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自ら敗者となった聖者

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(左: 選挙結果に落胆する樽床伸二と細野豪志 /  右: パリで悲報を聞く小池百合子)

  小池百合子が代表を辞任したことで、実質的に希望の党が第二の民進党になった。小池都知事が創設した新党は、総選挙の前には「希望」を抱いていたのに、憲法改正に反対するマスコミの集中砲火を浴びて、「失望の党」へと変化し、惨敗を以て「絶望の党」になってしまった。これだから、選挙というのは予想がつかない。支那と同じく、日本でも世間は負け犬に冷たく、「希望の党は最初から欲望と野望が渦巻く政党だった」とか、「失望の党じゃなくて、中身の無い“気泡”の党だった」なんて揶揄(やゆ)されてしまう。小池百合子以外に“これ”といった目玉候補がいない希望の党は、無党派層からの追い風頼み。逆風が吹けば失速する帆掛け船どころか筏(いかだ)ていど。とても実力では当選できない泡沫候補ばかりだった。そんな部下を大勢集めて「政権選択の選挙です !」と気勢を挙げていた小池百合子はどうかしている。ガラクタを揃えて牙城にするとは呆れた党首だ。馬糞より脆い城塞なんて聞いたことが無いぞ。落選した若狭勝は落ち武者より惨めだ。赤塚不二夫が生きていれば、彼の似顔絵でも描いていたのに。残念だ。

Girolamo Savonarola 1Lorenzo de Medici 1Charles_VIII of France









(左: ジローラモ・サヴォナローラ  / 中央: ロレンツォ・デ・メディチ /  右: フランス王シャルル八世)

  敗軍の将となった小池百合子を見ていると、何となくルネッサンス期のイタリアにいたジローラモ・ザヴォナローラ(Girolamo Savonarola)を想い出す。このサヴォナローラはフィレンツェで権力をふるったドミニコ会修道士で、彼は神がかり的な性格を強く持っていた。常に幻覚を見ていたこの怪僧は、しばしばフィレンツェの将来を予言していたそうだ。平凡な日常生活が流れる時代なら、サヴォナローラ如きは単なる変わり者か気違い程度で済むのだが、彼が生きていた時代は激動の最中だった。1492年、「偉大公(il Magnifico)」と呼ばれたメディチ家のロレンツォ(Lorenzo de' Medici)が亡くなり、二年後の1494年にはシャルル八世率いるフランス軍がイタリアを侵掠。不格好で少々頭がおかしいと評された国王だが、その軍隊はフィレンツェ市民が驚く大砲を擁していたから、イタリア兵を蹴散らすくらい朝飯前だった。

Piero de Medici 1(左  /  ピエロ・デ・メディチ)
  この辺の歴史は米国HBOのTVドラマ・シリーズ『ボルジア』でも描かれていたから、日本人でも衛星放送やDVDで馴染みのある方もいるだろう。メディチ家が君臨していたフィレンツェは、シャルル八世の軍隊が押し寄せた時、為す術が無くあたふたするばかり。(なんか現在の日本を見ているみたい。) ロレンツォの息子であるピエロは、抵抗することも出来ずにフランス側に屈服。戦わずして降参したピエロにフィレンツェ市民は愛想を尽かし、僭主政のようなフィレンツェは民衆政に様変わりした。一方、追放されたメディチ家の当主は、アホのピエロ(Piero il Fatuo)とか、不運なピエロ(Piero lo Sfoerunato)と呼ばれたそうだ。

  民衆による統治に移行したフィレンツェでは、共和政体が実現したのかと思いきや、天主(God)の威光を背にしたサヴォナローラが主導権を握ってしまった。フィレンツェの人々は、人間の合意ではなく、サヴォナローラの口を介して伝えられる「神様の意思」に支配されてしまったのだ。ちなみに、日本の一般人は民衆政の反対を独裁政と思っているが、よくよく考えてみれば、どちらも人間の支配で、主導権を握るのが、君主とか僭主、貴族、富豪、大衆、愚民、暴民であるに過ぎない。ところが、セオクラシー(theocracy / 神権政治)だと神様の支配だから、人間は口答え出来ず従うだけ。実際は、預言者とか神官の独裁なんだけど、建前上は、全知全能と称される唯一神からの命令だから「お告げ」は絶対だ。

  一種のセオクラシーをフィレンツェ市民に信じ込ませたサヴォナローラは、民衆に質素で倹約を旨とする生活を命じたから、敬虔な市民は化粧道具や装飾品、衣装、贅沢品から藝術作品にいたるまで、ありとあらゆる世俗的なものを放棄するしかなかったそうだ。今から考えると“もったいない”話だが、皆から提出された邪悪な品物は広場に集められ、聖なる炎ですべてが焼かれてしまったという。焼却された提出物の中には高価な稀覯本や名画まであったというから実に惜しい。ある商人は後世に残る名作を高値で買い取りたいと申し出たそうだが、逆に悪魔の味方をした商人とのレッテルを貼られ、糾弾される破目になったそうだ。なんかこれって、歴史遺産を破壊したタリバンみたい。イスラム教徒としては、神様が偶像崇拝を禁止したから当然なんだろうけど、日本人からすれば、「何もそこまでしなくったっていいじゃないか」と言いたくなる。「神様だってちょっとくにい“お目こぼし”してくれるんじゃないの」と考えるのは、ゆる~い信仰心に慣れた日本人の思考で、中東アジアの宗教は冷酷で厳格だ。偶像崇拝をする不届き者は鏖(みなごろし)。悪魔の仲間に容赦は要らぬ。神に敵対する者は一人残らず抹殺が正しい。(こう聞くと、何となく北鮮の独裁者が目に浮かんでくる。)

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(左: サヴォナローラ  /  中央と右: モニカ・ベルーチ )

  サヴォナローラはスイスで権力を恣(ほしいまま)にしたジャン・カルヴァンみたいに恐ろしいが、フィレンツェのイタリア人はスイス人のように生真面目じゃないから、厳格な禁欲主義にすぐ嫌気が差してくる。やっぱり、ラテン民族は陽気な生活が大好きだ。いくらイエズス・キリストが「汝、姦淫するなかれ」と命じたって、モニカ・ベルーチ(Monica Bellucci)のような色っぽい女が目の前を通れば、性慾満々のイタリア人は薔薇の花を捧げてしまうし、女房持ちのオっちゃんだって“そっと”一声掛けたくなる。南歐の都市では、5歳の坊主だって30歳の美女にプロポーズするくらいだから、イタリア人にピューリタン精神なんて無理。カトリック信徒は激怒するかも知れないけど、イタリアの神学生といえど怪しいもので、有名女優のエリザベス・カナリス(Elizabeth Canalis)とかヴァネッサ・ヘスラー(Vanessa Hessler)がそばに近寄れば、胸がときめいてしまうかも知れないぞ。神父だって懺悔室に美女が入ってきたら、「天の恵みだ。ああ、神様ありがとう !」と感謝し、何時間でも話を聴くかも知れない。サービス精神旺盛な司祭なら、何度でも「主はお赦しになった !」と言ってくれるんじゃないか。顰(しか)めっ面で告白を聴くのは、ドイツ人か日本人の神父くらいだ。筆者が米国に居た時、ニューヨークにあるジョヴァンニさんのカフェでよくコーヒーを飲んだことがある。店主のジョヴァンニさんはいかにもイタリア系らしく、美人のお客さんには特別の笑顔で接していた。日本人の店主ではあんな洒落た接客は出来ないと思う。喫茶店を経営する日本人は、熱心にコーヒー豆をフライパンで煎っているという職人気質が普通で、美女が来店しても甘い言葉で口説こうなんて考えない。(もしかしたら、そばでレジを担当する女房が怖かったりして。)

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(左2枚: ヴァネッサ・ヘスラー  /  右2枚: エリザベス・カナリス)

  脱線したので話を戻す。人生を楽しむことに肯定的なイタリアでは、宗教的熱狂が何時までも続くはずがなく、サヴォナローラの権勢に不満を募らせる者も出てきた。大商人と共に異を唱えだしたのは、ドミニコ会に敵対するフランチェスコ会の修道士だった。嫉妬の権化と化したフランチェスコ派の聖職者は、教皇庁と手を結び、忌々しいサヴォナローラに戦いを挑んだ。その方法は、「探火の秘蹟」だった。これは一種の宗教的審判で、燃え盛る炎の中をくぐり抜け、無事だった方が神によって正しいとされる勝負だ。売り言葉に買い言葉ではないが、サヴォナローラ派もこれを承諾し、双方の代表が挑戦することになった。

  市民集会の前には薪が積まれ、そこに火がつけられるといった具合なのだが、その山となった薪の中央には小さな通路が作られている。正義を証明する者はこの炎に包まれた小道を通るという訳だ。かくて、両方から代表者が出て炎の試練に挑む手筈となったのだが、ドミニコ会からはサヴォナローラではなく、彼の側近である修道士のドメニコ・ダ・ペスチュア(Domenico da Pescia)が挑戦者に名乗り出た。ところが、いざ勝負という時に、論争が起こってしまった。詳しくは判らないが、どうやらサヴォナローラ派の代表者が聖体(聖餐式のパン/ Host)を持って火の中へ入ろうとしたので、フランチェスコ会から抗議が出たそうだ。聖なるパンを帯びて歩くのは聖体を侮辱することに当たるという。キリスト教徒ではない日本人からすると「どうでもいいこと」に思えるが、フランチェスコ会側は真剣だった。それに、彼らの“いちゃもん”はこれだけではなかった。ドメニコの着ている外套が怪しいので「脱げ」と要求したり、何か他にお守りはないのか、と身体検査もしたそうだ。でも、本当は自信が無いから、中止するための「口実」を捜していたんだろう。

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(左: 浜田幸一  / 中央: 国会で暴れる浜幸さん / 右: 宮本顕治 )

  こうして両者が言い合いになっていると、どことなく天候が急変してきて、ついに雷が鳴り響き、雨が降り出してきたそうだ。サヴォナローラ派は「奇蹟だ」と叫んだそうだが、見物人の市民にしたら面白くない。どっちが炎を無事に通り抜けられるのか楽しみだったのに、披露されたのは修道士による口論だけで、肝心のメイン・イヴェントは雨で中止なんだから。ボクシングの試合で言えば、前座の小競り合いで終わりになったようなもので、観客が「ふざけんな、カネ返せ !」と野次っても不思議ではない。第一、サヴォナローラ自身が出馬せず、代理人を立てたんだから市民たちが不満を募らせるのも当然だ。やはり、「真打ち登場」が出なきゃ。自民党と共産党の対決だって、陣笠議員を立てた代理戦争じゃ奮い立たない。現実的には不可能だろうけど、安倍首相と志位委員長が直接殴り合ったら視聴率が50%を越えるんじゃないか。(「生」の喧嘩はゾクゾクするからなぁ。) 年末の格闘技番組も無いことだし、代わりのリアル・ファイトを観たい。今は亡き浜幸(浜田幸一)さんと宮顕(宮本顕治)のドツキ合いが“もし”あったら見物だったろうにねぇ。暴れん坊の浜幸さんが放つ右フックと、人殺しの宮顕が得意としたチョーク・スリーパーが激突したら、まさしくドリーム・マッチだ。『グラップラー羽牙(バキ)』で繰り広げられた範馬勇次郎(はんま・ゆうじろう)と愚地独歩(おろち・どっぽ)の試合ほどじゃないけど、結構見応えがある。(ちなみに、『グラップラー羽牙』は板垣恵介の人気漫画。ちょっとオタク過ぎたけど、漫画好きなら許してもらえると思う。)

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(上絵画  /  民衆に説教するサヴォラローラ)

  またもや脱線したので元に戻る。民衆の反応はともかく、この中断は反サヴォナローラ派に有利にはたらいたようだ。反対派陣営は、サヴォナローラ派が怖じ気づいて探火を避け、試合自体を拒否していると群衆に触れ回ったらしい。この流言飛語は大きな効果を発揮したそうで、群衆のざわめきはサヴォナローラへの悪罵へと転化した。一週間後、フィレンツェの市政府は反対派に傾き、サヴォナローラたち一派は捕らえられてしまう。かつては民衆の上に君臨した神の使いも、今では「籠の中の鳥」、というより「まな板の上の鯉」に近い。関係無いけど、サヴォナローラの失墜と比べたら、日本の政治家は実に気楽でいいねぇ。落選したってお金を失うくらいで、責任を取った切腹はないし、人民裁判に掛けられて銃殺されることもないんだから。ところが、サヴォナローラの転落は最悪だった。彼は拷問に掛けられてしまい、自分の予言は総てインチキと告白したそうだ。しかし、未だに事の真相は定かではない。でも、彼は仲間二人と広場に引き摺り出され、広場で公開処刑となった。教皇庁の特別使節が見守る中、彼らは四肢に釘を打ち込まれ、焚殺(ふんさつ)刑に処せられたという。それにしても、藝術作品を燃やした聖者が火炙りにされるなんて皮肉なものである。

Girolamo Savonarola burning 2(左  /  焚刑に処せられるサヴォナローラ一派)
  こうしたサヴォナローラの失態を、今は亡き会田雄次・京都大学教授が著書の中で語っていた。会田先生は、なぜサヴォナローラ自身が探火の挑戦に応じなかったのか、と批判する。もし、彼がその試練を避ければ、次に死刑がやってくることは誰の目にも明らかで、会田先生は、「サヴォナローラは本当の信仰をもっていなかったのではないか」と疑っていた。当時の人々が激怒したのも当然で、他人を身代わりにするサヴォナローラはいかがわしい。会田先生は、簡単な勝ち方を述べていた。すなわち、挑戦者がまず火の中を渡らねばならないから、それを見届けてから、サヴォナローラが渡ればよいのだ、と。(会田雄次 『敗者の条件』 中公新書、昭和40年 p.93)

  なるほど、会田先生の言う通りだ。相手が先に渡れば、火だるまになるのは必然。それを前にしたサヴォナローラが、炎に包まれて悶絶する挑戦者を「悪魔の使いめ !」と罵ればいい。会田先生はサヴォナローラが「なぜ奇妙な論理で、それをさまたげたのか」と疑問を呈する。そして、「代理人が頼りないというのなら、なぜ自分が出ないのか」と叱責していた。会田先生のお説ごもっとも。確かにそうだ。サヴォナローラは他人任せにしないで、自ら檜舞台に立って相手を葬れば良かった。そうすれば観客を味方につけることもできただろう。だが、彼は土壇場で怯んだ。もしかしたら、心の奥で敗北を「予想」していたんじゃないか。詐欺師がヘマを懸念するように、サヴォナローラも自分の嘘がバレるのを恐れていたのだろう。案外、神様の処罰だけは本気で信じていたのかも知れないぞ。神仏を恐れぬ泥棒とかヤクザだって、神社の境内で立ち小便したら祟りがあると思っているんだから。

大将が先頭に立たない選挙戦

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(左: 小池百合子  /  右: 若狭勝)

  戦争でも選挙でも、「ここぞ」という時に統領は陣頭に立つ。人の上に立つ者は我が身を顧みず、一か八か決戦に挑まねばならない。卑怯者は部下を前線に押し立てて、自分を後方支援に廻そうとする。しかし、勇敢な指導者は部下を率いて斬り込むのが鉄則。大将が火の玉にならないと、兵卒は冷めてしまうからだ。暴走族の総長だって、敵対する族に殴り込みを掛ける時、「野郎ども、俺についてこい !」と叫んで、突進するじゃないか。もし、族のリーダーが「今、ちょっとお腹が痛いから、お前ら先に行って闘ってくれ」と命令したら、乾分(こぶん)たちは「何だよぉ~、俺たちだけでヤレって言うのかぁ」とガッカリするだろう。やはり、総長が真っ先に出撃しなきゃ、男が立たない。

  そこで、先月の総選挙を振り返って、よく考えてみれば、なぜ希望の党が敗北したのかがちょっと解る。マスコミは小池氏の「排除します !」が致命的であったと言いふらすが、実際はそうじゃないだろう。小選挙区で軒並み新人候補が落選したのは、どぶ板選挙をしてこなかったからだ。地元の有権者に接することもなく、ただ駅前で演説したって票は取れない。当選を狙う者なら、冠婚葬祭は元より、夏の盆踊り大会とか秋の運動会に顔を出し、オっさんオバはん、女子供と触れあうことが必要だ。今は亡き浜幸さんなんか、農作業するオバはんを見つけると、わざと田んぼの中に入って行って、「よろしくお願いします!」と挨拶するんだから、強烈なインパクトがある。確実な一票と引き替えなら、泥で汚れた靴やズボンなんて安いものだ。相手の懐に飛び込んで、ハートを“グ”っと摑めばしめたもの。「法案」や「政策」なんて二の次三の次、大抵の場合は「無し」でもOK。はとバスを用意して老人たちを国会見物に招く方がよっぽど効果的である。

  希望の党に集まった新人候補は、「小池ブーム」という熱風が吹けば当選しただろうが、実際に吹いたのは晩秋の北風だったから、凍ったカタツムリのようにバタバタと落ちてしまった。とりわけ、期待された東京選挙区は死屍累々。悲壮感が漂っていた若狭勝など、蝉の抜け殻が良く似合う「お邪魔虫」程度。ついでに、都民ファーストの会も総崩れ。落選候補者は夢も希望もあったもんじゃない。借金だけが残った、なんて人もいるんじゃないか。憧れの議員生活が儚くも消えて、明日から浪人生活なんて泣くに泣けない。悪質な投資詐欺に遭った老人みたいだ。三万円も払って小池氏と一緒の写真を撮ったのに、この高価なポスターは葬式用の写真になってしまった。

  小池百合子が今回の惨敗をどう考えているのか判らないが、とにかく、彼女が国政に打って出なかったことは、党員たちにとってかなり痛かったに違いない。「希望の党」といっても、所詮は小池百合子の個人商店だ。当初、「小池新党」と呼ばれたくらい彼女が中心で、彼女のイメージが看板になっていた。だから、総選挙となれば、小池氏が党の顔になるのは当然で、彼女はみんなの先頭に立たねばならない。しかし、小池氏は国政に戻らなかった。いや、心の底では出馬を考えていたはずだ。ただ、彼女は選挙戦が始まる前、讀賣新聞が行ったアンケート結果を見て、「これじゃあダメねぇ~」とたじろいでしまったのだろう。有権者の約六割が「都知事に専念すべし」という意見を述べたから、小池氏はそれを見て出陣を躊躇ったのかも知れない。大衆の動向に敏(さと)い小池氏は、いま国政に復帰すれば逆風が起きる、と踏んだのだろう。

  だが、この判断は結果的にマズかった。目玉となる代表が欠席の選挙になってしまい、あとはポンコツの雑魚か金魚の糞みたいな候補者ばかりだからだ。小池氏は「政権選択の選挙です !」と粋がっていたのに、自分はリスクを犯さず、都知事の椅子にしがみつき、後方支援で獅子奮迅の働きを見せるだけ。案の定、仲間は揃って討ち死にだ。後知恵になるが、小池氏の国政復帰に寛容だった人が四割くらい居たんだから、彼女は乾坤一擲(けんこんいってき)とばかりに、選挙に躍り出ればよかった。そうすれば、気紛れな支持者が増えたり、怖い物見たさで喝采を送る有権者も出て来たはずだ。日本人にはどこか博徒を好む癖がある。どうせ、世の中にはアントニオ猪木とか田村亮子に投票するアホが存在するんだから、小池氏だって無党派層を獲得できたかも知れないのに。マスコミからは「都政を投げ出した」と非難されるが、それを恐れたら従来の政治家と変わらないじゃないか。本当に真剣なら一票入れてくれる国民もいるかもよ。それに、都政を散々メチャクチャにしたんだから、残りの任期で人々の信頼を回復できるとは思えない。進むも地獄、引くも地獄なら、「えいっ」と前に飛び出した方がいいんじゃないか。世論はどう転ぶか判らないから。

  結局、親分不在で選挙は惨敗。235名も擁立して50名しか当選せず、落選した185名は奈落の底に。党本部はお通夜状態。小池党首もパリで緑の勝負服を諦め、地味な喪服姿だ。最初、彼女は「国政は若狭さんと細野さんに」と任せていたのに、いきなり「リセット」を宣言して党の代表になったということは、かなりの当選者を見越していたからだろう。「捕らぬ狸の皮算用」をしていた党首は、保身を図ったことで、選挙戦に突入すると詐欺師まがいの「緑のたぬき」と評され、世間から袋叩きになってしまった。でも、やることなすこと“思いつき”なんだから、有権者が愛想を尽かしたのも無理はない。希望の党候補者が大量に当選することで、一躍時代の寵児になるはずが、惨敗を受けて憎しみの対象になったんだから、小池氏の誤算は致命的だ。したがって、今更「都知事に専念します !」はないだろう。なら、最初から二足の草鞋を履かずに、都庁でハイヒールを貫くべきだった。選挙前にこっそりと“自分用”の選挙カーを手配していた小池氏はズルい。

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  小池氏の没落は自業自得だが、とばっちりもを受けた党員も憐れだ。「コラテラル・ダメージ(附随する損害)」という言葉は、まさしく細野豪志にピッタリ。早々と泥船化した民進党から飛び出て小池商店の重役になったのに、あっさりと店主に“ポイ捨て”され、選挙速報の時には樽床と一緒に顔面蒼白。せっかく野望を抱いて「イチ抜けた !」と移籍したのに、選挙が終わると引っ越し先の政党は、自分が見棄てた元民進党の出身者ばかり。泣きっ面に蜂じゃないけど、党の代表が何と玉木雄一郎になってしまった。さらに、代表代行が元民進党の大島敦で、幹事長には元民進党の古川元久だ。首班指名だって渡辺周に。でも、多くの国民は「渡辺? 誰それ?」と驚き、初めて投票した若者は、「小池さんじゃないの?」と訝(いぶか)しむ。細野は未だに山本モナの不倫相手と揶揄(やゆ)されるだけで、党の重鎮になることはないだろう。これじゃあ、何の為に民進党から脱出したのか、「裏切者」と呼ばれるために鞍替えしたようなものだ。

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(左: 玉木雄一郎  / 大島敦 / 古川元久 /  右: 渡辺周)
  玉木は既に「碌でなし」と分かっているが、大島と古川もトンデモない左翼議員だ。両者とも國軍創設や憲法九条改正、原発再稼働に反対だし、外国人参政権に賛成している。大島は首相の靖國参拝どころか、特定秘密保護法にも反対で、国防意識など微塵も無い。古川は夫婦別姓や女性宮家の創設に賛成で、我が国の伝統や文化を破壊しようとしている。確かに、希望の党には中山成彬議員や長島昭久議員といった保守派もいるけど、そんなのは少数派で、大半は左翼かピンク色に染まった連中だ。これから希望の党がどのように自民党と連携・対立するのか分からないけど、新装開店した民進党になることは目に見えている。小池氏は一旦退いて再起を図っているのだろうが、凋落した人気を恢復(かいふく)できるとは到底思えない。それに、女性にとって最大の脅威は、着々と「年齢」が加算されてしまう事だ。ただでさえ、「白塗り妖怪」と評されるのに、加齢にともなうシワとタルミが顕著になれば、テレビ映りが冴えなくなるだろう。まぁ、黒柳徹子か梅沢富美男のように特撮メイクにすれば、美貌を維持できるのだろうが、しょっちゅう「レフ電球(映りを良くする照明)」を当てる訳にも行くまい。(デーモン小暮風だとやり過ぎ。) 小池氏は12のゼロを提言していたが、もう一個のゼロを附け加えるのを忘れていた。「小ジワ」ゼロ。

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(左: 黒柳徹子  / 梅沢富美男 / デーモン小暮 /  右: 小池百合子)

  選挙は一種の「お祭り」だから、奇想天外な結果になっても不思議じゃないけど、厖大な税金を使って民進党議員の復活がなされたんだから、自民党が大勝でも喜んではいられまい。それに、国民の防衛意識が高まったとは言えず、相変わらず脳天気な状態が続いている。北鮮と支那からの脅威が増大しているのに、世間の中高年が関心を寄せるのは、モンゴル人力士の暴行事件くらい。まぁ、国会議員の玉木雄一郎に国防意識が無いんだから、ワイドショーをボケ~と見ている一般人に核兵器の脅威を考えろ、と言っても無理だろう。次の選挙は民進党離脱者が集う希望の党と、極左集団の立憲民主党、置いてきぼりになった民進党参院議員、無所属になった民進の残党が大同団結するんじゃないか。枝野幸男たちが抱く「赤い希望」だと、何となく実現しそうで怖い。




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