教科書に載せて全日本人に知らせたい現代史 支那人の卑史 朝鮮人の痴史
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東部エスタブリッシュメントのお嬢様

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(左: バーバラ・ブッシュ   /   右: ジョージ・ブッシュ一家)

  今月の中旬、すなわち4月17日、元ファースト・レディーのバーバラ・ブッシュ(Barbara Pierce Bush)夫人が逝去した。享年92。今年で92歳となる英国のエリザベス女王と同じ世代である。亡きバーバラ夫人は政治一家の中心的人物であった。合衆国大統領ジョージ・ハーバート・ウォーカー・ブッシュ(George Herbert Walker Bush)の妻であり、ジョージ・ウォーカー・ブッシ元大統領の母である。そして、三番目の子供である次男のジェブ(John Ellis Bush)はフロリダ州知事となった。彼女の舅に当たるプレスコット・シェルドン・ブッシュ(Prescott Sheldon Bush)、つまり亭主の父親も政治家で、コネチカット州選出の上院議員を務めていた。

      バーバラ夫人は前ファースト・レディーのナンシー・レーガン夫人やジャクリーヌ・ケネディー夫人とは違い、華麗なドレスで身を包み、派手さとセクシーさを全面に出すような女性ではなかった。化粧は薄く、髪は染めずに白髪のまま。ボトックスを使ってシワ伸ばし、なんて論外。1988年、亭主のジョージが大統領選挙に出馬したとき、当時の日本人はバーバラ夫人を「候補者の母親か?」と見間違うほどであった。アメリカ人がこれを聞けば、「何だと、失礼な !」と言いたいところだが、苦笑しながら「そうだよねぇ」とうなづいてしまうだろう。でも、バーバラ夫人は中西部でよく見かける堅実で賢い母親といった感じで、1991年から1999年にかけて放送されたコメディー・ドラマ『ホーム・インプルーブメント(Home Improvement)』に出演してもおかしくない、近所の気さくなオバちゃんであった。(このTV番組はティム・アレン主演のホーム・ドラマで、筆者が好きなドラマ・シリーズの一つだ。日本で放送されたかどうかは分からないけど、白人中流家庭の日常を面白く描いた作品である。)

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(左: ジャクリーヌ・ケネディー  / 中央: ナンシー・レーガン  /  右: バーバラトジョージ・ブッシュ)

  バーバラ夫人がなぜ質素だったのかは、彼女の育った家庭を見ればわかる。上院議員を輩出したブッシュ家に嫁ぐバーバラは、名門のピアース家に生まれた“お嬢様”だった。彼女の家系を遡ると、その祖先はトマス・ピアース(Thomas Pierce)にまで辿り着く。このトマスは1630年代、英国ノーフォーク地方にあるノーリッヂから米国に渡り、マサチューセッツのベイ・コロニー(Bay Colony)へ定住した入植者(settler)である。ちなみに、日本人は左翼知識人に洗脳されているから、「アメリカは移民の国(Nation of Immigrants)」と信じ込んでいるが、移民は合衆国を創った者ではない。政治学者の故・サミュエル・ハンチントン(Samuel P. Huntington)が述べたように、「移民」とはある国(社会)から別の場所へ引っ越す人を指す。一方、「入植者」は新たに国家や共同体を築いた人々と考えれば解りやすい。だから、南イタリアやポーランドからの百姓とか、ガリシア地方のゲットーからやって来たユダヤ人、スロヴェニアとかハンガリーからの持て余し者、エジプトやインドからの異教徒は、アメリカの自治州を築いたイギリス系入植者ではなく、既に建設された新共和国に潜り込んだ貧民に過ぎない。

  だいたい、祖国で厄介者だった下層民に国家建設能力があるのか? 東歐や南歐からの出稼ぎ人、中東アジアのイスラム教国ないし東南アジアからの移民などは、何人集まろうがアメリカのような立派な国家を建設できない。だから、左翼白人やヒスパニック活動家、黒人指導者が述べる「移民が創ったアメリカ」なる学説は妄想である。有色移民はプロテスタントのアングロ・サクソン人が建てた国家に移住できたから、祖国では実現できない“中流階級の生活”を実現できたのだ。つまり、彼らは上等な西歐民族の思考や言語、行動様式を“真似”したからこそ、輝かしい成功を収めることが出来たのである。不法な手段で潜り込んできたたヒスパニック移民は、何かに附けアングロ・アメリカに文句を垂れるが、彼らの祖先がつくったラテン・アメリカ諸国は腐敗と貧困が未だに続き、一向に改善される見込みがない。要するに、アフリカ系とインディオ系の雑種民族には国家運営の才能が無いということだ。

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(左: フランクリン・ピアース  / 中央: ベンジャミン・ピアース / 右: 古き良き時代のアメリカ人家庭を描いた絵 )

  話が脱線したので、元に戻す。東部エスタブリッシュメントに属するピアース家には優秀な人物が多く、合衆国大統領になったフランクリン・ピアース(Franklin Pierce)も、その一員である。彼の父ベンジャミン・ピアース(Benjamin Pierce)は、独立戦争の時に陸軍中尉で、あの有名なバンカー・ヒルの戦いにも参戦したというから凄い。彼は後に政治家の道を歩み、連邦下院議員を経てニューハンプシャー州知事に就任したという。バーバラ夫人はこの血筋を受け継ぐ由緒正しい子孫。非西歐世界からの食いっぱぐれ移民からすれば何とも羨ましい。彼女の父マーヴィン・ピアース(Marvin Pierce)も高名で、「マッコール(McCall)」という出版社を経営するビジネスマンであった。彼は雑誌『マッコールズ(McCall's)』を刊行し、1929年には有名雑誌の『レッド・ブック(Redbook)』を買収し、姉妹雑誌として傘下に納めた。

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(左: ロバート・シュタイン  / 「レッドブック」1926年の表紙 / 「レッドブック」1928年の表紙 /  右: 「レッドブック」2007年の表紙)

  ところが、ピアース社長の雑誌もユダヤ人の毒牙にかかってしまった。1958年にロバート・シュタイン(Robert Stein)というユダヤ人が編集長となって『Redbook』を変えてしまったのだ。それまで、マッコール社は決してユダヤ人を編集部に入れなかったのだが、時代の流れで警戒心を緩めてしまったのだろう。(Kathleen L. Endres anf Therese Lueck, eds., Women's Periodicals in the United States : Consumer Magazines, Greenwood Press, Westport, 1995, p. 302) 以前は上品な記事が主体だったのに、シュタインは「ちょっと知的で高学歴の女性をターゲットにする」という名目で、フェミニズムとリベラリズム路線に舵を取り、あろうことかベティー・フリーダン(Betty Friedan)やグロリア・シュタイネム(Gloria Steinem)といったユダヤ人フェミニストに文章を書かせる始末。

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(左: ベティー・フリーダン  / グロリア・シュタイネム  / レイチェル・カーソン  / 右: マーガレット・ミード )

  その他の執筆者も左巻きが多く、性革命やウーマンリブ運動で名を馳せた文化人類学者のマーガレット・ミード(Margaret Mead)、環境問題を訴えた生物学者のレイチェル・カーソン(Rachel Carson)、『アラバマ物語(To Kill a Mockingbird)』でピューリッツァー賞を獲得したハーパー・リー(Nell Harper Lee)、左翼に転向したベンジャミン・スポック博士(Dr. Benjamin Spock)、公民権運動の指導者であるマーティン・ルーサー・キング牧師(Rev. Martin Luther King)の名を見れば、如何に変質したかが分かるだろう。サモア人などの南方土人を研究したことで知られるマーガレット・ミードは、インチキ学説を用いて西歐社会を非難した詐欺師だし、ハーパー・リーは南部の白人が持つ黒人への人種差別を糾弾し、偽善的な白人インテリから称讃を受けていた。バーバラの愚息ジョージ・ウォーカー・ブッシュ大統領は、この左翼作家に「大統領自由勲章(Presidential Medal of Freedom)」を授けたんだから、どこが保守派の共和党員なのか、と吐き捨てたくなる。この小説は後に映画化され、名優グレゴリー・ペックが弁護士の「アッティカス・フィンチ」役を演じたから、日本でも多くのファンが観たはずだ。

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(左: ハーパー・リー  / マーティン・ルーサー・キング / 右: 『アラバマ物語』で弁護士役を演じたグレゴリー・ペック )

  余談だが、日本の雑誌も編集長が替わると内容が激変することがある。例えば、月刊雑誌の『新潮45』は硬派なクウォリティー・ペーパーで、筆者も学生時代に愛読していたが、編集長が亀井龍夫から中瀬ゆかりに替わったら、女性週刊誌のようになってしまった。以前は、保守派の重鎮である会田雄次先生とか物理学者の志村史夫教授、脚本家の石堂淑朗などが教養人向きの原稿を書いていたのに、少女漫画の担当者みたいな中瀬編集長になると、男女間のトラブルとか三面記事の殺人事件などを目玉記事とするようになったのだ。元々、『新潮45』という雑誌名は、45歳以上の読者をターゲットにして創られた雑誌であったという。個人的なことだけど、この由来を知ったのは筆者が18歳くらいの頃で、「えっ、中高年向きの雑誌なのか!」」と驚いたことがある。今は保守派メディアの没落期で、『正論』や『Hanada』『WiLL』『Voice』は週刊誌並になってしまった。元気な頃の『諸君 !』や廃刊になった『月曜評論』『国民新聞』『ザ・ビックマン』が懐かしい。

Barbara Bush 4(左  / 若い頃のバーバラ・ピアース )
  話を元に戻す。上流階級に属するバーバラ・ピアースは1925年6月8日に生まれ、16歳の時、将来の夫となるジョージ・ハーバート・ウォーカー・ブッシュ(George Herbert Walker Bush)と出逢ったそうである。このジョージ青年は上院議員の嫡男にして、名門校のフィリップス・アカデミー(Phillips Academy)に通うお坊ちゃん。ピアース家のご令嬢は、18歳でブッシュ家の御曹司と婚約するが、第二次大戦が勃発したことでフィアンセのジョージは戦闘機パイロットになる。彼が自分の戦闘機に「バーバラ」の名を記したことは日本でも有名だ。上流階級の若きパイロットは、58回も出撃し、日本軍に撃墜されるも一命を取り留め、無事に終戦を迎える事ができた。こうして、二人は1945年1月に結婚式を挙げることができたという。挙式はバーバラが通うプレスビテリアン教会で行われたそうだ。(ジョージの方はエピスコパリアン教会の信徒だったが、米国ではあまり違いが無いので問題とはならない。息子のジョージは父親の教会を離れて、女房が通う「ユナイテッド・メソディスト教会」に鞍替えた。) 1945年に除隊したジョージは、東部の名門大学イェールに入り、三年生の時「スカル・アンド・ボーンズ(Skull & Bones)」という秘密結社に属した。一方、愛する軍人と結婚するためだったのか、バーバラは名門のスミス・カレッジ(Smith College)をさっさと中退し、ジョージとの夫婦生活を優先したらしい。当時のお嬢様たちは研究者を目指して大学に入った訳じゃないから、素敵な男性が現れれば未練も無く退学することができた。いつまでも大学に残り、教授を目指す女学生は鮮度が落ちた「売れ残り」とか、独身を貫く「行き遅れ(spinster)」と同じ類。ケーキと乙女は良い品から売れて行くものだ。

 Bush 4 Bush & Barabra 2







(左: 軍服姿のジョージ・H・W・ブッシュ  / 右: 若い頃のジョージとバーバラ )

  目出度く惚れた男と結婚できたバーバラは、中流階級のように産児制限などせず、授かった子宝を堕胎せずに産み育てた。面白いことに貴族と乞食はよく似ている。どちらも他人を気にせず、己の欲することを成す。人の噂を気にして躊躇するということがない。両者とも見事なまでの自由人。バーバラは先ず第43代合衆国大統領となる長男ジョージ・ウォーカー(George Walker)を身籠もった。この「ウォーカー」というのは、バーバラの姑、すなわち夫ジョージの母親ドロシー(Dorothy Bush)の旧姓だ。ドロシーの父はジョージ・ハードート・ウォーカー(George Herbert Walker)という名前だから、第41代大統領のパパ・ブッシュは母方の父親が持つ名前を受け継いだわけである。ちなみに、大統領となったブッシュ親子がホワイトハウスを離れて、休暇をメイン州のケネバンクポート(Kennebunkport)で過ごす事が多かったのは、父親(祖父)のジョージがこの地に豪華な静養所(Walker's Point)をもっていたからだ。そして、ドロシー・ウォーカーの弟ジョージ・ジュニア(George Herbert Waler, Jr.)は、有名な球団「ニューヨーク・メッツ(New York Mets)」の共同創設者であった。彼もイェール大学に進み「スカル・アンド・ボーンズ」に属していた。こうして見ると、ブッシュ親子がそれぞれ野球選手になったのも、家風なのかも知れない。

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(左: プレスコットとドロシー・ブッシュ夫妻  / 中央: ポーリン・ロビンソン・ピアース  /  右: 息子のジョージと一緒に撮影されたブッシュ夫妻 )

  次に生まれたのは、悲劇の長女であった。二番目の子であるポーリン・ロビンソン(Pauline Robinson)は、白血病を患い幼くして息を引き取る。彼女の名前は、バーバラの母ポーリン・ロビンソン・ピアース(Pauline Robinson Pierce)から取った名前である。三番目の子は後にフロリダ州知事となるジョン・エリスで、周囲から「ジェブ」と呼ばれている。学校の成績は長男のジョージより弟ジェブの方が良かったんじゃないか。父や兄と違ってテキサス大学を選んだジェブは、学者のようにかなりの読書家で、第二位の成績(magan cum laude)で卒業し、優等生しか許可されない友好会「フィ・ベータ・カッパ(Phi Beta Kappa)」に入ることができたのだ。一方、兄貴のジョージは「紳士のC」でご卒業。つまり、本来なら「F(赤点)」だが、先生の恩情で「C(ぎりぎり成績)」をもらえたということだ。しかし、アメリカの選挙では学校の成績よりも、軍歴とか愛嬌が評価されるので、ジョージは大統領になれた。

  四番目の子はニール・マロン(Neil Mallon)で、後に「シルヴァラード貯蓄組合(Silverado Savings & Loans)」の理事となるが、そこが倒産した時に、怪しい貸付で不祥事を起こしたことがある。裁判で解決したが、黒い噂の絶えない人物だ。ちなみに、バーバラが自分の名を冠した「バーバラ・ブッシュ識字財団(Barbara Bush Foundation for Family Literacy)」を創設したのは、ニールが「難読症(dyslexia)」と呼ばれる発達障碍に苦しんだからである。これは先天的な障碍らしく、文字と音を組み合わせて読むことができなかったり、単語の繋がりが認識できず、何を意味しているか分からないという。例えば、「クルマ」という言葉を見たとき、「ク」「ル」「マ」と発音できても、それを“ひとまとまり”の単語と認識できないから、何が何だか解らないのである。五番目の子は、マーヴィン・ピアース(Marvin Pierce)で、成人しても政治には係わらず、保険会社に勤めていた。末っ子のドロシー・ウォーカー(Dorothy Walker)は、ウィリアム・ルブロンドと離婚後、ロバート・コッチと再婚したそうだ。コッチはカルフォルニアのワイン業界を宣伝するロビー団体「ワイン・インスティテュート」の代表取締役である。

Jeb Bush 11Neil Bush 3Marvin Bush 1Dorothy Bush 2







(左: ジェブ・ブッシュ  / ニール・ブッシュ  / マーヴィン・ブッシュ /  右: ドロシー・ブッシュ)

 <ブッシュ家の家系図>

サミュエル・P・ブッシュ(父)---フローラ・シェルドン(母)/  ジョージ・H・ウォーカー(父)----ルクレチア(母)
                 ↓                                                                                              ↓                 

  プレスコット・シェルドン・ブッシュ(父)------------------------------- ドロシー・ウォーカー・ブッシュ(母)
                                                                  ↓
                                                                     ↓                      
                                                                    ↓         マーヴィン・ピアース(父)------ポーリン・ロビンソン(母)
                         ↓                        ↓   
                                                                   ↓                                                              ↓                       
                          ↓                                                              ↓
          ジョージ・ハーバート・ブッシュ(父)---------------------バーバラ・ピアース(母)
                                                                                                      ↓
         -----------------------------------------------------------------------------------------------------------
   ↓                                          ↓          ↓             ↓       ↓                           ↓  
ジョージ・ウォーカー  ポーリン・ロビンソン   ジェブ    ニール   マーヴィン   ドロシー


息子の自慢話を素通りする母親

  ワスプの上流階級に育ったバーバラは、お嬢様らしく保守的な考えを持ち、夫人に仕える献身的な妻であるが、たまに率直すぎる発言で世間の注目を浴びることがあった。例えば、1984年、ロナルド・レーガン大統領のもとで副大統領を務めていた夫が、再選のキャンペーンを行っていた時、対立候補の副大統領候補ジェラルディン・フェラーロ(Geraldine Ferraro)について訊かれたことがある。バーバラは自分達の裕福さを隠さず、私たちがリッチ(rich)ならフェラーロはウッチ(witch /魔女)ね、と韻を踏んで暗に悪口を仄めかし、後に謝罪することになった。(当時、民衆党の大統領候補になっていたのは、後に駐日米国大使となるウォルター・モンデール。彼はレーガンの地滑り的勝利を喰らって完敗した。) また、ファースト・レディーとなったヒラリー・クリントンに対するコメントを求められた時、バーバラは記者たちの扱いについてアドヴァイスを与えたという。彼女は「そうね。彼らを疫病(plague)と思って避けなさい。そして、もし彼らがあなたの言ったことを引用するなら、それは彼らがあなたの言ったことに耳を傾けたのだ、とみなしなさい」と述べた。("Barbara Bush : In her own words, frompolitical prognostication to rhymes with rich", USA Today, April 17, 2018) それにしても、ホワイトハウスにやって来るジャーナリストを伝染病や害虫の類いに譬えるなんて、ちょっと正直すぎるというか、言い得て妙である。だから、「ひどいなぁ」と思うけど、つい笑ってしまう。 

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(左: ジェラルディーン・フェラーロ /  中央: ウォルター・モンデール / 右: ロナルド・レーガン )

  上流階級の婦人は庶民とは違った感覚を持っているようだ。バーバラの亭主ジョージ・ハーバートを産んだドロシー・ブッシュ(Dorothy Bush)夫人もまさしくワスプ(WASP)のレディーらしかった。ワスプの研究でブッシュ家に言及したリチャード・ブルックハイザー(Richard Brookhiser)がある面白いエピソードを紹介している。イギリス系の上層中流階級および上流階級では、自分の事をあれこれ言いふらしたり、己の業績をひけらかすことを“はしたない”と考える。自分自身の事よりも、周りの者とか友人、あるいは下々の者に対する配慮を重視するらしい。ブッシュ家では自己抑制を躾の項目にしていた。例えばもし、野球をしている息子のジョージが急いで帰宅し、「母上。僕、今日の試合でホームランを打ったんだ !」と自慢げに話したら、母親のドロシーは落ち着いた様子で優しく「チームのみんなはどうだったの?」と尋ねたそうだ。つまり、自分が素晴らしい活躍したことより、他のチームメイトがどのようなプレーをしたのか、仲間に対して何をしたのか、の方が重要なのである。

 Bush 1Prescott & George Bush 1Dorothy & George Bush 2







(左: イェール大学でに野球選手だったジョージ・ブッシュ  /中央:  父のプレスコット・ブッシュと息子のジョージ /  右: 母のドロシーと息子のジョージ)

  この逸話を聞いたリチャードは、ユダヤ人の妻とその友人でイタリア系のアメリカ人に話したそうだ。すると、二人とも腰を抜かして驚いたという。(Richard Brookhiser, The Way of the WASP : How It Made America, and How It Can Save It, So to Speak, The Free Press, New York, 1991, p.3) イタリア人やユダヤ人の小倅(こせがれ)なら、「かあちゃん、ただいま!! ねぇ、聞いてよ。オレ、今日の試合でホームランかっ飛ばしたんだぜ !! すごいだろう!!」と自慢するに違いない。これを聞いた母親だって、「そうかい !!! すごいねぇ!! さすが私の子だよ ! そうだ、夕飯はご馳走にしてあげるね !」と言うのが一般的だろう。親子揃ってニコニコ顔というのが当り前。冷静沈着に「チームの状況はどうだったの?」と質問するなんてあり得ない。悲しいけど、優越民族のイギリス人と劣等民族のユダヤ人とか南欧人は、生きている次元が違うのだ。そう言えば、我が国の武士も自分の自慢話を良しとせず、己の功績に関しては寡黙に徹し、他者への心遣いを重んじていた。立派な民族には共通する美徳があるようだ。

  バーバラ・ブッシ夫人は古き良き時代のアメリカを代表する良妻賢母であったが、息子の教育には失敗したようだ。長男のジョージは飲んだくれの出来損ないで、愛想がいいだけのボンボン。アル中から立ち直るも、オヤジの七光りで球団(テキサス・レンジャーズ)のオーナーに就任し、ついでにテキサス州の知事にまでなれた。大統領選挙の時も、危ない投票結果と怪しい再検証(リカウント)で危機を乗り切ったが、それも父親の親友である元国務長官のジェイムズ・ベイカー三世、ならびに共和党にいる重鎮たちのお陰である。9/11テロではその首謀者組織に加わっていたとの疑惑を持たれ、サダム・フセインを倒したイラク戦争は大失敗。ブッシュ大統領のテロ関与は一般的に「陰謀論」と見なされるが、数々の疑問や証拠隠滅により、限りなく黒に近い容疑者である。(これに関しては充分な根拠がある。「陰謀論」と嘲笑う者は、テロ事件の全貌を科学的に考えてみるべきだ。ユダヤ系アメリカ人のクリストファー・ボルンの綿密な調査や、物理学者ジュディー・ウッド博士の研究書は興味深い。ウッド博士の『タワーは何処に行った?(Where Did the Towers Go ?)』が未だに和訳されていないのは不思議だ。下らない左翼の洋書ならドンドン翻訳されているのに。有益な洋書は無視。)

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(左: バーバラとジョージの親子  /  右: 攻撃されるワールド・トレード・センター)

  バーバラ夫人は子育ての点で苦労したと言えるが、少なくとも夫婦生活を円満に送り、たくさんの孫にも恵まれたのだから、幸せな人生だったのかも知れない。1941年に17歳だったジョージ・ブッシュは、16歳のバーバラとクリスマス・ダンスを楽しみ、そこで初めてのキスをしたそうだ。ジョージは1942年、母親宛の手紙で最初のキスを報告したという。今の時代では考えられない純情さだが、当時のアメリカ社会は道徳を重視することが当り前だったので、男女の交際も健全なものであった。バーバラ夫人によると、彼女が“知っている”男性は夫のジョージのみで、他の男性とは付き合ったことがないという。彼女は浮気も一切せず、72年も連れ添った亭主を晩年まで愛していたという。(ヒラリー・クリントンなら大粒の涙を流して、「私もこうなりたかった !」と呟くんじゃないか。亭主のビル・クリントンときたら、イタリア人でも驚くほど下半身が「遊び人」なんだから。)

  邪険にされている日本の亭主にとっては、何とも羨ましい夫婦愛である。定年を迎えた旦那は家でゴロゴロしていると、カミさんに疎まれるし、かといって再就職しようとすればロクなものがない。日曜日になると女房は友達と一緒に芝居見物に出掛けてしまい、亭主はひとり自宅でお留守番。外出の支度をする女房に、「母さん、俺の夕飯は?」と尋ねれば、「あっ、冷蔵庫にチャーハンが入っているから、それをレンジで温めてね!」と軽く言われてしまう。さらに、「遅くなるかも知れないから」との声が聞こえ、遠くからでも虚しく響く。仕方なくテレビでゴルフ中継をポツンと観ている亭主は、「お前だけがいつも俺と一緒に居てくれるんだよなぁ」と飼い猫のミーちゃんに語りかける。ご褒美として、パリパリの味附け海苔を与える姿が侘(わび)しい。世間のおカミさんたちは「亭主元気で留守がいい」と言うけれど、隠居の旦那は「女房元気で今日も留守 !」と愚痴るだけ。それでも日本の男は頑張るんだから偉い。おっと、話が長くなりそうだから、ここらでお後が宜しいようで。

  

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