黒木 頼景
成甲書房
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世論操作が罷り通る現代
(上記イラスト / レメーカーズの対独宣伝風刺画 )
民衆政治の風向きは、大衆心理の動きで変わってくる。烏合の衆は理性で考えない。自分の感情と好みで一方的な結論を下すのが常。たとえ、判断材料が不充分だったとしても反省などはしないし、そもそも「適切」だったのか、なんて思わない。見たいものがあればお金を払ってでも「のぞき」見る。しかし、うんざりする退屈な話なら、たとえ命にかかわる重大事でも耳を閉ざす。マスコミはこうした群集の性格を理解しているから、複雑な事件は簡単なものに造り替えるし、聴衆が飛びつくものなら、何時間でも取り上げようとする。ただし、都合の悪い情報は最初から伝えずに、隠蔽するのが“いつもの”掟。ニュースはそのまま伝えるものではなく、程良く「料理」するものというのが、マスメディアの性質である。報道番組で大切なのは“真実”でなく“娯楽”の提供であり、楽しくなければニュースじゃない。でも、大衆操作を行う時だけは真剣になる。これだからマスコミは厄介だ。独裁国家での「官製報道」なら誰も端(はな)っから信じないが、自由な国家で行われる「政治宣伝」には不思議なくらい信憑性があって、容易に信じられてしまうから困ったものである。
毎度のことで呆れてしまうが、日本のテレビ報道は局が違うのに、顔と味が同じという金太郎飴状態。例えば、北朝鮮問題を取り上げる番組は、「北鮮がミサイルを撃ちました!」とか「金正恩が次に取る行動は?」と慌てるだけで、日本人がどうするのかは問わないし、何をすべきか考えようともしないのだ。辺真一みたいな朝鮮人評論家を招いて、延々と北朝鮮の内情を話すだけ。これでは北鮮の宣伝番組を観ているようだ。日本の敵地攻撃能力がどれくらいなのか、を紹介する方がよっぽど視聴者の「ため」になるのだが、そうした情報は大衆に「余計な」智慧を与えるようなものだから却下。「日本人は黙ってミサイル攻撃を受けろ!」がTBSやフジテレビの本音なんだろう。でも、テレビ局にも核シェルターが無いので、自分たちも危ないはずだが、そこまで考えないのが脳天気な左翼の特徴だ。学生運動上がりの連中は、機動隊に殺されないという「確信」があったので、思う存分暴れることができた。もし、警察が機関銃や迫撃砲で対処したら、暴力学生でも「ちょっと待て、酷いじゃないか!」と青ざめたはずだ。甘えん坊の叛乱なんて、いかにも日本的である。
(左 / 小池百合子)
東京都知事の小池百合子にまつわる報道も同じだ。正直なところ、「いつまで豊洲問題を続けているんだ?」というのが庶民の意見だろう。だいたい、地下水の有毒物質なんて魚市場の商売には影響ないのに、あたかも汚染された水で魚を洗っているかのような印象をテレビ局は与えていたのだ。ちょっとここで筆者の感想を述べれば、最初から築地市場の段階的改修にすれば良かったのに、と愚痴をこぼしたくなる。商売人なら分かるけど、場所を移すのは結構なリスクで、お客の「流れ」が変わってしまうから一大事だ。築地ならお客さんが銀座から“ぶらり”と足を運んでくれるけど、豊洲になれば橋を渡って長い道のりを歩かねばならない。そうなったとき、オッちゃんやオバちゃんたちが豊洲まで来てくれるとは到底思えない。だいいち、東京ガスの跡地を決めた時点で地下水の問題は分かっていただろう。豊洲が選ばれたのは、土地取引でのキックバックと、更地での建設の方が楽だからとの理由じゃないのか。
(左: 細川護煕 / 小沢一郎 / 小泉純一郎 / 右: 安倍晋三)
結局、巨額な損失は庶民にのしかかり、問題の先送りは小池百合子の宣伝材料になっただけだ。小池都知事は「都民ファースト」を叫んでいるけど、実際は都民より自分の方が「優先」なんじゃないか。確かに「都民が一番」なんだろうけど、一等席の前に特別席(アリーナ)があるように、本音では「ユリコ・ファースト」が前提なんだろうね。小池氏は踏み台を選ぶのが上手いから、東京都民も権力奪取の道具にされるかも知れないぞ。彼女は政界進出のために「ビジネス・ワールド・サテライト」のキャスターを務め、日本新党の細川護煕を手始めに、新進党・自由党の小沢一郎に乗り換え、小沢と手を切ったら自民党の小泉純一郎に近づき、色目を使って添い寝をした。失敗したのは総裁選の時で、安倍を見限って石破に乗ったが、その石破が泥船だったので、彼女の立場も沈んでしまったのである。国政での出世がないと悟った小池氏は、脚光を浴びる都知事の椅子を狙い、得意の笑顔と饒舌で、気紛れな都民を手玉に取れた。次は都議選での勝利で、目指すは安倍首相の後釜なのかも知れない。
又聞きが目撃証言となった
日本のマスコミによる情報操作がひどいのは誰にでも分かるが、歐米のマスコミはそれを更に上回っている。先進国というのは大量の情報が交差する大衆社会なので、政治を牛耳る者は何とかして一般人を思った方向に導こうとする。特に、戦争が起きた時は著しい。身近なところでは9/11テロであるが、その前には湾岸戦争での捏造報道があった。イラクのクウェート侵攻を制裁するため、米国は広告会社の「ヒル・アンド・ノールトン(Hill & Knowlton)」を用いて、ニセ情報を世間に流し、紛争介入を正当化しようとしたことがある。1990年9月5日、ロンドンの「デイリー・テレグラフ」紙にイラク兵が起こした残虐事件の記事が掲載され、西側諸国の一般人は衝撃を受けた。ある「アメリカ人」の証言によれば、イラク兵が保育器を奪うため、中にいた未熟児を放り投げたというのだ。後に、この人物はナイラ(Nayirah)という少女であることが判明し、彼女は米国議会に設置された公聴会に出席し、こう述べたという。
私は銃を持ったイラク兵が病院にやって来て、15名の赤ん坊がいる部屋に入って行くのを見ました。彼らは保育器の中から赤ん坊を取りだしてその器具を奪うと、赤ん坊を冷たい床の上に放置したまま、立ち去って行きました。(Tom Regan, "When contemlationg war, beware of babies in incubators", The Christian Science Monitor, September6, 2002.)
(左: ナイラ / 中央: クレイグ・フラー / 右: ジョージ・H・W・ブッシュ)
ところが、彼女は実際にその暴虐を目撃したのではなく、ある友人からその話を聞いて証言したのである。つまり、直接、自分の肉眼で見たのではなく、又聞きの噂話であったのだ。そして、現場に居なかったこの少女は駐米クウェート大使の娘であった。しかも、この話に尾鰭を附けて大々的に宣伝したのが、「ヒル・アンド・ノートン」社で、このPR会社は「自由クウェートを求める市民(Citizen for a Free Kuwait)」という亡命団体から1千70万ドルをもらって雇われていたのだ。さらにに注目すべきは、ここの最高責任者を務めていたクレイグ・フラー(Craig Fuller)社長が、ジョージ・H・W・ブッシュ大統領の元側近だったことである。ブッシュ大統領がまだレーガン政権時代の副大統領であった頃、フラー氏はその首席補佐官を務めていたのだ。何てことはない、ブッシュ大統領はイラク攻撃をしたいが為に、巧みな演出で世論を煽り、軍事行動の正当性を得ようとしていたのである。「敵を悪魔にして自分を正義の味方にする」というのが戦争の定石だが、ブッシュ氏はそれを実践したという訳だ。
悪魔のようなドイツ兵
偽情報で敵を「悪魔」にした実例は、第一次世界大戦で行われた心理戦である。連合国側の戦時プロパガンダで最も成功を収めたのは、「手を切断されたベルギーの子供たち」であろう。1914年の暮れに、身体の一部を切り落とすという残虐行為があったらしい。当初、この事件は政府のプロパガンダとは関係のないところで発生したのだが、英米側にとってドイツ兵の残虐性を広めるには好都合の出来事であった。ウィルソン大統領と政府の好戦派は、この悲惨な事件を以て米国の世論を動かすことが出来るのではないか、と踏んでいたそうだ。そして、戦争が勃発すると、続々と痛ましいニュースが飛び込んでくるので、アメリカの参戦をせかす者も増えてきた。1915年から16年になると、「ベルギー支援協会」がベルギーの子供たちを救済すべく、一般のアメリカ人に訴えかけ、ドイツ軍の侵攻に苦しむ子供のために古着や食糧を送ろうと提案したらしい。(米国の参戦にはサミュエル・ウンターマイヤーなどのユダヤ人シオニストが暗躍していたのだが、これについては別の機会で述べてみたい。)
(左 / フランチェスコ・ニッティ)
「手を切断された子供」の話は世界中に広がり、イタリアでも大いに宣伝されたそうだ。当時の財務大臣で、後にイタリアの首相となったフランチェスコ・ニッティ(Francesco Nitti)が、このプロパガンダ報道がもつインパクトについて述べていた。終戦後、こうした悲劇に心を痛めたアメリカの大富豪が、問題となった哀れな子供に是非会いたいと、密使を派遣してきたそうだ。ところが、誰一人としてその子を発見できなかった。そこで、ニッティーと英国のロイド・ジョージ首相が、この報道と他にもあった幾つかの事件について、それぞれの信憑性を詳しく調べてみることにした。すると、いずれのケースも作り話であると判ったそうだ。(アンヌ・モレリ『戦争プロパガンダ 10の法則』 永田千奈 訳、草思社、 2002年、p.94)
戦時プロパガンダには何でもありで、他にも信じられぬ事件が報道された。例えば、ドイツ軍は従軍看護婦にも重傷を負わせると言われたし、アホらしいけど、ドイツ人は囚人の死体を解体し、潤滑油の原料にしてしまうという話もあったらしい。その他、捕虜の顔に双頭の鷲の刺青を彫る、捕虜の舌を切り落とす、といった捏造まであったのだから唖然とする。ドイツ軍に関する「残酷物語」には拍車がかかって、「ドイツ軍は“わざと”病院に爆弾を落とす」、あるいは「教会を狙って爆撃する」といった報道まであったそうだ。これを聞くと何となく、「30万人の南京大虐殺」という虚構や、「ナチスはユダヤ人の死体から脂肪を取って石鹸を作った」というヨタ話とダブってくるじゃないか。もう聞くのも馬鹿らしくなってくるけど、怪物の如きドイツ兵は、藝術の街や記念建造物を焼き払って祝杯を上げたとか、乳児の喉を切り裂き、女を捕まえては乳房を切り落として笑い声を上げる、といったホラー・ストーリーまであったのだ。(上掲書 p.95) もしかして、英米のプロパガンダ部局は支那人でも雇ったのか? まるで「撫順戦犯所」で製造されたフィクションとソックリだ。
プロパガンダ用の残酷劇には様々なヴァージョンがあったそうで、先ほどの「手を切断された子供」の話にもフランス版があったという。1915年ルイ・エ・ヴィレンヌ県で「宗教週報」に掲載された、無名作家による「手を切断された少女の祈り」という作品があったそうだ。
ノール県にある病院で、6歳の少女が跪き祈っているが、その両手は包帯でぐるぐる巻きにされていた。彼女は「神様、私にはもう手がありません」と小さな声でお祈りをしているのだ。というのも、あるドイツの兵隊がその子に対し、「ベルギーやフランスの子供に手は必要じゃない。ドイツの子供だけが手を持てばよい」と述べ、彼女の手を切り落としてしまった。少女は激痛に苦しむが、ドイツ兵は笑っている。この鬼畜は、ドイツの子供じゃないから痛みを感じるはずがない、というのだ。彼女は「神様、ママは気が変になってしまいました。私は独りぼっちです。パパはドイツ兵に連れて行かれました。パパからは手紙が来ません。きっと銃で撃たれたのでしょう・・・」と語っていた。
このお涙頂戴話にはイギリス版もあったそうで、ある慈善家の貴婦人がパリにあるベルギー難民所を訪れたそうだ。彼女はその中に10歳くらいの少女がいるのに気がついた。この少女は部屋が暑いのに、両手をみすぼらしいマフに突っ込んでいたという。ある時、その子が母親に向かって「鼻をかんで」と頼んだ。これを聞いた貴婦人は、「まあ、あなたのような大きな子供が自分で鼻をかめないなんて!」と笑いながらも、厳しく叱ったそうだ。しかし、その子は何も言わなかった。だが、沈んだ表情の母親が感情を押し殺して口を開いたという。「マダム、この子は両手をなくしたのです」と。すると、その貴婦人は非常に驚き、目を見開いて「えっ、なんですの? もしや、あのドイツ兵が?」と尋ねた。少女の母親は泣き出し、答えはその涙で充分だったという。
いやぁ~、イギリス人ってのは実に感動する話を作るのがうまい。彼らは人間の心理をちゃんと把握しており、不特定多数の第三者でも、いつの間にか耳を傾け聞き入ってしまう。イギリス人が作るドラマに定評があるのもうなづける。大東亜戦争中、日本側のプロパガンダ放送に従事していた池田徳眞も、イギリス人の才能には舌を巻いていた。彼らの「藝術作品」に比べたら我々の「戦争プロパガンダ」なんて子供の絵本並である。日本の軍部は宣伝戦の重要性を理解していなかったから、英文科の学生を「役立たず」と思い込み、厄介払いでもするように、前線に送ってしまったそうだ。これだから小室直樹先生が歎いていたのも分かる。日本人は本当に戦争音痴だった。
ドイツを憎むユダヤ人
(上記イラスト / ドイツ兵を悪魔に見立てたレメーカーズの風刺画)
第一次世界大戦に於ける宣伝戦では、映像や視覚を利用したプロパガンダ作戦が功を奏したそうだ。英米側で注目すべき人物に、挿絵画家のルイス・レメーカーズ(Louis Raemaeker)というオランダ人がいた。ただし、彼は一般的に「オランダ人」と紹介されるが、その正体はオランダに居住するユダヤ人である。フーヴァー研究所もそうなんだけど、彼の経歴を載せる記事は、どれもこれも「オランダ人」としか紹介せず、その民族性にまでは言及しないのだ。唯一の例外は戦時中カウンター・インテリジェンスに係わった、ドイツ人のゲルハルト・クラウゼ博士(Dr. Gerhard Krause)くらいだろう。
(左 / ルイス・レメーカーズ )
ルイス・レメーカーズは1869年、南部ネーデルラントのルーモント(Roermond)に生まれ、父のヨセフス(Josephus Christianus Hubertus Raemaekers)は本の印刷を手掛ける出版業者だった。母のマルガレータ(Margaretha Amalia Michels)は、夜間学校の教師をしていたそうだ。美術が得意だったルイスは、アムステルダムにある日刊紙「テレグラフ(De Telegraaf)」に就職し、編集長から好き勝手にイラストを書いていいとの許しを得ていたらしい。しかし、1914年に歐洲大戦が勃発し、彼は外務大臣のジョン・ラウドン(John Loudon)に引き抜かれて、反ドイツのイラストを制作するよう依頼されたそうだ。
レメーカーズはドイツ人を貶める漫画や風刺画を大量に描き、政府から多くの勲章を授与されたうえに一財産築いたらしい。しかし、彼の「力作」はドイツのカイゼルを激昂させたようで、彼の首には1万2千マルクの懸賞金が掛けられたそうだ。こんな訳で身の危険を察知したレメーカーズは、1916年になるとロンドンへ旅立ち、英国の戦時宣伝局を取り仕切っていたチャールズ・マスターマン(Charles Frederick Gurney Masterman)の庇護を受ける事となった。その後、後釜のジョン・バカン(John Buchan)男爵がレイメーカーズの監督官になったらしい。彼らが拠点にしたウェリントン・ハウス(Wellington House)では、様々な対独戦時宣伝の計画が立案され、多くのアジビラや偽情報が製造されたという。偽の残虐報道で有名な「ブライス報告(Bryce Report)」も、こうしたプロパガンダの一環で作成されたものである。
(左: ジョージ・クリール / チャールズ・マスターマン / ジョン・バカン / 右: ジェイムズ・ブライス )
レイメーカーズのイラストは、ドイツ人に対する憎しみに満ちており、ドイツ兵は残忍冷酷なサディストで、野蛮人を代表するモンゴル人かフン族の再来であるかのように描かれていた。異民族を破壊する「匈奴」、巨大な人食い人種、平気で子供を屠るカイゼル、歯を剝き出しにしたゴリラ、死に神の如きドイツ兵、殺人を繰り返す悪魔など、レメーカーズはやりたい放題の風刺画を量産し、世界中にばらまいていたのである。ウッドロー・ウィルソンがプロパガンダ局長(head of the U.S. Committee on Public Information)に選んだジョージ・クリール(George Creel)も、このユダヤ人画家に感心していたそうだ。レメーカーズは精力的で、しかも才能に恵まれていた。彼のイラストは英国や米国、フランスなどの新聞や雑誌に転載され、敵国ドイツに対する世間の憎しみを増幅させていたという。ちなみに、大戦の時ネーデルラントは中立国だったから、政府の要人はドイツに対する一方的な罵倒に消極的だったが、「世界市民」のユダヤ人レメーカーズには関係無かった。本当にユダヤ人のドイツ嫌いは年季が入っている。
( 上記イラスト / レメーカーズの反ドイツ風刺画 )
高度な情報化社会になると、プロパガンダが“より”巧妙になってくるから、一般人の我々は自衛のためにも、普段から注意を怠らぬことが必要となる。特に、無料放送の報道番組は危険だ。確かに、テレビ局から垂れ流される政治宣伝は稚拙だけど、繰り返し放送されるから一般国民は、知らず知らず「洗脳」されてしまうのだ。プロパガンダの鉄則は、丹念に何度も繰り返す事にある。残念ながら、「嘘も百回繰り返せば真実となる」は今でも有効だ。昔、土井たか子は「憲法九条学者」と笑われたが、「平和! 平和! 戦争は駄目!」と諦めずに繰り返していた。そのせいか、護憲思想が世間に染み込んでしまった。また、民主党政権が誕生する前には、政権交代で明るい日本が訪れる、とマスコミは大いに煽っていた。しかし、現実は陰惨な時代の幕開けで、応援団のマスコミはその責任を回避し、知らぬ顔を決め込んでいたんだからズルい。今では思い出したくもない憂鬱な時代であった。左翼偏向のマスコミが健全な限り、これからも詐欺的な報道が続くだろう。結局、庶民は昔流行った「自己責任」を覚悟すべきなんだろうなぁ。
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