教科書に載せて全日本人に知らせたい現代史 支那人の卑史 朝鮮人の痴史
黒木 頼景
成甲書房


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保安官になった元犯罪者

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(左: 「バンシー」のポスター  / 右: アーミッシュの子供たち )

  映画には現実性を極めたシリアスな作品もあるが、その一方で、現実的にはあり得ない設定で拵えてしまう娯楽作品がある。映画のほとんどは大衆相手の商売なので、後者のタイプが主流になってしまう。ただ、そのフィクションの部分を「どれくらい加味するか」という塩梅が難しい。例えば、刑事ドラマで『CSI 科学捜査班』などは、かなり実際の捜査手法を取り入れた作品だったから、大人の視聴者も多かった。しかし、昔流行った『西部警察』みたいな刑事ドラマになると、あまりにも現実離れした設定なので白けしまう。そもそも、日本の警察官が44マグナムやレミントンのショットガンを街中でぶっ放すなんてあり得ないからだ。今でも覚えているが、寺尾聰が演じた刑事は片手でマグナムを撃っていたので、当時の筆者には衝撃的だった。「まさか、そんな !」と天を仰いだ程だ。8インチの銃身なのに、あっさりと片手撃ちなんて神業だ。しかし、今では制作費の削減を受けて、本当に“現実的”なドラマに落ち着いている。つまり、地味になったということだ。

  アメリカのTVドラマは多種多様で、地上波だけでなく、ケーブル・テレビでもたくさんのドラマを流している。その中でちょっと面白かったのは、FX(Cinemax)のオリジナル・シリーズで、既にシーズン4を以て終了した『バンシー(Banshee)』だ。この作品は日本でも有料放送なら視聴できると思う。DVDでレンタルになっているのかどうかは分からない。

  物語は、アントニー・スター(Antony Starr)演じる「ある男」が15年の服役を終えて、刑務所から釈放されるところから始まる。彼は以前、ウクライナ・マフィアのボス「ラビット(Rabbit / Rabitov)」の手下であったから、親分の命令により1千5万ドル相当のダイヤモンドを盗むことになった。(ドラマの中で何故か彼の本名は一切明かされていない。) この窃盗計画で彼の相棒となるのが、ラビットの愛娘アナスタシア(Ivana Milicevic)である。二人は恋仲になっているという設定だ。彼とアナスタシアはまんまとダイヤモンドを盗み出すが、警備の者に見つかって追われてしまう。敷地の金網まで到達した二人は追っ手を振り切って逃げ切ることは出来ないと悟った。そこで、彼はアナスタシアにダイヤを持たせ、先に逃げてくれと頼む。自分が警察に捕まっているうちに、アナスタシアを逃がそうという考えである。こういう訳で、彼は逮捕され、アナスタシアは暗闇の中に消えて行く。

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(左: ルーカス役のアントニー・スター  / 中央: アナスタシア役のイヴァナ・ミリシェヴック / 右: ラビット役のベン・クロス・イゴール )

  刑務所を出た「男」は恋人を捜すべく、ペンシルヴァニア州の片田舎にあるバンシーという街に辿りついた。彼はシュガー・ベイツという黒人が経営する酒場に立ち寄る。ここに、運命の出会いがあった。「ルーカス・フード(Lucas Hood)」という保安官がバンシーに赴任してきて、酒場を訪れたのだが、ある「いざこざ」で殺されてしまったのだ。すると、そこに居合わせた元囚人は、死亡した保安官に成りすます事を思いつく。幸い、町の誰も新たな保安官と会ったことがないので、この前科者が偽者とは判らない。彼は「ルーカス・フード」を名乗って警察署に向かい、堂々と新任の保安官として皆を騙すことが出来た。しかし、よくバレなかったなぁ、と思ってしまう。バンシーの警察署には、新しく赴任してくる保安官の顔写真とか連絡書類も無かったのか、と首を傾げたくなるが、小さな田舎町だから意外とルーズなんだろう。

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(左: 娘のデイヴァ  / 中央: 夫のゴードン・ホウプウェル /  右: シュガー・ベスイツと彼が経営する酒場)

  保安官に扮したルーカスが怖ろしい刑務所で15年も耐えたのは、ひとえに恋人のアナスタシアに再会するためであった。ところが、そのアナスタシアは本名とは違う「キャリー・ホウプウェル(Carrie Hopewell)」を名乗り、不動産業の販売員になっていたのである。そのうえ、彼女は地元の地方検事ゴードン・ホウプウェルと結婚し、娘のデイヴァ(Deva)と息子のマックス(Max)を産んで幸せに暮らしていたのだ。そこへ、服役を終えた昔の恋人が、しかも警官の服装をして、突然現れてきたからキャリー夫人は驚く。自分の人生を犠牲にして助けたアナスターシアを見つけて、ルーカスは彼女との関係を取り戻そうとする。しかし、二人の背後には常に彼女の父親でギャングの親玉、ラビットの姿がちらついていた。というのも、ボスのラビットはダイヤの行方を諦めておらず、ずっとルーカスに目を附けていたからだ。また、ラビットは娘を奪ったルーカスが赦せなかった。なぜなら、アナスターシアはルーカスの為に父を裏切り、恋人と謀って組織を抜け出そうとしたからだ。ちなみに、彼女の娘デイヴァはルーカスの子供で、服役していたルーカスは知らなかった。妊婦の身で途方に暮れていたアナスタシアが、偶然の出逢いから結婚に至ったのが、現在の夫であるゴードンだ。

怪物のような白い巨人

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(左: 「プリズン・ブレイク」のウェントワース・ミラー  /  中央: テイラー・シリング /  右: ジェンジ・コーハン )

  最近のアメリカン・ドラマには刑務所でのエピソードが多い。代表的なのは、ウェントワース・ミラー(Wentworth Miller)主演の大ヒット・ドラマ『プリズン・ブレイク』だろう。全身に刺青を彫ったミラーが囚人の兄を脱獄させるという設定で話題になったのは記憶に新しい。実際、アメリカの刑務所には刺青だらけの兇悪犯が群れているからリアリティーがある。また、女囚版ドラマとしては、テイラー・シリング(Taylor Schilling)主演の『オレンジ・イズ・ザ・ニュー・ブラック(Orange is the New Black)』があって、これは左翼系ユダヤ人の脚本家ジェンジ・コーハン(Jenji Kohan)が手掛けた作品だ。この波に乗ってか、『バンシー』でも逮捕されたルーカスが、刑務所で悲惨な目に遭うというエピソードが盛り込まれていた。闇社会の有力者であるラビットは、娘とダイヤの行方を聞き出すため、兇暴な服役囚たちに彼を“いたぶる”よう指図し、その筆頭に「アルビノ(Albino)」を選んだ。(ジョセフ・ガットJoseph Gattが演じていて、かなりの迫力がある。アメリカ人のみならず、日本の視聴者にも強力なインパクトを与えるキャラクターだ。) この「アルビノ」という極悪囚人は、筋肉隆々の大柄な白人で、刑務所の地下室でルーカスを暴行した。彼はナイフを取り出すと、ルーカスの腰をグサっと刺して絶叫するほどの苦痛を与えたのである。激痛にもがくルーカスを見下ろしたラビットは、「これが毎日続くんだからな !」と吐き捨てた。もし、こうした地獄の苦しみが連日続くとなれば、本当に「生き地獄」以外の何物でもない。

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(左: ルーカスの前に聳え立つアルビノ/ 中央: ビリーB役のマイケル・ロアーク  /   右: ビリーを「恋人」にするアルビノ)

  言葉にするのも“おぞましい”が、女を絶たれた兇悪犯は、その性の捌け口を“可愛らしい”囚人に向けることがある。『プリズン・ブレイク』の刑務所内でもあったように、アルビノも男の「ガール・フレンド」を持っていた。美形の白人青年、「ビリーB(Billy B / Michael Roark)」がアルビノのお気に入りで、この「愛人」は刑務所で生き延びるため男色を耐えていたのだ。悪夢のようなリンチを味わったルーカスは、刑務所内で幅を利かすアルビノに話をつけようとした。しかし、マフィアのボスから依頼されたリンチを怠ることはできない。そこで、アルビノはルーカスに条件を出した。すなわち、容赦してやる代わりに彼のペニスを“しゃぶ”れと言ってきたのだ。後日、究極の選択を迫られたルーカスは、覚悟を決めてアルビノがたむっている所内のスポーツ・ジムに向かった。ダンベルを用いてトレーニングを行っていたアルビノは、餌食となるルーカスを目にして彼の前に立つ。

  囚人の手下が大勢見守る中、ルーカスの前に近寄ってきたアルビノは、鋭い剃刀を持っていた。そして、穿いていたズボンを下ろすと、彼はルーカスに自分から進んで、つまり喜んで自分のペニスを愛撫するんだ、と言い付ける。すると、「もはや、これまで」と観念したのか、ルーカスはそのペニスを銜(くわ)えようとするが、一瞬の隙を突いて、カミソリを持つアルビノの腕を掴み、その刃(やいば)で彼のペニスを切り取ってしまったのだ。ジムの床に血にまみれの白いペニスが落ちる。すると、間髪を入れず、ルーカスは命懸けでアルビノに襲いかかる。苦痛で激昂するアルビノも全力を挙げてルーカスを殺しにかかった。しかし、ルーカスも必死だ。アドレナリン全開で殴りかかる。ついに、ルーカスはアルビノの首に腕を巻き付け、チョーク・スリーパーで「落とす」ことができた。失神したアルビノの体を引き摺ったルーカスは、アルビノの頭をバーベルの上に載せ、円盤形の重そうなプレートをその頭上に叩きつけた。アルビノは首をへし折られて即死。見物していた囚人たちに畏敬と恐怖の空気が漂っていた。

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(左: ルーカスに「愛撫」を迫るアルビノ  /  右: バーベルの上で絶命するアルビノ)

  こうした修羅場をかいくぐってきたルーカスが、心から求めたものはただ一つ。アナスタシアとの再会であり、昔日の関係でった。ところが、彼女は過去を捨てて別の男に嫁ぎ、二人の子供を抱える奥方となっていたのだ。それでも、ルーカスは諦めきれない。彼はアナスタシアに復縁を求めた。前半のエピソードではルーカスを拒絶していた「キャリー」だが、後半になると昔の「アナスタシア」に戻って彼を受け容れてしまい、ついに恋人の関係、つまり肉体関係を復活させてしまうのだ。夫のゴードンは妻の不貞を察知し、怒りを爆発させてしまう。バンシーでは色々あったが、彼女の父ラビットの執念が消えたわけではない。ラビットはルーカスの居場所を突き止め、彼をおびき出すため、アナスタシアの息子、つまり自分の孫であるマックスを誘拐したのである。青くなったアナスタシアはダイヤを返すが、復讐に燃えるラビットは承知しなかった。そこでルーカスはラビットに話をつけ、自分の身柄と引き替えにマックスを解き放つよう求めた。息子が帰ってきたことを喜ぶアナスタシアだが、ギャングの世界を熟知する彼女は、直ぐルーカスが取引をし、自分の父に捕まったことを理解する。

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(左: アナスタシアとルーカス  /  右: ジョブ役のホーン・リー)

  彼女はルーカスを救出しようとするシュガーとジョブ(Job / Hoon Lee)」と行動を共にする。この「ジョブ」というアジア人は、ルーカスの古い友人でコンピューターの天才。しかも、犯罪に長けたハッカーである。ただ、彼の性癖は一風変わっていて女装趣味。しかし、肝っ玉と筋肉は男のままだから、凄腕の変態といったところだ。まぁ、フィクションだから仕方ないが、ルーカスの同僚警官もこの救出作戦に加わってしまう。ルーカスが捕まっている場所を特定した彼らは、銃撃戦を以てルーカスを助け出そうとした。一方、ルーカスは酷い拷問に遭っていて、生傷が痛々しく全身血塗れ。ラビットが刺殺する寸前だったが、アナスタシアが拷問室に突入して危機一髪の所で助かった。彼女は父のラビットを撃つが、ラビットは隙を盗んでその場を逃げ去ってしまう。マフィアの娘だから当然なのかも知れないが、地方検事の奥方が特殊部隊顔負けの突撃を敢行できるなんてすごい。彼女の腕前ならSWAT隊員にもなれる。男性に引けを取らない戦闘能力を披露するアナスタシアには目を剝いてしまうが、一緒に闘っていた警官たちが彼女に驚愕しないところが、いかにもアメリカン・ドラマらしい。

他者を侮辱する制作者たち

  『バンシー』はバイオレンス・アクションの部類に入るから、トンデモない設定でもおかしくはないが、それでも所々に悪意が見え隠れするのは見過ごせない。このドラマの原作を担ったのは、作家のジョナサン・トロパー(Jonathan Tropper)とデイヴィッド・シックラー(David Schickler)の二人である。トローパーは『One Last Thing Before I Go』といった作品を世に出したユダヤ系アメリカ人で、正統派ユダヤ教徒の小説を書いたから、今度はバイオレンス・アクションを描きたいと述べていた。という訳で『バンシー』が生み出されたらしい。(Amy Klein, "On Pushing the Envelope : Q & A with Novelist Jonathan Tropper", Hadassah, June 2004) 一方、シックラーの方はカトリック信徒で、啓蒙主義に影響された現代風のカトリック信仰を持っているそうだ。(Jerome Kramer, "A Dire Part of My Life , My Faith", Commonweal, December 6, 2013)  そして、この二人が書き上げた脚本をアラン・ボール(Alan Ball)が手掛けることになった。彼は映画『アメリカン・ビューティー』やTVドラマの『トゥルー・ブラッド』などを手掛けた監督として有名だ。

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(左: ジョナサン・トロパー  / デイヴィット・シックラー / アラン・ボール  /  右: ピーター・マクディシ )

Greg Yaitanes 1(左  /  グレッグ・ヤイタネス)
  アラン・ボールは映画制作者として有能なんだろうけど、彼はゲイの仏教徒という側面を持っている。そして、番組スタッフの一人にピーター・マクディシ(Peter Macdissi)というプロデューサーがいるんだが、彼は私生活においてアランのパートナー(恋人)となっていた。つまり、「ゲイ夫婦」で撮影を進めていたということだ。(筆者にはゲイ庭についての知識が無いので、どちらが女房役なのか分からない。したがって、「夫婦」なのか「夫夫」なのか判別しにくい。) ちなみに、マクディシはベイルート生まれのレバノン人で、人気ドラマ『24』にもちょい役で出演していたが、彼の役どころを覚えている人はほとんどいない。『バンシー』にはもう一人著名なプロデューサーが加わっていた。ギリシア系アメリカ人のグレッグ・ヤイタネス(Greg Yaitanes)だ。彼の経歴は素晴らしく、『CSI : マイアミ』『CSI : ニューヨーク』『ボーンズBones』『LOST』『プリズン・ブレイク』『D. House』などが挙げられる。『バンシー』に様々な民族や人種、宗教が描かれているのは、こうした多彩な制作陣が控えていたからだろう。それにしても、アメリカのTVドラマを制作するスタッフには、一癖も二癖もある輩が非常に多い。まぁ、健全で律儀な生活を営む良識人だと、エキサイティングな映画を作れないのかも知れない。

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(左: カイ・プロクター  /  右: プロクターの背中に彫られた刺青)

  暴力に加えセックス・シーンまで豊富な『バンシー』なのに、物語の舞台はニューヨークとかロサンジェルスではなく、ペンシルヴァニア州にある小さな町で、アーミッシュが住む片田舎となっている。このコミュニティーで隠然たる権力を誇り、保安官のルーカスと対峙するのはカイ・プロクター(Kai Proctor)という有力者だ。彼は表向き、精肉卸業といった堅気の商売を営むが、裏では賭博、売春、麻薬といった非合法ビジネスに手を染めている。そして、シーズン4ではバンシーの市長になってしまうのだ。そんなプロクターは意外な過去を持つ。何と彼は元々アーミッシュ社会に属する敬虔なクリスチャンだった。彼は20年以上も前、仲間たちと絶縁して世俗の社会に入り、マフィアもどきの稼業を通じて大富豪に“のし上がって”いたのだ。この「アーミッシュ(Amish)」とは、ドイツやネーデルラント辺りで盛んだったプロテスタント宗派の一つで、厳格な誡律によって昔ながらの生活を墨守するキリスト教徒の集団である。マックス・ウェバーの『プロテスタントの倫理と資本制の精神』を読んだ人なら解るけど、彼らはアナバプティスト(Anabaptist / 再洗礼派)の分派で、メノー派(Mennonite)とは同類である。ハリソン・フォード主演の映画『目撃者』を観た人なら想い出すだろう。近代文明を避けながら暮らす黒い服を着た人々がアーミッシュのキリスト教徒だ。女優のケリー・マクギリスがアーミッシュの女性を演じていたのが印象的だった。

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(左:  『目撃者』に出演したケリー・マクギリス  / 中央: レベッカ役のリリー・シモンズ / 右: 父親と一緒のレベッカがルーカスに再会するシーン )

  ギャングのボスとして君臨するプロクターだが、心の底にはまだ昔の仲間を大切にする気持ちが残っており、時折、両親や村の仲間を訪ねたりする。そして、このカイ・プロクターには困った姪のレベッカ・ボウマン(Rebecca Bowman)がいた。(若手女優のリリー・シモンズLili Simmonsが演じている。) レベッカはアーミッシユの家庭に生まれ育つが、禁断とされた外の世界に憧れ、親の目を盗んでは夜な夜な街に繰り出し、シュガーの酒場にも現れたりする。シュガーが営むバーの隣に居候するルーカスは、ある夜、バーのカウンターでレベッカと出逢う。すると、ルーカスに色目を使ったレベッカは、その日のうちに彼とベッドを共にしてしまうのだ。これは、いくら何でも飛躍のしすぎだろう。いくら性慾の強い女性だからといって、アーミッシュの家庭で躾けられた娘が、いきなり行きずりの男と肉体関係を結んでしまうなんて非常識だ。このレベッカは後日、父親と共に警察署で保安官のルーカスと対面する。質素な服に身を包んだ彼女が振り向くと、そのあどけない顔を見たルーカスは意表を突かれて言葉を失ってしまう。貞淑な少女に娼婦の要素を盛り込むところなど、いかにもユダヤ人が好みそうなキャラクター設定である。ユダヤ人は仲間内で西歐人の女をイデッシュ語で「シクサ(Shiksa / 淫売)」と呼ぶそうだ。

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(写真  / 「バンシー」の中で水着姿となるレベッカ )

  バイオレンスやセックスを題材としたTVドラマというのは、刺戟的な物語展開や奇想天外な設定で観客を驚かせる。こうした手法は映画界では珍しくなく、普通なので致し方ないけど、レベッカのような設定はアーミッシュの人々に対する冒瀆なんじゃないか。ドラマの中で、夜遊びを見つかってしまったレベッカは、怒りを表す両親から勘当され、アーミッシュ村を去ることになる。そして、伯父のカイ・プロクターを頼った放蕩娘は、間もなくその裏稼業に係わるようになり、一端の姉御気取りになってしまうのだ。レベッカは性的に放埒な上に、伯父のカイにまで恋心を寄せる始末。しかも、組織と自分のためなら躊躇無く拳銃をぶっ放すんだから、とても厳格なキリスト教徒だったなんて思えない。レベッカとカイはむしろ「元ユダヤ教徒」と設定した方が、もっとリアリティが出るんじゃないか。ユダヤ人は組織犯罪でもその異才を開花させ、数々の名高いギャングを輩出していた。例えば、ラスヴェガスのギャングとして有名なバグジー・シーゲル(Bugsy Siegel)、米国史に名が残るほどのマイヤー・ランスキー(Myer Lansky)、彼の友人でサム・ジアンカーナ(Sam Giancana)の手下であるハイマン・ラーナー(Hyman Larner)、ガンビーノ・ファミリー(Gambino Family)に属していたアンドレイ・カッツ(Andrei Katz)、「クレイジー・ブッチ・ギャング(Crazy Butch Gang)」の組員であったジャック・ゼリグ(Jack Zelig)、ロイ・デメオ(Roy Demeo)の配下にあったクリス・ローゼンバーグ(Chris Rosenberg)など、ユダヤ人ギャングはあまり映画で取り上げられないが、イタリア人より狡猾で優秀だった。

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 (左: マイヤー・ランスキー  / バグジー・シーゲル / クリス・ローゼンバーグ /  右: ジャック・ゼリグ)

  共同脚本家のジョナサン・トロパーはユダヤ人なんだから、ユダヤ人マフィアを耳にしたことくらいあるだろう。もし、カイ・プロクターが「元ユダヤ教徒」という設定なら商売上手という点も納得が行くし、冷酷な行為を躊躇わないという点も理解できる。国際的組織を創るのが得意なユダヤ人なら、犯罪シンジゲートを運営するのは簡単だし、プロクターが地元の政治家や警察官を買収するところなど、シオニスト団体が上院議員や州知事を買収するのとよく似ている。とは言っても、やはりトロパーは自分の「仲間」を貶めたくないし、ハリウッドの「掟」を知っているから、ユダヤ人の背教者を描くことはできない。ユダヤ人が蝟集するハリウッドでは、ユダヤ人を侮辱する作品はタブーだ。キリスト教徒や西歐系白人なら、淫売、殺人鬼、レイシスト、ホモ、麻薬の密売人など、いくら侮辱しても構わないが、神聖なユダヤ教徒はダメ。ユダヤ人の娘は如何なる時でも、貞淑で心が優しく、倫理を重んずる。ユダヤ教のラビになると聖人君子の領域になってしまう。ユダヤ教徒を導く教師は、いつでも正義感に溢れ、あらゆる悪の誘惑に打ち勝ち、決して信仰を棄てることはない。裏で幼い男の子のペニスをしゃぶったり、脱税テクニックを使って蓄財に励むなんて、絶対に「あり得ない」ときている。テレビを観ないアーミッシュの人々は、ユダヤ人脚本家によって侮蔑されていることをどう思うのか、ちょっと尋ねてみたくなる。

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(左: アーミッシュの女性たち  /  右: ユダヤ教徒のラビ)

  悪事に首までどっぷりと浸かっているカイ・プロクターは、怖ろしいけど印象的なキャラクターとなっている。闇社会で生き延びるプロクターには危険が尽きないから、彼は自分の身を守るためにも武術の訓練を怠ることがなかった。そして、彼は殺人さえ躊躇(ためら)わず、必要とあれば残忍な判断を即座に下すことができる。例えば、彼の部下の一人、ハンソンが合成麻薬を密造する工場から幾つか横領した時の事だ。彼はナイト・クラブで若者に合成麻薬を売りつけ、こっそりと私腹を肥やしていたが、お客の一人に州上院議員の息子がいて、彼は中毒症状に陥り、ショック死という運命を迎えてしまう。この深刻な不始末を知ったプロクターは、自分の屋敷にハンソンを呼びつけ仕置きに掛けてしまうのだ。プロクターは一人でビーフ・ステーキを食べており、彼の側にはボディーガードのクレイ・バートンと獰猛な番犬が控えていた。怯えるハンソンがプロクターに近づくと、ボスのプロクターはハンソンの右手をテーブルに押さえつけ、ステーキ・ナイフで指を一本切り落としてしまったのだ。切断された指は床に投げ捨てられ、番犬の餌になってしまった。恐怖に震えたハンソンは、即座に部屋を飛び出るが、その後を番犬が追いかけ、ハンソンは叫び声を上げながら噛み殺されてしまうのだ。その後、ロシア人のような形相したプロクターが、指を詰めたナイフで再び牛肉を切って食べるシーンがあって、底知れぬ恐ろしさを醸し出していた。「本当に元アーミッシュなのか?」と疑いたくなるような場面であった。

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(左: 負傷したカイ・プロクター  /  右: プロクターのボディーガードたるバートン)

  このプロクターに負けず劣らず之残忍性を示していたのが、用心棒となっている側近のバートンである。彼は昔、あることが原因で嬲(なぶ)り殺し寸前の目に遭って、地下室に閉じ込められた事がある。偶然、その地下室にリンチを受けたプロクターが放り込まれるが、プロクターは機会を伺って虐待した者を倒し、瀕死のバートンを助けることになった。これが切っ掛けでバートンはプロクターの忠実なる下僕(しもべ)となる。彼も武術の達人で情け容赦が無い。幼い時から虐待を受けてきたせいか、痛みに対して鈍感なところがある。彼がナバホ・インディアンの女性ノラ・ロングシャドウ(Nola Longshadow)と闘った時は壮絶だった。ノラはファッション・モデルのような容姿だが、その性格はギャング組織のメンバーらしく峻厳で、男の暴力に屈することはない。むしろ、ギャングの男どもを威圧し、彼らを薙(な)ぎ倒すほどの挌闘術を身につけている。この娘がターミネーター並のバートンと一騎打ちとなったから大変だ。彼女は手斧をバートンに突き刺すが、そのバートンは負傷をモノともせず、ノラに反撃を加え、流血の激闘となる。散々闘った最後に、バートンが金属の飾りで彼女の喉元を突き刺し、その傷口から声帯を引き千切ることでノラは絶命。この兇暴なインディオ女性をオデット・アナブル(Odette Annable)が演じていたけど、そうとうな練習を積んだようだ。彼女は洗髪製品を扱う「ラックス(Lux)」のCMモデルとして日本でも知られている。それにしても、ウクライナ・ギャングのアナスタシアといい、インディオ・ギャングのノラといい、『バンシー』に出てくる女はとても手強い。

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(左: 「ノラ」役のオデット・アナブル  /  右: 激闘の末、バートンに殺されたノラ)

  ハリウッドで制作されたドラマだから当然なのかも知れないが、アメリカの西歐系白人キリスト教徒は、娯楽作品を通して左翼勢力に洗脳されている。ユダヤ人が主流のプロデューサーや脚本家、あるいは監督などは、ユダヤ教徒に関して細心の注意を払うのに、キリスト教徒に対しては遠慮が無い。例えば、白人の登場人物だと、麻薬に溺れるキャリアウーマンとか、敬虔なキリスト教徒の“はず”なのに裏では淫乱なアバズレ、男性なら強欲で無慈悲なゴロツキか、どこか間の抜けた田舎者、威勢は良いが本質的に臆病な卑怯者、低脳で兇暴な白人至上主義者など、描きたい放題だ。しかも、キャスティングとなればマイノリティー(有色人種)に重要な役を振り分ける。現実の世界なら黒人の犯罪者が定番なのに、ハリウッドのドラマでは正義感に満ち溢れた黒人警察官とか有能なアジア系FBI捜査官という役が多い。

  ハリウッドの作品には黒人男性と金髪の白人女性が肉体関係を結ぶ、という異人種性交を推奨するストーリーがよくある。『バンシー』でもプロクターが総合格闘技の試合を計画し、そのゲスト・ファイターにサンチェスという黒人格闘家を招いた。プロクターはファイト・マネーの他に、特別な夜のプレゼント、すなわちブロンドの白人女性を提供したのである。しかし、このサンチェスはコカインを吸引するゲス野郎で、試合会場でウェイトレスをしていた白人女性にも手をつけ、自分のベッドに誘い込む。このウェイトレスもユダヤ人が好む頭の軽いバカ娘で、黒人のセックス・アピールに好意を寄せてしまい、ホイホイと彼の招きに応じてしまうのだ。しかし、麻薬でラリったサンチェスは通常のセックスでは満足できず、次第に激しいセックスを求めるようになり、ついには彼女を殴ったり蹴ったりと、暴力行為で重傷を負わせてしまうのだ。そこで、憤りを感じたルーカスがサンチェスに喧嘩を売り、試合会場で乱闘となる。格闘中、ルーカスの脳裡にはアルビノに痛めつけられた過去が蘇り、兇暴なサンチェスの姿がアルビノと重なっていた。最終的に、ルーカスはサンチェスを倒してしまい、興奮したルーカスは彼の指を引き裂き、その片腕を背中の方に捻って骨をボキっと折ってしまうのだ。こうしてしサンチェスは試合不可能となり、病院へ直行となる。

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(左: 「サンチェス」役のセドリック・スチュアート  /  右: サンチェスに挑むルーカス)

  黒人格闘家サンチェスの一件は、如何にもハリウッドの制作者が考えそうなエピソードである。(もっとも、保安官が公衆の面前で血みどろの挌闘を演じるなんてあり得ないけど。) 一般的に、白人の男ども、特に南部のレイシスト的白人男性から馬鹿にされるユダヤ人は、「彼らの女」が黒人に犯されるというシーンを作ることで、彼らに対する復讐を果たそうとする。防衛本能が強い白人男性は、黒人の精子が白人女性の子宮に注入され、種族の血が汚されることを何よりも憎む。この嫌悪感と屈辱感を承知しているユダヤ人は、意図的に異人種間の性交や結婚を奨励し、白人の尻軽女たちに黒人との交際は「格好いい、クールだ」と唆(そそのか)す。映画の中で描かれる黒人男性は、筋肉隆々で心優しく、そのうえ知的で女性に対する魅力に溢れている。フィクション(虚構)の世界なんだから、どのような人物設定も可能なんだけど、ボケ~とテレビを観ている白人娘たちは洗脳されていることに気がつかない。ファッションで黒人とセックスしたら、黒い赤ん坊が生まれてしまい、ショックを受ける事態にまで頭が回らないのだ。

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(左: 黒人と白人とのベッド・シーン  /  右: 白人と黒人の夫婦と混血児)

  西歐系アメリカ人というのは、戦闘になると抜群の能力を発揮するが、平時になると驚くほど警戒心が低くなる。心理戦を学んだはずの軍人でさえ、日常生活や娯楽作品で「心理操作」が行われていることに気づかないのだ。『バンシー』はユダヤ人や同性愛者、中東アジア人などによって作られているから、基本的に西歐系アメリカ社会を尊ぶようなことはない。昔のアメリカ人なら、レベッカのようなキャラクター設定でキリスト教徒が侮辱されれば激昂したはずだし、ジョブのような両性具備のアジア人が出てくれば目を背けるのが普通だった。黒人男性と白人女性のベッド・シーンなどもってのほか。制作責任者の進退問題にまで発展してしまうだろう。ところが、1980年代以降、多民族・多文化主義の勃興により、左翼勢力のやりたい放題になってしまった。主役級の男優や女優はまだ白人なんだけど、物語の内容は反西歐的になっていたりするから、アメリカのドラマは複雑な事情を抱えていると言えよう。まぁ、『バンシー』は肩肘張らずに楽しめる娯楽作品となっているから、政治的な意味合いは薄いのかも知れない。それにしても、アメリカでは何でも起こりうる、という雰囲気がある。日本だと、地方の片田舎であんなギャングの抗争は無い。アクション映画の舞台はいつも東京で、東北や四国の小さな村で起きる事件なんて、猫が電柱に登って降りられなくなったとか、スズメバチの巨大な巣が発見された、といった程度なんだから。それに、いくらSF映画といえども、東京の新宿や渋谷に武器を持ったターミネーターは現れない。やはり、アーノルド・シュワルツネッガーが歩くのは、異人種が混在するロサンシェルスに限る。日本は平和すぎるのか、元州知事が銀座を喝破しても、「アリナミンA」の販売員に見えてしまう。とにかく、安心して住めるのは日本の方だよね。
  



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