに、移民の大半は善良な勤労者ではなく、意地汚い下層民で、祖国を見棄ててきた裏切り者である。彼らにとって祖国とは、使い古した臭いスニーカーみたいな代物で、ゴミ箱に投げ棄てても惜しくはない「あばら屋」である。よく「移民は納税もしているし、受け容れ国に貢献しているんだ」と公言する馬鹿がいる。税金なら観光客だって消費税(売上税)を払っているし、移民が使っている道路や橋は地元民の祖先が造ったものだぞ。

  「真面目に働いている外国人は国家への貢献度が高い」と言うのなら、移民はさっさと祖国に戻って、彼らの故郷に「貢献」すればいいじゃないか。どうして受け容れ国の地元民に尽くしたいのか理由を述べるべきだ。出身国で塗炭の苦しみを味わっている同胞には一切憐憫の情が無いくせに、帰国勧告を受ければ「強制送還だ」と感じる移民は、一体どういう頭をしているのか? 移民に同情することで「善人」をアピールしている知識人ほど嫌らしい人間は居るまい。移民や難民を支援する左翼ほど、こうした外国人を見下しているのだ。つまり、彼らを「対等な人間」と思っていないので、ずぶ濡れの野良犬を助けるような気分に浸っているのである。もし、立派な精神の人間と見なしていれば、移民たちに厳しく「祖国に帰って同胞と暮らしたまえ」と言えるはずだ。「多文化共存」なんて述べている大学教授に限って、「因習的な縦社会」の信奉者で、格下の者がちょっとでも異論を唱えれば烈火の如く怒り、「オレに楯突くのか?」と凄むんだから、裏表の差が激しい種族である。

EUには皇帝が存在しない

  現在、ギリシア危機とか英国の離脱でEUの崩壊が囁かれているが、1990年代初めにヨーロッパ統合が現実味を帯びてきた頃は、日本でも歐洲聯合を祝福したり肯定する知識人も多かった。例えば、上智大学の名物教授で、ドイツに詳しい故・篠田雄次郎は、ヨーロッパに米露と競合する連邦組織が出来上がる、と豪語していたから覚えている方もいるんじゃないか。篠田氏はハプスブルク家の人物と交流を持っていたから、特別な情報を入手していたのであろう。その同僚である渡部昇一先生も、ヨーロッパ統合(当時は「EC」)について文章を書いていた。ヨーロッパ統合の象徴として担ぎ出されていたのは、カロリング・ルネッサンスを築いたカール大帝(Karl der Grose/Charlemagne)である。ヨーロッパ共通の貨幣単位であるエキューの銀貨には、カール大帝の肖像が刻印されていたくらいだから、ヨーロッパ人にとっては異論の無い象徴であった。そこで渡部先生は、ヨーロッパ人がカール大帝を持ち出してきたので、次のように述べていた。

  ・・・少なくとも独・仏・伊の三国はうまくいくと思われる。そうすれば、ヨーロッパ統合も夢物語ではなくなり、現実性が非常に出てくる。(『歴史街道』 4月特別増刊号 PHP研究所 1991年 p.56)

  ただ、渡部先生はイングランドについて、ある種の留保を附けていた。それというのも、イングランドがカール大帝の西ローマ帝國にも、その後のオットー大帝による神聖ローマ帝國にも属していなかったからである。サッチャー首相が歐洲連邦に加入することを躊躇ったのも、イングランドがヨーロッパに統合された記憶をもっていなかったからだ。「歴史の記憶がない」という点を重要視していたので、今回のEU離脱を念頭に置けば、渡部先生の指摘には先見の明があったことが分かる。

Watanabe Shoichi 3(左 / 渡部昇一)
  渡部先生の論文を読んだ当時、筆者も大半の部分については同意見であった。ただ、二つほど疑問点があった。一つは、ヨーロッパは統合して一つの巨大な経済市場となり、政治的統合体となるだろうが、所詮、「お金」という利益で繋がる連邦制度なので、利益が対立すれば分解するかも知れない不安が残る。だって「カネの切れ目は縁の切れ目」というじゃないか。加盟国のそれぞれが儲けを出しているうちはいいが、何らかの軋轢が生じた時、いがみ合いが生じて「離縁」となりかねない。仲のいい「おしどり夫婦」でも、30年ないし40年も経てば「仮面夫婦」になっていたり、事によったら「家庭内離婚」というケースだってある。綾小路きみまろを真似る訳じゃないけれど、「あぁ、あれから40年。結婚当初は愛で胸がドキドキ。今じゃ、高血圧で心臓がドキドキ。新婚初夜は夫が妻を抱いてベッドに向かう。ところが今は、妻が夫を抱きかかえて介護の毎日」というのがあるじゃないか。夫婦でも将来が分からないんだから、国家同士の結合なんて、どうなるか分かったもんじゃない。

  二つ目は、渡部先生の文章中にヒントがあった。カロリング朝で復活した西ローマ帝國には、フランク族の首長が君臨していたけれど、現代版西ローマ帝國には、カール大帝に匹敵する人物がいないのだ。それに、カール大帝は現代の政治家と違って、「豪腕」という形容詞が生ぬるく感じられるほど、超弩級の支配者であった。「シャルルマーニュ」と呼ばれるカール大帝は、カロリング王朝の創始者パペン短躯王(Pippin der Klein)の息子で、トゥールーズの戦いでイスラム教徒に鉄槌を下した、あのカール・マルテル(Karl Martell)の孫である。パペンは身体こそ小さかったが、豪胆さと智略を備えていた豪傑で、武勇一辺倒の鉄砲玉ではなかった。政治目的をはっきりさせて、それを達成すべく慎重に政略を練る人物であったらしい。カロリンク家の威光を強化するためには、ローマ・カトリック教会との協調が不可欠と理解したので、ローマを簒奪しようとするロンバルディア王アイストルフを撃退し、ローマへの野望を挫いた。ローマ教皇の庇護者(パトロン)となったパペンは、ローマの司教(すなわち「教皇」)に領土を献上し、こうして領民を精神的に支配する教会を味方につけることができたのである。教皇領の起源となった「パペンの寄贈」は、西洋史を学ぶ者の間で有名だ。また、彼の支配地域では群雄割拠の兆しが現れたので、パペンはメロヴィング朝のクローヴィスを真似て各地を巡察し、不穏な勢力があれば叩き潰したという。地方伯としてバヴァリアを治めさせていた、甥のアンジロルファン・タシヨン(Tassilo III of the Agilofings)にさえ忠誠を要求したくらい念が入っていた。さらに、パペンは領地の安堵を図ると共に、イスラム勢力に蚕食されていたナルボンヌをも奪還するという手腕を見せていた。

  こうした豪傑の父親の気概を受け継いだ息子のカールは、軍事と政治に比類なき才能を持っていた。「運も実力のうち」と言うが、父のパペンが没した後、カールはその遺産とも言うべきフランク王国を弟のカルロマンと分割せねばならなかったという。複雑な地形の領土を相続した兄のカールは、南フランスのアキタニアで騒乱に直面し、弟に援軍を求めたそうだ。ところが、カルロマンは「家臣が出陣を渋っているから」という口実を設けて助太刀を拒んだ。仕方がないので、カールは独力で剣を揮って勝利を得た。戦さには勝ったものの、カールは怒り心頭、弟の不義理が許せなかったらしく、母親のベルトが仲介役を買って出たそうだ。しかし、そんな弟も771念に病気で死亡。ランスにある聖レミギウス寺院に葬られた。未来の大帝は肉親を抹殺することなく、父親の遺産を全て継承できたというわけだ。やはり運がいい。カールは弟が没すると、父親のパペンが成し遂げられなかった野望を実行することになる。

charlemagne 1Karl Martell 2(左: カール・大帝 / 右: カール・マルテル)
  773年、ロンバルディア征伐戦争を勝利に導いたカール大帝は、フランク王国の基礎工事とも言えるゲルマン部族の討伐に舵を切った。第8世紀のサクソニアには、オストファリア、ウェストファリア、アンガリアという三つの部族がいて、メロヴィング朝やハペヘンの時代に朝貢はしていたが、フランク王国とは面従腹背の関係であったらしい。それに、サクソニアに住む蛮族は未だに血腥い異郷の神々を信仰していて、キリスト教を受け付けず、あくまでも土着の信仰に固執していたそうだ。その位置からして、カロリング王家発祥の地から目と鼻の先であったから、カール大帝としては、領土防衛も兼ねてサクソニアを平定せねばならなかった。そこで、大帝は「先代のパペンが決めたはずの貢ぎ物が足りぬ」との口実を設けて、問題のサクソニア遠征を始めたらしい。フランク軍はアンガリア部族の心臓部であるエーレスブルク山に進撃し、その地で砦を築くと更に北進し、現地で信仰されていた「イルミンスル(Irminsul)」という巨大な柱を破壊してしまった。(「イルミン」とは古代ゲルマニアの神様で、巨木が崇拝対象となっていた。)

Widukind 2(左 / ヴィドキンド)
  しかし、こんな討伐くらいてめげるザクセン人じゃない。アンガリア部族やウェストファリア部族が反撃に転じると、フランク軍はそれを迎え撃ち、ウェストファリア部族の領地に侵攻して人質を取った。蛮族に破壊されたエーレスブルクの砦を修復すると、新たな砦がリッペ河に建設され、これが歴史に名を留める「カルルスブルク」である。敵対者の征服は武力鎮圧だけでは不充分で、敵勢力を精神的に改造しなければならない。そこで、カール大帝はサクソニアにキリスト教を持ち込んだ。しかし、強引に昔からある偶像崇拝を剝ぎ取ろうとすれば、伝統的信仰を守ろうとする蛮族の抵抗が生まれても不思議ではない。案の定、カール大帝の宗教政策に叛旗を翻す一人のウェストファリア人が現れた。それが有名なヴィトキンド(Widukind)である。彼はローマの英雄ユリウス・カエサルに弓を引いたガリアの勇者ヴェルサンジェントリクスと似ていて、フランク軍に対する叛乱軍の将帥となっていた。フランク軍はこの抵抗軍に相当悩まされたそうで、ズンタール山の戦いでは、アダルジージュ、ジロン、ヴォラの伯爵(コント)たちが率いるフランク族の軍団が打ち負かされたそうだ。目も当てられぬ程の惨敗で、ほぼ壊滅状態だったという。しかし、この782年の叛乱は、ヴェルデン(Verden)の殺戮によって報復を受けた。戦争で人質になった4千500名のザクセン人は、暴挙の報いとして殺害されてしまったのだ。783年と784年にカール大帝は自ら出陣し、容赦なく討伐を続け、785年の戦役に至っては、遂にヴィトキンドが屈服する破目になった。降伏したヴィドキンドは洗礼を受け、それ以降歴史の舞台から姿を消したという。

Boris Johnson 3Nigel Farage 3Michael Gove 2






(左: ボリス・ジョンソン / 中央: ナイジェル・ファラージ / 右: マイケル・ゴヴ)

  サクソニアを征服したカール大帝は、その後も遠征を行い、ヴァヴァリア問題も片をつけ、スペイン征服まで視野に入れたそうだが、これはコルドバのムスリム君主が支配を確立していたので、ピレネー山脈を越えて征服したくても無理だということを悟り、侵攻を断念せざるを得なかったらしい。それにしても、4千500名ものザクセン人を皆殺しにしてしまうとは、いくらなんでもカール大帝はやり過ぎだ。哲学者のライプニッツはそれをカール大帝の汚点と呼んだし、フランスの啓蒙思想ウォルテールは野蛮な行為と非難したそうだ。しかし、古代の征伐なら血みどろの弾圧も珍しくないから、残酷な報復であっても致し方ない。巨大な帝國を築き維持しようとすれば、どうしても手荒な手段に訴えなければならぬ時もある。現在、英国が離脱を国民投票で決めたことで、EUの結束自体にも“ひび”が入り、英国だけが困る状態ではないそうだ。皇帝を欠いた帝國は脆弱な面を持っている。第一、今のご姿勢でEU議会が征伐軍を派遣し、イングランドの叛乱分子を制圧できる訳がない。jまさか、歐洲議会の委員長だったジャック・ドロール(Jacques L.J. Delors)やジャン・クロード・ユンケル(Jean-Claude Juncker)が、英国独立党のナイジェル・ファラージ(Nigel Farage)と元ロンドン市長のボリス・ジョンソン(Boris Johnson)、司法大臣のマイケル・ゴヴ(Michael Gove)を縛り首にして、「離脱派」の議員をまとめて生き埋めにすることはできない。もし、EUがそんな仕置きをすれば、エリザベス女王が黙ってはいないから、英仏間の百年戦争が再来するし、双方が妥協しなければ全面核戦争にすらなってしまう。帝國とは圧倒的権力を誇る皇帝がいるから、何とか纏まっているのであって、元老院のような権威者の合議体だけでは維持運営が難しいのである。

Jaques Delors 3Queen Elizabeth 4Jean Claude Juncker 2









(左: ジャック・ドロール / 中央: エリザベス女王 / 右: ジャン・クロード・ユンケル)

身を犠牲にしても守りたい国家

  ここで渡部先生への疑問に戻るが、筆者が疑問を持ったのは、先生が幕末における皇室の存在に言及したからだ。渡部先生によれば、黒船来航当時、300くらいの藩に分かれていた日本は、開国の危機にあって諸藩に分離する前の日本を思い出したという。武家社会の前に皇室があったから、古来から存在する皇室を仰ぎ、大名をなくしても近代国家を作り上げることができた。先生曰く、「こういう記憶がないと、近代化はうまくいかない」そうだ。(上掲書 p.56) しかし、こうした歐洲と日本の比較は、どうも納得できない。というのも、我が国には統合の求心力となる皇室が脈々と続いているが、歐洲には皇室に相当する王室がない。EUの大黒柱となっているフランスとドイツは、共に共和国で世襲の王朝が存在しないのだ。もし、ブルボン家かハプスブルク家の皇帝がいれば、フランスとドイツの国民を統合できたかも知れないが、肝心のカロリング王朝はとっくの昔に消滅しているし、ホーエンツォレルン家の復活はほぼゼロに近い。隣国のオーストリアですら、ハプスブルク王家の復帰は今のところ考えられないから、共和政が染みついたドイツに至っては絶望的だ。それに、ベルギーやネーデルラントの王室が、他の王家の傘下に入るなんて考えられない。こう考えると、我が国の皇室伝統は誠に貴重である。

  EU統合にはある国民感情が欠落している。それは「苦難を共にする絆」だ。便宜上の統合体に住む一般人は、経済的利益を山分けにする時なら共存できようが、政治的混乱や戦争といった災禍に直面すれば、自分の命を犠牲にしてまでその人工的共同体に尽くそうとは思わない。国家とは喜びと哀しみを共有する歴史的生命体である。繁栄に浴する時は自由気ままで良いが、国運を左右する試練に遭った時、君臣一体となって奮闘せねばならない。我が国の歴史を振り返ってみれば、日露戦争や大東亜戦争がまさしく国難であった。日露戦争では強国ロシアと激戦を繰り広げ、弾薬が尽きるまで戦い続け、死力を尽くして勝利を得ることが出来た。しかし、その代償は大きく、息子を亡くした母や夫を失った寡婦、散華した兄を慕う幼い弟や妹が巷に溢れ、国家の中枢を担う人材も大量に死滅したのである。明治天皇はたいそう悲しまれ、戦歿者とその遺族を慰撫されたが、とても全部の傷を癒やすには及ばなかった。それに、陛下のお心にも深い傷が刻まれてしまったのだ。一方、国民も陛下の大御心を分かっていたので、黙って頷きながら感謝の念を抱いていたのである。

Showa Emperor 1Air Raid in Tokyo 1








(左: 昭和天皇 / 右: 空襲で黒焦げになった日本人の遺体)

  大東亜戦争の時はもっと悲惨で、昭和天皇は臣民と共に米軍による帝都空爆を目にされたのだ。各都市で大焼殺が相次いだうえに、最後には核攻撃という止めの一撃を喰らったのである。しかし、焼け野原で嘆き悲しんだ日本国民は、天皇陛下と共に祖国復興に取り組んだ。苦しい時も悲しい時も、いつも我々は陛下と共にある。日本人は我が国が破滅に瀕する時には、身を挺して祖国を救おうとするし、それを見送る家族も覚悟を決めて運命を一緒にしようとする。敗戦後、国民が飢えに苦しめば、昭和天皇は自らの命を占領軍に差し出して、国民を救おうとなされた。だから、その国民は陛下の処刑を絶対に許さない。最後の一人になろうとも、日本人は陛下をお救いしようと突撃するだろう。日本人の血が流れていれば当然のことである。理屈はいらない。ただ、血管に流れる日本人の血が沸騰するから、居ても立ってもいられないのである。EUを賞讃するヨーロッパ人に、こうした覚悟があるのか? お金で繋がっている者は、容易にその手を放すだろう。

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(左: 英国の過去に存在した赤ん坊 / 右: 英国の未来を担う主流派の子供)

  英国のEU離脱は歐洲各国に大きな影響を与えた。しかし、英国人の過半数は他国より自国の方を大切にしたと言えるのではないか。今回の離脱騒動の発端は移民問題だが、これは何もEUに加盟したから起きたのではなく、ブリテン政府が行ってきた従来の政策に元兇があるのだ。移民や難民を無分別に入れた政府も悪いが、アングロ・サクソン主体の英国社会を憎む団体や活動家は更に悪い。英国の一般国民は平凡だが平穏な生活を望んでいるはずだ。先祖代々受け継いできた社会を移民や難民に蹂躙されたんだから、彼らの入国を許した政府や支援団体を非難しても当然だろう。イギリス人もスコット人も、叛乱を企てるほど異民族の侵入に激怒していたのである。もちろん、EU離脱で移民問題が解決するわけではない。住みついた異邦人を排除するなんてナチ党のような強力な勢力が政権を奪取しないかぎり実現できない。もし、ブリテン国民が全体主義や煽動政治を回避したいなら、健全な状態のうちに異民族を取り除くべきである。激昂に基づく政治は嫌だが、何も出来ない無力政治で国家が衰亡するのはもっと嫌だ。ローマがなぜ滅んだかは諸説様々だが、東ローマ帝国でローマ人が居なくなったことは、その原因の一つと言えるだろう。あと百年くらい経ったら、英国にエドワード・ギボン見たいな歴史家が現れ、「ブリテン帝國衰亡史」を書くんじゃないか。

  


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