教科書に載せて全日本人に知らせたい現代史 支那人の卑史 朝鮮人の痴史
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不倫の行方は定まらぬ

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( 写真  /  ルース・ウィルソン )

  最近では、仲の良い夫婦を見て「鴛鴦(えんおう)の契り」だなぁ、と思う人は少ない。高校生だと「聞いたことがなぁ~い」とあっさり却下されてしまうけど、熟年夫婦なら「保険金の契りよねぇ~」と笑い飛ばすだろう。(ちなみに、「鴛鴦」とは水鳥の雄と雌。) こんなことが頭に浮かんだのは、現在アメリカで放送されているTVドラマ・シリーズの『アフェアー / 情事の行方(The Affair)』を観ていたからだ。今年1月にシーズン3が終了したが、日本での放映はいつになるのか判らない。この作品は不倫をテーマにしたドラマなんだけど、ふと中学生の時に観たフランス映画の『隣の女(La Femme d'à côté)』を思い出してしまった。ストーリーは別の機会に述べたいが、これまた悲劇的な最後で、とても印象深い映画だった。日本では余りヒットしなかったけど、人気俳優のジェラル・ドパルデュー(Gérard Depardìeu)が主役を務めていたので、映画ファンの人は覚えているだろう。(当時、同級生では誰も観ていなかったので、感想を話し合う相手がいなくて寂しく思ったものである。オタク族かフランス映画ファンしか知らない作品だった。) ただ、残念なのは、共演女優のファニー・アルダン(Fanny Ardant)が筆者の好みではなかったので、他の女優だったら良かったのにと思ったものである。確かに演技力はあるんだが、カトリーヌ・ドヌーヴ(Catherine Denuve)級かキャロル・ブーケ(Carol Bouquet)級の美女がいいなぁ。

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(左: 「隣の女」に出演したジェラル・ドパルドューとファニー・アルダン  / 中央: カトリーヌ・ドヌーヴ  /  右: キャロル・ブーケ )

  シーズン3はつまらなくなったけど、『アフェアー』のシーズン1と2は“まあまあ”良かった。何と言っても、主演女優のルース・ウィルソン(Ruth Wilson)が魅力的だから、浮気の相手になってもしょうがないか、と納得できる。でもさぁ、ドミニク・ウエストには贅沢すぎるんじゃないか。せめてサイモン・ベイカーくらいの色男なら分かるけど。ドラマの粗筋を話せば、主人公で不倫を犯す亭主ノア・サロウェイ(ドミニク・ウェスト)には、女房のヘレン(マウラ・ティエニー)と四人の子供(息子2人と娘2人)がいた。ノアは小説家を目指すがイマイチで、生活の為に学校教師で生計を立てている。一方、女房のヘレンは店を経営していて、夫より収入がある上に、両親が裕福ときている。大学の費用まで世話になったというから、亭主としては肩身が狭い。さらに息苦しいのは、彼女の父親ブルース・バトラーが人気作家で、母親のマーガレットは、さしずめ上流階級のマダムといった雰囲気なので、妻の両親にはどことなく引け目を感じてしまうのだ。ところが、この義父は過去に若い女と浮気をして、女房にバレたという負い目を持っている。これじゃあ、不貞を犯した父を持ち、これから犯す夫に苦しむヘレンが気の毒だ。

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(左:  ウェイトレスのアリソンとサロウェイ夫妻  /  右: サイモン・ベイカー)

  こんなサロウェイ一家は、夏休みをヘレンの両親が住んでいる豪邸で過ごすことになった。バトラー夫婦はロード・アイランド州の美しい片田舎に住んでいる。貧乏教師に過ぎないノアは義理の両親と過ごすのは嫌だけど、子供たちはお爺ちゃんとお婆ちゃんに会えるからウキウキ気分。カミさんも久しぶりの里帰りだ。気乗りしないけど、ノアは女房と子供を車に乗せて一路、義理の両親が待つ豪邸へ向かっていた。運命の女性アリソン・ロックハート(ルース・ウィルソン)に出逢う前のサロウェイ一家は、みんなが幸せで和気藹々とした、ごく普通の家族であった。

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(左: サロウェイ家の子供たち   /  右: 父親のノアと二人の娘 )

  ドラマとは関係無いけど、都市部に住むアメリカ人が観光地や郊外へ出掛ける際、距離は遠いけど交通渋滞が無いぶん、とても快適である。日本だと、みんなが同じ時期に大挙して行楽地へと押し寄せるから、高速道路で10kmとか20kmの渋滞なんて珍しくない。家族連れで困ってしまうのは、小さい子供の緊急事態だ。例えば、幼い息子が「ママ、トイレに行きたい」と言い出し、母親は「もうちょっと我慢してね。パパがパーキング・エリアに連れてってくれるから」と言い聞かせる。しかし、息子は「パパ、ガマンできない」と訴えかけたら大変だ。困惑する父親は「今、道路が混んでいるから、もうちょっとの辛抱だぞ」と励ます。

  しかし、非常事態が発生する。何となく車内が臭いのだ。母親が「あっ、もしかして」と顔を歪める。すると、息子が照れくさそうに「ウンチでちゃった」とつぶやく。臭いを嗅いだ母親は、「えっっっ~! やだぁ~、もぉ ~う、やっちゃったの~?」とあきれ顔。そこで、「あなたぁ~、そっちも窓を開けて!」と亭主に命じると、夫は「えぇぇっ! 外の空気冷たいじゃん!」と文句を垂れる。しかし、命令は絶対なので開けるしかない。渋々窓を開ける亭主は、「開けるべきか閉めるべきか、それが問題だ。ハムレット!」なんて口にする。でも、妻は「何ごちゃごちゃ言ってるの? 早く開けてよ! もぉ~う、まだハーキング・エリアに着かないのぉ?」、と息子のパンツを替えながら催促。「だって俺のせいじゃないじゃん」と言いたいが、「う~ん、あともう少し」と宥(なだ)める。責められっぱなしの旦那は、「あぁ~ぁ、せっかくの休暇なのに、長距離運転かぁ。明日は仕事なのに・・・。家で昼寝がいいなぁ」と愚痴るしかない。キッズ・ウィークなんて意味が無いぞ。

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(左 : 「アフェアー」の中心キャラクター /   右: コールとアリソン)

  横道に逸れたので元に戻す。サロウェイ一家はドライブの途中で、あるレストランに立ち寄り、そこで食事を取ることにした。ここで偶然、ノアはウェイトレスとして働くアリソンを目にする。娘のステイシーが食べ物を喉に詰まらせると、それにアリソンが気がつき、とっさの機転で吐き出させることに成功したた。娘を救ってもらったので、ノアとヘレンは彼女に感謝した。その後、バトラー家に着いたノアは散歩をし、偶然にも近くの海岸でアリソンと再開する。こうして二人は急速に惹かれ合うようになるのだ。レストランでアリソンが見せた、すらりと伸びた脚と、夜の浜辺で彼女が見せる太腿とヒップに、思わずノアは釘付けになる。ところが、彼女にはコール(ジョシュア・ジャクソン)という夫がいたのだ。しかし、二人の仲はギクシャクしていて、何となく愛情が冷めていた。というのも、二人にはガブリエルという幼い息子がいたのだが、ちよっとした事故で死なせてしまったのだ。これが原因でアリソンは自分を責め、コールが慰めても傷が癒えることはなかったという。そうした日々の中で、アリソンはノアと出逢い、禁断の肉慾へと溺れて行く。

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(左: ヘレンとヴィク医師  /  右: ノアトアリソン)

  不倫は両方の家庭を壊すことになった。ノアが浮気に走ってヘレンは絶望の淵に沈んでいる。夫への愛情も依然としてあるのに、「好きな人が出来たから」と夫に捨てられてしまったのだ。寂しさと屈辱に悩むヘレンは、大学時代の友人で、ノアの親友であるマックスと再会し、快楽のみの肉体関係を結んでしまうのだ。元々、マックスはヘレンを好きだったが、彼女はノアに惚れていたから断念していた。そこへ、ヘレンの方から近づいてきて、憧れの女性と寝ることが出来たんだから、マックスは大喜び。しかし、彼には婚約者がいたから別れる破目に。すると、ヘレンはまもなくして、医者のヴィクと親しく付き合うようになる。彼は息子マーティンの主治医だったが、二人は恋愛関係になってしまうのだ。ノアと離婚したヘレンは、自宅にヴィクを連れ込み、子供がいるのに同棲生活を始めてしまう。それでも、ヘレンはノアを諦めきれなかったから、結局二人は別れることになった。

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(左: 「ヘレン」役のマウラ・ティエニー   /  中央: 兄のコールと弟のスコット  /  右: 「コール」役のジョシュア・ジャクソン )

  一方、アリソンに捨てられた夫のコールにも不幸が訪れた。彼は家族と共に牧場を経営していたのだが、借金に喘ぎ、金銭に困ったコールはアリソンと共に麻薬の密売に加担してしまうのだ。ノアはこれを発見して自失呆然となり、直ちに止めるようアリソンに警告する。コールとスコットの兄弟はコカインを売って何とかお金を工面しようとするが、その努力も虚しく牧場を手放す結果になった。弟のスコットは自分で事業を始めて一発当てようとするが、ことごとく失敗し、ついには酒に溺れてしまうのだ。牧場を失ったコールは、生活の為にタクシーの運転手になる。しかし、不本意な仕事なので長続きはしない。妻のアリソンが居なくなった自宅を売りに出そうとするが、どうしてもできず、妻と息子との思い出が詰まった自宅に火を点けててしまうのだ。ところが、ある日アリソンが戻ってきた。恋仲になっていたノアと喧嘩して自宅に戻ってきたアリソンは、一夜だけコールとベッドを共にする。それでも、アリソンはコールとの生活に戻ることはできない。彼を嫌いではないのだが、元の夫と一緒に居ると、亡くなった息子のガブリエルを思い出してしまうからだ。

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(左: アリソンとスコット   /  右: 娘を抱くアリソンとコール )

  こうしてアリソンの夫とノアの妻は不幸になるのだが、美しくて若いアリソンを手にしたノアは、自身の体験を基にして小説を書き、これが大ヒットして一躍有名作家になっていた。情事を重ねるアリソンは、思いもよらず再び妊娠することに。これに戸惑いながらも喜ぶノア。しかし、その赤ん坊の父親はコールだった。この秘密を知っていたスコットは、アリソンを脅して「自分と寝ろ」と迫ってきた。そんな中、ロックハート家のパーティーに参加したノアとヘレンに悲劇が起きたのである。宴会で酔っ払ったノアはヘレンに車を運転しれくれと無理やり頼み、ヘレンは仕方なくハンドルを握って自宅へ帰ることにした。パーティーを抜け出したアリソンは、人気のない夜の道路をトボトボ歩き、家まで帰ることにしたのだが、彼女の後をスコットがつけていたのだ。アリソンに辿り着いたスコットは、暗い道端でスコットと口論になる。そこへノアとヘレンの車が近づいてきた。運転席のヘレンは一瞬脇見をしてしまい、何かを轢いてしまうのだ。

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(左: アリソンとノア   / 中央: 「ジュリエット」役のアイリーン・ジェイコブ  /  右: コールとアリソン )

  人を轢いてしまったヘレンは顔面蒼白になった。実は、スコットと言い争いになったアリソンが彼を道路に突き飛ばし、スコットは思わずよろけてしまい、そこにヘレンの車が追突し、スコットを轢き殺してしまったという訳。一瞬の出来事に動揺するヘレン。その時、ノアは暗闇の中にアリソンを見つけてしまう。怯えるアリソンもノアを見つめるが、ヘレンは恐怖で何も気づかない。運転を替わったノアは、そのまま現場を後にする。のちに、事件が発覚すると、法廷に立ったノアは自分が運転してスコットを轢いてしまったと嘘をつく。子供たちのためにも女房を犯人にはできないので、身代わりになったのだ。

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(左: ジュリエットとノア  /   右: コールとルイーザ)

  人気小説家が刑務所に送られ、出所してからシーズン3の物語が始まるのだが、出所した頃にはアリソンは娘ジョニーを連れて別居状態になっていた。アリソンと疎遠になったノアは、大学で文学を教えるフランス人のジュリエット(アイリーン・ジェイコブ)と出逢って親しくなり、肉体関係を結んでしまうんだから懲りない男である。一方、傷心のコールは新たな女性ルイーザ・レオン(カタリーナ・モレノ)と出逢い、恋愛関係に陥って、目出度く結婚式を挙げることになった。しかし、ルイーザには欠点があって、彼女は新郎のコールに不妊症の体であることを告げていたのである。だから、アリソンが身籠もってジョニーを出産すると、再びアリソンとの絆ができてしまい、既婚の身でありながら、元妻に想いを寄せてしまうのだ。困ったことに、一人で娘を育てる自信のないアリソンは、経済的に安定しているコールにジョニーを預けてしまい、親権まで渡してしまったのである。でも、一旦手放したものの、娘との生活を望むアリソンは面会の時間を求め、親権を譲りたくないコールや、児童福祉局のソーシャル・ワーカーに、自分が母親として適性であることをアピールしていた。ジョニーを我が子のように育てるルイーザも、彼女を手放したくないから、アリソンにキツく当たるので、両者の間には確執が起こってしまうのだ。

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(左: ホイットニーがロックハート兄弟に話しかけるシーン   /  中央と右: 「ホイスットニー」役のジュリア・ゴルダニ・テルズ)

  片や、サロウェイ家も平穏ではなかった。夫に未練があるヘレンも大変だが、イライラする長女のホイットニー (ジュリア・ゴルダニ・テルズ)が問題児になっていた。これだから父親のノアも頭が痛くなってくる。娘のホイットニーはまだ16歳前後なのに、大人ぶって矢鱈とませている。ロックハート家の牧場を訪れた時など、かなり年上のスコットに色目を使っていたんだから、ノアが心配するのも無理はない。だが、父親の不安は敵中するものである。何とスコットはホイットニーにちょっかいを出してしまうのだ。ノアが激怒して殺したくなるのも当然だ。スコットの事故死をめぐる裁判で、検事がノアに殺意があったかどうか、厳しく尋問を行ったのも合点が行く。娘を手込めにされたことを恨み、意図的な殺人を企てたんじゃないか、と警察に疑われたのである。ノアは裁判で有罪となったが、あくまでも過失による事故であったから出所が早かった。

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(左: ホイットニーと同棲するファーカット  /  右: ファーカットと対立するノア)

  離婚というのは夫婦だけの問題ではない。両親の離婚で子供は傷つく。これなら子供ががグレてもしょうがない。母親との離婚で腹を立てるホイットニーは、父がアリソンと暮らす別荘に突然現れ、彼らの前で嫌味を言い散らすし、癇癪を起こして困らせたりもした。怒りをぶつけても解決できないんだから、ホイットニーが憐れに思えてくる。ノアは娘がちゃんと学校で勉強し、大学に進学するものと思っていたが、ホイットニーは一人暮らしを始めて、ファッショ関係の職に就くと言い出した。もちろん、母親のヘレンも反対するが、家庭をメチャクチャにした両親の言うことを聞くはずがない。結局、家出同然の形でホイットニーは自宅を離れてしまうのだ。心配になったヘレンは同棲している医師のヴィクを連れて、ホイットニーが暮らす問題のロフトを訪れた。すると、10代の娘が中年の“いかつい”写真家と一緒に住んでいたのが判った。しかも、このファーカットなる「藝術家」は、卑猥な写真を撮って販売しており、ロフトには女性の性器をカメラに収めた巨大な写真が飾ってあったから、ヘレンは目眩がしてきたのである。ノアもこんなゲス野郎に娘を奪われてショックだった。まぁ、日本人の親だって、こんなクズと愛する娘が同棲していたら怒るよなぁ。どんな父親だって、この男が夜中にホイットニーのベッドに入り込んで、その神聖な肌に触れたかも、と考えてしまうじゃないか。

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(写真  /  母のヘレンに当たり散らすホイットニー)

  年端も行かない少女に手を出す「藝術家」には、碌な奴がいないと相場が決まっている。ファーカットはホイットニーを弄ぶが、段々とこの“小娘”に飽きてきた。ノアは偶然にもパリで愛娘に出逢う。というのも、彼は恋人のジュリエットに連れられてフランスに来ていたのだ。一方、ホイットニーはパリで個展を開くファーカットの「助手」になっていた。ノアは娘の同棲相手が主催する個展を訪れるが、そこで彼が目にしたのは、女給に変わり果てた娘の姿であった。ファーカットはホイットニーがシャンペンを渡しても、それを無視して客と話している。これにノアは激怒した。下女みたいに娘を扱う男が赦せなかったのである。喧嘩となったファーカットとノア、そして板挟みになるホイットニー。この騒ぎの中でファーカットはホイットニーの頬を殴ったので、二人は距離を置くこととなった。父親のノアにしたらその方が良い。傷心の少女は家に帰りたいと望むようになり、父親と共に帰国することになった。

離婚の余波と子供の心理

  『アフェアー』を観ていてつくづく考えてしまうのは、情熱的な不倫の末に支払う代償の大きさである。母親を捨てたことで、ノアは子供に対する「父の威厳」を完全に失ってしまうのだ。娘のホイットニーが碌でもない男と同棲するようになっても、それを咎める権利も無ければ、戻ってくるよう命ずるだけの権威も無い。反抗心で怒り狂う娘から、「パパだって好き勝手なことをしたじゃない!」と言われれば、いくらノアだってぐうの音も出ないだろう。家庭を壊した父親に説得力が無いのも当然だ。それにしても、愛する娘から侮蔑され、見下される父親ほど情けないものはない。厭になった女房と別れることは出来ても、自分の子供と別れることは出来ないから、三行半(みくだりはん)を突きつけられた父親は、胸が押し潰されるように辛くなる。娘がグレてもそれを叱る事ができないし、その原因を創ったのは自分だと判っているから、後悔の念に駆られてしまうのだ。

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(左: 娘のホイットニーと対話するヘレンとノア  /   右: カール・ピックハート博士)

  離婚家庭を調べたカール・ピックハート博士によると、両親が別れたことで子供は不安感に襲われることがあるそうだ。「これからどうなるのか?」「誰が自分の面倒を見てくれるんだろうか?」「両親が互いに愛想が尽きたということは、自分にも愛情が無くなっということか?」「パパがいなくなったけど、もしママがいなくなったら、ボクはどうなるの?」といった疑問が湧いてくるらしい。(Carl E. Pickhardt, "The Impact of Divorce on Young Children and Adolescents", Psychology Today, December 19, 2011) ある子供は就寝時間になると泣き出したり、夜中にトイレへ行けなくなってベッドを濡らしてしまうとか、すぐ弱音を吐いて泣き言を述べるし、依存的傾向が強くなったり、と様々な症状が出てくるという。中には両親の別居に激昂して攻撃的になったり、家庭の躾に反撥するようになるそうだ。これとは別に悲しいのは、「離婚したパパとママがいつかは仲直りするんじゃないか」、と空想する子供もいることである。こんな悲惨な状況だと、いくら離婚した父親が養育費を払っても無駄になるし、父親が居なくなった家庭を切り盛りする母親だって、子供たちをきちんと統率することができない。「ママって、いつもうるさい!」と反撥する子供にヒステリーを起こす母親では、とても躾なんか出来はしないだろう。

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  『アフェアー』の原作者はアメリカ人ではなかった。この作品を書いたのは、ハガイ・レヴィ(Hagai Levi)というイスラエル出身のユダヤ人なのだ。彼を手助けした共同脚本家は、サラ・トリーム(Sarah Treem)という女性プロデューサーで、彼女はアメリカ生まれのユダヤ人である。ハリウッド映画の制作者にはユダヤ人が異常に多い。その中でもレヴィは異色の人物で、彼は若い頃イスラエルの「キブツ」で生活をしていたのだ。(Smadar Shiloni, Israeli creator of `The Affair' opens up to Ynet, Ynet News, 26 December 2014) この「キブツ」とは、社会主義に基づいた集団生活形態で、そこのユダヤ人は主に農業を営みながら共産主義的な共同体で暮らしていたのである。確か、女優のデボラ・ウィンガーもキブツの生活を体験したことのあるユダヤ人女性であった。イスラエルで特殊な生活を送っていたレヴィは、「あのままなら正統派のユダヤ教徒になっていたかも知れない」と語っていたが、刺戟的な藝能界に憧れてキブツを離れたという。

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  レヴィ自身も離婚経験者で、その後に再婚し子供をもうけたそうだ。彼は『アフェアー』を書いた動機や、ドラマの意味を語っていて、「裏切り」というのは「悪しき結婚」から生まれるものではないと述べていた。それは夫婦の関係において欠落している、何らかの場所から生じるものである、と説明していた。レヴィーの考えだと、「背信」はバラバラになり得る、おぞましい結婚からではなく、安定した良き家庭から起こるものであるらしい。彼自身まだ『アフェアー』の結末を明確に決めていないそうだ。アメリカの連続ドラマは、視聴率次第で伸ばしたり縮めたりするから、ストーリーが二転三転したり、奇妙な方向に進んだりするのは珍しくはない。ただ、不倫の末に起こる離婚を主題にした物語は、その先に発展が無くなって行き詰まりになりがちで、事実、シーズン3では迷走状態となってしまった。


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  『アフェアー』を書いたレヴィの話を聞いていると、何となく典型的なユダヤ人だなぁ、と思うことがある。ユダヤ人というのは、他国に住みついて現地人の風習や伝統にケチをつけ、それを分解・破壊するイデオロギーを思いつく。ユダヤ人が革命好きなのは、自分たちを“イジメ”る異教徒たちの生活や文化を毀損するのが楽しいからで、それを行う際、「自由」とか「人権」「平等」「進歩」といった理想で飾り立てるから、第三者の日本人はユダヤ人の本性を摑めないのだ。アメリカにいるユダヤ人が離婚や不貞をテーマにしたドラマを創る際、必ず幸せそうな西歐人家庭を設定し、淫乱な妻とか偽善的な夫、ひねくれた息子、生意気な娘といったキャラクターを描くことが多い。正常な夫婦だと、どこか“やましい”一面を秘めている仮面夫婦とか、心の闇を抱えている不健全なカップルにしたりするから、見ていて違和感を覚えてしまうのだ。ところが、同性愛者のカップルとか黒人家庭だと、夫婦仲が良く“温かい”関係になっている。特に、ユダヤ教徒の家庭を描く時は好意的で、家族の絆が固い立派な家族がほとんど。現実のユダヤ人社会だと、女は補助的な存在で、男やラビに対して逆らうことはなく、いつも従順で貞淑な態度を求められている。これとは対照的に、日本人の家庭は母親が中心だ。文化面でも非常に異なり、女流作家が輝く日本社会は驚異的である。古代から近世にかけてのユダヤ社会だと、紫式部のような貴婦人が有名になるなんて想像もできない。

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(左: 西歐人の家庭   /  右: アフリカ人の家族 )

  たとえ姦通相手との再婚でも、平穏で楽しい家庭になる場合もあるが、離婚訴訟で泥沼に陥り、熱愛だった関係も冷めてしまう不倫もある。不貞相手と別れる事になれば、浮気のプラス・マイナスがどうなるか、判定が難しいところだ。ただ、子育てを考えるなら夫婦関係を維持したほうがいい。オハイオ・ノース大学のブルース・フローネン教授が述べていたが、家族というものは良き関係ではなく、関係に根ざした制度であるという。我々が家族の価値を重視するのは、我々がそこから良き感情を得るからだ。徳(virtue)のある人物を調べてみると、大抵はしっかりとした家庭の出身者で、荒れ果てた離婚家庭から出てくるケースは稀である。フローネン教授は家族というのがどうして立派な社会の基礎になるのかを述べていた。答えは簡単で、子供が立派な大人になろうとすれば、そこで学ぶしかないからだ。子供を徳の備わった人間に育てようとすれば、それは家庭でしか出来ないことであって、その他の場所では出来ない。なぜなら、四六時中ずうっと熱心に見守られ、人格教育が成されるのは家庭でしかあり得ないからだ。(Bruce Frohnen, "Why Value Families?", Crisis Magazine, May 31, 2013)

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(左: ノアとアリソンとジョニー  / 右: 西歐系アメリカ人の家族 )

  現在のアメリカではフェミニズムが浸透しており、「厭になったら、サッサと別れろ」とか、「いがみ合う夫婦でいると子供の教育に良くないから、離婚して冷静になった方が良い」といった考えが主流である。まぁ、しょせん夫婦でも「男女の仲」だから、惚れてくっつくこともあれば、愛想が尽きて別れる場合もあるだろう。それに、恋愛至上主義が花盛りだから、結婚する者同士が、客観的な判断で相手を選べるとは限らない。しかも、亭主あるいは女房が、職場や酒場で浮気をする可能性もあるんだから、離婚の確率が高くなるのも当然だ。人生の倦怠期を迎えた亭主が、ふとしたことで魅力的な女性に出逢えば、「心のときめき」を覚えることもあるだろう。そんな時は、「よそ見をしても、気持ちを引き締める」ことが肝要だ。「女房と畳は新しい方がいい」という言い草もあるけれど、浮気が祟って畳の上で死ねないこともある。愛人が老後の面倒を見てくれる訳じゃないし、病気になった時に介護してくれるのも、やはりカミさんや子供たちだ。平凡なように見える家庭生活でも、失ってみれば宝石のように貴重だったりする。普通の中年男でアリソンみたいな若い女とつきあえる事は滅多にないぞ。

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(左: 現代のアメリカ人家族  / 左: 1950年代のアメリカ人家族 )

  新婚気分が無くなった家庭生活でも、女房子供を背負った亭主には、扶養の苦労と将来への責務もあるので何かと大変だが、それを忘れさせるほどの温かい喜びもある。何気ない日常だって、過ぎてみれば懐かしい思い出だ。例えば、週末に女房子供を連れてスーパー・マーケットへ買い物に出掛けるだけでも、家族の絆を実感できる。でも、恋人時代の女房と、子供が出来てからの女房では違いが出てくるからつらい。買い物を済ませて駐車場に戻ると、「あなた、もう一度お店に戻るわよ!」と言われることもある。旦那が「何で?」と尋ねると、醬油とサラダ油が特売で「お一人様1本」となっているから、「もう一度みんなで1本づつ持ってレジに並ぶのよ」と命令されてしまうのだ。そこで、面倒になった亭主が「えぇ~、また並ぶのぉ?」と文句を述べても、カミさんは息子と娘の手を引いて店に向かってしまうから抵抗できない。「あぁ~あ、こんな天気のいい日なんだから、ゴルフに行っておけば良かったなぁ」と愚痴をこぼしても手遅れである。女房から「何してんのよぉ~、早くして!」とせつかれると、カミさんの後ろ姿に哀愁を感じてしまう事もしばしば。「昔は桃尻だったのに、今じゃぁ洋ナシだよなぁ」と溜息が出る。「でも、俺が“用無し”になるよりマシかぁ」と駄洒落で自分を慰めたりしてね。これが日本経済を支えているお父さんたちなのだ。




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